コメディ・ライト小説(新)
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- 月華のリンウ
- 日時: 2020/12/29 17:39
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
2020.4.21
クイックアクセスありがとうございます!
毎度のことでお馴染みの方も初めましての方もこんにちは。
雪林檎と申します。
完結まで頑張りたいと思いますので応援、よろしくお願いします。
*小説情報*
執筆開始 2020.4.21
小説のテーマ
一応、壮大な東洋風ファンタジーラブを書いていきたいと思っています。
雪林檎初の長編小説です。
*追加された事
再スタート!!
00と01が書き直されました! -2020.8.10
02,03,04が書き直されました!-2020.8.15
05が書き足されました!-2020.8.23
登場人物一覧が書き足されました!-2020.8.28
*お願い
荒らしコメなどは一切受け付けません。
見つけた場合、管理人掲示板にて報告します。
投稿不定期
登場人物紹介&国名 >>1
*本編
一気読み >>0-
第一章
00「追われる身」>>2 01「運命」>>3 02「皇子様」>>4 03「囚われの下女」>>5 04「追憶」>>6
05「一輪の花」>>7 06「道中」>>8 07「微笑」>>9 08「蓮の母君」>>10 09「芽吹き」>>11
10「旅立ちの約束は」>>12 11「2人は」>>13 12「予感」>>14 13「叶えたい願い」>>15
14「提案」>>16 15「心配」>>17 16「本心」>>18 17「看病」>>19 18「それは」>>20
- Re: 月華のリンウ ( No.2 )
- 日時: 2020/09/06 15:44
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
00、追われる身
真夜中の寒空、少女は無我夢中で走る。鋭い葉が茂った木々が白い彼女の足に傷をつくる。傷からは赤黒い血が溢れ出し、綺麗な曲線の足に伝う。
「はぁ…っはぁ…!!」
血が出ているのに気にも留めない少女は大きな獣に怯えるように後方を振り返る。
後方には沢山の兵士達が鬼のような形相で追いかけてくる。
少女の体力は限界を尽きていた。
(どうして…っ!!)
少女は何故、こんなにも多くの兵士に追いかけられているのだろうか、その理由を知らない兵士もいた。
「どうして…俺たちはあの娘を追いかけているんだ?」
そう一人の兵士は立ち止まる。
「確かに、あんな若い娘を…」
隣で追いかけていた兵士はその疑問を聞き、首を傾げる。二人の兵士に前で走っていた大柄の兵士は強い口調で説明し、二人の頭を拳で殴る。
「馬鹿野郎ッ、先王が現王に殺されているのを不運にも目撃しちゃったからだろう!!?」
「「そうだったのか……運のない可哀想な娘だな…」」
そう三人の兵士は頷いた。
少女はこの国の下女だった、下女の彼女は今夜殺害された王の食事を運ぶときに今や現王になった九垓第一皇子が王を殺すのを目撃してしまったのである。
口封じのため、追われているのであった。
この国では平民の命は容易く扱われていた。
それに、彼女は黒髪であった。
黒髪はこの国で悪魔が宿り忌々しいとされていた、髪色を理由に捕まったら容易く殺されてしまうだろう。
(逃げなきゃ…!助かりたい、殺されたくはない。まだ、やることがあるんだから)
その一心で血の伝って痺れた痛々しい足をただ動かしていた。救いはこない、自分の力で助からなければ意味がないとも知っていた。
「!」
少女は息を吞んだ。
青い海が広がる隣国・月華国。
月華は人口が多く、面積も広い。知り合い一人見つけるのも難しいとされていた。
そんな月華国が目の前にあるというのに少女は何を怯んでいるのだろうか?下唇を噛み、息を呑む。
「もう……、……逃げられないなぁ」
先頭で彼女を追いかけていた兵士の声が掛かり、青ざめた顔で振り返った。
「残念だったな、目の前に月華国があるのに…崖とはなぁ?」
兵士の皮肉な笑い声が響き渡る。
ギュッと眼を瞑り、拳に爪の跡が出来るくらい力を入れて、下唇を噛む。
兵士がゆっくりと近づいて嘲笑うその間、少女は小さな頭で必死に考えていた。
深呼吸をして、カッと目を見開くと化粧もされていない唇を三日月形に結ぶ。その微笑は屈しない力強い意思の籠っていた。
生きる選択がない彼女は捕らわれて国の晒し者にされ、殺されるより崖から墜ちて死んだほうがましだと考えたはずだろう。
「!!!?」
兵士達は口をあんぐりと開けた。言葉にならない事を叫ぶ、兵士が手を伸ばす。だが、届かない。
全てが一瞬の事だった―――……。
ふわっ。
長い艶やかな黒髪が舞い、体が宙に浮く。
重力に従って下に墜ちていく。
少女には死ぬか生きるかの選択なんてなかった、袋の鼠の状態だった。少女は長い睫毛のついた真っ赤な宝石のような大きな瞳を力強く伏せる。
風が頬を触れる。少し塩の味がした。多分、月華国に広がる海のモノだろう。
少女はこれの塩の味が最初で最期に味わう味かもしれないとその鼻につんとくるしょっぱい味を噛み締めた。
- Re: 月華のリンウ ( No.3 )
- 日時: 2020/09/06 15:45
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
01.運命
(私………死んじゃったのかな―――天国にちゃんと行けたかな?)
