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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
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              † 二十の罪 “大罪のスペルビア” (終)


「……決着を、つけにゆくのね」
 盟友(アモン)と弟(ミカエル)を弔い、傷も癒えない内に旅立とうとした彼に、イヴは声をかける。
「然であれば如何する? 連れてはゆかぬぞ」
 肩越しに流し見る魔王。
「まったく、ほんっと最後の最後まで愛想悪い男ねー」
 大袈裟に溜息を吐く。
「相手は同じく大罪の傲慢(スペルビア)を司る者。平穏に事が済みはせぬであろう。巻き込む訳にはゆかぬ」
「女を一人ぼっちにする男はろくなもんじゃないわ」
 そう言いつつも、彼女の瞳は呼び止める気が感じられない。
「何人も皆一人だ。己以外は他人である故な。ただ、人間は独りでは生きられない。誰とも関わらずに生きてはゆけぬ。如何なる者の物語にも他者は登場する――其れが故に、やはり人間とは面白きもの」
 向き直ったルシファーに、イヴが抱き着いた。
「ばかばかばか! あなたは高慢ちきで無愛想でイヤミったらしくて、本当に挙げてったらキリがないぐらい文句を言いたいわ。……だから、だから必ずまた――会いに来なさいよね」
 軽く吐息を吐くと、彼は苦笑する。
「心得た。魔王ルシファー、如何なる世に赴こうと決してお前を忘れはせぬ」
 背後で拍手が鳴り響いた。にやにやと嗤うデアフリンガー、ばつの悪そうに顔を顰めるベルゼブブ、そして、見て見ぬふりをしているアザミ。
「ちょっと、あなたたち……!」
 イヴが飛ぶように離れる。
「ご主人様になんてことを――――」
「もー、そっちこそ何してんのよー」
「いやー、熱いとこ悪いとは思ったんだが、この童貞がどうしてもって騒ぐもんで」
「どゎーッ! なんでいつも僕のせいなんだよー」
 狼狽する少年。
「……フッ、賑やかなことだ。穏やかに旅立てそうにも無いな」
 口振りの割に、ルシファーの目元は嫌そうという訳でもない。
「どうしても昔の自分のとこに……?」
「此の世に偶然など存在しない、あらゆる事象には訳が有る。尤も、其れを如何様に捉えるかは其の者次第ではあるが」
 彼の純粋な瞳を正視して答える。
「……デアフリンガー、此れをお前に預ける」
 魔王剣カルタグラを具現させるルシファー。
「えっ……!?」
「案ずるな。堕天当時の俺は此れを持っていない。得物で劣らぬ以上、誰よりも知り尽くしている自分自身とは互角以上に渡り合えよう」
 差し出されて戸惑うデアフリンガーに、そう語りかけた。
「……でもそれは魔王としての武器じゃ――――」
 アザミが不安気に口にする。
「我が身を魔王とせぬよう太古(あちら)に遡ると云うのに、魔王を象徴する剣を携えていては滑稽であろう。鞘は己で賄うとせよ」
 心無しか、いつもより温和な眼差しで述べる魔王。
「うん! 次会う時までに使いこなせるようになってるよ」
 身の丈程もある大剣を受け取ると、少年剣士は首肯した。
「良き顔だ。長老と兄の分も強くなるが良い。平和を望むのであればこそ、力を持て」
「……心得た。そっちも負けやがったら承知しないからな!」
 不敵な面構えで応じてみせる。
「ご主人様ぁ……本当に一人でいってしまうの……?」
 泣きじゃくるベルゼブブ。
「お前がいるが故に後顧の憂い無く旅立てると云うもの。ベルゼブブよ、地獄は任せた」
 小さな頭に軽く手を置き、慰める。
「……其れと、料理の腕を磨いておけ。俺が還った折には美味なるものを食わせよ」
 苦笑いと共に、付け加えた。
「アザミ。もう救いの手は差し伸べぬぞ」
 イヴに気を遣って傍らに控えていた少女に歩み寄ると、微笑して告げる。
「わかってるよ。ぼくは大丈夫だから、くれぐれも無茶しないでね」
 アザミは照れ臭そうに笑い返した。
「待って……!」
 後ろを向きかけた黒装束に、彼女は早足で追い縋る。
「……ぼく、変われたよ。自分からこんなに生きたいって思う日がくるとは思わなかった。でも今は毎日がたのしい。きみのおかげだね」
 不器用ながら懸命に伝えようとする彼女を、再び見定めるルシファー。
「我等悪魔と違い、人間は変わる。そして人間は我等と異なり永遠ではない。其れ故にこそ生きろ。此の世に二つと無き其の限りある生命(いのち)を燃やし尽くして見届けるが良い。此の世もまた――永遠であるのかを」
「うん……ありがとう」
 以前の無表情とは別人のような満面の笑みでアザミは頷いた。
「では、また相見える日迄」
 四人の顔をそれぞれ一瞥すると、簡潔に言い残し、ルシファーは歩き出す。
「必ず返すからなー! 取りに来いよー」
 遠ざかる傷だらけの背に、デアフリンガーが叫んだ。

 暫し荒野を往き、彼は徐に双唇を開く。
「……見送りは不要であると云った筈――」
 言い終わるよりも先に、イヴが前方に歩み出た。
「悪い? 言い忘れたことがあっただけよ」
 普段と同じく険のある物言いではあるが、その瞳は優しげである。
「難しいことは分からないけど、あなたには視えているんでしょうね。もう一つの世界の未来が――だから、あなたの創る別の世界にもし、わたしがいたら……そっちでは奥さんにしてよね」
 小恥ずかしそうに打ち明けた彼女を、ルシファーは抱き寄せた。
「心得た」
 そう耳元で囁くと、白い肌を紅潮させるイヴを尻目に、颯爽と立ち去る。
「……まったく、罪なお方なのだ」
 遠望するベルゼブブが呆れたように呟いた。
「大罪だよ、大罪……!」
 不服そうなデアフリンガー。
「……やっぱり胸の大きな女の人が好きなんだ――――」
 アザミは赤面した顔を覆って歩き回っている。
「ね、ねぇルシファー!」
 イヴの声に、彼は再び立ち止まった。
「……元気でね――――」
 ルシファーは黙したまま彼女の方に上体を翻し、僅かに目尻を緩める。その横顔は、絵画などで描かれる忌々しい悪魔とは違う――美しくも力強い、そして信念に満ち溢れた目をしていた。


 どこまでも果てしない世界。突き抜けるような青空を臨む人影が二つ。
「――兄さん、夢は何?」
 爽やかな笑顔で金髪の天使が尋ねた。
「愛すべき此の世界を、天使を、我が瞳(め)に映る存在を――其れ等凡てを護ってゆくことだ。俺は変わらぬ、此の眼(まなこ)の視ているものを護り続ける」
 その言葉に安堵したように、笑いかける弟。
「できますよ。兄さんなら、きっとできる!」

 二人が眺める先(みらい)は、ただ一つの雲も無く、澄み渡っていた。


                   (終幕)

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