ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 奇怪譚座談会 ——『古書肆・千刻堂』
- 日時: 2010/12/17 00:33
- 名前: L.A.Bustle ◆zdZJw9S3Zc (ID: nYs2x9iq)
☆前書き☆
どうも、実ははじめましてじゃないけどはじめまして。L.A.Bustle(ラ・バストル)と言います。
何だか作って止めて作って止めてを何度も繰り返してるので、前の名前だと若干書きづらくなって名前変えました。先頭にSが付く奴です。ハイ。
今回は今まで書いてきた長編物を諦め、ショートショート調の怪談話を、時折幕間話を挟みながら繋ぐ形式にしたいと思います。要は短編集ってことでして。
途方も無い話になりそうですが、最終目標はきちんと決まってるので、とりあえず見てってくれると嬉しい。
ただし、ネットモラルやマナーをきちんと守り、読者様に迷惑のかかる行為(荒らし、過度の雑談、喧嘩、誹謗中傷etc…)は慎みませう。
また、本作中の話の展開及びキャラクター、団体等の名称、本作に登場する化物や憑物の容姿や名前は霊感ゼロのスレ主の妄想や参考にした書物に基づくフィクションです。その為、色々とネタが被っていても偶然の一致として考えていただれば、と思います。
更に、物語の雰囲気を保持するため、難読漢字や当て字、難解表現については敢えて何も説明を加えておりません。予めご了承くださいませ。
尚、受験シーズン真っ只中のため、更新は亀に近いかと思われます。短編集なので幾らかは早いかと思われますが、これも予めご了承くださいませ。
では、何やら前置きが長くなってしまいました。
色々と準備でき次第順次更新していくので、まあのんびりと長い目で見てやってください。
——Written by/L.A.Bustle
☆お知らせ☆
・『零/座談前説』の『三』の一番最後の台詞、及び描写を少々変更しました。(12/16)
・『三/八十年蝉』の最後の辺りの語りにて時期の誤りがありましたので修正・及び変更しました。(12/17)
- Re: 奇怪譚座談会 ——『古書肆・千刻堂』 ( No.9 )
- 日時: 2010/12/19 16:56
- 名前: L.A.Bustle ◆zdZJw9S3Zc (ID: nYs2x9iq)
四/小隊、此処に並び立つ (語り部:萩原 直人)
全く、凄い話ばっかり最初から連発してくれちゃって、一体僕に如何しろと言うんだい。そらね、僕ァ元軍人だからそりゃあ色々と心霊経験はあるけども、肝が縮み上がるような体験ってのはあんまりないんだよ。だから僕の話も短いし、あんまし面白くないかもねえ。拝み屋さんや店長の話に期待するよ。
まあ、怖くはないけど不思議な話ではあるから、聞いてくれたら嬉しいね。
ま、さっきも言ったけど、俺は元軍人なんだよねえ。
家が貧乏だったから授業料タダの防衛大に行って、授業料が返せそうにないからそのまま軍人になったわけなんだけど、卒業して五年、だからまあ一昨年だね、演習中の事故でこの通り足が動かなくなっちまったからこの若さで退役軍人の名前を冠せられる羽目になっちゃったわけ。ま、それはあんまり関係ないけどね。
で、まあ、僕が今からするのは退役する以前の話だよ。退役する三年位前の話。
当時僕がお勤めをしていた軍はね、敷地内のとある一角……そうだなあ、あそこだ、爆撃機とかヘリとかが飛ぶ所。あの付近でねえ、物凄い数の足音が聞こえるって噂が実しやかに伝えられていたんだよ。実際に聞いた人、まあ僕の上司が零した話なんだけども、ザッザッザッザッザッ——てな感じで、正に軍人が列を成して進むときのあの足音にそっくりだって言うのさ。
その頃の僕ァまだ青臭い奴でね、面白いことにゃあすぐ顔を突っ込みたがる奴だった。だからさ、君達のお察しの通り聞いてみたいと思ったんだよ。だけどねえ、上司曰く「飛行場に行けばいつでも聞ける」らしいけど、その時の僕ァ色々とね、忙しい身だったから。そう言う音が聞こえてても気付かないような身分だったんだよ。一兵卒だしねえ。
