コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 変態紳士が恋をしました。
- 日時: 2013/08/12 20:29
- 名前: そら (ID: yWjGmkI2)
最近、好きな人が出来た。塾で一緒のBクラスの女子である。同じ中学校だけれど組は違うし、そもそも別の小学校だったのであまり話したこともなかった。
そんな彼女の名前は、桃園真輝。胸あたりの長さの髪をなびかせ、いつも無愛想だった。
真輝と同じ小学校で、最近俺と仲の良い竜基はこう言う。
「すげえ、気の強い奴だぜ」
少し驚いた。真輝はそんな見た目ではないからだ。背が小さくて、可愛らしい風貌で、魔法少女のアニメの衣装なんて着こなせてしまいそうな、そんな女子だから。
「そんなに強いの?」
「ああ、航が知らないだけ」
「ふーん……」
竜基はちょっと待ってて、と言い、塾の時計を見に行った。塾の中は冷房が利いていて、冷たい。六月なのにクーラーをつけているのか、この塾は。俺は不満を溜め息に押し込んで頭を掻いた。
「ああ」
竜基が呟いた。うん? 俺は生温い返事を返す。
「真輝だ」
- Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.10 )
- 日時: 2013/08/12 21:16
- 名前: そら (ID: yWjGmkI2)
「いただきまーす」
学校が終わり、家に帰って数時間後の、六時だ。今日は母が珍しくも俺より早く帰っていたので、久しぶりの愛情がたっぷり詰まった夕食だった。豪華なものでは決して、ない。母が数十分煮込んでくれた、甘いカレーライスだ。俺は勢いよくそれを喉に流し込んだ。姉はどちらもまだ帰ってこない。どうせ、彼氏とデートだろう。
がつがつと食べている俺を見て、母は笑った。
「どうしたの、航。良いことでもあった?」
俺は傍の水を掴み、こくんと頷いた。そして水を飲みほし、「うん」と声を発する。母は帆杖をつき、息子を流し目で見つめる。
「お母さん?」
「航ってさ、恵理奈から訊いたんだけど、好きな子いるの?」
水を吐き出しそうになった。だが無理に喉奥にしまい、やや動揺した様子で母に訊き返した。
「な、なんで?」
「航、この頃機嫌良いって」
「……」
俺は少し考えて、ご馳走様でした、と呟いた。母は食べ終わりの食器をキッチンへ持っていく。俺はその後につく。
「……うん。まあ好きな人は出来た」そう俺は前髪を弄って照れた。自分のくるくるとした癖毛が指に絡みつく。
「まあ、素敵」母はいきなり声の調子を上げた。解りやすい。俺が人を好きになるなんて珍しいと思ったのだろう。
「どんな女の子なの?」
「ええと……」
俺は戸惑った。どんな女の子。訊かれると、なかなか答えられない。そうか、俺はまだ彼女のことを知らないのだ。彼女の顔ですらよく見詰めたことがない。もしかしたら、俺は、彼女の顔に惹かれたのかもしれない。若しくは小さな彼女を守ってあげたくなるから?
