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*4*
5.本当のスタート
キーンコーンカーンコーン…
チャイムの中で
大人と子供の靴音が響く。
ガラガラッ
「はーい、みんな おはようございます!」
「「おはようございます!!」」
どこの小学校でもお馴染みの光景。
…に、
新しく仲間が入る。
「では、みんなそろったところで、転入生を紹介するわね!」
小林先生の明るい声ので、ボーっとしていたコナンは我に帰った。
げ…
まさか…
廊下から颯爽と教室に入ってきたのは…、
白くて細い腕と脚
さらりとなびく長い黒髪
「「うわぁ…! かわいい!」」
クラスメートが黄色い声をあげる。
そして、『転入生』は教卓の横に立つと、
くるりとみんなの方に身体を向けて エメラルドの瞳を開き、
「鈴木彩です! よろしくね!」
澄んだ声でそう言った。
「じゃあ、彩ちゃんの席は 元太君の隣ね。」
「はーい」
そして 当の元太は、
哀が来た時と同じように椅子を引いて出迎えていた。
本当に『転入生』が苦労するのは、休み時間だ。
「どこから来たの?」
「もしかして パパかママ、外国の人?」
「今どこ住んでるの?」
「何が好き?」
やはり質問攻めにあっている。
「ちょっと前まで大阪にいたけど、夏休みのうちには米花町に住むようになったよ。」
「パパがアメリカ人。」
「今は哀ちゃんの家の近くだよ。」
「んー…、サッカーとアップルパイ!!」
一方その頃、窓際では…
「え? あの子、芹井奈都 なの?」
「あぁ。例の薬で幼児化しちまったらしい。」
「うそでしょ…」
「まぁ、詳しい話は 時間ができてからするけど。」
「じゃあ、今日でもいいかしら。」
「は?」
「馬鹿ね…。あの薬の開発者は私なのよ。」
「なら、適当にさそっとくぜ。」
窓際で話していたのは、哀とコナンだった。
あの銀行強盗以来
哀が怪訝そうに彩を見るようになっていたので、
弁解すべく コナンが哀にその正体を明かしたのだ。
それでもなお不満そうなのは、
阿笠宅ではなく工藤宅が選ばれたためだろう。
コナンは 哀の心の声を聞いてしまったような気がして、
もう笑うしかなかった。
何だかんだで 二回目の小学校生活1日目が終了し、
彩は家路につこうとしていた。
―こんな生活がいつまで続くんだろ。
私大丈夫かな…。
知らないうちに涙がこぼれていたらしく、
「大丈夫?」
と歩美ちゃんが声をかけてくれた。
するとそれに続くように
「彩ちゃん、一緒に帰りましょう!」
「みんなでサッカーでもしようぜ」
「その前に うな重食って元気出せよな!」
「うなぎは関係ないでしょ。」
コナンたちがやってきた。
「あ、そういえば…!」
と歩美が声をあげる。
「へぇー。探偵団バッジか。」
博士からもらったそれを、太陽の光にかざす彩。
机の上には、手帳と腕時計も置いてある。
「Detective Boys (ディティクティブ ボーイズ)…」
すると歩美が誇らしげに
「それ、阿笠博士が作ってくれたんだよ!」
といった。
「え、そーなの?!」
彩も目を丸くする。
そして、
「ワシゃ一応、科学者として日々 研究に勤しんでおる。」
そう言って咳払いをした博士は
「君には他にもいくつか持ってもらう…。
帰る前にもう一度寄ってくれんかのぅ。」
と、耳打ちした。
「うん、いいよ。」
そう言った彩の目線の先には、
工藤宅からこちらを覗く昴の姿があった。
哀も気づいたようだが、
手を振った彼を無視してトイレに行ってしまう。
「やれやれ」
とでも言うように両手を上げる昴に、苦笑交じりにうなずいた。
2時間ほどして少年探偵団たちと別れた彩は、
堤無津川に向かっていた。
まだ9月に入ったばかりだというのに、
拭きつける風は冷たく、どこか悲しげな雰囲気を伴っている。
「あれ…。」
足早に歩いていたせいか、かなり遠くに来てしまった。
夕日の眩しさに目を細めると、
見覚えのあるシルエットが動いている。
真純だ。
向こうもこちらの気配に気づき、動きを止めた。
「真純ちゃん」
そっと呼びかけると、
目に涙をためた真純が振り返った。
すぐ近くにとめてあるバイクに、夕日が反射している。
「ボク…ホントに悪い子だ…」
「…」
何年ぶりだろう。
泣いているのを見たのは…
「いいんだよ。悪い子でも。」
「え?」
「だって私、そういう真純ちゃんが好きだから。」
しばらく沈黙が続いたあと、
「キチ兄みたいだな…」
と 真純が口を開いた。
「…かもね。」
彩も少し笑っている。
その後、太陽が半分ほど沈んだところで、
「よし!帰るぞー!」
と 真純がいきなり立ち上がった。
「そうだね。」
彩も立ち上がる。
「じゃあ、送っていくよ。」
「へ?」
横を向くと、ヘルメットが飛んできた。
慌ててキャッチして、笑ってみる。
八重歯を見せて笑い返すその瞳には、
もう 涙は無かった。
「シ…昴って人に怒られちゃうからな。」
「そうだね」
彩がメットをかぶっていると、
「あ。名前、どうすればいい?」
と真純が訊いてきた。
「奈都でもいいけど、
みんなの前では 『鈴木彩』だからね。」
2人はアルテシアで河原を後にした。
家に着くと、辺りはすっかり暗くなっていた。
「ありがと、真純ちゃん。」
「いや…ボクも元気出たから…、サンキューな。」
「あれだけで…?」
「あぁ。そういえば、ボクのことを『真純ちゃん』って呼んでくれるのって…」
「私が初めてなんでしょ?」
「な、何でそれを…?」
「シュウ兄が言ってたからね。」
おしゃべりを楽しんでいると、
隣から 阿笠博士と哀が出てきた。
「オォ、彩君。待っとったぞ。」
「お帰りなさい。」
「ゴメンね、2人とも。話し込んじゃったの…」
真純はバイクのエンジンをかけた。
「すまないな、女の子を連れ回しちゃって…。」
「あなたなら別に構わないわ。」
哀が 冷たい目を向けながらもこたえる。
「彩。」
「何?」
小さく手招きされたので、彩は真純に駆け寄った。
「みんなの前で『真純ちゃん』はやめろよ!」
「分かってるよ、真純ねーちゃん!」
よし、いい子だ!
と彩の髪をクシャッとなでると、
真純は 手を振りながら、帰って行った…。