ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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いつだって、そうだった
日時: 2014/05/30 17:40
名前: 苺大福 (ID: U0ZlR98r)


●登場人物紹介
レイモンド>>09

少女>>17

●目次

◆第一話 【彷徨う者】>>01
◆第二話 【出会う者】>>04
◆第三話 【素直な者】>>05
◆第四話 【駆ける者】>>06
◆第五話 【明かす者】>>10
◆第六話 【託した者】>>11
◆第七話 【見通す者】>>12
◆第八話 【越える者】>>13

突破記念
  【参照100突破記念】>>14

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Re: いつだって、そうだった ( No.8 )
日時: 2010/09/17 22:01
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: /AT.x.Fs)

◆agu 様


初めまして! 読んでくださってありがとうございます。その上、応援など……! 未熟で稚拙な文で恥ずかしい限りです。

あ、スイマセン……名前が被っていましたか?(汗
ですが、新小説を書かれるのですね! こちらこそ応援しに窺います♪ 楽しみにしていますね。

Re: いつだって、そうだった ( No.9 )
日時: 2014/05/31 05:41
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: U0ZlR98r)

●登場人物紹介!


それでも自分は傭兵だ。信じられるのは己の腕とひと振りの剣。

【レイモンド・グランス】

性別:男♂
性格:へたれ 素直 無愛想?
格好:革のブーツにベルトを締め、軽鎧の上から外套を羽織ったりもする。機能と実用を重視した服装が好みらしい。色は青系統がお気に入り。
容姿:目は琥珀色(アンバー)、杏子色の髪

傭兵として生きる若者。かつては商人を目指していたが、アナトリアン砂漠の東方の砂漠の町ナバールにて挫折。以来、砂漠を中心に借金を返す日々を送っていた。
いつしか、まとまった金を手にして海を渡りたいと考えている。剣を片手に生死を彷徨うような血塗られた人生を終わらせたいと考えているようだ。
傭兵だからと自分を追い詰めるような思考と、損得で物事を計ろうとする理性と、素直で御人好しな感情とで悩みは多いらしい。実は心配症。良く言うなら何時でも状況を冷静に把握しようとする慎重派。

少女との会話は、今までまともに女の子と話したことが無い彼にとって一喜一憂の連続。時に少女にからかわれる事も。かなり初々しい発言は、恋愛どころか女性と話す機会が無かった事から来るものらしい。男は女性をリードするものと考えているので、頼れる存在になりたいと日々思案中。勢いは良いのだが、やや空振りすることも多いようだ。

(ボイス)

「俺はレイモンド。今はこのキャラバンの雇われ護衛をしている。その護衛にお前は拾われたんだ」



「物騒な世のなかに生まれたくなかったもんだな」

Re: いつだって、そうだった ( No.10 )
日時: 2014/05/31 01:04
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: U0ZlR98r)

◆明かす者



「このまま、じっとしなければ……殺す」


注意しなければ聞こえないほどの小さな言葉。短い言葉であろうと、その口調からして相手が本気であると誰でも分かる、そんな一言だった。レイモンドは息をのみ、抵抗を緩めた。刃物を押し付けられたわけでもないのに、金属特有の冷たさがそこに漂っていた。

冷徹な、一言。なぜか、レイモンドは、暗いまでに深い底なしの湖を覗き込んでいる、そんな気分になった。体中の血液が止まったように感じ、鳥肌が立つ。けれど興奮は冷めず、それでいて冷静になれる。妙な感じだ。

腕を後ろで押さえつけられ、口元も押さえられ、されるがままにその場へしゃがんだ。剣を持つ手首を捻って、この拘束を解く事も出来る……だが、レイモンドは何もしなかった。

空は群青を増し、目の前の道を横ぎる影を更に伸ばす。少しでも音を立てれば、影の本人は彼に気付くだろう。緊張の一瞬。雲など何処にもない空。張りつめた空気。息をのむ音。


