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傷つくことが条件の恋のお話
日時: 2016/04/09 15:38
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

どうも。皐月凛雅です。
今回は、高校生に登場してもらいます。
深い傷を負ったEIGHTEEN女子高生と、
いたって普通だけども普通じゃない男子高生と、
人気モノの男子高生がメインの高校生活のお話。
頑張りますから、小学校の授業参観に来た父兄のような、
温かい目で見守ってくだされば。

ー登場人物ー
・北川 優
 佐久間高等学校3年B組。社会の女王様のあだ名で、落ち着いた雅やかなお姉さま。男女関わらずに人気は高いようだ。テニス部のエースで図書委員会委員長。
・能澤 崇
 別に特徴のない優の同級生。彼はC組でいたって普通。剣道と空手なら誰にも負けないし、水泳とテニスとサッカーだったらできる方。でも面倒臭いから帰宅部。
・朝瀬 翔也
 『めっちゃイケメンで、むちゃくちゃイケボですんごく頼りになる』優のクラスメイト。家も結構な金持ちのお坊ちゃまで、文武両道の憧れの的高校生。


 ≪優 side≫
今から4年前の夏、私は大切なものを失った。
原因は私にあった。どう考えてもそう。
それなのに、それなのに彼の親は私のことを責めなかった。
蔑みもしなかった。私にあたることもしなかった。
ただ、泣きながら一言、
「ありがとう」
そう言った。
私にはそんな言葉をもらう権利などない。
私は貴方の息子の命を奪ったのに。
なんでそんなことを言えるのか、貴方の神経がわかりません。
その時以来、葬式にも出なかったから彼の親に会うことはなかった。
そして、私は心から誓った。
『私は、絶対恋に落ちるようなことをしない』
そうして彼との思い出を、心の奥に封印した。
自分の、心からの笑顔も。

4時限目、あんまり面白くない音楽科が終わり、音楽室から教室に帰る途中、
「ゆ〜〜う!!」
後ろから誰かがばんっと背中を押してきた。
ひょっこりと顔を出すのは私の唯一無二の親友、斉藤沙穂。
「沙穂。今筆箱でぶつかったでしょ。めっちゃ痛かったよそれ。」
そういって彼女を睨めば悪気なんてそっちのけで、すまんね、とだけ言った。
「それより聞いた?朝瀬って、A組の永井紗菜振ったんだってよ。」
「まあ、当然じゃない?永井紗菜ってあの派手なギャルでしょ。あんなのと付き合って長続きした方がおかしい。」
思ったことを、包み隠さずに率直に述べる。この口調が気に入らない沙穂は、その毒舌何とかしなよ、優、と苦笑してから続ける。
「まあ、永井さんって結構面倒臭そうだから付き合ってくれるまで朝瀬に付きまとって、朝瀬が諦めてやっと付き合えたってことじゃないの?」
「・・・、そんなに面倒なの?そのこ。なんか朝瀬に同情できそう。」
そんなに付き纏われていたのなら、あんまり話したことのない朝瀬でも、素直に可哀相だと思える。
「永井紗菜って、女王様気分でいる出しゃばりとか、女子力が半端ない人ってゆうような見た目だったけど、男子にはどう見えているのかな。」
素直に疑問を口に出してみると、じゃあ、と言って沙穂が上を指差した。
「今の疑問、莫迦男子に聞いてみる?誠と拓真、今日は屋上でお昼食べるらしいから。」
「ああ、そうね。聞いてみようか。」
そう答えると彼女は、優のお弁当持ってくるから先行ってて、とだけ言い残して教室へと入っていった。
沙穂と広瀬誠、山崎拓真、それに私は、中学時代の仲間で、4人一緒にこの高校を受験し、合格した。
いつでも一緒だった。今でも放課後になれば4人で新宿行ったり、誰かの家に泊まったりしてるくらいだ。
「誠、拓真。」
屋上まで行き、手すりに寄り掛かっている2人に呼びかける。
2人とも私を認識すると、ふっと笑って手招きしてくれる。
「なんだ、沙穂はどうした。」
誠が笑いながら、話しかけてくる。
