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- 傷つくことが条件の恋のお話
- 日時: 2016/04/09 15:38
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
どうも。皐月凛雅です。
今回は、高校生に登場してもらいます。
深い傷を負ったEIGHTEEN女子高生と、
いたって普通だけども普通じゃない男子高生と、
人気モノの男子高生がメインの高校生活のお話。
頑張りますから、小学校の授業参観に来た父兄のような、
温かい目で見守ってくだされば。
ー登場人物ー
・北川 優
佐久間高等学校3年B組。社会の女王様のあだ名で、落ち着いた雅やかなお姉さま。男女関わらずに人気は高いようだ。テニス部のエースで図書委員会委員長。
・能澤 崇
別に特徴のない優の同級生。彼はC組でいたって普通。剣道と空手なら誰にも負けないし、水泳とテニスとサッカーだったらできる方。でも面倒臭いから帰宅部。
・朝瀬 翔也
『めっちゃイケメンで、むちゃくちゃイケボですんごく頼りになる』優のクラスメイト。家も結構な金持ちのお坊ちゃまで、文武両道の憧れの的高校生。
≪優 side≫
今から4年前の夏、私は大切なものを失った。
原因は私にあった。どう考えてもそう。
それなのに、それなのに彼の親は私のことを責めなかった。
蔑みもしなかった。私にあたることもしなかった。
ただ、泣きながら一言、
「ありがとう」
そう言った。
私にはそんな言葉をもらう権利などない。
私は貴方の息子の命を奪ったのに。
なんでそんなことを言えるのか、貴方の神経がわかりません。
その時以来、葬式にも出なかったから彼の親に会うことはなかった。
そして、私は心から誓った。
『私は、絶対恋に落ちるようなことをしない』
そうして彼との思い出を、心の奥に封印した。
自分の、心からの笑顔も。
4時限目、あんまり面白くない音楽科が終わり、音楽室から教室に帰る途中、
「ゆ〜〜う!!」
後ろから誰かがばんっと背中を押してきた。
ひょっこりと顔を出すのは私の唯一無二の親友、斉藤沙穂。
「沙穂。今筆箱でぶつかったでしょ。めっちゃ痛かったよそれ。」
そういって彼女を睨めば悪気なんてそっちのけで、すまんね、とだけ言った。
「それより聞いた?朝瀬って、A組の永井紗菜振ったんだってよ。」
「まあ、当然じゃない?永井紗菜ってあの派手なギャルでしょ。あんなのと付き合って長続きした方がおかしい。」
思ったことを、包み隠さずに率直に述べる。この口調が気に入らない沙穂は、その毒舌何とかしなよ、優、と苦笑してから続ける。
「まあ、永井さんって結構面倒臭そうだから付き合ってくれるまで朝瀬に付きまとって、朝瀬が諦めてやっと付き合えたってことじゃないの?」
「・・・、そんなに面倒なの?そのこ。なんか朝瀬に同情できそう。」
そんなに付き纏われていたのなら、あんまり話したことのない朝瀬でも、素直に可哀相だと思える。
「永井紗菜って、女王様気分でいる出しゃばりとか、女子力が半端ない人ってゆうような見た目だったけど、男子にはどう見えているのかな。」
素直に疑問を口に出してみると、じゃあ、と言って沙穂が上を指差した。
「今の疑問、莫迦男子に聞いてみる?誠と拓真、今日は屋上でお昼食べるらしいから。」
「ああ、そうね。聞いてみようか。」
そう答えると彼女は、優のお弁当持ってくるから先行ってて、とだけ言い残して教室へと入っていった。
沙穂と広瀬誠、山崎拓真、それに私は、中学時代の仲間で、4人一緒にこの高校を受験し、合格した。
いつでも一緒だった。今でも放課後になれば4人で新宿行ったり、誰かの家に泊まったりしてるくらいだ。
「誠、拓真。」
屋上まで行き、手すりに寄り掛かっている2人に呼びかける。
2人とも私を認識すると、ふっと笑って手招きしてくれる。
「なんだ、沙穂はどうした。」
誠が笑いながら、話しかけてくる。
「お弁当取りに行ってる。もうすぐ来るよ。」
「あいつはパシリかよ。」
「そうね。自主的にパシリやってくれて助かる。沙穂っていいね。」
「うわっ、出たよ。優の腹黒思考。女っていつみてもおっかねえ生き物だよ。マジで俺そう思う。」
