コメディ・ライト小説(新)
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- 月華のリンウ
- 日時: 2020/12/29 17:39
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
2020.4.21
クイックアクセスありがとうございます!
毎度のことでお馴染みの方も初めましての方もこんにちは。
雪林檎と申します。
完結まで頑張りたいと思いますので応援、よろしくお願いします。
*小説情報*
執筆開始 2020.4.21
小説のテーマ
一応、壮大な東洋風ファンタジーラブを書いていきたいと思っています。
雪林檎初の長編小説です。
*追加された事
再スタート!!
00と01が書き直されました! -2020.8.10
02,03,04が書き直されました!-2020.8.15
05が書き足されました!-2020.8.23
登場人物一覧が書き足されました!-2020.8.28
*お願い
荒らしコメなどは一切受け付けません。
見つけた場合、管理人掲示板にて報告します。
投稿不定期
登場人物紹介&国名 >>1
*本編
一気読み >>0-
第一章
00「追われる身」>>2 01「運命」>>3 02「皇子様」>>4 03「囚われの下女」>>5 04「追憶」>>6
05「一輪の花」>>7 06「道中」>>8 07「微笑」>>9 08「蓮の母君」>>10 09「芽吹き」>>11
10「旅立ちの約束は」>>12 11「2人は」>>13 12「予感」>>14 13「叶えたい願い」>>15
14「提案」>>16 15「心配」>>17 16「本心」>>18 17「看病」>>19 18「それは」>>20
- Re: 月華のリンウ ( No.7 )
- 日時: 2020/12/06 14:49
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
05.一輪の花
「黄 鈴舞、呼び出しだ」
まるで囚人のように扱われ、私は溜息を吐く。
手錠を見つめ、私は立つ。真っ赤にガサガサな指先だけでなく手首も青紫に腫れている。
今まで耐え続けていた身体が悲鳴を上げ、苦しんでる。鈴舞は兵士達に伝えることもなく痛みに耐え平然としていた。
牢屋の鍵が開き、兵士がぐいっと乱暴に押してくる。
「もっと早く歩け、王がお待ちなのだぞ!!」
下唇を噛みながらも頷き、足を交互に動かす。いつまでこんな生活が続くのだろう、私は今日死ぬのか、そう言う事をただひたすらに考える。
* * *
――――――「王様、お連れ致しました」
豚小屋のような牢から一変して煌びやかな廊下。
鈴舞の働いていた先王の時代と一変した修繕された城に眼を見開く。そして、俯く。
苦しい思い出の中、彼と過ごした記憶は壊されていく。孤独心が音も立てずじわじわ、と侵食していくように覆っていく。
――――――「……来たか! よし、下がれ」
九垓はコツ、と足音を立て、恭しく歩み寄ってくる。気取った素振りに清々しいほどの笑みを浮かべながら。
バタン、と扉が閉まる音がする。鈴舞は表情も浮かべず、目線を滑らすだけ。
かつて、心の拠り所だった王の間。それが硝子も張り替えられ、塵一つない部屋に変わっていた。九垓は鈴舞に手招きをする。
「もっとこっちへ来い。単刀直入に言おう、余がお前に求婚し、先王を殺し逃げられたのだと市街や王宮で根も葉もない噂で笑い者にされているのだ。全く……お前があちこちと逃げるからおかげで余の評判は地に堕ちかねているではないか」
わざとらしく溜息を吐き、肘をついて片手を振る。その話に鈴舞は苦虫を嚙み潰したような顔になり、目つきを鋭くさせる。
「お前は罪人だ。戻って来い、と言う王である余の命に背いたからな。その事を許す代わりに、お前から余の愛妾になりたいと申し出てもらう」
耳を疑った。何を言うかと思えばそんな馬鹿げた事を言い出した。名誉挽回、誤解など自分で解けばいいだろう、と睨み付ける鈴舞は思う。増して、自分の敬愛なる先王を私利私欲のために殺したこの男の愛妾になど何があってもならないに決まってる。
キッと自分を見据える鈴舞を見つめ、口元を歪ませる。そのふざけて人を小馬鹿にしたような仕草が鈴舞の癪に障る。
鈴舞の眉間の皺が更に深くなる。それと同時に燃え尽きらない激しい怒りも覚えていた。
「嗚呼、偶然と言えば……嫌とは言えない材料が出来たのだ」
――――――嫌とは言えない材料?
怒りを覚えながらも鈴舞は首を傾げ、少しの沈黙の後、眼を見張る。有る可能性に行きついたのだった。
「お前の所に向かう途中、男2人とすれ違ってな……親しい友人が逢いたがっていたぞ」
その言葉に鈴舞はふらつく。逃がすのが遅かった、と鈴舞は涙を溢す。
狼狽える姿を見て満足気に頷いた九垓は金銀や宝石の付いた豪華な玉座から立つ。
「不吉で忌々しい黒髪、それに反する眼が冴えるような鮮やかで何もかも映す真っ赤な宝石、……いや太陽のようなその瞳を持った異端の下女娘――――これほど余を楽しませてくれる女を殺すわけにもいかないしな」
くす、と見下し意地の悪い笑みを浮かべながら鈴舞の髪を掬い軽く口付ける。そして、頬を触る。
鈴舞は何も抵抗が出来なかった。暘谷に何かあればと思ったら身体が動かなかった。
込みあがってきた恐怖心、生唾を飲み込む。九垓は怯える鈴舞の白肌に伝った涙を拭う。
「いつまで抵抗が出来るのか楽しみだな……」
―――――“こんなにも艶やかで綺麗なのにな、黒って誰の色にも染まらないで自分を貫き通してる感じがして俺は好きだ”
眼を甘やかにして目線を同じにして話してくれた暘谷。心から「好きだ」なんて言ってくれた可笑しなご貴族様。
誰かの優しさ、情に触れ包まれ、覚えた初めての感情。嬉しい、楽しい、此処に居たいと思ったあの日。
“……俺さ、お世辞じゃなくて本当の事、言ったから”
河豚のように頬を膨らませる癖のある人。その名の通りの太陽のような眼を瞑ってしまう眩しい微笑みが、彼女の頭に鮮明に蘇ってくる。
忘れられない優しい心が、胸が痛み、苦しみ、細胞までも泣き叫ぶ程、欲しがる。触れたがる、話したがる。
走馬灯のように流れてくる。あの日までの黒髪を隠さず過ごしてきた暘谷達との生活。
あんな優しい言葉を掛けてくれた彼を――――――。
眼をカッと開き、ニコッと微笑む。そして、頬から首へと滑らしていた九垓の手を思いきり手錠をされた両手で払う。
驚きふためいた九垓はこんな身分の低い女に拒絶されるなんてとばかりに激しい怒りを露わにする。
「あら、失礼をお詫びします、王様。どうぞお好きに、お連れ下さい」
一礼をし、揺れ動かない信念を示す。彼を救う為なら、と鈴舞は自分の先王への敬愛の意を折った。