「お弁当取りに行ってる。もうすぐ来るよ。」
「あいつはパシリかよ。」
「そうね。自主的にパシリやってくれて助かる。沙穂っていいね。」
「うわっ、出たよ。優の腹黒思考。女っていつみてもおっかねえ生き物だよ。マジで俺そう思う。」
「お前、ほんと擦れたぜ。もう少し大人しくしてればもうちょっとは可愛げあるんじゃねえか?」
拓真の言葉に少しカチンと来て言い返そうとしたタイミングで後方から声がかかった。
「あんただって人のこと言えないでしょ。このぐれ男。」
「うっせーよ。沙穂は黙ってろ、口デカ女。」
「それ、乙女な女子高生にいう言葉?もうちょっとは考えなさいよ、莫迦不良!」
「誰が不良だっての、俺より脳味噌ないくせに。」
これ以上やりあうと白熱しそうなので、そっと私は誠に目くばせする。
「こらこら、ご夫婦様。痴話喧嘩はどっか違うとこでやってください。こちらとしてもこんなに仲睦まじい様子を見ていると少々焼けるので・・・、」
にこにこしながらお世辞を投げかける誠。
「誰が夫婦だっての!!!」
2人一緒になって誠に怒鳴る拓真と沙穂。
拓真と沙穂は幼馴染で、小さいころから一緒にいるのだ。この二人の痴話喧嘩は、言ってしまえば恒例行事なのである。
「で。どうして男同士の貴重な時間を邪魔しにやってきたの?」
夫婦と言われたことでまだ拗ねている拓真が聞いてくる。
優がおにぎりを口に入れてまだもぐもぐしているところを見て、代わりに沙穂が説明してくれる。
「A組にさ、永井紗菜っているじゃん。男ってああいうタイプ、どういう目で見てるのかなあって、疑問ができたから聞きに来たのよ。」
「別にあんま気になんないけど。美人なんだろうなあとは思うけど、やっぱ遠目に見てて、気に障るような奴だとは思う。」
あんまり感情が入っていないこの声は拓真の声。
「気が強いのはわかるけど、自分の意見がしっかりしてるだけなのかもよ。自分に自信があるみたいだし。まあ、男はエロいからね。漫画なんかに出てきそうな美少女だから、付き合いたいと思う男子は多いよ。」
この、客観的な発言は誠のもの。
「美少女ならこんなに近くにいるのに、よくそんなこと言えるねえ。ま・こ・と?」
沙穂の口調には、はっきりと揶揄の響きがある。
「沙穂・・・、私のこと莫迦にしてる訳?凄くムカつく。」
実際に自分が美人だとか、綺麗だとか思わない。みんなが興奮して称賛するような要素は一つも持ち合わせていない。
「優は確かに美少女だけど、中身がめっちゃ黒いから・・・グハッ!」
間髪入れずに飛んだ私の〈怒りの回し蹴り〉のおかげで、誠は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「あらぁ、お大事にね、誠。拓真も誠の対処よろしく。」
私がすたすたと屋上を後にしたせいで、沙穂が慌てて後を追ってくる。
次は、私が好きな和山先生の古文。早く戻って予習しよう。
そう心の中で唱えることで、静かに心の怒りを抑えた。

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Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.49 )
日時: 2016/06/08 16:42
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪崇 side≫
[話をしたい。21時指定の場所に来てほしい。]
風呂から上がった後、こんなものが俺のスマホに届いていた。
差出人の名前がなかった。
もしかしたらただの悪戯かもしれない。
友達の誰かが悪ふざけで送ってきたか、他人がまあ違って送ってきたのかもしれない。
ただ、なんとなく差出人の想像がついた。
こんなことが来るんだろうな、そんな想いがなんとなくしていた。
だから。
[承った。]
返事を出した。

21時ジャスト。
俺は、指定されていた大橋の空き地にいた。落書きされた壁に寄り掛かり、名の知らない賓を待っていた。