でもまあ、忙しさに追われる毎日ってのはずっと続けてるとそれで身体が慣れてくるんだ。最初はもう一杯一杯で目が回るような忙しさに感じてたものも、その頃になると何故か普通だと思えてくるようになってたわけよ、何時の間にか。だからだろうねえ、精神的に余裕が出てきて、他のことにもちょっとは目を向けられるようになった。
そう言うときにね、聞こえてきたんだよ。例の足音。
訓練中だからね、飛行機のエンジン音が頭ン中で爆発してる。そんな時だったかな。
今まさに飛行機に乗り込もうって僕の背後で、もう吃驚するくらいの大人数……多分一個の小隊くらいの軍靴の音が足並み揃えてこっちに来るんだよ。ザッ、ザッザッザッザッザ、ってな感じで。しかもその足音、僕の背後でザザッて音立ててピタッと止まった。あんまり突然のことだったから訓練中なのにボーゼンとしてね、思わず足音が聞こえた方を見たんだよ。
——いや、吃驚したねえ。本当にね、一個の小隊がきっちり整列してるんだ。泥と埃で薄汚れたカーキ色の軍服着て黒い軍靴履いて、肩に年季が入った泥塗れの機関銃担いだ軍人が列挙してるんだよ。しかも、そいつ等皆薄透明でね、身体を通してアスファルトの地面が見えるんだ。その癖にやけに存在がハッキリしてる。一言で言えば変だったよ。
いや、軍に入ってから幽霊なんか見たのは初めてでね、上司の声も上の空で軍人をじーっと見てると、つかつかって音をさせて、最前列に居た精悍な顔立ちの若い軍人が歩み出てきて、いきなり最敬礼しだした。その人は当時の僕より少し年上くらいの歳格好をした男の人でね、僕の親父の若い頃と顔がそっくりだったよ。
で、その親父と顔がソックリの軍人、風を切る音も凛々しく手を下ろし、よく通る声で言った。
「随分と若いが、君も同道の士なのだね。気を付け給えよ、死は常に背合わせに付き従っているのだから」
……なーんて。あまりに声がリアルだったからかな、何かもう無意識に色々と返事したよ。彼、ボーゼンとしてる僕の声を聞いて「青い奴だなあ」とか言いながら少し笑ってね、次の瞬間、並んでた小隊と一緒にフッと消えた。それこそ、アスファルトに書いた絵に水ぶっ掛けて消してるみたいな感覚だよ。後には飛行機の爆音みたいなエンジン音ばかりが響いていた。
嗚呼、それ以降も時々出るらしいんだけどね、その小隊。軍を退役した後よくよく調べてみたら、僕に最敬礼した小隊長らしい軍人は僕の爺さんだったよ。随分な奇遇だよねえ、僕が軍人になったのは爺さんのお導きなんじゃないのかな。ホント。
あ、そうそう。桔梗さんの写真に肖ってじゃないけど、僕も爺さんの軍人時代の写真見つけたから後で見せるよ。
僕の話はこれでお仕舞い。次は杉下さんが話してよ、面白そうだからさ。
- Re: 奇怪譚座談会 ——『古書肆・千刻堂』 ( No.10 )
- 日時: 2010/12/22 23:15
- 名前: L.A.Bustle ◆zdZJw9S3Zc (ID: nYs2x9iq)
- 参照: この話が話的には一番まとまっていると思う。
五/ゆうらり、ふらり (語り部:杉下 佐京)
御指名ありがとうございやす。
いやはや、全く話の数がまだ一桁だってェのに、皆凄い話ばっかりだなァ。椎木クンなんて初っ端からそんな大ネタ出してからに、後大丈夫かい。イヤ、いいなら良いんだよ、アッシが勝手に危惧しているだけだからね。アッシは拝み屋さんのような御家柄に生まれた人だから心霊体験は結構多いんだけども、初っ端だから軽いものをネ。
いやあ、他の人よか多分短いだろうねえ。何しろ一瞬のことだったから。
それでもまあ、怪談っちゃ怪談なのさ。聞いておくれな。
そうさね、三年くらい前の話になるかなあ。
小学校の頃に産みのカカ様を亡くしたアッシのカカ様同然だった、七歳離れの姉貴がね、アッシが仕事に行ってる間に亡くなられた。長年の無茶と過労が祟ってぶっ倒れてそれっきり、急性心筋梗塞でしたがや。ア〜、そうそう。電話受けたアッシがモノも言わず飛び出してった、あの時だね。
仕事も何もかんもほっぽって家に帰ったら、既にそこにゃあ姉貴の同級生だとか友達だとかが勢揃いしててね。姉貴は神棚の前に敷かれた布団の上で、まるで寝てるように死んでた。うん、うん。ホントに寝てるような安らかな御顔だったけども、死んでる人の顔ってなァ生きてる人の顔とは違うねえ。何処がどうとは言い難いけどねえ、何処かが死んでるんだよ。やっぱ。
