コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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変態紳士が恋をしました。
日時: 2013/08/12 20:29
名前: そら (ID: yWjGmkI2)


  

 最近、好きな人が出来た。塾で一緒のBクラスの女子である。同じ中学校だけれど組は違うし、そもそも別の小学校だったのであまり話したこともなかった。
 そんな彼女の名前は、桃園真輝。胸あたりの長さの髪をなびかせ、いつも無愛想だった。
 真輝と同じ小学校で、最近俺と仲の良い竜基はこう言う。
「すげえ、気の強い奴だぜ」
 少し驚いた。真輝はそんな見た目ではないからだ。背が小さくて、可愛らしい風貌で、魔法少女のアニメの衣装なんて着こなせてしまいそうな、そんな女子だから。
「そんなに強いの?」
「ああ、航が知らないだけ」
「ふーん……」
竜基はちょっと待ってて、と言い、塾の時計を見に行った。塾の中は冷房が利いていて、冷たい。六月なのにクーラーをつけているのか、この塾は。俺は不満を溜め息に押し込んで頭を掻いた。
「ああ」
 竜基が呟いた。うん? 俺は生温い返事を返す。

「真輝だ」


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Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.5 )
日時: 2013/08/12 20:54
名前: そら (ID: yWjGmkI2)



 月曜日の朝、いつも通り六時に起きた。今日も相変わらず、変なネット曲のアラーム音だ。どうしてこんな曲を選んでしまったのか自分でも不明である。学生服に着替えてリビングに降りると、もう姉の麻里奈と惠里奈が朝食を用意していた。
「おはよう航」
 麻里奈が微笑んだ。
「おはよ」
「もうお母さんもお父さんも仕事行っちゃったからね」 惠理奈が言う。惠理奈は中学三年生の二番目の姉だ。何故か今日はやたらと機嫌が悪い。俺なんかやったっけ?
「惠理奈、機嫌悪いな」
「は?」
「いや何でもない」 俺の投げやりな言葉に、恵理奈は苛々としたのかこちらを睨み付けた。
 しっかりとした麻里奈はベーコンを焼きながら俺たちにやめろ、と一言放つ。目の前の惠理奈は舌打ちをし、俺は肩を竦めてテレビのニュース速報をつけた。
 テレビでは『幼稚園でテロ!!人質三十一名』そんなニュースが流れていた。少し、憧れてしまう。本当に人質になった人に俺の本音を言えば、間違いなく、別の意味で注目を浴びるだろう。でも憧れているのは本当だ。人質になったら俺はどうするかな。出来れば真輝と人質になってみたい。
 数年前の東日本大震災の時、俺は小学五年生だった。真輝が別の小学で良かったと、その時だけ思う。俺もみんなも泣いていたからだ。騒動事件とは、そんな経験などと同じ感じなのだろうか。
 醜い思考の俺は 、姉の作ったベーコンと目玉焼きとキャベツのスープを飲んで、馬鹿を回復する。たまには食パンによく合うな、なんて、素敵なことを言ってみる……。

**

 ご馳走さま。俺は朝食を早々と終えると、歯を磨くために洗面所へ向かった。リビングからはもう、テロとやらの音声は聞こえてくることはなかった。平凡な占いの音声しか聞こえてこない。哀しい現実だ。すぐに忘れられてしまう。そういう業界なのだ。
「わたるー、あんた五位だよ」
 機嫌の悪かった惠理奈は、朝食をとって満足したのか、呑気そうにリビングで俺に声をあげていた。
 鏡の前に立って、歯を磨きながら寝癖をとかす。顔も洗う。そして、もう一度鏡を見る。親に感謝したい。俺は結構良い顔を持っている。思えばあの憎たらしい惠理奈も、優しい麻里奈も、雑誌に載っていたりするモデルよりも美人だ。