暗い闇の中から低い声がした。
「能澤、待たせたな。」
聞き覚えのある声だった。
落ち着いたアルト声。
想像仮定していた人物の特徴と一致する。
爽やかなリーダーで、お金持ちらしい。
柔らかな物腰と誰にでも優しく接する態度が売りの此奴。
あまり関わりはしなかったが、別に格段嫌な奴ではないだろうというのが高校時代の印象だった。
「朝瀬、か。」
「おう。まさかあの文面だけできてくれるとは思ってなかったが、な。」
「どんな筋書きを期待してたんだ。」
「まあ、普通だったらさ、誰だかわからないから送り主に何か返すとか、ここに来ないとか、どちらにしろ身元も分からない顔も分からない相手に会いにはいかないと思うんだが。」
「あいにく俺は普通じゃないんでね。」
「まあそうだろうな。誰かの幸せを勝手に作るような人たちに加担していたんだから。」
そう斬り込んできたか。
語尾の方には今までの穏やかな色は消え、こちらに挑むような目つきに変わった朝瀬の表情を見てそう思った。
多分、朝瀬は何かを思い込んで、自分では答えを出せずにこちらに頼ってきた、ということだろう。
ならば、どこまで此奴が斬り込んでくるかまずはじっくりと定めさせてもらおうか。
「加担・・・、ね。それが?」
「それが・・・、って。普通に考えておかしいだろそんなもん。」
「そんなこと言う割にはお前、落ち着いてんな。」
内心はどうなんだ。
彼は、誰かがそんなことを暴露したとき、何かがおかしいと感じたのだろう。
「北川の幸せはすべて偽造されたもの、ね。本当にそうだと思うか?」
「どういうことだ。」
「その種を蒔いたのは俺たちかもしれないが、それを最後、選んだのはあいつ自身だとは思わないか?」
「・・・。」
「確かに見た目はそうかもしれない。蒔いたやつらだって、自分がこんなことを北川に押し付けたと思うだろう。でも、最終的に彼女自身が選択しなければ幸せは来ない。そう考えれば、朝瀬の言う理屈は通らないと思わないか?」
「それでも、自分の幸福は自分で見つけて自分でつかみ取らなければ意味がない。」
「お前の言い分はもっともだ。もっともだが、それが出来ないやつだっているんじゃないか?」
「出来ないって・・・・、」
「北川は、あることから自分自身に自信を無くしている。自分には幸福を掴みとる権利はない、と。そう無意識のうちに自己暗示をかけているんだ。そんな状態を眺めていろというのか?少なくとも俺らには無理だった。だから、あることが起きる前に彼女に戻ってほしいという気持ち故に在った行動だとみてもらいたい。」
「そんなこと・・・。」
「こんなことを言ってはなんだが、それもすべて寛容に受け止めてから彼女と関わりを持った方がいい。」
「・・・。」
「無理だと思うなら、止めとけ。」
そこで言い切ると、今まであまり喋ることのなかった朝瀬の瞳に色が灯った。
反抗、挑戦。そういった類の攻撃的な瞳をしていた。
「だったら・・・。」
「・・・。」
「だったらおまえはどうだったんだ?」
「どう、とは?」
「お前は、そこを受け止めて優と付き合っていたわけか?」
「・・・。」
「そんなの、知らねえもん。あることがきっかけで自信を無くした?ある事ってなんだよ、自信を無くしたってどうしてだよ?そんなの何一つ知らない・・・。」
「・・・そうか。」
下手なことを言う気にはなれない。だからと言って慰めるなんて俺にはできない。
彼は、自分に憤っているのだろうか。それとも彼女に対して何か思っているのか。
彼が知らないということは、北川がまだ話してはいないということ。
ここで彼女の事を洗いざらい此奴に話すわけにはいかないと思った。
ここから先は、あいつが自分で話すことだ。
「・・・、お前、未練あんの?」
「ないっつったら嘘になる。」
「あるんだ。」
「それは俺のほかにもいるから気ぃ付けろ。」
「マジか。」
「まあ北川は誰これ構わず助けるからな。色んな虫がくっついてるから用心しろよな。」
「考えとく。」
頑張れよ?
