コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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変態紳士が恋をしました。
日時: 2013/08/12 20:29
名前: そら (ID: yWjGmkI2)


  

 最近、好きな人が出来た。塾で一緒のBクラスの女子である。同じ中学校だけれど組は違うし、そもそも別の小学校だったのであまり話したこともなかった。
 そんな彼女の名前は、桃園真輝。胸あたりの長さの髪をなびかせ、いつも無愛想だった。
 真輝と同じ小学校で、最近俺と仲の良い竜基はこう言う。
「すげえ、気の強い奴だぜ」
 少し驚いた。真輝はそんな見た目ではないからだ。背が小さくて、可愛らしい風貌で、魔法少女のアニメの衣装なんて着こなせてしまいそうな、そんな女子だから。
「そんなに強いの?」
「ああ、航が知らないだけ」
「ふーん……」
竜基はちょっと待ってて、と言い、塾の時計を見に行った。塾の中は冷房が利いていて、冷たい。六月なのにクーラーをつけているのか、この塾は。俺は不満を溜め息に押し込んで頭を掻いた。
「ああ」
 竜基が呟いた。うん? 俺は生温い返事を返す。

「真輝だ」


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Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.1 )
日時: 2013/08/12 20:32
名前: そら (ID: yWjGmkI2)



 
 塾用の教科書諸々で、重そうなセカンドバッグを肩に掛けた真輝が、こちらに歩いてくるのが見えた。俺は竜基と話す振りをしながら、ちらちらと彼女を見る。学校指定の体操服は、半ズボンが膝を隠す状態。腰パンではない。単にサイズが大きいのだ。従兄のお下がりだと、彼女の親友の希美は言っていた。確かに、彼女の刺繍には「桃園」ではなく「潮田」と縫ってある。

「なあなあ」竜基が俺の二の腕に炭酸の缶ジュースをぶつけた。
「ん?」
 俺は真輝がのろのろとこちらに歩いてくるのを見ていたかったが、竜基の間抜けな声に耳を傾けた。
「真輝ってさあ、背は小さいわりに、胸は大きいよな」
「えっ!?」
 頬が熱くなって行くのを感じた。いつもいつも、竜基は何を言っているのだろう。相変わらずにやにやしながら、竜基は俺に囁く。あれー?と。
「変態紳士わたるくーん?襲いたいって思いましたあ?」
 俺は竜基の頭を殴った。いてえ!!と竜基は笑って頭を抑える。
「リア充は黙ってろよ!!」
 
 ここは茨城県。見渡す一面が田んぼの田舎だけれども、「リア充」などの現代用語はよく使われる。
 
 竜基はリア充だ。吹奏楽部でサックスを担当している澪という女子と付き合っている。バスケ部の中で唯一のリア充。そんな訳でいじられることが多いと思いきや、そうでもない。竜基はそれをあたり前のように話すからだ。決して彼女がいない男を馬鹿にしたりはしない。けれど、好きな人がいる仲間に対しては半ば、強引だ。

「へーんたーいしーんしー」
 変態紳士航くん。全く、本当に変なあだ名がついてしまったものだ。しかし否定は出来ない。その名前と同じく、俺の心は汚れている。(というか、バスケ部はほとんど汚れている)エロい小説があれば、それをバスケ部で回し読みし、下ネタ発言で先生に飽きられることも屡々である。けれど、真輝の前では俺は変わる。絶対に言わないし言えない。嫌われたくないからだ。これは俺のプライドでもある。

「なんで紳士なんだよ」
 俺は小声で竜基に訊いてみた。すると竜基は更ににやけて、優しいから、と答えた。
「優しい?」
「航、優しいって評判だぜ」
「普通じゃね?」
「そうでもない。哀しいね」
 女の子には優しくしなさい、幼い頃母に言われた言葉。よく、学年集会でも話題になることだ。女の子を大切にしましょう、など。女子たちを大切にしないことを、わざわざ実行する奴等は、どうしてそんな発想を思い付くのだろう。やはり、頭が狂っているからか。
 当たり前なのに、何故かみんなそれを考えられないのだ。俺はそう思い付いて、竜基の「哀しい」の言葉に頷いた。




Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.2 )
日時: 2013/08/12 20:37
名前: そら (ID: yWjGmkI2)




 やっとの事で、真輝は俺たちのもとに辿り着いた。俺は自分の席をちらりと見る。隣なんだ。真輝は俺の隣の席なんだ。それを彼女にアピールすることが恥ずかしくて、俺はうつ向いていた。
「あ、航くんの隣だあ」
 いきなり航くん、と呼ばれて胸が高鳴った。そして、クラスルームに入って行く彼女の背中を見詰めた。 
 しばらく経って、真輝は荷物を自分の机に置いて、こちらに戻ってきた。塾は面倒だが、それでも休まず授業を受けられるのは真輝のおかげと言っても過言ではない。
「ちぃーすっ」
 真輝は、竜基と立ち話をしていた俺の隣にちょこんと座った。どきどきしながら、俺もそわそわと床に座る。
 実際のところ、彼女を名前で呼んだことは、ない。もちろん名字でもない。いつも、ねえ、とかあのさ、とかだ。言葉も無くて、最初から会話を初めてしまう時もある。航くん、そう呼ばれているのに申し訳ないなあと度々思ってしまう。