「朝練行こう」
 俺の朝はバスケットボールの練習から始まる。この前、家にあったバスケットゴールが強風で折れてしまった。買い直そうと思っていたので丁度は良かったのだが。
 玄関で靴紐を結び、セカンドバッグと学生カバンを、庭の自転車にくくりつけた。
「んじゃ、行ってきます」
 姉たちに挨拶をして、犬のカイの頭も撫でる。カイは今日もワン、と元気に鳴いた。もう、カイを飼って三年だ。柴犬が一番かわいいのよだなんて、母は三年前から主張していた。
「行ってらっしゃい」一緒にいくはずの惠理奈が手を振った。 あえて突っ込みはしないでおこう。スルーして苦笑いをする。

「行ってきます」

Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.6 )
日時: 2013/08/12 20:57
名前: そら (ID: yWjGmkI2)



 朝練はきつかった。何せ、日本一のグラウンドを持つ桜宮中学。おそらく一周で一キロはあるであろうそのグラウンドを、三十分以上走り続ける、という練習だった。しかも、タイヤ付で。くそ、一キロなんて、ここから真輝の家より遠いじゃねえか。訊けば真輝は学校の近くに住んでいるらしくて。
「いやあ、死んじゃうよおお」
 滉が隣で泣き叫ぶ。今日も女子力が異様に高い。
「うるさい、俺だってなあ」竜基がはあはあと息を切らしながら滉の肩を掴んだ。ひいやあ、と滉が悲鳴をあげる。もう五月だ、暑い。
「リア充に相応しいよう頑張って体力つけてんだぞコラ」
 リア充。竜基のその言葉が俺を敏感にさせた。そうだ、俺は、好きな女の子とデートに行く。これはリア充ではないだろうか。脈はありそうである。俺は良い気分になって、ひとりで笑った。刹那、背中の上でべっとりとした感触が襲う。驚いて声を上げた。
「うわああ、何やってんだよ!!」
「だってえ」
 背中から声がした。その弱気声は滉だった。こいつ、俺におんぶでもしてもらおうと思っていたのか。気持ち悪くなって滉を無理矢理下した。俺の背中は開けておかなければ……ここには将来真輝が乗るのだ!!
「真輝が乗るから」
 ふいに竜基がぼそりと呟き、俺を挑発的に見て、くすくすと笑った。俺は赤くなった。滉は「へ?真輝?」と首をかしげて俺のジャージの袖を掴んで走っている。
「ねーねー、なんで真輝なの?」滉が話しかけてくる。
「それはなー航がああ」竜基がにやけて言う。
「わああああああ」

 俺は竜基と滉の背中を全力で押して、耳を塞いだ。



Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.7 )
日時: 2013/08/12 21:00
名前: そら (ID: yWjGmkI2)



「あ……」
 昼休み、友達と楽しそうに話している真輝を見つけた。頬が熱い。なのに、足は自然と彼女の方へ向いてしまう。背の低い彼女はぶかぶかのジャージの長ズボンの裾を落ちないようにするので精一杯だ。彼女の友達らは笑いながら裾を上げてあげていた。(まあ、あげていたのは紛れもない、女の滉だったが)俺は前で話している元気の話すら聞かずに、真輝を凝視していた。
「おい、聞いてんのか航」
 小麦色に焼けた元気の顔が視界に入る。
「あっ、ごめん」
 元気は真輝と同じ四組だ。そして、彼女と仲が良い。羨ましい、と思う。元気も絵がそれなりに描けるから、彼女と絵を交換したりしているらしくて。俺が真輝を好きな事は元気には言ってはいないから不安になる。元気に真輝を取られてしまったらどうしよう。だって、真輝は俺の……。
 そこまで考えて溜息をつく。そうだよ。真輝が俺を好きかどうかなんて、まだ解らないではないか。
「航、なんか最近変だよ」何も知らない、能天気な元気が俺を覗く。
「え?」
「上の空。いつもぼけーっとしてる。お前、リア充にでもなる気かよ」
「り、リア充な訳ないだろ!!」
「だよな!!リア充なんて爆発すればいいんだよな!!」
 元気はそう叫んだ。すると学年主任の鬼野先生(通称、鬼T)がこちらをぎろりと睨んだため、小声で俺たちは話す。お前、大きな声出すなよ……。
「好きな奴できたら負けな」
 元気は右手の人差し指を口に当て、上目で俺を見た。彼も背は高い方だが、俺の長身にはかなわない。それより、元気の先ほどの言葉に、俺は気を重くして俯いた。
「……うん」
「賭けだからな。負けたら二次元エロ小説クラスで発表しろよ」
「……」
 元気の言葉が胸に突き刺さる。俺は——真輝が好きだ。それがばれたら、エロ小説を真輝の前で発表しなければならない。ここで素直に真輝が好きだと言っても、そうなる。ああ、なんて憂鬱な。
 俺は何とも言えない、小さな焦燥に頭を抱えた。
 所詮、俺は変態という名の紳士だ————。