片頬を持ち上げて朝瀬を一瞥した後、俺は大橋を後にした。
後は、自分自身で解決するしかない問題だ。
どこまでいけるかは、お前ら次第だ、とな。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.50 )
日時: 2016/06/29 17:10
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
「じゃあ優、今晩9時駅前だよ!ぜぇったい忘れないでね?」
この日、私たちは午前午後の授業を受けた後、大学内のカフェで喋っていた。
その時に突然、“何か嫌なことがあったから、今日は飲みたい”と騒ぎ始めた早稀。
私はそんな早稀を宥める為に、今晩を棒に振る覚悟をして早稀の言葉に乗った。
「分かった、分かったわ。約束するから少し落ち着いて・・・。」
「分かった!!言ったわね!?あなた、最後まで付き合いなさいよ!!」
大声でそう言い残し、早稀は改札へと飛び込んでいった。
——・・・、何か地雷を踏んだ気が・・・。
まあ、踏んでしまったものは仕方ない。
そう言い聞かせて、私は肩を落としながら夕日の落ちる帰路に就いた。

早稀と別れた私は、いつも通りの駅から電車に乗って家の二つ前で降りた。
普通だったら最寄りの駅まで行くが、最近はずっとこの駅で降りている。
実は、大学のある駅の次の駅からずっとつけてくる人がいることに気付いたからだ。それと同時に私が返ってくる時を見計らったようにポストに入れられる郵便物もあった。
その郵便物も君の悪いもので、普通の茶色い封筒の中に白い紙が一枚入っており、その紙の右上に[北川優]と書いてあるのだった。
ただそれだけのために毎晩毎晩入れられる謎の封筒。
気味が悪い。
もう、つけられていることを知ってから二週間程経ち、今日私はとうとう大学の講習中に倒れた。
朝から体調が優れなかったが、最近目眩や立ち眩みが頻繁にあったから、気にも留めなかった。
ただ、早稀や翔也くんは、朝から心配顔で何度か声をかけて来てくれた。
それを愛想よくかわして早稀らと離れた直後だった。
幸い誰にも気づかれなかったために大事にはならなかったが、斜め後ろにいた石田君には気付かれたらしく、口止めもかねて彼に付き添いをお願いして保健室まで来てもらった。
いつもいろんな人に絡まれてるこの人は、一見口の軽そうに見え、嘘つきでもあるのであまり深く聞かれないために、有難うとお礼だけ言っておいた。
「あんなとこで倒れられると心臓持たないんでしっかりしてくださいよ?先輩。」
笑いながらそう言い残して講習に帰って行った。
その後は、保険の先生にばれないように保健室を抜け出し、キャンパス内をウロウロしていたらちょうど講習が終わった早稀に見つかってしまったといういきさつだ。
でも、これからもこういうことが続くようであれば、愛想笑いなんてしてられない。口角を上げていられる自信すらなくなる。
そうなる前に何とかしないと、周りに迷惑をかけてしまうかもしれない。
その時だった。
——カツン・・・・。
後ろの方で響いた音。
紛れもない付けてくる靴音だった。
またあの恐怖の時間が始まる。
速足で歩く私。
その速度でぴったりついてくる足音。
背中に、嫌な汗が流れる。
怖い、嫌だ、助けて。
やめて、もうついてこないで。
何回も何回も心の中でそう念じた。
何かを考えていないと今にも足元から崩れ落ちそうな感覚にとらわれる。
やっとのことで着いた家の玄関先で、ふっと奇妙な追いかけていた人物の気配が薄れる。
今日はお父さんも仕事でいないし、凛も友達の家に泊まってくると言っていたから多分帰ってこない。
そう思うと、今までの恐怖から逃れ、誰にも隠し事をしなくていい安心感から膝から力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。
その時にふと視界に入った郵便受け。
無意識にその中を覗けば、私はまた恐怖を取り戻す。
——封筒が・・・、入ってる・・・。
震える手で郵便受けの中の封筒を取り出し、その中身を取り出した私は、持っていたものがすべて手の中から滑り落ちた。
白いA4の紙に張り付けられた数々の文字。
それらが意味する言葉や単語。
[あんたマジでキショい]
[存在すんな]
[うざい]
[男ったらし]
[涼しい顔して裏がヤバい奴?(笑)]
[お前まだやってんだ?]
[まじでニートしてればいーじゃん]
[ソトでてくんな]
視界がぐらぐら揺れる。
頭が割れるみたいに痛い。
吐き気がこみ上げてくる。
変な耳障りな音がする。
意識が朦朧とする。
なんで今更、やり始めるの?
やっぱり翔也君と付き合い始めちゃったから?
私がひと時でも暖かいものを求めたから?
何なの?
私はどうしたらいいの?
どこにいればいいの?
