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作者: 美奈 (総ページ数: 63ページ)
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3ー5
そのまま出ていこうとする父の腕を母は掴もうとしたが、届かない。そこで母は、近くにあった物を咄嗟につかんで父に投げつけた。投げられた物は綺麗な放物線を描いて、父の背中に命中した。
父が顔をしかめて、ゆっくりとこちらを振り向く。
「顔なんか出さなくていい。でも…最低でも、説明くらいしなさい…。帰ってこないんなら、理由を説明したっていいでしょ」
父は投げつけられた物を拾い上げ、母を睨めつけた。その声は、これ以上ない怒気に溢れていた。
「…お前には関係ない。さっきから何なんだよ。黙れ。…それに、こんなもん、投げつけやがって……!!」
「……はぁっ?!黙れ?!誰に向かって言ってんの?!私たちの子なのに、なんであなたはいつも力を貸してくれない訳?最近はいっつも湊が寝てから帰って来るじゃない‼私だけであの子のご飯を作って、食器を洗って、あの子の服を洗って乾かして、歯を磨かせて、お風呂に入らせて寝かせろって言うの?」
再び掴みかかろうとした母を父は平手で殴った。殴られた頬を押さえながら、また母は近くの物を投げつけようとした。けど父はその腕をねじ伏せ、蹴りを入れた。
父の表情は、豹変していた。
…本当に、人間なのか?と思うような貌に、なっていた。
「…何言ってんの?だって、子育てとか家事って女の仕事だろ?働いてないんだから、そのくらい時間あるだろうが。それに、俺が力になってないって、どういう事だよ。金稼いでやってるのが力になってねぇって言うのか、あ??
それにお前にはもう飽きた。いつでもキンキンキンキンうるせぇんだよ、黙れ鶏が。お前に支配されて、物まで投げつけられたら、たまったもんじゃない…。家でも落ち着けないなんて、もう耐えられねぇよ。…俺は新しい女を探しに出て行く」
殴られた衝撃で座り込みながらずっと俯いていた母は、ゆっくりと夫を見上げた。
「……っ…よくも人の事鶏扱いして…ふざけんなっ!!私だって日頃の苛立ちくらいたくさん溜まってる!!ずっとずっと、ないがしろにされてきたんだから!私は家政婦じゃない!妻なの!母親なの!なのに、なのになんで………。いつか殺してやる。本当に腹立った。あなたが出て行くなら、私にもそれなりの復讐をする権利はあるでしょう…?」
何とか立ち上がり、拳を夫の頬にめり込ませようとした瞬間、腕を取られて父の拳が母の腹に入った。続いて、鳩尾。顔面。顔面。脇腹。
倒れた母の胸ぐらを掴んで、仰け反りかえったその顔に、また拳をぶつけた。
間髪入れずに殴られた母の口から、鮮血がぱたぱたと滴った。唇のすぐ横の血は、もう固まりかけている。
「俺を殺す?よくもまぁそんな事言えたな、鶏の分際で」
母の表情は、憎悪と憤怒に支配されていた。
「ふざけんな……さっさと出てって!」
「…あぁ、出て行くよ。だから、出て行っていいんでしょ?手加減はしてやったからな、一応。殺しちゃったら湊が一人ぼっちになっちゃうし」
ふざけんな、消えろ、と泣き叫ぶ母を尻目に、父は去って行った。
その一部始終を、4歳の湊はドアの隙間から眺めていた。
声も出せず、ただ。固まっていた。