完結小説図書館

<< 小説一覧に戻る

シークレットガーデン-椿の牢獄-[完]
作者: 姫凛  (総ページ数: 15ページ)
関連タグ: シークレットガーデン 叢とムラクモ 裏と表 陰と陽 乙女の淡い恋心 キュン死に注意 
 >>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック

10~

*11*


「…うん。みんなを探しに行かないと.
それにムラクモさんをこんな所に置いてなんていけないよ!」
「ッ!?」

真剣な瞳。純粋瞳。穢れを知らない瞳が我を真っ直ぐ見つめる。
やめろ。やめろ。やめてくれ。そんな綺麗な瞳で我を見るな。見ないでくれ。返り血で汚れ穢れてしまった我を見ないで。
身体が震える生まれたての小鹿のように小刻みに震え治まらない。何故だ。何故こんなにもこやつといると狂わされる。
嗚呼。顔が熱い。火照っているのか? それとも怒りで頭に血が上り思考が上手く働かないのか?
我は我が分からない。メシアの生き残りである貴様のことが分からない。

ぼぅと奴の瞳を見つめていると真剣な瞳が少し困惑した表情となる。
困った顔もまた可愛いのだな……っと、和んでいる場合ではなかった。

「ぁ…隠し階段は…あっちです」

なんでもいいとにかく誤魔化さなければと出した言葉がこれだった。捻り出した声も蚊でも飛んでいるのかと思うくらい小さなものだった。

驚愕だった。まさかここまで動揺させられていたとは。

「えぇっ!? ムラクモさん知ってるの!?」

余計な気でも使っているのか、はたまたただの阿呆なのか、メシア生き残りは間抜けな顔をし驚いている。
この状況で気がつかぬのはよほどの阿呆だ。それにこやつはそうとうのお人好し、ならば答えは前者であろうな。

だがしかし、せっかくの気遣い。ならば我も一応社交辞令としてひとつなにか言っておくとするか。

「ですがあそこは魔物の巣窟となっています。それでも…」
「それでもだよっ! 大丈夫、君のことは僕が護るから!!」
「ッ!?」

メシアの生き残りに「君のことは僕が護るから」と言われた瞬間、我の中にある何かが最高潮へ達した。自分では分からないがもしかしたら、頭から湯気が出ているかもしれない。そして顔はきっとゆでだこのように真っ赤なのであろうな。

敵に背を向けるとはなんてことだ、といつもなら言う所だが今回は仕方ない。メシアの生き残りに背を向け大きく深呼吸をし邪心を払い精神を正す。

「わっ、わかりました。……ですが私の仕事は人を守る事。貴方を守る事なんです。
 互いを守るって事でいいですか?」

この言葉に嘘偽りなどない。真実。本当の気持ちだ。何故なら今ここでメシアの生き残りに死なれるのは非常によろしくない。王の野望を叶える為にはまだこやつには死なれては困る。だから我は命懸けでこやつを護る、護りたいそれだけだ。

「うんっ! よろしくねムラクモさん」

何も知らぬメシアの生き残りは我に対し眩しく、溢れんばかりの太陽のような笑顔を向ける。
幼子の頃からずっと日の当たらない日陰で生活していた我にとってその笑顔は眩しすぎた。もし我が陽の光に弱い吸血鬼として生を受けていたら、こやつの純真無垢な笑顔で灰となっていただろう。

「は、はいっ」

噛んだ。しかも裏返った。酷い声。返事だ。でもこれが捻り出せた精一杯の返答だった。
もう我の身も心もずたぼろだ。ぼろ雑巾のようだと言っても過言ではないだろう。まさか一度も戦闘せずにここまで我の体力を消耗させるとは可愛い顔をして恐ろしい奴だ。


こちらです。とメシアの生き残りを誘導する。隠し通路ある部屋まで。
椿牢獄最深部に位置する部屋。部屋の中には日本刀や昔の武将が着ていたとされる鎧兜や椿の掛け軸がかけられた特別仕様の部屋。
げすとるーむとも呼ばれ。この部屋は主に我らの王、バーナード様が此処へ視察に来られた時などに寝室として使われている。
バーナード様以外この部屋の立ち入りを禁止されている。王にだってぷらいべーとはある。独りでゆったりしたいときや、隠し事などもあるのだろう。我はまだそこまで王からの信頼を得ているわけではないからな。

「………」

部屋に入り込み書類などを片付ける時に使う机の後ろにかけられている椿の掛け軸をめくりあげる。

「…隠し階段だ」

ふとメシアの生き残りがそうつぶやいた。掛け軸の後ろにあるのは冷たい鉄の壁ではなく、暗闇で先の見えない深淵へと続く階段が隠れているのだ。
普段誰も近寄らない深淵から獣達の雄叫びが聞こえてくる。獣だけで人がいないのだから当然電機なども通っていない。暗闇の世界だ。
懐中電灯を忘れないようしなければな。あと替えの電池も。こんな暗闇我としては日常風景そのものだから別にどうということもない。だが後ろにはメシアの生き残りもいる。もしかすると奴は暗いのが苦手かもしれない。暗いと目が見えず事故死してしまうかもしれない。
…だから仕方なく、仕方なく我は懐中電灯と替えの電池を忘れずに持って行くことにするのだ。決して幽霊がいるかもしれないからなどという間抜けな理由ではないのだからな!

そういえば今日はいつも以上に、化け物達の声が五月蠅い。
どうやら相当腹を空かせているみたいだな。数百年ぶりに飯にありつけるちゃんすに嬉々としているということか、嘆かわしい。

「此処の魔物は今まで貴方が戦ってきた魔物とは比べ物にならないくらいに強いですよ。
 気を引き締めて」
「うん。ムラクモさんもね」
「…はい」

やはりメシアの生き残りの意思は相変わらずのようだ。愚かだ。そのように先急いではいつか死ぬぞ。
ろくに戦場に立ったことのない若人。早死にする者が多い。
貴様の事は我が死んでも護る だから安心して後ろをついて来くるのだ ルシア。

深淵へと続く階段を下りてゆく。これは我も知らなかったこと、どうやら我らは何者かに後を付けられていたようだ。
我としたことが何をやっていたのだ。鼠一匹気がつかぬとは……そうだった、メシアの生き残りの言動に一喜一憂していたせいで周りのことなど気に留める余裕がなかったからだ。

「へぇ〜、おもろそうやったから後付けてみたら、なんや楽しそうな事になっとるなないの。くひひひっ」

我らを付けていたという黒い眼帯に出っ歯な男はニタニタと気色の悪い笑みを浮かべすきっぷるんるんと幼児の遠足のように階段を下りて行ったそうだ。
なんとふざけた男だろうか……地下で出くわしたらその身体に我を舐めるとどうなるか思い知らせてやろうではないか。

……ふふふ。そう考えるとある意味の所では楽しみではあるかもしれない。


10 < 11 > 12