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*紹介文/目次*
あたし――ティディコットン・コーズは部屋のランプに火を点けながら、昨日と今日の出来事をできるだけ詳しく思い出す。日記を書くわけではない。ギルドへ提出する報告書を書かなければならないからだ。
思い出そうとすればするほど、腹の虫が収まらずにグーグーと鳴き出す。お腹がすいてしまった。ここ二日もまともに食べていないのだから。
思い出すは、昨日バルバレで朝食に食べたキングターキー。猛牛のバターを絡めたステーキだ。一口食べれば力が溢れ、二口食べれば体力が付き、三口食べれば――
「失礼、ちょっといいかな?」
現実に戻される。
あたしはナイフと、三口目の肉が刺さったフォークを皿に置いて後ろを向いた。
「なに?」
ひどくぶっきらぼうに言い放つ。
金色の防具に身を包んだ、金髪碧眼のハンターがそこに立っていた。身なりも顔立ちも上品で、お嬢様! と言いたくなる。だが、あたしの食事の邪魔をしたことには違いない。早々にお引取り願おう。
「いま、パーティーメンバーを探していてね。ちょっと協力してもらえないかな? 装備を見たところ」
「見たところそこそこハンターだから一緒についてきてくださいませんか、ってところ? 勘弁してください。あたしゃいま食事の最中でして。あなたにはわからないかもしれないが、下々の食事の時間は貴重なのです。どうぞ、執事とともにポポ狩りへどうぞ」
一息に嫌味を言い切る。これだけ言えばこのお嬢様も、頭に血を登らせてどこかに行ってくれるだろう。朝食へ向き直り、三口目を頬張る。
「そうか、いや、すまなかった」
ほぉ、意外に我慢強いじゃないかお嬢様。ん? でもなんで座るのかね?
「待たせてもらうぶんには、かまわないかな?」
「ふぉふぁってに」
モゴモゴとご勝手にと言ったつもりだ。それを彼女は聞き取ったのだろう。ニコッと笑って、目を瞑ってしまった。寝てるのかな?
食べ終るころには日もそこそこ高くなり、街が騒がしくなりはじめた。帰ろうかなと思ったとき、彼女はもう一度口を開いた。
「私はクシャナという。改めていうが、パーティーメンバーを探していてね」
「すみませーん! お茶おかわりー」
あたしの妨害をもろともせず、彼女は続けた。
「ターゲットはジンオウガ。報酬金は1万8千ゼニーだ」
「へぇ」
テキトーに断ろうかと思っていたら、なかなかどうして、交渉のうまいお嬢さんじゃないか。
それであたしに話しかけたってわけか……。
彼女の視線を気にしつつ、自分の装備を見る。腕以外、ジンオウガの素材を使った装備で統一している。腕は、まだ、その、素材とゼニーが足りていない。私としては、なんともありがたいクエストじゃないか。しかも、ジンオウガにしては報酬金が破格である。依頼主がよほどの金持ちとアタリをつけて、話しの続きを聞くことにした。
「ただ問題があって、部位はなるべく傷つけず、捕獲しなきゃならない」
「あちゃー……じゃああたしらの素材報酬減るじゃん」
「そこは問題ない。どころか、ほかのジンオウガを1頭丸ごと解体してくれるそうだ。尻尾はないがな」
なんと、マジかよ。どんな金持ちだ。
「そんなうまい話しがあるの? ギルド通してあるの?」
モグリの依頼は散々受けたが、依頼主は報酬金渋ることもあれば、討伐モンスターが違うと突っぱねられることも多々ある。そういう依頼主に限って、最初は話しを大きくするものだ。
「それは大丈夫だ。ほら」
彼女は腰のポーチから紙を一枚。――真新しい紙を一枚、テーブルの上に置いた。
「なんと……手付かず!」
あたしは両手を上げて喜んだ。
真新しい紙というのは、実に特殊である。ギルド支所の掲示板に貼られているクエストは、四つ角を画鋲に刺されている。そこから、自分の力量でクリア可能である依頼を引き剥がし、受注する。そりゃ中には度重なる受注を受け、紙がボロボロになってしまったので再発行される、というケースがあるにはあるが、これはジンオウガ。気軽に倒しにいくぞーという相手ではないが、古龍に比べれば、適正レベルのハンターは多い。