あの崖から落ちた場面から考え、自分は死んだと思う鈴舞は恐る恐る目を開ける。
「!」
目を開けると家の白い天井が見えた。
あの兵士達が脳裏を過ぎり、誰もいないのに咄嗟に身構えてしまう。
(こ、ここは…私、追われてて…崖に飛び込んでそのあと……誰かに助けられた?)
「………じ、じゃあ……私は、っ死んでいない?」
そう理解した瞬間、彼女の目から生暖かい液体が伝う。
(涙………流せたんだなぁ……)
―――あの夜、恐ろしくて声も出せなかった。気が付いたら走ってて、命を追われる身になっていた。
涙を流す事も兵士達に命を奪われかけるという場面で恐ろしくて忘れていたのだった。
(王様は……九垓様に剣で刺されて……それで…私は追われてたんだ)
涙を拭って、垂れてきた鼻水を啜る。誰よりも慈悲深く争いを嫌い、優しい性格で自分に微笑みを向けてくれた王が、唯一、あの城で心の安らぎだったあの王が誇んでいた息子に殺された。
あの情のない笑みを浮かべて王の血が伝った剣を抜いた九垓は城で見ていた彼の本当の姿だった。
瞼の裏に焼き付いた記憶が呼び起こされ、ゾワッと背筋が凍る。手が小刻みに震え、我知らず息を呑んでいたその時。
「あ、起きたんだな」
声を掛けられ、鈴舞は素早く振り返った。
「よお」
銀髪に澄んだ青色の瞳の眼を見張るほどの女性……いや、まだ成人を過ぎてない美少年の隣にいたのは鋭い目つきの成人をとうに過ぎた男性が立っていた。
「ちッ、近づかないで!!!」
鈴舞は二人をキッと睨む。彼女の顔は逃げ場を求める人間に追われ、傷付けられた獣そのものだった。
敵か味方かも判らず、もしかしたら引き渡されて今度こそ命を奪われてしまうかもしれないという恐怖心が心の中が悲しみや怒り、様々な負の感情で埋め尽くされていた不安定な彼女を覆う。
「ったく黒髪のお嬢さん、助けてくれた恩人にその言葉はないんじゃないですかね?」
鋭い目つきの男性が呆れたように息を吐く。“恩人”という言葉よりも気に掛かったのは“黒髪の”だった。
ローブで髪の毛を隠し、城でも王の配慮で帽子で誤魔化し続けていた黒髪。剃髪にするという手も王に相談したこともあるが言われたのだ。
『歳若い女子が黒髪を理由に剃髪にするなんて、まだお前は嫁いでもいない。髪は女子の第二の命と言うらしい、髪は大事にしなさい。お前は立派な女子で同じなのだから』
心救われたあの日を。乱暴につかむこともなく、いつかのお父さんのような顔で優しく撫でてくれた。
剃髪は諦め必死にこれまで黒髪を知られている人間に虐げられながらも隠して生きてきた鈴舞は髪の毛を触り、声を上げた。
「ッッ」
その鈴舞の焦りを見た二人の男はフッと苦笑した。そして鋭い目つきの男性は形の良い口を開く。
「………オレ等は円寿の奴らみたいに差別はしねぇよ」
その一言で男達が増々怪しく思った鈴舞は鋭い眼光を滑らせる。
(?……どうして私が円寿の者だと知っているの?)
