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一万六千
作者: 全州明 (総ページ数: 10ページ)
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*紹介文/目次*
『僕がなにかだったころ』 0 2000年
―――それは、白く、縦に長い楕円形の陶器の中で産まれた。
ひんやりと、金属のように硬く、冷たく、奥のくぼみと真ん中の谷間に水が溜まっている、
そんな場所で。当然そこは、本来何かを産むための場所ではない。
だが、それでもそれは、大声で精いっぱい泣きわめき、自分の存在を知らしめた。
狭く、うす暗い部屋でその声を聞いているのは、目の前で膝を抱えて座っている女性ぐらいだろう。その女性は、自らが産んだそれを、悲しげな目で見つめていた。
しばらくして、その女性は楕円形の陶器の横に備え付けられていた銀色のレバーを押した。
すると、水が溜まっている場所の反対方向から、滝のように大量の水がそれに向かって流れ込んできた。だが、まだ生まれて間もなかったそれは、身動き一つ取れず、勢いよく流れこんでくる水もろとも奥の穴に向かって流されていった。
奥の壁にそれの頭がぶつかっても水の勢いは収まらず、それは奥のくぼみに吸い込まれた。
もうすでに、頭から下は水に浸かっており、それの大きな頭がくぼみに詰まってなんとか流されずに済んでいるが、水は流れ続け、それの息を詰まらせる。
口を大きく開けているために、それの口の中は既に水であふれ返っている。
だが、生まれたばかりのそれは、水を吐き出すこともせず、そのまま泣きわめき続けた。
肺に大量の水が流れ込み、ちいさな肺があっという間に水でいっぱいになる。
それでもそれは泣きわめく。
呼吸をするために、誰かに助けを求めるために、生き延びるために。
しかし、それの泣き声は、水の音によってかき消された。
それの母親は、願う。もしも願いが叶うなら、神に願いが届くなら。
どうかこの子に、一度だけでも――――――
「―――チャンスを下さい」
それの母親は、涙を浮かべ、金の十字架を握りしめた。
『僕が殺人鬼だったころ』 36890 2030年 春 晴れ
「――もう逃げられないぞ!」
俺はついに奴を追い詰めた。
奴はもう何人も殺している。しかも、殺すときに不敵な笑みを浮かべるイカれた奴だ。
だから最悪の事態を防ぐため、撃つことも許可されている。
「それはどうかな」
そう言いながら、奴が後ろに振り返った。
ここはビルの屋上だ、奴なら飛び降りてもおかしくはない。
「無駄だ。逃げようとすれば、発砲することも許可されている」
俺は焦っていることを悟られないよう、速足で奴の首の向いているほうに立って銃を向け、奴の逃走経路をふさいだ。下の階へと続く階段の扉の前には、既に部下たちが駆け付けている。 奴が右手に持っている果物ナイフじゃ強行突破は出来るはずもない。
・・・・だが
「どうした? 撃たないのか? まぁ、撃ったところで何の意味もないけどな」
「本気で言ってるのか!?」
「あぁそうさ、俺はいつだって本気だ」
奴は余裕の笑みを浮かべ、自らの額に俺が奴に向けていた銃口を当てた。
「これ以上近づいたら撃つぞ!」
俺がそう叫ぶと、扉の前にいた部下たちが慌てて銃を取り出した。
「撃ってみろよ。そうすれば、俺は死ぬ。少なくとも、今の俺はな」
「どういう意味だ?」
奴は深く息を吸い込み、宣言した。
「俺は何度でも生まれ変わる!! この世界に、俺がいる限りっ!!」
奴は俺と目を合わせ、こう言った。
「お前もそうだろ? 16000」
―――辺りに銃声が鳴り響いた。
「キャーーーーーーーーーーー!」
『僕が僕だったころ』 1 2013年 冬 曇り
・・・・寒い。すごく寒い。しかも、昨日の夜雨が降ったらしく、所々道路が凍っていて、そのせいでもう何度もこけたり転んだり頭を強く打ったり転倒したりしている。
まったく、なんでこんな日に限って和義先輩と映画を観に行かなくちゃいけないんだ。
まぁ、誘ったのは僕なんだけどね。
腕時計を見ると、時刻はまだ朝の六時半だった。もう既に待ち合わせ場所の映画館の入り口へと続く長い階段の前に着いたのはいいものの、約束の時間まであと三十分以上もある。
・・・・寒い。とにかく寒い。こんな中でじっと待っているのは辛すぎる。
思わず、今日の空のように白いため息が出てしまう。
「おーーい。あーさーーはぁーたぁーーーーーーーーーーーーー!!」
しばらくすると、遠くの方から、和義先輩が、大声で叫びながら走ってきた。
元から悪い目つきに荒げた息のせいで、なんかもう発狂してる不審者にしか見えない。
