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*3*
翌日、ぼくは学校を休んだ。
桃が起こしにきたけど、行きたくないって言った。
ごめんね、桃。
おにいちゃんは、今どこにも行きたくないんだ。
ぼくの妹――ということになっている桃花ブロッサムは、本当に妹ができたかのように接してくれる。優しくてしっかり者の妹。
一応小学二年生で同じ学校に通っているけれど、傍から見たら彼女の方が年上に見える。
それほど、ぼくは頼りない。
普通の人がみたら、ぼくに対する印象は両手にはめたぬいぐるみと話している不思議少年。
少し前のこと、近所に住んでいるおばさんたちの会話が耳に入った。
「あの子、小学生にもなってぬいぐるみ持っているわよ」
「ほんと、母親はどんな教育しているのかしらね」
一言一言が、まるで槍のように深く心に突き刺さる。
けれど、ぼくは何も言い返すことができなかった。
なぜならば、それは第三者の目から見たら事実なのだから。
本当はぼくだって、こんなぬいぐるみはしたくない。
動きも不自由になるし、変な子だと思われるから。
だけど、それを外したら、ぼくがぼくでいられなくなる。
もしも悪いぼくがいなくなったら、どんなに幸せだろう。
魔力がなくなったら、こんなにつらい思いや皆に迷惑をかけずに生きていられるのに。
どうして、ぼくの魔力はとても強いんだろう。
黒鳥さんが羨ましい。
彼女は自分のことを「低級」ってネタにしているけれど、ぼくからしたらすごく羨ましく見える。
「……はぁ、だねぇ」
ため息をついても出てくる語尾の「だねぇ」には、情けなくなってくる。なんでこのぬいぐるみには、そんな余分な効果があるんだろうか。
可愛いぬいぐるみをみつめながら、そんな疑問を思い浮かべていると、いきなり窓がコンコンと鳴った。
もしかして、桃から話を聞いてギュービットが来たの」かもしれない。
そう思って窓を見たぼくは、驚きのあまり目を大きく見開いた。
「わあっ、だねぇ!」
「びっくり、だねぇ!」
窓の外にモップも使わずに浮遊していたのは、ひとりの紳士だった。
金髪碧眼の美形で、茶色のスーツを綺麗に着こなしている。
窓を開けてあげると、彼は靴を脱いで部屋に上がり込んできた。
そして、ぼくの目の前に立つと口を開いた。
「大形京くん、だね?」
「そうだねぇ」
「でも、どうしてぼくの名前を知っているのかねぇ。気になるねぇ」
「できれば、教えてほしいねぇ」
「それはね、わたしが何でも知っているからだよ」
「ほんとかねぇ」
「なんだか、嘘臭いねぇ」
「信じなければそれでもいい。ただ、きみに関することなら何でも知っているよ」
彼の青い瞳が怪しく光る。
紳士の顔には、ストーカーの文字が浮かんでいた。
うん、彼は危険だ。
自己完結し、警察に電話をかけるべく部屋を出ようとする。
「待ちたまえ、大形くん」
彼の白手袋をはめた手が肩に食い込む。
このシチュエーション、確かぬいぐるみが外れたときにした覚えがある。確か、お正月に王立魔女学校に行ったときにしたはずだ。
って、それはともかく、彼から逃れないといけない。
必死に抵抗するが、相手は大人。
力で敵うはずもなく、ぼくは尻餅をついた。
彼は指を鳴らし、ドアのカギを閉める。
どうやら、魔法が使えるらしい。
相手はニコニコ微笑み、高いバリトンの声で言う。
「大形くん、わたしはきみを素敵な場所に誘いに来たのだ」
「素敵な場所? だねぇ」
「それはどこなのかねぇ」
「わたしの住んでいる場所さ」
その刹那、背後から誰かにハンカチで鼻と口を押えられる。
つんとくる強烈な匂いに、次第に気が遠くなっていく。
薄れゆく意識の中で、紳士の高笑いだけが聞こえた。