「お前、ほんと擦れたぜ。もう少し大人しくしてればもうちょっとは可愛げあるんじゃねえか?」
拓真の言葉に少しカチンと来て言い返そうとしたタイミングで後方から声がかかった。
「あんただって人のこと言えないでしょ。このぐれ男。」
「うっせーよ。沙穂は黙ってろ、口デカ女。」
「それ、乙女な女子高生にいう言葉?もうちょっとは考えなさいよ、莫迦不良!」
「誰が不良だっての、俺より脳味噌ないくせに。」
これ以上やりあうと白熱しそうなので、そっと私は誠に目くばせする。
「こらこら、ご夫婦様。痴話喧嘩はどっか違うとこでやってください。こちらとしてもこんなに仲睦まじい様子を見ていると少々焼けるので・・・、」
にこにこしながらお世辞を投げかける誠。
「誰が夫婦だっての!!!」
2人一緒になって誠に怒鳴る拓真と沙穂。
拓真と沙穂は幼馴染で、小さいころから一緒にいるのだ。この二人の痴話喧嘩は、言ってしまえば恒例行事なのである。
「で。どうして男同士の貴重な時間を邪魔しにやってきたの?」
夫婦と言われたことでまだ拗ねている拓真が聞いてくる。
優がおにぎりを口に入れてまだもぐもぐしているところを見て、代わりに沙穂が説明してくれる。
「A組にさ、永井紗菜っているじゃん。男ってああいうタイプ、どういう目で見てるのかなあって、疑問ができたから聞きに来たのよ。」
「別にあんま気になんないけど。美人なんだろうなあとは思うけど、やっぱ遠目に見てて、気に障るような奴だとは思う。」
あんまり感情が入っていないこの声は拓真の声。
「気が強いのはわかるけど、自分の意見がしっかりしてるだけなのかもよ。自分に自信があるみたいだし。まあ、男はエロいからね。漫画なんかに出てきそうな美少女だから、付き合いたいと思う男子は多いよ。」
この、客観的な発言は誠のもの。
「美少女ならこんなに近くにいるのに、よくそんなこと言えるねえ。ま・こ・と?」
沙穂の口調には、はっきりと揶揄の響きがある。
「沙穂・・・、私のこと莫迦にしてる訳?凄くムカつく。」
実際に自分が美人だとか、綺麗だとか思わない。みんなが興奮して称賛するような要素は一つも持ち合わせていない。
「優は確かに美少女だけど、中身がめっちゃ黒いから・・・グハッ!」
間髪入れずに飛んだ私の〈怒りの回し蹴り〉のおかげで、誠は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「あらぁ、お大事にね、誠。拓真も誠の対処よろしく。」
私がすたすたと屋上を後にしたせいで、沙穂が慌てて後を追ってくる。
次は、私が好きな和山先生の古文。早く戻って予習しよう。
そう心の中で唱えることで、静かに心の怒りを抑えた。
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- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.14 )
- 日時: 2016/03/11 18:16
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪優 side≫
[放課後、屋上来て。]
6時限目が終わる直後、能澤君からこんなものが届いた。
最初、授業中にこんなものを打ってくるなんてなんて器用なんだと思ったのだが、きちんと考えてみればただあの彼の事だ、また授業をさぼっているだけの事だということに気付いた。
そのことに内心ため息をつき、机の下でたった一言、送り返した。
[了解。]
放課後、部活もバイトもない私は、言われたとおりに終学活が終わると、屋上へと向かった。
屋上へ行くと、柵の前で寝っ転がっている能澤君を見つけた。
スマホをいじっていてこちらの気配には気付いていない様子。
そっと近づいて行って、私は彼の瞳の上に手を載せた。
「・・・!?」
案の定、彼は跳ね起きた。
そっと私の手に彼は自分の手を添えて、強く引っ張った。
「・・・きゃっ!!」
彼に引っ張られ、能澤君の背中に体が触れた。
今度は私が吃驚するばんだった。
「いたずらして面白かったか?」