「おい! 御令嬢は見つかったか?」

一人、しゃがれた声の男が怒鳴りつけるようにもう一人の男に話しかけた。影が揺らぎ、どうやら振り向いたようだ。

「いや……確かにこの辺へ走ってゆくのを見たんだが」

先程の男よりやや若い声が戸惑うように応答する。しゃがれ声の男は声を低く落として、咎める口調でこう言った。

「ウォンレット様の命令だ。生かして捕らえよ、忘れるなよ?」

「あぁ。分かってる。もう少しこの辺を探そう。所詮は世間知らずの小娘、そう遠くへは行ってないだろうしな」

二人の男の会話はそこで終わり、足音は次第に聞こえなくなった。辺りの建物は、西日を受けて最後にチカリと光り、不気味なほど人気のない裏路地に影を落とす。町が、眠りにつく--------見慣れた光景だが、こうも立場が変わると一変して見えるから不思議だ。


どれほどレイモンドは黙っていただろう。足音が去っても、少女と二人、ピクリとも動かずそのままでいた。先に静寂を破ったのは少女の方からだ。細い喉から震える吐息とともに、こう言った。

「レイモンド様……ここは危険です。私といては、危険です。早く逃げて下さい」

この言葉に、レイモンドは解放された口を撫でるようにしながら少し考えを巡らせる。たまたま剃り残してしまった髭に触れて、後で剃ろうと思った。

少女はレイモンドが考え事をしている時、じっとその顔を覗き込んでいた。それは忠実な犬の様で、出し抜いてやろうとする猫の様でもあった。レイモンドの手を押さえていたであろう細い指は、力一杯だったのか真っ赤になっていた。


「ウォンレット卿……まさかここでその名を聞くなんてな」

「……知っていましたか」

ウォンレット家。
その貴族はここ砂漠一帯では知らぬ者はいないだろう。砂漠の町ナバールの絶対の権力者であり、彼の許可なしに商売はおろか、生活さえも許されない。ナバールと近隣の町の領主はここ数年ウォンレット家から輩出され、その権力は幾多の貿易を携え数多の海を越えた外国にまで及んでいると聞く。

莫大な富は人の命さえ時に軽んじる。話が真実ならば、富も権力も独占しているような貴族の名家がこの少女を追っている……。この少女にそれほどの価値があるのだろうか?

「お前は、盗人か? 側室か? 領主にとって、お前は何なんだ?」

「黙っていてごめんなさい。あの……知ってしまったら、面倒事に巻き込まれてしまいますよ?」

「今更、だな。俺は顔は割れて無いが、傭兵が一人、夜の町の裏通りで歩きまわっているなんて、怪しすぎやしないか」

「それは……」

「もう他人じゃない。少なくとも俺は、もう関係者のつもりだったが?」

このレイモンドの洒落に、少女はようやく笑顔を見せた。笑いながら少女は立ち上がり、レイモンドに手を差し出した。聖女の様な穏やかな笑顔をされては、レイモンドがその手を取らない理由は無い。本当は、男である自分が手を差し出すような場面なのだが。

「私は……私はウォンレット家の現主の一人娘です」

覚悟はしていたが、真実を突きつけられれば人は怖気付く。身分の違い……レイモンドが想像した以上の違いだった。レイモンドは少女の真剣な顔をちらりと振り返り、歩きながら真実を噛み締めた。少女は嘘をついていないようだ。

「その御令嬢がなんで砂漠のど真ん中で無一文、食料も水もなしにぶっ倒れてたんだ?」

「それは……」

少し言いにくそうな顔をして少女は俯いてしまった。

少女は悩んでいた。その質問に答えれば、理由を聞いてくるのは至極当然のこと。何もかも悟られてしまっては、彼は必然的に彼自身の命さえもかける事になってしまう。理由を知れば、彼は関係者になる。そして、関係者は、諸共、口封じされるか告発か。何れにせよ彼の人生を台無しにしてしまうかもしれない。