「恐い顔しなくてもお嬢さんの味方だよ。お嬢さんが倒れていた付近を円寿の兵士達が見回りに来て、『黒髪の不吉な少女は拾ったか?』って聞き込みしていたからお嬢さんが円寿出身なんだと考えた結果で今の言葉を発言した」
丁寧に説明をした男性二人の顔を見てこれは事実なんだ、と安心した鈴舞は居住まいを崩し、顎に手をやる。
(聞き込み…私が拾われ助かったことを最悪の場合を予測したのね。九垓様は……)
「あの高い国境である崖から木々に墜ちたお嬢さんは運が良いんだな……で、突然だけど本題に入るが崖に落ちていた経緯を話してもらおうか」
二人に睨まれ、鈴舞は俯く。誤解を招かない為にも自分の身元から起きるまでの経緯を話すべきだと鈴舞は思う。
「……私の名は黄 鈴舞。円寿で下女として働いていたけど……王様が皇子である九垓様に殺されているのを見てしまって……その口封じに追われる身になって死ぬ覚悟で崖を飛び降りたのです、だから味方かも判らない貴方達に恐怖心から不躾な態度を取ってしまっていました」
経緯を聞いた二人は「成程な…」と顔を見合わせた。
「円寿の国で即位の話が持ち上がって不審に思っていたがまさか、自分の父親を自分の手でを殺したとはな………」
二人は「全く下道な奴だ」と吐き捨てるように呟く。
(即位……そっか王様は今は亡き妃様しか娶っていないから即位するのは九垓様しかいない……もう、王になるって決まったようなものね……、兵士達も九垓様の事を現王って言ってたし…)
「オレは李 月狼。この御方の護衛だ」
月狼は隣に仏頂面で立っていた美少年を親指で指す。護衛の割には主に対して礼もなっていなかった、だけど今の鈴舞にとってはどうでも良かった。自分を助けて保護してくれた2人の身元が知りたかった。
(この御方…っていうことは両班とかご貴族様だよね……?)
「俺は董 暘谷。家から抜け出してきた通りすがりの両班だ」
一際目立つ銀髪碧眼の美少年は暘谷と名乗り、鈴舞は確信した。
(やっぱり!気品が漂っている………ただものじゃないって判るもん……)
「お前、追われる身で行く場所ないよな?」
暘谷に訊ねられ鈴舞は小さく頷くと虫も殺さないような優美で眼を見張る眩しい笑みなのに、何やら蠢ものを感じたのだった。
ゾワッと凍った背筋が衝動的に伸びた。
*
「黒髪は円寿では忌々しく悪魔が宿っているとされていたんだろう?」
突然、暘谷に話し掛けられ、静かに窓から見える緑を楽しんでいた鈴舞は眉を不機嫌に顰め、目を逸らして「……見ないで下さい」と丁寧な言葉でお願いする。
「………どうしてだ?」
純真無垢な子供のように首を傾げ、教えろとばかりに鈴舞の体を揺する。どんなことをされても丁寧にということを貫き通してきた流石の鈴舞でも怒りが爆発しそうだった。
忌々しく悪魔が宿っていると知っていたらそれでいいじゃないか、と思う鈴舞の気持ちも無視する暘谷に。
(不吉だからよッ!!)
