コメディ・ライト小説(新)
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- 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】
- 日時: 2020/08/05 14:01
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12710
2020.4.19
こんにちは&初めまして!雪林檎です。
コメディーの作品は6つ目となりました。
よろしくお願いしますm(_ _*m)
〜00 愛〜
「愛って何ですか?」私は“愛してる”が知りたい。
“心からお前の事を愛してる、例え本当の娘じゃなくても僕はお前の事を娘だと思ってる。僕に沢山の愛を教えてくれてありがとう、香純。”
―――私は彼が最期に言った言葉の意味が解らない。
「口下手で感情を表に出せない」と言われても仕方がなかった私は父の友人であった彼に預けられた。
母親は幼い頃に亡くなって父親は早くに再婚した。その義母がいる生活になれてなかったせいか義母とはあまり仲良くできなかった。
義母と父と暮らしていた時、私は独りだった。
取り残された気分に浸った。
彼が亡くなって私は本当に独りになった。
孤独だった。
初めて感じた寂しさは胸を締め付けた。
彼は最期に“愛してる”と私に向かって言った。
どう考えても、理解しようとしても出来なかった。
ずっと、ずっと理解出来ないと思っていた。
―――……そう思っていたのに。
そう思っていたのに―――私は“愛”を知った。いや、正確には教えられたというべきだろうか。
まずは私が初めてを教えてもらった人々との出会いを話していこうと思う。
これは彼との出逢いによって自分が変わって“愛”を知る話。
next
***character*** >>1
*本編*
・第一章
00「愛」>>0 01「隣の不登校児」>>2 02「小田切香純」>>5 03「理由」>>7 04「編集者」>>8 05「一歩」>>9 06「クラスメイト」>>10 07「会話」>>11 08「変わっていく彼女」>>12
09「織戸恭吾」>>13 10「君の出会い」>>14
09と10は恭吾の過去編、香純との出会い
・第二章
11「来訪者」>>15 12「小田切家」>>16 13「彼女の好きなもの」>>17 14「狂った愛」>>18 15「響き合う心」>>19 16「暗闇の牽制」>>20 17「君を想う」>>21
*小説情報*
・執筆開始 2020.4.19
*一言でもコメントをくださいました心優しい読者の皆様*
・蝶霞様
執筆の励みになります。コメント、ありがとうございました。(*´ω`*)
*ご注意*
・ただいま他の2つもゆるっと進行中ですので投稿が遅くなるかもしれませんがご理解のほどよろしくお願い致します。
・荒らしコメは一切受け付けておりません。
見つけた場合は連絡します。
・更新は午後6時以降。
- Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.12 )
- 日時: 2020/06/06 14:02
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
08. 変わっていく彼女
いつものカフェで私は珈琲を飲みながら今を時めく人気作家の小田切 香純先生を待つ。
彼女の本が人気なのは表現の文章が綺麗でやけにリアルで読者が感情移入をしやすいからだ。
最近、出版したばかりの『嬉しいという気持ち』は大人気でそのタイトルからは考えられない切ないラストが待っているのだ。
700万部は彼女の出す本は常に越えている。
小説界の期待の新人だ。
彼女がこちらの世界に来た理由は織戸恭吾だ。
織戸恭吾は――――私と同じ両翼の編集者で恋人だ。
彼は一回、結婚に失敗していて心の傷があったけど香純先生と出会って私と付き合う覚悟ができ、愛することをまた知れた。
私にとっても彼女には感謝しかない。
同居をしていて国語の宿題で偶然、彼女の書いた文章を読み小説家新人大賞に応募しろと勧めたのがきっかけだ。
その勘も見事に大当たりし大型新人としてデビュー作『家族ノカタチ』を出版。
彼女は逸材だった。
「―――――っすみません、遅れました」
焦った表情を浮かべる彼女は髪を乱しながら謝罪の言葉を言う。
一か月前に会った時はあんなにも頼りなさげで危うい雰囲気を纏っていたのにも、血色の良い生き生きとした表情をしていた。
静かに行儀よく席に座った香純先生は店員にココアを頼む。
甘いものに目がないと言っていた通り、ミルクを沢山入れるよう頼んでいた。
「これが、今月の……」
そう言いながら茶色の封筒に入れた原稿を渡してくる。
「確認しますね」
と言い、大切に封を開ける。
パソコンで打った見慣れた文字。
やっぱり、表現の文章が美しくリアルなその物語に引き込まれるように黙々と読み進めていった。
主人公は悲しい過去を背負っていた。
そこへ手を差し伸べたのは幼馴染の男の子だった。
中々打ち解けられない学校との関係について思い悩む主人公を打ち解けられるようサポートする……という純青春な物語だ。
