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*3*
「ふざけてるの!?」
「ふざけてなどいない! 私はいつだって――」
段差を利用し、クシャナは空を飛ぶ。空中で棍を操り、ジンオウガの方へ向き直る。
「真面目だっ!」
棍の先からなにかが発射されたと思ったら、クシャナのペットがすごい速さでジンオウガへ飛んでいった。
物珍しい戦い方だった。戦力に数えていいか、わかったものではない。まぁ、パーティーとはいえ、基本はソロで戦うようなもの。それが、バルバレで学んだことだ。
地面に着地したクシャナはゴロゴロと転がり、ジンオウガの攻撃を避けている。そのジンオウガは、彼女のことしか見ていない。クシャナもクシャナで、ジンオウガと戦うのは慣れていないのだろう、彼女は回避に専念している。これはチャンスだ。
しかし、あのジンオウガの攻撃痕を見ると、攻撃力がやや高いように感じる。それにあの色……こんな雪山にいるのとなにか関係があるのかな?
いや、考えるのはあと回しだ。いまはそんなことしている余裕はない。
冷たい空気を肺に目一杯入れて、あたしは駆け出す。
坂を一気に駆け上がり、ジンオウガの前足をぶった切るつもりで双剣を抜刀させた。
銘をフローズン=デスという。
一見すれば氷の刃。だが、その切れ味は鉄にも勝る。
その一撃を弾き返され――あたしは途方にくれることになった。
「硬いいいいい!!」
なにこれなにこれ! 硬いんですけど! 堅いんですけど! ジンオウガじゃないよ! グラビモスだよ!
じゃあなんで彼女は! と思いつつそちらを見ると、なんのことはない、クシャナが地上で行った攻撃も、しっかりと甲殻に弾かれていた。
だが、それは地上の話し。クシャナは棍を使って空中に飛ぶと、その勢いを利用して切りつける。その斬撃は綺麗にジンオウガの甲殻に筋を入れていた。
なるほど。あたしも同じように上空から――と考えた矢先、ジンオウガと目が合った。合っちまった。
「グオオオオオオオオオ!!!!」
あまりの咆哮に耳を押さえる。身体はビリビリと震え、鼓膜が破れそうになる。空中でジンオウガの咆哮を受けてしまったクシャナは、バランスを崩しみっともなく着地することになった。
いま狙われたら、彼女の命は一瞬で摘まれるだろう。ポシェットから閃光玉を取り出した。握りつぶし、ジンオウガの顔に向かって投擲する。光蟲が潰されたことによって発光し、ジンオウガの視界を奪う。しかし、時間などない。臭いや音で襲われるし、目が見るようになるのも時間の問題だ。
転がっているクシャナの襟首を掴んで引き起こし、身体を支えながら走り出す。彼女は脳震盪を起こしてヨタヨタとした足取りだ。バルバレの酔っ払いだってもう少しマシな足取りだというのに!
背後でなんども吠えるジンオウガの声を聞きながら、あたしは生きた心地がしなかった。
山頂近くで洞窟を見つけ、そこにクシャナを放り投げる。と、虫がフヨフヨと彼女を追いかけるように飛んできた。こええよ……。
洞窟の外には、モンスターの気配はない。一安心とはいかないが、さきほどの窮地から考えると、そこは天国である。砥石を取り出し研ぎはじめる。良かった、欠けてはいないようだ。
「あ、ありがとう」
「寝てなよ。あれはただのジンオウガじゃないね。新種かも」
頭を振りながら立ち上がるクシャナに、愚痴をこぼした。
「雪山に適性したのかも。ってことは、寒さに耐性あるかな……」
あたし研いでいるのは、氷の塊の双剣だ。切り口を凍らせるほどの冷気を有しているが、それがあのジンオウガに通用するのか。
「まいったー。一旦リタイアしてここを離れるにしても、あんなの倒すのに何人必要かなー。雪山に合った攻撃方法身につけてたら困るし……。上位ハンターが六人はほしいな」
「リタイアは、すまないが待ってくれ」
「え?」
座り込むクシャナは、地図を取り出した。
「ここがやつの巣だろう」
彼女が指差す場所は、ここからそう遠くない。というか、落とし穴の場所を経由すればすぐだ。なるほど、捜索しに行って、あんなにも早く戻ってきた理由はそういうことか。巣がそんなに近くにあるとは思わず、油断したと、そう思ったが、それはノーだった。
「ハンターが三人倒れていた。装備を見たところ、たぶん荷車に乗り合わせたハンターたちだ」
「えー……」
素直にポポノタンを納品すればいいものを……。たぶん鉱石を集めるために雪山の奥へ進んでしまったのだろう。不運にもあたしたちより先にジンオウガに遭遇――。よくある話というか、経験がないわけじゃない。
「生きてるの?」
「わからない。だが、生きているとすれば、早くしないと手遅れになるぞ。潰されそうになっていたから、ジンオウガの注意は引いたが、自力で立てるとは思えない」
「それでいまやあたしたちがピンチだけどね」
その一言に、クシャナは顔を上げた。
「ならば見捨てろと?」
「そんなこと言ってないよ。でもねー、あんたの行動のせいでこうなったのは確かでしょ」
「しかし!」
「わかってるよ。とりあえず、その新米ハンターたちを叩き起こしに行く。死んでるならリトライだ」
問題はルートだ。あたしたちは雪山の地形に明るくない。ジンオウガをどこかに引き付けるにしても、あたしたちは二人だ。一方がジンオウガから逃げ回り、もう一方が助けに行く……。現実的じゃないな。新米三人が足に怪我でもしていたら、フォローしきれない。
なら、あの黒いジンオウガをどこかに閉じ込めるとか。
落とし穴にしたって、時間稼ぎ程度にしかならないだろう。いまのあたしたちには、巨大モンスターを足止めできる技術はない。捕獲して、バルバレに持ち帰れば、ギルドの技術でどうにかしてもらえるのだが。
「どうやって足止めするか……」
「私が引き付ける。ティンには、ほかのハンターの救出を」
「それはあたしも考えた。っていうか、ひきつけるだけならあたしでいいんだけど」
ジンオウガの新種とはいえ、ジンオウガという括りである以上、動きは想定できる。生物の形ゆえ、そこまで大きな動きの変化はないだろう。
「言ったでしょ、あたしはジンオウガマスターだって」
「そうか」
クシャナは安心したように立ち上がる。ちょうど研ぐ作業も終わり、ポシェットから道具を取り出す。
「あ、じゃあコレ」
「これは?」
「回復薬グレート。三つしかないけどね。とりあえず」
「あ、ありがとう」
お礼を言われ、訝しむ。
「べつにあんたのためじゃないよ」
そこにデレは含まれなかった。