そう怒鳴り散らしたくなったが両班である事もあって身分の低い鈴舞は唇を強くかみしめながら黙ったのだった。
暘谷は眉間にあった皺は深くなり顔色は火照ったような赤みを帯びていた鈴舞の艶やかな長い黒髪を掬い取り、触る。
「―――――こんなにも艶やかで綺麗なのにな、黒って誰の色にも染まらないで自分を貫き通してる感じがして俺は好きだ」
フッと表情を緩め、眼を甘やかにした暘谷に微笑まれ鈴舞は目を見開き、口をぽかんっと気の抜けたように開いてしてしまう。
そんな事を言われたことも生まれて初めてだったのだ。周りからは髪を触るのも見るのも不吉だと気味悪がられていた鈴舞にとって嬉しく跳ね上がってしまった。
円寿の先王にも受け入れられたが好ましく思っていないことは事実だった。いつも哀れむような目を向けてひと思いにいつだって苦しんでいる鈴舞を励まそうと笑顔を向けていてくれたのだろう。
心の優しく慈悲深く誰よりも争いごとの嫌いな先王は「臆病な弱虫」と国民にまで言われていた。
誰からも愛されず水を撒かれ今まで虐げられてきた下女と臆病者、そう言われている、ただ慈悲深い優しい王は互いに寄り添い心を癒していた。
だがお世辞でもこんな嘘一つもない意思のこもっている言葉を言ってくれる人は暘谷だけだった。
「…っ、不吉だって皆、思っています、よ」
嬉しさを隠そうと首を振り否定する鈴舞に「はあ?」と暘谷は怪訝そうに端正な顔を顰めた。
「そんなこと、実際に綺麗だと思っている俺を否定すると同じだっ」
と河豚のように頬を膨らませ怒る。どれほどまでに自分が正しいのだと思う鈴舞だったが口から出たのは憎まれ口でも何でもない、心からの感謝の気持ちだった。
「董 暘谷………、こんなにも不吉だと言われていたのにお世辞でも褒めてくれてありがとうございます」
礼を伝えたら恥ずかしくなり鈴舞は俯いた。手櫛で梳くと長い黒髪を耳に掛ける仕草をする挙動不審な鈴舞を見て暘谷は囁く。
「……俺さ、お世辞じゃなくて本当の事、言ったから」
鈴舞はその言葉に大きな目を見開く。
悪魔が宿りし髪と呼ばれ続けた黒を“好き”だと言ったのはお世辞でもない、本当の事だとこの男は言う。
驚き具合を見て呆れたように暘谷は目を静かに伏せる。ふうっと息を吐くと妖艶な桃色に染まった唇を動かす。
「誇り高い俺が出まかせ何て言うわけないだろ、って俺の事、暘谷って呼べよな―――鈴舞」
芯のある強い言葉と相反する優美な女性を思い浮かべる甘い声。そんなのを聞いてしまったら誰だって赤面するだろう、それが人間に免疫もない鈴舞だったら尚更だった。
鈴舞は頬を真っ赤に染めらせ、瞬きを何回もする。慣れない呼び方に何かが擽られる。
「よ、暘谷……あ、ありがとう」
白い、けれど荒れた赤い両手を絡まらせる。荒れた赤い手はこれまで円寿で仕事を頑張ってきたことが判る、サボりもしないことを証明していた。
「……まあな」
その痛々しく細胞そのものが悲鳴を上げている手を見つめ、ふっ、と笑った暘谷につられて微笑を浮かべたのだった。
- Re: 月華のリンウ ( No.4 )
- 日時: 2020/12/06 14:45
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
02.皇子様
「気分転換に森に行ってくるね」
鈴舞が家を出ようとすると、二階にいた暘谷に凄まじい声で「待てっ!」と呼び止められる。
物音が響き渡るほどのその慌て具合にくすり、と笑って待っていると暘谷が初めて会った時のような仏頂面で言う。
「俺も行く……!」
支度をし終えた仏頂面の彼は息が切れて、滑らかな頬に雫のような汗が伝っていた。
(どうして、慌ててまでついてきてくれたんだろう…?)
*
鈴舞は首を傾げながら、森を歩く。ギュッと肩から下げていた鞄を握り締める。
辺りに生えているのは色とりどりの草花。朝露が葉を伝い、ぽと、と静かに地面に零れる。
小鳥の声が聞こえて木々に差し込む光の中、暘谷は後方を振り返り、立ち止まる。
鈴舞は緑に気を取られていて、ジッと自分を見つめる暘谷に気が付いて向き直ったのは少し遅れていた。
「………お前さ、どうして慌ててまでついてきたんだって思ってんだろ?」
図星を突かれ鈴舞は口をあんぐりと開けてしまう。瞬きも忘れてしまうほど、暘谷の勘の良さに驚いていた。
