コメディ・ライト小説(新)

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月華のリンウ
日時: 2020/12/29 17:39
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)


2020.4.21
クイックアクセスありがとうございます!
毎度のことでお馴染みの方も初めましての方もこんにちは。
雪林檎と申します。
完結まで頑張りたいと思いますので応援、よろしくお願いします。

*小説情報*

執筆開始 2020.4.21


小説のテーマ
一応、壮大な東洋風ファンタジーラブを書いていきたいと思っています。
雪林檎初の長編小説です。


*追加された事
 
再スタート!! 
00と01が書き直されました! -2020.8.10

02,03,04が書き直されました!-2020.8.15

05が書き足されました!-2020.8.23

登場人物一覧が書き足されました!-2020.8.28

*お願い

荒らしコメなどは一切受け付けません。

見つけた場合、管理人掲示板にて報告します。

投稿不定期


登場人物紹介&国名 >>1

*本編

一気読み >>0-

第一章

00「追われる身」>>2 01「運命」>>3 02「皇子様」>>4 03「囚われの下女」>>5 04「追憶」>>6

05「一輪の花」>>7 06「道中」>>8 07「微笑」>>9 08「蓮の母君」>>10 09「芽吹き」>>11

10「旅立ちの約束は」>>12 11「2人は」>>13 12「予感」>>14 13「叶えたい願い」>>15

14「提案」>>16 15「心配」>>17  16「本心」>>18 17「看病」>>19 18「それは」>>20

Re: 月華のリンウ ( No.12 )
日時: 2020/12/06 14:57
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

10.旅立ちの約束は

 「暘谷皇太子殿下! 先日飛燕城への――――」

支度をし終わった暘谷は椅子から立ち、とんとんっと床を爪先で叩く。

「支度は出来てる、今すぐに行けるんだが……寄りたいところがあるんだ城門で待っていてくれるか?」

暘谷は迎えに来た男に微笑み掛け、「頼むな」と言う。男は頬を赤くして、何度も頭を下げた。

 男の肩を叩いた暘谷は早々と執務室を出る。

 「……暘谷」

残った珠蘭は兵士の安否を知る為に前を向く暘谷の後ろ姿を見つめた。そんな中、ガサッと葉音が揺れる音が耳元に届く。

「何、月狼。また木を移動手段に使ったの、この前も言ったじゃない……!」

振り向かず、後方に居ると思われる同僚へと言う珠蘭は怪訝な顔をしていた。

「ったくよー。いつもながらお前の反応速度、早すぎかよ」

呆れたように呟く月狼に珠蘭は、更に眉間の皺を深くさせる。

「主。鈴舞のところに行ったと思うんだけど、賭けてみる?」

同感、と珠蘭は心の中で賛同する。あの安らかな表情は自分等にもあまり見せてくれない。

けれど、あの隣国出身で月華を代表する大軍人と血の繋がりがある鈴舞には見せるのだ。

ずっと傍で護ってきた珠蘭と月狼にとってはとても、羨ましい事だった。

 息を吐き、珠蘭達は佳月宮に先を急いだ。

    *   *   *


 「母上、飛燕城に行って参りますね。時期に生まれる子の為にも無理をしないで下さいね」

息子の心配そうな表情に水蓮妃は苦笑交じりに話す。

「ええ、そうね。この子をちゃんと産まなければね、………わたくしの事よりも御自分の心配をして下さいな」

桜色の瞳を細めて立派に育った息子を愛おしそうに見つめる水蓮妃は優しく、頬を触った。

 「本当は、……恐いんでしょう?」

その問いに暘谷は強張った表情で「まさか……、っ……はい、少しだけ不安があります」と否定したと思えばすぐに言い直す。

 目的地は使者の帰らない森に覆われ、あの神秘の鎖国国家と言われてきた白陽国の国境に位置する城だ。

不安があるに決まっていた。

 その時_____________「鈴舞です、入ってもよろしいでしょうか」と聞き慣れた声が響き渡る。

甘く、けれども冷たい氷砂糖のような優しい声。

暘谷は、込みあがってきた生唾を飲み込む。

 「失礼致します……って、あれ? よう、いや、……えっと殿下!」

普段の呼び方をしてしまいそうになり、慌てて鈴舞は呼び直す。

「鈴舞、聞いて。これから殿下は、飛燕城に行くのよ」

出会った頃の敬語は抜けて、水蓮妃付きの侍女として良い信頼関係を築いていた。

「……え、あ、そうなのですね。行ってらっしゃいませ」

両手を重ね、一礼をする。水蓮妃はそんな素っ気ない態度に顔を左右に振り、困惑している。

もっと、鈴舞なら暘谷を元気づける言葉を言ってくれると思っていたのに、と。

「……それでは、私は行きますね」

そう言って羽織物を翻し、蝶のように去っていく。

    *    *   *

 「あれで、送り出して良かったの? 鈴舞」

傍で紅茶を淹れていた鈴舞に水蓮妃は言う。鈴舞はことっ、と紅茶の入った器を置くと言いたげな目で微笑む。

「………え、……はい、良いに決まっています。どうして?」

水蓮妃は質問され、少し戸惑った雰囲気を漂わせていたが、御腹を見てから覚悟が決まったように唇を開く。

 「殿下にとって貴女は、とても必要不可欠な存在だと思ったからよ。御互いを支えて逢っているような……」

鈴舞は眼を見開く。暘谷の悲し気な表情が脳裏に過ぎる。

 (嗚呼、なんて事をしてしまったのかな……)