周りを見たらね、やっぱり皆泣いてらしたよ。あまりにも姉貴の顔が安らかで生きてるみたいだったからだろうねえ、亡骸に縋り付いて「お願いだから目ェ覚まして」と泣き叫ぶ人もいりゃあ、静々さめざめと泣く人、畳に突っ伏して泣き崩れる人、既にまっかっかに目ェ腫らしてぼけーっと俯く人、そりゃあいろいろ居た。
だけどアッシはその辺結構冷たくてねェ、今までに色んな人の死ってのォ見てきてるからかな、哀しいけども涙ってのは一滴も出てこないんだねこれが。ただボケーッとしてどっからどうみても死んでる姉貴の傍に寄ってね、顔の前で手ェ合わせて、枕元でぐちゃぐちゃに丸まってた白布を顔に掛けて、集まってる皆にちょっとした挨拶だけしてね。
うぅーん……この辺りからは何故かあんま覚えてないんだけども、とりあえず葬儀屋さん呼んで簡単な御通夜だけしてもらって、どうにも皆グテングテンに疲れているようだから納棺して火葬にするのは明日にしましょう、ってことで何となく皆で納得して、「それじゃあ骨になる前にもう一度だけ顔を見とこう」と思ってふらふら〜っと亡骸が寝かせてある部屋に行ったわけで。自分でもこの辺の行動は説明できやせん。何しろアッシ、説教も焼香も上の空になるくらいグタグタに疲れてたんでねェ。皆も泣き疲れてたり仕事の疲れが重なってたり、皆して売れ残って萎びた野菜みたいになっちまって。
で、ま、兎に角姉貴の居る部屋に行ったので。
ほけっとした頭で何考えたのか分からんけど、アッシは素早さゼロの動きで掛けられた白布取っ払って、まじまじ姉貴の顔を覗きこんでみたわけだい。そんで、ここで初めて姉貴は死んだんだなあって思ったんよな。ん、あぁ、言う事が矛盾してるかもだけど、イヤ、改めて死んだんじゃなあ、とま、ここで再確認したっていうのかな。
そんだらいきなりモノスゴーク哀しくなってきて、ボロボロボロボロ涙が零れてきたわけさね。今思えば何で泣いたのか全くわけが分からないけども、もう声まで出して泣くったら泣く。十年分くらい涙使ったんじゃあないかってくらい泣いてね、喉が嗄れて声が掠れてもずーっと泣き通しだい。
で、その時だね。ぽん、ってな感じで、畳に突っ伏して泣いてるアッシの背中に手が置かれたんで。でも人の居る気配が全くしないし、しかも吃驚するほど冷たいんだヨ。いやはや全くギョッとしてね、ボロボロ零れてた涙もあっと言う間に引いて、氷みたいに冷たい手の元を辿ったわけです。後は御察しどおり。
ずるずるっ、てずり落ちて布団の上に落ちた生気の無い手ェの主はね、姉貴だった。アッシはずうっと顔の下でバッテンに腕ェ組んで泣いてたし、勿論辺りにゃ誰も居ない。手が独りでに動いて背に置いたとしか思えないんだよォ。
それっきり姉貴は何処も微動だにしなかったけども、何ちゅーか、叱咤激励されたような気がしたねえ。
うん、アッシの話はこれで仕舞いだよォ。次は誰が話しますかい。
- Re: 奇怪譚座談会 ——『古書肆・千刻堂』 ( No.11 )
- 日時: 2010/12/24 02:05
- 名前: L.A.Bustle ◆zdZJw9S3Zc (ID: nYs2x9iq)
- 参照: ヒトガタ=身代わり人形のようなもの。
六/ヒトガタ (語り部:蓮如美奈)
……もう、ね。凄すぎて声が出ません。いきなりですが、話入っちゃおうと思います。
ああ、その前に一つ言っときますね。
実はあたしが今から話そうと思ってるこの話、あたし自身が体験した話じゃなくって、あたしの兄から聞いた話なんです。又聞きだからあんまり迫力とか不気味さとか出せないかもしれません。
拝み屋さんとか店長さんとか、藤堂さんや椎木君は聞いたことがあるかもしれないけど、あたしの兄は二十歳の時に自然気胸っていう病気で倒れたんですよ。それで、倒れた後暫くは都心の病院に入院してたけど、都会じゃ空気が悪いからって言う理由で山奥の田舎の空き家に引っ越して、そこで通院しながら結構長い間療養してたんですね。その時の話です。
ええっと、兄が二十一のときだから、丁度一年前のことです。よく晴れていて暑い日でした。
