コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- CLOWN BY STEP
- 日時: 2015/09/21 21:23
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
「君は、ジョーカーになりたくないか?」
ハートのA、クラブの3、ダイアの5。
そして、スペードの11。
彼らの織り成す、青春群像劇。
ちょっと久しぶりに小説カキコに戻ってきましたw
昔書いていたものが未完のままテキストで残っていたので、編集を加えながら更新していきます。
コメントいただけると嬉しいです!
アドバイス等あればぜひ!!!
<目次>
〜序章〜
>>1
〜第一章 愛一の求める四角形〜
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7
〜第二章 A to K〜
>>8 >>9 >>10 >>11 >>12
<お客様>
・SilverLight様
- 〜第一章 愛一の求める四角形〜 ( No.2 )
- 日時: 2015/09/20 09:38
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
五月九日 天気[はれ]
◎今日のカード占い ハートの1…[喜び、満足]
曰く、トランプに於けるジョーカーは、お道化者の意であり、道化師として描かれることが多い、と。別名はピエロ。
また特に、キングやクイーンに仕える大道芸人である、宮廷道化師<ジェスター>が描かれる。
ジョーカーが各種ゲームで特殊に使用されることが多いのは、一時期中世ヨーロッパにあった、「道化師は法に束縛されない」、という珍妙な歴史から来ているらしい。
またまた奥が深いこと。絵を描くにも一苦労。この俺でも大変なくらい。
ジョーカーなんか無くていいのに。俺が絵を描くのが大変だから。
ピエロってのはつまり、ツッコミ役のいない、体を張ったボケ役ピン芸人だ。略してピンボケ芸人。
まったく寂しい奴だよ、お前は。
ふざけた日記をつけ終わる。今日も別段書くことはないな。
課題でもやろうかと鞄を開けようとすると、ふいに睡魔が襲う。まあいいか、寝よう。
- 〜第一章 愛一の求める四角形②〜 ( No.3 )
- 日時: 2015/09/20 09:45
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
■□■□■□DIAMOND
ノートの約半分をでかでかと使った、最高傑作ともいえる大作が完成したのは、ちょうど英語教師が、教科書の音読に心道商五を指名した時だった。
芸術は個人で鑑賞するものだと思っているので——いや、まぁ実際は見つからないようにだが——単語ノートでフタをして、隣の席から優しく囁かれた数字をもとに、たどり着くべきページを探す。数多の落書きページを通り過ぎ、焦って探す。クラスの視線が一斉にこっちに集まる。
おい、照れちゃうだろうが。
言われてから探したせいで異常に時間がかかる。
今度からはテキストを開いてから創作活動に従事することにしよう。昨日も同じこと思った気がするな……。
「どうした、読めないのか?」
余計なお世話だ。
俺は英語は超得意、帰国子女なのかと友人に疑われるほど。中学校課程の英語ならサル語と同じくらい。何それ難しい。
見栄を張ってみたが、ただの得意科目に過ぎない。
「"We were looking for the card, but I couldn't find it.So there are 53 cards in his hand."」
「"Great! Good pronunciation!"」
「さんきゅー」
ちゃっちゃと英文を読み終えて、また芸術作品の鑑賞を始めた。
俺のノートには、でかでかとジョーカーの絵が描かれている。
ふたつに分かれ、上に向かって長く伸びたピエロ帽子と、目の周りの、星形のメイク。白い手袋と派手な衣装。鉛筆の濃淡だけなので白黒の絵だが、その色合いは十分に伝わってくる。
な……なんだと……これは……う……美味い!
おいしくはないと思うぞ。ジャムおにいさんが愛情をこめてつくったからね。たーんとお食べ。
今度、商五特製トランプを作って皆に配ろう。きっと修学旅行でお役に立てるはず、いや、立つ!
少年マンガのようなセリフをカッコつけながら言い放ち、にやりと笑う。
しかし作品鑑賞は、右斜め前方、偏角四十五度の方向からふわりと放たれる、間の抜けた声によって妨害された。
なにかいてんの。
そうひらがなで表記するにふさわしい声。
その音波、その空気を振動させる元凶となった悪人は、喜多神愛一。
という漢字五文字を羅列したネームタグをつけた一人の少女。
三年連続出荷量ナンバーワンの人気者である。(当社調べ)
ジ・インドアと断言できるほどに白い肌が、ひときわ目立つ。生まれつきやや茶色みがかった、ミディアムボブヘア……?