 _____________『……それでは、私は行きますね』______

 行かないで欲しいなんて、言いそうになってしまった。だから、言う前に口を噤み、自分の気持ちを押し殺した。
 
とてもじゃないけれど遠くにある飛燕城に行く暘谷を元気づけられる言葉など言えるはずもなかった。

一生、離れる訳でもないのに。

そんな事を言える立場でもない。相手は皇太子殿下で、私はただのその母君・貴妃である水蓮様付きの侍女なのに。

 はあっと溜息を吐く。その様子に何かを察したのか、水蓮妃は思い付いたように言う。

 「鈴舞。お茶菓子を取ってきてくれるかしら、嗚呼、それも城門の近くの倉庫の貴重なお菓子よ」

水蓮妃は我が儘な小さなお姫様のように条件付きで言う。鈴舞はその頼みを断れる事も出来なく佳月宮を出る。

 表向きはお菓子を取りに行く、本当は、佳月宮を出てから時間的に城門にいると思われる暘谷に伝えたい言葉を言う。

鈴舞は水蓮妃の思い付き通りにそんな事をする為に走っていた。

 (お願いだから、間に合って!!)


    *    *   *


 ―――『……え、あ、そうなのですね。行ってらっしゃいませ』――――――――――――

鈴舞の曖昧な、表情が瞼を閉じれば何度も浮かび上がる。まるで張り付いたように。

(どうかしてんだろ……俺って奴は……しっかりしろ……!)

否定もされずに送り出されたというのにさっきから心にある霧は晴れそうにはなかった。

暘谷は、深呼吸をする。自分を落ち着かせるように、何度も何度も。

 手に持っていた剣を見つめ、月華の皇室である事を意味する紋章を指でなぞる。

 自分は月華の第2皇子でありながら皇位継承権を持っている事。それを餌にゴマすりをしてくる宮廷の臣下達。

 嫌気が差す宮廷に今もなお、抜け出している。けれど、執務は嫌いではなかった。

国の事を纏める、重要な仕事を覚える為に。抜け出しているのは民の視点から国を観察し改善点を見つける為。

引き籠って執務を熟すのも為になると思う、だがしかし、民の視点から見ると国の改善点が山ほど出てくる。

国は1日1日、目まぐるしいと言って良い程、変わる。

 そして城から出ると新しい出会いもある。新しい感情を知ることも出来る、人間として1歩、成長できるのだ。

あの、黒髪の弱々しい少女が綻んだ時、暘谷はグッと胸を掴まれたのだ。

「……なのに、今の俺は……為になると思っていた私情に振り回されてる」

暘谷は心の何処かで思っていた考えをあえて、口にしてみる。

暘谷は言葉にならない気持ちからぎゅっと爪が肉に食い込む程、握り締める。直後、痛みがはしり顔を歪める。


 ______________「暘谷ッ!」 


何度も、何度も過ぎった彼女の声。暘谷は咄嗟に身構え、振り向く。
 
 両サイドを団子に結い、長い髪を宙に舞わせた鈴舞が息を切らして走ってくるではないか、暘谷は笑顔を浮かべそうになる。

(追いかけてくれたのか……。本当……それだけで、それだけで……嬉しいんだ……)

 「あの、ね……私、酷い事っていうか心無い事、言ったと思う。まずは謝りに来た」 
 
一礼してから顔を上げる。眉を八の字に下げ、頬を真っ赤に染め、泣きそうな本当に申し訳なく思っている顔。

暘谷は胸がきゅうぅと締め付けられる痛みをまた、覚える。

 「ごめん、それで……私、やっぱり、どんなに頑張っても暘谷を上手く送り出せない。だって悲しいんだもん、寂しいし、苦しい……から」

蹲って、下から暘谷を見つめる鈴舞は本音を言い、「ごめん」とまた、謝る。

 「早く、帰ってきてね」
 
恥ずかしそうに目線を逸らしてから、横目で囁いた鈴舞は背を向ける。耳は真っ赤に。

 暘谷は、眉を寄せ、ハッと息を吐いてから零れ落ちた涙を拭う。

_______「すぐ、帰ってくるから」

 この約束は、守り切ると心で暘谷は誓う。

彼女を悲しませたり、苦しませたりはしたくないという気持ちが彼の原動力になっていたのだ。

Re: 月華のリンウ ( No.13 )
日時: 2020/12/06 14:54
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

