ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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壁部屋
日時: 2012/03/09 22:00
名前: ryuka (ID: ODVZkOfW)


——————— 冷たい。


黒天の夜空から、さんさんと、粒が降る。
人通りがすっかり途絶えた夜道は、霧のような細かい雨が降っていた。何の明かりも見えない。街全体がぼうっとした闇で包まれていて、少し先もよく見えない。


……足がいたい。着物が重い。眠い。疲れた。

吐く息も白く結晶する寒さと、針のような霧雨は容赦なく体の奥まで響いていく。手の先足の先が寒さで痺れて、感覚もおかしくなって、本当にこれらが自分の一部であるのかさえ曖昧だ。
けれどこれも、あと少し。

思うに、
この寒さを感じることさえ、きっと幸せなことなのだから。



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Re:  壁 部 屋  ( No.18 )
日時: 2011/08/26 01:53
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .tpzY.mD)

「おー、苓見、遅かったな。」


さんざん遠回りをして小屋に着くと、同居人の矢々丸が鶏の首を絞めていた。どうやら今日の夕飯は鶏肉らしい。

「どうだった? 鬼には会えたか?」鶏の白い羽にくしゃみをしながら、矢々丸が聞いた。
「会えたけどな、妙なお土産もらった。」言いながら、右肩の蛇を見せると、矢々丸は眉間に皺を寄せた。

「無理はするなって、何回も言っただろ!どうすんだよ、こんな意味分かんないの入れられて!お前まで、本当に、本当に死んじまうぞ!!」

「落ち着けよ。俺は大丈夫だから。……それより、リトはどうなった。」

すると矢々丸は大きなため息をついた。「今は落ち着いてる。奥で寝てるから気になるんだったら、起こさない程度に見にいってやれ。」

小屋の奥、昔は蔵として使っていた所がリトの寝床となっていた。



リトは一週間前から病を患っていた。

まだ8歳にもならないこの少女は、多分あと数週間として、もたないだろう。私奴婢の身に薬や看病が与えられることは無い。まだ、捨てられずに家に置いてもらえているだけいい方だろう。

「いい、起こしたらまた咳が止まらなくなるからな……」
「元気なのはもう俺ら二人だけだ。主様もあのままではもう二度と動けまい。」

「………そうだな。」ポツリ、と頬に雨粒が当たった。「お前、どうする?勝つ見込みもない。」
「ここを捨てて、違うところで働くってのか?」矢々丸が声を落とした。
「私奴婢だって、言わなきゃ下人としていくらでも雇ってもらえると思うんだけど。」

「そう簡単にはいかねーよ」鶏の羽を片付けながら矢々丸が続けた。「態度とか仕草で何となく分かっちゃうらしいよ。しかもお前は知らないだろうけど、他じゃ奴婢を人間として扱ってないんだ。虫ケラ以下さ。ここの家以上に俺ら私奴婢にとって居心地のいい場所は無いよ。断言できる。」

「そんなに、ひどいのか?」
「公奴婢だとちょっとはマシらしいけど。お前は本当に運がいいよ。無駄にこれ以上を望むな。高望みは命を落とすぞ。」


矢々丸はそう言い放つと、馬小屋の方に姿を消した。

Re:  壁 部 屋  ( No.19 )
日時: 2011/09/10 22:16
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: tgcfolY3)

ぽつり、ぽつり。


頬に水玉がはじけた。雨が降ってきたようだ。
埃くさい蔵の中に、静かに腰を下ろす。蔵の中は暗くて、ときどき、なんだか分からない虫やネズミなんかが壁沿いに走る音が聞こえる。

「苓見……苓見なの?」
蔵の奥から、名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、リトが布団から少し身を起こして俺の方を見つめていた。

「なんだ、起きていたのか。」
「うん。」痰の絡んだ、あまりよく聞き取れない声でリトが頷いた。「鬼は、鬼は捕まえたの?」
「いや。見つけることはできた。でも捕まえるのは無理だった。」

すると、リトはふっと表情を緩めた。「そっか。よかった。」
「………よかった?」
「うん。だってね、だって、鬼を捕まえると捕まえた人も鬼になっちゃうんだって。昔お母さんが言ってた。」
「はははは!馬鹿言え。そんなことあるものか。第一、鬼になるも、なかなか良いではないか。鬼は飢えない、暗闇の中でも目が見える、金や身分からも自由だ。しかも数千の寿命があるそうじゃないか。」

「だめだったら!」ゲホゲホと、咳き込みながらリトが叫んだ。「鬼になんか絶対なっちゃだめだ、苓見は死ぬまで人じゃなくちゃ駄目だ!!」
「わかった、わかったから。もう寝ろ。……夜中にお前の咳で起こされるのはもう御免だからな。」
そう言うと、リトは不満そうに溜め息をつくと再び布団の中に潜った。今は落ち着いているが、日が沈むのと共に、リトの呼吸と咳はいつもひどくなる。