「呼び出しておいて遊んでいる方が悪いんじゃない。」
「別に遊んでない。」
膨れっ面の能澤君は、いつもの冷たい彼ではなく、とても子供じみて見えた。
そんな彼がとても幼く見えて、微笑ましい。
私の腕をまだ胸の前で捕まえている能澤君のおかげで、私はばっちり身動きができなかったりもするが。
「・・・ねえ、いつまで私がこんな状態に縛られているの?」
私が尋ねれば、
「お前が反省するまで。」
見事なまでに縮小された返事が返ってくる。
彼と付き合うことになってから、私は能澤君の色々な仕草や言葉を知ることが出来た。
今みたいに、私の様な普通に話す人に比べて、極端に口数が少なかったりするのも能澤君の特徴といえる。
私でもそんなに喋らない方なのに、それ以下の口数の少なさは未来が思いやられる特徴だと思った。
そしてもう一つ。
彼は少しばかり頑固だった。
「はい、反省しマシタ。」
「はい。」
彼が腕を解放してくれる。
能澤君は、自分から折れることを知らないらしい。
そういうのも、幼いころから武道の中で生きてきた人間の性なのかもしれないが。
私がそうして色々なことをああだこうだと試行錯誤していれば、彼が口を開いた。
「・・・、なあ。」
「はい?」
「今週の土曜、昼から空いてるか?」
「ええ、まあ。」
明日は午前の部活で、12時までだったはずだ。
ただ、彼がそんなことを聞いた理由が分からない。
首をかしげていると、考えていたと思われる能澤君が決断しましたとでもいうように顔を上げた。
「どっか、行く?」
・・・。
私はたっぷり数秒かかって意味を理解した。
なんだか誘われているらしい。
ただ、言葉があまりにも少ないせいで理解するのが難しいだけだ。
「・・・あっ、ああ。はい、うん。・・・ん?」
そして気が付いた。
結局はあまり理解していなかったことを。
そんな私を、さすがに呆れましたとでもいうように眺めている彼。
・・・すみません。本当に。
「土曜、暇ならどっか行くか?」
優しい能澤君は、きちんと説明してくれた。とても分かり易く。
・・・・、そして、とっても簡潔に。
「そう、ね。うん、いいよ。どこ行く?」
「お前の行きたいところに。」
「能澤君の条件は?」
「あんまりうるさくなくて、学校のやつらがいなくとこ。」
「んー。」
私がうなりながら頭を抱えていると、能澤君は私の肩をポンと叩いて言った。
「明日の1時頃お前の家んとこ行くから、それまでに考えとけ。」
そして彼は屋上を下りて行った。
まさか、デートのお誘いだったなんて。
別に、嫌なわけではない。
むしろ誘って戴けてとても嬉しいし、凄く楽しみ。
でも、そんな関係になるなんて思ってもみなかった。
一緒に登下校して、忘れ物したら貸し借りして。
会ったり呼び出したりして喋ったりして。
それだけだと思っていたのに。
それ以上近づかれると、自分の制御が出来なくなりそうで、
・・・本当は怖いと思っている。
克服しようって意志を持ったはずなのに。
・・・どうしよう。
そして、困った時に考える脳裏を横切る凛々しい横顔。
・・・《壮也》だった。
こんな私を見ている能澤君にとって、私は一体何なのだろうか。
そして、こんな私は能澤君を傷つけてはいないだろうか。
・・・臆病な私は、何も変わらない。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.15 )
- 日時: 2016/07/23 13:53
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪優 side≫
午前の部活は、別に私が行かなくてもいい用事だった。
というのは、夏休みの大会を終わらせれば、高校三年は引退という形でいったん部活の終止符を打つ。
でも体を動かしていたいから、わざわざ行って後輩たちと一緒に混ざって遊び感覚で楽しんでいるだけだ。
顧問の監視が緩いのでこんなこともできるのだ。そうでなければ絶対にやめさせられている。
そんな感じで早めに切り上げて自宅へと帰り、能澤君との待ち合わせを待った。
スカイグレイのバッグに、白のキャミと花色のミニスカート。
その上に明るめの薄いパーカーを羽織った、典型的な夏と秋の中間のコーデ。