「ったくよお、三年うぜえ」
 竜基が珍しくもバスケ部のことでぼやいた。少しわざとらしいと感じる。そして彼は伸びをすると、俺と真輝に言った。
「ちょっと、うんこして来るな」
 これは俺を応援してくれているんだ。頑張れよ、その気持ちはびんびんと伝わって来る。だが、お前がこの場を離れてしまっては俺が困る。真輝と話す話題なんかない。そういえば彼女はオタクだったっけ。確か今月はエヴァンゲリヲンの映画やるよね? 一緒に行く?
 そこまで考えて、俺は首を強く振った。
「航くん」
「ん……?」
「滉こないねー」
 真輝は眠たそうに目を擦った。体操服から出ている胸のボディラインすら気にせず、肩を回す。大袈裟に言って、悩殺されそうで怖い。
 
 滉とは、この塾に通うバスケ部の一人だ。女みたいな性格で(ホモではないが)学校では真輝にいつもくっついている。いわゆる、可愛い系の男である。メガネを、最近コンタクトにしたらしい。
「滉、今日休みなのかな」真輝が呟いた。
「多分」
 滉はとうとう来なかった。塾のメガネ先生が、席につけ、と生徒たちに呼び掛けたので、俺たちはクラスに入った。
 排便をした竜基はそんな俺と真輝を交互に見て笑い、一番成績の悪いAクラスに入って行った。
 一時間目は数学か。教科書を取り出す。そういえば。

 隣は真輝だった。



 

Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.3 )
日時: 2013/08/12 20:40
名前: そら (ID: yWjGmkI2)



「だから連立方程式の代入はこうであってーーーー」
 先生の話なんか全く耳に入らなかった。中学二年の授業は理解不能、だが、それよりも真輝が隣にいること自体が恥ずかしかった。彼女はノートに落書きをしている。俺は彼女に気付かれないようにそっとそれを覗き込んだ。
「すげえ……」
 彼女の落書きはとてつもなく高いクオリティだった。青い宇宙服を着た二人組が、真輝の方に手を振っている絵。先生が来れば真輝はそれをいつも消してしまうらしい。勿体ないなあなんて思う。
「うん?」
 突然、真輝がこちらに目をやった。その瞬間真輝ははっとして、赤くなりながらも絵を隠し、連立方程式を解き始めた。俺も我に返り、問題を解こうとする。が、……解らない。
「うん……」
 解らない解らない解らない。前もって予習をしておけば良かった。とりあえず鉛筆サイコロで決めておこう。俺は筆箱から鉛筆を取り出した。すると、横から綺麗な指が俺の視界に入った。
「これ、違うよ」
「え?」
 真輝だった。驚いて身を縮める。
 俺とは対照的に普段と同じ素振りを見せる真輝は、消しゴム貸して、と言い、俺の問題を消した。
「X+2Y=−4 3X-2Y=12」
 俺の頭はもう彼女のシャンプーの匂いに惹かれてついていけなくなっていたが、真輝は続けた。
「4X=-8 X=-2 大丈夫?」
 恥ずかしくて全然大丈夫ではない。けれど俺は頷いた。そして、訊いた。
「あのさ、さっき書いてたのって宇宙兄弟?」
 激しく赤面された。 可愛らしいと思い微笑む。
「俺、宇宙兄弟好きなんだよね。あれ、俺にくれない?」
 俺は前髪を触る。へんな癖だ。自分でも思う。真輝の前で——好きな人の前で必ずでる癖。彼女は少し悩んで、いいよ、と承諾してくれた。ありがとう、胸が窄んで、いっぱいになる。


 ああ、頬が、熱い。






Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.4 )
日時: 2013/08/12 20:46
名前: そら (ID: yWjGmkI2)


***


「ふぃーっ……」
 ベッドの上、俺は一人で携帯ゲーム機を片手ににやにやしていた。昨日は恋愛について良いことが沢山あったからである。今日は土曜日だが、奇跡的に部活がない。俺はジャージのままベッドから起き上がり、枕を振り回した。
「うへっ!!いええええええい!!」
 昨日は彼女には数学を教えてもらっただけではなく、あの授業の後、なんとアニメの店に一緒に行かないかとも誘われた。心底驚いた。俺は可愛らしい彼女を思い出して、またにやける。本当に可愛かった。「航くん、今度、一緒に行こうね」そんな言葉を思い出し、リピートし、堪らない気持ちになる。

「ちょっと航、静かに」
 隣の部屋で勉強をしていた高校生の姉、麻里奈が俺を叱った。が、そんな声は俺にはまったく届かない。
「うるさいな姉ちゃん。俺は今リア充満喫中なんだよ」
「へえ、航、彼女いたんだ」
 麻里奈は意外にも俺の話に興味を持った。
「彼女じゃないけどね。春休み、アニメの店に行かないかって」
「何よー……。デートじゃん」
 
 デート、か。俺は大きな体を縮めて毛布にくるまった。もしかしたら、真輝は俺のことが好きなのかもしれない。そんなことを妄想して、幸せな気持ちになった。今なら何でも出来るような気がする。部活も、勉強も、告白も……。俺は気分が良くなって、早速私服に着替え、机に向かった。

 真輝は今、どんな気持ちなのだろうか。俺は新しい少年ジャンプの巻頭カラーを開き、ぼんやりと考える。異性をデートに誘って、どう感じているのだろう。彼女に近付くにつれて、俺はどんどん欲張りになって行く。いつから、こんなに彼女を独占したくなった? 昨日の夜のテンションで、竜基には彼女の誕生日まで訊いてしまった。二月十日だそうだ。朝起きて冷静に考えてみると、とてつもなく恥ずかしい。

<早く月曜日になってほしい>
 俺は大きな字で、桜宮中学の規約のひとつ、「桜中日記」にそう記した。提出なんてしたことはなかったけれど、案外日記とは面白いものだ。幸福な溜息をついて、再び日記に目を通した。

 五月七日、早く月曜日になってほしい。何故なら彼女の姿を見詰められるからである。


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