お願い、教えて。
誰か・・・、
——・・・・、タスケテ・・・。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.51 )
日時: 2016/07/11 15:50
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪誠 side≫
短大が終わって、仲間と一緒に駅前のコンビニでバカ騒ぎしてきて少し時間が遅くなったのでいっそのこと裏庭から入ろうと優のマンションを通り抜けようとした時だった。
普段通りに通り抜けようと走って突っ切ろうとすれば、誰かが横たわっているのが見えた。
こんな時間にあんなところで何をしているんだろうかと少し怖くなって佇んでいると、聞き覚えのあるメロディが耳に入ってきた。
——これは確か・・・。
優が着メロに使っていた曲。
あっ、と声を上げそうになる。
「優!なあ優!おい、優どうした・・・?」
青い顔をしてぐったりと横たわる彼女は、異様なほどに身体が熱を帯びている。
こんな彼女なんて見たことがなくて、余計混乱するばかりだ。
どうすればいいかわからない。
すぐに病院に頼らなくてはいけないのは分かっている。
ただ、俺の頭の中は恐怖に埋め尽くされていた。
声が、手が震える。
救急車の中でも、病院についても俺はただただ優の傍にいるしかなかった。
スマホを握りしめながら壁に凭れ掛かっていれば、看護婦が近づいてきて声をかけられた。
「すみません。彼女の親族の方にご連絡してもらっても宜しいでしょうか。」
「あ・・・、はい。」
「お願いします。」
足早に立ち去る看護婦を一瞥しながら、回転しない頭で無意識に考えていたこと。
優のところのおじさんは家を空けていていない。凛にはLINEを送った。叔母さんは俺は見たことがない。
そこまでは良い。
沙穂や拓真には連絡していいのだろうか。した方がいいのか。
したらしたで優が嫌な思いをするかもしれない。
反対にしなかったら沙穂らは黙ってはいないだろう。
その時だった。
「誠君・・・、かしら?」
凛とした、それでいてとても優しい女性の声音が俺の名を呼んだ。
この声は、知らないはずだ。
なんで俺の名前を知っているのか不思議に思いその声の方へ振り向くと、きちんとしたスーツに身を包んだ一人の女性が息を切らして立っていた。
その相貌を見た瞬間に、彼女が誰なのか分かった。
氷の彫刻のように整った凛々しさを帯びたその顔と優しさの満ち溢れた双眸。
品行方正な性格を漂わせる彼女は、優とそっくりだった。
「優の・・・、母親ですね・・・?」
「ええ、そうよ。ただ、優が6歳、凛が3歳の頃から外国に住むようになっちゃったから、もうあれこれ言って13年間も家族に会ってないのよ。」
「どうしてそんなに・・・。」
「この13年間、ロシアやアメリカ、イギリスやフランス、20国以上を回って通訳の仕事をしていたの。それでやっと仕事に区切りがついたから帰国の許可が下りて日本に帰ってきたら、裕之から優のこと知らされて。」
そういった彼女の瞳は、とても悲しそうだった。
本当だったらみんなが笑顔で久しぶりの母親の姿が見れただろう。
でも現実は、帰ってきた途端に娘の凶事を知らされるという悲惨なものだった。
「・・・。」
それからはあまり二人の間で喋ることはなかった。
優の母親は通路の長椅子に座り、俺はその壁に背を預ける。
しばらくして、一人の看護婦が急ぎ足でやってきて白いスマホを優の母親に手渡した。
「・・・、何回か着信があったので、確認してみてください。」
「はい、有難う御座います。」
看護士が戻っていくのを目で追いながら彼女に近寄る。
「一体だれが・・・、」
パチンッ。
