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*3*
やっと落ち着いてきて脱力感に襲われながら、ボクはアズマくんと夕陽を見た。
街が夕闇に染まっていく。
ボクと、パトと、…ニシナさんと。
2人と1匹で。
毎日、毎日、夕暮の街を散歩した。
彼女と歩くと、見えてなかったものが見えた。不思議な出来事も、いくつか起こった。知らなかった場所も、見つけた。
2人と1匹の、小さな秘密の冒険。
すべてが夕闇に彩られていた。
「アズマくん。ボク、楽しかったんだ」
「ボクとパトと…ニシナさんと、この街を探検するのが」
「夕暮の中を、歩き回るのが」
ひぐらしが鳴き始めた。もうすぐ夏が終わる。
それまで静かに聞いていた彼は、大人びた顔でボクを見つめて目を細めた。
「…モリヤ」
「なに?」
「ちょっと歩こう」
彼は、ぽんとボクの肩を叩いた。ボクは小さく頷いた。
* * *
二人でゆっくり土手を歩いた。ボクの手には、来る途中、花屋でアズマくんと割り勘して買った小さな花束。
河原には静かで柔らかな風が吹いていた。
ニシナさんとラジコンを飛ばした辺りに、ボクは彼を連れて行った。
「ここでいいのか?」
「うん」
彼に頷いて見せ、ボクはそっと手にした花束のリボンを解く。
彼女にこんな飾りはいらない。
包装紙も外して、ボクは花だけを両手に持って夕陽に掲げた。
夕陽に浮かぶ優しいシルエット。
眩しさに眼を閉じた。そして彼女の名を心の中で祈るように叫んだ。
ボクは、花を空に投げた。
「届いた、かな?」
「届いたよ、きっと」
小さな花が水面を滑っていくのを見届けて振り返ると、アズマくんは頷いてくれた。
風が吹き抜ける。
もうすぐ夏が終わる。
2人と1匹の、夏が終わる。
何かを忘れて、大人になっていくボクらだけど。
それでも。
この13歳の夏の秘密だけは、きっとボクらの中で生き続ける。
『 ナオくん。 』
夕闇のセピアに染まって。
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