出会った頃から暘谷は勘が鋭かった。そして、人一倍に警戒心が強くて自己紹介をするのも一番最後だった。
それからというもの殆ど、仏頂面で微笑みを見せることは少なかった。
「ど、どうしてっ判るの!?」
そう問いかけると、暘谷は鈴舞の眉間を手で突き、無邪気で親しみやすい笑みを浮かべる。
このような笑みは貴重だった。暘谷が笑うなんてことはあまりない。
まだ、鈴舞に心を許していないのだろうか、そう思ってしまうのは自然なことだった。
「さっきずっと眉を寄せて難しい顔してるから、お前って本当に出会った時から判り易いよな」
勘が鋭く警戒心が強い、また洞察力に優れていた。
彼に嘘を吐けば、というよりも何もかも見透かされているような気がしてしまっていた。
表情も変えず無口だった円寿での下女同僚は考えていることが判らなく気味悪いと言っていた、だがしかし、暘谷はそんな鈴舞の事を判り易いというのだ。
「でもまぁ、追われている娘を一人にして森に出すなんて両班の俺がやることじゃないだろ?それにさ、円寿の奴らが鈴舞をまだ、探してて連れ去られたらどうするんだって……簡単に言えば……お前の事が心配だったんだよ」
眼を逸らし照れ臭そうにニイッと白い歯を見せて笑った暘谷は名前の通り、太陽が昇り出る谷のようだったのだ。
――――――『お前の事が心配だったんだよ』
鈴舞はその普段見せない輝かしい笑顔に見入ってしまっていた。そして、その言葉が何度も鈴舞の頭に響く。
2人は黙ってしまう。互いに見つめ合っていたのだ。
「……、………ってなんだ、惚れたか?」
短い、けれど鈴舞にとっては長く感じられた沈黙の末、いつものように暘谷は空気を換えるべく、ふざけたことを口にする。そして俯いていた鈴舞の顔をチラッと覗き込んだ。
自分とは違い空気をも読めるのも彼の良い所だと、鈴舞は思う。
「………別に。優しいなって思っただけよ」
そう言うと、鈴舞はスタスタと黙って先を歩いた。耳から鼻先にかけて赤く染まっていたことは彼女は知らないのだろう。
熱を帯びた頬を鈴舞は抓り、下唇を噛む。
(違う、本当は見惚れていた……眩しかった、暘谷が。嬉しかったんだ、心配してるって言われて……)
確信するだけで頭が沸騰して、叫んでしまいそうになった。頭を左右に振り、はあっと息を吐いて、そしてまた空気を吸う。
冷静になれ、と鈴舞は胸を抑える。
「……気のせい……気のせい……!」
自分に言い聞かせると頬をパチン、と音が鳴るくらい強く叩いた。
けれども、鳴りやまない今にも爆発しそうな心臓の鼓動は治まらなかった。
*
「主ッ」
月狼が冷や汗を頬から小麦色の首から伝わせて、こちらに走ってきたのを視界の端に見えた。
その重たい空気に鈴舞と暘谷は身構えてしまう。
「これが家の前に―――っ」
布で中身が覆われた籠を暘谷は青ざめた月狼から受け取った。
「……何だ、父上か母上から?」
難しい顔をして布を取り、籠の中身を見ると暘谷は瞬きだけして石造のように動きを止める。息を止めて、隣にいる凛舞を見つめる。
鈴舞は動きを止めた暘谷の手に持っている籠の中身を盗み見た。
「ッッ!?」
その時、鈴舞は後退りをし、足から腕まで虫が這うように震えだす。両肩を自分で抱き、大きな赤い宝石のような瞳から涙を流す。
そこに入っていたのは手紙と鈴舞の仕事着、だった。
どうして、円寿の城で走りにくいからと脱ぎ捨てた服が入っているのだろうか。そう考えた一瞬で円寿から送られてきたものだと鈴舞は悟った。
脳裏に情の欠片もない残酷で冷淡な九垓と鬼のような形相で鈴舞を崖まで追い詰めてきた兵士達の顔が過ぎる。口を両手で押さえ、眼をギュッと瞑る。
―――――『残念だったなぁ』
崖に追い詰められた際、救いの手を差し伸べるのではなく嘲笑った先頭で立っていた酷い兵士、それを権力に脅されて救いの手も差し伸べてくれなかった臆病な見るだけの傍観者の兵士達。
深呼吸をして少し落ち着いた、いや、そう見せた鈴舞は震える荒れた指先で仕事着と入った綺麗な装飾のされた手紙を指す。
「………よ、暘谷……手紙、読んでもいい……?」
込み上げてきた唾と胃酸を飲み込み、荒々しく拳で涙を拭うと鈴舞は手紙を取ると中を開いた。
(………さっき、まだ探してるかもしれないって暘谷から聞いたけど、ここにいる、ってもう伝わっているの?)
