ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

いつだって、そうだった
日時: 2014/05/30 17:40
名前: 苺大福 (ID: U0ZlR98r)


●登場人物紹介
レイモンド>>09

少女>>17

●目次

◆第一話 【彷徨う者】>>01
◆第二話 【出会う者】>>04
◆第三話 【素直な者】>>05
◆第四話 【駆ける者】>>06
◆第五話 【明かす者】>>10
◆第六話 【託した者】>>11
◆第七話 【見通す者】>>12
◆第八話 【越える者】>>13

突破記念
  【参照100突破記念】>>14

Page:1 2 3 4



Re: いつだって、そうだった ( No.3 )
日時: 2010/08/31 23:51
名前: 苺大福 (ID: /AT.x.Fs)

◆シュルル様

初めまして
コメント有り難うございます!

そうですよね! 頑張りましょう!
……完結するように。

(今度小説を読みに行きますね!)

Re: いつだって、そうだった ( No.4 )
日時: 2014/05/30 22:35
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: U0ZlR98r)

◆第二話 【出会う者】



私は諦めてしまった。諦めて逃げたのだ。
この世界で、諦めた人に手を差しのべる人はきっといない。そんな弱さでは生きていけないと誰もが知っているから。

……それでも、なかには物好きだっている。

私は弱いから、そんな事を期待して、逃げたのだ。



      *


砂漠の真ん中で、一組のキャラバン隊とその雇われ護衛がキャンプを張っていた。キャンプといっても簡易な代物で、何度も繕ってなんとか組み立っているありさまである。

辺りは流れるような模様を身にまとう砂丘と、熱風がかき回す熱気と、ひたすらの砂、砂、砂。もう三週間はこの光景ばかりで、流石に見飽きてしまった。
しかし、砂嵐さえ起きなければそこは見晴らしいの良い場所である。……だからこそ、岩陰に倒れていた少女も発見されたのだが。世の中、本当に運が強いやつはいるのだ。

「きっとあなたはいい人。私を助けてくれたんですもの」

例の少女は目を覚ますなりこの一言。そんな穏やかな口調の少女は、何故たった一人で砂漠にいたのだろうか。色々な事をレイモンドは聞き出せずにいた。


あくまでレイモンドはキャラバン隊の護衛として雇われているため、休憩時間であっても神経は尖らせ、周囲に注意を払いながら過ごす。賊も獣もこちらの都合お構いなしに襲いかかって来るからである。
いつものようにレイモンドが見張りにキャンプの簡易なテントから出る時、何を思ってか少女も一緒に這い出てきた。本当は連れ出したくはなかったが、今は大人しく隣で岩塩の欠片をいじっている。

少女と二人きり、何を話していいか全く分からないのだが、そういう訳にもいかない。成り行きで助けてしまったが、得体の知れない少女が訳有りだった場合、面倒な事になるのは火を見るより明らかなのだから。

「俺はレイモンド。今はこのキャラバンの雇われ護衛をしている。その護衛にお前は拾われたんだ」


拾われた、と意地悪く言い直したが少女に動じた様子はない。しばらくの沈黙の後少女は手元の岩塩の欠片を陽に透かして、レイモンドに微笑んだ。

「……それより、何をしている」

「ほら、綺麗ですよ。白くて透けていて……こんな綺麗な石、見た事ありません。何というのですか?」

「塩、だ。見た事無いのか?」

暫し少女は首をかしげ、レイモンドの顔と塩を見比べながら頷いた。正直驚いた。砂漠を旅する時には、水と食料はもちろん塩は必需品である。いや、旅に生きるものでなくとも塩を見たことはあるはずである。

「塩、は文献でなら知っています。……やっぱり、見たことないです」

「……そうか」

レイモンドが少女の方を初めて向いたが、今は岩塩の欠片に夢中のようだ。一番暑い時には、熱気で視界が揺れるもの。少女の横顔は、聖女の石像に見えなくもない。

風にはためくローブ。その下には、絹の腰帯がちらりと見える。ローブの袖から見え隠れする白い手首に、見た事もない石がはめ込まれた、幾重にも連なる腕環。牛革の丈夫な靴とその足首の金のアンクレットは、相当手が込んでいて高価な物だと一目でわかる。端正な顔立ちに良く映える焦げ茶の目。長い黒髪は日を受けて砂漠の砂と同じくらいに艶めいた。