みんなそうだった。咳がずっと続いてから、熱が出て、それからは数日と持たずに死んでゆく。そうやって、この館の人間は一人、また一人と減っていき……残るは、主様と矢々丸、リト、それに俺だけとなった。

主様は昨晩熱が出てしまった。リトもこの有様だ。もうすぐに、ここは無人館と化すだろう。俺も矢々丸も、いつ咳が出始めるか分からない。





ザアザアザアザアザア

蔵の屋根を叩く雨音は、だんだんと強くなってきている。


ふと、着物の折り目を裏返して肩の入れ墨を見ると、入れ墨の模様が変わっていた。前までは絡みついて、一つの塊のようになっていた蛇のうちの一匹が、塊から離れて、腕の方へ伸びている。じっと蛇を見つめていると、若干だが、少しずつ、少しずつ蛇は皮膚の下を這い進んでいた。気味が悪かったが、人の身で、しかも奴婢の身である俺にはどうすることもできない。

……もし、本当に、鬼になれたら。

Re:  壁 部 屋  ( No.20 )
日時: 2011/09/11 21:47
名前: 浅井優葵 (ID: 2zVo1PMY)

やっぱryukaさんの小説好きです!

がんばってくださいね「♪

自分もシリアスで初めて小説書いてみました♪

Re:  壁 部 屋  ( No.21 )
日時: 2011/09/12 22:04
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: gb3QXpQ1)

ありがとうございます(´∀`*

浅井サソも頑張ってください!

Re:  壁 部 屋  ( No.22 )
日時: 2011/10/01 20:56
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: gb3QXpQ1)

ついに、今日も陽が落ちた。

先程から降っていた雨は強くなる一方で、どんどんと街の温度を下げていく。
この雨のせいなのであろうか。ついに、恐れていたことが起こった。リトの咳がぴたりと止んで、熱が出てしまったのだ。熱が出たからには、もう、死、以外の道はない。ましてや幼子の身である。今晩を越すこともできないかも知れない。

しかし、どうすることもできない。
喉が渇くと言えば水を差しだすし、寒いと言えば火を起こしてやる。
しかし、楽にしてくれ、と頼まれても何もしてやれることは無い。ただただ、慰めにもならない下手な言葉を掛けてやる。それさえも、無駄に思えてきてしまう。

蔵の外で、犬が煩く吠えていて、リトが頭に響くと言うので、黙らせに外へと出た。
ギギギギ……と、重たい蔵の扉を開けると、予期せぬ、不吉な影が立っていた。昨晩、出会った銀髪の鬼であった。

俺の怪訝な表情を読み取ってか、鬼はハハハ、と低い声で笑った。
「若造、今晩はお前の番だぞ。なかなか動かぬものだから、こうしてわざわざ催促しにやって来てやったのだ。」

「人外に用は無い。失せろ。」
すると鬼は困ったように真紅の面を長く、黒い爪でガリガリと掻いた。「そうともいかんて。」
話にならないと思った。これ以上、鬼と関わると余計なことしか起こらないので、蔵の扉を再度、閉じることにした。


「待て待て。お主、病のおなごを助けたいとは思わんか。」扉を閉める腕が、瞬間、止まる。
「と、いうと?」

「話を聞く気になったか。嗚呼、いい子だいい子だ。気付いていると思うがな、今日は八日目だ。即ち8人が今宵の内に殺されなくてはならん。いいか、八日目の今日が一番大事な日なのだ。そして七日目の入れ墨を持つ者はお前だ。もう分かったかな?」
「俺に人を殺せと?ふざけるな、何がおなごを助けるだ。」

すると鬼は呆れたように鼻を鳴らした。
「馬鹿は相も変わらず馬鹿やの。褒美をやる。その褒美があのおなごの病を治すことということだ。うまい話だぞ。」
「……断る。人外の言うことは信用ならん。とっとと失せろ。」

「何故だ?人の紡ぐ言霊よりも、我らの言霊の方が信頼はあるはずであろう。己の私欲の為にすぐに数多の嘘をつく人間よりはな。
人を殺すのが怖いのか?罪深いのか?それならいいだろう、南市の牢獄に行け。そこの罪人衆のうち、明日、処刑が行われるものがちょうど八人おる。全員、一番北の牢に繋がれている。奴らをやれ。どうだ、相手は罪人で、しかも死ぬべき日が少しずれるだけだ。何も悪いことは無かろう。
八人の悪人を殺して、一人の無垢な子供が救われるのだ。良い話ではないか。」

「………」
黙る俺を鬼はしげしげと表情の無い面で眺めた。「まぁいい、ここまでだ。もし今宵、八人が用意できなかったのなら、それはそれでいい。どうなるかは俺の知ったことではない。」

そこまで言うと、鬼の周りから、紫色の煙がしゅうしゅうと出てきて、鬼の姿を丸ごと包んだ。しばらくすると、煙は失せて、鬼も一緒にそこから消えていた。


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