気恥ずかしいし、自分の容姿に自信のないという私。
こんなのを誘うとは、能澤君はどういう思考の持ち主なのだろう。
そうだと勝手に決め込んでいれば、私の首にそっと絡まる腕に気付いた。
「・・・!!」
あまりにも唐突なことにただ眼を見開いていた。
・・・のは、一瞬だけだった。
さっと脳を切り替えてその腕の持ち主を気配で確認。
知らない人であればすぐに離れておく。
それが襲われた時の基本的動作だと、能澤君に最近教えてもらった。
だが、私の背後にいたのは・・・。
「の、能澤・・、君・・・。」
抱きすくめられた状態で私は固まる。
「まだまだだな。どんな人間でも、きちんと稟請体制をとって事を運べ。」
笑みを吐いた声音で耳朶に吹き込まれる。
その笑みを含んだ声が、私の羞恥を湧き上がらせる。
彼は私を試したのだ。
自分の言ったことをきちんと理解しているか。
・・・、別名・嵌めるという形で。
「・・・。」
「お前が、冗談抜きで引っかかるのが面白い。」
「・・・、貴方は人を騙すのがお得意で。」
「そんなにコロコロ引っかかると、騙すのが面白くなるんだよ。」
明るくそんなことを暴露する彼は、少しばかり意地悪だった。
これが彼の本当の顔なのだろう。
そう思うと、素直にきちんと引っかかっても、毎回毎回騙されていても、彼との距離が縮まっていく幸福の方が大きくて、ほかの事はあまり気にならなかった。
「どっか行くとこ決めた?」
「一つだけ、沙穂に言われていってみたくなったとこを除けば、能澤君の条件を満たしているところだよ。」
「別に絶対条件じゃないし・・・。」
いいけど、そんなことを口の動きだけで聞き取った私は、少し複雑だった。
でも、ここでぐずぐずしていてはいけない。
今回のこの機会を与えてくれた彼に、きっちりと向き合いたいから。
こんな思いを胸に彼の手を引いてきた場所。
プリクラ館だった。
「プリクラ、あんまり気が乗らない?」
呆気にとられている彼に声をかけてみた。
「べ、別にいいけど・・・。」
「・・・?」
「どうしてここなのかが・・・。」
「ここ、壮也と初めて誘われてきたところなの。だから、他の人と行くんなら、ここにも行っておきなって沙穂が。」
「・・・。」
「私も、一度はそういうことしておいた方がいいかなって思ったし、やっぱり、能澤君も気になるでしょ?」
元彼を引きずっているような女といたんじゃ、無意識にでも不安が湧き上がってどうしようもなくなるんじゃないか。
能澤君には、私の事で辛くなどなって欲しくなかったから。
だから私は、壮也との思い出を『過去』にする努力をすることにした。
今度は、誰にも迷惑をかけないように、誰にも心配をかけないようにしたかった。
だから、私は、目の前の事だけを見るようにしなくてはいけない。
・・・、現実をきちんと見る。
そう、心に決めるためにここに来たかった。
「・・・どれも、かっこいい・・・。」
私は、今撮れたものを見て呟く。
どれ一つとっても、ふざけたようなものがない。
爽やかでも、その中で凛々しさのあふれる精悍な顔つき。
少し笑んだだけでも綺麗に様になって。
笑顔になると、健康的で無邪気な男の子を思わせる。
そんな彼が、私の心を強く締め付けた。
「お前の方が映りがいいように思えるケド・・・。」
斜め上から落ちた声が、妙に現実感を帯びている。
「そうじゃなくて、能澤君がそのままでもモテる理由が分かったってそれだけだから。」
「妬くなよ。」
「妬いてないし。ていうか、それを自分でが言うの?」
「怒んな。お前は普通にしてても他の奴より見劣りがしない。誰から見ても美しい華だ。」
結果的に言い包められる自分が嫌になる。
それに、聞いてて非常に恥ずかしい言葉を自然に口にできる彼の神経がさっぱり分からない。
赤面して火照った顔を冷やすようにして、少し足早に歩いた。
そうして私たちは、周辺のお店を見物して回った。
途中で、足元にじゃれ付いてきた犬たちと遊んで能澤君に呆れられて。
喫茶店でやっていたくじで、彼が一等の特大パフェを当てちゃって。
なんだかんだでどんどん日が傾いてきた時半に私はある場所を能澤君に告げた。
あと一か所、彼と行きたいところがあった。
壮也と、行く事が出来なかった場所に。