ノー、ミディアムバブヘー。あ、巻き舌を忘れずに。
毛先がくるっと巻いており、遠くからでもシルエットで確認できる。つまりは伝説のポケ●ン的なアレである。
吸い込まれそうな闇色の瞳。そこから溢れ出しそうな光が、まるで太陽を濃縮したかのように輝いている。
童顔でも大人顔でもなく、平均的な中学三年生の雰囲気ではあるが、バランスはかなり良いので、その辺は不自由なく楽しんでいるらしい。爆発しろよ。
今は座っているので分からないが、身長もちょうど真ん中くらいだ。
体重の公開はおそらくよろしくないことなのでパス。まあ知らないけど。
しかしながらこの状況、誠に許しがたい。これでもし、成績表の『作品を鑑賞する能力』にC評価がついたら愛一のせいだ。
邪魔すんな! Don't disturb!
そして愛一は唐突に言う。
「そういえば創士がさ、この絵に似た感じの仮面を作ったらしいよ」
創士というのは、俺の幼馴染のうちの一人。その名も試蔵創士、
芸が達者で口が達者でない、物静かな少年だ。小柄だが、引き締まった体つきのインドアアスリートだ。
ノー、インドーアスリーツ。なんで複数形。
ちなみに現在は別々の中学校に通っているが、去年の暮れまではこっちにいた。短くまとめて言えば、親の転勤で引っ越した。だが頻繁に会うので、いわば日本とブラジル的な遠くて近い国的な。
そして、愛一は六日前に会ったばかりの人間について懐古する。
「それで、仮面がなんだって?」
「この絵に似てる」
愛一はどこか不思議そうな表情で、回答を待つ。これはいつものことで、時々分からないことがあれば、俺に疑問を投げる。
だって真実はひとつだから。あれれーおかしいよー?
「まぁ、昔っから俺は同じ絵しか描かないからな。創士もずーっと見てただろうしな」
愛一にとってお望み通りの回答では無かったらしく、表情は浮かない。
というのもいつものことで、そしてそれから、すぐに持ち前の笑顔を取り戻す。
「ねぇ、英語は出来んのになんで絵はヘタなの? そのうち霞色のメダルでも授与されるんじゃないの」
どこか語尾が踊っているのは気のせいだろうが、愛一はその顔に笑みを浮かべ、俺の素晴らしき絵画を眺めていた。
「ホントね」
ひどく冷たく切り捨てる声。さっきページを教えて下さった、協澤三葉。残念ながら幼馴染である。
漆黒のナチュラルストレート。
その必殺技のような髪に加えて、肌はやはり屋内人のそれだが、まぁまぁ健康的に日光を浴びている感じがしないでもないでもなくない。
目はややつり目で、かなり視力が低く、コンタクトをしている。
視力悪いとか深海魚かよ。早く深海に帰れよ。
美形ながらも、キリッとして凛々しく、怒るととても迫力がある。
普段からやや冷たい雰囲気を纏っており、故に級友らからは、笑顔を隠すミステリアスなクールビューティーなどと言われているが、俺はあいつが屈託なく笑う顔を知っているし、泣いたところも見たことがある。
泣いたのはいつだったかな。まあいいか。
背は女子にしてはやや高く、男子の列の前方に紛れてもなんら遜色ないのだが、そんなことを言うとやっぱり怒られる。
ちなみにこいつも小一からの長い付き合い。
いつも俺の冗談を切り捨てるような酷い奴だ。対抗して縁を切り捨てたい。
けっ、何がクールビューティーだバーカ!