こうして良く見れば少女は高貴な旅装をしている。それも、レイモンドの様な雇われ護衛には手が届かないような高価な装飾品ばかりだ。同時に、少女の服装は砂漠を渡るには不向きである。一体どこから来たのか。今までの会話のから レイモンドは長期戦覚悟で一つ塩をかじった。



沈黙の後、聖女の石像が唐突に話し出した。訳もなくレイモンドはドキリとした。……なにを。俺はこんな少女に緊張しているのか?


「それと、一つお聞きしたい事が……」

「何だ?」

「レイモンド様達は何処へ向かっているのでしょうか」

少女は真剣な顔である。この返答次第では、少女はまた一人旅を続ける羽目になるからだ。またはどこかに売り飛ばされて一人旅より辛い状況になりかねない。レイモンドもつられて真剣な表情になってしまった事を、隣で休む隊員がひそかに笑っている事はこの際気にしない。


「ここは、アナトリアン。見ての通り砂漠だ。このキャラバンは、此処から東に位置する砂漠の町、ナバールへ向かう途中だ。……幸い顔は上々だからな。良かったな」

「レイモンド様がその様な方ではないとわかっています」

……敵わない。そんな言葉をちょっとした笑顔を添えて言われては、男なら次の言葉に詰まってしまう。しかし敵わない相手と分かって尻尾を巻くようでは、護衛は務まらない。相手に不足なしともう一言。

「ナバールに着いたら、お前はキャラバンの誰かが買い取るかもしれない」

その気は無いのは素直にレイモンドの顔に出ているかもしれないが、追撃はしてみるものだ。しかし--------

「私の知る限り、恩人には恩返しをせよと女神は教えておられます。売られてしまっては受けた恩を返しきれない」

そんな言葉をサラリと言ってのけるような少女をレイモンドは知らない。いや、レイモンドが思う以上の賢さの表れか。次なる言葉が見つからず、少々男としてどうだろうかと疑問を持ったところで年上の男が割り込んできた。人生も半分をとっくに過ぎた大人から見れば、レイモンドと少女のやり取りは酒の肴に犬も食えないほど初々しいのだろう。やたら口元が意地悪ににやけているのが気になった。

「日が傾いたらすぐに出発だ。夜は冷えるからな、準備しとけよ」


レイモンドは、暑さを凌ぐ為に掘った穴の段差に寄りかかり空を見上げた。こんな砂漠でもほんの数十センチ掘るだけで体感温度が桁違いだ。こうした知識一つ有るか無いかで旅は左右される事が往々にしてある。もちろん、それは旅以外でも。レイモンドが学んだ事の一つでもある。

見上げた空にまともに目を開けられなかったが、ここから数時間で日差しは弱まるだろう。砂漠の夜は昼間と比べて悪戯に気温が下がる。

右も左も同じような砂丘と風と少しの植物の風景。それが月明かりの下ではその印象が変わり、迷いやすい。死の砂漠とは良く言ったものだと一人感心する。そんな夜を少女は一人でどう過ごしてきたのだろうかとレイモンドは考えた。

チラリと少女の方を向けば例の少女はそれに気付き、塩を舐めた後に、締め括りとばかりに一つ笑いながら。

「レイモンド様に拾われて、良かったです」

レイモンドは完敗ですとばかりに肩をすくめた。この言葉に返す上手い文句をレイモンドは知らないし、恥ずかしすぎて言えない。口の中が少ししょっぱいように感じるのは塩の所為だと思ってしまいたい。

そんな事を見越してか少女は悪戯な笑顔と共に言ってのけるのだから、喰えない奴だとレイモンドはもう一度空を見上げた。



Re: いつだって、そうだった ( No.5 )
日時: 2014/05/30 17:25
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: U0ZlR98r)