それ以上に心が救われた、彼への恩を返したかったのだ。
外から何やらどかどか争う音がした。外で見張っていた兵士等の悲鳴と剣が交じり合う激しい交戦の音がする。
――――――「その言葉、却下ぁあああッッ!!!!」
扉を荒々しく、蹴り開けたのは____________________暘谷だった_______。
「っ。それ以上、その女子の耳が腐るような戯言を発しないで貰おうか」
息を切らし、額から頬に汗を伝わせた暘谷は透き通る青空のような瞳を九垓に向け、妖艶な薄紅に染まった唇を三日月型に結ぶ。
何度も思い浮かべ願ったその顔が懐かしく鈴舞はふっ、とこんな状況下でも微笑を浮かべてしまう。そして、小さく名を呼ぶ。
「よ、暘谷……ッ」
暘谷は鈴舞を見つめる。九垓は声を荒上げ、暘谷に詰め寄る。
「お前はッ牢に居れたはずだが、なんで此処に!!! 外の見張りは何をしているのだ……ッッ!!」
その言葉にまた、一つの声が広く煌びやかな王室に響く。
「大丈夫だよ、見張りは仕事をして、オレ等にキチンッと殴られて気絶してくれたから」
ふざけた声に鈴舞はホッと安堵する。2人は無事だったのだと。
「よう、鈴舞」
危機感もない月狼は欠伸をしながらも鈴舞に歩み寄り、兵士から奪い取ったと思われる鍵を使って手錠を外す。
「……ったく。あの日はよくもやってくれたな、糞野郎」
口の悪さに鈴舞は目を丸くした。糞、だなんていくら事実の事でも一国の王に使っていい言葉なのかと鈴舞は息を呑む。
「く、そ、糞野郎だと??口のきき方に気を付けろ、お前と余じゃ身分が違うのだぞ!!」
バッと片手を広げ、見下した態度に暘谷は気に障る仕草もなくフッと笑う。
――――――――――「これはこれは失礼致しました、円寿国王様。少々聞くのは面倒と思うのだが名を名乗らせてもらいます、私は月華国第2皇子・董 暘谷と申す。以後お見知りおきを」
両手を重ね、品のある礼をした暘谷は顔つきが変わっていた。明らかな威圧感が身から漏れるほど溢れ出している。
「だ、第2……皇子……?!」
九垓と鈴舞が同時に訊き返す。鈴舞は痛みを気にしないで暘谷に走り寄る。
「しょっ、正気なの?暘谷!」
暘谷は微笑み、「嘘を吐くわけがない」とばかりに艶めいた目つきになる。
鈴舞は一国の皇子様。いや、あの月華の皇子を名前で呼んでいた事を気付き、ただでさえ青白い顔の血の気が引いていく。
「まさか、此処まで隣国の即位したての王にされるなんてな。手下の大柄の男達に群がれ捕らわれて、牢屋に乱暴に入れられて……な、月狼」
九垓は腰が抜けたようで崩れしゃがみ込む。
「本当な、皇帝が知ったらどうなることやら……な。円寿国は無事ではいられないかもな、あーあ心配だ」
わざとらしく憂いに帯びた表情になる。鈴舞は九垓を思わず凝視する。
憎しみがあるが、流石に不味いじゃないかと心配してしまう。
月華国のほうが富が多く円寿国の食べ物や衣類は全て月華国からの輸入品だ。
もし月華国を敵に回したら円寿国はそもそも生活ができなくなってしまうのだ。
と、言う事で九垓は必死に暘谷の足に縋った。
「た、助けてくれぇええ!! この女子とはもう、一切関わらない!! 付きまとったり殺したりもしないから、許してくれ!!!!」
涙目で叫ぶ九垓を暘谷は無表情に、ただ見つめるだけ。手を下しはしなかった。
「――………で、どうします主」
面白そうな表情で月狼は無表情の暘谷に九垓を見つめながら訊く。
「……お前が決めろよ、鈴舞」
月狼に訊かれ、暘谷は鈴舞に視線を滑らし、微笑む。
鈴舞は「えっ!!?」と声を上げてしまう。
流石の月狼もこのような主人の決定に狼狽え、声を上げず主人をただ凝視し、驚く。
「罵るなら今だ、早く吐き出せ」
その様子に暘谷はどうぞ、と言わんばかりに好奇心の色に染まった眼差しを向けた。
「追いかけられて、殺されそうになってたのはお前だ。もし、俺達が来なかったらお前は死んでたんだぞ、しっかりと………」
念を押されるも気にしない鈴舞はゆっくりと近づき、九垓に微笑む。
鈴舞は真っすぐ九垓を見つめる。
「………仮にも祖国の王です。私は殺され掛けたけれど、貴方に期待を寄せてついていこうという兵士や民達がいます。これからは真っすぐに生きて、人の命を大切にして下さい」
九垓の瞳から純粋な涙がポロポロと溢れた。その様子を見て、今まで眉間に皺を寄せ負の感情を丸出しにしていた鈴舞は初めて微笑んだのだった。
「それが、円寿の下女だった私の願いです」
九垓の頬に伝っていた涙を拭うと鈴舞は暘谷に一礼する。
「………いいのか!? 殺されかけたっていうのにあんなに優しくしてやって…!!」
怒鳴られても鈴舞は満足げに目を瞑り大きく頷いた。暘谷は眼を見開き押し黙ってしまう。
「私は別にいいよ、そんな一国民だった私の私情よりも優先するのは、国民である九垓王に希望を灯している人達だと思うから」
そう言うと、暘谷は苦笑する。優しすぎて、逆に呆れたのだろうと鈴舞は考える。
「全くお前には敵わないな、俺だったら斬り殺せぐらい言うのに。お前の事を罵ってきた奴等の事を考えるなんてよ、優しすぎる」
月狼も呆れたように溜め息を吐いた。
*
―――――――「力を貸してくれてありがとう……そして、ごめんなさい」
俯き、この場所で過ごしてきた思い出を振り返りながら話す。
「貴方は、私の黒を好きって言ってくれた。けどッ、私は……結局、貴方の足枷になって不幸としかならなかった」
彼が此処に囚われたのも自分のせい、だと鈴舞は思う。涙が零れないように我慢する。
暘谷は眼を見開き、気まずそうに頭に手をやる。
「……鈴舞。もしかして、主が此処に囚われたのは自分のせいだと思ってるか?」
そう訊かれ、素直にこくんっと頷く。そして、月狼は頭を軽く搔く。
「なら、間違いだ。主が囚われたのは主の行動が遅かった、だけどそれで鈴舞を助けて満足し出られてる。それに、オレの実力不足だ」
手を組み、肉のない瞼を伏せる月狼は平然と言う。そんな事を言ったら護衛である自分がどうなるのか解らないのに言ってくれた月狼の見え隠れした小さな優しい心に鈴舞は目を見開く。
暘谷は椅子から立ち、跪いて俯く鈴舞を見つめる。
――――――――「……俺は今、こうしてお前といる事、幸せだ、そして運命だと思ってる。お前は素直で一緒にいて楽しいからな」
鈴舞は顔を上げる。今まで我慢していた涙が零れる。
「……ぇ?」
暘谷は優しく目を伏せ、手を組みながら妖艶な形の良い唇を動かす。
「お前が自分で死の覚悟を決めて飛び墜ちたその先に俺達がいて、関わりを持った。これからの俺等との繋がり、引き起こしたお前が決めるべきだ」
暘谷は少し焼けた小麦色の手を差し伸べる。そして、甘い微笑を浮かべながら恭しく口を開く。
「俺が世界を見せてやる、一緒に来いよ。で――――お前の返事は?」