そんな好意なんて、俺のプライドが許さない。女を守ってあげたいなんて思う男は最低だ、と思ってきたからだ。父が言っていた。男が看護師をやっても良い、女がトラックを運転しても良い、変わりないんだよ。女「だから」、「どうせ」女、そんな言葉は口が裂けても言ってはいけないよ。もちろん、心でもね。ああ、悔しい悔しい悔しい。自分が情けなかった。真輝の何処が好きなのか、よく解らないのだ。中学生なんて。
「航」すると母が優しく声を掛けた。
「……ん」
「お母さんの質問が悪かったかな。じゃあ、変えよう」
母はタオルで自分の濡れた手を拭くと、振り返った。
「彼女の魅力はなあに」
俺は考える。彼女に魅力なら、たくさんある。数えきれないほどに俺は知っている。誰よりも、誰よりも。優しいところ。明るくおしとやかなところ。強いところ。本が好きなところ。良い香りがするところ。
だが、それよりも譲れない真輝の魅力があった。顔を上げると母と目が合う。なるべく伝えられるように、俺は微笑んで言った。
「字の、綺麗な人なんだ」
そのあと、俺は母の車に乗って塾へ向かった。
真輝は来なかった。
- Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.11 )
- 日時: 2013/08/12 21:25
- 名前: そら (ID: yWjGmkI2)
季節も過ぎ、初夏になった。もうすぐ夏休みだ。中学生になって二回目の夏休みは部活でほとんど埋め尽くされているが、塾の夏期講習には行かなくて良いと親に言われたので、けっこうテンションが上がっていた。パソコンが出来るぞ。訊けば真輝も受講しないらしくて。そのことを母に伝えたら笑っていた。青春ねえ、と。
夏の朝はべとべとと蒸し暑かった。ベットのシーツが汗で濡れていたほどだ。日本とは、蒸し暑い。社会の先生いわく、外国の夏の暑さとはまた違うとか。
「航ー!!確か今日から夏服オッケーだよねー!?」
二階から二番目の姉の惠理奈が俺を呼んだ。受験生なのに、勉強している様子が窺えない。なんて呑気な。俺は呆れて「たぶん」と返し、いつものようにテーブルに腰掛けて、トーストをかじり始めた。
「うわあ、今日暑いねー。30度越えだって、航ー気を付けてね?」
長女の麻里奈が優しく接する。良い姉だ。恵理奈と全然違う。姉とは年が離れていた方が幸せなのかもしれない、と俺は思った。
「ああー、だるい」
やっとのことで、夏服の恵理奈が降りてくる。夏服かあ。現在、明野中学は衣替え期間だ。男子はワイシャツ一枚、女子は半そでセーラー服。俺も今日はワイシャツ一枚で登校しようかと思っている。女子の夏セーラー服と言うのは、(これはタブーな言葉なのかもしれないけれど)正直、痩せている人が着ないと大変なことになる。暑苦しくなるのだ。
俺はあまり食べ物を食べない。よくぽっちゃり系の友人たちには、そんなに食べないで生きていけるの? と訊かれる。姉も俺も母も(父は除外だが)痩せているから、あまり太る食事など考えたことがなかった。考えられなかった。食事が原因だとは限らないけれど、とにかく、夏服を着るためにはある程度の見た目にしておかなければならない。……と、オネエの竜基が言っていた気がする。
ふいに真輝の夏セーラー姿を見たくなった。きっと、細見でくっきりした体の姿なのだろう。あのうちまきの癖がある髪を揺らして、航くんっ! と笑う彼女の姿……。考えて、にやけ顔が止まらなくなった。 リア充、両想い、なんて素晴らしいのだ。
「ああああ……可愛いよ真輝ちゃん……」
いつの間にかそう呟いていた。彼女の前で名前を呼べたらどんなに良かっただろう。恵理奈がさも軽蔑した様子で顔を顰める。あんた、なに言ってんの、この変態紳士。ああ悪かったね。俺は変態という名の紳士だ。
「ん!!もうこんな時間、航、今日一緒に行かない?」そう叫び、恵理奈が急いで髪をとかした。だが俺は彼女を無視し、「行ってきます」と麻里奈に言い、家を出た。構っていられるか。
夏服日和の日差しだ。
