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パフェイン0% (完) 『原題:今日創られる昨日』
作者: 全州明  (総ページ数: 9ページ)
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 第四章  『真ノ意志』


 誰かの呼ぶ声がして、それが悦子の声だと気付き、すぐに駆け付けたセルゼルノだったが、悦子はすぐそばで道路の上に横たわっていた。
「悦子!」
 すぐに悦子に駆け寄り、抱き寄せる。
 セルゼルノはその呼吸が止まっていない事を確認し、ホッと、安堵のため息を吐いた。
「悦子に何をした!?」
「そんなにこの子が大切なのかい? 僕とこの子じゃあ一体何が違うっていうんだよ?」
「いいから答えろ!!」
 セルゼルノが怒鳴ると、人ト非は身をすくめ、あからさまに怯む。
「・・・・僕はただ、この子の心をもらおうとしただけさ」
「心? 何言ってんだ。そんなもんねぇよ! あったとしても、お前ら何かに悦子は渡さねぇ」
「怒ってるのかい? お前が、自分以外のために・・・・」
「それが何だって言うんだ?」
「酷い、酷いよ。酷過ぎる・・・・。
 いつも自分以外無関心だった癖に、誰かを守ろうとしたことなんて、今まで一度も無い癖に。
 その子のことは守るんだね? その子は僕らよりも、他の誰よりも大切なんだね?
 酷い。そんなの差別だよ、贔屓だよ。
 僕とその子は、一体、何が違うっていうんだよ?
 僕だって、僕だって・・・・その子の心さえ手に入れれば、人間になれるのに。
 そうでなくても、僕にだって、感情くらいあるのに・・・・なのに、いつだってお前は・・・・」
 その者は、名前も知らない少女の顔で、悲痛な表情を浮かべるが、その目から、涙が流れることはない。
「黙れ!! お前は俺の言うとおりにしてりゃあいいんだよ!!」
 そう言ってセルゼルノは人ト非の、誰かの細い右腕を掴もうとする。
 しかし、人ト非はそれを素早く身を翻してかわし、そのまま路地裏の向こうへ駆けだす。
 セルゼルノも悦子をそっと壁にもたれさせてから、路地裏のあちこちにあるゴミ箱やガラクタを踏んだり蹴っ飛ばしたり転んだりしながら追いかける。
 勘違いしがちだが、セルゼルノがこの世改の神だからと言って、別に神がかり的な足の速さや筋力を持っているわけではなく、自らの体重や重力をほとんど無くして空を飛翔することができるように、自らの有無の力を使ってできることしかできない。
 路地裏を抜け、追い駆け続けるが、人ト非の足が予想外に速く、全く追いつけないでいた。
 そんな時、人ト非が唐突に進路を変え、公園に入って行ったのを見た瞬間、セルゼルノは、自らのスピードを無にして立ち止り、素早くしゃがみ込んで地面に手をついた。
 すると、公園の周りの地面が消失し、一瞬にして、公園の周りに即席の堀が出来上がる。
 その穴には底がなく、落ちれば永久にそのままとなる。
 セルゼルノはそれを体重を軽くしてなんなく飛び越え、公園を出入りすることができるが、人間の体を手にし、力をほとんど失った人ト非には不可能に等しいだろう。
 人ト非はすぐにそれを悟ったのか、公園の真ん中で呆然と立ち尽くす。
 セルゼルノは、ある程度近づいてから、その背中に問いかける。
「何でお前は、お前らは、人間になりたがる? 人の体を、奪ってまでして・・・・」
 すると人ト非は、ゆっくりと振り向き、瞬きを忘れた目で、俯きながら、ぼそぼそと呟く。
「僕には、愛の籠った名前がない。帰る場所も居場所もない。
 僕自身は、誰にも求められてない。僕のやることは全部、他の誰にでもできるから」
 かと思えば、唐突に顔を上げた。
「でも人間は違う」
 強く、はっきりと放たれたその言葉には、人ト非の、全てが詰まっている気がした。
「だから僕は、人間になる。例えそれで、誰かが死んでも構わない!!」
「言いわけねぇだろ!!」
 人ト非に負けず劣らぬ声量だった。しかし、どこか躊躇っているようにも聞こえる。
「名前も居場所も愛する者も、皆持ってるお前何かに、何が分かるっていうんだよ!!」