11.2人は

 「……着いたな、けど、人の気配がしてない」

不気味だね、と顔を見合わせた暘谷、珠蘭は身を縮こまってしまう。

 飛燕城は白陽国の国境に位置する城だ。雪原で森に囲まれている場所。

「見て。暘谷、あそこに人が」

白い息を吐きながら珠蘭は城にある一番端の窓を指す。そこには厚着をした少年、いや兵士の姿があった。

 バッと身を乗り出してこちらを見た兵士は2人いるうち1人は皇太子殿下様だと気が付いたようで慌てた様子で下りてくる。

 「暘谷皇太子殿下、珠蘭様までッッ! こんな場所まで……御身体の方は大丈夫ですかッッ?」

寒さに耐える暘谷と護衛と言ってもか弱い女の珠蘭の身体を心配する。鼻先を赤く染めた2人は頷く。

暘谷は「大丈夫だ」と答え、此処に来た理由を話す。

「お前達が星銀の都に帰ってこないから、俺達は来たんだ。中に入るぞ」

それを聞いた兵士はギョッと目を見開き、止めに掛かる。

 「いけません!! 今や“飛燕城内は呪われています”そうしたら珠蘭様や殿下まで無事ではすみませんッッ」

その兵士の慌て具合に暘谷は不思議そうに珠蘭を見つめる。珠蘭もやっぱり解らないようで「それ、どういう事?」と兵士を鋭い眼差しで刺す。

「……そ、れは……17日前にこの辺りをうろつく山賊に襲われ、飛燕城に居た兵士の大半がやられてしまいました。けれど、その時はまだマシでした。16日前、若い少女が薬や食物を届けてくれ、それを飲んだり食べたりした途端……」

中に入るよう兵士は促し、眼の暗い影が揺らめく。暘谷は城内を見て言葉を失った。珠蘭は見た途端、顔を逸らし口元に手を添える。

「自分は見張り番なので外に出ていたんですけど、他の皆は……かと言って星銀の都に戻る為に山も下れなく……行けませんでした」

 城内に居たのは寝込んだ兵士達。周りには致命的な傷を負っている者も多く、息途絶えている者、苦し喚いている者、泣いて言葉にならない悲鳴を上げている者、寒さと痛みに耐えきれず眠りと言う死を選んだ者。

空気は外よりも澱んでいて、息がしずらくなっていた。こんなところに居たら具合も悪くなると暘谷は思う。

 (何か、甘くだけど、違和感のある生臭いような……何の匂いだ?) 

嗅ぎ覚えのある匂い。隙間風が入り、凍えている兵士達。

「……皆、体温も低い……これは、不味い。長期戦になりそうだ」

暘谷は危機感を覚え、顔を歪めながら口角を上げる。不快な匂いに暘谷と珠蘭は顔を歪め、鼻を抑える。

 ふらっとその匂いから気持ちが悪くなったようで珠蘭は姿勢を崩し、倒れそうになり壁に縋りつき苦しい痛みに耐える逞しい狼のようにふーっと息を吐く。

「珠蘭様ッッ、大丈夫ですか?」慌てて駆け寄ってくる兵士を「平気」だと手で制する。本当に大丈夫なのかとこの場にいる者は心配するが珠蘭は先に進む。

 『早く帰ってきてね』

暘谷は曇天に向かって心の中で謝る。

___________その約束を守り切れないかもしれないと、すまないと。


   *   *   *

 一方、星銀の都に居る鈴舞と月狼はというと。

 「何で、月狼が居るの? 一緒に飛燕城へと行ったんじゃないの」

鈴舞は訝し気に眉を顰め、木の上に座る身軽な暘谷付きの護衛に問い掛ける。月華の中で強いと言っても護衛に選ばれた女の身ながら唯一無二の珠蘭を極地に連れていくなんて、何を考えているのだろうかと鈴舞は思う。