そこを思い出せば、少し後悔の念が心をまだ晴らしてはくれない。
そんなところ。
「ここね、私のお父さんが昔、母に一目ぼれした思い出の場所なんだって。」
だから、一度見に来てみたかった。
そう暗に告げれば、彼はゆっくり目を瞬かせた。
口ではなく、仕草で相槌を打ってくれた。
私の気持ちを全て察してくれたかのように。
私は、眼前に広がる海岸に眼をやった。
ゆっくりと大きく波打つ白波が、自分の想いを後押ししてくれるみたい。
「結局はお母さんという人の記憶はないに等しいようなものだけど、でも私の大事な親が出会った場所なんだって思ったら、大切な人と一度は来てみたかった。」
我慢する暇もなく、眦から雫が流れた。
悲しかったわけじゃない。
未練があるわけじゃない。
悔いがあるわけでもない。
ただ、少しだけ心残りだっただけだと思う。
どうして、壮也を信じられなかったのだろうか。
なぜ彼の待つあの丘に行かなかったのか。
脳に疑問が浮かぶ。
彼との思い出が、脳裏を走馬灯のように過る。
「・・・ごめん・・、なさい・・・。」
隣にいるのは、能澤君なのに。
彼の事を見ると、決めたはずなのに。
弱い私は、また壮也を見て泣く。
「・・・なんで、・・、私なんか・・・。」
「お前が良かったからだ。他に理由が必要か?」
「・・・。」
「俺が惹かれたのは、お前だけだった。多分、これから先も・・・。」
「・・・能澤君・・・。」
「枸神を忘れなくていい。」
「え・・・・。」
想像を超えたその言葉に、一瞬思考が停止する。
いま・・、なんて・・・。
「あいつを忘れれば最後、枸神壮也という人間はいないに等しくなる。そんなこと俺は望まない。《忘れる》んじゃなく《過去のことにする》んだ。覚えておけ。」
そんなことを言われたのは、初めてだった。
そんなことを考えることはしなかった。
彼の言葉は、心を優しく包んでくれるようで。
傷つき寂びれていくガラスを、ゆっくりと潤し、修復するように。
ゆっくりと ゆっくりと
静かに、静かに癒していく。
「俺を、信じろ。」
与えられる熱と、静かなバリトン声に、私は身をゆだねた。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.16 )
- 日時: 2016/03/16 18:08
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪誠 side≫
夏休み、俺は部活だお盆だなんだかんだと振り回されていたおかげで、優や拓真と一緒に遊ぶ事が出来なかった。
というより、会う事が出来なかった。
拓真と沙穂には会う時間がなくて、優とは、ゆっくり話す時間がとれなかった。
特に優とは、一度きちんと正面から話したかったのに、それすらもできていない状況。
そんなことをズルズルと引きずりながら始まった二学期。
ある日の放課後、俺は竹原と掃除をサボってだらだらとだべっていた。
その時、微かな男女の喋り声が俺の聴覚に引っかかった。
「・・・・んだよな。」
「・・・・え、・・・・んだか・・・。」
中身は分からないが、話している人物ぐらいは分かる。
あの、能澤崇が、女子と親密そうに何か話していた。
今まで浮いた話など塵一つも浮かんでは来なかったのに。
「せめていちゃつくなら違うところでして欲しいもんだなぁ。」
「莫迦かお前。九股のモテ玖が聞いて呆れるよ。そんなことより・・・。」
この女子にしては低めのアルト声。凛々しく、涼やかさが滲み出る特徴的な声音と落ち着いていて大人びた話し方。
この声を十年以上聞き続けていたのだから、今更間違える訳がない。
・・・・、相手の女子は、間違いなく優だ。
「・・・どういう・・・、ことだ・・。」
「あんまり知られていないけど、あいつら付き合ってるって噂、俺知ってるよ?」
「・・・。」
「なんか、夏休みに告ったとか、夏祭りに誘ったとか。まあ、まとめれば、夏休みの間に何か二人が進展したらしいってとこかな。」
「・・・。」
俺のはらわたは、煮えくり返っていた。
俺の知らないところで、優を知った奴が許せない。
そんな俺を知ってか知らずか、竹原が覗き込んできた。
「別に単なる噂の類だからそんなに気にする必要もないだろ。」