最初はシリアスだったが、途中から優しく心のこもった話になっていく、そのテンポの良さ。
感情移入のしやすい身近なモデル。
(………この子は本当に生粋の天才ね)
気になったことを訪ねてみる。
あの序盤では主人公は病んでしまいそうだったが笑顔を取り戻すことが出来た最後。
あそこからどうやって、切り返そうと思ったんだろう。
「香純先生……とても良い話だったのですが、何かありました?」
そう訊いてみると彼女はまつ毛の長い大きな瞳をさらに見開く。
桜色にポッと染まった唇をぎこちなく動かす。
「変化はあったと思います…………変わりました、学校生活が」
そう微笑んだ彼女は見たことのないくらいに優し気に頬を緩ませ、愛おしそうに両手を重ねた。
(良かった………やっと笑顔を見れた)
私は書いてくれた原稿用紙を持って、彼女と別れた。
この作品のタイトルは―――――『友情と陽だまり』
今までにないくらい優しく心温まるラスト。
透き通るくらい青々とした空に手をかざし、私は恭吾に伝える。
「ねぇ、聴いて。貴方の大切な娘が初めて優しい小説を書いたわ」
さあッと風が髪の毛に当たる。
まるで喜んでいるかのような温かい春の風。
「これからよね、貴方の分まで見守るから……ちゃんと」
貴方の一番大切な娘を、見守る。
大変な時があれば貴方のように助けたい。
あの娘にとって貴方の代わりにはなれないけど力にくらいはなれるでしょ。
(私に残してくれたのね――――…………役目を)
私は嬉々と踵を返す。
両翼に足取りを軽くさせながら戻った。
*
「小田切 香純先生の最新作受け取ってきました~!!」
すると、今まで黙々と仕事をしていた編集者が目を輝かせて立ち上がる。
「次は何て言うタイトルですかッッ!!?」
「どういう話です?」
私の元に円を描くように集まる。
唇に人差し指を当て、「まだ出版していないので中身までは言えません!……でもタイトルだけ、最新作のタイトルは……『友情と陽だまり』です!!」
その言葉に今にも読みたそうにする。
今回の本は彼女の物語とは思えないほどタイトル通り、友情というものは何なのかと考え直され、優しく心温まる話なのだ。
編集長に茶色の原稿をしまった封筒を大切に手渡す。
「受け取って確認しとく」
寡黙な編集長も口元が緩んでいた。
よほどの事がないと微笑まない編集長だって彼女の作品には微笑む。
それが小田切 香純先生の人を変える小説。
編集長と担当の特権は、作家の最新作を誰よりも早く読めるという事。
私はそれが楽しみでこの編集者に死に物狂いで勉強し、夢のこの職業に就いた。
(……皆にこの香純先生の最新作を早く読んで欲しいな)
どのような顔をするのかなとワクワクする気持ちを抑えながら、パソコンに向かった。
「真壁さん、今日はいっぱい飲みましょうよ~!」
「今回の本も大盛況ですもん、絶対ッッ」
「実際にはどうだったんですか~?」
沢山の本に関しての言葉が飛び交う中、私は笑顔で受け答えた。
本の内容は言っていないけど。
- Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.13 )
- 日時: 2020/06/07 14:59
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
09. 織戸恭吾
此処は居酒屋、久しぶりに同期達とお酒を飲む。
僕は注文を聞きに来た店員さんに笑顔で頼む。
「取りあえず、白ワインで!」
と言うと尽かさず、隣にいた楯岡が怪訝そうに眉を寄せる。
「ビールだろ、そこは……!」
その声に重なるように真壁さんがメニューを見て嬉しそうに頬を染める。
「私はカシオレ~!!」
「だからッ、そこはビールだっつーの!!」
苛立ったように声を荒げる。
「別にいいじゃん、会社の飲み会じゃあるまいし」
と宥めるように楯岡の肩を優しく摩る。
「そうよ、意外と楯岡って頭固いよね☆」
茶化すようにケラケラと笑う真壁さんに鋭い眼光を向ける。
「はぁ!!?真壁こそなんだよ『カシオレ~!!』って!!!大学生かッ、若作りも程々にしろよ!!」
「若作りなんてしてないわよッッ!!!」
言い合いを始める二人をよそに僕は家に残っている香純の事を考える。
ちゃんとご飯食べたか、とても心配になる。
「本当は酒に強くて何杯も飲んでるくせに!!」
「ぎゃああああぁあ!!何を織戸の前でバラしてるのッッこの馬鹿!!」
ソッと二人に隠れてスマホを弄る。
香純にメッセージを送る。
『ご飯食べた?帰りは遅くなるから、先に寝てて』
そう送ると、光のようにすぐ返ってくる。
『うん、分かった。冷たいお水を用意して、お風呂も沸かしておくね』
その香純の気遣いが心にしみる。
(本当に優しいなぁ……)
愛おしく思う彼女のメッセージを指で優しくなぞる。
*
空はもう、深海のごとく暗くなっていて、月が見える時間帯になっていた。
マンションなどはライトアップされて暗いはずの街も明るい。
「二軒目、どうする?」
「そこのショットバーはどう?」
二人の会話を片耳で聴きながら、辺りを見回す。
(香純はさすがに寝ているよな……僕の事を待って寝ていなかったらどうする?)
