ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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壁部屋
日時: 2012/03/09 22:00
名前: ryuka (ID: ODVZkOfW)


——————— 冷たい。


黒天の夜空から、さんさんと、粒が降る。
人通りがすっかり途絶えた夜道は、霧のような細かい雨が降っていた。何の明かりも見えない。街全体がぼうっとした闇で包まれていて、少し先もよく見えない。


……足がいたい。着物が重い。眠い。疲れた。

吐く息も白く結晶する寒さと、針のような霧雨は容赦なく体の奥まで響いていく。手の先足の先が寒さで痺れて、感覚もおかしくなって、本当にこれらが自分の一部であるのかさえ曖昧だ。
けれどこれも、あと少し。

思うに、
この寒さを感じることさえ、きっと幸せなことなのだから。



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Re:  壁 部 屋  ( No.7 )
日時: 2011/07/03 20:22
名前: 風(元:秋空  ◆jU80AwU6/. (ID: L0.s5zak)

Ryuka様へ
どうでしょうね……違うにしても完結を出来ぬ作者と言うもう一つの汚名があります(苦笑
頑張らねば……

カイコいっつも読んでますがコメントできずすいません。 何分、シリダクのが忙しくなりそうで(汗
言いだけですね(苦笑

Re:  壁 部 屋  ( No.9 )
日時: 2011/10/01 20:20
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: gb3QXpQ1)

最近、殺人事件が続いている。
一日目は一人やられ、二日目は二人、三日目は三人……そして今日は七日目であり七人が殺されるはずだ。
被害者たちは、年齢も、身分も性別も、住んでいる場所まで、何と言って共通点はない。共通点がなく、怨みによるものでも無さそうであるから、何かと巷では話題となっていた。
6回も事件が続くとだいたいの人々は次は我が身と、七人で居ることを避けた。その一方で、勇ましい若人たちは名誉欲しさや好奇心から、わざと力のある者同士で集まり、7人の集団を作って日が沈むのを待っていた。


やがて日は落ちて、
真っ暗な夜となった。

土我は人影の少なくなった外市を急いでいた。
刻々と闇が深まるにつれて理性のタガが外れてくるのが身に染みて分かる。
全身が痺れるような昂揚感に押されて、呼吸も苦しいくらいだ。

日を追うごとに増えていく人数はそのまま、犯人自身のハンデへと繋がる。いつまで続けていられるのだろうか。いつまで、人々は恐れ続けなければいけないのだろうか。

走り続けること一刻半。やっと目的の地に着いた。



月明りの下、土我は怪しく白銀に輝く鋼の太刀をそっと抜いた。土我自身の身分と技量では到底手に入ることはなく、到底扱えそうにもない美しい太刀だ。


          ◇

それからしばらくすると、太刀を右手に、一人の男が、ある遊郭の裏地にひっそりと立ち尽くしていた。
店の表側は華やかに着飾った若者たちで賑わっているが、一旦店の裏側の世界に踏み込んでしまえばそこは別世界だった。

確かに賑わっていた。少し前までは生きていた人たちで。


思わず土我は鼻を覆った。血の、匂いがあまりにも強すぎる。7人分の死体を目の前にして土我は現れるであろう“何か”を物陰にそっと隠れて、待っていた。
大分、切りつけたようで、狭い裏地は足の踏み場も無いくらいに血で染まっていた。その証拠に、靴越しにも染みてきたらしく、足先に嫌な液体の感触がした。




しばらくして、ソイツは来た。
大きな満月の下、カランコロン、と大下駄の音を楽しげに響かせながら。

長い銀色の髪に、禍々しい深紅の面。
表情は見えない。ただ、面に描かれた歪んだ笑みが土我を嘲り笑っているようだった。

カランコロン、という大下駄の音は、ちょうど土我の隠れている物陰までくると、ぴたりと止まった。……どうやら、鬼相手に物理的な壁は敵わないものらしい。
奇襲を諦めて、次にどうするかを素早く思考していると、面の向こう側からヒトのものとは思えない低く、ガラガラとした声がした。




「……………久しゅうなぁ」



間髪入れず、土我は太刀を右手に弾けるように走り出した。

Re:  壁 部 屋  ( No.10 )
日時: 2011/08/01 22:29
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 7i4My.lc)

バケモノの腹へと目がけて太刀を振るったが、ひらりと右へとかわされた。そのまま勢いに任せて右へと体ごとスライドさせて攻撃するが、それより早く、バケモノは土我の背後に飛び移っていた。

……やばい。
とっさに身を翻して交戦姿勢を保とうとしたが、バケモノの爪が肩に食い込んでいた。仕方がないので奴の手首ごとぶった切ってやったが、腕から離れても手首は自分の肩にがっしりと食い込んだままだ。

