ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 壁部屋
- 日時: 2012/03/09 22:00
- 名前: ryuka (ID: ODVZkOfW)
——————— 冷たい。
黒天の夜空から、さんさんと、粒が降る。
人通りがすっかり途絶えた夜道は、霧のような細かい雨が降っていた。何の明かりも見えない。街全体がぼうっとした闇で包まれていて、少し先もよく見えない。
……足がいたい。着物が重い。眠い。疲れた。
吐く息も白く結晶する寒さと、針のような霧雨は容赦なく体の奥まで響いていく。手の先足の先が寒さで痺れて、感覚もおかしくなって、本当にこれらが自分の一部であるのかさえ曖昧だ。
けれどこれも、あと少し。
思うに、
この寒さを感じることさえ、きっと幸せなことなのだから。
- Re: 壁 部 屋 ( No.13 )
- 日時: 2011/08/12 23:07
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 7i4My.lc)
「日本書紀……?」
「そういうね、胡散臭い話が腐るほど載ってる面白いものがあるんです。それに出てくるんですよ。ヤマタノオロチっていう八つ頭の大蛇の怪物がね。」
「それは……その怪物は本当に居たのか?この国に?」
「本当に居たかどうか、そんなことはどうでもいいんです。」由雅は人差し指を一本、ピンと立てて、空中にくるくると円を描きながら話し続けた。「昔の人が、そういう話を日本書紀に書いた、つまり後世の人間、私たちにそれを伝えたかった。そういうことが最も重要なことではないんででしょうか?」
「怪物の存在の真偽より、先人の意向の方が重要だ、ということか。」
由雅はフフフと楽しそうに笑った。「面白くなってきましたね。私、こういうの大好きです。」
「人がとんでもない呪いを受けたのかもしれないのに?」……つくづく、恐ろしい娘である。
「別に、土我さんがどうなろうと私の知ったことではないでしょ?最初からアカの他人なんですから。」
確かに、どうして、自分は今の今までこの矛盾に気が付かなかったんだろうか。………どうして、さっき、殺すのを躊躇ったのだろう。どうして、こんなにも同情を求めてしまうのだろう。
「では、どうしてお前は8日前の朝、俺を助けたのだ。」
「おもしろそうだったから、ただそれだけです。……それにね、土我さん、あなた最初の時と随分人当たりが違うじゃない?なんなんですか、その乱暴な言葉遣いは?」
「別にどうこうという意味はない。あの時は太刀をお前に取られていたからな。いい面でもしておかないと返ってこないかと思っただけだ。」……それでなくとも、こいつと話しているとだんだんと口が悪くなるのが自分でもはっきりと分かる。「それでなんなのだ、ヤマタノオロチとは。」
由雅は大儀そうに腕を組み直した。「そんなにヤマタノオロチの話が聞きたいんですか?人にものを頼むときはもうちょっと言葉遣いに気を付けるものです。」
やっと、少しだがこの娘の性格が掴めてきたようだ。どこまでも人を小馬鹿にする、人を苛立たせる、怪奇話が好き、女のくせに文字が読めて頭も良い………おまけに、妙な妖術も使える。まるで歯の立たない女だ。こいつこそ本物の鬼ではないのか。
「で、聞きたいんですか?聞きたくないんですか?」
「………聞きたいが、」
由雅は偉そうに ふふん、と鼻を鳴らした。「そんなに聞きたいならしょうがないですねー。では、この国が誕生したところから始めましょうかね。」
「昔々、境界なんてものは無くて、地の泥も天の雲も同じ靄だった時代。世界が生まれたばかりの話です………
- Re: 壁 部 屋 ( No.14 )
- 日時: 2011/08/15 11:58
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 7i4My.lc)
「イザナミとイザナギは知っていますか?」
「………いや。」
「日本国創造の神とされるつがいの夫婦神です。彼らは海や空を造り、国土を形成しました。……ちょうど粘土遊びのようにね。それから、万物の神々を産みます。イザナミの方は最後に火の神を産んだ際に火傷を負って、死んでしまいますけどね。」
「神も死ぬことがあるのか?」 神が死ぬだなんて少し、信じられなかった。
「普通は死にません。うーん、言い方が悪かったかな。正確に言うと彼らには“死”と言う観念はありません。消える、って言った方が語弊が無いかも。
……まぁ、それでイザナミの子供たちの中で特に凶暴だった“スサノオ”っていう奴が居ます。こいつが問題児でね、色々と天界で事件を起こした末に、天界の高天原(タカマノハラ)から下界へと追放されてしまいます。追放された先は出雲の国(イズモノクニ)と言ってね、本当にここから西北西の方向にあるところですが。
で、話を随分はしょりますが、そこで奇稲田姫(クシナダヒメ)っていう可愛い女の子が困っているところをたまたまスサノオが通りかかります。何でも、その子は今夜ヤマタノオロチっていう、頭と尾が八つある大蛇の怪物に喰われてしまうらしいのね。
あんまりにも可哀想に思ったスサノオはヤマタノオロチ退治を打って出ます。まぁ、スサノオは神様なんだから、当然ヤマタノオロチは退治されてしまいますが。
すると、あら不思議。退治したヤマタノオロチの尾の先から聖剣、草薙剣(クサナギノツルギ)が出てきます。そして、奇稲田姫はスサノオに一目ぼれして、二人は夫婦になりましたとさ……ってところかな?」
話し終えて、由雅は深呼吸をした。どうやら神話の余韻に浸っているらしい。
「なんとも突拍子の無い話だな。」それを楽しそうに話すこいつも突拍子もないが。
「でも、でもね!本当に日本書紀に書いてあるんですよ。私が読んだのは写本ですけどね。古事記っていうのにも書いてあるらしいけど、まだそっちは私読んでないんだよな〜。あー読みたい!!」
由雅は熱に浮かれたように話し続けた。「それで、その刺青はヤマタノオロチにしか思えないんですよ。そうなると、あの赤面の鬼はヤマタノオロチに何か関係があるはずですよね。」
「ああ、そうかもな………」つくづく、よく喋る娘だ。
スサノオ……ヤマタノオロチ…… もし、この入れ墨がそんな得体の知れないモノ達が関係している呪いなら、自分はもう長くないのかもしれない。
別に、死ぬのが怖いわけではない。嫌なわけではない。
このまま、何もできずにこの世から消え去ることが惜しいのだ。
「なぁ、由雅。」
俺に呼ばれて、由雅は何か話している途中だったが、こちらに振り向いてきた。
「じゃあ……じゃあ、もし、この入れ墨の呪いがそのようなものだったとして……俺はあとどのくらい生きられる?」
- Re: 壁 部 屋 ( No.15 )
- 日時: 2011/08/15 19:19
- 名前: 風猫(元:風 ◆jU80AwU6/. (ID: COM.pgX6)
相変わらず深みの有る設定が上手いですね^^
しかし、日本神話の神々が関係してくるとは……
由雅と土我さんの交わらない関係が現実的で良いです。 自分の楽しみのために他人を利用する彼女の人間らしさも!