だんだんと心配する気持ちが募ってくる。
「奈子っ、待った?」
“奈子”という名前に反応してしまうのは悪い癖だろう。
彼女は僕のところには戻ってこないのに。
ジッと奈子と呼ばれた女性の後ろ姿を見つめる。
(きっと、彼女じゃないよな――――)
そう、顔を逸らしたその時、
「ううん。待ってないよ、行こ―――俊さん」
聞き覚えのある声が近くにいないのに耳の中を響き渡る。
この声は、あの柔らかそうな髪は、色素の薄い瞳は――――……奈子だ。
奈子は僕に気が付いたようで、こちらを見て、息を呑んでいた。
しばらく、時が止まったようになる。
「おい、奈子?どうしたんだよ」
隣にいた恐らく旦那さんに声を掛けられ、歩いて行ってしまう。
他の人を愛おしそうに呼ぶ君の声、頬を桜色に染め可愛らしく微笑む姿。
もう僕には向けられることが一生ない。
現実を再び目の当たりにし、きゅッと胸が締め付けられる。
「――――織戸、どした?」
楯岡が心配そうに駆け寄ってくる。
僕はいつも通りに笑顔になり、「いや、何でもないよ」と言う。
僕らはそれぞれの道を行く。
奈子とは道が繋がってはいなかっただけ、と思うしかない。
*
――――――八歳の時、父親が急死した。
女手一つで育ててくれた母には、感謝してもしきれない。
書斎で香純の作品を見る中、母親から電話が掛かってくる。
『もしもし、母ですが』
明るい声が聞こえ、自然と表情が緩む。
『あんたにお見合いの話が出てるんだけど』
その言葉に緩んだ糸がまた、張る。
「申し訳ないけどそういうのはもう……」
声を濁らす僕に母さんは軽く流す。
『あそ、じゃ断ったくわね~』
電話を切ろうとする母さんに僕は慌てて呼び止める。
わざわざ話をしてくれた母さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった僕は込みあがってきた生唾を飲み込む。
「………、……ごめん」
小さく謝罪の言葉を言うと、この場にはいないが慰めてくれる母さんが傍にいるような気がした。
だって。
母さんは咎めず、笑ってくれたから。
今の僕を理解しようとして、幸せの在り方は一つじゃないと言ってくれたから。
『恭吾、あんたさ香純ちゃんといれて幸せだろ?』
「うん……幸せだよ、充分」
すると、付け足すように母さんは言う。
『―――――孫がいなくなくたって、あたしはあんたが幸せだったらそれでいいの』
その言葉に涙をこぼしそうになる。
申し訳なく思う。
心配させていること、気を遣わせていることが。
香純と一緒に入れて勿論、幸せだけど。
それだけじゃない。
母さんの息子に産まれたのが幸せなんだ。
あの時は、そこのない水の中をどこまでも堕ちていくようだった。
初めて普通が容易く壊れることを知ったあの日。
何も見えなかった。
彼女の一緒に幸せになりたい人は僕じゃなくて他にいること。
選んでもらえなかった悔しさ。
必死に説明をする彼女の声だけがずっと、遠くの方で聞こえていた。
*
香純のデビュー作品『家族ノカタチ』それは、とても綺麗な話だった。
彼女の独特の美しい価値観とまるで僕に伝えるような一つ一つの言葉。
本当に天才なのだと確信する。
人を感動させる作品を書ける少女。
“家族だから大切なんじゃなくて、大切だから―――家族になるんじゃないか”
(大切だから……家族になる)
その言葉を頭の中で繰り返す。
ふとした瞬間、彼女の悲し気に微笑む姿が蘇ってくる。
頭が針で刺すように痛くなる。
『恭吾さん』
俯いて、僕は引き留めなかったことを後悔する。
頭を手で覆い、髪の毛で顔を隠す。
涙を流して離婚でまだ未練がある女々しい男だとは思われたくはなかった。
本当は女々しい男のくせに。
僕は知っていた。
(………ああ僕は、……知ってたのに、な)
想い出す、二人で過ごしてきた時間。
泣いている時に奈子の頭を撫でたこと。
どうしてあの時言えなかったんだ。
引き留めなく、声を荒げることしか出来なかった。
奈子の気持ちや理想とは違うかもしれないけど、僕は。