◆素直な者



「では、これで」

そう言って護衛を務めたレイモンドは、行商人から報酬をもらう。枚数を念のため二度数え、二重にした麻袋にジャラリと流し入れる。

「あの、その……レイモンド様?」

雇い主である行商人達が行ってしまった背中を見ていたレイモンドの隣に、少女が一人。今は高価なローブを頭からすっぽりとかぶり、一見どこかの修道士か聖女かといったところ。しかし先程まで砂漠で行き倒れて、危うく死にかけたという憂き目に遭った身である。

そんな彼女が、身長差的にもレイモンドを見上げた目には。……そもそも砂漠の町ナバールの城壁が見えた辺りから、レイモンドに絶大な期待を込めた眼差しを送ってくるのだ。これに気付かない男はいないだろう?

「何だ?」

その答えを知りながら、レイモンドは淡々と地図を広げる仕草をする。それは意地悪心から。少女は何かを言わんと口を開きかけたが、暫く思案し、結局は焦げ茶色の目を伏せて、蚊の鳴く声でこう言った。

「町に、入ってみたい……です」

素直な少女の報酬として町を見ていくことにした。思わずレイモンドは少女に向けていた顔を、不覚にも笑顔に変えてしまう。レイモンドが素直で結構と少女から目線を逸らした瞬間。

「レイモンド様はとても素直ですね」

蚊の鳴く声が隣から聞こえた。
それも、皮肉めいた言葉なのに、あっさりと。
レイモンドとしては、素直な少女をからかった前途と少女の笑顔とで喜んでいいのか分からない、なんとも絶妙なタイミングの不意打ちだった。動揺するな、と顔を固めたのがまずかった。

素直と言われて固まるレイモンドは、誰がどう見ても動揺が隠せないのがバレバレである。少女はひらりとレイモンドの隣を抜けて、こちらを振り向いてトドメを刺した。すなわち。

「レイモンド様は、やっぱり素直です」

頭にかけたローブをはずす仕草で、しかもこんな笑顔で言われてしまえば怒る気力もうせるもの。無邪気とは邪気が無いと書くわけで、邪気のない者に怒るなど器が知れたも同然。

結局レイモンドには返す言葉は無いのだった。


          *


賑やかな街とは、活気のあふれた街であり、その活気は人が発するものである。ただでさえも暑い町に、活気と熱気は鰻昇りだ。そして、人がいれば店もある。そこに住む人の生活を支える店も増えれば、町の規模は大きくなるもの。きっとこの町は今よりもっと大きくなる。

「ナバールは元をたどればオアシスの町だ。それも、詩人が水とともに人も湧き出ると言われるほどのな。しかし海が近いわけでもないこの町は、なんで人で賑わうと思う?」

レイモンドは少女に謎かけをした。やられっ放しは男が廃ると思った訳ではないが、負けっぱなしは誰だって悔しい。それも、少女に。

「……港がなくて、砂漠の広がる街のにぎわい……」

少女は眉に軽くしわを寄せて考え込んでしまった。レイモンドとしては楽しいのだが、会話が無くなってしまったのと、塩も知らない世間知らずに意地悪が過ぎたと思いヒントを出すことにした。

「ヒントは辺りを見てみると良い」

「辺り……」

人は誰だって過去を思い出す時は遠くを見る。少女は通りを歩く人にぶつかりながらも考えているようだ。門を通る前の風景は? 今現在、干しレンガ造りの建物の隙間から見える風景は? そして------

「わかり、ました」

雑踏に呑まれながらもレイモンドの裾を引いてこう言った。その目には、透き通った自信が踊っている。まだ答えを聞かぬうちから、レイモンドは正解だろうと直感した。

「山を越えるには危険がある。荷馬車も馬も、山には苦戦する。そして砂漠の横断の時に、ナバールを通らずに横断するのも難しい……」

「正解だ。海が無くとも、貿易は人がいれば成り立つし、大昔は水があるかどうかが発展のカギだったのさ」

だからこそ、それでも危険な砂漠を越えるのには旅慣れた者と護衛が必要とされるわけである。レイモンドも一度は商人の道を進みたいと懇願した事もあったが、少女の言う通り偽れない正直者の性分のせいで断念した。それも、この町で夢をあきらめた。