沈黙の後、少女は意を決したように顔をあげ、まっすぐにレイモンドの目を見た。気品、気高さ、優雅なところは成程、貴族様と言ったところか。

「好奇心は猫でなくとも殺します。あなたは、その覚悟が……ありますか?」

「いいだろう。最後までその話を聞いてやるよ」

「そんな軽視できる話ではないのですよっ! 出会ったばかりの他人にそこまでする必要は……」

「もとより、俺は本気だ。どっちにしろ、いつ死んでもおかしくない危なっかしい人生なら今更手放すもんなんて残っちゃいないさ」

レイモンドは少し気取ったように笑顔を作った。今の言葉を言いながら、レイモンド自身驚いていた。自分の本音はこんなにもハッキリしていたのだ。あながち間違ってもいないし、こんな生活が続けば近いうちに散る命。誰かのため、我儘言えば美しい御令嬢のために最後ぐらい役立ててやりたいと。

この砂漠の何処かで、消え行くのなら、誰かの記憶に残っていたい。残酷で身勝手で、でも同じ境遇のやつが沢山いる。レイモンドもその一人だった。その想いを知ってか知らずか、少女は分かりましたと重々しく頷く。

「幽閉されていたのです。外も知らず、人も知らず」

「っ!」

レイモンドは驚きと哀れみで言葉を詰まらせた。そして、徐々に納得していった。少女の賢い割に塩の一つも知らない理由。よく見れば砂漠で暮らす者の割に日焼けはしていないし、纏っている高貴なローブは砂漠で旅をするにはあまり機能的とは言えない。

その全てが少女の孤独な幽閉生活を暗示していたのだ。そして、ある日少女は幽閉先から逃げ出した--------

「しかし、だ。もう一つ聞きたい」

少女の予想通り、レイモンドは疑わしげな表情のまま質問を連ねる。少女が一番聞かれたくない質問まで、まっしぐらに話は進む。
レイモンドが今聞いた話の通りに整理すれば、少女は継承権を持ったままの一人娘であることに違いない。人を雇いに雇って少女を追いかけているのだろうが、捕らえてどうするという事でもないのに、なぜ? たった一人の少女の為にここまでやるのだろうか? ウォンレット卿邸からは、少なくとも砂漠一つ向こうの町まで追い回すほどの。それに、もう一つ。

「なんでお前は幽閉されていたんだ?」

貴族の考える事なんて、平民以下のレイモンドが知る由もないが、少女は、まだなにか隠している。


少女は弾かれたようにレイモンドの顔を見て、一度開いた口を閉じてしまった。顔は青ざめて、目には戸惑い、不安、迷い、疑いがチラチラと揺れている。体は小刻みに震え、まるで何かに怯えているようだった。


幼い子供が、悪夢を恐れる様に。


明らかに様子のおかしい少女は、胸に手をあてて祈るようにして歩いていた。黒髪が月明かりを弾く。レイモンドは、無理に話さなくても良い、と声を掛けたが、正直自分が何に巻き込まれているのかは知りたい。

ようやく硬い祈りの手はほどかれて、少女は凛とした声でこう言った。

「分かりました。では、お話しましょう。信じていただけるか分からないですが」


少女は風にあおられる髪を手で掻きあげ、一呼吸間をあけてレイモンドの顔を振り返る。その目は、先程の迷いは無く決心したかのような、強い瞳だった。レイモンドはきっとこの無機質な強い少女の顔を、忘れる事は無いだろう。 

「私は--------」


       *

「もう他人じゃない。少なくとも俺は、もう関係者のつもりだったが?」

この言葉を聞いた時、巻き込んでしまったという罪悪感があった。けれどそれ以上に、確かに安心感を感じてしまった。


……嬉しかった。



この人なら、信じても良いかもしれない。
私に与えられた咎を、知られることがどう影響するのか分からない。それでもここまで知られてしまったのも必然なのかもしれない。

あの夢を現実にしてはいけない。そのためなら……

       *



「いたぞ! あそこだ!」


「隣にいる男は殺してかまわん! かかれ!」


少女の声はそこで途切れた。

Re: いつだって、そうだった ( No.11 )
日時: 2010/10/30 20:38
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: /AT.x.Fs)

