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一万六千
作者: 全州明  (総ページ数: 10ページ)
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*6*

『僕以外がいなくなるころ』  763467291  2136年 曇り


「お願いです! 見逃してください!! 山奥の家で、娘が帰りを待ってるんです」
「うるさい!!」
 黒ずくめの男は銃を乱射した。
 必死の抵抗もむなしく、二人の夫婦は殺された。
 辺りはあちこちで火の手が上がり、熱気に包まれている。
 この建物が全焼するのも時間の問題だろう。
 黒ずくめの男は、とあるテロリストの一員である。
 彼は今、人が多く集まっている建物を建物ごと燃やし、たくさんの人間を一気に殺す計画の真っ最中である。計画は今のところすべて予定通りで、この建物から逃げ出したものは今のところ誰もいない。
 彼らの手口はこうだ。
 まず、建物の中にたくさんの人がいることを確認する。
 次に五、六十人のテロリストが出入り口を占拠し、中にいる人間を逃げられなくする。
 そして、燃えやすいものや、燃えると有害なガスを発生させるものを建物の出入り口に置き、火をつける。
 そして彼は、この建物のから逃げ出そうとするものを中で見張る役で、最終的にこの建物ごと燃えて焼き死ぬ運命にある。
 だが彼は、自分の殺した人間の死体を見るたび思う。絶対に死にたくないと。
 やがては腐り朽ち果て、見るも無残な姿になるのが、彼はどうしても耐えられなかったのだ。
 しかし、この建物から逃げ出さない限り、彼が生き残る事はできないだろう。
 だが、彼がここで逃げだせば、裏切りがバレて、もっとひどい死に様になるかもしれない。
 こんな世界はもうたくさんだ。だが、死ぬのも嫌だ。
 彼の頭の中で、二つの感情が入り混じる。
 こうしている間にも、炎は辺りに広がり、勢いを増している。
 このままでは、やがて彼もこの炎に飲まれ、無様に死んでゆくだろう。
 死は避けられない。ならばこの銃で自殺しよう。そのほうがいくらか楽に死ねるだろう。
 そう思った彼は、自分のひたいに銃を当てがって、引き金を引いた。
 だが、多くの命を一瞬で奪ってきたその銃が、彼の命を奪うことはなかった。
 さっきの連射で弾が切れたのだ。
 炎はもう目の前まで迫っている。
 彼はもう一度引き金を引く。だが、その銃口から、もう弾が発射されることはない。
 それでも彼は引き金を引く、何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・・・・・・・・
 彼は震える手で引き金を引きながら、うわ言のように呟いた。
「・・・ない。・・・くない。・・・にたくない。・・死にたくない」
 やがてそれは、叫びになった。
「俺は、死にたくないんだあああぁぁーーーーーーーーーーー!!」

 男は勢いよく体を起こした。体中から湧き出るように汗が流れ出た。
「・・・・夢か」
 ベッドの上で目覚めた男は、動悸が激しく、目の下にくまができていて、誰が見ても分かるほどにひどく疲れ切っていた。
 だがそれも無理はない。彼は毎日のように悪夢を見るのだから。
 彼の見る夢はいつも最後に自分が死んで目が覚める。
 銃で撃たれたり、刃物で刺されたり、高いところから飛び降りたりと、その死に方はいつも普通ではなかった。
 それはまるで、今まで自分がやったことの報いを受けているようだった。
 彼は昔、テロリストの一員だったのだ。建物に火を放ち、通りがかった人を無差別に殺し、ひどい時は、あらゆる国の首都に、核爆弾を落とす計画に参加したりもした。
 でもそれは全て、一秒でも早く、この連鎖を終わらせるために仕方がないことだと、いつも自分に言い聞かせていた。

 ・・・・前にも似たようなことをしていた気がする。
 終わらないはずの何かを、終わらせたくもないのに終わらせる。
 そんな事を、前にもしたことがある。そんな気がする。
 でもそれもまた、仕方がなかったのだろう。
 どうしても終わらせる必要があったのだろうから。
 でも、今の自分は、本当に必要だと思ってやっているのだろうか。
 何か、まだやり残したことがあったから、こうなったんじゃないのか?
 何か、どうしても知りたいことと、どうしてもやりたいことがあったから、また別の人の人生を送るはめになっているんじゃないのか?
 本当にやりたいことは、殺人や自殺じゃないはずだ。何か、別のものがあったはずだ。
 そんな結論に至った彼は、旅に出ることにした。
 自分以外誰もいない家に、誰も見るはずのない置手紙を残して。

 気付けば彼は、山奥に迷い込んでいた。
 前に見た悪夢の影響かもしれない。
 もう、どうやって帰ればいいのかわからないほど山奥に来てしまっていたので、とりあえずこのまま突き進むことにした。しばらくして、いきなり開けた場所に出た。
 この場所だけ木はあまり生えておらず、雑草も足元までしかない。
 そして何より、目の前には、木でできた小さな家があった。

 彼はためらいながらもドアの前に立ち、ノックしようとすると、まるで待っていたかのようにドアが開き、一人の少女が元気よく出てきた。
「お父さん、お母さん、お帰り!!わたし、ずーーーっと待ってたんだよ」
 だが、少女は、彼の顔を見ると急に気分が落ち込み、がっくりと肩を落とした。
「・・・なんだ、お父さんたちじゃないのか」
「お父さんとお母さんがどこかに出かけているのかい?」
「うん。一週間くらい前にデパートに買い物に行ったっきり、まだ帰ってきてないの。私のお父さんとお母さん、見てない?」
 彼はデパートに買い物に行ったと聞いて、ハッとなった。
 そういえば、彼が昨日見た夢の中で燃やしたあの建物はデパートだった。
 じゃあ、あのときに殺した夫婦は・・・・彼は、それ以上考えるのが怖くなった。
「・・・・あぁ、見てないな」
「そっか・・・・。ところで、お兄さんはどうしてこんな山奥にいるの?」
「それは・・・旅をしていたら、いつの間にか山奥に迷い込んじゃったからだよ」
「そっか、お兄さんは旅人さんなんだ」
「うん。まぁ、そんなところかな」
「わたし、今から夕飯を食べるんだけど、お兄さんも一緒に食べない?」

 誘いを断りきれなかった彼は、少女と一緒に夕食を食べた。
 誰かと一緒に食べる夕食は、いつもよりうまかった。

 ―――やがて、夜になった。

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