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パフェイン0% (完) 『原題:今日創られる昨日』
作者: 全州明  (総ページ数: 9ページ)
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*5*

『雨』


 空に浮かぶ雲は、厚みを増していくうちに、自らの質量に耐えきれなくなり、ついには雨となって、大地に降り注ぎ始める。
 そんな中、一人の少女が、傘もささずに路地裏でしゃがみこみ、頭を抱えていた。
 誰あろう、その者である。
 その者は、あの中年の女を追い払った後、ついに体を手に入れていた。
 少女の身に纏っていた衣服は、スカートの丈も短く、薄着で、あまり寒さのしのげるものではなかった。しかしその者は、寒さを感じているにも関わらず、全く身ぶるいしていない。
 むしろそのことが、その者が頭を抱える、原因だった。
「何で、何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で、何で!!
 全部、全部集めたのに、何で? どうして? どうして何も感じないんだ!?」
 その者は、女らしい、高く、良く通る声になっていた。
 しかしその喉は、声を出す時以外、呼吸を必要とせず、ひんやりと冷たい。
 手足も、自由に動かすことはできるものの、温度以外の感覚がまるでなく、体に身につけた何かを動かしているような感覚しか得られない。
 また、肌も病的な白さで、嘘のようにひんやりと冷たく、脈もない。
 しかし、死を知らないその者は、それらが何を意味するのか、理解することはできない。
「まだ、まだ何か、足りないものがあるのかな? 外見じゃあわからない、何かが。
 でも、だとしたら、それは何? もう僕に、人間じゃない部分なんて、ないはずなのに」
 思考に没頭していたせいか、雨音にかき消されたせいか、いつの間にか、その者のそばに、誰かが立っていた。
「大丈夫?」
 誰かは、その者とは異なる茶色い髪をしており、なぜかその者と同じ衣服を身に纏っていた。
 そして誰かは、寒さで震える手を、その者に差し伸べた。
 その者が、その手を恐る恐る掴むと、その手は、微かに温かかく、その者は、目を見開いた。
「・・・・温かいんだね」
「え? そう?」
「きっと、僕に足りないのはそれだ。ありがとう」
 そう呟くと、その者は、誰かの手を借りて立ち上がり、路地裏の奥へと立ち去った。

 相変わらず探しに行くのを面倒くさがり、神社の目の前の道路までやって来るのをだらだら待っていると、それらしき人物が目の前を通り過ぎた。
 その男は、フードを深くかぶっているため、顔に影が落ちているが、それを差し引いても不自然なほどに顔が黒い気がした。その上歩き方もぎこちなく、右腕が変に揺れる。
 そして何よりこの気配。間違いないと、セルゼルノは確信し、立ち上がって声をかけた。
 すると、男は一瞬こちらを向くと、すぐに向き直り、突然駆けだした。
 間違いない。分身だ。
 セルゼルノは男の後を追い、一本道を駆け抜ける。
 男の足は速かったが、セルゼルノは徐々に追い上げていく。
 ある程度距離が縮まると、セルゼルノは男に向かって右腕を伸ばし、走りながら強く念じる。
 しかし、なぜか戻ってこない。
 スピードも全く衰える様子はなく、むしろ速くなっている気さえする。
 全力で走っているために、体が激しく揺れ、男のフードが脱げ、その頭が露わになる。
 いや、違う。そこに人間の頭はなかった。
 首元まで真っ黒な、人間の頭そっくりな形をした、何かがあった。
 その部位は、間違いなくセルゼルノの分身だ。
 しかし、セルゼルノは気付いた。
 ズボンの下から時折見える、彼の足首が、健康的な肌色をしていることに。
 それはこれほどの至近距離にも関わらず戻ってこないのと、関係がありそうだった。
 セルゼルノは、伸ばしていた右手でなんとか男のフードを掴むと、即座に立ち止った。
 当然、反動で男の頭? はガクンと後ろに傾き、そのまま倒れ込んだ。
「戻れ」
 セルゼルノは、真っ黒な頭を掴み、そう呟いた。
 すると、嘘のようにあっさりと、セルゼルノの元へと戻った。
 にもかかわらず、男の服は支えを失っていない。
 男の着ていたパーカーを持ちあげると、袖口から右腕がずり落ちた。
 それに手を伸ばそうとした時、誰かの呼ぶ声がした。

 あの子の手が、異様に冷たいと思った時から、逃げ出しておけばよかった。
 悦子に後悔の色がにじむ。しかし、もう手遅れだ。
 少女はもう、目の前まで迫って来ている。
「ねぇ、君の心は、どこにあるの? 教えてよ。僕は、どうしてもそれが欲しいんだ」
「何、言ってるの?」
 悦子と同じ学校の制服を着た少女が、悦子の頭に手を伸ばす。
「ねぇ、どこ? どこなの? 頭にあるの? 心臓にあるの? ねぇ、ねぇ」
 悦子は、その不気味な少女から逃げようとする。
 しかし、足が竦んで、うまく歩けない。
 そうしているうちに、足元に落ちていた棒状の物につまずき、転んでしまう。
 甲高い金属音を立てたそれは、鉄パイプだった。
 この隣の工場の、廃材か何かだろうか。
 その鉄パイプは悦子が蹴ったことによって転がり、少女のつま先に当たって止まった。
 少女は、それを手に取り、笑みを浮かべた。
「ちょうどいいや。いつもは触れれば気絶させられるけど、今の僕じゃあできないからね」
「何する気なの?」
「大丈夫だよ。殺したりはしないから。僕はただ、君のその、温かい心が欲しいだけなんだ」
 そう言って、少女は鉄パイプを振り上げる。
 悦子は、震える声で、呟く。
「助けて。セルゼルノ」
 ―――真後ろで、コンクリートのえぐれる音がした。

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