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我落多少年とカタストロフ【完結】
作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s  (総ページ数: 42ページ)
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10~ 20~ 30~ 40~

*40*

「ごめんね、長い間留守にしてたから仕事が溜まってて、髪を切りに行く暇がないんだ」
 そういった理由で髪を結んでいるというのだが、なにやら動物の尻尾のようで可愛らしく映ってしまう。
 彼は何も語らない。
 あの後何があったのかも、この世界になにが起きたのかも、自分達はどうして今ここにいられるのかも、何も。
 ただいつもと変わらない笑顔で、静かに自分たちのことを見つめている。
 彼が語ろうとしないということは、自分達は知らない方がいいことなのかもしれない。
 世の中には、知らずに居ることの方が幸せなことだってあるのだ。
 だから、僕らは甘んじて彼の決断を受け入れよう。
 僕らが彼に救われたということは、彼が語らなくても分かる。
 彼はそういう人なのだ。
 自分の手柄を、決して人に開けかしたりなんかしない。
 それが、世界を救ったのだとしても。

 人は、雨には勝てない。
 どんなに技術が発展して、どんなに生活が便利になっても、人類は傘を差すしか雨を避ける方法を持ち合わせていない。
 そして、自分たちで作り出した時間を、自分だけで知ることも出来ない。
 自分たちが作り出した時間という概念を、小さな”時計”という道具でしか知る術は無いのだ。
 そんな愚かしい人間を、彼は愛しているのだ。
 彼は自分が人間とは違うということを知っている。
 それを知っている上で、彼は人間を愛している。
 同等の存在として、いや、もしかしたらそれ以上の存在として認識している。
 だから、そんな彼だから、僕らは彼が大好きなのだ。
 彼が生まれ持った才能だとか、そんなものには全く関係なく、彼のその優しさと愛情に惹かれて、自ら彼に付いて行きたいと願う。
 彼が生徒会長になるときもそうだったのだ。
 教師に推薦され、立会演説会の壇上に立ったのだが、その時は決選投票にも関わらず殆どの票が彼に入ったのである。
 相手は悔しがったが、自分より良い指導者になるだろうと言って争いの場を降りたのだ。
 なんて潔い姿なのだろうと思ったのだが、また彼も、彼の持つ雰囲気というか、人柄に惚れたのかもしれない。

 ああでも、もうそんなことはどうでもいいのだ。
 一時は見知らぬ世界に飲み込まれてしまうかと思ったが、彼はちゃんと元の場所へ戻ってきた。
 それでいいのだ。
 僕達はもう、それだけで充分だから。
 もしかしたら、また彼の父と名乗る男がやってくるかもしれない。
 でも、その時はその時だ。
 そんなことは、その時に考えればいい。
 彼が居てくれれば、大丈夫だろうと、心の底からそう思えるから。
 彼の言う”あちら側”の世界では、彼はガラクタかも知れない。
 でも、”こちら側”に居る僕らからしてみれば、彼はガラクタなんかじゃない。
 大切な仲間で、リーダーで、そして彼なのだ。

 秋の空が、近付いてきている。
 彼らの夏が、終わりを告げようとしていた。

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