手付かずで、なにがありがたいと言えば、クエストを好きなパーティーメンバーで独占できるというところか。それに報酬の好ましさからして、普段のあたしには絶対回ってこないクエストでもある。
「依頼主は知人でね。いや、知人の部下というか、使用人というかだが。まぁ、私の顔が利いたんだ。ギルドだけは通して依頼を引き受けた」
「ふぅーん。あんた本当にお嬢様なんだねー」
「あぁ。なんだ、カマでもかけられていたのか? いい装備で勧誘したほうが、人は集まるかなと思ってタカを括ってみれば、いやまいったよ。まず話しを聞いてもらえない」
「でしょうね」
あたしが拠点としているバルバレは、その知名度から駆け出しハンターはよく集まるものの、熟練ハンターはせいぜい20人もいない。その多くない熟練ハンターが、そんな煌びやかしか取り柄のなさそうな装備のお嬢様を見て、ご機嫌を伺うとは到底思えない。
「あたしも最初は断ろうと思ったよー。運いいねぇあんた」
あたしはこのとき、すでに間違えていた。彼女は運がいいのではない。いいか、彼女は運がいいんじゃないんだ……。
「でさ、さっきの一頭丸ごと解体ショーの話しなんだけどさ、大きさは? 破壊されているところは? いや、直接聞こう! 角残ってる? 甲殻は?」
「ううん? どうだったかな。まぁ同じ依頼主で、同じ内容。問題は討伐してしまったことだからな。保存状態はわからないが、部位もなるだけ残っているんじゃないか?」
「じゃあなんで尻尾を!」
「それはしかたないだろ、討伐したからには、死骸をギルド本部に提出しなきゃならない。ギルド本部だって素材不足だ。尻尾くらい多めに見てくれ」
あたしの頬はリスのように膨らんでいただろう。尻尾があれば武器にも素材を回せるというのに!
「んで、その一頭の割合って? あたしとあんた。まぁあと二人くらい入れて四等分? 仲間は集まってるの?」
「言っただろ、話しは聞いてもらえてない。よって現在、パーティーは私と君だけだ。あと――」
彼女の次の発言を、あたしはよく覚えていない。ただ、彼女の言葉が耳に入った瞬間、あのジンオウガを相手に、たった二人で捕獲しに行くことになっていた。
「あと、私は報酬はいらないので、ジンオウガの素材は私を除いたパーティーメンバーに均等分配する」
*4*
「それより、そっちこそ一人で大丈夫? 三人が動けなかったら……」
「わからない。だが、そうだな。動けない場合は捨てていく」
「しかたないよねー。じゃ、ルート考えといて。裏道あるのかな」
クシャナは地図を見ながら唸り始めた。あたしは四つ目の砥石に手を出して研ぎ始める。まさかジンオウガ相手にここまで必要だとは。やっぱりあと二人はほしかったな。
「ところで、なんでそんなに研ぐんだ?」
「ん? あぁ、まぁそのうちわかるよ」
そうか、と彼女は呟き地図を見せる。脱出ルートの確認だ。クシャナは左回りでベースキャンプを目指し、あたしは東へジンオウガをひきつける。
言うは易いが行うはなんちゃらだが、いまはやるしかない。
新人三人の命と、あたしたちの命を背負って、あたしたちは洞窟を出た。
クシャナとともに、ジンオウガのエリアに立つ。雪山の斜面、段差も多い。不利な地形だとは思わないが、易々と逃げられそうにはない。中腹に落とし穴が設置してあるが、この寒さだ、ネットが痛み出していても不思議じゃない。
「あとはまかせた。追い込まれたらサインを出してくれ、必ず駆けつける」
「了解。あんたも気をつけて。やつの縄張りとはいえ、大型がいないとも限らないしね」
クシャナとあたしはよーいドンで駆け出す。
この白銀の世界、黒い巨体は吹雪いていても目立つ。
閃光玉を握り締め、投擲する。ジンオウガの目の前で炸裂した閃光玉を確認するまでもなく、クシャナのほうを見る。