そして言葉の冷たさと同じかそれ以上に、三葉の表情は冷たい。
何その顔。ドライアイス? 水でも被って昇華してほしい。
ドライアイスってすごいよな、固体からいきなり気体になるなんて。すごいです協澤さん。んじゃよろしく。
曰く、学級委員のあいつにとって、授業を聞かずに絵を描いている俺は敵であり、更生させるべき生徒なのだ。だから俺が日本。あいつがGHQ。ゴーホームクイックリー。
だが、否。そんなこと、我の知ったことではない。
と、口を開きかけたところで、この言ってみたかったこのセリフを、そっと胸にしまう。そして新たな想いと共に、俺は心の中で、悪態をつく。
まったく、こいつらダメダメだ。全然わかってない。
「俺の最高傑作を理解する人間がいないとは、世も末だな。もう一度創りなおす必要がありそうだ」
「あんだ誰だよ……」
愛一は嘆く。
神の面前にして、図が高い。ならば処罰を与えよう。
「お前、霞色ってどんな色か本当に分かってる?」
「えっ?…………ち、茶色ぉ……じゃなくて、えっとまぁ霞色みたいなかんじ……?」
窮鼠猫に食われる。トム&ジェリーの結末を飾ろう。
「少し紫がかった灰色よ」
愛一を見る三葉の眼の色だよ、と冗談を言う前に、三葉は模範解答を口にした。
やられた。Wikipedia少年の俺が先を越されるなんて。さようなら、俺のアイデンティティ。フランス語でレーゾンデートル。たまに論説文に出るから知っとくと便利。
そして追撃。
「商五のことだから、どうせ『俺がトランプを作って、皆に配ろう!』、とか思ってるんでしょ?」
人は猫を連れ帰る。俺は捨て猫かよ。段ボールは嫌にゃ!
そして捨て猫は、乱暴な人間を見て落胆する。
「声まで真似すんなよ……」
- 〜第一章 愛一の求める四角形③〜 ( No.4 )
- 日時: 2015/09/20 09:58
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
三葉の読心術は、ポーカーでは超有利、討論上でも超有利。
——しかしただ一つ、俺との会話を除けばだが。
いや、俺の方が読心術が強いとかではなく、単に俺に嫌われるというだけの話だ。おお、いいこと尽くし。
そう、彼女はいつも……
「いつも俺の持ちうる矜持を根底から否定してしまうのだ」
「だから心読むなよ……てかお前もうテレビ出ろよ……。どこぞのメンタリズムに勝るとも劣らない実力をお前は持っている。俺が保証しよう」
「アンタらが単純だから分かるだけだって」
「とか言ってこの前、担任の心も読んでたじゃんか」
「あれはあの人が単純なだけでしょ」
「嘘つくんじゃねーよ。あの人は『この人何考えてるか分からないから何だか恐いリスト』メイドバイ商五にランクインしてるんだぞ」
「変なリスト作ってないで真面目に授業受けなよ……」
愛一にだけは言われたくない。
ところで、たかが中学生のポーカーなんて金も賭けないただの遊びだ、と侮ってはいけない。なんせ、俺たちのポーカーにはきっちりと、至極残念なポジティブゲーム、すなわち罰ゲームが設定されているんですから。
俺はかつて、なけなしのプライドを捨て去り、人前では決して言えない何かを叫んだという黒い記憶を持ち合わせている。たしかあの時はドン引きされたな……。
「トランプカードを四十一枚も描くのかぁ。大変そうだけど、頑張ってね。あれ。ジョーカー含めたら四十三枚?」
窓から入ってきた風が、俺のノートに描かれた道化師を躍らせた。そして俺の頭上にはクエスチョンマークがちらついた。
四十一枚どっから出てきた。
しかもなんで素数なんだよ……。均等に配る気ねぇのかよ。
「五十二枚プラスジョーカーが一枚か二枚、合計五十三か五十四枚ってのが一般的なトランプの枚数だろ? たぶん小学生でも理解可能だ。はい、十三かける四は?」
俺がバカにしたように言うと、愛一は一瞬驚いて、『13かける4は…』と二秒ほど考えてから、今度は口を尖らせた。
頭上にエクスクラメーションマークが赤く点滅させながら。
いやいや、多忙な人生を過ごしていなさる。
「そ、それくらい知ってるし! 私たちが使ってるのは五十四枚だし! それくらいわかるんだからバカにすんなっつーのバーカ! この小五!」
しょうごだけど小五ではないんだが。これでも立派だぞ。
