完結小説図書館

<< 小説一覧に戻る

僕は名のない公園で青空を見上げる【完結】
作者: 桜音 琴香  (総ページ数: 40ページ)
関連タグ:
 >>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック

10~ 20~ 30~

*5*

部室にかをりの高く透き通った声が
響き渡る。言い放った後に、かをりは罰が
悪そうな顔をして下を向いた。窓から
夏影に沿って帰る生徒が見える。しばらくの
沈黙のなか、先に口を開いたのはかをりだった。
「ごめん」美しい声は、トーンをおとしても
美しかった。「いや、謝るのは僕の方だよ。ごめん」
僕が謝っても、かをりは顔を上げようとしなかった。
乾きかけた絵の具の匂いと淡さった石鹸の匂いが
僕の鼻腔をくすぐる。
「あたしのこと、嫌いになった?」かをりが
何とも言えない複雑な表情で僕を見た。
グロスで彩られた薄紅色の唇が寂しそうに開く。

僕は首を振った。「嫌いになんてならないよ」
それを聞くと、かをりは嬉しそうに笑って
よかった、と呟いた。「水沢くんは優しいね」
かをりの笑顔はみずみずしく、花に例えるなら
マーガレットだ。瞬時に、僕は忘れかけていた
かをりの悪女のような笑みを思い出す。
あの笑みは錯覚か、もしくはーーーー。
ふとかをりを見ると、かをりは僕の顔を
のぞきこんでいた。返事をしていなかったから
だろう。かをりは僕に何て言ったけ。
思い出せず、僕は苦笑い気に 「もう下校時刻
すぎちゃうよ。帰ろう」と言った。

4 < 5 > 6