その真剣な眼差しに鈴舞は異を唱えることは出来なかったのであろう。差し伸べられた手を見つめ、涙を荒々しく拳で拭った鈴舞は微笑む。
手を掴んだ鈴舞は立ち_____________礼を尽くすように両手を重ね、額に当てる。
「これからも、宜しくお願いします! 暘谷様」
暘谷は鈴舞の言葉に頷き、一言添える。
「堅苦しいのはどうも性に合わないんだ、敬語はやめてくれ。他の者がいない時は普通に話そう、な」
へらっと力の抜けたような笑みを魅せられ鈴舞は驚くも押し黙る。
「そんな、……困りますよ……っ」
しゅん、と項垂れ負け犬のような表情をする鈴舞を見て暘谷と月狼は顔を見合って大笑う。
「鈴舞、主の命令は絶対だぞ」
月狼は笑いながらも鈴舞の片肩を叩いた。鈴舞は恨めしそうに月狼を睨む。
「おっと、触れぬ神に祟りなしだ」
わざとらしいその素振りに鈴舞はふんっと顔を背け黒髪を払う。そして、くすりと笑ってから黒髪を二つに結う。
――――――――「ようこそ、月華国へ」
正式に迎えられたようで鈴舞は目元を緩める。月狼のふざけ癖も鈴舞は愛おしく感じていた。
(本当に可笑しい。最初は嫌でしかなかったのに、いつの間にか愛着が湧いていたなんて)
でも。そんな今の自分が鈴舞は心地が良かった。
初めて、自分を好きでいられた。この2人がいるだけで、何もかも愛おしく感じられたのだった。
そう願わくば、彼等と進む道のりが楽しく、煌めきのあるものになるように_________。
- Re: 月華のリンウ ( No.8 )
- 日時: 2020/12/06 14:53
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
06.道中
「わぁあっ」
波打つ海に太陽の光が差し照らす。
その潮風に頬を撫でられ、目を輝かせる鈴舞は木の手摺に手を乗せ、身を乗り出す。
後方に立つ2人に鈴舞は振り返り、眩しい笑顔を浮かべる。
「凄いね、暘谷の国は」
暘谷は驚いたようで眼を丸くしてから、ふっと目元を柔らかくした。
「まあな」
そう微笑んだ暘谷はどんな花も綻ぶ顔をしていた。
大きな船が並ぶに並ぶ王都の入り口。貿易の品が沢山置かれた船着き場に鈴舞一行は足を踏み下ろす。
暘谷と月狼は鈴舞が左右にキョロキョロ首を振っている姿を優しい眼で見つめた。
「はーっお嬢ちゃん、珍しい髪色してんなぁ!!」
声を掛けられ、私はビクッと身体を強張らせながら振り返る。
「その黒は他人にはねぇから、お嬢ちゃんの色だな!」
黒なのに怖くないのか、戸惑いを隠せない鈴舞の顔を見て何か察したように男は笑顔で言う。
「円寿国の言い伝え何てオラァ信じねぇよ!自分の見たものを信じて思ったままに動くだけだよ、とにかくお嬢ちゃんの髪は綺麗だよ」
初めて会った人間に言われた鈴舞は眼を大きく見開き、涙を浮かべてしまう。
「あ、ありがとうござい、ますっ」
男は手を大きく振って、また来いよ~っと笑顔で首都・星銀に入っていく鈴舞達を見送った。
「……初めて、言われた」
そう呟き、ギュッと布の端を握り締め、フードを深く、被った。
「綺麗だって、俺の眼はやっぱり、間違ってなかったな」
フードに隠された鈴舞の顔を覗き込むように近寄り、微笑む。
「ち、近いわよ……」
スッと離れ、眉を顰め、鼻にかかったような声を出す。
「何、恥ずかしがってんだよ。鈴舞」
にやけた面の月狼に指摘され、鈴舞は顔を更に顰める。
煩い、と素っ気なく返し顔を背ける。
偶然、視界の端に入った綺麗な玉石と押し花の髪飾りを見て、鈴舞は表情を一転させる。
「……うわあ…!」
その鈴舞の燥いだ子供が宝物を集めるかのように見ている様子に暘谷は表情を緩め歩み寄る。
「これ、下さい」
暘谷は熱心に鈴舞が見ていた髪飾りを指し金を出す。
目を丸くして暘谷を凝視し続ける鈴舞に向き直り、優しく髪を梳いてから髪飾りをつける。
「………うん、よく似合ってる」
買わせてしまった事に申し訳なさそうな鈴舞に暘谷は甘い微笑を浮かべた。
「気にするなよ、女子に物を買ってやるのは男の本望だ」
隣に居た月狼は何度もその言葉に頷いていた。
* * *
「私、あの露店で御饅頭を買ってくるね」
鈴舞は座っているように暘谷達に伝え、人混みへと入っていく。
「すみません、御饅頭を3つ下さい」
明るい声と共に顔を出した店主に鈴舞は控えめに会釈する。
鈴舞は深くフードをしていたこともあり、この辺りを渡り来た旅人だと思われることがある。
「月華国を満喫していってね!」
そう言われ、鈴舞は否定も肯定も出来ず、曖昧に口角を少し上げ、微笑んだ。
その時。
店と店の路地から手が伸びてくる。
「―――――お嬢さん、お買い物は済んだ?あんたのその黒髪………いいね」
え、と一声漏らす暇もなく口を塞がれ、鈴舞は呻く。
すると、煩そうに顔をしかめてから鈴舞の首の後ろを強く叩いた。
衝撃に鈴舞は耐え切れなくなり、倒れてしまう。
* * *
「ぅ」
ズキリ、と軋むように痛みが身体を走る。
起きようとしても、両手は縄で拘束されていた。
「……あ?」
見慣れない場所に、瞬きを何回もする鈴舞は記憶を遡り、自分の置かれている状況を把握する。
(そっか……私、昼間誰かに捕まって……暘谷、心配してるよね……)
自分の事よりも心に流れてきたのは2人の事だった。
周りを見渡しても、円寿から持ってきた最低限の生活用品の入った荷物はなかった。
「荷物がない……!」
すると、鉄格子の向こう側に男が立っていた。
眠っているようだった。
ホッと安堵したその瞬間、彼の虎のような鋭く大きい眼がパチッと開く。
「……起きたのか、声くらい掛けろよ」
鉄格子が開き、向こう側が見える。
両手を動かしても、縄は解けないに決まっている。けれど、意味のない事を鈴舞はしていた。
「俺は柳 星刻。ついさっきの事だし、憶えてるよね?」
眉を寄せ、鈴舞はその言葉に応答する。
2人の元へ一刻にも帰りたい、心配をさせたくはないという気持ちが鈴舞の心を占めていた。
「憶えてるわ。それよりも、こんな真似をして見ず知らずの私に用でもあるの?」
舐めまわすように星刻は鈴舞の足元から旋毛まで見ながら口を動かす。
「あんたさ、一国の王でさえ手に入れられなかった品が近くに来たらどう思う?」
は?と顔を真顔にする鈴舞に苦笑しながら、星刻は続ける。
「何処に献上してもって言っても、俺は自分の主サマに献上するけどな。例えば虐げられ皆に邪見にされてきて心の傷を深く負った年頃の黒髪の、……娘とかさ喜びそうじゃん」
鈴舞は思わず、恐怖で後退りをする。
「逃げるなよ。俺からは逃げられねぇよ、俺の任務はこの月華で起きたことを主サマに伝えるって言う奴だから」
「その、主サマに献上されるの……お断りよ!!」
そう言って、唯一動かせる頭を勢い良く上下に振り、星刻の額に殴り付ける。
ゴォン!!