◆託した者




「いたぞ! あそこだ!」

「隣にいる男は殺してかまわねぇ! かかれ!」


少女の醸し出す気品と強さは、そんな罵声と怒鳴りで掻き消された。レイモンドは自然と、少女の手を取って駆け出していた。自分の手よりずっと小さくて、柔らかかったことを覚えている。何も考えずに、まさしく本能的に、少女の手を引いて駆け出していたのだ。


後から思えば、自分が女の子の手を引いたという事実に赤面してしまう。まともに女性と話したことが無かった彼は女性と手を繋ぐだけでも緊張してしまうのだが、この時ばかりは無心だったのである。


           *


眩暈がした。眼中にはいる物が、全て五月蠅く感じる。口の中に何とも言えない苦さが広がる。同じところをぐるぐる回っているような気さえして来て、不安になる。何度も足が縺れそうになった。


考えてもみれば、この町に到着してからというものまともな休息を取っていない。体は、砂が入りこんだ衣服を着たままで、不快だ。砂漠を横断して、そのまま半日程食事らしい食事もしていなかった。

自分が引く少女の手は、熱い。自分と同じくらい、それ以上の疲労を抱えているであろう少女は、青ざめて見えた。黒いローブからチラリと見える体は華奢な、深層の姫君の様な細いもの。口を開く気力も無いらしく、ずっと口を閉ざしている。

それでも、手を引かれているとはいえ、しっかりとレイモンドに着いて来ていた。大したものだと感心してしまうが、そんな根性が無ければ家出紛いの事をする訳が無いのだが。

そして、レイモンドはその根性を無駄にしてあげないためにもこうして令嬢を守る騎士の如く手を引いていた。


だが、現状は決してよろしいものでは無い。相手は、見かけたのは二人だったが正確な人数も分からない。それにレイモンド達は砂漠を渡って来たばかり。正直レイモンドは、砂漠の町として有名なナバールの裏通りの詳しい道は分からない。

完全に不利だった。塩梅は芳しくなかった。

「レイモンド様……」

嫌でも自分たちの立場が危ういと、誰だって弱音の一言二言ぐらい言いたくなる。いくら聡いと言えど、世の中を知らない少女には過酷な旅路だといえる。

「な、んだ?」

レイモンドは足を止めて、ずっと握りしめていた少女の手を離した。一度はその口で別れを告げられたが、こうしてまたその手を握り返してやれる。その時間があとどれぐらい続くだろうか? 


「一つ、渡しておきたいものがあります」

よほど大切な物なのだろう。そして、顔が渡そうかと迷っているのが窺える。少女は恭しく握っている手をそっと開いた。

「……これは?」

少女の汗ばんだ手から渡されたものは、紋様の木札だった。手の平に収まるそれには、びっしりと古の言葉が綴られ、一人の女神が描かれている。ずいぶん古いものなのだろう、今にも粉砕してしまうほどに脆くなっていて、掘りこまれた文字を見た事が無かった。女神の絵も黒ずんでいる。
この手の物は大概レイモンドには手が届かないほどの高値が付くのだが、この木札は古すぎてそれほどの価値は無さそうに見えた。

つまり、この木札を売って生活に困らないように……という訳ではないようだ。

「それは、女神ハピネイアの召喚の際に用いられた木札です」

「ハピネイア……! この町では教会の勢力が強くない分、女神信仰が中心だからな」

「そうです。死の女神、ハピネイア」

「これを、俺に? 御守りとでも言いたいのか?」

少女は少しだけ、はにかんだ様に笑い、そんなところですと言った。実際、彼女よりよっぽど危険なのはレイモンドの方であるからだ。少女はそれを理解している。

今追っているのはこの少女の家だ。たとえ追手に捕まっても、少女が危害を加えられる可能性はまず無いだろう。しかし、レイモンドはどうだ? 名家の存続や身代金を狙って少女の家出の手引き、もしくは誘拐という汚名も着せられて、ただでは済まないだろう。