これが、彼の慰めの言葉なのはわかった。
そして、それほど心配させてしまっているのも。
でも、俺は神経が、理性が保てそうにない。
だから、心の中を悟られないよう、極力無表情の声を絞り出して、言った。
「・・・火のない所に煙は立たないんだよ。竹原・・・。」
頑張ったつもりなのに、己の口から出た声はあまりにも貧弱で語尾が風にさらわれそうなほど頼りなくて。
精神状態が正常じゃない。尋常じゃなくなっている。
悔しくて。
悔しくて。
泣きそうなくらい悔しかった。
どうして、俺じゃ駄目なんだろう。
なんで得体のしれないような男なんだろう。
なんで俺じゃないやつと秘密を持つんだ。
悔しくて、情けない。
唇を噛み締めてると、竹原が俺の頭を軽くたたいた。
「誠は早く帰れ。」
竹原のぶっきらぼうな優しさ。
それが有り難かった。
それからしばらくして、確かなことを聞きたくて拓真と会った。
「よお。」
「・・・。どうした。」
こいつじゃ、俺の考えていることはほぼほぼわかっているはずだ。
なのに、わざわざ相手に言わせ、その口調や表情から相手の精神状況を掴む。
冷徹に分析できる拓真らしいやり方だ。
「優と、能澤。あれ、どうなってるんだ。」
だが今回は俺も、そうやすやすと捕まるわけにはいかなかった。
そう切り返すか、とでも言いたげに目を細める拓真。
「どう、とは?」
「言ったまんまだ。どんな関係にある。」
「・・・。」
値踏みするような相手の双眸に、俺は希望をつぶされたように感じた。
俺が優を思っているのは、拓真も沙穂も知っているところだ。
そのことを踏まえて、言っていいのか悪いのか。
言った時、俺がどんな行動に出るかを危惧している。
「・・・・・・、ということか・・。」
「ああ。」
心のすべてを読んだような返事。
「別に俺の今後の事はあまり心配しなくていい。俺は、真実だけ聞きに、来た。」
「・・・、あいつらは、今付き合ってる。能澤の方から告ったんだ。」
「そうか。」
「あまり、引っ掻き回すな。僕からの忠告は以上。」
そう言って立ち去った友達の背が、少し遠いように見えた。
何か、少しずつ、少しずつ、だんだんと歯車がかみ合わなくなっているような気がした。
狂い始める、歯車——
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.17 )
- 日時: 2016/03/20 16:14
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪沙穂 side≫
誠、本当にごめんね。
でも、仕方なかったんだ。
私には、私たちはこんな方法しか考えつけなかった。
誠を苦しめているのは十分に分かってる。
分かっているのにやるって本当に酷いことなんだって分かってる。
本当に残酷だし、凄く傷つけることも。
でも、分かって。
私たちには、もうその道しか残されていないということを。
私は、拓真から誠が聞きに来たということを聞かされた。
優の事をいつでも一番近くから見てきた誠の事だ。
優の異変など、一瞬で分かっただろう。
そして、その意味することも。
それなのにわざわざ拓真の所へ来て聞いたということは、信じたくなかったという気持ちの表れなのかもしれない。
それなのに、その希望すらも信頼していた親友の手で握り潰され、彼にとってはすごく残酷な状況。
居た堪れない。
凄く苦しい。
当事者の私の方が胸が潰されるような思いだし、はっきり言って辛い。
* * * * * * * * * *
でも、これが大きな過ちだった。
それぞれが自分自身を守るため、それぞれが大きな間違いを犯している。
『みんながみんな、自分の過ちを認識していなかったために、みんなは道をそれぞれ踏み外した。』
———これに気付くのは、まだ先のお話———
* * * * * * * * * *
「大丈夫?」
ぽんと背を叩かれ我に返り、叩かれた方に顔を向ければ、優しく微笑む同じクラスの佳乃ちゃんがいた。
「なんか、すごく思い悩んだような顔しているし、いつもは走り回っているのに、何か静かにしてるから。」
「・・・ごめんね・・・。」