『君の事を――――愛してる』って、最後の最後まで言うべきだった。
どうして、伝えられなかったんだ。
か細い指に指輪をはめた時、決めたはずなのに。
必然的に涙が溢れてくる。
(ただ、傷付くのが恐かっただけ。拒絶されてどこかへ行ってしまうんじゃないかって片隅で思っていて……)
馬鹿みたいだ。
自分が嫌いになる。
僕は机の上で彼女のデビュー作品を見つめ、拳を握り締める。
後悔ばかりが募る自分に乾いた笑みが漏れる。
自分で壊したくせに、こんな感傷に浸って――――後悔したってもう戻らないのに。
「……しっかり……しろ………恭吾……」
今度、伝えなければいけない時が来たら伝えよう。
ちゃんと、言おう。
今できることをしていくんだ。
―――――僕はそう意気込んだのに、な。
- Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.14 )
- 日時: 2020/06/07 15:02
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
10. 君との出会い
香純には普通の女の子として笑って、泣いて、怒って、愛する人を見つけてほしい。
だから、これでいいんだ。
僕が例え傍にいれなくても――――。
*
まだ冷たい風が吹く、3月。
花は咲き始め、草も芽吹いてくるそんな新しい命が生まれる優しい季節。
彼女と僕は出会った。
『――――恭吾、お前に折り入って話があるんだが、聴いてくれるか』
突然の高校時代の友人からの電話。
僕は小田切 透雄―――彼の話を身を入れて聴いた。
彼の話の内容はこうだった“再婚はしたものの娘と妻が打ち解けずどちらも居心地の悪い生活を送っている。良かったら娘を預かってくれるか”という事だった。
断ることも出来ず、興味本位で引き受けた。
翌週、家にやってきた小田切 透雄の娘は小4にも関わらず落ち着いていた。
それもそうだろう、肉親である子供が甘える母親が甘える暇もなく早くに亡くなってしまったのだから。
「初めまして小田切 香純と申します。これから御厄介になりますが家事はしますので置いて下さい」
そう言って深々と頭を下げた彼女は、無表情で瞳には悲痛な叫びをあげているかのような光を宿らしていた。
最初はぎこちなかった。
ただ、会話もせず、シーンとした空間でご飯を食べ風呂に入り、団欒の時など当然なく、寝るだけ。
もどかしかった。
何か行動を起こして少しでもあの子の事を知ろうとしてみてもかわされてしまうから。
心の壁が普通の子供よりも遙かに高く頑丈だった。
それを超えられたのは香純の11回目の誕生日。
彼女の好みは最後の最後まで分からなかったが、普通の子供よりは大人びていると思っていた。
が。
本当は普通の子供よりも幼かった。
寝るとき、母親を求め声が僕に聞こえないよう啜り泣いていた事。
僕は何一つ知らなかった。
普通の子供が欲しがる縫いぐるみを渡したんだ。
白い可愛らしい犬の縫いぐるみ。
香純はその時、初めて涙を浮かべながら微笑んだ。
表情を緩ませ、どの子供よりも幼く、優しく、可愛らしく、子供らしい笑顔を。
それからは会話もだんだんと交わすようになり、いつの日か冗談も言える関係になっていた。
そんな彼女のおかげで僕の傷ついた心は癒えていった。
勤めている両翼の編集者・真壁 沙良さんともようやく、向き合えることが出来た。
離婚で後悔を募らせていた女々しい僕に愛をまた、教えてくれたのは香純で――――次に知るのは香純だ。
香純は知るべきだ。
この人生、愛を知らなかったら孤独になってしまう。
だから。
*
――――――あの時、僕の大切な宝物を。娘を託した。
香純が愛を知りたがるように言葉を残した。
僕は伝えた。
奈子に伝えてやれなかった言葉を。
『愛してる』
香純の事を支えてくれる人が現れると願って残した。
託したから。
安心して。
僕の可愛い香純、今は辛くとも僕が傍にいたあげるから。
見守っている。