- Re: 壁 部 屋 ( No.16 )
- 日時: 2011/08/18 21:11
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 7i4My.lc)
ウヒャ(∀`)
ありがとうございます!
ネタに詰まったら、神話に逃げる。昔からのクセです(汗
さばさばした女の人が好きなんで、由雅さんには極限までさばさばしていただく予定です(笑)
- Re: 壁 部 屋 ( No.17 )
- 日時: 2011/08/21 10:13
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: lgNgJHs5)
すると由雅はうん? と首を少し傾けて不思議そうな顔をした。
「だから……この呪いは俺の身体に刻まれたものだから。その、寿命を吸い取っていたりするのだろう?」
由雅は納得したようにああ、と頷いた。
「それは違います。人の呪いと鬼の呪いとでは性質が随分違うんです。———そういう意味で、土我さんは呪いの根本的な意味を理解していない。」
「根本的な意味?」
「人がかける呪いは、かける相手が憎い人物であったり、権力の邪魔になるような人物ですよね。すなわち、呪いの根本は負の感情です。誰も自分の好いた相手や愛しい相手には呪いをかけたりしませんからね。
でも、鬼や神の呪いは違います。彼らの呪いは基本的に、契約や契約の刻印、すなわち証拠としてのものか、人間の精気を吸い取って自分のエサにするためものです。そこに、憎しみや悲しみといった負の感情は入り込まない。………まぁ、鬼さんや神様にそんな感情があるのかどうかも疑問ですけど。
話が逸れましたけど、そういうことです。人の呪いの根本は負の感情、鬼の呪いの根本はあくまで無機質なもの。まー、そう言っちゃあ、それだけの違いなんですけどね。」由雅は流し目で俺の肩らへんを眺めた。「たぶん土我さんのそれはエサにするようなものじゃありません。だから、死ぬようなものじゃない。ただ………」
「ただ?」 寿命が縮むわけではないのなら別に何だっていいのだが、ただ、の先が妙に気になった。
由雅は少し長めに瞼を閉じると、ゆっくりと開いた。
「……ただ、その呪いの目的が私には分からない。契約でもなければ精気を吸い取るようなものでもない。邪悪な感じもしないし善良さが感じられるものでもないようですしね。単に、私がまだ未熟なだけかもしれないですけど。」
「そうか。寿命が縮むのではなければ安心だ。別にどんな呪いでもいい。てっきり、あと数日で逝くものかと思っていたんでな。」
すると由雅はさも面白そうに あはははは!と大笑いした。
「? どうした、何がそんなに可笑しいのだ。」
「だって、土我さんさっきから寿命寿命って執拗に繰り返してたのに!なのに あと数日で逝くものかと思った、だなんてね!意味が分からないわ。最初に土我さんのこと見つけた時から面白そうな予感はしてましたけど、やっぱり土我さんは久々の当たりでした!」
「意味が分からないのはお前の方だろう。だから、それのどこが可笑しいのだ。あと数日で終わるかと思っていた命が、まだ長く持つのだと分かったのだ。安心して何が悪い。」
「だからね、土我さんは寿命に物凄い執着があるくせに、自分自身には無関心なんですもん。 本当に命が惜しい人間なら安心する前に手を叩いて喜びますし、あと数日かと思ったらそんなに冷静に、普通にはいられなるはずです。私だったら……そうだなぁ、色んな鬼たちに喧嘩をふっかけて、最後には宮廷のデブ女たちの寝床全部に放火して回ってやりたいです。」由雅は嬉しそうにニコニコしている。どうやらこの恐ろしい娘は残酷な戯言を本気で楽しんでいるらしい。
チチチチチチチチチチ………
外で、鳥の鳴く声がした。庭に目を向けると陽はすっかり高くなっていた。
まずい。人が多くなる前に帰らなければ。
急いで着物の乱れを直して荷物を整えた。荷物って言ってもそれほどの量があるわけではないが。
「どーしたんですか。突然そんなに急いで。」由雅が俺の背中に話しかけた。
「世話になった。人が多くなる前に帰らなければならないんでな。」
ちょっと! と後ろで由雅の声がしたが構っているヒマはない。
外に出ると、水瓶を持った中年の女衆が小うるさく喋りながら歩いていた。……どうやら、井戸はあっちの方向らしい。
すっかり明るくなった大通りを避けて、できるだけ人目に付かない小道を進んだ。
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