  




Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.8 )
日時: 2013/08/12 21:07
名前: そら (ID: yWjGmkI2)



 元気との会話から一日が過ぎた。

「これ貸してーっ」
 俺の胸は今、高鳴っている。給食後の昼休み。嫌々と受け取った図書委員という仕事が、天国に見えた瞬間だった。そう、俺は図書委員になるために生まれてきたのだ。
 今、こんなにも俺が興奮している理由——それは、
「航くんっ。この人の本読みたかったの!!」
 俺の目の前に、満面の笑みを浮かべた真輝がいるからだ。彼女はさらさらとしている黒髪をおさげに垂らして、また微笑んだ。彼女の隣では、親友の朱音と希美が竜基と同様、俺を見てにやにやとしていた。悟る。竜基がばらしたのだ。
「航くん……?」
 真輝に呼ばれて我に返った。俺は無言のまま、本を貸し出すときに使う図書カードとシャープペンシルを彼女に渡す。俺のシャープペンシルだ。アピールというか、自分の物を彼女に触ってもらいたい願望があった。まあ、これも変態というのかもしれない。
 真輝は鼻歌を歌いながら、机に屈んで、図書カードに名前を書き始めた。桃園真輝と書かれた文字は綺麗だった。彼女が屈むと、薔薇のシャンプーの香りが鼻に漂う。俺は興奮した。何ともいえない、今すぐに、彼女を抱きしめたいと思った。胸がきゅんと窄んだ。この気持ちは何だろうか。
 それを見て、希美が再び、意地悪く笑う。朱音は希美に耳打ちする。
 やはり、二人は竜基に訊いたのだろう。俺が真輝に行為を寄せている、ということを。だとしたら、天然な滉が元気に伝えている可能性もある。噂の伝わりの速さに怖くなった。
「……ありがとう……じゃ、一週間後までに俺に」
「うん!!楽しみだなっ」
 真輝は本を両手に持ち、「ねえ?」と希美と朱音に笑いかける。彼女たちも赤くなって、次々に真輝を撫でた。 彼女のパワーすげえ。

「あ」
 図書室を出る際、真輝が振り向いた。
「航くん」
「ん……」
「アニメ店……いつにしよう?」
 顔から火が出そうになった。そんな約束もしたような。俺は「いつでもいいよ」と言い、前髪を弄った。もう、本当に、本当に可愛い。好きだ、真輝———。
「そっか。じゃあ、塾で決めようね」うん、と俺は俯いて言った。嬉しくて、嬉しくて堪らなかった。
「あのさ……!!」
「うん?」
 俺は一度止まって考えて、自分が今言おうとしていたことを脳内で繰り返し、顔を覆った。なんて恥ずかしい。
「いや、なんでもない」
 そう、じゃあね!! 真輝は笑みを絶やさずにドアを開けて、出ていった。お邪魔虫二人はにやにやと彼女と俺を交互に見て、帰って行った。
 バタン、ついに一人になった時、俺は椅子から崩れ落ちる。
「ああー……最悪だッ、俺ッ」
 