ご褒美に露店で革袋を一つ、少女に買ってやった。少女の腕に落とされたときにぽしゃんと音を立てる。突然の重量に、少女はふらつきながらも、勘定を済ませたレイモンドに早足でついて来た。

「……これは、水ですか?」

「やっぱり知らなかったか。--------これはラカナーと言ってな、この町では大人も子供も飲む。ほら、そこの露店で売られてる黄色い果物を山羊の乳で薄めたものだ」

最後に、美味いぞと一言加えると、少女はつぼみが開いたように笑顔になる。その笑顔は、ハッとするほど美しい。両手でラカナーの入った革袋を抱いているあたり、良い育ちのお嬢様のようだ。

--------もっとも、本当のお嬢様が砂漠でたった一人彷徨っている訳が無いのだが。

こう見えてもレイモンドは戦地や仕事を求めて各地を回るため、ある程度の知識を備えている。ラカナーはレイモンドの故郷でも飲まれていたし、なにより旅に出た者は故郷にあった物を見れば自然と嬉しいものだ。得意になってズラリと並ぶ露店を指さしてあれも美味いぞと話している時だ。

「いたぞ! こっちだ!」

いくら人が多かろうと、物騒な会話が聞き取れぬようでは護衛失格。一体何の話だろうかとレイモンドが話を中断した瞬間。
少女がレイモンドの手を強く握った。普通ここは赤面するところだが、少し少女の手は汗ばんでいて、震えていた。様子がおかしい。先程まで浮かべていた笑顔とは違う笑顔で、こう言った。

「レイモンド様、楽しかったです。でも、ここでお別れですね」

そう言って少女は握っていた手を離し、人混みの中を縫うようにして消えてしまった。あっと言う間の出来事で、しばらくレイモンドは動けなかった。何を言われたのか耳が受け付けず、ただただ少女の消えてしまった辺りに視線を彷徨わせていた。

ついさっきまで、自分の隣にいて楽しそうに話を聞いていた少女が。自分の手を握ってこちらを見上げていた少女が。そう思って手を握り返しても、実感がわかない。……今更手に残る感触を握り返しても遅すぎた。

手から滴る、少女の持つ革袋からこぼれたラカナーだけが、少女が今さっきまでいた事の証拠だった。

「逃げたぞ! こっちだ。追え、追え!」

直後に二人の男がレイモンドを突き飛ばして人混みをかき分けていった。レイモンドは我に返り、そして男達が行ってしまった方を見る。丁度、少女が消えた方向だ。そうなれば、男達の目的は言わずと分かる。


レイモンドはもう一度、少女が握った自分の手を見る。彼女は依頼主でも何でもない。そして、自分はどこかのヒーローでもないのだ。たまたま出会っただけの少女の為に、危険を冒すのは得策ではない。ましてや未だに素性も知れぬ訳有りの人物にかかわる所以もない。


------そう分かっていながら、レイモンドは走り出した。得策ではない。しかし。ここで追いかけないでいて、今夜は寝れるだろうか。

いつだって、容易い事と正しい事は紙一重であり難しい問題である。そして大概人が悩む時と言うのは、やるかやらないかのどちらかだ。


こんな気分になることは、いままでだってあった。この、腰で揺れている剣を片手に、人の生死を分ける時。そこに本当の正しさがあるのかと悩んだりもする。正義とは、勝者が敗者に向けて、己の正当化のために作り上げる事だと昔どこかで聞いた。


レイモンドは、自分が正しいのかが分からない。ただ、馬鹿に素直な自分だからこそ。そう思ったまでだった。


Re: いつだって、そうだった ( No.6 )
日時: 2011/08/15 00:00
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: IpYzv7U9)

◆駆ける者


人通りが減ってきた。活気のあった商業区と違い、今いるところは寂れた印象を受ける。この不慣れな町は実に複雑な構造だ。ふと脇に道があると思えば、そこからまた二又にも三又にも別れていく。