このまま話しかけられれば、僕までその愉快な仲間たちの一人と勘違いされかねない。
「どうした浅羽多? まるで不審者でも見るみたいな目しやがってー」
・・・・終わった。通行人が明らかに僕らを避けて通ってる。
「あっ、いえっ、・・・・何でもないっす」
「なら、いいんだけどさー」
和義先輩は、僕の冷たい視線を感じたのか、さっきの自らの行動を若干後悔しているようだった。
・・・・じゃあ初めからやるなよ。
「ほら、早く行かないと、映画が始まっちまうぞ」
和義先輩は、まるでそれをごまかすかのように階段を駆け上がっていった。
「待って下さいよ」
仕方なく僕もその後に続いた。
「あっぶね」
和義先輩が階段の端で足を滑らせ、慌てて近くの手すりに掴まった。
鈍い金属の音が短く響いた。
「気を付けてくださいよぉ、昨日雨が降ったんで、地面が所々凍ってるんですよ」
「そうゆうことは先に言えよ」
「まさか階段まで凍ってるとは思わなかったんで」
『大丈夫ですよ、僕も何度も転んでるんで』とはさすがに言えなかった。
その後僕らは、二人で映画を見た。タイトルは、なんか矛盾してたな『いつか終わるなんとか』だったっけ、結構おもしろかったけど、僕らが見たかったのは『ター○○ー○ー2』だった。
でも、そっちは既にチケットが売り切れていたので、仕方がないと言えば仕方がない。
ちなみに先輩は、半分寝てて、半分目を閉じていた。
残念ながら先輩は、こちらにはあまり興味がなかったらしい。
「映画、面白かったですね」
自分で言うのもなんだけど、映画館を出るときに言う定番のセリフだ。
「あぁ、まぁな、あのラストはすごかったな」
・・・・おかしいな、ほぼ寝てたはずなのに、適当に言ってるだけかな。
「わっ!」
僕は短い悲鳴を上げた。余計な事を考えていたせいで、また足を滑らせてしまったらしい。
運の悪いことに、僕の体は階段の方へと急激に傾いていく。
「馬鹿!! 何やってんだ!」
その途中、先輩が僕の腕をつかんでくれた後も勢いは収まらず、僕は先輩もろとも階段から転げ落ちてしまった。
空と地面がぐるぐると回転して・・・
・・・・いや、回転しているのは僕らの方か。
だんだん・・・・何もかも、わけがわからなくなってきて・・・・
―――僕らはそのまま、意識を失った。
『僕が俺だったころ』 2 2013年 冬 曇り
――全く。ひどい目にあった。
幸い、先輩が俺の手を掴んでくれたおかげで多少勢いが弱まったらしく、若干痛い個所はあるが、体を起して全体を見てみても、後頭部の出血以外、たいした怪我は・・・・ん?
なんで俺は自分の後頭部が見えるんだ? なんで、体全体が見えるんだ?
俺はやっと正気に戻り、目の前の異常に気がついた。
そう、俺の目の前には、浅羽多が倒れていたのだ。言っておくが、俺も浅羽多だ。
いや待て、てゆうかいつから俺は一人称が『俺』になったんだ?
ついさっきまで僕だったはずだ。
「・・・・僕の名前は、浅、羽多?」
確認のため、声に出して言ってみたのはいいものの、どうにもこうにも自分の事を『僕』というのは、何というか、違和感のようなものがある。
『俺』のほうがものすごくしっくりくる。なぜかはわからない。
まだ確信はないのだが、一つだけ、思い当たる節があった。
それを確認するため、俺は自分の左腕を見た。(目の前に倒れている方のではない)
・・・・やはり、と言うべきか。
俺の左腕の付け根には、あるはずの腕時計が付いていなかった。
代わりに右手の甲に、「後輩と七時十五分から映画」と、癖のある字で書かれていた。
この腕が指し示すことはただ一つ、この左腕は間違いなく和義先輩のものだ。
そして、こんな短時間で俺が和義先輩の左腕を手に入れる方法も、一つしか思い浮かばない。
そう、つまり俺は、和義先輩と一緒に階段から転げ落ちるという大変ありがちな事が原因で、入れ替わってしまったのだ! ・・・・多分。まぁとにかく、本当に入れ替わったかどうかは見た目は浅羽多、頭脳は和義(何か名探偵コ○ンみたいだな)が意識を取り戻してから確認するとして、とりあえず今は救急車を呼ぶとしよう。
だが、病院に搬送された元俺(中身は和義)が、目を覚ますことはなかった。
死因は後頭部を強く打ったことによる脳内出血によるものらしい。
・・・・果たしてこれは、入れ替わりと呼べるのだろうか。
これでは入れ替わりというより、身代わりじゃないか。
残った俺は、どうするべきなんだろうか。
死ななかった俺は、喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
家族に何て言えばいいんだ。ん? 待てよ、家族? 俺の家族は、どっちなんだ?