頭蓋骨と頭蓋骨がぶつかり合った鉛のように重たい音が響き渡る。
「い、……いっっったぁ!!!!」
相手が呻き足掻いているうちに、足を動かし、何とか抜け出そうと外の風の音がする前へ鈴舞は迷う事のなく進む。
歩いても歩いても、景色は変わらなかった。
鈴舞の体力が限界に尽きそうになった時、______門のように大きく頑丈そうな扉が見えた。
「あ、あった……ッ」
周りを見渡しても窓は格子で塞がれ通られそうにもない。
一方の扉は、というと固く、頑丈に南京錠と鎖で閉められていた。
(逃げ場がない……!暘谷、月狼!!)
助けて、そう呟こうとした。
でも、自ら口を閉ざした。弱音など吐いている場合じゃない、そんな事より自分で動こうと鈴舞は心に決める。
「ッ」
コツ、と静かに近寄る足音が耳に届いた。鈴舞は身体を強張らせ、振り向く。
額を真っ赤に腫れさせた星刻が立っていた。
「痛いんだけど。よくもやってくれたわ」
そう言いながら壁に鈴舞を追い詰めていく。
両手を動かしても、縄が解ける様子はない。下唇を噛み、星刻を睨む。
「恐いったらありゃしねぇわな、女子にこんな事されるの俺は初めてだよ」
ふっと含みのある笑みをしながら逃げ場を失くした小動物のような鈴舞を二度と逃がすものかと言うようにドンっと壁に手を伸ばす。
「何でこんなに早く来れたの? 結構、走ったと思うんだけどな……私」
鈴舞は、冷や汗を額から頬に伝わせる。
その言葉に星刻は素直に応答し、何個もの鍵が連なった輪を鈴舞の顔に近づけ見せる。
「此処は俺の城も同然だ。この国に来てから俺は此処でもう2年ぐらい、過ごしてるからな……近道の通路も自分で作った程で鍵もこの通りある、お前を追い込むのは簡単だよ」
星刻は詳しく説明する。
鈴舞は星刻よりも鍵を見つめ、はあっと息を吐いたその時、手を伸ばし鍵を奪い取る。
「っおい、まて!! 此処では逃げられないと言ったろ、無駄だよ!!」
星刻が子供に言い聞かせるように言いながら追いかけてくる。
鈴舞は聞く耳も持たず、足を上下に動かす。
「……おっと、そっちは行き止まりだよ?お嬢さん」
その言葉の通り、鈴舞が向かった先は石壁だった。他に何もない、行き止まり。
「っ」
後退りし、下唇を噛む。後ろには迫ってくる星刻がいた。
鈴舞は身体を強張らせ、不器用な笑顔を浮かべた。口元は歪み、恐怖の色で揺らめいていた。
「何が目的なの?」
そう訊く。解っているだ事としても、鈴舞は訊いた。
「だから、言ってんだろ。俺の主サマにお前を献上するんだ、それにお前だっていいんじゃねぇの?御貴族に貰われた方がこんな目に二度と遭わないし贅沢して暮らせるんだぞ」
星刻は鈴舞の逆三角形の顎をくいっと優しく上げる。鈴舞は、スッと見据える。
甘く、なのに冷たい氷砂糖のような鈴舞の声が響き渡る。
「私は、そんなの、望んでない」
鈴舞は強く強く、言う。彼女の今の姿は不利な状況を逆手にとって相手に襲い掛かる獣のようだった。
「私は、したい事があるの。それは御貴族の妾になって贅沢に暮らす事じゃない」
笑みを浮かべていた星刻は段々と眼の光を失っていく。親しみやすい爽やかな笑みが、消えていく。
「生意気な、……黒髪の癖に。主に献上されたくはないと言うか、……乱暴はしたくはなかったんだがやむを得ない。侮辱何てされる御方じゃないんだな」
鈴舞の長く艶のある質の良い黒髪を乱暴に掴む。
「痛い、止めて」
「止めてと言われて止める男が何処にいると思う?」
フッと悪人のような歪みに歪んだ笑みを浮かべる。
(助からない。このまま、献上……されちゃうのかな?)