俺が話しかけようとしたのとほぼ同時に手術中のライトが音を立てて消えた。
ストレッチャーに乗せられた優は運ばれた時と同じくらいの顔色だ。
「優・・・。」
しばらくして出てきた医師に、優の母親は急ぎ足で近づいた。
「娘の容体は・・・。」
「娘さんは、胃にポリープが沢山見つかりました。出来る限りは取り除きましたが、他の臓器に転移している可能性があるため、しばらくは入院だと思っていてください。」
そう言って医師は一礼して去って行った。
医師の話を青い顔で聞いていた優の母親。
険しい顔つきで話していた医師。
もう俺は立ち竦むしかなかった。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.52 )
日時: 2016/07/11 16:54
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
私が目覚めたとき、そこには誠と、久しい母親の姿があった。
「・・・・・ぁさん?」
虚ろに瞼を開いた私は、満足に出ない掠れた声でそう呼びかける。
すると、その黒檀の瞳には自分が一生懸命になって真似ようとしていた、優しくも毅然とした憧れの色が柔らかく輝いていた。
「優、よく頑張ったわね。もう、無理しなくていいから休みなさい。」
嫋やかに微笑むそれは、自分がどれだけ力をつけてもどれだけ背伸びしても出来なかった、慕い続けたもののそれだった。
今までの人生の苦痛を物語るその手のひらが自分の頭を撫でてくれる。
つぅ、と頬に一筋の雫が伝った。

「お母さん、いつ帰国を?」
「ん?そうね、ここに来たのはもう夜中の一時廻っていたかしら。どうして?」
「・・・・、何でもない。それより、何かやることなくなっちゃったから家から私のノートパソコン持ってきてくれる?」
「ええ、ついでに凛とお父さんも連れてくるわ。」
「お願いします。」
そういつも通り微笑んで見せれば、お母さんはほっと安堵したような笑みを浮かべて病室を出ていく。
その足音が完全に聞こえなくなった頃、私の瞳には何の色も浮かんではいなかった。
「誠、もしかして中身見たの?」
「何の事?」
「すっとぼけた顔しないで。どれくらいの付き合いだと思ってるの。」
感情のない声で、傍らに佇んでいた誠に声をかける。双眸をそちらに向けると、彼もまた瞳を細めていた。
「見たよ。すべてな。」
「黙っていてくれるくらいの心遣いはしてくれるんでしょ?」
「人によって、ってとこかもな。」
「まあ、早かれ遅かれ誠にはバレルかもとは思ってたからあんたは良いとして、他の人にはこのことは他言無用、よ。」
「知るか。」
「知っといて。」
いかにも不満たらたらといった風情の誠に、きちんと釘を打つ。
こんなこと、誰にも知られたくない。誠だけ知っていれば十分なのだ。
僅かな間どちらからともなく視線を合わせていたが、それは誠が笑んだのによって断ち切られた。
「じゃあ、交渉と行きますか。」
「・・・。」
「おまえ、今彼奴と付き合ってんだろ?朝瀬。」
「・・・、ええ。」
「すくなくとも、お前は朝瀬に対してそんな特別な感情は宿して無い筈だ。」
その真摯な言葉に、私は目を見張る。
誠は、莫迦な行動とその性格で隠してしまっているが、本当は拓真並みに人の心を読むのに秀でている。
それも、他の人にとって都合の悪いことばかりに敏感で、分かってほしくない隠し事ばかりを目ざとく見つける。
確かに、言われた通りかもしれない。
壮也や、能澤君に対して思ったような、胸の潰されそうな恋慕う気持ちなど、翔也君に対して一時も持ったことはなかった。それどころか、誠や拓真に持つような、友達気分だったのかもしれない。
そこで、ハタリと気が付いた。
——もしかして、翔也君は私の気持ちに、気付いてる・・・?