 「オレは主の代わりに鈴舞を護衛を頼まれた身なの。珠蘭は言っちゃなんだけどオレよりも剣術は強い」

過言じゃねぇぜ、と上から笑い交じりに話す声が聞こえる。

「そんな……私の事は後回しでいいのに。少しでも暘谷の事を助ける人が傍に居て欲しかった」

 早く帰ってくる、と暘谷は言ってくれた。それだけで嬉しかったのに、安心したのに。もう十分だと、待っていられると思ったのに。

きっと約束を果たそうとこんな風に月狼と他愛のない話をしている間に極地で目まぐるしく動いているだろう。

帰ってくる為に。

遠方に居る暘谷と珠蘭を想う鈴舞の切なげに瞬く顔を上から見た月狼は頭を軽く搔き、顔を少し歪めてしまう。そして、下唇を強く噛んでから目線を逸らす。

 「………鈴舞、今日の仕事は?」

唐突に月狼に訊かれ、鈴舞は息を呑んでから口を開く。

「いつも通り。私は、皆と違って水蓮様に頼まれた品を市場に買いに行くの……水汲みも終わったしね」

月狼の返事を待たずに歩き出す鈴舞の後ろ姿を文句も言わず静かに見つめてから、木を渡り追いかけた。

   *   *   *

 「いつ歩いても此処は良いね」

隣で歩く月狼に話し掛ける。色とりどりの布が宙に紐で繋がられた賑やかな連なる露店。

思わず、頼まれた品を取りに行くはずなのに目移りをしてしまう。

 ジッと腕輪を見つめていると月狼が薄い唇を三日月形に結ぶ。

「買ったあげましょうか、お嬢さん」

そう言われ「えっ」と嬉しがってしまうが、鈴舞はすぐさま、かぶりを振った。

 「どうして、欲しがってたろ?」

歩き出し、その髪飾り屋から離れる鈴舞は問い掛けてくる月狼に何とも言えない表情で答える。

「だって。暘谷達が極地で頑張っているのにも私だけ楽しんでちゃ悪いじゃない」

そうかあ?と不思議そうに首を傾げる月狼に鈴舞は苦笑を溢しながら「そうだよ」と言う。

 そこまで極地に居る2人を考えるものなのか、自分の事を拒絶したんじゃないのか、と思う月狼は納得はいかなかった。

暘谷には髪飾りを買って貰っていた、今も大切に髪に着けている綺麗な玉石と押し花の髪飾りを月狼は睨み付ける。

 『悪いよ』――――『気にするなよ、女子に物を買ってやるのは男の本望だ』自分だけ2人の間から弾き出された気がして居たたまれなかったのは笑い飛ばそう。


 鈴舞は、水蓮妃御用達の“花柳”という書店に鈴舞は笑顔を浮かべ入っていく。

最初は鈴舞の黒髪に戸惑っていた店主も慣れ、によって温かな微笑を向けてくれるようになった。

此処では堂々と素で居られると鈴舞自身もお気に入りのところだった。だから、此処への使いを頼まれると楽しみで鼻歌もしてしまうくらいだった。

そのくらい密かな楽しみの1つなのだ。

 「おじさん、頼んでいた本をお願いできるかな?」

店主は笑顔で頷き、書庫へと入っていく。

 そこで_______少し古臭く独特の匂いをする店内を見渡すと小さな少年が視界に入る。

分厚い書の文章を蜂蜜色の眼で追っていき、周りなど気にも留めない様子だった。

焦げ茶色の可愛らしい雰囲気の少年から漂う空気はただ者でない感じがする。

月狼は、そんなことも知れず店内を歩いていた。

 熱い視線に気が付いたのか首を左右に振り、小首を傾げる。目が合うのは必然的だった。

 「あ、えと……」

口ごもる鈴舞に対し、少年は瞬きもせず鈴舞の足元から旋毛までジッと見つめる。

「鈴舞ちゃん、かの有名な水蓮妃様に頼まれたのはこれかい?」

書庫から戻ってきた店主に声を掛けられ、咄嗟に身構えてしまう。ハッと気が付いた鈴舞は「あ、はいっ」と作り笑顔を浮かべた。

 「来儀坊、ついでに買った書を持ってきたけど大丈夫かい」

来儀、と呼ばれた少年は小さく頷く。

分厚い何冊もの書を確認すると満足気に表情を綻ばせる。鈴舞は息を吸うのも忘れてしまう程、可愛らしく気品ある笑顔に目を見開く。

 「……僕はシア 来儀ライギ、宜しく」

そんな自然な自己紹介に鈴舞は戸惑いながらも、薄紅の唇の隙間から声を出した。

「私の名は黄 鈴舞。こちらこそ、宜しくね……えと来儀さん」

来儀はそんな鈴舞に「明らかに貴女の方が年上でしょ、呼び捨てで良いよ」と無表情で言う。鈴舞は慌てて「来儀……?」と呟くと満足気に頷いた。

 「何の、書を……買ったの?」

と訊いてみると来儀は躊躇って、でも、すぐに見せてくれる。鈴舞はその難しそうな医学書にまつりごとの内容の本に目を丸くしてしまう。

こんな書は見た感じの彼の年齢では読まない、というか読めない本だ。鈴舞はその頭の良さから感嘆の声を漏らしてしまう。

「す、っごいね……こんな難しい書を読めるなんて」

来儀は鈴舞のその言葉に頬をほんのりと赤らめてから「そんな事ない」とかぶりを振った。

 「貴女は?」

そう訊かれるも、鈴舞は苦笑交じりに話す。「この書は主人の好みなんだ」と鈴舞は言う。

来儀はすると、月狼と意気投合したのか笑い合っていた店主を呼びつける。

 「……簡単な日常に活かせる医学書、それから文学書を買うから選んで持ってきて」

店主は隣に居る目を瞬かせる鈴舞から状況を察し、笑顔で頷いた。

   *   *   *

 夕暮れの中、歩く鈴舞の手元には本が3冊もある。いつもとは違う重みに鈴舞はちょっと嬉しくなってしまうのだった。

先程、別れた来儀に買ってもらった医学書は日常に活かせる代物でこれなら暘谷達の役に立てると思う度に口元が上がってしまう。

文学書には色んな有名な話がこれで暘谷達に有名な本の話が出来ると心が弾む。

 「良かったな、買って貰えてよ。来儀坊に」

月狼は来儀の事を店主のように短時間で呼べるようになり、これには打ち解けるまで時間の掛かったと言う店主も呆然と見ていた。

自分の時は断られたのにも来儀には買って貰った贈り物を受け取った鈴舞が気にくわなかったのか、拗ねた顔をしていたのは事実だ。

 「あの、……何かごめん。でもさ………月狼も元気づけようとしてくれてありがとう」

その微笑に月狼は瞬きもせず、静止する。そして気恥ずかしそうに首の後ろに手を回し、「……まぁな」と曖昧な返事をする。

 「早く、帰ってきて欲しいね」

何かを悟るような、願うようなそんな言葉に月狼は何も言えず息を呑むのもその美しい彼女の世界を壊すようで出来なかった。

   *   *   *

 ――――――――「早く、帰るから」

離れ離れになったとしても、2人は同じ想いを抱いていた事は誰も知り得ないだろう。

 暘谷は澱んだ空気の飛燕城から出てきて、星々の眩しいほどに輝く満点の空を見つめる。

白い息を吐きながら呟く。鈴舞と同じ風に祈り、願うように。

 誰かを想う気持ちが、1人1人の胸に芽生え、それは新たな出会い、関係を紡いでいく第一歩となったのだと冬は告げた。

星々は誰かの願いを届け、祈りを示すそんな役割を果たす為に、今宵も誰よりも眩しい程、輝いているのだろう。

 飛燕城、それは読み進める為のきっかけ。
 

Re: 月華のリンウ ( No.14 )
日時: 2020/09/06 15:41
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