大丈夫、校長先生が去年「一、二年生のみんな、立派だった」って言ってたから。
なんで過去形。
「創士から教わった限りではジョーカーは一枚だからな。俺たちが使ってるのは五十三枚だ。残念だったな」
もう耐えかねたのか、愛一は頬をふくらませて前を向いてしまった。
愛一の自虐行為、即ち自分から攻撃して言い返されてどうしようも出来なくなる、という少し子供っぽいこの一連の流れ、その言動が、俺は案外嫌いじゃない。これだけ言い合っていても一緒にいられるのは、おそらくそれ故のことだと思う。
しかしこれでまた、美術の成績……は稼げないけど作品鑑賞に興じることができる。大成功。内申ゲット。
ババ抜き以外のトランプゲームをまるっきり知らなかった俺たち三人、俺と愛一と三葉は、同じく幼馴染である試蔵創士に沢山のトランプゲームを教わった。
ついでにトランプの一般常識も。だから俺たちの標準は五十三枚、これが揺らぐことはない。
ちなみに創士は同じ中学校ではない。俺たちとは部活の練習試合で当たるとかいうことも起こりえない遠い学校。
創士と出会った時の話は、説明すると長くなるから、俺が絵を描いてやろう。きっとわかりやすい。
創士の顔立ちは綺麗に整っているから、描くのが難しいんだよな。
まず目は優しそうな感じに柔らかいタッチで、輪郭はささっと素早く描く。
ソフトモヒカンだったっけかな。口は比較的小さい。全体的な表情はクールだけど、柔らかく笑っている感じに。
「なに、またジョーカー描いてんの?」
隣から尋ねる声。
「創士のつもりなんだけどな。ジョーカーに見えんのかよ。」
三葉は首を傾げた。
「さっき書いてた絵との差異が分からないんだけど……」
えぇ……。
描き直す暇もなく、教室はざわつき始め、昼食の用意がどうだとか、うずらの玉子多めだとか、色んな声が飛び交う。
俺が描いてしまった二人のピエロは、やかましい喧騒に包まれた。
欠席者の多い俺の班は、女子二人のみ。ジャンルが違う人たちで、俺と共通の話題を持たない。ちなみに愛一と三葉は俺の前方の班。
会話にならず、仕方ないので教室の壁に貼ってある書き初めの作品を眺める。
うちの学校は、何故か四月に、一年の抱負を書くという気持ち悪い伝統がある。
それは本当に書き初めか? 漢字を見ろ漢字を、これは全然ゾメってない。
——『世界征服 協澤三葉』せかいせいふく、かのうさわみつば。
小五かよ。普段落ち着いてるのに、こういうとこはふざけるから面白い。
あれ、ふざけてるよね? 多分。
本気ではないと思う。綺麗なバランスと、その濃淡、太さの芸術はとても素晴らしいと思う。赤い帯がついているので、クラスの中で選ばれたのだろう。
——『喜色満面 喜多神愛一』きしょくまんめん、きたがみあい、か。
お前らしいな。名前だけかっこいい。太さは全体を通してほとんど変化がないが、全体のバランスは良く、丸みを帯びている。
——『自由奔放 心道商五』じゆうほんぽう、しんどうしょうご。お前らし……俺か。 うん。やっぱり俺らしい。
『奔』の字が分からないくせに、辞書を見て見栄を張ってしまったというその事実を墓場に持っていこうとしてるのもやっぱり俺らしい。
ちなみに愛一が気づいてたのでもう墓場に行けません。俺もう不死身。
まあいい、おかげで字を覚えたからな。もう忘れたけど。
心地良い風が字を揺らす。
その風は何かを運んでくるようで、教室は温かみのある色に包まれる。
風が来ると、きまっていつも窓を閉めるように促してくる三葉も、そうはしてこないようだった。
窓の外には、絵に描いたような雲の広がる空。昨日までの曇天続きは、本日をもって断ち切られた。
それからずっと、窓の外を眺めることで時間をつぶした。
飛行機の軌跡が、透き通った海のような青い背景に、一本のラインを形成する。
つられた雲たちも、ゆっくりと泳ぎ、その白くふんわりとした様々な図形は、見ているだけの俺の頭の中に夢を埋め込んでいく。
その夢たちは、ちっぽけな脳の奥深く、連続した静止画として、像を結ぶ。
あれはダイヤのマーク、あれは何だかクィーンの顔に見える。あれはジョーカー……、は流石にちょっと強引過ぎるかな。
あれは、キン斗雲みたいだ。
Wikipedia情報によれば、古代中国の『西遊記』に登場するキン斗雲は、秒速6万キロで進めるらしい。つまり、光の五分の一のスピードで進むことができる。
