コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 強きおなごになるのじゃ!
- 日時: 2020/11/29 12:04
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: nnuqNgn3)
ぶたの丸焼きです。今作で第ニ作目となります。
今作は幼い少女が障害を乗り越え成り上がっていく話です。皆様、お付き合いよろしくお願いします。
《目次》
0 >>01
1 >>02
2 >>08
3 >>09
4 >>10
5 >>11
- Re: 強きおなごになるのじゃ! ( No.8 )
- 日時: 2020/12/19 18:23
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: zFbX1fPI)
2
桜綾は焼き菓子を食べながら言った。
「母様、お身体は大丈夫?」
「ええ、最近は調子がいいの。心配してくれてありがとう」
翠蘭は昔から床に伏せることが多く、時には生死の境をさ迷うこともあったほどだ。皇帝の寵愛を他の正妻よりも受けていた翠蘭は、特別に用意されたこの場所で3年ほど療養を続けている。そのお陰か、倒れることはあれ、大事に至るほどの病を抱えることはなくなった。
「これからも元気でいてくださいね」
子豪が言うと、翠蘭は微笑んだ。
「ええ。皇帝のためにも、そして何より、桜綾のために、ね」
桜綾は言った。
「約束して、母様。私が大人になるまでは、元気でいるって」
翠蘭はちょっと困った顔をしたものの、すぐに笑顔に戻り、桜綾と指を絡めた。
桜綾は安心した。母が幾度も死にかける姿を見るのは、もう嫌だった。
桜綾はそのとき、考えもしていなかった。夢にも見ていなかったような、幼い体を貫くほどの運命が牙を見せ、自分を襲おうとしていることに。
- Re: 強きおなごになるのじゃ! ( No.9 )
- 日時: 2020/11/20 17:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 6.Nua64i)
3
その日もまた、桜綾と子豪は離宮に来ていた。今日はあれを話して、それをして。他愛もない話をしながら歩いていた。しかし、離宮に着くと、桜綾は異様な空気を感じ取った。
燈実は複雑そうな顔で、桜綾に言った。
「翠蘭様は、昨日の晩に倒れられました。息も絶え絶えで、もう……」
その瞬間、桜綾は顔面蒼白となった。呼吸が乱れ、胸の辺りを押さえる。
「行こう」
子豪は桜綾の手をとった。一刻も早く翠蘭のもとへ行かねばと思ったのだ。
手遅れになる前に。
2人は走った。ものの2分で長い廊下を走りきり、扉を開けた。
「母様!」
翠蘭は、床に伏せていた。はあはあと苦しそうに息をして、額には汗が張り付いていた。それは運動したあとのような気持ちのよい汗ではない。命を吸い取る汗だった。
「桜綾…来なさい」
桜綾の姿を見た翠蘭は、自分の近くに桜綾を呼んだ。
「良いですか? よくお聞きなさい」
桜綾はポロポロと涙を流し、首を振った。
「嫌です、母様。そんな言い方をなさらないで。まるでもう死ぬと言っているようです」
翠蘭は弱く笑った。
「その通りのようです」
ですがと翠蘭は続ける。
「だからこそ、お聞きなさい」
ごほごほと咳き込みながら、翠蘭は声を絞って桜綾に伝えた。母親として、最後に娘に言葉を残そうとしているのだ。
「強く、強くありなさい。それが母様の願いであり、遺言です」
「強く……?」
「人の世は、残酷です。辛いことはあるでしょう。ですが、立ち止まってはいけません。強く、生きなさい。母様の分まで」
桜綾はその言葉の半分も理解していなかった。しかし、母を安心させるために言う。
「分かりました、母様。私は強く生きます。だから」
そう、言いきる前に、翠蘭は、息絶えた。
美しい日の色の瞳は、2度と桜綾を見ることはなくなったのだ。
「っ……!
母、様」
いやだ。
いやだ。
桜綾が泣き叫ぶその直前。
バンッ
部屋の扉が開いた。
「翠蘭!」
その男は翠蘭を見ると、膝から崩れ落ちた。
「そんな、間に合わなかったのか」
子豪はそれが誰なのか悟り、そっと物陰に隠れた。
「父様?」
- Re: 強きおなごになるのじゃ! ( No.10 )
- 日時: 2020/11/21 11:24
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: MgJEupO.)