***
自転車を走らせる。冷やし中華始めました、と貼られたポスターのあるかき氷店の前で危うく自転車を止めそうになったが、欲に負けずにひたすら足を動かした。財布は持っているからな。帰りに買っていけばいいや。俺は癖毛を右手で触り、横断歩道を渡った。大きな正門が視界に現れる。銀杏並木を数分通ると左側に広い校庭、右側に野球部、サッカー部、ソフトボール部の部室が見えた。大学風の校舎を前にすると、直径約三メートルくらいの丸い植木があって、そこを右に曲がると明野中学の自転車置き場が見える。俺は五組だから、奥の方だ。そして四組と大分近い。俺は自転車置き場の屋根にぶつかりそうになりながらも上手くそれを避けて、自分の名前が入っているプレートの前に自転車を止めた。
ロックを掛けて、バッグを籠から取ろうと手を伸ばす。すると
「おはよう、真輝ちゃん」
聞き慣れた声といつも考え過ぎている名前が聞こえた。
「え?」急いで顔をあげる。そこには——
元気と真輝がいた。俺は彼等を凝視した。だが二人は全く俺の存在に気が付いていなかった。二人は楽しそうに喋っていた。真輝が自転車を置いている場所で、元気が話している。彼女が学生鞄のヒモを丁寧に取り外しているのを、元気が待っている。そんな感じ。まるで、一緒に登校しているかのように……。そこで、俺は疑問を抱いた。どうして元気は真輝と一緒にいるのだろうか、二人はそんなに仲が良かっただろうか、元気には何処かの拍子で誰かに俺の好きな人を教えられていなかったのだろうか。
俺は呆然と二人の姿を見詰めていた。真輝が鞄を全て取り外すと、元気は彼女の鞄を持って、それから彼女の頭を撫でるのであった。
カップルの、ようだ。
ショックだった。だが、そのあとから込み上げてきたのは、元気への怒りだった。リア充禁止を仕掛けてきたアイツが、デレデレではないか。俺にあんな風に言っておいて。俺は彼らの後を見つからないように追った。校舎に入る。二人は一年の廊下をゆっくりと渡っていった。楽しそうに、嬉しそうに話していた。どうやら暗殺教室という漫画の話のようだ。俺も暗殺教室は知っている。入りたい。けれど元気はいらない。やめてくれ、元気。俺の真輝なんだ。
……あれ……?
いつから、彼女が、俺のものになったの?
もやもやと考えている間に、彼等は四組に入って行った。俺も五組に入る。そしてようやく気が付いた。
俺は、俺は——振られたのだ。俺の恋は終わった。真輝への恋心は諦めなければいけない。親友の元気を応援しなければいけない。なのにどうして……俺は怒っているのか。どうしての意味も、怒っている意味も解らずに。そこに、絶望があった。だが、それよりも募ってきた、羞恥という心。俺は完全に自惚れていた。彼女は俺を好きではなかった。元気が好きだった。ただ、それだけの事なのに。
「俺は」
苦しくて切なくて辛かった。呼吸が乱れた。喉元が熱く、焼けるようだ。身震いがする。そんな俺に、クラスメイトの竜基と滉、未歩が驚いて寄ってきた。
彼女をこんなにも愛していた。誇れることなのに。新しい恋を探せばいいはずなのに。中学二年生の俺は震え、そして
崩れた。
- Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.12 )
- 日時: 2013/08/12 21:35
- 名前: そら (ID: yWjGmkI2)
朝の会も全く耳に入らない。絶望と怒り、それから羞恥が頭の中で混ざり合う。俺は暗い目で日直を上目に見ていた。今日の日直は竜基であった。竜基は少し顔を強ばらせ、俺に怯えた様子だった。
俺は耐えられなくなった。竜基の同情が憎くて、辛い。裏切り者の元気を恨んだ。そして真輝が元気に幸せにして貰っているのかと妄想し、泣きそうになった。まだ、本当に付き合っているのかどうかも解らないのに。いつの間にか朝の会は終わった様で、目の前では日直だった竜基が立っていた。
「……なに」俺が睨む。
「いや別に……」竜基が目を逸らす。
「……俺振られたから。リア充頑張れよ」
俺は睨むのを止めて、そう無理に笑って見せた。竜基の顔は切なそうだった。そして何処かに暗い影を落としていた。
「まだそうやって決まった訳じゃないべよ……」
竜基がそう諭す。俺は少しイライラした。お前に何が解るのだ。俺の気持ちの何が解る。
「……一緒に登校するとか、ないわー」
よそを向いて元気たちを貶した。きっと、今の俺は物凄く汚くて不細工な顔をしているのだと思う。竜基は溜め息をついた。