12.予感

 「……ゴッ、……ゴホッッゴホッッゴホッッゴホッ!!!」 

大きく咳き込んだ主は_______暘谷だった。

喉が燃えるよう熱く、そして苦しくになって胃酸と唾が一緒になって込み上げてくる。

口元へ添えたカタカタと小刻みに震える手を離れさせ、凝視する。

掌には吐血したと思われる赤黒い液体が。

 暘谷は泣きそうになってから、けれども、すぐに乾いた笑みを浮かべた。

 腰の力が抜け、倒れそうなのを通りかかった珠蘭が支えた。

「……暘谷……っ!!」

限界に近いあの兵士と同じ見張り番で寝る暇もない血の気を引いた珠蘭の顔をジッと見つめてから乾燥した唇の隙間から声を出す。

 「……っは……鈴舞を、……星銀に……呼びに行って、……くれ……お、……お願いだ」 

いつまでも、鈴舞を想い早く帰ろうと城内で過ごし策を練る暘谷は吐血するまで弱っていた事を陰ながら見守っていた珠蘭は大きく頷く。

例え、この身が尽きてしまっても鈴舞を城に連れてこようと珠蘭は決意する。

   *   *   *

 「何か、今日は嫌な予感がするの」

何言ってんですかい、と休憩時間の今、書を読む鈴舞を見つめる月狼が言う。

「……本当、……円寿の先の王様が暗殺された時みたいに……胸騒ぎがする」

鈴舞は来儀に買って貰った書を優しく撫で、俯く。

ひどく嫌な予感がした。心臓が喉もとまでせりあがってきた。

自分の予感が外れたことがなかったからこそ遠方に居る暘谷と珠蘭が心配で心配で仕方がなかった。

 「飛燕城に、行けたら……いいな」

珠蘭でも、月狼でもなく自分が彼の一番の協力者になりたいと鈴舞はいつからか思うようになった。

その想いは離れれば離れる程、強くなり傍に居たいのだと心が叫ぶ。

ギュッと胸倉を荒々しく掴み、はぁっと深呼吸をした。

 ふと目に入った医学書に載った植物に見入ってしまう。

『イレングレバナ』

その説明には真っ黒でけれど深みのある大変美しい花を咲かせ、毒成分のある果実を実らせる。

綺麗な花には棘があると言うようにこの花はかぐわしいその匂いも嗅げば嗅ぐほど害になるらしく医学界で何も知らない民が死ぬ最大の原因とも言われている程らしい。

引き起こすのは吐血、それから胃痛。

もっと酷くなれば命の危機にもなりかねない。そういう花。

(……黒い花って……私みたいじゃない)

我知らず溜息を吐くと書を優しく閉じた。

 _____________「鈴舞ッッ!!」_____

何度も思い出した姉のような女性が目の前に息を切らして走ってくる。

鈴舞と月狼は激しく動揺し、目を見開く。

極地へと、暘谷の護衛として旅立った珠蘭。金髪を揺らし、碧眼から1つ筋の光を流した。

彼女は、泣いていた。

いつも凛々しく振舞い、兵士を従えてきた彼女が血の気を引いたいかにも具合の悪そうな表情をしている。

「……鈴舞、お願いだから、早く、……暘谷のもとに行ってあげて……彼は、大変な状態で……っは」

真っ青な顔で意識を失い、倒れそうになった珠蘭は慌てて傍に寄った月狼に抱き抑えられた。

「……お嬢さんの勘、あたったかもしれませんで」

眼光を鋭くし、口元を歪めた月狼に鈴舞は重々しく頷いた。ただ事じゃないくらい珠蘭の言ったことで判っている。

「暘谷の許に行っていいか、水蓮様に訊いてくる」

そう言い放ち、普段は出さないスピードで宮中を駆けた。

   *   *   *

 「そんな状態に……解ったわ。皇帝には話をつけておくから殿下の許へ行ってあげて。それが愛する息子の望みなら母は反対もしない」

長い睫毛を伏せ、心配げに瞬くその顔を見つめ、鈴舞は跪く。

「……ありがとうございます、必ず殿下をお連れして帰ってきます」

諦めないと、鈴舞はその想いを示した。珠蘭の言葉を聞いてもなお、私は殿下が生きて居ることを信じ、まだ救う術を探すと。

水蓮妃は大きな桜色の瞳を見開き、目元を緩ませる。睫毛で縁取られた目から涙を流す。

安心、したような。そんな顔をして、この子に任せようと言う気持ちが鈴舞には伝わった。

Re: 月華のリンウ ( No.15 )
日時: 2020/12/06 14:58
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