そうなったら、仕方がないと諦め、目を伏せたその時____________星刻の掠れた呻き声が聞こえる。
瞼を上げると、そこには華麗に星刻の腹部に拳を当て顔に足蹴りを入れる乱れ舞う煌めきいっぱいの銀髪が視界に入る。
「よう、こく」
星刻は多大なる攻撃に耐えられなく、力が抜け、まるで積み木が崩れるかのようにズサッと大きな音を立てて倒れる。
とん、と軽い音が響き暘谷が目の前に来る。
現れてくれた、必ず危機が迫っている時に来てくれる――――――――本当に皇子そのものの董 暘谷という男。
「よ、鈴舞。山の中、どうしたんだ?」
鈴舞は、目を見開く。大きな澄んだ青色の眼が鏡のように自分を映す。
口元を少し上げて甘い、綿菓子のような柔らかい笑みを浮かべた。
「怪我は?」
見惚れてしまっていた鈴舞はハッと気が付き、パタパタと両手を振る。
「何ともないよっ。ほら、だ、大丈夫だから!」
その様子を見て、安心したようにふーっと息を吐く。暘谷の目を伏せた横顔も綺麗だった。
幾度も見惚れてしまう鈴舞は目線を逸らす。見すぎて怪しく思われない為に、落ちてきた黒髪を耳に掛ける。
「う、……ご、護衛がいたのかよ……主に献上したら護衛として俺が護ってやってもいいって」
残念、と薄ら笑みを浮かべた。暘谷らは呆れてしまう。手に負えない奴だと。
「……糞、痛ぇな。折角、主に喜んでもらえる品、見つけたと思ったんだけど。“したいことは献上されることじゃない”か。黒髪の癖に自分のしたいことをしたいって生意気だろ……」
すると、暘谷は眉を顰める。苛々した様子を見せる。
_____「黙れ、この娘のしたいことをお前ごときがどうか言える立場じゃないだろ」
剣を抜き、星刻の首に向ける。
「鈴舞は、髪の毛1本だって道具にされる為に生きていない」
鈴舞は、真剣に星刻を見つめる暘谷の横顔を見つめる。
とくん、と何かが揺れ動き、胸が掴まれるような痛みが生じる。
「……、へぇ名前は鈴舞っていうのか」
「その口で名前を呼ぶな!!!」
顔を露骨に顰め、暘谷は怒鳴る。面倒臭そうに手を振り、顔を背ける。
「……鈴舞、この男……他に仲間は?」
答えようと口を動かしたその時、遮るように星刻は言う。
「1人だよ。主に信用されてこの地にいるんだ、他の奴を雇うなんて俺がしねぇよ」
必ずこの男は、「主」と言う。主がどれだけ大切なのかを示しているような気がした。
「……1人なら連れて山を下れるな。城まで護送して俺が言わなくてもいいか、ふもとの役人に届ければそれで」
“城”“俺が言う”その言葉に星刻は目を見開き、驚きを隠せないようだった。
「あんた、コイツのただの護衛だと思ったけど何者な訳?」
暘谷は振り向き、天女のような甘い微笑を浮かべる。
「名は董 暘谷、鈴舞の友人だ」
* * *
「主って人の事、星刻は何も言わないね」
役人に星刻を届け、山のふもとで夕陽を眺めて2人は話す。
けれども、何を話しても暘谷は素っ気ない、会ったばかりを思い出す態度をとる。
鈴舞は気まずそうに額から冷や汗を流し、目線を逸らす。そして、下唇を少し噛む。
「暘谷、もしかして……怒ってるの?」
肘をついた暘谷はふんっと声を漏らす。何だか拗ねている子供みたいで笑ってしまいそうになる。
「お前が、俺をあそこで……待たせたから厄介なことになったんだぞ」
ぶすっと膨れた暘谷の頬は赤く染まっていた。
「……、……ごめん。私が悪かった、暘谷の手を煩わせた」
渋面で一礼した鈴舞の頭を暘谷は掴み、ぐいっと上げると、くしゃっと音を立てて撫でた。
「俺が、怒ってるのは……その事じゃない。鈴舞が、危険な目に遭ったって事だ」
俺が傍にいれば、と悔しそうに拳を握り締めた。
(いつだって、この人は……負い目を感じてる)
「――――――ごめん」
また、謝るのかと暘谷はキッと睨み付ける。
鈴舞は今度は真剣な表情をして、真っ赤な宝石のような大きな瞳に暘谷を映す。
「暘谷が、迎えに来てくれた事……言って足りるようなものじゃないと思う……ありがとう」
暘谷は目を見開き、照れたように首の後ろに手を回す。
「俺からも、礼を言わせてくれ……無事でいてくれてありがとうな」
___________きっと、踏み出す為に温かく優しい風が吹いてくれる。
手を掴まれ、鈴舞は暘谷と同じ力でぎゅっと握り返した。
「さて、そろそろ……俺らを捜してる月狼が此処に来るかもな。鈴舞を捜してる時、俺は道しるべを置いていったから辿って行ったら此処に辿り着くだろう」
きっと月狼は切羽詰まった顔で叱ってくるだろうな、と言われた鈴舞は露骨に顔を歪めてしまう。
その顔を見た暘谷は笑ってしまう。
予想通り、鈴舞はこっぴどく月狼に叱られて、外には暘谷の笑い声が響いていた。
- Re: 月華のリンウ ( No.9 )
- 日時: 2020/12/06 14:55
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
07.微笑
「皇子」
今日もまた、城下町を回っていると澄んだ芯のある声が響く。
その声で暘谷は「げっ」とあからさまに嫌そうな顔をする。鈴舞は暘谷と月狼の驚いた反応を見て小首を傾げてから暘谷等の目線の先へと眼を滑らす。
その先に居たのは金髪碧眼の異国人のようなこの世離れした美しい女性。けれど、話し方は同じだからこの地の人だろうと鈴舞は思う。
1つに結んだ髪を左右に揺れ、隣に居た鈴舞を見てから暘谷を見た。
「皇子、一体今まで何処に居たの。それに、このお嬢さんは」
訊ねられ、暘谷は眼を逸らす。スッと彼女の瞳の光がなくなり、剣を抜く。
そして、月狼の喉元に剣を当てる。月狼は「ヒッ」と声を上げ、青ざめた顔で暘谷の肩を揺さぶる。
暘谷は仕方がなさそうに溜息を吐いた。鈴舞は暘谷に顎で名前を名乗れ、と言われたようで恐る恐る口を動かした。
「名は黄 鈴舞と申します……円寿出身で、皇子様と、会い……月華に来ました」
彼女は瞬きを何回かすると、剣をしまい柔らかな甘い微笑を浮かべた。
「堅苦しく挨拶なんてしなくていいよ。貴女が月狼の手紙で聞いていた鈴舞ね、私は葉 珠蘭、月狼と同じ護衛。宜しく」
手を出してきた珠蘭に戸惑いながらも鈴舞はその手を取り、ぎゅっと握り返した。
「暘谷、陛下が呼んでいたから此処に来たの。早く月狼と一緒に行って」
さっきの敬語はどうしたのだと思った鈴舞だが、過去に言われたことを思い出す。
__________『堅苦しいのはどうも性に合わないんだ、敬語はやめてくれ。他の者がいない時は普通に話そう、な』
(だからか……)
「そうだ、城内でも見学していく?」
珠蘭は鈴舞の手を取り、応答を待たず、歩き出す。