4
不夜国の皇帝、丹 梓宸。彼は賢才で、学問に秀でている。幼い頃よりその将来を期待され、見事それに応えた。
後ろで縛られた髪は床につき、美しい紫の瞳はふるふると震えている。
梓宸は翠蘭の体に手をおいた。
「ああ、翠蘭。許してくれ。そなたを救うことが出来なかった。愛するそなたを、あ、あ……」
そしてそのまま、泣き崩れた。
タッ
桜綾は駆け出した。父と共にいることが、何故か絶えづらかったのだ。
梓宸は、翠蘭との子だからと言って、桜綾を大事にしたりはしない。梓宸にとって、桜綾は桜綾であり、翠蘭は翠蘭なのだ。それ以上でも以下でもなく、ただ、それだけ。自分の愛する者は心底愛おしく思い、そうでないものは、視線すら向けやしない。彼はそういう人なのだ。
それがわかっているから、桜綾は父の胸を借りたりなどはしなかった。そんなことをすれば、父に怒鳴られ、罵倒され、この状況では、心がボロボロになる。小さいながらもそれを察し、逃げるように出てきたのだ。
『強く、生きなさい』
母の声が聞こえる。
逃げては駄目だと、そういう意味なのだろうか。
「わかっています。母様。私、強く生きます」
桜綾はぐいっと涙を拭った。
「もう、涙は流しません」
- Re: 強きおなごになるのじゃ! ( No.11 )
- 日時: 2020/11/29 12:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: nnuqNgn3)
5
梓宸はそのまましばらく泣き続けた。このように皇帝が感情をさらすところは珍しく、侍女たちもどうしてよいかわからず、ただ不安そうな顔で皇帝を見つめている。
それからまたしばらくした頃、梓宸はおもむろに顔を上げた。
「そろそろ出てきたらどうだ、少年よ」
子豪の心臓がドクンと脈打った。その音はあまりにも大きく、梓宸にも聞こえていたかもしれない。
子豪はあせる気持ちをひたすらおさえ、息を殺した。口を両手で必死におさえ、深呼吸を繰り返す。
この離宮に男である自分がいること。ただの民間人である自分が皇帝らしからぬ梓宸の姿を見たこと。その両方が、梓宸が死刑を迫るに相応しすぎる罪だった。
「出てこいと言っているのだ!」
梓宸が怒鳴った。このまま隠れていても、侍女たちにばらされ、どっちにしろ命はないだろう。ならば、堂々と出ていってやろうじゃないか。
子豪は半分やけくそで、梓宸の前に立ち、そして、跪いた。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。子豪と申します」
これであってるよな? と、内心ヒヤヒヤしつつ、何とかスムーズに用意していた通りの言葉を述べた。
「なぜ、一般の民がここにいる?」
子豪は言葉に気を付けながら、ゆっくりと質問に答えた。
「ふとしたことで、桜綾様と知り合い、ここに連れられました」
「ふとしたこと、とはなんだ?」
「それは、たとえ皇帝陛下でも、口が裂けても言えません」
まさか、盗人と間違えて取っ捕まえたとは言えない。あれは子豪にとって苦い思い出なのだ。いくら後ろ姿が似ていて走っていたからとはいえ、この国の姫を盗人と間違えるとは。桜綾は、自分と仲良くすることを条件に、この件を黙ってくれている。
はじめはそんな理由で一緒にいたが、いまでは気心の知れた友人になっている。が、それも口が裂けても言えない。なぜなら、本来ならばおそれ多いことだからだ。
「我の質問に答えぬとは、いい度胸だ」
ビリビリとした圧を感じる。
「ついてこい」
梓宸はそう言うと、翠蘭の部屋から出た。子豪はゴクリとたまっていた唾を飲み込み、翠蘭の遺体に礼をしたあと、梓宸についていった。
(おれ、どうなるんだろう……)
留まることの知らない不安が、子豪をじわりじわりと支配した。
- Re: 強きおなごになるのじゃ! ( No.12 )
- 日時: 2021/03/14 21:13
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: sLuITfo7)
6
「聞いた? 翠蘭様の話」
「勿論よ。お亡くなりになったのよね。
大丈夫かしら、桜綾様」
侍女達はそんな話をしながら、話題に上がっている桜綾の部屋へ向かう。
コンコンコン
静かに響く、ノックの音。
がちゃりとドアを開け、世話役の四人の侍女、そして侍女長は、一列に並んだ。
『おはようございます、桜綾様』
桜綾は、五人に微笑みかけた。
「おはよう。今日は侍女長もいるのね。姉様のお世話はしなくて良いの?」
声の調子に元気がないことは、普段行動を共にしている侍女達、そして桜綾が小さい頃からなにかと世話を焼いていた侍女長の耳には明らかだった。
「梓涵様には、特別に許可をいただいております」
梓涵とは、この国の第五皇女の名だ。彼女は上の四人の姉を追い抜き、いまもっとも皇帝に期待された皇女だ。桜綾も、数えるほどしか会ったことがない。
「そっか、ありがとう。じゃあ、今日はよろしくね」
そこでやっと侍女達は頭を上げた。
「はい。それではまず、お着替えの方からお手伝いいたします」
______________________
「桜綾様、本日はどのように過ごされますか?」
朝食を終えた桜綾に、侍女長は尋ねた。
「……」
桜綾は、うつむいた。
(無理もありませんね)
普段なら、侍女達から逃げ回り、子豪と合流、翠蘭の元へ行き、夕刻まで過ごす……毎日その繰り返しだった。
しかし、いまは、そのどちらもいないのだ。
「子豪は、どうなったの?」
侍女長は笑みを絶やさずに言う。
「国外追放になったと聞きました。幼い子供だったので、死刑は免れたようですが、やはり、罪は重かったようで」
桜綾はドレスをぎゅっと握った。
自分の責任だと、思っているのだろうか。
(まだこんなに小さいのに、かわいそうなお方)
「もしよろしければ、庭園を散歩するのはいかがでしょう?」
「庭園を?」
興味をもったように顔を上げる桜綾を見て、侍女長はほっと息を吐いた。
「はい。ここの庭園は、とても見事なのですよ。桜綾様はいつも走り回るだけなので、じっくり見たことはないでしょう?」
「うぐっ」