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カオスヘッドな僕ら【連載終了】
作者: むう  (総ページ数: 51ページ)
関連タグ: コメディー 未完結作品 妖怪幽霊 現代ファンタジー 天使 
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*41*


 〈八雲side〉

 その出来事は夢のようだった。
 一瞬の出来事だったけれど、鮮明に目に焼き付いている。瞳を閉じればあの時の映像が流れだす。

 悪霊に手足をギュウギュウに縛られ、口も塞がれ、完全に身動きが取れなかった。
 どれだけ叫んでも攻撃を止めてくれなくて、唯一の頼みの綱の紗明ですら足止めを食らっている。朔くんも外に出て行ったきり戻って来ない。

 絶体絶命の状況に、自然と冷静になった。私の十二年の人生はここで幕を閉じるんだと考えたら、声を上げる気力もわかなくなった。

 そっと目を閉じる。今この瞬間に据える息を沢山吸っておこうと、くちびるを開く。
 視界がぼやける中、誰かの足音が不意に聞こえた。

「八雲ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 大声で名前を呼ばれて、反射的に顔を上げた。
 諦めたはずなのに、私は声の主の姿を探そうとなんとか首を伸ばした。

 数メートル先の歩道に、彼の姿を見つけた。
 そのとたん、私の両目から大粒の涙がこぼれる。

 百木周くんがいた。おモチくんと呼んでいる、百木周くんがいた。相変わらず、あんちゃんのお下がりのTシャツに身を包んでいる。
 いつも穏やかな顔が、霧ッと引き締まっていた。こっちへ精一杯腕を振って駆けてくれている。

 嬉しかった。陳腐な言葉でしか言い表せないけど、とても嬉しかった。
 心臓がぐうって鳴って、押し込めていた色んな感情が、あと少しでバクハツしそうだった。

 ありがとうって言いたかったんだけど、彼が放った一撃が敵を一掃しちゃったから、その気持ちは胸の中に隠れてしまった。

 思わず目を見開く。
 こんなに細いのに。なんで………?

 おモチくんの意外な力の出現は誰も予想してなくて、ヴィンテージの佐倉くんやクコさんも、狐に包まれたような表情で立ち尽くしていた。

「………つまり、僕は自力で実体化したってこと……?」

 当人のおモチくんが、誰に言うともなしに呟く。
 実体化……?つまり周くんは、人に見える状態と見えない状態を、自分で無意識にオンオフできるようになったってことなのかな?

 もしそうなら凄く便利な能力だと思うし、札狩にも応用が利く。攻撃も防御もできる幽霊はまさしくチートだ。雑魚級の霊なんて簡単に退治出来ちゃいそう。

 でも……そんなすぐに強くなられると、対応に困っちゃうよ。
 生まれつき霊感が強いから、紗明の姿も彼の姿も見えた。人に視えらんもんが自分に視えとる。特別な感じがして、勝手に浮かれていたときもあった。

 実体化できるのだとしたら、霊感がある人しか見えないという現象もなくなるわけだよね。透明化を切れば、普通の人にだってまるで生きているかのように思わせられる。

 じゃあ、私の立ち位置はどうなるのだろう。
 幽霊だからって言う理由で家を貸してたけど、その必要もなくなるんだろうか。人の世話がいらなくなって、私との接点も消えてしまうのかな。

 いやだな………。おモチくんの全てを知っとんのは、私だけのはずだもん……。
 あれ、この考えまずいかもな。でも、実際そうだし……。ああもう………。

「アルジ様? どうしました? 腹でも痛いんすか? お腹ピーピーなんすか?」

 しばらくグルグルと頭を働かせていた私の顔色はそうとう悪かったようだ。紗明が心配して肩に手を当ててくれたが、考えごとに夢中だった私はその声が全く届いていなかった。

「あっ……アルジ様? す、すんません俺、ふざけて言っただけで別にそんなつもりじゃ……」

 怒ってスルーしているのだと勘違いした紗明が、顔の前でわたわたと両手を振る。
 紗明は毎日毎日、私にとことん尽くしてくれる。たまにうざいけど気にかけてくれて、笑わせてくれて。

 私も、おモチくんとそんな関係になりたいな………。
 でもおモチくんは優しいから、誰にだって分け隔てなく接しているんだろうな。だから弟の朔くんにもあんなに慕われてる。普通だったら兄弟喧嘩したりするはずなのに、あの兄弟はそんなことが全然ないから。