「ううん、全然。大丈夫ならいいから。」
そういってくれる彼女がとても頼もしかった。
彼女の言うとおり、他の人の目から見ていつもと違うのなら、優達に心配をかけるのも時間の問題だった。
だったら、早急に対処すべきである。
少し迷ったが、彼女に静かに切り出した。
「・・・ねえ、今度、少し相談に乗ってくれない?」
彼女は、言われた当初こそきょとんとしていたが、それも束の間で、すぐに快い返事をしてくれた。
いつも赤点すれすれで、優達の力で赤点を免れている私とは違い、彼女の両親は教養が高く、佳乃ちゃん自身も大変賢かった。
その点でも、私は彼女が信用できると思えた。
後は、能澤君と優次第。
彼は、直感的に失敗はしても決して悔いの残る行動はしないと思えた。
その直感は、彼に信頼を寄せているのか、彼への期待なのかは定かではない。
でも、私は彼の事を確かに信じられる。
そんな気がしたから。
お互い部活なしだったこの日、佳乃ちゃんと一緒に、あるスタバへと足を運んだ。
ここは、裏に大人に見つからない絶好の隠れ場所となっている空き地がある。
そう、大人がどうやっても見つけられない場所・・・。
「・・・、今日、こんな遠いとこにしたのはね、私なりの理由があるんだ・・・。」
私がそう切り出せば、佳乃ちゃんはすぐに真剣な双眸をこちらに見せてくれる。
こういった感情を素直に包み隠さずに現してくれる彼女の行動が、彼女の長所であり、みんなに好かれる理由だと私は思う。
そんな彼女だからこそ、私は話す気になれた。
埃を被ったその記憶を。
心を八つ裂きにした記憶。
精神をを滅ぼそうとした記憶。
今までに、優達にしか言えなかった、家族にすら言うのを躊躇った。
「・・・、今生きているのは、優のおかげなんだ・・・。」
感謝してる。
感謝しきれないほどに。
拓真に、壮也に。
誠に、そして・・・、
優に。
私は、沢山救われてきたんだ。
そして私はまた、5年前と同じように脆い心を正常にするために、救いに頼ってしまう。
・・・私は、あの時と全く変わっていないんだ。
身体だけ成長して、いつまでもあの時のままの心。
・・・・・時間だけ多く過ぎていき、私は全く成長できていなかった。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.18 )
- 日時: 2016/03/23 14:21
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪沙穂 side≫
「私ね、早くにお母さん死んじゃってて。ずっとお姉ちゃんとお父さんと暮らしてたんだ。でもお父さん、脳癌で私が小4の時に逝っちゃったんだ。それからお姉ちゃんとの二人暮らし。結構困ったけど、拓真とか、拓真のところの小父さんとかが協力してくれたから何とかやってこれた。特に拓真にはすごく感謝してる。お姉ちゃんとは六歳違うから、その時お姉ちゃん高1で、家計のためにバイトしてたんだ。その時に一人にならずにできたのは拓真と小父さんたちのおかげだった。」
お姉ちゃんに。
拓真に。
小父さんたちに。
私は生かされていたのかもしれない。
みんながいなかったら、孤児院に連れて行かれるか、一人で死んでるか。
私は本当にみんなに助けられていた。
「拓真の家はすぐ近所だったから、中学に進学してもお互いの家を行き来したり、泊まったりしてたし、小学校の時から仲良かった壮也と三人で登下校したりもしてた。拓真は、私の日常の一部だったんだよね。
でも、中学に進学したら、状況が変わった。
拓真は、頭もいいし、冷たいし、まあまあイケメンだから結構女子が狙ってた。それに比べて私は、頭も悪いし、優みたいに美人でもないし、愛着と元気で何とか保ってますレベルだったから拓真を狙っている女子にとっては私は目障り以外の何物でもなかったんだと思う。
進学してすぐに、一部の気の強い女子から非難の目を向けられるようになった。別に私はそんなに気にしなかったから、無視したりしてやり過ごしていたんだけど、その態度がいけなかったのかもね。