「じゃあ訊いとくから」
瞬間、俺の思考はストップした。竜基の「訊いておく」に嫌な予感を感じたのである。最悪のパターンは、真輝に俺の事をどう思っているのか、を訊くというパターン。俺は慌てて竜基の首を締めた。
「痛ッ!何すんだ航」
「誰に何を訊くんだよ!」
「真輝にだよ!元気と付き合ってるのかって」
「やめろっ……!」
俺たちは数分の間戦った。真輝に関わるのは嫌だった。真輝の顔を見たくなかった。元気の顔だって、勿論。
「いい加減にして早く理科室行けー!!」
煩かったのか、滅多に怒らない担任の敏江が遠くから俺たちを怒鳴った。俺たちはしぶしぶと教科書とファイルを用意して、教室の外へ出た。緑の理科専用ファイルが目に痛い。緑は良いのかもしれないけれど、俺には視界に入ってくるもの全てが痛かった。ちらりと四組に目をやっても真輝はいない。同じ部活の粟野が初めて出来た彼女と楽しそうに話しているだけだった。
理科室までの道のり。廊下は暗くて涼しかった。初夏の訪れから数日が過ぎたので気温的には丁度良かった。竜基とは何も話さずに進む。見下ろすと竜基は何を感じたのか足を速めた。一六二センチ。俺はぼんやりと彼の身長を見極め、自分の身長との差を計算してみようとした。一七五 マイナス 一六二 イコール……そこまで考えて馬鹿らしくなったので俺も足を速める。くだらない考えで気持ちを晴らそうとしたけれど、再び暗い気持ちになってしまった。
理科室に入るとクーラーが効いていて、もう既に授業は始まっていた。理科担当の太田には遅刻を酷く叱られ、廊下に立たされた。生憎、朝の冷たい失恋のおかげで反省は出来なかった。だが廊下はいろいろな事を整理出来て、俺にとっては都合が良かった。
隣の彼は俺を恨んでいるのだろう。否、軽蔑しているに違いない。俺は溜め息をついた。
- Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.13 )
- 日時: 2013/08/12 21:40
- 名前: そら (ID: yWjGmkI2)
元気と真輝の朝の衝撃な行動から三日が経った。元気とも真輝ともどんよりした関係のまま、塾へむかう。今日は月例テストだ。嫌々とした気持ちの反面、少し嬉しかった。何より、元気がいないことが嬉しい。真輝を独占できる。やはり好きだった。
イヤホンが車の中で揺れた。アイポッドの音量が心地よく耳に届いた。夏によく似合う曲だが、今の俺の気持ちには不似合いな「両想い」をテーマとした曲だった。音量を上げる。嫌な事を忘れられるように、最大近くに上げる。
「もう、嫌だあ……」
俺は窓ガラスに凭れて、視線を過ぎていく風景をぼんやり眺めた。森が過ぎて行く。真輝は、どんな顔、するだろう。俺と話していて、どんな気持ちなのだろうか。やはり、元気といた方が楽しいのかな。
「はあ……」
喉が熱くなってきたため、それを考えることを止めた。音楽が別に変わった。今度はロック風な曲だ。暴れる感じのノリがまた良い。
何だか、瞼が重い。
どれくらい経つのだろうか? 車が止まった。どうやら塾に着いたらしい。俺は欠伸をして、肩をまわした。運転席では、心配そうに俺を眺めている父の姿があった。塾のドアを開け、先生たちの威圧オーラを交わして、掲示板を覗く。
【今日の中二の月例テストお知らせ
203号室 瀬尾滉、藤平竜基、東雲美紅……
205号室 茅野航、桃園真輝……
国、数、理、社、英 英語はリスニング有
健闘を祈る】
俺は目を輝かせた。まるで、新しいおもちゃを手にした子どものように、だ。友人みんなが別クラスで、205号室の桜宮中学生徒は俺と彼女だけ。こんなに嬉しい事はなかなかないと思う。
「まじ、か」
にやけ顔が止まらない。俺は堪らない気持ちになった。両想いなのではないか、と自惚れていた気持ちと似ている。胸の底から何か溢れ出して来て、叫びたい気持ちだ。
俺はまだ、彼女——桃園真輝が好きであった。前と気持ちは変わらなかったのだった。例え元気と何があっても、俺には彼女しかいない。改めても、やっぱり真輝が好きだったのだ。
「うへへ」
自販機で、カルピスソーダ—を買う。百円と手ごろの値段である。ボタンを押すと、勢いよくそれは落ちてきた。冷たかった。