「僕、もう帰る。なんかやられちゃったし、じゃあね」


 急に佐倉くんがそう言って回れ右をする。
 つい数分前まで戦意をみなぎらせていた佐倉くんだが、急展開に振り回されて戦意を失ったようだ。離れていく背中を見送りながら、取り残された私たちはお互いの顔を見つめあう。

 
 おモチくんは思案気な表情で俯いていて。
 クコさんは暗い気持ちを紛らわそうと鼻歌を歌っていて。
 紗明はぼうっと夕焼け空を眺めていて。

 朔くんは、そっと私の元へ近寄ってきて、耳打ちする。
 お兄ちゃんとは反対に、感情に任せて動く朔くん。言いたいことははっきり言う性格の彼が、わざわざこんな行動をとったそのわけは。


「……………チカが離れていくみたいで寂しいの?」
「っ」

 
 たったそれだけのセリフで、彼は私の心情を完璧で表現した。
 何も言ってないのに。目の前に居る人間がエスパーなんじゃないかと、私はまじまじと朔くんを見つめる。

「……なんで、わかるの?」
「弟だから」

 朔くんはにっこりとほほ笑んだ。
 おひさまのように無邪気な笑顔をする子だということは、これまでの付き合いで把握している。
 でも今の笑顔は純粋なものではなくて、どこかいびつな感じがした。

「離れていったら、多少は自由になれるかもしれないけど、やっぱり寂しいよね」


 あぁ、芯が強いんだ。この子は心の芯が強いんだ。


 兄の姿が見えているけれど、本当はもう死んでいて、黒札関連の出来事がなかったら二度と再会することはなかったと分かっているから。
 朔くんは心のなかでは何回も何回も泣いているかもしれない。けど、神様がくれたこの奇跡の時間を精一杯身体で楽しんでいるんだ。「お兄ちゃんと話せること」ということが、朔くんにとって何よりの奇跡なんだ。


「みんな、なんか、……ごめんね。ヘンな空気作って」
「別に気にしてへんよ。実際百木くんがあそこで一発決めてくれんかったら、八雲ちゃんは死んどったで。そーゆー意味ではまさしくあんたは、八雲ちゃんのヒーローやん!」

 おモチくんがそろそろと周りの面々の顔色を窺う。
 なんと返そうかとみんなが迷うなか、一番最初に声をかけたのはやっぱりクコさんだった。

 持ち前の明るさでみるみるうちに場の雰囲気を和ましていく。暗かった場がいっきに明るくなる。クコさんはやっぱりすごい。

「それにそれにぃ、あのシチュエーションだったら、八雲ちゃんも惚れていいと思うしぃ」
「へっ!?」「はっ!?」

 おモチくんと私の声が重なる。
 双方とも顔が真っ赤っかかだ。熟れた林檎みたいになった私たちを、なおもクコさんはからかいまくる。

「うちはお似合いやと思うで。なぁ紗明!」
「はぁ!? うちのアルジ様とこんなゴキブリがいちゃつくなんて見たくもねぇよ!」

 はい、紗明は通常運転でした。
 ちょっとでも弁解してくれると期待した私が馬鹿みたい。

「うわロリコンッッ。 そんなんだからあんたには人が寄って来ないんや。ざまあざまあ」
「お前みたいにピーチクピーチク鳥みたいにやかましい奴もだよ! チェケラッチョ」

 いつものごとく、二人が口論を始める。なんでこの二人、こうも毎回そりが合わないのかなあ。
 まあ、二人のおかげで沈みかけていた心が少しだけ上を向いたかもしれない。

 この先何があるのか分からないけれど、私には沢山の仲間がいる。みんな癖が強くて大変だけど、その分裏で色々と抱え込んでいる人が多いことを最近知った。
 だからきっと、この先も大丈夫だよね。
 

 そういえば、ユルミスちゃんが解雇されたんだっけ。ユルミスちゃんも何かあるのだろうか。それと、ヴィンテージの佐倉くん。彼にもきっと、ヴィンテージに入ろうと思ったきっかけがあるはずだ。

 いつか、知れたらいいな。誰だって色んなことがあるんだから。
 だからどうか、今日の夜みんなが安心して眠れますように。



 

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