兄は何時ものように家で静養していたんですけど、その日はとても調子が良くて、何故か無性にウズウズして外に出たくなったんだそうです。母は「この暑いのに一人で出歩くのは危ない」って凄く大袈裟に引き止めたんですけど、兄は聞く耳持たず。結局母も根負けして、兄は一人で真夏の炎天下の中で散歩に出かけました。
まだアスファルトで整備もされてないような田舎の砂利道には陽炎が立ち上っていて、足元は靴の裏が焦げるんじゃないかって言うくらいの暑さ。おまけに陽の光を遮るものが何もない所だったから、ぶらぶら歩き回って五分も経たないうちから熱中症に罹っちゃって。しかも途中で気胸の発作が起きて、道のど真ん中に座り込んだまま動けなくなっちゃったんです。
だけど不思議と焦りとか苛立ちとかは全く感じなかったそうで、ただ座り込んだまま、ふと妙な予感がして今まで来た道を振り返ってみたんだとか。まあ、こっちには陽炎の立つ砂利道ばっかりが続いてて何の変哲も無かったんですけど、思い違いかと思って視線を前に続いてるはずの砂利道に戻したら……あれ、御明察。
そうなんです。目の前に女の子が居たんですよ。
派手な緋友禅の上から桜模様の着物を逆襟に着ていて、ぞっとするくらい肌が白くて、大きな眼も長くてくりくりした髪の毛も外人みたいに色素が薄かった。それだけでも十分「変だ」って思ったけど、その女の子、瞳孔がまるで暗闇の中にいるみたいに開きっぱなしだったそうなんです。しかも友禅なんか着てたら当然暑い筈なのに、その女の子は汗一つ掻いてなかったとか。その辺に関しては鈍い兄も「ああ人間じゃあないな」って。
……いや、冷静というか、熱に浮かされてたし意識もちょっと朦朧としかけてたって言ってたから、多分正しい判断力を見失ってただけだと思います。兄自身「あの時の自分は自分だけど自分じゃない」って言ってるし。
で、まあ、兎に角。女の子は座り込んだまま動けない兄をじっと見つめて、不意ににっこり笑いました。その時の女の子の笑い方は綺麗だったけど、まるで能面みたいにのっぺりしてて、凄く不気味だった。で、女の子に微笑みかけられた途端、兄は急に気が遠くなって、その場でバッタリ倒れて気を失っちゃいました。
それから何時間経つんでしょうね……。
ふと眼を覚ますと、病院のベッドの上でした。
母曰く「夕方になっても戻ってこないから心配になって探しに行ったら、近くの小川の辺りに生えている楠に凭れ掛かってぐったりしていた」そうですが、お話したとおり兄はその小川から五百メートルくらい離れた道のど真ん中で倒れたんですよ。兄はそれを聞いた途端、何故かとてもぞっとしたんだとか。あの女の子は一体自分に何をしたんだって。
後日、調子の良いときと涼しいときを見計らってあの道へ行ったそうです。でもそこには一、二本、あの色素の薄い髪の毛が落ちてるだけで何も無かった。だけど兄はどうしても不安感を拭えなくて、今度は小川のほうへ行ったんですね。
そしたら、小川の底には、あの緋友禅と桜模様の着物の布地を巻きつけた木の人形が埋まってたそうです。
兄は「何かのご縁が在るんじゃないか」って直感で思ったらしくて、ソレを持って帰って来ちゃったんですよ。曲がりなりにも自分の身を助けてくれたんだからって。これについてはまた話が……。
あ、そうだ。この話はまた後で話します。まずは桜庭さんのお話でも聞きましょうよ。
- Re: 奇怪譚座談会 ——『古書肆・千刻堂』 ( No.12 )
- 日時: 2011/01/12 18:04
- 名前: L.A.Bustle ◆zdZJw9S3Zc (ID: nYs2x9iq)
七/猫獅子 (語り部:桜庭 賢)
二年くらい前にさ、震度六くらいの物凄い地震あったろ。そうそう! それ、榎サン家の土鍋が割れたってときの話。そ、皆して皿が割れただの鉢植えが落っこちただの仏壇が倒れただの……まあ言及するとキリないから止めるけど、何かしら被害にあったと思う。俺ン家もね、そういう被害にあった一人なんだよ。
ちょっと前置きが長くなるけど勘弁してくれ。