情報収集がいくら何でも早すぎた。下唇を噛みながら一文字一文字、読み進めていく。
『そこに黄 鈴舞がいるともう判っている。今夜、迎えに行くので身支度を済ませとくように』
綺麗に装飾された手紙には“迎えに行く”と書いてあり鈴舞は恐怖のあまり、思わず籠ごと落としてしまう。
“迎えに行く”とまるで城でまた働くことが出来るようになる、と書かれているように見えるが言葉の真意は“殺しに行く”または“『あっち』に送ってやる”などに違いなかった。
あの九垓がそんな優しい言葉を平民、いや差別され虐げられて生きてきた鈴舞に掛けるはずがない。
「ッどうしよう………私、今夜……死ぬかもね」
恐怖を隠そうと無理やり笑顔を作り、呟いた言葉は彼女自身の胸に深く、重く、―――突き刺さった。
その言葉を聞いた暘谷と月狼は更に青ざめ、眼を見開いた。
「2人には逃げてほしい、身元があの九垓様に知られでもしたら円寿の国総出で追いかけられて命が奪われるかもしれない―――………私はあの晩死ぬ運命だった命、恩人の為に使いたいの」
鈴舞は言い、声を漏らす。震えあがり、乾いた笑みを2人に向けた。
そして―――1秒も経たないうちに笑みが、歪む。
強がってこれまで表情を変えなかった人形は、傷付かせられた心は泣き叫んだのだ、大粒の涙を流して積み木が崩れ落ちるように座り込む。
その頼りなく、儚げな背中を暘谷達は慰めてやることも出来なかった。
ただ、見つめ、泣き止むまで傍にいてやることしか彼らには出来なかった。
- Re: 月華のリンウ ( No.5 )
- 日時: 2020/12/06 14:46
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
03.囚われの下女
暘谷は絶対に逃げるもんかと首を縦に振らないで置物のように固まっていたけど、結局、月狼に無理矢理に連れていかれたのだった。
月狼は申し訳なさそうに暘谷の手を引いて、一礼をした。短い間だったが共に時間を過ごした、女に囮になって自分らは逃げるという事実が流石の月狼も胸に来たのだろう。
やんちゃで主にも礼を正さない彼でも、だった。見殺しにするような気持ちな筈だ、そんなような2人を鈴舞は満面の笑みで見送った。
――――――もう、誰もいなくなった。今夜、自分は死ぬ。
自分で逃げろと言ったけどいざ、一人になったら恐くて堪らなかったのだろう。
荒れた指先で頬を吊り上げさせる、けれど、逆らうように肉が落ちる。
平然を装っても、手足が細かに震えているのが判った。大きな真っ赤な宝石の瞳からぽと、と頬を伝い、鈴舞の腹へと零れ落ちる。
コンコン。
ふーっと息を吐いた鈴舞は頬を強く抓って眼を大きく見開く。少し赤く染まった目頭も暗闇で見えない。
その事実に少し安堵する。
――――――泣き顔で人生を終えたくない。
最期くらい暘谷のように、誇り高く生きよう、そう思った鈴舞は暘谷のように背筋を伸ばし、眼を鋭くする。
「ご約束通り、黄 鈴舞を迎いに上がりました」
低音の声が誰もいない家の中に響き渡り、続々と男達が入ってきた。短い期間の中で培ってきた2人との思い出が。
崩されていく。
ただの殺戮の出来事に侵食されていく。
鈴舞はザっと数えて5人………外には6人いると気づく。
大男が鈴舞の姿を発見し、綺麗に着飾った細男が震えていた鈴舞に詰め寄る。
その細男は、脳裏に焼き付いた残酷な笑みを浮かべる九垓だった。
「お前が黄 鈴舞か。噂に聞いてた通り、黒髪で忌々しく不吉だが整った顔をしているなあ……」
鈴舞の赤い瞳を見つめ、鈴舞の逆三角形の綺麗な顎をくいッと上げる。
「お前が助けて下さい、とでも土下座をし、命乞いをすれば妾にでもしてやろうぞ」
(……妃ね、普通の下女であれば王の妾になれることを喜ぶだろうけど私は敬愛なる先王を殺した下道の男の遊び相手になる気はないのよ!!)