“いっこだけ願い叶えてよ。”
その時は何も気に留めなかった。
普通だったら何気ない甘えとして終わっているはずの言葉。
でも、今だったら私はその裏に隠れていたものが、見えた。
思い返してみれば、あの時、彼は少しだけ声が低くなってはいなかっただろうか。
その時彼の顔には、少しばかり影が落ちていなかっただろうか。
自分の愚かさに目を瞑りそうになったとき、なあ、と声がした。
「何も知らない友達の彼氏より、事情を全て知っているお手頃な幼馴染にしてみないか?」
「え——。」
言葉選びは凄く莫迦っぽいが、その言葉の示す意味は・・・。
「ま、ことに、乗り換えろって・・・、言ってるの?」
切れ切れに言葉を紡ぐも、驚いていて、意味が伝わったかは定かではない。
「そ。お前気付いてなかったっぽいけど、優以外周りの人みんな知ってるよ?俺がずっと優しか見えてないこと。」
「そんな・・・。」
「最初は壮也だろ?能澤が来て奪ってったかと思えば今度は朝瀬。こんなに待ったんだから、少しくらい情けくらいかけたくないか?」
「そんな・・・、無茶言わないで・・・。」
「まあ別に、無理強いしたいわけじゃない。だからそんなに深くは考えないでほしい。ただ、お前の取りうる行動はもう目に見えている。それに備えて俺を断った場合は沙穂と拓真、それと横山に伝える。」
「なんでりのちゃんが・・・。」
「何でも。俺が決めたメンバーだ。口出しは聞かないぞ?」
その口ぶりは、私のすべてを分かっているようなものだった。
ずっと幼馴染として頼ってきた誠が、そんな考えを持っているなんて知らなかった。
その現実に、私は内心自分に自嘲した。
「そうね。翔也君とは別れるつもり。お察しの通りにね。そして誠、貴方だけど・・・。」
そこでいったん言葉を切った。
辛いけど、私は言わなくてはならないこと。
「・・・御免。あなたまで私の奥に連れ込めない。」
その言葉は、確かな誠への拒絶だった。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.53 )
日時: 2016/07/11 17:42
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪誠 side≫
「・・・、ははっ、お前ならそう言うと思った。まあそれはそれでお前の本音だからその言葉、受け取っておくよ。」
俺は内心の気持ちなど噫気にも出さずにそう言い置いて病室を出る。
その足で病院の裏の駐車場へと向かい、人気のない所で壁に背を預けた。
スマホを取り出して、沙穂と拓真に優の諸事情を詳しく説明するためのメールを送った。
案の定、拓真からの返信はなく、沙穂からはお説教じみた返信が来た。
そして、横山にメールを打とうというところで指がふと止まる。
俺が知っている中で、優を止められそうな人物として、そして唯一の鵜沢を呼んでくれそうな人物だから彼女をわざわざあげたのだ。
冷静な状況判断が出来、人の上に立つことができる。そして何よりも、優が信頼を置いていそうな彼女であれば、万一があってもあれを止められる可能性が極めて高い。
ただ、個人としてはあまり近くで話をしたことがないために、どんな文面を送ればよいかわからない。
「・・・、簡単に事実をかいつまんでおくか・・・。」
簡潔な文面を送ってみれば、すぐに返信が来た。
[今日の夕方6時ごろ、高校の正門前で待っています。詳しく聞かせてください。]
その文を前に、俺は薄く笑みを深めた。

翌日から、俺は沙穂と拓真を連れて毎日のように病室に押し掛けた。
最初の方は眉をひそめて非難した目つきで俺を睨んでいた優だったが、きちんと俺らに対しては普段通りを装って喋っていた。
そう、装って。
毎日毎日、凛とともに優の病室を訪れている俺には彼女の変化が分かった。
何もしていない時の優は、全くと言っていいほど覇気がない。
もともと氷の彫刻のように整った凛々しいその顔立ちは、日が経つにつれて涼しく、というより、冷たさを帯びるようになり、それは儚くこの世界から消えてしまいそうで怖かった。
優には、もう周りは見えていない。
その様子から、そう思った。
これまでの苦労が重なりに重なって、周りに気を配るような隙などを全て黒く塗りつぶされたようだった。
母親の居ない生活を長く続けた彼女には、守らなければならない家と、家族がいた。
その中での頼みの綱だった父親は家には帰らない日々を続け、すべてをきちんとこなさなければいけないという矜持を持つ彼女にとってはその日々は心労をかけ続ける塊でしかなかったであろう。
それに上乗せするようにかかったのが、男子という存在。
彼女に対しての恋慕の情が大きければ大きいほどそれは優の足枷となり、ひどく彼女の神経を蝕んだ。
その所為で、彼女は自分が愛することは傷をつけることにつながるという思いを持ち始め、自分を貶めた。
彼女のこれまでの年月は、異常な程に優の神経を傷つけ、優に負担を負わせたといっても過言ではないはずだ。
そんなこと、今更改めて振り返ってもしょうがないことは十分承知だ。
でも、それを近くで見ていたのにも拘らず、楽にしてやれなかったのがどうしても悔しい。
あの時何か手を打てば、あの時こう答えていれば。
そんな後悔が今でも鮮明に脳裏に浮かんでは消える。
後悔するだけで、いつだって自分でどうにかできない。
昔から俺は、こんな自分が大嫌いだった。


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