今、病室のベットのすぐ横で、必死に前の俺の名前を叫びながら泣いてる、浅羽多の家族か? それとも、その後ろで俯いてる、和義の家族か?
あれ? なんで俺は今日初めて会ったはずの和義家の家族を知ってるんだ?
それに俺は、彼らの名前まで知っている。
「和義は何ともないんですか?」と、小声で医師に聞いてるのが、父親の和義智哉、その隣で心配そうな顔をしてるのが、母親の和義茜、そして・・・・。
「和義!! 大丈夫!?」
噂をすればなんとやら、病室の扉が勢い良く開いた。
たった今半分涙目で来たこの少女が、和義の、いや、今は俺の、彼女だ。
「あぁ、俺はなんともないんだけど、浅羽多が・・・・」
驚いたな、こっちの名前なら何の違和感もない。
それに声も和義そっくりだ。 ・・・・こっちは当たり前か。
「浅羽多? ・・・誰?」
「電話で聞いてないのか?」自分のことながら、大変言いづらい。
「階段が凍ってて、その、滑り落ちて、助けようとはしたんだけど、俺も、そいつと一緒に・・・・」
「あまり気にしないでください」
「和義君が助けようとして、一緒に階段から落ちたのは、その痣だらけの体でよく分かりますから。その、うちの子が、最後の最後まで、ご迷惑かけて・・・本当に、すいません」
浅羽多のお母さんが泣きながら言った。違うんだ母さん、俺は、まだ生きてる。
・・・・母さん? 待てよ? 俺はあんな母さん知らないぞ?
あれ? もしかして俺は、初めから、和義だったのか?
もしそうなら、俺が和義家の家族の名前や、彼女の存在知ってるのもうなずける。
でも、だったら、この記憶は何だ? 俺が初めから和義だったなら、なぜ俺を追いかけたり、俺と話したり、俺を映画に誘ったりした思い出があるんだ? こんなこと、絶対に・・・・・・・・・・
絶対に・・・、ぜった・・・いに。
世界が歪み、足元がふらつく。もう何もかも、訳が分からなくなってきた。
そういえば俺も、体中痣だらけなのに、なんで無事なんだ?
なんで俺は・・・・・生きてるんだ?
*8*
『僕が刑事になるころ』 5692 2023年 曇り
「何か言ったらどうなんだ!! お前には、仲間がいるんだろう!?」
岡本刑事は勢いよく机を叩いた。
「・・・・・」
向かいに座る殺人犯は、身じろぎ一つしない。
「どうですか? 岡本刑事?」
様子を見にきた一人の警官が、岡本刑事に話しかけた。
「全然ダメだ。コイツは防犯カメラに映ってたし、何より被害者がコイツだって言ってるからいいが、その被害者は、もう一人仲間がいたって言ってるからな・・・・」
「まだ続けますか? 事情聴取」
「あぁ、あたりまえだ。コイツは一家を娘だけ残して皆殺しにした奴だからな。簡単にあきらめたら、その子に示しがつかねぇ」
「・・・・わかりました」
そう言うと、警官は取調室から出て行った。
―――しばらくして
取調室の前で、二人の刑事が話し込んでいた。
「なぁ、いくら粘るとはいえ、ちょっと長すぎやしないか?」
「・・・・確かに。もうかれこれ三十分以上たってるし、さっきから物音一つ聞こえないしな」
「一度様子を見てみよう」
「あぁ」
片方の警官が取調室のドアノブに手をかけ、怪訝な顔をする。
「・・・・あれ、この扉、開かないぞ。鍵でもかけてあるのか?」
「そんなはずはないだろ? そもそもこのドアに鍵なんてないはずだ」
もう片方の警官は、ドアノブを回し、ドアを開けようとする。
「おかしいな、ドアノブは回るけど、ドアが開かない。・・・・何か、引っかかってるみたいだ」
「引っかかってる? 中の岡本刑事が心配だ、蹴破ろう」
事態を重く見た一人が、そう提案した。
「あぁ、その方がよさそうだな」
『せーの!!』
二人の警官は息を合わせてドアを勢いよく蹴った。
だが、それでもドアはびくともせず、代わりに中で何か棒のようなものが倒れる音がした。
