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*5*
学生寮のような小さな部屋。
そこでぼくとトーマは語り合う。
互いの身の上話を。
当初、トーマは黙ってぼくの話を聞いているだけだった。
けれど、やがて穏やかな口調で自分の過去を話し始めた。
「ぼくはね、愛する人を救うために陸橋から飛び降りたんだよ」
「死んじゃったの?」
「うん。そうだよ」
何でもないと言った口ぶりで微笑む彼。
ぼくには理解できなかった。
愛している人のために己を犠牲にしたトーマの心が。
恋愛とは、もっと自分の気持ちをアピールするものではないのだろうか。
初めて黒鳥さんが魔界を訪れたとき、ぼくは彼女にプロポーズした。
彼女をお后にして、魔界の王になるつもりだったから。
けれど、それは拒否された。
手を強くひっぱたかれて、強い口調で反発されて。
黒鳥さんは、ぼくとの婚約を受け入れてくれると思っていたから、その反応は驚いた。
その後もめげずにアプローチを繰り返したけれど、ことごとく妨害されたり拒絶されたりして、失敗に終わった。
それでもぼくは諦めないで告白を続けるつもりだった。
彼女が婚約を承諾してくれるまで。
だけど、今目の前にいる少年はどうだろうか。
彼は、過ちをおかして人を愛することのできなくなった思い人を救うために、人を愛する心を再び蘇らせるために、自らの命を投げ出した。
ぼくには、とてもそんな真似はできない。
相手のことを考えずにエゴな愛を押し付けたぼくと、愛する人のいい面も悪い面も全て受け入れ許し、己の愛が報われなくてもその人だけを思い続けたトーマ。
「ぼくはダメだな……きみみたいになれない。ぼくは、わがままで自分勝手な、ただのこどもだ」
「それはぼくも同じだよ、京。ぼくも成熟しただけのこどもだよ。
たまにだけど、あのとき身を投げ出さないでも済んだ方法はなかったかって思うことがある。ぼくが死んだことで、彼――ユーリはとても苦しんだからね。天国から見ていて思ったよ。もしかすると、彼は情緒不安定が加速して、自ら命を絶つんじゃないかって。ぼくと瓜二つの容姿を持つ遠い親戚の子、エーリクが転校してきたから最終的に彼は他人を――そして自分自身を愛する心を取り戻したのだけれど」
「ぼくは、黒鳥さんを愛する資格があるのだろうか」
「恋愛に資格なんて、必要なの? ぼくが生まれたドイツではなかったけど、きみの暮らす日本には資格がないと、恋愛ができないの?」
そう投げかける彼の瞳には、心からの同情が含まれていた。