プッシュを開ける。軽い音が弾んだ。急いで口に持っていくと、冷たく刺激のある炭酸が口に注がれた。気持ちが良い。
「なにこれめっちゃうまいッ」
自然と独り言が増えた。俺は缶ジュースを手に持ったまま、自分のクラスへと向かった。教室内に彼女がいたら、まずはなんて話しかけよう? わくわくして、205号室のドアをゆっくりと、しかし力強く、押す。
「航くん———」
- Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.14 )
- 日時: 2013/08/12 21:43
- 名前: そら (ID: yWjGmkI2)
「航、くん」
視界には、優しいものが映っていた。自然と口角が上に上がる。俺は自分の席に鞄をおいて、そわそわと彼女の席へ近付いた。良い香りがした。薔薇のような優雅な香りが、彼女の存在を強く教えてくれる。俺は興奮した。
「ん……」
彼女の席の近くの壁に座る。すると彼女は微笑んで、俺の隣に座った。俺の胸が高鳴った。真輝の吐息がこんなにも近くで聴こえてくる。自分の胸の音が聞こえていないかが心配だった。彼女はレモンティーのペットボトルの蓋を開け、飲んだ。柔らかそうな唇が縁にあたり、唇がへこむ。そこから見える小さな白い歯と、喉を鳴らしているレモンティーがとても色っぽかった。ごくごくと聞こえる音は元気という人間を忘れさせた。
「んあっ……」
ペットボトルから口を放した彼女の声も、まるで喘いでいるようだ。こんなにも想像力が凄いのはエロチックなライトノベルを読んでいるせいかもしれない。何度も実感する。俺は変態だ。
「航くん?」
彼女が心配そうに話し掛けてくれた。俺は真っ赤になり首を振る。
「あのさ……」
俺はうつ向き、訊いてみた。それは一番悩んでいた事である。俺が初めての恋をして、傷付いた、ある事件のこと。竜基いわく、実によくある事件のこと。
「なあに?」真輝はおさげに垂らしてはいなかった。胸あたりの髪は全て下ろしていた。別人になったようである。大人っぽくて、色っぽい。そして良い香りもする。完璧に男が好きになってしまう術を、彼女は完璧に身に付けていた。それは決して、自然にではない。彼女の裏には努力があるのだ。
彼女は美少女だ。けれど、仕方なく美少女になってしまった、という雰囲気は持ち合わせていない。彼女は好きなように生きている。自分の為に、香水に気にかけたりしている。たいていの女子は、男が石鹸の匂いを好むから石鹸を自然につける。だが俺にはその自然がわざとらしく見えてしまうのだ。媚を売っている。だから彼女のように、好きな香水をつけている女子の方が気持ちが楽なのだ。
「……元気のこと好きなの?」
甘い香りに包まれながら、先程のカルピスソーダーを飲み、訊く。彼女はきょとんとして、そしてくすくすと笑った。
「友達としか見てないよ。元ちゃんだったら航くんの方が好きだよ」
彼女の言葉で俺は目を見開いて、そして再び赤くなった。幸せな気持ちになった。彼女の透き通る声が、ジャージから匂う香水が、耳に髪を掛ける仕草が、もう別人のようで夢中になってしまう。にやけてしまった。案の定、真輝には笑われてしまったが。
「ん……」
それしか言えなくなった。口が何故か塞がってしまう。
「わたるくん……あたしの事嫌いなの?」
真輝は動いて俺の正面に座った。胡座をかいている俺の靴下をいじる。解っている。男を研究してるのは。だけれどもそんな彼女を可愛いと思ってしまう。
今、気付いた。俺は媚びを売らない彼女が好きなのではない。彼女の裏表の顔、全てが好きなのだ。彼女が欲しいのだ。彼女に想っていて欲しいのだ。俺も全力で愛したい。
彼女は強い人——始めに竜基に訊いたこと。そんな彼女が俺は好きなのだ。
「いや、好きだよ」
「そっか!なら良かった」
俺は笑った。彼女も笑った。幸せな時間が過ぎる。彼女は俺が好きなのかもしれない、という自惚れがまた芽生えた。それでも良かった。彼女が好きな事に変わりはない。すると彼女は俺を見て、とろけそうな笑顔を見せた。一方、俺は彼女の髪に触れた。柔らかい。
夜のテンションであった。
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