もし太陽に向かって飛んでいこうとすると、八かける五、約四十分で表面に到達し、俺は晴れて溶け死ぬことができる。
死んじゃうのかよ。でも、その前に雲が蒸発して……俺は? あぁ、結局死ぬのか。
形而上で俺を殺した太陽は、現実の世界においては、柔らかく、およそ八分前の光をお届けしてくれる。
いえ、うちピザなんて頼んでないんですけど。
厳密には、光が発生してからは百万年たっているらしいんだが、その辺はよくわからない。今度グーグル大先生に聞いてみるか。
「商五」
ふと、俺に起立が促される。
どうやら帰りのHRが終わったらしい。俺はくるりと振り返り、落書きの繁茂する樹海の中、背面黒板の中から、必要事項のみを確認する。
——重要事項、なし。
皆に合わせて、口パクでさようならを言い、鞄を負って教室を出た。
「迸る衝動に〜♪」
小石を蹴りながら、俺は一歩ずつ進み、そして呟く。
——五月十日の心地よい風、そして輝く、ほど良い光。徒歩通学はやはりいい。
気取った戯れ言に耐えかねて、俺の歩調は、どんどん速度を上げていく。
巻き起こしたごく小さな風を、薄汚れた靴底に、深く感じとった。
- 〜第一章 愛一の求める四角形④〜 ( No.5 )
- 日時: 2015/09/21 21:16
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
■□■□■□HEART
これから電車が向かう場所、わたしたちたちを電車が運ぶ場所。どこへ行くのだ少年少女、決まって答えるいつものところ。一人の少女は耐えかねて、窓の外へと顔を出す。
——よいこのみんな、危ないのでやめましょう。
「三葉、危ないよ」
商五みたく、くだらない詩を詠みながら、乗り出す三葉を引き留めた。
商五はすやすやと眠っている。その寝顔には、一抹の闇も思わせぬ静かな光がある。
ただただ、気持ちよさそうに眠っていた。
ふと笑みがこぼれる。
商五が一瞬目を開けたので、ただ目線が通り過ぎただけだと言わんばかりに目線を逸らしたけど、もう一度見ると、商五はまた眠っていた。
またいつも通り、4人は集まる。
決まって、いつも遊びはトランプ。毎週土曜に集まって、試蔵創士のご指導の下で。
そして少し離れた町にすむ創士を迎えに行くために、私と三葉と商五の三人は、電車に揺られて時を待つ。
中途半端に都会な田舎というものは、通勤時間帯を除けば、列車に空きが多くて、今現在においても、向かいに座る中年のサラリーマンの溜め息が、車内に大きく聞こえる。
線路のほんのわずかな歪みに従って、車両は振動を覚え、耳の好む音の形にも、また従おうとする。
ところで、どうして離れた町の創士と私たちが友達で、毎週会っているのかというと。
それは、簡単にいってしまえば、ごく簡単な話。
もともとわたしたちと同じ中学だった創士が、去年の秋に引っ越して、転校した。
創士のご両親は転勤が多くて、創士は「一つの土地に留まりたい」って頼んだらしくって、創士はお祖母ちゃんの家がある町、つまりわたしたちの町に住んでいた。
ところが、昨年お祖母ちゃんが亡くなったために、ご両親の住んでいるところへ引っ越した。
引っ越したものの、現在創士の済んでいるところと、わたしたちの町とは、決して会えない距離ではない。
長い馴染みのわたしたちは、暇な中学生同士、毎週土曜日の午後に会うのが、通例となっている。
これまで、一度として、欠かしたことはない。
同じ学校にいない寂しさはあるけど、もう会えない寂しさはないんじゃないかな、とわたしは思っている。
「次は、蘇我、蘇我。お出口は右側です。京葉線お乗換えの……」
車掌さんの気の抜けるようなアナウンスを最後まで聞かずに、三葉は扉の外へと駆け出した。跳ねる三葉の髪が、さらに風になびいた。
商五は、まだどこか眠たそうに、ポケットに手を突っ込んだまま、だらだらと歩いた。
向こうから、肩の少し上ほどに中途半端に手を上げた人が、早足に近づいてくる。
身長は三葉より少し高く、だいたい学校の机の色くらいにほどよく日焼けした肌の中に、真っ白い歯を光らせている。
彼とすれ違った一人の男性が、舌打ちをこぼしていく。
笑顔を崩さないまま、少年は徐々に距離を縮めていく。
私たちも歩き出し、速度が上がる。
「こんにちは。久しぶりだね」
創士がはにかむと、三葉がすぐさま答えた。
