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一万六千
作者: 全州明  (総ページ数: 10ページ)
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*5*

『僕が私だったころ・2』  49083419  2030年 春 晴れ


 私は今、私の高校の通学路を歩いている。でも、正直不安だ。
 なぜなら私は、今日初めてこの道を通学路として歩くからだ。
 それに昨日、ためしに家から学校までここを通ってみたんだけど、その時途中で道を間違えて・・・・なんかまぁ、大変なことになったのも、不安な原因の一つだったりする。
 具体的にどうなったかというと、両親が警察に捜索願を出し、危うくニュースになりかけた。
 と言う事があった。
 全く、余計な事をしてくれる。と、言いたいところだけど、出さない方がおかしいのだ。
 なぜなら現在、全世界の人間の死因の五割以上が、殺人と自殺によるものだからである。
 一体いつからこんな治安の悪い世の中になってしまったんだろうか。
 最初は誰もがそう思った。
 でも違った。治安なんか、ちっとも悪くなかった。
 だってもう、三十年も前から、人を殺す目的のものと自殺以外、事件なんて、何一つ起きていないのだから。確かに、殺人事件や自殺が日常的におこるのは、治安が悪い証拠だと思う。
 でも、だったらなぜ、それ以外の犯罪、例えば、薬物所持や器物破損、著作権侵害、万引きすら、三十年も起きていないのだろうか。
 なぜ、不良やヤクザを、最近見かけなくなったのだろう。
 事実私は、今まで一度も不良やヤクザというものをアニメやドラマ以外で見たことがない。
 それだけじゃない。
 実は、自殺した人のほとんどが、なぜ自ら命を絶ったのか分からないことが多いし、殺人犯は皆、かたくなに殺害した動機を語らないらしい。だから、改善のしようがない。
 つまり今までの話をまとめると、現在この世界には、殺人犯と自殺願望者と善良な一般市民以外存在しない。
 しかも、殺人事件のほとんどが無差別殺人で、私がちょっと家に帰るのが遅れただけでも、『死んだ』と思われても無理はないのだ。
 だから私の両親は捜索願を出した私のことが心配になったからだ。
 だから両親を責めるわけにもいかず、二度と遅れるわけにもいかず、不安でいっぱいな―――
「キャーーーーーーーーーーー!!」
 すぐ近くで悲鳴が聞こえた。
 次の瞬間、さっきまで人通りのあまり多くなかった通学路が、人々であふれ返った。
 皆私の後ろから走ってきて、私のすぐ横をすごいスピードで駆け抜けていく。
 私は立ち止り、恐る恐る後ろを振り返った。その瞬間、私は自分の目を疑った。
 赤色の、ヌメリと光る・・・なにか、刃物のようなものを持った男が、逃げ遅れた人々を次々に、次々に・・・・何? どうしてあの男の後ろには、誰もいないの?
 あの、赤い塊は、何? ・・・・・頭が真っ白になった。
「危ない!!」
「逃げて!!」
 どこからか声が聞こえてくる。なんとなく、私に向かって言っている気がする。
 それでも私の体は動かない。
 どうして? なんで? 殺人事件なんて、毎日ニュースで耳にするのに、私の家の、すぐ近くで起こった時も、ちっとも怖く何かなかったのに・・・・なんで? どうして動けないの?
 あの男がもう目の前まで迫ってきている。でも私は動かない。
 やっぱり私は、・・動け・・・な―――
 ―――体中に激痛が走る。
 やっと動いた私の体は、そのまま地面に倒れこんだ。


『僕が建設会社の現場監督だったころ』  4  2015年 秋 晴天


「―――安心しろ、責任は全て、俺が取る」
 それが俺の口癖だった。
 俺はこの一言で、どれだけ不安そうな奴も、安心させてきた。
 俺はとある建設会社の現場監督だったりする。
 以前俺は芸術家をやっていたのだが、ある時、『誰もが一度は足を止めるようなものすごいタワーをデザインしてくれ』と市長に頼まれたのだ。
 その市長は俺の住んでいる市の市長だったこともあり、断るわけにもいかず、急きょ現場監督に抜擢(ばってき)された。そして、都合のいいことに、その俺のデザインしたタワーが話題になったため、そのとき協力してもらった建設会社に才能を買われ、今に至るというわけだ。
「で、今回はどんなのを作ってくれって?」
「えーっとですねー、それが、どうやら今回は建設ではなく設置のようです」
「設置? うちは建設が専門だろ?」
「いえ、その・・・」
「――なんでも、以前タワーを作ったときに設置したあの螺旋状のエスカレーター(実在する)を是非うちのビルにも設置してほしいとのことでして・・・・」
「おいおい、あのときはタワーだったからさほど難しくはなかったが長方形の建物にあれを設置するのは相当無謀じゃあないか?」
「そこを何とか付けてほしいとのことでして、それにこの会社、相当な大手ですから、謝礼金もかなり弾みそうですし、うちの会社のいい宣伝になると思いますよ」
「うーん。それは言えてるな、・・・・どうしたものか」
 確かに彼の言うとおりだと思う。だが、そもそもあのエスカレーターは外の景色を一望できるように設計されてるタワー専用であり、我が社が一年以上かけて、一から作った相当特別なエスカレーターだからなー。そんな簡単に作れるものじゃない。となると・・・・。
「よし! 分かった」俺は事務所の机に両手をついて勢いよく立ちあがった。
「幸いその会社はここからさほど遠くないみたいだし、俺が交渉して何とかしてくる」
「えー!! 本気なんですか!? ・・・・分かりました、監督がそう言うなら、お願いします」
 どうでもいいけど、コイツ、さっきから失礼だな。これでも俺は割と高い地位にいるんだが。
 まぁ、別にいいけどさ。

「えーっと、ここをまっすぐ行って、ここで曲がると・・・・・」
 直接交渉しに行くと言ったのはいいものの。
 俺は地図を読むのがそんなに得意なわけじゃない。
「・・・・なにか、工事でもしてんのかな?」
 交差点を右に曲がると、何やら建物を建設しているのがうかがえた。この建設会社には見覚えがある。確か、かなりいい加減で、この前もうっかり道路にレンチを落としちまって、道路がえらいことになった。
 だが、この先をまっすぐ行けば目的地に着くので、この横を通らないわけにもいかない。
 かなり嫌な予感がするが、まぁ、仕方ないか。
 工事現場の横を半ばほど通ったところで、頭上から、何か、金属のぶつかり合うような音がかすかに聞こえた。この音には、聞き覚えがある。
 うちの会社も、一度だけやっちまったことがある、この音は・・・・・鉄パイプを落としちまったときの音だ。

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