人ト非は、誰かの声で喚き立てる。
 その必死の叫びに込められた強い願望を、セルゼルノは知っていた。
 分身には、自分の意志や考えが反映される。年月を経て、何かを取り込まなければ形すら保てなくなった今ですら、全ての分身の、共通した意志。『人間になりたい』
 それは、セルゼルノの、何よりも強い願いだった。
「わかるさ!! 俺だって人間じゃない!! 俺だって人間になりたい!!
 でもダメなんだよ! 成れやしないんだよ! 人から何かを奪っても、体をいくつ奪っても!!」
 セルゼルノは息を荒げ、その思いを、怒りや悲しみを、容赦なくぶつける。
「人間になんか、・・・・成れやしないんだよ」
 セルゼルノは、人ト非を睨みつけていた視線を、すっと下げる。
「僕は人間だ!! ・・・だって僕には、人間の感情がある。
 腕だってちゃんとある。足だってちゃんと付いてるし、その足で歩いてる!
 だから僕は、人間だ!!」
「違う!!」
 セルゼルノは悲しみに顔を歪ませながらも、再び人ト非を睨みつける。
「その腕も、その脚も、その腹も胸も首も頭も全部!!
 お前の物じゃない! それはみんな、人から奪った物だ!!」
「じゃあ僕は、一体、何にならなれるって言うんだ!!」
 人ト非の悲痛な叫びに、その剣幕に、セルゼルノは僅かにたじろぐ。
「所詮お前は、俺の力の一部でしかない。お前は、何にもなれなやしないんだよ!」
「じゃあ今の僕は、一体何なんだ!!」
 人ト非は、怒りにまかせて持っていた鉄パイプでセルゼルノの顔面を横ナギに殴りつける。
「人のパーツを無理やり集めた、ただの塊だよ」
 しかし、顔が少し傾いただけで、セルゼルノは顔色一つ変えず、右手でそっと触れただけで、鉄パイプを消してしまう。
 そして、左手で殴りつけるような勢いで、人ト非の顔面を鷲掴みにする。
 ゴキッと嫌な音がして、奇妙な感触が左手に広がる。
 人間の体を手に入れた後は、血管に入り込んでいるらしかった。
 しばしの沈黙の後、閉じていた、黒く血走った目が見開き、指と指の隙間からのぞく。
「どうしたんだよ。僕を回収するんだろ? 前みたいなことが、起こらないように」
 手のひらに違和感を覚えたセルゼルノは、人ト非を突き放す。
 人ト非の鼻から、ぼたぼたと墨汁のような血が垂れる。
 セルゼルノの手のひらのそれも、重力に従って流れだし、指先まで真っ黒に染まる。
「何のことだ?」
 先程、あの黒い血が一瞬だけ熱を帯びた気がしたが、気のせいだろうか。
「忘れたとは言わせないよ。僕は今でも覚えてる。あの時のことを――
 あの時もお前は、神王に銀河を作るように命じられて、僕らみたいな無の力だけを持った分身を作って、楽をしようとしたよね。お前が適当な形だけ作って、後は全部、僕らにやらせた。
 そしてお前は、僕らを回収するのを面倒臭がって、ほったらかしにした。
 だからあの銀河は消えた。
 当然神王にバレて怒られて、それで、やけになったお前は、全部僕らのせいにして、僕らに八つ当たりして、結局、回収したのは数体だけだったよね。
 残りは全部、ブラックホールにぶち込んだんだから。
 お前のせいで、あの時の分身たちは、きっと今も苦しみ続けてる。
 確かに銀河を消したのは僕らだ、でも、僕らを作ったのも、回収せずにほったらかしたのも、全部、お前なのに・・・・」
 その声はどこか、悲しげに聞こえ、人ト非に哀愁が漂う。
「だから何だって言うんだよ?」
「さぁはやく!! 僕を回収しろよ!! そんでまた、必要な時だけ利用して、いつまでもこき使えばいいだろ? 僕らは死なないんだからさぁ、どうせ僕らに、終わりなんて無いんだから!!」
 その叫びは、生きているかのように、強い熱を帯びていた。
 セルゼルノは目をつむると、人ト非に手をかざし、覇気のない冷たい声で呟く。
「消えろ」

 ―――セルゼルノが目を開けると、人ト非は、もう、どこにもいなくなっていた。

 セルゼルノは、人ト非の、確かな質量を感じた。
 少女にしては、やけに重たすぎる気がした。

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