鈴舞はえ、と声を漏らしながら首を左右に振り、戸惑いながらも青塗りの白を基調にした立派な城へと連れられて行く。
* * *
「此処は訓練場。主に兵士が使うって解ってるか。じゃあ、次に行こうか」
兵士等が訓練に汗水を垂らして励むのを鈴舞はぽかんっと口を開けて見ていた。その中に、見覚えのある何か心掴まれる色が見えた。
目が冴え渡るような鮮やかな赤。林檎のように奥が深い、他の人の赤とは違う色。
「……鈴舞?」
珠蘭に名前を呼ばれるが、鈴舞はその赤い髪から眼を離さなかった。
「嗚呼……あの真っ赤な髪の男は月華の暴龍って言われる程、強くて兵士の中でも位が高い。確か鈴舞と同じで円寿出身だった気がする」
______円寿出身。
間違いないと鈴舞はドッドッドと鼓動が生々しく身体中を響く胸を抑える。緊張する、何年振りか。
「黄 風龍……」
我知らず、名前を呟いてしまう鈴舞だった。それだけ激しく動揺していた。
懐かしい赤毛に、何もかも見透かし、世界を映す希望に満ち溢れた大きな黒真珠の瞳。
優しくて、頼りになって、誰よりも正義感のある双子の兄。
「え、鈴舞……何で名前を……というか、黄って同じ苗字だし……まさか」
鈴舞の泣きそうな顔を見て、珠蘭は行き当たった答えに目を見開く。
――――――「に、兄、さん」
涙をぽと、と頬を伝わせる。一方の風龍はそんな事を知らずに兵と話して訓練しあっていた。
「……に、兄さんっ!!」
鍛錬に励む兵の中を駆け入る。
風龍は何事かと、どよめく兵等に視線を滑らすと、目を凝らした。
「り、ん……、…う……本当に、鈴舞なの、か……?」
幻なのではないか、妹がこんなところまで迎えに来てくれるのか、と頬を抓る風龍に鈴舞はゆっくり、近づき抱きつく。
「に、兄さん。私だ、よ……私、鈴舞だよ?」
憶えてる?と笑顔を見せた。風龍はその大きな黒真珠の瞳から一筋涙を流す。
兵士等は状況も察しられず、取りあえずという事で拍手をした。
* * *
「……そんな事がお前に……鈴舞、傍にいてやれず、ごめんな」
月華に来た全ての経緯を、話し終えると鈴舞は用意された茶を一口飲む。
「貴方の妹である鈴舞は、皇子の客人でもある。責任を持って城を案内していたの、……良かったわね、再会、出来て」
そう言われた鈴舞は、珠蘭の手を握り、微笑んだ――――――「ありがとうございます」と礼を言って。
珠蘭は碧眼を見開き、「どうも」と甘く、本当に花も綻ぶ優しい陽だまりのような微笑を浮かべた。
風龍はそんな2人の様子を見つめた。鈴舞は風龍に向き直り、唇を動かす。
「これから、また……会えるね」
会えなくて、辛くて、色んなことがあった12年間。2人を大人にさせた長い月日は、埋められる事は出来ない。
それでも。
2人はまた歩き出し、これから先を楽しく過ごそうと言う。
生き別れた兄妹は、今日、再会を果たした。
* * *
「鈴舞、よって……風龍!?」
謁見が終わって暘谷と月狼は鈴舞と珠蘭に手を振るが、隣に居る赤毛の男_____風龍に気づいて驚く。
どうしているのかと暘谷等は鈴舞に眼で訴えかける。
鈴舞は、察して口角を上げる。
「私の、兄さん……生き別れていたけれど、今さっき……再会したんだ」
鈴舞は知らず知らずのうちに眼に涙を浮かべていた。頬は熱を帯びて真っ赤に染まっている。
「……殿下。妹を、鈴舞を幾度も助けて頂きとても感謝致します……貴方様に妹が出会えていなかったらおれ達は一生会う事なんてなかったでしょう」
風龍は暘谷の目の前で跪き、頭を下げた。
「この御恩は必ずお返しする事を誓います!」
両手を重ねながら、頭を上げた風龍はニッと笑った。
「……あ……えーと、これから……改めて宜しく、風龍」
頭を軽く搔き、曖昧な表情をした暘谷は風龍を立たせ、握手を交わす。
「なぁに、暴龍様が畏まってんですか?」
からかいのある言葉に露骨に眉を顰めた風龍は肩に掛けられた月狼の手を振り払う。
「気安く触るのなよ、俺が感謝してんのは殿下だけなんだからよ」
キッと眼を鋭くし、睨み合いをする2人を余所に鈴舞等は話していた。
* * *
「どうしたの、暘谷」
客人として今日、宮中に招かれた鈴舞は中々、寝付けなかった。
下女だった事もあり、居心地が良すぎて何だがムズムズしてしまうのもあった。
夜風に当たりに、部屋を出た所、暘谷が星空を見つめていた。
「いや、……何だか、俺が傍にいなくても色んなことが起きるんだなって不思議に思ってた」
そんな妙に哀しそうな声に鈴舞はどうしていいか、解らなくなる。
「だから、お兄ちゃんに礼を言われたとき、戸惑ったような顔をしていたの?」
星々の煌めきを並んで見つめる鈴舞は、暘谷のいつもと違って頼りなさげな手を取る。
手を握っておかないと、どこかに行ってしまいそうに見えたからだ。
暘谷は目を見開き、鈴舞へと目線を滑らす。鈴舞の、星空を見つめる横顔を哀しそうに見つめ、肩に頭を乗せた。
「そう、だ……きっと、俺は……」
暘谷の背けた顔を鈴舞は、見ないで、ただ手をぎゅっと握った。
「私は、暘谷の力になりたい……いつか、客人としてこの城の門をくぐるんじゃなくて……宮中の者として、暘谷の味方として、支持する者として、くぐるよ」
暘谷は、目を見開く。満面の笑みを浮かべ、「ね、待ってて」と言う。
「……待ってる」
小さく、かすれた声で呟いた言葉は鈴舞の耳に届いた。
________彼の力になりたいと願う、そして約束する。それは、自分の背を押して、前へと進む原動力へとなる。
- Re: 月華のリンウ ( No.10 )
- 日時: 2020/12/06 14:55
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
08.蓮の母君
麗らかな日差しの中、暘谷と風龍が手を合わせているのを見つめる。
「……兄さん、こんなに強かったんだ」
珠蘭から聞いてはいたけれど実感はなかった。自分の兄がこんな大国を代表する軍人とは思わない。
あの暘谷が、押され気味でいることが鈴舞では驚くべき事だった。
「黄 風龍は剣術の達人だからな、主が押されるのも無理はない」
と月狼が木の上から下りてきて言う。鈴舞は月狼が言うならば本当の事だろうと静かに頷く。
すると、宮中の睡蓮の花の色の衣をまとった侍女がやってくる。
「殿下。水蓮様がお呼びになっております」
手合わせをしていた2人は剣を動かす手を止める。
そうか、と暘谷は答え行こうとするが、侍女がスッと暘谷の行く道に立つ。
「月狼様、珠蘭様と、客人も連れて来いの仰せです」
鈴舞はビクッと身体を強張らせ、大人しく従う。
(皇子に用事があって連れて行くのは普通だけど……何で私まで?)