「おい、開くぞ」
さっき倒れた棒が引っ掛かっていたのか、嘘のようにあっさりとドアが開いた。
「準備はいいか?」
「あぁ」
二人の警官はベルトの拳銃を手に取り、一斉に中に入った。
「・・・・!!」
「岡本刑事・・・・」
二人は腹をくくってはいたものの、中の光景を見て絶句した。
取調室の壁は赤く染まっており、そのしぶきの中心に、首にボールペンがつき刺さった岡本刑事が横たわっていた。
そして窓は開け放たれており、事情聴取を受けていた、殺人犯の姿はなかった。
・・・・数日後
あの現場に居合わせた二人の警官のうちの一人が、署長室に呼び出された。
「今日君を呼び出したのは、信用できる君だからこそ、聞いてほしい話があったからだ」
「何でしょうか?」
「・・・・笹本君、今から君には、刑事になってもらいたいんだ」
「刑事、ですか・・・・」
「そうだ刑事だ。君に義務が果たせるというのなら、だけどな」
「どんな義務ですか?」
「まず一つ目、肌身離さずこの銃を装備すること」
そう言って、署長はやや大きめの拳銃を差し出した。
「この銃には安全装置が付いていない。引き金を引くだけでいつでも弾が発射できる」
「なぜそんな銃を装備する必要があるんですか?」
「それの理由は二つ目の義務だ。殺人犯を現行犯逮捕した場合、即座にこの銃で撃ち殺すこと。例外はない」
「・・・・犯行動機も聞かずに、ですか」
「そうだ。即座に殺さないと、以前のように犠牲者が増える可能性があるからな」
警官の脳裏にその以前の記憶がよぎる。
「そして最後に、絶対に、殺されないこと。以上の三つの義務を果たせるか?」
「はい」
「それでは、今から君は笹本刑事だ。おめでとう」
そう言って、署長は笹本にリボルバーを手渡した。
「ありがとうございます」
「・・・・そうだ、もう一つ重要な話があったんだ」
「何でしょうか」
「君は、2000年事件を知っているか?」
「あぁ、名前だけなら聞いたことがあります」
「まぁ、普通ならそのくらいだろうな。なんせあれほど大規模な事件だったのにも関わらず、教科書には載っていないからな」
「2000年事件とは、2000年よりも前に生まれた人を中心に多くの人が殺された事件の総称だ。事件と言うよりは、一種のテロと言ってもいいかもしれない。
その事件が頻繁に起こっていたころはまだ、自殺と殺人以外の犯罪も起こっていたんだが、不思議な事に、自殺と殺人以外の事件の犯人は皆、2000年より前に生まれた者だけだった。
だから政府はこれを隠蔽した。この事実が公になれば、大変な事態になると考えたからだ。
だが、どこからかその情報が漏れ、都市伝説として出回った。
そしてそれは、瞬く間に世界中に広まった。そしてついには、2000年より前に生まれた人間を殺せば、殺人と自殺以外の犯罪は撲滅できると考えるテロリストが現れた。
彼らは次々と2000年より前に生まれた人々を殺していった。
それがきっかけで、今までごく普通の民間人だった人々も同じ事をし始めたり、2000年より前に生まれた多くの人々が、自ら命を絶ったりした。
それから数年後、とうとう世界の人々の死因の五割以上が殺人と自殺になった。
これが2000年事件の真相だ」
「それと、これを見てくれ」そう言って、署長は一枚の資料をデスクに置いた。
「この資料によれば、殺人犯のほとんどが2000年より後に生まれた人間らしい」
「・・・・それはつまり、どうゆうことなんですか?」
「つまりこうゆう事だ。2000年を境に何かが変わった」
「何が変わったんですか?」
「それはわからない。だから君にはそれを探ってほしい。余計な犠牲者を出さずにな」
「・・・・ちなみに、拒否権はない」
「・・・・了解です」
こうして僕は、刑事になった。