そんな迷路の様な町を一人少女が駆けてゆく。少女は追われていた。その理由は少女自身が一番自覚している。けれどひとつ計算違いがあるとすれば、思っていたより早く居場所がばれてしまった事だ。


乱雑に散らかされた木箱を一つ飛び越え、狭い路地を奥へ奥へと駆けて行った。時刻は町の店が閉まりだす時間帯で、砂漠の町はこれから眠りにつこうとしている。ゆっくりと呼吸する街並みを、少女は駆けてゆく。額を汗が流れ、黒髪が顔に張り付き、息があがってきた。足取りもやや重く、何度も躓いて膝はすっかり汚れてしまっていた。久しぶりに走った事と、長旅の疲れがまだ癒えていない事が原因なのは明白。

疲れが隠せなくなってきて、ふと瞼を閉じてみた。散漫になった集中力は、息とともに整うもの。森閑とした閉鎖的な空間を思い出し、深く呼吸を吸う。
しかし、少女の瞼の裏に映ったものは暗い闇ではなく、ある映像だった。いつもの事。たまにこうして目を閉じると、白い霧の様な物が見える時があった。その霧が晴れると映像が見える事があるのだ。それは未来であったり、過去であったり、現在の何処かだったり--------

小さい頃から、ずっと気味悪がっていたこの霧。その霧の向こうに見えるものは必ずしも嬉しいことではなかったからだ。ずっとずっと、気味が悪かった。


慎重に揺らぎ続ける霧を見つめていると、最初はぼんやりと、だんだんはっきり、一人の青年の顔が映った。揺らぐ霧のスクリーンに映し出される光景が一瞬眩く光る。
少女は息をのんだ。まだあがっている息が早くなった。その青年を知っていたのだ。その青年は、顔も服も赤黒く汚れていた。怪我をしているのかもしれない。そしてその目は、感情なんてないような生気の無い目。血の気が無い白い顔。不自然に折れた左腕。------まるで壊れた人形のように彼は立っていた。その立ち姿に知っている青年の影を重ねるが、あまりの変貌ぶりに少女はしばらく呼吸を忘れた。

その青年がゆっくりとこちらを振り返り、ぱりぱりに乾いた口を少し開いて、白い息と共に呟くように言葉を--------

「レイモンド様!」

思わずそう叫んでいた。二粒の涙がはらりと転がった。そして、少女は自分がまた夢を見たのだと思いだした。幸運にも叫びを追手は聞きつけていないようだ。
それより、少女は心臓の音が止まらなくなってしまった。先程の、白い靄の中の鮮明な映像が頭から離れない。レイモンドという、先程別れを告げた青年の姿が。不吉な予感がする。あの姿は彼の過去の姿? 未来の姿? 分からないからこそ少女は、霧の出てくる夢が嫌いだった。怯えていた。


追手に追いつかれるか、この砂漠の町ナバールで無一文で彷徨うか。どうせなら、自分のちょっと先の未来が見えればいいのにとまた目を閉じたが、もう白い霧は現れなかった。見えなくて良かったと安堵するも、どうなるか分からない未来が怖くてたまらなかった。



          *


レイモンドは何度かこのナバールに仕事柄から訪れてた事がある。初めて砂漠の門を潜り抜けた時、当時の彼は十一だった。知識も経験も実力も無かったが、商人になりたいという夢を持っていた幼き自分。その自分を、この町に来る度に思い出す。

そして、砂漠の砂が水を吸うように夢は消え去り、その手にはいつの間にか羽根ペンは握られておらず、借金しか握られていなかった。

知識も経験も実力も持っていなかったレイモンドは最早、剣しか握ることが出来なかったのだ。各地の戦場を巡り、時に護衛を務めて生きていく。なぜ、血生臭い生き方しか出来なかったのだろう?