そう考えを巡らせているうちに目的地に着く。蓮の池や木々が美しく咲き誇った場所だった。
「お嬢さん、主の母君……貴妃である水蓮妃が住まう佳月宮だ」
月狼は小さな声で耳打ちをした。
すうっと息を吸って吐いた暘谷は扉を叩く――――そして穏やかな声が短く「どうぞ」と言った。
中に入ると椅子に座った銀色に輝く髪を巻いて片耳に大きな石をつけた桜色の瞳の美女がにこっと微笑む。
水蓮妃の頬は薔薇色に色づいており、ゆっくり走ってきて鈴舞の手をぎゅっと握る。
「貴女が黄 鈴舞さんなのですか?………そちらの者の便りで聞きました、大変でしたね!」
指した先にいたのは月狼だった。
鈴舞に睨み付けられた月狼はバツが悪そうにそっぽを向き「………報告も必要だと思ったから」と呟く。
珠蘭だけではなく水蓮妃までに情報を渡していたのかと鈴舞は思う。
コホンと咳払いすると、鈴舞は跪き水蓮妃を真っすぐに見つめる。
「名は黄 鈴舞と申します。貴女様に出会えたこと、大変嬉しく思います」
そう挨拶をすると優し気な声が響き渡る。
「おぉ、もう集まっておったかっ。ちぃと遅れてしまったな、呼んだのはワシなのになぁ」
暘谷達は振り返りほぉっほぉっ、と陽気に笑い綺麗に着飾った初老を凝視する。
「……皇帝だ」
月狼は瞬きもしないで呟く。珠蘭も目を伏せ、両手を重ねる。
(こっ、皇帝!? ………このお爺さんが!?)
突然の登場に戸惑う鈴舞だったが、その漂う気品から理解した。
「暘谷が帰ってきたばかりで騒々しんじゃが…話したいことがあってのぅ……」
美髭を触りながら席に着くと目を細める。
「そちらのお嬢さんが月狼の言っていた黄 鈴舞か。便りの通り、見事な黒髪だな」
と温かい笑みを目を見開き黙り込んだ鈴舞に向けるがサッと暘谷を見据える。
「……飛燕城に使いに出した者が帰ってこないんじゃ、もしかしたら何かあったのかもしれない」
水蓮妃は膨れた御腹を摩りながら話を聞く。
愛おしそうに御腹を見つめる水蓮妃は花々が咲き誇る佳月宮の主として誰よりも相応しかった。
「解りました、準備が出来次第、……飛燕城に行きます」
皇帝は満足したように大きく頷き、「宜しく頼むな」と言う。
珠蘭と月狼は両手を重ね、会釈をした。
* * *
「私、客人として此処に居るのは嫌なの……皇子に言った通り、私は宮中の者になりたい」
佳月宮を出るところだった暘谷等は、振り返り目を見開く。
もう一度、もう一度言っておかなければ、一生このままになってしまいそうで鈴舞は言ったのだ。
「あのぉ、それなら……良かったらですけれど私の侍女になってもらいませんか?」
手を挙げて水蓮妃は鈴舞に駆け寄る。その言葉に驚いた鈴舞は言葉を失う。
「……嫌ですか?」
悲しそうなその表情に鈴舞は急いで首を激しく振る。
「嬉しくて……こんな黒髪だから円寿でも下女として働くのが嫌がられたんです………でも、水蓮様に………こんな事言ってもらえることが…ッ!」
思わず、涙が目から溢れる。
「黒髪なんて気にしなくて大丈夫です。むしろ珍しくて綺麗ですわ………自信を持って下さいな」
そう穏やかに微笑む。
鈴舞は我知らず、泣いていた。今までの出来事を思い出すだけで心が嬉しくて震える。
(………どうして………優しい人が多いのかな………皇帝だって水蓮様だって………こんな私に)
子供のように泣きじゃくる鈴舞に月狼と暘谷、珠蘭は慌てる。
珠蘭は抱き締めて頭も撫でて安心させてくれる。月狼と暘谷は温かく優しい言葉を掛けてくれる。
水蓮妃はそんな子供のように泣きじゃくる鈴舞に温かい我が子を見守るような眼差しを向けていた。
*
鈴舞は翌日、都に向かう途中に買い揃えた服などを纏め佳月宮に向かう。
同部屋になる者達は黒髪である鈴舞の事を慣れないようで恐がるやもしれない。
そんな不安も抱える鈴舞だったが、優し気な笑みが零れていた。
優しい自分を受け入れてくれる人達に出逢えたことに相当な喜びを感じていたからであった。
円寿国の一下女は月華国に渡り皇族と親しくなった。
そして、皇帝の寵妃の侍女になった。
それは十分な出世だった。
- Re: 月華のリンウ ( No.11 )
- 日時: 2020/08/31 17:10
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
09.芽吹き
「…えっと、……初めまして、貴妃の水蓮様の侍女になりました―――黄 鈴舞と申します」
鈴舞は深々と頭を下げた。
「黒髪よ……確か円寿では不吉で悪魔が宿ってるって言われているわよね………?」
「やだ、恐い」
ひそひそと話す侍女達の声が鈴舞の胸に深く刺さる。その言葉、表情1つが鋭利な剣のようで恐かった。
鈴舞は瞳から涙が溢れ出そうになるが唇をぎゅっと噛み締め抑え込む。
「…よ、ろ………しくお願いします」
口を開いた瞬間、涙が一筋零れ鈴舞は急いで涙を拭う。
* * *
「主ッッ!」
木を渡って窓から入ってきた月狼に暘谷と珠蘭は呆れた表情をする。
「おい、何度も言っただろう。この執務室に入る時はそっちの扉から入って来いって」
その言葉に珠蘭も大きく頷く。
「本当、学習能力もないね……貴方って」
月狼に近寄り、珠蘭はしかめっ面でその眉間を突く。そんな事をされて不貞腐れた月狼は「ケッ」と声を漏らし、その手を振り払う。
「そんな事より一大事ですってば!」
暘谷はその焦り具合に小首を傾げる。月狼は人差し指を立て、唇を動かす。
「水蓮様の侍女になった鈴舞なんですがね、侍女の仕事もさせて貰えず朝から今まで、水汲み所で使ってもくれない水を永遠と休みなく汲んでいるんですってばッ!」
いつも通り木を渡って宮中を一周してきた時、丁度水汲み所へ立ち寄ったところ、ずっと鈴舞が水を汲んでいたという。
暫く様子を見ていたが使われる気配もない。
暘谷は思わず机を拳で叩く。
怒りで、燃え上がりそうだった。頭から湯気が出ているようで、胸糞が悪い。
鈴舞の、やつれた悲しそうな横顔が脳裏に過ぎる。
―――――――『ちッ、近づかないで!!!』
初めて対面した時の彼女の顔は逃げ場を求める人間に追われ、傷付けられた獣そのものだった。
『…っ、不吉だって皆、思っています、よ』
当然事のように言う癖に顔は悲しそうで、消えていってしまいそうだった。
『貴方は、私の黒を好きって言ってくれた。けどッ、私は……結局、貴方の足枷になって不幸としかならなかった』
そんな事はないと否定したかった。だから、連れ出す事を決められた。
下唇を無意識のうちに噛む。月狼と珠蘭は顔を見合わせ、眉を寄せる。
黒への差別が、彼女への冷遇が、見る……いや、聞くだけで胸が苦しくなる暘谷だった。あの、笑顔を思い出す度に申し訳ない気持ちに浸る。
「く、……くっ、そ」
(俺にもっと、力があれば……)
* * *
「鈴舞」
名前を誰かに呼ばれ、鈴舞は水の入った樽を持ちながら振り返る。
「…えっと、……皇子?」
いつもとは違った漢服姿に鈴舞は戸惑いながらも呼びかける。
碧く大きな瞳がピンとこなさそうに瞬く。
「って2人の時は名前で呼ぶ事って命令したぞ……!」
そう口を尖らせ、怒ったように端正な眉目を吊り上げた暘谷に指摘され鈴舞は慌てて頭を下げる。そして、言い直す。
2人の時だけ許された名前呼び―――――「よ、暘谷」と鈴舞は、はにかみながらも薔薇色に染まっている唇を動かした。
言い直し近寄るとヘラっと表情を緩め、白い歯を見せて笑った。
「………というか鈴舞、お前だけ此処で何してる?母上の他の侍女は調理場にいたぞ」
碧眼が探るように鋭くなる。鈴舞は「あ」と呟き、顔を背ける。
鈴舞は樽に入った水を見つめ、口をパクパク、開いた。けど、言葉にならない。
言葉ではなく溢れたのは悲しみ。
此処にいるのは黒髪が原因だった。
黒髪はきっと水連妃の赤子に影響を与えると噂され水汲みでもしとけと言われたのだ。
水汲みはこれで何回目だろうか。
精々5回、同じ樽で水を汲み同じ場所に運んだだろう。
鈴舞が汗水たらしながら一生懸命に水を何回汲んでも汲んできた水が使われることはなかったのだ。
“異国にいた黒髪の娘が汲む水など大切な水蓮様の料理に使えぬに決まっているだろうッ!?”