13.叶えたい願い

 「……く、くそ…っは……」

あれから何日経っただろうか、身体の具合は直る兆しもない。

このままでは約束も果たせず、ましてやこの城を救うことも出来ない。

(俺は何の為に……飛燕城に来たんだ。布団の上で横たわることをする為に来たわけはじゃないのに……)

 暘谷は衰弱した上体をのろのろと動かし、ふーっふーっと息を吐きながら布団から立つ。

 壁に沿って机へと1歩1歩、慎重に歩く。こんな状態になる前にどうすればよかったのか、と思考を巡らすが答えは見つからない。

 ふと、飾ってある黒い花が視界に入る。

震える手を伸ばし、花弁を触ると暘谷は辛い中だと言うのに表情を綻ばせた。

 「鈴舞………ゴホッゴホッ……はっ……は、っは」

何かを喋るだけでこの通りだ。咳き込んだ時は決まって吐血する。

胃が針で刺されるように、軋むように痛い。

意識も日に日に遠くなっていることは知っていた。気付いている。

珠蘭は鈴舞の許へ着いただろうか。もし、自分が死ぬのなら鈴舞の傍で死にたいと、思える。

誰かの許で死にたいなんて思ったこともなかったのに、可笑しなものだなと乾いた笑みが漏れる。

見慣れてしまった手に付着したどす黒い血。慣れてしまった胃痛に朦朧もうろうとする意識。

 「暘谷、暘谷ッッ!」

嗚呼、幻影まで見えるようになってしまったのか、と暘谷は悲し気に、それでも優しく眼を細めた。

彼女とした約束を守ろうと奮起をして努力してみたが自分ではやはり力不足だったようで飛燕城を救えなかったのは事実だ。

責められて当然なのにもどうして心配して自分を抱き抱えてくれる鈴舞がいるんだろう。

(……自惚れにも程がある……鈴舞と俺が、……同じ気持ちな訳はないのに)

唇の隙間から言葉を発する。無事に帰ったら伝えようと心に決めていた言葉。

 __________「好……き、だ」__________

 鈴舞の印象深い真っ赤な宝石のような瞳から、ぽたっと真珠のようなものが落ちる。

それは、暘谷を思う気持ちが詰まった温かく優しい涙だった。

 「……よう、こく……」

余った力で鈴舞を引き寄せ、微笑み掛ける。

 「ぇ」

 くったりと力の抜けていった暘谷はすうっと静かに意識を失った。鈴舞は静かに一筋の涙を流し、下唇を噛むと「……ばか、今言う事じゃない」と呟く。

ろまんすの欠片もない告白に鈴舞は文句を言いながらも涙を流す。それは、溢れ出した自分の身の丈を知ろうともしない思いだった。

暘谷と同じ想いなのかは流石の鈴舞でも判らなかった。ただ1つはっきりしているのは生きて欲しいと叫ぶ心だった。

滝のように溢れ出す涙を強引に拭う。

(……入り口から遠い場所で寝ている人たちの方が重症に見える……暘谷、何か知っていないの?)

そう問い掛けても暘谷は眠っていて、何も話してはくれない。

暘谷の机を探ってみると沢山の紙が散らばっていた。

(!)

その紙には初期症状から、今の兵の様子。暘谷自身に起こった症状まで書かれていたのだ。

 ―――――――○月▽日
 城に来た時よりも身体が重く感じる。腹が痛いと兵が訴えているよう俺にも。

 ―――――――○月□日
 珠蘭に言えない。吐血をした、けれども珠蘭は気付いているのだろう。兵が、自分が、俺が日に日に衰弱していっていることを。

 ―――――――○月○日
 見張り番をしていた珠蘭はまだ、歩ける状態だそうだ。鈴舞を連れてきてもらう為に使いに出した。俺が本来行ければいいが、足腰が弱り、歩けない状態になってしまった。

 “約束を守れそうにない”

鈴舞はその紙の端に書いてあった言葉を見つけ、口を押える。ぽたっとまた、涙を流してしまう。

(……吐血に、胃痛……日に日に衰弱)

荷物から医学書を出そうと立ち上がった瞬間、高いところから底までずーんといっぺんに落ちた感じで目の前がくらくらした。

(……!? すぐには、ならないはずじゃ……)

人によって違うのか、と鈴舞は思う。

『見張り番をしていた珠蘭は歩ける状態』

でも、中に居た暘谷は歩けない状態。吐血もしていて重症。

まさか、と鈴舞は口を開いてしまう。今まで絡まった糸が解けたような気がした。

その時、視界に入った花に眼を見開いた。

 それは、そう__________『イレングレバナ』真っ黒だけど大変美しい花を咲かせる毒植物。

 「どうして、これが……」

(この城内にいた者、全てこの植物のせいで息途絶えたというの?)