ギリギリ、と自分の肩がバケモノの爪に浸食されていく。痛みのあまり、喉の奥から意気地ない声が漏れる。

バケモノは俺の目の前に悠然として立っている。手首から先の無い腕からは、血の一滴も出ていない。

「煮て食おうか……焼いて食おうか……迷う迷う……」バケモノはさも楽しそうに、それでいて子守唄でも歌うように穏やかな口調で土我の周りをぐるぐると歩き出した。

「………っ!」
「この素晴らしい月夜に、お前のような愚者が私の相手をしようなどとは……その蛮勇だけは褒めてやってもいいがな」ギギッと更に手首に力が籠る。「どれ、顔を見せろ小僧。」

バケモノは残っている左の方の手で強引に土我の顎をクイッと持ち上げた。並ではない殺意を放つ土我の両眼を眺めながら、ほぅ、とため息をつく。

瞬間、土我の下腹に鋭い一撃が落ちた。
あまりにも強すぎる一撃は、そのまま土我の意識を一瞬で奪ったようだった。


「呆れたわ。飯にもならん。」
泥水と鮮血の混じる汚れた水たまりへと土我を蹴り上げると、バケモノは醜悪な嗤い声を残してどこかへ消えていってしまった。


Re:  壁 部 屋  ( No.11 )
日時: 2011/08/06 21:33
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 7i4My.lc)

それから、土我が体を起こしたのは空が白み始めた頃だった。

右肩に尋常じゃない痛みを感じた。着物の帯を解いて肩を見てみると、円形の入れ墨が入れてあった。蛇が何匹も絡みついた、気色の悪い模様である。
……思い出した。ここは昨日バケモノの爪が喰いこんだところだったな。

「ふぅ……」
思わずため息が出る。きっとこれは何かの呪いの一種だろう。

立ち上がると、自分の周りには見知らぬ7人の男女。昨晩の被害者たちだ。
地面に落ちていた太刀を拾い上げて、まだ細い朝日に照らすと、刀には自分の肩にあったような同じ模様が掘られていた。……こいつも俺と同じ運命を辿ることになるのか。

ふらふらと、体と着物の汚れを落とすために土我は川へ赴いた。まだ人々が眠っている間に、あそこに居た証拠は全て消さなければいけない。

川へ着いて水の中へ入ると、心の臓が止まってしまうかと思うほど冷たかった。無理もない。まだ時間が早いのだ。
しばらくバシャバシャやっていると、遠くから歌うような、優しい声が流れてきた。女の声である。

耳を澄ましていると、女の声は遠ざかっていった。綺麗な声だったな。



「土ー我ーさんっ!」

突然、背後から声がした。ギョッとして振り返ると藍色の着物を着た女の子が居た。
………自分は今まで着物に付いた血を落としていたのだ。川の水はほんのりと赤くなっている。この女にこの状況を見られた以上は、生かしておくにはいかない。

一瞬を置かず、水の中から女の居る川岸へと飛び移り、女の胸倉を掴んで草むらへと張り倒す。
女にまたがって、身動きをできないようにしてから太刀を抜いて、女の細い首筋に鋭い刃先を向けた。

「女、何のつもりだ。」
「なんのって、」女の子は自分の置かれた状況を理解しているのかしていないのか、けろっとしている。「私ですよ、私。由雅です。覚えてないのかなー?」

「ああ、お前か……」全身の力が抜ける。いつか、出会ったあの子か。

気を抜いた瞬間、太刀を握っていた右手に激痛が走った。思わず太刀を取り落とすと、由雅はすぐに、俺の落とした太刀の柄を逆手に持って、俺のみぞおちを物凄い勢いで突いてきた。

突然の攻撃に慄いていると、由雅は勢いに任せて俺を蹴り上げながら、何か呪文のようなものを鋭く叫んだ。

「金縛りよ、土我さん。」由雅は勝ち誇ったように ふふん、と鼻で得意げに笑った。「あたしに勝てるとでも思いましたぁ?」

全身が凍りついたように動かない。確かにこれは金縛りだ。
由雅は動けない俺の前に仁王立ちになって、話し続けた。

「あたしは検非違使のお役人に連続殺人事件の犯人さんを突きだすようなマネはしません。ただ、なんでこんなことしたのか話してほしいのよ。あたしはね、退屈なのが一番ガマンできない人なんです。ちょっとでもワクワクするような話をしてくれたら私にしたことは許してあげますよ。」由雅はイタズラっぽく笑った。………言っている事とは裏腹に、笑顔だけは天使のように無垢である。

「ほら、早く話してください。なんなら、また私の家に来ます?」

言いながら、由雅は俺の周りの地面に、木の枝で円を書き始めた。
それから、円のなかにごちゃごちゃと色々な模様を付け足していき、最後に円の中心に文字のようなものを書き込んだ。

由雅は書き終わると満足そうにニッコリ笑って、木の枝を円の外へ放り投げた。

「閉!」

由雅が大きな声でそう叫ぶと、目の前が真っ暗になった。円の淵沿いに、黒い壁が突然現れたのである。

「乱暴でごめんなさいね。」
由雅が俺の手首を握り、黒い壁に向かって俺を押し倒した。

Re:  壁 部 屋  ( No.12 )
日時: 2011/08/09 22:58
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 7i4My.lc)