俺が曲がりなりにも古本屋の買い付け頼まれるバイヤー兼ネゴシエーターなことは周知の事実だろ。毎月一回は必ず桐ちゃんを引き連れてあの旧家まで行かなきゃならないんだけど、なあ。そうそう古本が月に何千冊も売れるわけがなし、売れ残った本とか棚に入りきらない本とか、場合によっちゃあ江戸時代の蘭学研究書の写本とか、要するに売れなかった本とか普通の人には売れない本は俺のところに集合するんだよ。
おう、そうだ。俺の家に大きな土蔵があったろ、あそこにゃ元々親父が残した遺産が色々詰まってたんだけどな、全部親戚にあげちまった今はな、売れなかった本とか学者の支払い待ちの本とかがぎっちり詰まってやがるんだ。冊数なんて千冊からこっち覚えてない。全部売れば『千刻堂』がもう一軒立つくらいはあるだろうな。質数共々な。
で、まあ話が逸れちまったが、その地震が起こった日、俺は今まで土蔵に詰め込んでた本の整頓をしてたんだよ。中見たことのある奴は知ってるだろ、何度整頓しても追いつかねえんだよ。入ってくる本の量が多くて。別に店長のことを貶めてるつもりは無いけどよ、あんなに本溜めてたら何れ管理できなくなっちまうよ。
まあ愚痴は後ですることにして。
その地震があった日に俺はまあぶらぶらと片付けてたわけだけど、俺がその日やろうとしてたのは梯子使わないと登れないようなところの整頓だったんだな。そんで梯子を上ってて、さあ最上段に着いた——って時に、来た。ガッタン、てな音がして、大して固定もしてなかった梯子が大きく傾いた。しかも梯子は足の長さが揃ってないオンボロだったから、崩れたバランスを立て直せずに、梯子諸共ガッシャーン! おう、落ちたぜ。
俺は地の上から実質五メートルくらいの高さから叩きつけられた。しかも落ちた場所が小さい本棚が一杯集まってたところだった上にちょっと身体が捩れたみたいな格好だったから左肩と側頭部を強かに角でぶつけてな、一瞬ホントに魂が吹っ飛んだみたいな感覚だった。まあ頭と肩が痛い何ので直ぐに吹っ飛んだ意識は元に戻ったけど。
とりあえず、もう息が止まるくらい痛いんだよ。
ん? ああ……それは不幸中の幸い、本棚には色々とマニア垂涎の稀購本とかが入ってるから、どれもかなり頑丈な鋼鉄製の観音扉に南京錠三つくらいガッチリかけてる。だからそれに関して心配は殆ど無かった。そういえば、藤っちの家は本棚が倒れて一大事だったらしいな。まあこの期に及んでそんな事はどうでもいいか。
兎角、ちょっと動かすだけでも思わず声が出るくらい痛い。しかも『メギッ』ってな音がするくらい激しくぶつけてゴリゴリ擦ったから、頭と肩の肉を盛大に削ってな。あっと言う間に頬から首から肩から血塗れだ。……ああ、何でだろうな、怪談を語ろうとすると何処かしらで流血とか嘔吐騒ぎになってるような気がする。普段は身体の中に納まってるのが出てくる現象ってのはバケモンを呼ぶのか? あ、失敬。女の子にこんな話はするもんじゃねーな。
ま、いいや。
休日にいきなりこんな事が起きるたァ予想してなくってね、その時俺は連絡手段を何も持ってなかった。だから只管痛いのと失血で目の前が朦朧としてくるのとを堪えるしかなかったよ。そーいや、中学のときのリンチでアバラが折れて肺に突き刺さって以来だな、死を覚悟した瞬間。——嗚呼、聞き流してくれ。蒸し返したくない。
ったくよ……話を戻すぜ。
で、俺は血だらだら流しながら本棚にぐったり寄りかかってたんだが、その時な、動物の雄叫びみたいなのがが何処からともなく聞こえてきたんだよ。なんて言うか、言い表しにくいなあ。強いて言うなら雄の大人の猫の声にちょっと似てたけど、高くもあるししゃがれてもいるしドス効いてるし、何とも言えない鳴き声だった。猫とライオンの色んな声を引っ掻き集めて足して二で割ったみたいな声、って言えば分かるか?……分かんねえよなあ。
でもまあ、一言で言えばやっぱり変だ。妙。そんな声として受け取ってくれ。
しかしながら、その時の俺はそーゆー怪奇現象を驚く余裕もなかった。「あー変な鳴き声が聞こえてるなー」くらいの認識。でも、ふと見た本棚の隙間から、もうホントに『ヌルッ』て感じで何か変な動物が出てきたときは痛いとか辛いとかいう感情も吹っ飛んで「うわぁっ」てな情けない声上げたぜ。いや絶対なるって。
第一印象、真っ白。
第二印象、三つ目?