息を呑む。香の前に立つと手を空気を掻くよう自分の鼻孔に持ってきて匂いを嗅ぐ。

甘く媚薬性もありその上、毒性も強いこの香りは間違いなく『イレングレバナ』だった。

まさか、誰かがわざと香を焚いたと言うのかと鈴舞は後退りをする。

急いで暘谷の首元をなぞるよう指先を置くと呼吸を確かめる。

 「良かった………まだ、息がある」

なら、と鈴舞は背負い込むと一緒についてきた月狼のいる木が見える窓へと運び込む。

「お嬢さん、って主!? ……どうして、主は気を失っていてお嬢さんはふらついているですかい!!」

月狼はあたふためく。鈴舞は呼吸を整え、前を向く。

 「ねぇ月狼、原因はこの黒い花・イレングレバナだよ。この花は美しい見た目だけど毒性の強い危険な植物」

鈴舞は花を見せてから、地面に置いて花と香を雪に埋める。

「有害な匂いが空気中に散って、吸い続けると影響が出るの。だから、意図的に誰かがこの花を……」

鈴舞は恐怖が次第に増長し脈拍が速まるのを感じた。そして、青ざめた顔で言い切ると疲れた顔に伝った汗を拭う。

 周囲の空気がこの極地のように凍り付く。まるで何もかもカチコチに動けなくなって壊れてしまうかのように。

 「ある少女が自分達を心配して心が安らぐからと毎日焚いて置いて下さいと貰った花です……!」

「間違いありません」とその声は力んでいた。息を切らして、がばぁっと頭を下げる兵士に月狼は目を見開く。

「……! 胃痛は大丈夫なのか」

兵士は「は、はいっ!」と答え、鈴舞を見つめた。

「鈴舞殿に薬を貰いまして……」

その言葉を聞いて月狼は鈴舞に近寄ると「主には」と言い、鈴舞は首を振って「今から」と言う。

 苦しそうに藻掻く暘谷の傍に行って、小さな瓶を取り出すと暘谷の口へと液体を入れる。

 「安静にしてれば大丈夫。私、残りの人達にも飲ませてくる!」

鈴舞は黒髪を一括りに結うと、ぱたぱたと城の中に入る。

 ___________「さて、オレ等は山賊をあたるぞ」

と兵士に向き直る。

 「それにしても、悪事を働いた身でまだ、飛燕城周辺にいるとは馬鹿な連中だな」

月狼は声を上げて笑う。心の底から小馬鹿にした言い方に兵士は苦笑いをしていた。

「城を標的にしていたくらい、図太い神経の持ち主だから捕まらないと思っていたんでしょう」

森を掻き分け、炎の灯された一角へと星銀から連れてきた兵士を連れた月狼は足を踏み入れる。

 「お前達か、毒植物をよこしたのは」

   *   *   *

 「……この城や自分の事を殿下は恥ずかしく思っているのでしょうか。自分等の危機感のなさのせいでこんな状態に殿下をしてしまった」

しゅんっと項垂れるやつれた顔の兵士に鈴舞は瞬きを繰り返す。

「負担ではなく、御力になりたいのに……あんな苦しめて………もう、此処へは来て下さらない気が、するんです」

目を伏せた血だらけの兵士に鈴舞は微笑み掛ける。その笑みに含まれた感情は喜びに安心。優しげな表情に兵士は目を見開いた。

 「それは、大丈夫だと思いますよ……暘谷は優しいですし、……解決する為だと言っても1人1人の身体の状態を資料にまとめているくらいですから」 
 
   *   *   *

 「なんだぁ、てめーらよ」

酒を片手に仲間で嘲笑う山賊に月狼は眉をピクリと動かし、皮肉めいた笑みを浮かべた。

 「星銀の都より来た兵団の者だ……困るな、勝手に人の物を襲って盗み、毒を運ばせるとは」

月華の兵士だけが使う事の許された剣に鎧、そして、食物までが置いてある。

「あんな警備の筒抜けな奴らがお城の兵隊さんだってよ!」

「たかーい城壁ん中で俺等に食物をよこしながら昼寝でもしてればいい物を」

「無駄に抵抗してよぉ……まあ、ご苦労さんだなぁ!!」

ははは、と声を高らかに上げて笑う山賊に月狼達は顔を歪ませる。

 「昼寝、か……生憎だが、それは御免なんだな」

 剣を抜いて構えた月狼達を見て山賊はにやっと怪しい笑みを浮かべた。調子に乗っているからか皇太子殿下付き直属の部下を侮っているようだった。

 「オレは主を、支える為に居る。珠蘭が隣で護り、背中合わせで闘う。自分の立場を見失わず、前を見られる」

 掌を丸め、拳を作る。ざくっと一歩踏み出し、前を向く。

 「向かい合いたいと思う者も、主も護れる強い奴にならないとって思ってる」

(主は、鈴舞を護る。とにかく、絶対に。2人を護れるくらい強くなりたい)