香純が愛する人を見つけ、一緒になるまで。
だから、泣くなよ。
今日も僕を思い出して泣くな。
お願いだから僕のことで苦しめたくないんだ。
伝えられないこの想いと彼女に触れられない痛み。
*
刺されてあの言葉を彼女に伝えた後、僕の身体はつま先から冷えてきていた。
この時、もう終わりが近いんだと悟った。
もうすぐ、迎えに来る死のこと。
“愛”はなんだ、と僕に何度も何度も問い詰める愛おしい少女。
「大丈夫だから香純――――……きっとしれ……る」
意識が遠くなり言葉もまともに発せなくなっていた。
彼女の美しい顔をジッと見つめる。
涙なんか流さないで微笑んで。
君の笑顔はとても可愛らしい。
誰よりも。
倒れた僕を涙でぐちゃぐちゃになった顔を見せながら抱き締める。
優しく儚げな生温かい腕の中。
僕の身体は静かに永遠の眠りについた――――――。
- Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.15 )
- 日時: 2020/06/08 16:59
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
11. 来訪者
梅雨入りが始まり、雨が降る毎日になっていた。
雨が降ったって学校生活に支障は出ない。
いつも通りの日常。
優利ちゃんと晴陽の言い合いで仲介に入る日々。
何気ないことだけど、とても、心が温まるんだ。
私は鼻歌交じりに身支度を済ませ、朝食をてきぱきと用意する。
「頂きます」
牛乳と蜂蜜をかけバターをのせたトースト。
恭吾さんのレシピ本を参考に作った簡単かつ、時短料理だ。
トーストを噛むごとにサク、というキレの良い音とふんわりとした触感に思わず、声を漏らす。
とろとろの蜂蜜が熱でバターと溶け、程よい甘さ。
トーストの風味、触感、味を堪能していると、インターフォンの音が何もない殺風景な家の中を直後、響く。
私は恐る恐る玄関にトーストを一口、口に忍ばせながら向かう。
驚いた。
そこには――――自分と瓜二つな中年男性が立っていた。
私は知っている。
忘れもしない、自分の唯一無二の血の繋がりがある人だ。
小学校四年生に進級する二か月前に私を恭吾さんに預けた人。
ドアをゆっくり、と開け視線が合う。
「…………何の用ですか」
私から話すとは思ってはいなかったらしく目を丸くする。
唇が微かに震え、鼓動が速まっていたが勘づかれないように胸をわざと張る。
「久しぶり、だな。香純」
黒々としたスーツで着飾った父親を中に入れ、お茶を出す。
何もない殺風景な部屋を見回しながら、お茶を啜る。
「――――恭吾がお前を護って亡くなったとか………恐かっただろう、その時傍にいてやれず、すまなかった」
初めて見る申し訳なさそうな表情に糸が張る。
「謝罪なら私ではなく恭吾さんに仰って下さい」
やっとの思いで整理をして仏壇を置いた。
私は仏壇の前に腰を下ろし、父親を睨む。
「もう一度聞きます、ここに来た理由は何ですか?解っていると思います……私の思っていることが」
声が自然と荒くなるが、深呼吸をして抑える。
父親は居住まいを正し、私の瞳を見つめる。
黒真珠の瞳には冷や汗をかき、戸惑う姿を必死に隠す自分が映っていた。
パッと視線を逸らし、彼の瞳を見ないよう俯く。
見透かされるような瞳がとても、恐ろしかった。
「家に戻ってきて欲しい……ここではなくお父さんとお義母さんがいる家へ」
糸が切れたような音がした。
ここを離れろ。
恭吾さんと過ごしたこの思い出の詰まった家を。
「離れろ………?」
ふざけたことを言うのも大概にしてほしい。
(ここを離れたら恭吾さんの思い出がなくなりそうで………)
私はギュッと拳を握り締め、唇を強く噛む。
頬に熱が集まり、頭から湯気が出るような気がした。
憎悪の気持ちが心を覆う。
「戻ってきて欲しいなんて本当は思ってないんでしょう………?私を家に戻そうとする目的は何ですか!!?」
私は父親のスーツの胸ぐらを乱暴に掴む。
(憎い憎い憎い憎い憎い……!!)