「辛い思いをした時、運命が下り坂になってしまった時、これを握りしめて下さい」

「死の女神の木札は流石に縁起が悪いんじゃないか?それに、握りしめればこの木札が壊れる」

「御存知ですか? ハピネイアは死の女神である以前に、運命の女神でもあります。この木札には、その時の運命、運勢、命運を逆転する力があると言い伝えられてきました」


少女は随分と女神信仰者のようだ。その目は真剣で、その勢いにレイモンドは飲み込まれる気がした。確かに少女の言う通り、ハピネイアが死と運命を司っているのは真実だが、こんな薄汚い木札に大層な御利益は期待できそうにない。

とりあえず、気休めに受け取っておくことにした。



「おい、そこのイモ傭兵さんよぉ? 随分と余裕じゃねぇか」

もう、追いつかれたか。

とっさにレイモンドは少女を庇う様に前へ出た。剣を慣れた手つきで抜き、切っ先をピタリと地面へ向けた。いつでも構えられる姿勢だ。

少女は先へ進もうとしていた道を見据えて、レイモンドの合図を待つ。隙があれば、レイモンドは少女だけでも逃がしてやろうと考えていた。追手は自分が引き受ける。しかし--------


「こちらとて、素人じゃないんでね。悪く思うなよ、兄ちゃん」


先程の二人が、レイモンドににじり寄ってくる。その手には、そこらに落ちている木の棒を節くれ立った手で握っていて、棍棒の様にかまえていた。

拳銃を持っているかもしれない。他に仲間がいるかもしれない。犬を放つかも知れない。
どれにせよ、レイモンド一人が大の男二人を相手に食い止め、しかも少女を庇いながらとなると、状況は目を覆いたくなる。


どこに血路がある? 勝機は望めるか?
……正直、時間稼ぎが精一杯だろう。


一歩、レイモンドは前へ出た。背中に、少女の痛い程の視線を感じる。けれど、振り返ることだけはしなかった。手に力を込め、握りなれた柄を構える。その動作が一つ一つ億劫で、長く感じられた。
吐き気。視界が急に鮮明に見えて、耳だって研ぎ澄まされる。頭はカッと燃え上がったかと思うと、芯まで冷える。緩と急。

そんな感覚が、悪戯にレイモンドをわくわくさせるのである。なぜ、こんなにも体が軽いのか。


張りつめた空気は、今にも弾けてしまいそうだ。
睨み合い。レイモンドも素人では無かったが、己を過信することは危険で、何より楽観視出来るほどの余裕は生憎持っていない。

緊張。
これを例えるなら、それは一本の細い糸だ。細い細い糸は、簡単な事で切れる。
ピンと張られた糸が切れた時、再び空気が流れ、止まっていた時間が動く。そんな糸だ。




----------そして今、その糸が切られたのだった。


Re: いつだって、そうだった ( No.12 )
日時: 2011/08/17 18:09
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: IpYzv7U9)

◆見通す者


風が、複雑な路地を通り抜けていく。砂を舞い上がらせ、泥煉瓦にぶつかり、人気のない日干し煉瓦造りの家を越えて、通り抜けていく。日は傾き、茜差す空は最後の光を集めて雲を染め上げている。薄紅と紫の繊細な極彩色が空ではためく。


この町は長い夜を迎える準備をしているような静けさだ。息を呑むほどに美しい光景なのだが、今のレイモンドにはそれを楽しむ余裕はなかった。


それどころか場違いに剣を構え、獣の如くギラギラ目を光らせているのだ。それは、興奮のあまりに鼻息を荒くしている子供の様でもあった。

          *

相手は二人。しかし、他にいるかもしれない。相手の手には木の棒が。棍棒の代わりならば、充分凶器である。それに対しこちらは、レイモンド一人剣を構え、少女を後ろに庇いながらの攻防戦を強いられている。状況は不利なのだが、レイモンドは湧き上がる興奮を押さえられなかった。なぜこんなにも視界が広いのか。こんなにも体が軽いのか。戦に生きる男にしか分からない、体中から溢れる何か。止められない瞬間で、一種の快感ですらある。