借金と毎日の生活とで安らぎなど無い生活。もしこの砂漠を出れるだけのまとまった金が出来たら、海に行きたいと思っていた。漁師になってもいいかもしれない。海を渡って新天地を求めてもいいだろう。

……けれど、日頃の生活でさえ苦しい今のレイモンドには届かない未来。

そんな幼稚な願望にすがるように生きていた彼の目の前に、一人の黒髪の少女が現れたのだった。世間知らずで、深層の姫君のような少女が。

そして彼女はレイモンドに多くを語らず消えてしまった。出会いと同じように、突然に。
それだけなら追いかける必要なんてない。彼女はただ道中危険だからと、お礼がしたいとついて来ただけだったのだから。


--------それなのに胸に広がる不安は何だ?

レイモンドは自分が馬鹿らしいとさえ思えてきた。たまたま出会った少女が追われているからと言ってなぜ自分に関わるというのだろう?
得するどころか、面倒事に巻き込まれて怪我をするどころじゃなくなったら? 大赤字じゃないか。


そんな商人のような損得勘定で物事を計る自分に、幼い自分を重ねる。それと同時に、そんな冷徹な考えを持ってしまう自身を嫌悪してしまう。
認めたくないが……自分はきっと御人好しで、素直なのだ。------少女が言った通りに。


それでも自分は傭兵だ。信じられるのは己の腕とひと振りの剣。時に金。
だから、御人好しが生きれる様な世界では無い、のだが。
別に少女にまた会えたからと言って、どうするつもりでもなかった。ただ、突然すぎる別れに戸惑った……。こうして走りながら悩んでいる自分は、優柔不断で日和見。嗚呼、なんと情けないのだろう?


その瞬間。


レイモンドは背中に人の気配を感じた。辺りは入り組んだ路地。人が隠れるには絶好の場所だが、人を追い詰めるのにも絶好の場所。不意打ちにも適した場所でもある。

レイモンドはとっさに腰の剣を引き抜き、手近な横道に素早く隠れた。髪が興奮でざわめき立つ。握りなれた相棒の柄を信頼するように強く握る。目が獣の様な不気味な光を帯び、ガッシリした肩が盛り上がる。

いつでも飛び出せるように姿勢を低くし、重心がぶれないように足を踏ん張った。そのまま腕を突き出せば丁度人の鳩尾ぐらいの高さ------レイモンドの武術とは対人に特化しているせいだろう。

茜の空は人の影を長く伸ばす。哀愁を漂わせるには、まだ早い。なぜなら獣は、夜にこそ凶暴になるから。レイモンドが夜行性と言うわけではない。ただただ、押さえられない興奮が背筋を通って頭の中で響くのだ。


レイモンドが先程までいた道から、長い人影が現れた。得物を見つけた野獣の様に、まさに飛びかかろうとしたその時--------------




「がぁ!?」


レイモンドの隠れこんだ路地の、つまりはレイモンドの背後の暗闇から、手が伸びて彼の口といわず鼻といわず塞いだのだ!

狭い路地では上手く体が動かない。ましてや後ろから押さえられた体制では、呼吸どころか、抜け出すこともできない。苦しそうにうめくことさえも目の前の影の本人が追ってならば逆効果である。

------挟み撃ち、だ……と?


狭すぎる路地で自分を抑える腕を振りほどく事も出来ないまま、レイモンドは握っていた剣を脇をしめて後ろの人物に突き刺そうともがいた。背後の人物はそれに気付き、一言こう言った。




「このまま、じっとしなければ……殺す」

砂漠の夜より冷たい一言を。

Re: いつだって、そうだった ( No.7 )
日時: 2010/09/12 05:50
名前: agu (ID: zr1kEil0)


はぁ〜……素晴らしい文章ですな。
自分なんかよりも数倍上でございます。

そして主人公の名前がかぶってしまった件。
新小説の主人公がレイモンド・ブラックウォーターなのですよ。
拝見させて頂いた時にああ、くそったれと。

でも、そちらのレイモンド君の方が百倍男前なので、何だか負けた気分に……何でしょうね、これ。


まぁ、そんな戯言は置いといて。
応援させていただきます。


Page:1 2 3 4



この掲示板は過去ログ化されています。