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第1章:幸福
「あーーっ、チクショウ!早くみたいのにぃ〜〜!!」
ベッドの上、黒人の少年は、四肢をバタつかせて叫んだ。
「仕方ないよ、ダン。万博が開かれるのは、エリア番号順なんだから……」
向かいのベッドに座って本を読んでいた白人の少年は、顔を上げてそう諭す。ダンと呼ばれた少年は、尚もふてくされた顔をしている。
「んなこと言ってもよう、アイザック……ここはエリア9だぜ?そんなに待てるかよう!」
子供じみた彼の様子に、アイザックという少年はクスクスと笑っていた。
ここは箱庭。以前、致死率100パーセントの感染症が確認され、陽性と判断された人々を隔離した世界。住人たちは、外壁に囲まれた12個に分かれた区画の中で、ゆりかごから墓場までを過ごす。壁の外や区画間の移動を制限する代わりに、食料・娯楽など全てにおいて、快適な生活を保障されている。
そんな住人たちの生活に刺激を与えるため、箱庭の中では時折、外の世界に関する万博が開かれるのだ。
そんなこんなで話をしていると、二人の部屋のドアがノックされる。「どうぞ」と返事をすると廊下には、長い黒髪の東洋系の少女が立っていた。
「どうしたの、ノゾミ?」
アイザックが問いかけると、ノゾミという少女は腕を組んだままダンを睨みつけた。
「さっきから、ドタドタうるさいのよ。食堂まで響いていたわ」
ノゾミの落ち着きつつも威圧の効いた声に、ダンはしゅんとなり、アイザックは隣で小さく笑っている。ノゾミはため息をつくと、もう一度口を開いた。
「コックが食事の用意ができたから、食べにきてくださいって」
ノゾミはそう告げるとくるりと後ろを向き、階段の方へ去っていく。
「飯!やった!!」
ダンは飛び起きると、ノゾミの後を追いかけた。足音は相変わらずドタドタうるさい。振り返ったノゾミにまた注意されている。アイザックはそんな2人の背中を見て、ふと思った。
(ああ、この人生は、幸福だな……)
***
食堂に入ると、写真付きでメニューを表示した電子パネルと、壁に取り付けられたスピーカーとマイクがある。
「コック、今日のオススメは何?」
ダンはマイクに向かって問いかけた。すると、スピーカーからは電子的な声が聞こえる。
『本日は新鮮な牛肉が入っております。ハンバーグ定食がオススメです』
スピーカーはそう答える。ダンとアイザックはそれをマイクに向かって頼む。ノゾミは蕎麦と一言告げて、スタスタ奥へと入っていく。受け取り口に回ると、すでにハンバーグ定食2つと、蕎麦が用意されていた。
「サンキュー、コック」
『どうぞ、お召し上がりください』
3人は席に着き、いつものように談笑を始める。
「さっきは、なんであんなに騒いでいたの?」
「ダンが、万博を早く観たいって駄々をこねてたんだよ」
「だって、エリア1では、今週末にスタートするんだぜ?ずるいだろ」
「あきれた」
またため息をついたノゾミは、ふと食堂に設置されたテレビの画面に目をやる。ちょうど何かの事件の報道をしているらしい。現場の映像と、電子音声のアナウンスに注意を向けた。
『今日未明、盗み目的でエリア7の貨物庫に侵入した男性が逮捕されました。詳しい動機は不明ですが……』
「なに、バカなことやってんのかね。箱庭の中に住んでりゃ、クラークに頼めば何でも手に入るじゃねえか」
「本当だね。箱庭の中で罪を犯せば、重いリスクを背負うのに」
箱庭の中で犯罪を犯すと、待っているのは罪状に問わず終身刑である。ただでさえ短い一生を、監獄の中で過ごさねばならない。生活物資は、無料で支給される。この寮の運営や報道も全て、仕事はAIたちが引き受けてくれるので、無理に働く必要もない。義務といえばせいぜい、月に一度の健康診断くらいだ。そんな箱庭で、犯罪が起きるのは稀である。
「いったい、この人は何を考えていたんだろう……」
アイザックは、ポツリと呟く。
「……さてね」
ノゾミは画面から目を離し、パチンと箸を置いた。