「おめえ、何ごちゃごちゃと言ってんだよ」

山賊は苛立たしそうに月狼を狙って酒を投げつける。月狼は顔を動かさず、瓶を剣で斬る。

「気にするんじゃねぇよ、お前達にじゃないから。心の整理をしたんだよ、心の」

剣を取ると立ち上がり、山賊は笑う。

「李様!!」

加勢に来た兵士等に月狼は怒鳴る。

「お前等、おせぇかよ!!」

その直後に、キィインッ!という鈍い金属音が響いた。

山賊の剣と月狼の剣が激突した音だった。

「すみません、聞き入ってしまっていて」

「とても感動しています!」

その言葉に照れくさいのか月狼は唇を噛み締め、「ベらべら喋ってるとやられるぞ!」と言う。

 そんなことを話していた月狼と山賊は至近距離で睨み合いながら、武器を押し合っていた。

山賊は焦った顔で目つきを鋭く、月狼はいつもの切って貼りつけたような皮肉屋の笑みを浮かべていた。

打ち合い、流れ、離れ。

また。

絡み付くように刃と刃が合わさる。

 どちらかが少しでも判断を誤れば決着は一瞬でつくそんな判断力が試される勝負。

 ぶつかる気迫と気迫に月狼は笑う。「やるな、山賊のくせに」と言うと山賊は「まあな」と答える。

   *   *   *

 「殿下、殿下ッッ!!」

眼を恐る恐る開けると見知れた兵士達が囲んでいた。

「お、……まえら……」

上体をゆっくり、と起こし、周りを見渡すと月狼が山賊を縄に掛けて引き連れてこちらに向かってきているのを見つける。

「あ、主ぃい!!!」

手を大きく振った月狼に応えるよう暘谷はいまだ、力の入らない手で振る。

「……皆、……状態が良くなったんだな」

と表情を綻ばせた暘谷に兵士等は瞳を潤わせてしまう。

「鈴舞殿、鈴舞殿!!!」

(嗚呼、やっぱり、運命だ……)

聞き慣れた名前に暘谷は目を見開くと、いつか夢に見た少女が目の前に立っていた。

 「暘谷!目が覚めたんだねっ」

頬を寒さのせいで赤く染めた鈴舞に暘谷は更に目元を緩ませる。白い息を吐きながら、大きく頷いた。

(運命だと思う出会い、それを経て知っていく感情)


________________その幾つもが何処どこにいても消える事のない希望になる。

Re: 月華のリンウ ( No.16 )
日時: 2020/12/06 14:44
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

14.提案

 「……り、鈴舞。礼を言う、お前の的確な処方により俺達は救われた」

まだ倦怠感けんたいかんの抜けきれない暘谷は一足遅れて城内の修正などの仕事を休んで安静に過ごしていた。

 鈴舞はその礼に表情を綻ばせてかぶりをゆっくりと振る。

 「違う、暘谷があの記録を残してくれていたおかげだよ。救われたのは私の方」

そう言って暘谷の机の上にまとめられた紙を見せる。

 _______「それにしても、よく花の事を知っていたな」

凄いじゃないかと褒める言葉を掛けられた鈴舞は眼を見開いてから両手を左右に振る。

 「それも違う。医学書のおかげだしそれを買ってくれた人のおかげ」 

来儀にあの書を買って貰わなかったら鈴舞は暘谷達を救えなかっただろう。ただ、呆然に暘谷が弱り苦し死んでいくのを見ているだけしか出来ない。

 そしてあの暘谷達に出会う前の鈴舞なら、飛燕城に来る勇気さえも出なかっただろう。

 つまり、鈴舞は変わったのだ。弱虫で言われっぱなしの恥ずかしい鈴舞じゃなくて強くて勇敢な鈴舞へと。

 「買ってくれた人なんて、いるのか……少し気になるが話は別だ。書を読んで俺達を救ったのか……鈴舞、侍女の仕事よりもこっちの仕事の方が得意そうだな……それなら」


ぶつぶつと顎に手を添えながら1人で呟く暘谷を鈴舞は見つめた。

この2人は普通に見えるが、普通じゃないのだ。少なくとも鈴舞は、あの、衰弱した暘谷の、告白をいまだ鮮明に憶えている彼女は。

 (暘谷は、憶えてないのか、な……っ憶えてなかったらそわそわしてる私って変じゃない………?!)

思わず髪の毛を無駄に触ってしまう。

 ―――――――「あの、提案なんだけど……侍女を辞めてさ書が好きだったら文官、やってみたらどうだ?」

暘谷は俯いていた顔を上げ、実はそわそわしていた鈴舞に提案する。

 「え、どういう事? 文官ってあの、文官?」

興味が滝のように湧いてくるのを鈴舞は感じ取る。


 「嗚呼、文官は文治をつかさどる官職だ。皇子の学問や行儀作法教育、あと様々な雑務を仕事とするが本のある書室に置かれる、数年に一度、十数名のものがなれる難しいものだが……お前には侍女よりも向いていると思う」

 暘谷にそんなことを言われるとそんな気がする自分は流されやすいのかと鈴舞は興味を抱く気持ちがある半面、駄目だなと嫌悪を抱いていた。

 でも。

(難しそうだけど、書と触れ合えるなら、頑張っても良いかもしれない……)

鈴舞の心に小さな炎がつき、やがてその炎は激しく燃え上がってくる。

 「私、やってみる!!! 絶対に受かってみせるからッッ!!!」

すくっと勢いよく立ち上がった鈴舞は暘谷に拳を突き付けた。

「約束」と言われた暘谷は布団から起き上がり、甘い微笑を浮かべた。

 _____________「嗚呼、約束だぞ」


 こつん、と骨と骨が優しく、静かにぶつかり合う音が響き渡る。

その直後、男女の笑い声が聞こえ、部屋の前を通った兵士は、にんまりと口角を上げてしまう。

 ―――――――新たな目標が2人をまた、成長させる。
飛燕城はやはり自分の物語を読み進めるきっかけになり、彼等の関係を大きく変える事になるだろう。

 雪解けを待つ彼等は温かな春風を呼ぶことになる。


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