鈴舞は睨み付け、顎を上げた九垓の手を荒々しく払う。
「…なッ、何だ!! その眼に不躾な態度は、忌々しく不吉な下女の分際で余に盾突く気か!!?」
その鋭い目つきに、堂々とした態度に恐くなったのか。
または頭に相当、血が上ったのか判らないが、唐辛子のように真っ赤になって鈴舞に対し怒鳴り散らした。
シャキンッと毛穴が一気に開き、震えあがるような音が耳元で聞こえる。
九垓はカッと血が上り冷静な判断が出来なくなっていた。
周りの男等がどよめき、止めに掛かる。
「王様! 此処は月華国内です、このような場所で忌々しい黒を持つ女子でも首を刎ねてはいけません!!」
その男等のリーダー格のような大柄な男が九垓の傍に寄る。
その横でオロオロ、と狼狽えていた男は口を動かし、声を出す。
「そうです! 王様、一度お怒りを御静めになって下さい!!」
九垓は沢山の男等の言葉にふーっと息を吐き、空気を吸う。そして、渋々頷いた九垓は男等に命令を下した。
「その女を縄に掛けろ、円寿の城に連れて帰り、首を民の前で刎ねるぞ」
男等は真っ暗な闇に包まれて何が何だか見えない鈴舞でも判るぐらい激しく頷き、縄を持つ。
そして、鈴舞の華奢な腕を強引に掴むともう一人の男が縄を掛ける。
きつく縛られた鈴舞は首を動かすことしか出来なかった。喋れないように口にまで掛けられてしまう。
「ッ……んん!!」
『離して』、『ひと思いに此処で殺して!!』とせがむ鈴舞を鬱陶しそうに蹴ると男は九垓の後に続く。
一番、恐れていた事をされてしまう。自分を虐げてきた民の前で首を刎ねられる。
嫌だ、というその気持ちが心を覆う。
自分が殺されたら民は笑うだろう。ある時は水を楽しそうに掛け、ある時は叩き、殴り、身体中が痣だらけにされた事もあった。
(こんなことなら早く、あの崖で死んどけば良かった……)
唯一、あの時、護ってくれたのは父親でもなく母親でもない、生き別れた双子の兄だった。
2人だけの生活だった。自分を産んだ母親は亡くなり、いつかの父親は旅に出た。
幼く武術の才能があった双子の兄もいなくなり、自分独りの生活。
近所の人間は妬ましそうに見た。
それが嫌で山奥で暮らしたこともある。でも、そこで1人の人間と出会った。
―――――――先王だった。先王は王宮に入って働くことを薦めてくれた。
幼く、色褪せた記憶が走馬灯のように脳裏を順番に過ぎる。
(嗚呼……)
逢いたい。兄さんに逢いたい、母さんに逢いたい、父さんに逢って話したい。
そんな気持ちが心に生まれる。つい、さっきまでは『死んどけば良かった』って思っていたのに矛盾してる、と乾いた笑みを浮かべた。
人間は複雑で単純だとしみじみに思っていた。
- Re: 月華のリンウ ( No.6 )
- 日時: 2020/12/06 14:48
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
04.追憶
――――――『鈴舞ちゃんて忌々しい悪魔をその黒髪に宿らせているんでしょ?』
物心ついた2年ほど経ったあの日、近所の子供に言われた言葉。
幼い鈴舞は大きな真っ赤な宝石のような瞳を歪ませ、眉を顰める。
子供の一人が言った。
『じゃあ、退治しなくちゃ!』
その言葉にもう一人の子供が言った。
『そうだね!』
鈴舞はその会話を聞いて、小さな足を後ろへ回す。恐い、初めて生まれた恐怖心が幼い心を覆う。
『あッ逃げられちゃうよ!! 捕まえないと』
鈴舞は背を返し、下唇を噛みながら足をひたすら動かす。
あの兵士達に追われた晩のようにはいかない。何せ、鈴舞は物心がついたばかりの幼い少女だった。
走る体力もない。
それよりかは同い年の少年らの方が体力があるに決ってる。
『つーかまえた!』
その中の子供が鈴舞のか細い腕を掴んで、逃げられないように大人数の子供が囲む。
リーダー格の子供が鈴舞の頬を地面に叩きつけ、真っ白だった頬を踏む。
赤土に涙が染みる。
皆、笑っていた。
楽しそうに、踏みつけ、代わる代わる鈴舞を痛めつける。
腹を蹴り、傷付け、殴り、黒髪への“差別”。
純粋なる子供はこの黒髪への“差別”行為を“正義”だと言う。忌々しい鈴舞に宿った悪魔を退治する為。
鈴舞を助ける為と。
そんな気持ちはない、退治する為だと思っていることは間違いない。鈴舞を助けるとは毛頭思っていないだろう。
彼らは新しい玩具を見つけただけに過ぎない。
やがて血が集まり、頬は唐辛子のように赤く腫れあがっていっていた。
(痛い、痛い、痛い痛い痛いよ、……誰か、助けて……!!)