ある日を境に、非難から無視に、無視から悪戯に変わっていった。机に消しゴムのかすが溜まってたり、教科書に落書きされたり、放課後の教室に入れば黒板に暴言がかかれていたり、水かけられたり。そんなことはしょっちゅうでさ。でも、本当につらくなったのは、この後だった。
・・・、その後、悪戯が虐めに変わっていったんだよ。」
もう、私の声は何の感情もか言ってはいなかった。
最初は、明るく笑って話すつもりだったのに、だんだんと感情の抜けて行った声は、明るいどころかすごく冷めていた。
ふと顔を上げれば、彼女はその真剣な瞳を見開いていた。
「・・・、・・虐め・・・、遭ってたの・・・?」
「うん。ここの裏で、お金巻き上げられたり、柱に縛り付けられて暴力振るわれたり。あの時間はほんと辛かった。・・・辛かったんなら何で言わなかったんだって、きっと大人だったら言うよね。でもあれ、無理だと思うんだ。だって、大人に言っちゃえばきっと、誰がチクったんだってことになるじゃん。そう言われて真っ先に矛先が向くのが被害者。そうなれば虐めている方は被害者をゆするネタが増えて、虐めはエスカレートする。結局変わったことといえば、虐めがひどくなったってことだけなんだよね。途中で、壮也とか拓真に話そうと思ったんだけど、そんなことを思いついたのは、もう後戻りのできなくなった、言うことすらできない状況になった後だった。もうここまでくれば、先生に言うとかそういうことはできないんだよね。言えばもっと酷いことをされる、怖い、そんな恐怖に勝つこと何て不可能だった。
虐めっていうのは、神経を滅ぼし、精神を壊し、心を砕いて正常な考えなんて考えられないくらいに人間を破壊するんだよ。そんな状態なんて知らないから大人はテレビの中であんなに気楽に話せるんだ。大人に話せとか、自殺する前によく考えろとか、被害者にとっては身一つで宇宙に行けって言われてるぐらい困難な試練なんだよね。」
もう私は、自嘲を含んでいた。
そんな中、佳乃ちゃんがゆっくり面を上げて口を開いた。
「もう、虐められてないの?」
私は、その問いに少し黙った。でも答えた。
「虐められてないよ」
少し納得していないような佳乃ちゃんの視線から、静かに私は視線を逸らした。
そして、目線を落としたまま私は続ける。
「中一の夏休みに、ここの裏でいつも通りの事されてたら、一人、息を切らして飛び込んできた人が居たんだ。最初は吃驚したよ。だって、いかにも悪の溜まり場的なところにさ、一人で飛び込んできてんだよ?その乱入者に目を取られている隙にどんどん吹っ飛ばしていくし、その蹴りもすべての姿がすごくさ、何ていうのかな・・・。すっごく教養のある偉い人、みたいな感じで。」
今でもあの時の事は鮮明に覚えている。
優雅で気品のあるその一つ一つの動き。
それでいて、そこから湧き出るような威圧感があった。
涼しげな横顔と、凛々しさの滲む表情。
その中で怒りに燃えたあの瞳は、特に印象に残っていた。
彼女からしてみれば、知らない人が少し虐められているというだけだったはずだし、それこそそんな馬鹿らしい騒ぎに首を突っ込めば、自分だって怪我はもちろんだし、自分も虐められるかもしれないという思いもあったはずだ。
なのに、助けてくれた。
「私と目を合わせてくれた時、彼女の眼には同情の色がなかった。それが一番嬉しかった。すぐに逃げればよかったんだけど、ぐずぐずしてたから私なんかを庇って後ろから襲いかかってきた男子に思いっきり殴られて蹴られて。そんな状況でも人の事ばっかり心配してた。すぐにほかの助けが来たし、大事にはならなかったんだけど、あとあと拓真に思いっきり怒られて。あれはちょっと反省したかな。」
頭ごなしに怒られて、すっごい反省したのを覚えてる。
拓真と壮也、それに優を探していた誠が駆けつけてくれた時、凄く安堵した。でも、後ろめたさを感じていたのも真実。
こんなになるまで黙ってて、一人だけで辛い辛いって嘆いて。
「・・・・優ちゃんに、感謝してるんだね。」
「うん。」
「何か仕返ししたい?」
「ん?」
「ううん。何でもない。」
そう言って笑う佳乃ちゃんに、私は笑い返した。
何か気分が晴れた。普通に笑える。
明日から、また努力するんだ。
——心を覆う努力を——
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