先に動き出したのは二人の男たちだった。片方は覆面をしていたが、片方はよほど腕に自信でもあるのだろうか。傷だらけの顔を堂々と晒している。


少女が見守る中、ゴングもなしに戦いは始まった。
レイモンドは迎え撃つべくかかとを浮かせ、腰を落として重心を下げる。対人戦闘の基本姿勢。狙うは、棍棒を振り上げた時の隙。つまりは鳩尾か懐だ。覆面の男の雄叫びとともに振り下ろされた棍棒は難なく避けた。横ざまに飛び退くと同時に、強面の男の棍棒を剣で受け止めて左へ流す。

もう一度覆面の男が振り上げた棍棒を剣を横に振るって受け止め、そのまま手首を捻ってレイモンドの腰を狙った一撃を防ぐ。手首を伝って腕にも腰にも衝撃が響いた。経験で分かる------まともに食らわずとも、やがて防ぎきれなくなる、と。

レイモンドの足を狙った薙ぎ払いを後ろへ跳んでかわし、息をつく暇なく体を反転させて、脳天を狙った一撃を弾き返す。身の軽さではレイモンドに及ばないが、一振りが重い。防戦一方のレイモンドの肩や腕が、悲鳴を上げる。一撃でもまともに食らえば、勝機は望めないだろう。


少女は見ていた。必死の太刀をふるうレイモンドにとって、どれだけ自分がお荷物なのだろうかと思い知らされながら。何も出来ない自分に、何か出来る事は無いのか? 本当は、一つだけある。最終手段とも呼べる奥の手がある。けれど、出来れば少女はその手段を実行に移したくなかった。その行為は罪なのだと信じていたのだ。実際、罪深いことには変わりない。


しかし徐々にレイモンドの動きに疲れが見えてきた。剣を握る手に衝撃が走る度ふらつくようになった。頬が切れて、怯んだ隙に利き肩を殴られ、危うく剣を取り落としそうになる。

もう、逃げるしかない。
そう考え、少女の方へ振り向く。その瞬間に右腿を殴られたようだ。全身の筋肉が強張り、殴られた痛みを意識の遠くで感じた。一瞬のうちに腿が熱を持ち、生温いものが足首へと流れていく。レイモンドは肉を切らせて骨を断つが如く、覆面の男を思い切り、もう一人の男の方へ蹴飛ばした。

レイモンドは背後に控えている少女の手を取って入り組んだ路地を駆け出だす。右足を踏み出す度に激痛が走ったが、今止まる訳にはいかない。少女が何かを落としそうになったのか、一歩遅れて走り出した。

その腕には大切な宝物でもあるかのようにラカナーが抱かれていた。昼過ぎにレイモンドが買い与えたものだ。レイモンドは甘い物が得意ではないが、自分の故郷にも同じ物があった。故郷はもう地図にも乗ることは無い有様なのだが、それでもラカナーは残っている。今もこうして、少女の腕の中に。

「行くぞ……!」

「レイモンド様、怪我が……」

「この程度なら大丈夫だ!」


すぐの角を曲がり、くねくねと迷路を走り抜けていく。右腿の熱には心地よい風だ。太陽はとっくに沈み、月が辺りを照らしていた。昼は活気溢れる町だが、夜は静かだ。まるで砂漠の様だと少女は思うのだった。

二人の男達は見える限り、追ってきてはいない。しかし風に乗って音が聞こえた。それと、犬の鳴き声だ。そこらにいる様な野良犬ではなく、牙と足を持つ狼のように獰猛で嗅覚の良い厄介な相手である。何匹放ったのだろうか。分かる限り3匹ほど。少女と足に怪我を負った男など、あっと言う間に見つかるだろう。

「まずいな……」

「なんなのでしょう?」

少女はなんと犬すら知らなかったらしい。きっと、閉じ込められていたのは地下だったんじゃァないかとレイモンドは苦笑した。まだ、笑う余裕は有るのか、と他人事の様にまた苦笑してしまう。