「久しぶりって、たった一週間ぶりでしょ?」
どこか嬉しそうな口調は、なぜか微笑ましくて、いつもクールな三葉とはまた別人のような気がする。
たかが一週間、だけど三葉にとっては長い時間、なんだと思う。
愛一に短し三葉に長しってやつだ。
「なにニヤニヤしてんだ、愛一」
「なっ、なんでもないし!」
うまいこといったなんて思ってないし。三葉はともかく商五なんかに心を読まれては困る。
「じゃ、行こっか」
昼下がりの太陽は、創士の黒い短髪に、より一層輝きを与える。その、綺麗に整った顔立ちは、また太陽の如く、輝いていた。
四人が揃うともう一度、電車に乗り込み、地元に戻る。
わたしたちがわざわざ電車に乗ったのも、迎えに来ただけで、別に迎えに来る必要もないのだけれど、せっかくだから、迎えに行くことになっている。
静寂が車内に広がっていく。
同車両に乗っているのは、わたしたち四人と、すやすやと眠る優しそうな一人の老人と、それからヘッドフォンの奏でるリズムを肩で刻む若い男性のみ。
誰も喋ろうとしないのは、話題がないのか、後のためにとっておいているのか、それは分からないけれど、それは心地よい静寂だった。
わたしは、頭の中で流れる曲のリズムに合わせて足をぶらぶらさせていた。
商五は何をするでもなく、ただぼうっと外を眺めている。
商五の目線の先を何気なしに眺めた。
幾重にも連なる、四角く縁取られた世界は、記憶の奥底にある画像と、ほとんど変わっていない。
だんだんと建物が減り、緑は増え、人は減る。
この緑が広がり、多くの田畑を山が囲むこの景色を、わたしは深く知っている。
わたしは、この景色が嫌いじゃない。
田舎育ちは都会に憧れるものだというけれど、わたしはそうでもなくて、一度東京に行ったときに、失敗した経験があってか、どうも都会は苦手だ。
——失敗については、恥ずかしいので、も……もく秘権を行使。
駅に着き歩くこと数分。いつも遊ぶ場所にたどり着いた。
表札には、「試蔵」の字。いつもわたしたちは創士の家で遊んでいる。
厳密には、創士の亡くなった祖母の家。高齢だったが、その家の造りは最先端とまではいかないまでも新しかった。
対照的に商五の家は、畳や襖が心を落ち着けてくれる、やや古風、和風な雰囲気を持っている。
かちゃかちゃと、上下二つの鍵はごく一時的に役割から放たれ、家屋が一週間ぶりの外の空気を吸い込むのに十分なほどの口を開ける。
「おじゃまします」
創士に続いて、
「おじゃまします」
三人は言った。
リビングのドアが開けられて、良い匂いが心を落ち着ける。
いつもの通りに、皆で窓を開けて、それからお菓子やジュースを分けていく。創士の好きなごまスティックとポテチの入った大きな皿をテーブルの上に置き、ファンタのペットボトルでコーナーを飾ったところで、三葉を除いて、皆一気にくつろいだ。
商五は三枚ほどポテチを食べると、
「じゃ、やりますか!」
と楽しそうに言った。何をやるかと言えば。
「創士、今日は何をやるの?」
「大富豪」
大富豪なのか大貧民なのか、呼び名は地域によって異なるこの遊びだけれど、この界隈では大富豪。即ちわたしたちは大富豪と呼称する。
「じゃーんけーん」「ぽん」
三葉から反時計回り。
ルールは簡単。自分の番が来たら、今出ているカードよりも強いカード、基本的には数の大きいカードを、重ねて出すことができる。出せない場合、出したくない場合はパスする。自分がカードを出して、他の全員がパスしたら、今出ているカードを流し、自分の好きなカードを出してまた回る。この単純作業の繰り返し。カードが最初に無くなった人が勝ち。
しかしながらこのゲーム、単純なくせに戦術がなかなか奥深い。
「4が三枚、それ以上いるか?」
あとの三人は首を振り、自分がカードを出せないことを示す。
「9。上がり—」
真っ先に商五が上がる。ジョーカーからの三枚同時出しはなかなか上手かった。
「こうなったらこの戦術かな」
得意げな顔をした三葉は、持ちうる最強のカードである、2と書かれたカードを出し、ささっと束を流し、8を放った。創士との戦術勝負に勝った三葉が上がった。
悔しそうな顔をしながら、創士がクラブのクィーンを置く。
そして訪れる、一瞬の沈黙。
四人のうち三人のカードが無くなり、自動的に四位が決定する。
レーシングゲームの十二位と同じ原理だ。