叩き付けられた鈴舞は震えた手を宙へ上げる。周りの傍観者である大人や内向的な子供へ、助けを求める。
直後、子供の怒りの籠った声が鳴り響く。
「――――止めろぉおおおおッッ!!!!」
眼を見張るような林檎のような赤毛が視界に入る。
必死の形相。誰も助けに来なかった、なのに、助けに来てくれたこの人物は。
小さな身体で大人数の子供らを足蹴りし、倒し、鈴舞に手を差し伸べる。
「………に、ぃ……兄……さ……ん」
自分と対になる人間、それは風龍だけだった。
髪は自分と違い、眼を見張るような鮮やかな赤。
瞳は黒真珠。
反対のところに色を持つ双子の兄。
「鈴舞、大丈夫か。痛かったろ、ごめん……すぐ気付いて助けてやれなくて」
痛々しい踏みつけられて腫れた鈴舞の頬を優しく風龍は撫でる。
悲しそうに眉を下げた兄を見つめ、鈴舞は微笑む。
風龍は鈴舞から目線を離し、倒れ込んだ子供達、傍観者な大人達に目を向ける。
キッと吸い込まれるような黒色の瞳を鋭くし、吐き捨てるように言う。
「恥ずかしくねぇのかよ、たった1人の子供を救えなくて、見て見ぬ振りして。悪魔何て宿ってるわけねぇって解ってるくせに」
大人や子供、多くの人間が風龍の言葉にどよめく。
そうだ。
解っていたのだ。大人達は解っていた、悪魔など宿ってるわけないと。
指摘され、羞恥心に覆われた大人達は頬を真っ赤に染める。
「行くぞ。早く手当てをしよう、口内が傷付けられて血が唇に滲んでる」
そう言って、鈴舞の痣だらけの手を掴み、引く。
頼りがいのある兄の背中を鈴舞は見つめ、頷く。そして、自分を痛めつけた子供から見て見ぬ振りをした大人に視線を滑らせる。
人間の汚いところが幼いながらも見てしまったのだ。
*
「鈴舞っ、どうしたの? その傷、風龍も」
布団から起き上がり、鈴舞と風龍に走り寄る。
身体の弱い母親。
心臓に負担が掛かり、あまり状態は良くなかった。
顔も憶えていない父親は鈴舞達が産まれた時、里を去って旅に出た。
「ちょっと、遊んできちゃったら転んじゃったの。心配しないで母さん」
鈴舞は血の滲んだ唇を三日月形に結ぶ。
風龍は妹の痛々しい嘘に頷く。
母親は解っていた。そんなわけない、虐められたのだと。
「鈴舞………、……風龍……ごめんね……っ」
こんな姿に産んでしまい、ごめんねという意味がある謝罪。
儚げな身体で1度で2人の子供を産んだその日から体調が悪くなったと聞いたこともある。
か細いその手で引き寄せ、力のある限りに鈴舞達を抱き締める。
「ごめんね……母さんが」
鈴舞は母親の背中に手を回し、肩に顔をうずめる。
声を押し殺しながら涙を流す。
風龍は小さく微笑んでから、「そんなことない」と慰める。
そして。
鈴舞が、泣き止むまで3人は抱きしめ合った。
幼い、そして短かった生活も苦しいけど1番、幸せだった幼少期。
それから母親は体調が悪化し、食事も摂れない身体になってしまい、鈴舞が6歳になる前に亡くなった。
息を吐く間もなく、兄は帰ってきた父親の手を握り、鈴舞に「必ず戻ってくる、強くなってくる」と言い残し去っていた。
役人に家を壊され独りになった鈴舞は山に入り、山暮らしを始めた。
*
「……兄さん」
円寿の城に捕らわれた鈴舞は牢に入らされた。
鎖を繋がれ、食事も真面に与えられない。
そんな生活。
初めて見た父親の顔。自分と同じ黒髪を剃髪にしていた。
同じように育ったのだと、あの顔で判った。私を見る眼が苦しそうで、愁いに帯びた顔で、涙を浮かべた父親。
今、兄と父がどこにいるのかも知り得ない鈴舞は小さく呟く。