そう言われたのだ。
傷ついた鈴舞は執務で忙しい暘谷や護衛と言う任務がある2人、まして月華を代表する兄などに助けを求められることは出来ずに居場所もなく仕事をしている振りをしていた。
その言葉は思い出すだけでも胸が途轍もなく痛くなる。
何回も何回もどこへ行っても言われ続けてきた言葉。円寿では神などを大変に信仰していた為、黒髪への差別が月華よりも酷かった。
男に拳で殴られ、女に平手打ちにされ、人々に嘲笑われ、役人に家を壊され追われて、王に罵倒され首を刎ねられそうになり殺されかけた。
女達の、人々のこんな言葉、行為に慣れたはずだったのにどうして胸が痛むのか鈴舞には理解が出来なかった。
愚痴でもこの皇子に言ってみようか、どんな顔をするのだろうそう思い、口を開く鈴舞。
――――――――「………私ッ………黒髪なんて嫌だよ…ッ」
困らせてみようとしていた鈴舞だったが口を出た言葉は弱音だった。
言い訳でもなく侍女らへの愚痴でもない、ただの弱音。
“黒髪じゃなければよかった”
暘谷と出会い忘れていた事――――――あの黒髪を恐がり、妬む侍女達が蘇らせたのだ。
ぽとっ、と涙が頬を伝い零れる。流石の鈴舞でも頬に熱が集まるのが判った。
暘谷はあの日見た、弱々しく頼りなさげであっと言う間に壊れてしまいそうな儚いその姿を見て、目を丸くする。一言を言えば明るく場を和ませることが出来る暘谷でも泣き顔にはどうしても狼狽えてしまう。
それが尚更、強くあろうとする真面目で仕事熱心な彼女なら。弱音をあまり口にしない鈴舞だからこそ。
「どうして………私は黒髪なの……こんなの嫌だ、………望んでこの姿に産まれたわけじゃないッ!!」
物心ついた時、いつかのあの日から心に溜め込んできた想いがブワッと溢れ出てくる。
制御など出来なかった。壊れたように叫び散らす。
口を手で覆っても涙は頬を伝い、零れ落ちる。嫌になる気持ちに覆われている一方、何処からか浮かび上がった羞恥心が襲い掛かってくる。
(もう嫌………だ。困らせてみるどころか本当に困らせて、暘谷にこんなぐちゃぐちゃになった泣き顔なんて、こんな姿を見せるなんて恥ずかしい……ッッ!!)
頭を苦しそうに抱え悲痛な声で言葉にならないことを叫ぶ鈴舞に暘谷は、ゆっくりと歩み寄る。
日差しに照らされ風に靡いた質が良く艶のある綺麗な黒髪を掬い取ると、暘谷は黒髪にそっと口づけた。
―――――――「俺は、お前の黒髪が好きだ。全てを飲み込む強さと包み込む優しさを同時合わせ持つ神秘的な色だと思う……何より何事にも真っ直ぐなお前に似合ってる。鈴舞、誰が何を言おうと、お前の黒は綺麗だ」
鈴舞は真っ赤な宝石の瞳を見開き、薔薇色に頬を染めて困ったように眉を下げる。
零れ落ちそうな涙を暘谷は優しく下睫毛に沿って拭う。少し焼けた小麦色の指先に涙が付いていた。
――――――「俺が護ってやる。不吉だとか言う奴らからお前を護る………だから、さ。泣くなよ」
暘谷は大切なものを扱うかのように鈴舞の事を抱き締め、そして、泣き止まない赤子をあやすかのように頭を撫でるとフッと声を漏らす。
「鈴舞、もっと自分に自信を持て」
甘く微笑み離すと鈴舞の眉間を突き、風のように立ち去っていった。
暘谷が立ち去った後、鈴舞は力が抜けたように崩れるように座り込んだ。
鈴舞は突かれた眉間を手で押さえると下唇を恥ずかしそうに噛んだ。
* * *
「お嬢さん、大丈夫ですかい」
暘谷が立ち去ってから少し経つと木の上から月狼が下りてくる。
自分が暘谷の胸の中で泣いていた事を見ていたのだと、気が付いた鈴舞はズサッと後退りをし、躓きこけてしまう。
「そんな恥ずかしがったり、強がったりしなくていいんじゃない?誰にだって泣く事は必要だと思うけど」
月狼は隣に座りに来て微笑む。鈴舞は瞬きをして、頷く。
「主も、珠蘭も、勿論の事ながらオレもお嬢さんの事、護りますから」
鈴舞は眼を見開き、それから口角を上げ、言う。
―――――――「約束だよ、お願いね」
ニッと白い歯を見せて笑う鈴舞を見て、月狼は息を呑むのも忘れる。
「……?」
月狼は手を伸ばし、一束の艶めく黒髪を優しく取り、ジッと見つめる。
「月狼、どうしたの。ゴミでもついてた?」
そう訊ねると月狼はパッと放し、両手を鈴舞に見せる。
「オレは、な、何もしてないぞ。ゴミが付いて……あー、もう……こんな時間だ、主に用があるんだったなぁ!!」
わざとらしく言いながら、背を向け、光の速さで木を登る。
「……何だったんだろ、意味深なのはいつもの事だよね」
鈴舞は小首を傾げ、また水汲み作業へ戻っていった。