「犬だ。……この分じゃ、朝まで逃げきるのは無理だな。3匹放ったみたいだ。あいつ等は鼻が利くんだ。足も速い。おまけに牙を持っている」

「……3匹、ですか。牙があって、足が速い……」

一体どんな想像をしたのだろうか手元のラカナーを更に抱きしめている。震えるのを必死で抑えようとしているらしい。レイモンドはそこでやっと、少女の女心を考えてやらなかった自分に気付いたのだった。

「俺がいるさ。一人じゃ無い。……元気出せ」

そう言って走る少女の背中を、元気付けようと張り手をかました。少女は転びそうになったことと咳込みそうになったことを苦笑いで誤魔化した。

          *

「それで、その……犬をからどう逃げるのですか?」

ずっと走っていた少女の息があがる。何処までも非力で樫の棒ほどにも役に立たないお荷物である自分が情けない。少女は悔しかった。

「あぁ……万事休すっていうんだな」

「俺がなんとかすると言っていらしましたよ」

「音だとかで気を剃らせるにも、鼻が利く。3匹相手にする他ないだろうな。獲物に対して群れるんだ」

少女は自分がもう観念して軟禁生活に戻ろうかと思案していた。その顔を見たレイモンドは、後ろを走る少女に厳しい口調でこう言った。

「自首しようってか? その程度の覚悟で砂漠越えてきた訳じゃねぇだろ」

「レイモンド様……」

少女は顔をあげてレイモンドを見た。そして、異変に気付いた。レイモンドの口元は笑顔だが、目の焦点がハッキリしていない。血の気の無い唇に乾いた血が。顔も月明かりの所為かも知れないが、蒼白だ。疲れた自分を考慮してかと思っていたのだが、走る速さも随分遅い。
レイモンドの体力は砂漠越えの時に良く知っていたから少女は特に心配していなかったのだが、事態は深刻そうだ。

-------- 私は覚悟を決めなければならない --------

少女はレイモンドの腕を掴んで立ち止らせた。

「休みましょう、レイモンド様」

「なん……?」


何かをレイモンドが良いかけたが、有無を言わせぬ少女の態度に口を閉ざしてくれた。お互い、呼吸を整える。頭の血が脈打つ。少女はこんなに走ったのは初めてだった。


壁に背中を預け、辺りに気を配りながらレイモンドは抜き身の剣を油断なく握りしめる。月は建物の陰で見えない。それでも、辺りは完全な暗闇でもない。こんな静寂は、軟禁されていた時期の記憶を思い出しそうで怖かった。

「我武者羅に走っても、犬に追い付かれるのでしょう? 尚更一度、現在地を確認しましょう」

「……」

「レイモンド様?」

「……」

「レイモンド様っ!」

壁に体を預けていたレイモンドが、ゆっくり目を閉じてずるずると沈んでいったのだ。剣が手から滑り落ち、砂地を引っ掻く。カランという金属音。そのすぐ後に体が砂地に倒れこむ。子供が投げ散らかした人形のように動かなかった。重力に無抵抗のまま、人形は崩れ落ちた。

少女は怖かった。心底怯えていた。
体を起してあげようにもレイモンドが重すぎるため、せめてと頭を抱える。全く抵抗されなかった。
何度名前を呼んでも、反応は無く目を開けてくれない。苦しく歪んだ顔は異常な汗をかいていた。月明かりのせいだけでは無い青白さは何処からも生気を感じれない。なにより、体は今にもばらばらになってしまいそうなほど震えていた。少女は初めて、肩や腿の怪我が想像以上に酷いものだと知った。
そして、レイモンドの体は今さっき走っていたにも関わらず、冷たくなっていた。


風に運ばれた犬の鳴き声が、最初に聞いた時よりずっと近くで聞こえた。視界が揺らぎ始めた……少女は、何度か瞬きをしながら空を仰いだ。月は、建物の影になっていてやはり見えなかった。


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