第三印象、ライオンと猫を足して二で割った感じ。
いやもう、これ以上の視覚情報は脳味噌が断固拒否した。一瞬ショックで気失うくらい突っ込みどころ満載だったんだよ。しかも考えてみれば、そいつは明らかに身体の太さがちっちゃな酒樽くらい在るのに、俺の腕がやっと一本入るようなところから何の苦もなく出てきた——
と、これ以上の思考は無理だった。考えれば考えるほど気が遠くなってきて、結局何か答えを掴みかけようとしたところでぷっつり。ダークアウトって奴だ。どーやら失血量も限界、相変わらず息をするだけでその辺をのた打ち回りたくなるような激痛も健在、俺のその時の思考力はそれが限界だった。
ただ、意識が途切れる前の一瞬、その白い三つ目の化物がこっちへ近寄ってきて、俺の頭をちょっと触ったことは記憶に残ってる。あと……ダークアウトしてから何処くらい経ったかは定かじゃないが、一度だけ少し意識が戻りかけたとき、何かの上にうつ伏せに載せられてて、何処かに運ばれてるような感覚もあった。
おう、俺もそう思う。ただな、俺は見てのとおりの身長だろ。それでなくたって本棚から出てきたのは普通の猫より一回りくらい大きいくらいで、総合的に見ればちっちゃかったんだ。どう逆立ちしても俺の洋服を引っ張って引き摺っていく以外、あのケダモンが俺を運べる道理はないぜ。だろ、榎サン。だよな。
- Re: 奇怪譚座談会 ——『古書肆・千刻堂』 ( No.13 )
- 日時: 2011/01/12 18:05
- 名前: L.A.Bustle ◆zdZJw9S3Zc (ID: nYs2x9iq)
だがよ……。
幾ら運べる道理がなくても事実としては運ばれてたんだ。そいつに。
気付けば俺は病院のベッドの上で横になってて、そのちっちゃい奴は枕元にちょこんと座って怪我したところをこう、ぺたぺた撫で回してるんだよ。周知のとおり俺の怪我は頭七針肩十針、計十七針の史上最大の大怪我なわけ。無遠慮に撫で回されたら当然痛いだろ。でも、確かに触られてるはずなのにまるっきり痛くないんだ、これが。
ただ、幸か不幸か得体の知れない化物に得体の知れない事をされてるのは慣れてる。それもあった上に予想以上に失血が凄かったから意識がまだモーローとしてて、直ぐにまた気が飛んじまった。その間もそいつはずっと肩に肉球をぎゅうぎゅう押し付けてたんだけどな。まあ、気持ちが良かったかといわれたら微妙なトコだ、よく覚えてないし。
で、結局俺は次の日にまた意識を取り戻して、そっから一週間くらいで退院できたんだけど、俺が入院してる間中ソレは片時も傍から離れなかったし、今も土蔵に住み着いてる。だからま、俺も最後の方は大分愛着を持ってたな。妖怪に愛着を持つなんて変な話かもしれないが——うん、可愛くない事はないんだよ。不気味だけど。
ソイツの正体?
うーん……何ともいえないんだ、それが。俺の調べた限りだと『白澤』ってのが容姿的には一番近そうだけど、何か違うんだよ。『白澤』は額に二本と胴体に四本の角を持つんだが、そいつには角なんか無かったし、第一奴にあるらしい胴体の六つの眼も無かったし。だから、まあ俺は『猫獅子』って呼んでるよ。猫にも似てるしライオンにも似てるから。
そうだ、呼んでやろか?
もうすっかり懐いちまったから、此処からでも手を三回鳴らせば来るぜ。どーする?……何だ、皆度胸がないなあ。じゃ、一応ソイツの写真があるから後で適当に廻しとく。度胸試しに見といておくんな。
それじゃあ、次は桐峰が話せよ。藤堂と店長の話は期待してるから後回しだ、後回し。
この掲示板は過去ログ化されています。