彼女は山頂を登りきっていた。逃げ足は速いものだと認識させてもらう。
さて、と。
あたしは双剣を構えた。あの前足の堅さ、通常のジンオウガではありえない。いつもだったら鬼神乱舞か、体重を利用した空中攻撃でなければ、あの前足を切り崩すのは不可能だろう。
頭部が有効部位になるのだろうが、武器が双剣では、後ろ足に攻撃するのがベターだな。
いつもだったら――ね。
ノシノシと歩いているジンオウガの前足に、抜刀しながら刺突する。まるでバターのように、ジンオウガの黒い爪を切り取った。
「グオオオオオオオ!!」
痛みはあるのだろうか。それほど甘い研ぎ方はしていないと思っていたが、あたしもまだまだだな。
この雪山にきて使用した砥石は17個。それだけあれば、あたしは古龍の堅さにも対応できるまでに、切れ味を高めることができる。とりあえず、その凶器のような爪は、全て破壊しよう。クエストを一度リタイアするとしても、次来るまでに伸びない程度には、切らせてもらう。
「その堅い篭手、邪魔なんだよ!!」
堅殻とでも呼ぶべきか、なんと堅い腕なのだろう。さきほどはその堅殻に邪魔されたが、今度はそうはいかない。舞うように剣を振るえば、そのぶん腕を削ってくれる。
だが、この腕の堅さは本当に尋常じゃない。すでに切れ味が落ちそうだ。
そしてジンオウガ自身、相当な強さだ。あたしの一撃など、まるで気にしていないかのように行われる攻撃は、その一撃一撃が必殺の攻撃だ。堅い前足で行われる攻撃はもちろん危険だが、それ以上に危険なのが、前足より硬かったあの尻尾だ。
『部位はなるべく傷つけず』
爪を破壊している自分が言うのもあれだが、尻尾まで斬ってしまったら、クエスト失敗にもなりえる。一番ぶった斬りたいのに!!
範囲が広すぎて、ステップでの回避じゃ間に合わない。掠っただけで皮膚が裂け、飛び散った血が雪に染み込む。
尻尾を無視し続けた結果、その勝負は双剣の圧勝だった。ほとんどの爪を切り取られ、前足をズタボロにすることを成功する。
それがジンオウガの逆鱗に触れたようだ。ジリジリと背中に、黒い光が集まっていく。
これはイカンなと、全身が訴える。毛が逆立ち、逃げ出したい気持ちになる。――と、背中から、二つの、光の玉が現れた。色は黒い。恐怖を覚える色だった。
あの黒い玉の正体を考察したいところだが、余裕はなかった。思いつくのは、原種の周りにいる雷光虫。それは強い発光現象と、周囲に破壊をもたらす、ジンオウガの攻撃手段の一つでもある。あれがジンオウガの新種だとしても、それが大きな違いに繋がるとは思えなかった。
ならば、と、あたしは黒いジンオウガの周囲を浮遊する、黒いボールを警戒するように走り出した。
向こうが雷光虫ならこっちは光蟲だ。ポシェットから閃光玉を取り出し、投げようとした瞬間、あたしは吹き飛んだ。
その勢いと飛距離は凄まじく、ジンオウガは閃光玉の効果範囲外にいる。そして、腹部に激しい痛み。
「ゲホっ! なに!?」
腹を守っていた鎧は半壊しており、なにか蟲の死骸がくっついていることが確認できた。それがなにかはわからなかったが――もう一つの黒い玉が動き出した。
歯を食いしばり、その場から離れる。あたしがいた場所を黒い玉が飛んできて、小さな爆発を起こした。まさか、あの黒い玉は自立してあたしを狙ったというのか。
「グオオオオオオオオオ!!!」
ジンオウガが駆け出している。
慌てて納刀し、ヤツの進行方向から逃げ出した。
これが失策だったと気づいたのは、黒い前足に左足が折られたとき。
あぁ、これはダメなんだろうな――
ジンオウガの前足には、外側に大きな爪が伸びているのだが、あたしの左足が、それに引っかかってしまったのだ。
左足が折れるどころか、その勢いを殺せず吹き飛ばされ、文字通り崖っ縁にまで立たされた。
あぁ、これは、ダメだよ――
視界を覆うジンオウガの巨体が、あたしの身体を吹き飛ばした。