完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*30*
† 十五の罪 “竜の視る夢” (中)
「……許さない」
デアフリンガーの震え声。
「よくも長老を……!」
敵意を剥き出しにして、ルシファーへと一直線に突き進む。
「あの者の境遇は変わらぬ。永遠の眠りを与えた……其れが、せめてもの奴への手向けだ……! 双方同意の上で決闘を行い、望まぬ方が生き残ったと不満を垂れるとは片腹痛い。我等の長きに渡る因縁も知らずして十数年生きた程度で理解った様な口を叩くな! 力はより強大なる力によってのみ制される。他に術を知らない我が身は、此の理の通り焼き尽くし、斬り刻み、葬るのみ。然れど力しか持たぬ俺が愚かな存在なら、其れ以下の力無き貴様は何だ」
刺すような眼光で向き直る魔王。
「……じゃあ今ここで殺されても文句ないな!?」
ツェーザルが前に歩み出て剣を抜いた。
「相手が誰だろうと武人は多くを口にしない。語るには己の磨いた技ひとつで済むからな」
「フン、此の身に語り掛けてみるが良い」
「いや、ここは僕が!」
憎しみに燃える形相で、弟も抜刀する。
「デアフリンガーお願いやめて。もう大切なひとを失いたくない」
「待て。あの目を見ろ。今のデアフリンガーを止めることは誰にもできない」
悲痛なアザミの嘆願を制するツェーザル。
彼が撃ち込むのと、仇敵が双剣を生成するのは、ほぼ同時であった。剣を交差させ、振り下ろされた白刃を受け止める。
「んな間に合わせの剣なんか叩き折ってやるよ!」
デアフリンガーの斬撃を淡々と往なしてゆくルシファー。呼吸が乱れた一瞬を見逃すこと無く切先を弾き上げて高速で自転し、胴を斬り払った。
「……くそッ!」
裂けたデアフリンガーの上着が舞い落ちる。疾さと正確さを両立した挙動。手癖の読めない多彩な引き出し。
(剣技でも歯が立たないのか……!)
地面を嘗めるようにして下方より斜めに斬り上げるが、軽く防がれた。文字通り火花を散らす両者の剣。
「見えない、見えない!」
飛び跳ねながら観戦するベルゼブブ。アザミは胸に両手を当てて不安そうに見守っていた。
「うぉおおおおッ!」
少年の手数は一向に減ることを知らないものの、ルシファーはたちどころに捌き続ける。撃ち込んでいるデアフリンガーの方が後退する程の目力。
「……善戦したが、やはり地力の差が勝敗を決したな」
ベルゼブブによじ登られながらアモンが結果を悟る。
「いや、アイツはまだ終わらない」
防戦一方の弟へ向けられる眼差しは、依然として光を失っていなかった。
「このぉお……ゴフッ!」
踏み込みに突きを合わせられ、前のめりに崩れ落ちる。
「貴様らは師の遺志を踏み躙るのか。敗れても誇りに殉じた者はいる。然れど今の貴様らは誇りを忘れた負け犬だ」
頭上より冷酷な言葉が浴びせられた。
「……てめぇを、たお…す……」
ルシファーを血眼で仰ぎ見ると、震える上体を起こそうとする。
「くっそぉおおおッ!」
立ち上がって怒濤の刺突を繰り出すデアフリンガーであったが、ルシファーは宙返りして躱し、後ろ回し蹴りを後頭部に見舞った。
「気が済んだろ。半殺しっつーか九分の七ぐらい死んでるよ、コレ」
「此の身を討とうとするとは愚かしい。首は折れていない筈だ」
「もう終わりでいいでしょ……おかしいよ、こんなの…………」
堪らず嘆くアザミ。
目蓋を開ける。
空はこんなにも高かったのか。高いなあ。目の前にこんなに広がっているのに届かないなんて……あれ? なんで空が目の前に――――
ふと見回すと抉られた脇腹からか、鮮血がとめど無く流れている。
(届かないのか、僕は……届かないまま終わるのか…………)
いや、確かに空には手が届かないかもしれない。でも剣士は鍛えた分だけ強くなれる。長老は僕を最後の弟子にしてくれた。なのに、なのに……僕はその期待に応えられずに終わるのか?
「辛いか? 其れが身を斬られる痛みだ」
朦朧としているデアフリンガーを見下ろして問う。
「……それでも、僕は戦うことをやめるわけにはいかないんだ……!」
血溜まりより身を起こし、再び正対した。
「然れば努々失念でない、剣を持つと云うことは其の切先を誰かに向けると云うこと。そして己も剣を向けられる覚悟と共に生きてゆかねばならぬ」
ルシファーも構え直す。
(……長老、この技はあなたに教わりたかった…………)
佇立瞑目。少年の周囲に波動が満ちてゆく。
「あん? あの身体で奥義を出そうってのかい」
首を傾げるアモン。
(信じろ、強く信じるんだ。必ず僕ならできる……!)
一帯の小石が音を立て、風も吹き荒れ始めた。脈動する大地に立ち昇る翡翠色の魔力光。
「馬鹿な! あれを習得する段階にはまだほど遠いはず!」
ツェーザルの見解に反し、地響きは増強の一途を辿る。
「――大地の逆鱗(ウーアゲヴァルト・エルガー)!」
両手を広げ、双眸を見開くと、高らかに唱えた。
「ほう」
緑の燐光を帯びて殺到する限り無い石、石、石。長老と比べれば規模は控えめだが、恰も意思を持っているかのようにルシファーへと集中する。
「おお、やりやがったアイツ!」
「童貞とは思えんほどの技だ! 童貞には変わりないけど」
口々に驚嘆する観戦者たち。
「……ハァ、ハア…………」
発動を終えたデアフリンガーが片膝を突く。土煙が去ると、全周より絶え間無く浴びせられていた岩石は悉く砕かれて、かの者の足元に散らばっていた。
「終わりだ」
滑るように目前へと迫ったルシファーに剣の柄をみぞおちへと撃ち込まれ、血反吐を噴き出して彼は倒れ込んだ。