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我落多少年とカタストロフ【完結】
作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s  (総ページ数: 42ページ)
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「あの……、会長……」
 時刻は午後四時少し過ぎた頃。
 場所は学校の屋上。
 そして目の前に立っているのは、生徒会執行部書記兼会計の日和三波である。
「三波ちゃん、話ってどうしたの?」
「…………」
 三波は俯いたまま、か細い声で呟いた。
「……先日、上の兄が生徒会室に来たときに……」
「ああ、あれね。大丈夫だよ。気にしてないから」
 霧のその何気ない言葉が、三波の心臓をちくりと刺す。
「その……恋慕ではないと言いましたが……」
 セーラーのスカーフを一心に握り締め、決心したように顔を上げた。
「私は、会長のことが好きです」
 いつもは冷静な顔を真っ赤に染め、霧の蒼い瞳を一心に見つめる。
 その姿は、彼女を“恋する乙女”と表現するには充分で、恋に命を懸けるたった一人の女の子だ。
 流石に霧もその真剣さに気付き、同時に困惑した。
 彼の答えは最初から決まっている。
 三波のことは好きだが、勿論それは恋情というものではなく、友情や親情に近い。
 それに、彼は自分のことを誰か一人の物になることは絶対に出来ないと決めつけているからである。
 自分は神になるべき存在だからとかそんな大層な理由ではなく、たった一人の誰かの為に自分が生きて良いわけがないと、そう考えているのだ。
 要約すると、そんな贅沢な存在にはなれるわけがないしなってはいけないと、そう思って今の今まで彼は生きている。
「……三波ちゃん、僕は誰かを好きになったことがない。だから、教えて欲しいんだ」
 現在進行形で起きている出来事に見向きもせず、ただ問いを投げかける。
「恋をするということは、そんなに苦しいものなの? その誰かと、少しの時だけでも一緒にいるだけでは駄目なの?」
 質問の意図が読めないが、三波は思っていたことを全て言葉に紡いだ。
 誰かに言いたくて言えなかった苦しさを、その本人にぶちまける。
「……恋をする、というのは、私にも分かりません。でも私は、貴方が楽しそうに笑っているだけで苦しいんです。決して貴方が悪いわけではないんです。私は貴方と一緒に居られるだけで幸せです。でもその貴方に、私の気持ちを知って欲しいんです。……ごめんなさい、答えになってませんね……」
 そう言ってまだ赤い顔で申し訳なさそうに力無く笑った。
「……ううん。有り難う。君のお陰で、僕も決心がついたよ」
 真っ直ぐ顔を上げると、三波の翠の瞳を見据える。
「僕はこれから居なくなるかもしれない。でも、みんなに会えない何処かに行くことになっても、今日のこの記憶が僕に勇気をくれる」
 表情を和らげ、ふっと笑う。
「……これだけは忘れないで下さい。いつも貴方が私の傍で笑っていてくれた。それだけで、私は強くなれたんです」
 霧が笑うと、三波も笑った。
「有り難う」
 蒼い眼を嬉しそうに伏せると、霧は後ろを向いて駆け出した。
 下に降りる階段の前まで来ると、急に振り返って思い出したように三波に言う。
「ごめんね、三波ちゃん。付き合ってあげることは出来ないけれど、今度デートしようか。僕に出来ることは、それくらいだから」
 それだけ言うと、相手の顔を見ずに一気に階段を駆け下りた。
 三波は眼鏡の下に滲んだ涙を拭いつつ、誰ともなしに呟いた。
「……神様、素敵なプレゼントを有り難う……」

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