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*紹介文/目次*
絵師とワールシュタット
Maler in Wahlstat
荒れ果てたワールシュタットに、絵師が現れた。
乾いた風にその長いマントを靡かせながら、鉛色の空を瞳一杯に仰ぐ。
色彩の死んだ灰色の世界では、異様に派手な絵師の恰好が自棄に目立った。
とにかく、おかしな絵師である。そもそも、絵師であるかどうかすら疑わしい。けれど、大きな行李とも言えぬ四角い荷物を常に携えていたものだから、それが画材道具に見えて、周りの人間からは常に絵師と呼ばれていた。
……実を言うと、彼女は一度も絵を描いたことはないのだが。
いや、さらに実を言うと彼女、女であるかどうかも疑わしいのだ。
ただ、その真っ黒な濡れカラスの羽根のような髪がとても長く、ぐるぐると巻いてターバンに仕舞っていたから、みんなは女だと思っていた。けれども、優しさの一切感じられない冷めた薄緑色の瞳は、ひとかけらも女性らしさを宿していないのだった。
絵師は少し丘になっているところに辿り着くと、ワールシュタットの絶景をちらと見やって、小さくくしゃみをした。絵師のマントが風に翻る。絵師は、とても可笑しな恰好をしている。前述した通り、派手なのだ。
どうやら普通の者ではないことは確からしい。変わり者の流浪民のようにも見て取れるし、否、最近はめっきり見掛けなくなったイスラム商人のようにも見える。いや、遥か東方の騎馬族なのかもしれない。
まるで鮮血を浴びたような深紅のマントに、砂漠色の東洋風のズボン、鈍く光る真っ黒なベルト、更には小さな瑠璃色の石のついたターバンを頭に巻いていて、その耳にはピカピカ光る、金色の大きな三角形の耳飾りが重たげにぶら下がっている。
手に持っている例の四角い荷物には、表面に大きく「?」の一文字が銀色で彫られていた。極めつけが、その陶器のような白い顔を毒々しく飾る入墨である。まるで泣いているかの様に、両眼から頬の下まで細い黒い線が引かれ、その上を丸い幾何学模様が涙のように右に一つ、左に二つ描かれていた。
ワールシュタットに、再び強い風が吹く。
細かい砂が巻き上げられて、思わず絵師は目を細めた。マントが千切れんばかりに見えない腕に曳かれる。
ここは、世界の果て。人々はここを、ワールシュタットと呼ぶ。
Wahlstat、かつて死体の山と名の付いた呪われた土地である。
◆◇目次◇◆
★絵 >>1 (絵師)
>>16(エルネ&絵師)
■>>1 第一編 少年と絵師
■>>2 第二編 少年と国王
■>>3 第三編 少年と砂漠
■>>4 第四編 少年と兵士(1)
■>>7 少年と兵士(2)
■>>8 少年と兵士(3)
■>>9 第五編 少年と平和
■>>10 第六編 青年と追憶
■>>13 第七編 青年と故郷
■>>17 第八編 青年と悪魔(1)
■>>18 青年と悪魔(2)
■>>19 第九編 青年と戦い(1)
■>>20 青年と戦い(2)
■>>21 第十編 絵師と青年(1)
■>>24 絵師と青年(2)
■>>25 最終編 絵師とワールシュタット
●○作者あいさつ○●
新たに小説をはじめました、初めましての方も、以前お会いした方も、ryukaと申します。
この作品は、10〜20記事ぐらいで書き終わる短編小説になると思います(゜∀゜)!
コメントとかいただけると嬉しいです。ではでは始まり始まり……
―― 舞台は海を越え、大陸を遥々西へと向かう。
その遠路の先にあるという、砂漠に囲まれたとある時代の、とある国のおはなし。
10~
*8*
■少年と平和
はたしてその夢の国はあった。
Pes Xarakumy
広大な砂漠の淵、その国は“常緑の国”と呼ばれていた。
そこは、長身黒髪、薄緑色の瞳をもった民族が治める国であった。
多く、異国の者も住みついており、様々な人種を見受けることができた。貿易で栄えた常緑の国は、旅人や、得体の知れない異邦人さえも温かく受け入れる。三年間の兵役に就けば、市民権も得られた。
そしてエルネとバラージュは迷いなく兵職に志願した。とりあえず、市民権が欲しかった。
はじめ兵職と聞いて、ひどく過酷な生活を強いられるのだろうとエルネは想像した。が、決してそのようなことはなかった。兵舎で出る食事は最高であったし、どれもこれもエルネの国では見たことが無いような瑞々しい果物が添えられていた。毎日風呂という ―― 温かい水を張った部屋に入ることもできた。今まで風呂など入る習慣の無かったエルネたちは、はじめは熱した水になど体を浸すのを気味悪がったが、同僚の兵隊たちに無理やり入れられてからは気が変わった。存外に、気持ちがいいのだ。
それに、週に一回は、喜劇団や雑技団、遊女たちまで兵舎にやってきては兵隊たちの娯楽を催した。兵職の訓練は今まで皇子だったエルネには少しきつかったが、それでも兵舎での生活は今までで一番楽しかった。
やがて三年の月日が経った。
市民権を与えられ、常緑の国の民として生きることが許された。
これから街に出て商売を始めようと、果樹園へ行って農夫になろうと、何をしても自由である。
だが、エルネは兵舎に留まった。なんだかんだ言って、兵職が自分に一番似合っているような気がしたのだ。
あの温室育ちのエルネ皇子は、三年間の兵役の後に、逞しい一人の兵隊として、十分にやっていけるだけに変貌していた。
ちなみにバラージュと言うと、街で絨毯職人の見習いを始めると言って、兵舎を出て言った。
妻子を持って、いつか幸せになるのだと、そうエルネに最後、言い残して言った。
そんなバラージュの後ろ姿を、エルネは兵舎の屋根から手を振って見送った。
春の、麗らかな日差しの中、
別れの時は、いつになく空が綺麗な朝だった。