 告白をしそうになってしまった————





**

『清掃の時間です。しっかりと無言清掃で取り組みましょう』
 そんな放送が校内に流れる。
 昼休みの時間が終わり、俺はにやけ顔を我慢して五組に戻った。途中で四組に立ち寄ったが、真輝の姿はなかった。更衣室の中で着替えていた……のだと思う。
 五組に入ると、俺は我慢が利かずに失笑を漏らしてしまった。そんな態度に気が付いたのか、竜基は驚きながら俺を覗いた。竜基の紺色のジャージが思考を少しだけ冷静にさせた。少しだけだけど。
「航、良いことでもあったの?」竜基が訊く。
「うん、まあね」
 俺は自分の雑巾を取って、竜基の頭をぽんぽんと撫でた。竜基は機嫌悪く頭をぶんぶんと振って「気持ち悪りいよ」と俺から逃げた。
「さては真輝だな」
 竜基は持っている雑巾を振り回して、溜息をつく。俺は幸せな微笑を浮かべ、頷きながら五組のベランダに出た。すると竜基は満足そうに、そして困ったように笑い、教室を後にした。優しいリア充だ。
 
 俺の清掃場所はベランダだ。ベランダの手すりを拭いたり、ホウキでごみを掃いたりする。ちらりと窓から四組が覗けるので、個人的に好きな掃除場所だった。
 ぼんやりと四組の教室を覗いていると、真輝が更衣室から出てきた。大きな瞳をぱちくりとさせ、友達の乃愛と笑って出てくる彼女は、本当に愛らしかった。俺は四組にいる友達の瀬戸翔太を呼び、彼と話している振りをしながら彼女を見た。
 いつも、そうだ。いつも彼女に話しかけることが出来ないし、名前も呼べない。
 俺って、へたれだなあ。そう思うことも少なくはない。自分の行動からでも読み取れたりするが、姉たちが俺のことを「へたれ航」と呼ぶからでもある。

Re: 変態紳士が恋をしました。 ( No.9 )
日時: 2013/08/12 21:10
名前: そら (ID: yWjGmkI2)



 眠たい五時間目だ。今日は先生の会議で部活もないので、家に帰ってのびのびとパソコンが出来る。黒板では今年からこの中学に入った「酷い教育」を目指す社会の女の先生が、豊臣秀吉について語っていた。
 授業中に考えることは、やはり、真輝の事だ。正直、真輝も俺が好きなのではと思っている。何故なら、彼女が俺を見ているからだ。否、俺が彼女を凝視する時によく目が合うからだ。視線を感じる。そうなると俺たちは結構な時間、見つめあう。自惚れなんて言わせない。彼女は絶対に俺を見ている。
 それに彼女は俺をデートに誘った。二人だけの出掛けだ。彼女は俺と二人きりになりたいのだ。
 しかも彼女は髪をよく弄る。よく食事の際に姉たちが「好きな男子の前だと髪気になるよねー」と話していたから確信した。父が項垂れていて笑ってしまったのを覚えている。
「(……リア充最高だなあ……)」 
 俺はそんな事を考え、安心した。彼女は俺が好きなのだ。俺も彼女が好きだ。いわゆる両想い、なのだ。気付けば、隣の席の真実さんが気持ち悪そうにこちらを見ていた。きっと今の俺は凄く変な顔をしているのだろう。真輝がクラスにいなくて良かった。
 真輝は今、何を考えているのだろう?俺の事か。勿論、俺も真輝の事を考えている。なんだか照れくさくなった。相思相愛とは多分、こういう事だ。
 変態紳士航くんは今日も自惚れでーす、脳内からそんな声が聞こえてきた、が、無視をする。月曜に言われた元気の言葉など、すっかり忘れていた。受け流した自惚れと、元気との誓いと、社会の授業で、今日——火曜日は幕を閉じる。

 そういえば、今日は塾だな。
 



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