「また大貧民だし!」
再びデッキはシャッフルされる。
どうしてついているのか、部屋の隅の扇風機に煽られて、何枚かのカードがひっくり返った。
「ほら。一番強いのよこせ、大貧民」
一番弱くて頭の回らないわたしから、またカードを強奪する商五。
しぶしぶスペードの2を渡して、ハートの3を受け取った。
——中世の大貧民たちの気持ちが、だんだんわかってきた気がする。こうして,だんだんと不平等な世界はつくられていくのだ。
でもやっぱり、中世ヨーロッパの歴史は苦手です。全く、記憶に、ございません。
「愛一はどの時代の歴史も苦手でしょ」
三葉が優しく哀れむように言った。
「またそうやって心読むし。相変わらずメンタリズミカルだよね」
「何それ……」
創士に苦笑いされた。商五もニヤニヤしているところを見ると、皆に心を読まれているみたいだった。
恥ずかしいけれど、これじゃトランプも勝てっこない。
「ね、ねぇ、お菓子、食べない?」
「既に、食べながらトランプは実行中だ。逃げる理由にはならん。逃亡は甘えだ! 恥を知れ!」
わたしの浅はかな逃避は、もう見え見えだった。
- 〜第一章 愛一の求める四角形⑤〜 ( No.6 )
- 日時: 2015/09/18 21:44
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
■□■□■□SPADE
「もうそろそろお開きにしようか」
僕が言うと、三人は同時に時計に目を動かし、首肯した。
散らかったゴミを回収し、トランプを集めて箱に入れる。
そして毎回、忘れ物をしそうになる愛一に、三葉が声をかける。
最後に商五が、床に転がった愛一の私物を見つけ、三人でバカにする。いつもの、いつも通り。
鍵を外し、ドアを開けると、少し眩しいのか、三葉は手で目を覆う。そのポーズはとてもクールで、さながら映画のワンシーンのようだ。
それもいつも通りで、これが、六日置きの、僕の日常。
いつも一緒に三葉の家を出て、駅まで並んで歩いていく。
でも僕は今日、非常にもそんな『いつも』を壊しに来たのだ。
「三葉と愛一は、ちょっと先に行っててくれないかな。 少し商五に話があるから」
「なになに、何の話? 恋話かな〜?」
冷やかす愛一を尻目に、三葉はそそくさと出ていった。
愛一も、早く来てねと一言だけ言うと出ていった。近くの木陰に腰掛ける。
「で、何だ。話って。まさか本当に恋話じゃあないだろうな」
「そのまさか、って言いたいところだけど、そんなに軽い話じゃないんだよ、これが」
商五は不思議そうに僕の顔を見る。
「どうした、言ってみろよ」
「それがさ……」
言い淀みながらも、口を開こうとする。口は上手く動かない。
あんなにシュミレーションしたはずなのに、上下の唇は手を取り合うように、脳の命令に抗う。
「ちょっと待て」
商五はちょいちょいと手招きする。体を少し傾けてみると、木に隠れ損ねたのか、そこには一つの人影。
「盗み聞きは良くないって幼稚園で教わらなかったか?」
愛一が、小さくなって座っていた。
「わたし幼稚園行ってないし」
「そういう問題じゃねえよ……じゃあ、小学校」
「聞き取りテストの練習はした記憶があるけど」
「これ、状況的に俺はからかわれてるんだろうか? それとも愛一の本気の回答を聞かされているのか?」
「どちらとも言うだろうね」
僕はトーンを高くして呟き、一歩前に出る。
道端に、綺麗な花が三輪、左右に揺れながら、太陽の光の一部を反射しているのが、ふいに目に留まる。その隣、誰かに踏まれた雑草は、その美しい花を、羨ましそうに眺めている。
これでいい。これでいいんだ。
僕が今度は、今よりもずっと遠くに引っ越すだなんて、言わなくたっていい。
だから。
「商五、やっぱりいいや。忘れてくれ」
「…………そうか」
商五なら、声や表情から、違和感を感じ取っただろうけど、深く言及してこなかった。 やっぱりバカみたいに最高だよ、こいつら。
そして愛一は数歩駆け出してから振り返った。
今まで何度聞いただろうか、その言葉を口にする。
「じゃ、行こっか」
僕たちよりもずっと前、小さな、とても小さな三葉の姿は、闇の中に溶けていく。
そして僕たちも、溶けていく。
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