「うわっ!?」

黑い壁に触れて瞬間、息が止まるかと思った。肺の中に、物凄く熱い空気が入ったようだった。

それも一瞬で終わり、気が付いたら数日前にお世話になった、あの、由雅の部屋の真ん中に仰向けに倒れていた。数秒すると、由雅の軽い足音が部屋の向こうから聞こえてきた。

「あっ、土我さんここの部屋に居たんですか。よっぽどここに来たかったのね(笑)」

唖然とする俺に構わずに、由雅はすごい勢いで喋り始めた。

「土我さんはさっき、川で着物の血を落としていました。でも、土我さん本人に外傷があるわけじゃない。あれはあなたの血ではありませんよね? それに、土我さんは泉屋の遊郭亭のほうから来ました。……私、今度の事件現場はあそこらへんだろうな〜と思って目星はつけて、見張ってたんですよ。さては、昨晩の被害者は遊郭で遊びまわっていた若衆7人ですね。」

「まぁ……正解だけど……」よく喋る娘だな。「やったのは俺ではない。」

「へぇ〜。じゃあ、あの血は誰のです?まさか、鼻血だとか言いませんよねえ。」由雅は可笑しそうにクククッと笑った。

「……。」説明に困る。このまま返り血ではないということで話を進めれば、あのバケモノについて話すハメになってしまう。

返答に詰まる俺を、流し目に見ながら、由雅がまた話し始めた。
「まぁ、話せないんならいいです。ところで、被害者の数は毎晩ごとに一人ずつ増やしていましたよね?あれには何か意味はあるの?……奈良の都が栄えている時期にはそういう呪いの形式があったような気がしますけど。」

「随分と博識だな。奈良の都ではそのような呪いの儀式が毎晩行われていたのか?」
「もちろん、私がその時代に生きていた訳じゃないから、詳しくは知りませんけど。文献にはいくつか残っていますよ。」

「………お前、文字が読めるのか。」
「女だからって馬鹿にしないでくださいよ。私はそこらへんの貴族さんよりは数倍頭はいいですよ。」由雅が得意そうに言った。「で、質問に答えてください。人数の変化にはいったいどんな意味があったの?」

「だから、言っただろう。やったのは俺ではない。お前と同じだ、俺も犯人を突き止めようとしたのだ。」……こんな嘘で、この賢い娘は納得してくれるだろうか。

そう言うと、由雅は不満そうにふくれっ面をして見せた。「なーんだ、せっかく大物を仕留めたかと思ったのに。つまんない。」

「なんでもいいが、早くこの金縛りを解いてくれ。」
「別にいいですけど。変な気は起こさないでくださいね。」

由雅の白い手が、俺の着物の帯へと伸びてきた。長い黒髪が、少し頬をくすぐる。どうやら、由雅は俺の背中の帯の結び目を解いているようだった。

「な、何をする!」
「耳元で大声出さないでください。別に何もしませんよ。……ちょっと緩めるだけですから。」

すると、由雅は頭の簪を一本抜いた。
「呪いってね、かけるのは簡単でも、解くのはけっこう疲れるんですよ……ああ、面倒くさい。」

言いながら、俺の緩めた帯の先に簪をそっと刺した。
瞬間、由雅の表情が凍った。

「? どうしたのだ。」

俺を見上げた由雅の目は、ひどく真剣だった。
「あなた、昨日、銀髪で赤面の鬼に会ったでしょう?」
「会ったが……それがどうした? というか、何故そんなことが分かったのだ?」

「ちょっと失礼します。」そう言うと、由雅は俺の右肩に触れた。「この刺青。あいつのに間違いないわ。……うん、この八つ蛇はあいつのですね。」

あんまりにも真剣な声でいうものだから、少し、怖い。さらに、由雅はブツブツと念仏のようなものを唱え始めた。

「……駄目みたい。」
「駄目?」

由雅はまるで墨を流したような真っ黒な瞳で俺を見つめ返した。「金縛りなら解いてあげられる。でも、赤面の呪いは私じゃ無理だわ。ごめんなさいね。」

そう言うと、由雅は俺の帯に刺した簪を勢いよく抜いた。「ほら、これでどうですか?」

急に、いままで動かなかった体の節々が自由になった。どうやら金縛りは解けたらしい。

「……すごいな。」
「何がです?」由雅が後ろを向きながら聞いた。

「いや……何でもない。」


………さっき触れられた右肩を恐る恐る見てみると、由雅が言ったように、確かに刺青の蛇は八匹描かれていた。

「日本書紀。」由雅がニヤリと笑いながら口を開いた。「あれに出てくるヤマタノオロチ………確か、首が八つある蛇の怪物でしたよね?」


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