涙が衝動で溢れ出す。
この穏やかだった大切な二人で過ごした日々はかけがえのない私の光だ。
あの陽だまりのような優しい人柄に心の重い鎧を溶かされた。
始めた貰った誕生日プレゼント、今でも大事にベッドに置いてある。
捨てることのできない縫いぐるみ。
「……お爺様が何か言ったんでしょう……??」
子供の頃に鋭い眼光を向けられた記憶。
普通のお爺ちゃんではなかった。
恐い、褒めてくれたことが一度もなかった。
小田切家の人間だから出来て当然、耳に胼胝ができるくらい聞かされたフレーズ。
それを言ってくれたのが恭吾さん。
いつだって私の事を褒めてくれた。
「そうだ、そうだ……!!お爺様がお前を連れ戻すよう言ってきた、七々扇家のご長男との対面があるから連れ戻すように、とな!!!」
狂ったように笑う父親は掴んでいた私の手を振り払い、私の腕を掴む。
いつも寡黙な父を狂わせるほど教育したのはお爺様だ。
いくら努力をしたとしても褒めずに冷たい視線を向ける。
一位でないと満足はしない傲慢な教育方針。
あの家に今までいたらこうなっていただろう。
考えるだけでゾッとした。
「ほら、帰るぞ」
私を無理矢理、待たせておいた黒塗りの車に乗せる。
必死で抵抗をするがいとも簡単にシートベルトをつけられてしまう。
待ち合わせ場所に来ない私を不思議と思って家の前にやってきた晴陽が私を見つけ、車に向かって走ってくる。
「―――ッッ!!」
車からは聞こえないが、私の名前を叫んでいるように見えた。
運転手は容赦なく晴陽の姿が見えなくなるくらいまで走った。
*
昔と変わらない嫌な思い出ばかりの大きな洋風な屋敷。
父は仕事を抜け出してきたとの事で別れ、独りで車を降りた。
大きな白く塗られた門扉が開き、顔の馴染んだお手伝いさんが私に向かって走ってくる。
幼い頃、お世話になった宮下さん。
涙を浮かべて、彼女は微笑む。
「立派にご成長を遂げたようで……苦しかったでしょうね」
そう手を握ると、私の乱れた髪を整える。
目を伏せると蘇ってくる。
散々泣いて乱れた髪を結い直し、唯一この家の中で、微笑みを向けてくれた人。
「――――幼い頃はお世話になりました」
すると、宮下さんはフッと眼を柔らかくし、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、お嬢様」
宮下さんはそのまま、応接室に連れて言ってくれてお茶菓子を出してくれた。
懐かしいドーナツの味に綻ぶ。
黙々と独りで食べているとドアが開く音が広い部屋の中、響き渡った。
「戻ってきたか、香純」
松葉杖をつきながら私の目の前に堂々と座ると、咳払いをする。
キッと睨む私に対し、絶対零度の表情を向ける。
「何故、連れてこられたのか分かっておるな。七々扇家とのご長男の縁談が決まっている、顔合わせの日は明日だ、しっかり準備をするように」
自分の意見を言い終えたお爺様はさっさとご自分の部屋に踵を返した。
何も言い返す暇もなかった私はただ。
ただ、拳を握りしめていた。
- Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.16 )
- 日時: 2020/06/08 17:23
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
12. 小田切家
小田切家と七々扇家は私が産まれる前から親交があった。
だから。
七々扇家の長男とは面識がある。
一度だけ、会ったことがある。
私は白々しく輝く月を目の前に、深い溜め息を吐く。
冷たい夜風が頬に当たり、唇が震える。
「………今頃、どうしてるかな」
ベランダに出て瞼を閉じる。
瞼の裏にはいつだって、微笑んで手を差し伸べてくれる晴陽と優利ちゃんがいた。
帰りたい。
皆のいる場所へ。
帰りたい、恭吾さんと過ごしたあの家に――――――。
持ってきていたスマホを開く。
そこには心配のメッセージが何件も入っていた。
心が強く掴まれる気がする。
「――――っ帰りたいよ、晴陽」
“香純。今、どこにいる?”
“言ってくれれば迎えに行く、どこまでも”
私は静かに涙を流し、晴陽の送ってきてくれた温かいメッセージを小刻みに震える指先でなぞった。
七々扇家と小田切家の縁は切っても切れない鋼の糸で繋がっている。
先々代、つまりひいお爺様の代から親交があるのだ。
「普通の女の子なら、、な」