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作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (総ページ数: 42ページ)
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「ごめんね、長い間留守にしてたから仕事が溜まってて、髪を切りに行く暇がないんだ」
そういった理由で髪を結んでいるというのだが、なにやら動物の尻尾のようで可愛らしく映ってしまう。
彼は何も語らない。
あの後何があったのかも、この世界になにが起きたのかも、自分達はどうして今ここにいられるのかも、何も。
ただいつもと変わらない笑顔で、静かに自分たちのことを見つめている。
彼が語ろうとしないということは、自分達は知らない方がいいことなのかもしれない。
世の中には、知らずに居ることの方が幸せなことだってあるのだ。
だから、僕らは甘んじて彼の決断を受け入れよう。
僕らが彼に救われたということは、彼が語らなくても分かる。
彼はそういう人なのだ。
自分の手柄を、決して人に開けかしたりなんかしない。
それが、世界を救ったのだとしても。
人は、雨には勝てない。
どんなに技術が発展して、どんなに生活が便利になっても、人類は傘を差すしか雨を避ける方法を持ち合わせていない。
そして、自分たちで作り出した時間を、自分だけで知ることも出来ない。
自分たちが作り出した時間という概念を、小さな”時計”という道具でしか知る術は無いのだ。
そんな愚かしい人間を、彼は愛しているのだ。
彼は自分が人間とは違うということを知っている。
それを知っている上で、彼は人間を愛している。
同等の存在として、いや、もしかしたらそれ以上の存在として認識している。
だから、そんな彼だから、僕らは彼が大好きなのだ。
彼が生まれ持った才能だとか、そんなものには全く関係なく、彼のその優しさと愛情に惹かれて、自ら彼に付いて行きたいと願う。
彼が生徒会長になるときもそうだったのだ。
教師に推薦され、立会演説会の壇上に立ったのだが、その時は決選投票にも関わらず殆どの票が彼に入ったのである。
相手は悔しがったが、自分より良い指導者になるだろうと言って争いの場を降りたのだ。
なんて潔い姿なのだろうと思ったのだが、また彼も、彼の持つ雰囲気というか、人柄に惚れたのかもしれない。
ああでも、もうそんなことはどうでもいいのだ。
一時は見知らぬ世界に飲み込まれてしまうかと思ったが、彼はちゃんと元の場所へ戻ってきた。
それでいいのだ。
僕達はもう、それだけで充分だから。
もしかしたら、また彼の父と名乗る男がやってくるかもしれない。
でも、その時はその時だ。
そんなことは、その時に考えればいい。
彼が居てくれれば、大丈夫だろうと、心の底からそう思えるから。
彼の言う”あちら側”の世界では、彼はガラクタかも知れない。
でも、”こちら側”に居る僕らからしてみれば、彼はガラクタなんかじゃない。
大切な仲間で、リーダーで、そして彼なのだ。
秋の空が、近付いてきている。
彼らの夏が、終わりを告げようとしていた。