ダーク・ファンタジー小説
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- 【紫電スパイダー】
- 日時: 2014/02/20 22:57
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: 1T0V/L.3)
- Re: 【紫電スパイダー】 ( No.22 )
- 日時: 2014/03/09 18:48
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: LHB2R4qF)
一馬とて、最初から負けるつもりで挑んだわけではない。むしろ「勝つため」その専心で、無我夢中に、我武者羅に、巌を打ち倒しにかかった。戦略については、勝算など知らない。ただそれこそ必死で、閃くがままに躍り狂った。
唖然とする。呆然とする。息が上がっているまま、観客席を見回す。空気を揺るがすほど、沸き上がる外野。まだ肩で呼吸をする一馬に、降り注ぐ歓声。
「……勝った?」
そして勝利の味は遅れて、
「俺が」
まるで美酒のように、
「俺が勝った!」
胸の底から沸き上がる。
雄叫びを上げた。両手を天に突き上げた。今この場に限り、少年を縛るものは何もない。あらゆるしがらみをかなぐり捨てて、ただ一身に賛嘆を浴びる。主人公。主人公だ。俺が主人公だ。黄河一馬が、今この場は俺の世界だと確信する。俺が世界の真ん中だと信じて疑わない。
だから、気付くのが遅れた。
「——ナメてんじゃねえぞオォオオォオオァアア!」
轟音。反転。
明滅。視界がぐるりと回った。内臓がせり上がる感覚。違う、これは浮遊感だ。白と黒が入れ替わる。全身に激痛。肺から空気が押し出される。呼吸が止まる。芋虫みたいにのたうち回る。
スタジアムの端まで吹っ飛ばされて、盛大に背中を打ち付けたのだとようやく気付く。咳にならない咳をしながら、四つ足をついてスタジアムの中央を見る。
先程まで巌がいた場所にあるのは、砂塵を纏った竜巻。巌のイグニスでめくれあがった岩石が、砂埃を巻き上げて次から次へと竜巻に吸い込まれていく。
「屈辱だッ」
吐き捨てる声。
「屈辱だッ! ガキがッ! ガキだと思って甘く見てりゃ図に乗りやがって! 付け上がりやがって! こんな屈辱は紫苑の野郎以来だ! 屈辱だッ! 屈辱だッ! 屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だッ!」
まるで獣のような怒声。
地震のように腹の底まで揺るがす音が連鎖する中でも、その声は聞こえてくる。圧倒的な怒号が響く。
「ガキィ!」
そして砂塵の竜巻が吹き消えて、
「——生きて帰れると思うなよ」
姿を現したのは、岩石の巨人。
巌のイグニス【巨人の暴腕】が、岩石を操るものであるということぐらいは一馬にも察しがついていた。
巌はそのイグニスで、全身に岩石を纏ったのだ。
「げ、は……俺の、勝ちじゃねえのかよっ……」
ようやく呼吸がまともに整った一馬は、再び立ち上がる。だが、その足元はまだふらついていた。
「教えてやるよ初心者」
巌は腕を振りかぶり、
「降参するか、動けなくなるか、死ぬまで。——それがスペルビアだ」
降り下ろす。
きっとその瞬間、岩で形作られた兜の下には、良い笑顔が浮かんでいた。牙を剥いた獰猛な笑顔が。
スタジアム全体が沈むような衝撃。スタジアムの床が砕けて、無数の岩石が浮く。
そして落石。
星数ほどの岩石が一斉に落ちる。
一馬はほぼ反射的に転がった。
運よく岩を避けて、転がり込んだ先には武器の山。幸か不幸か先程吹き飛ばされた時に、ここまで来ていたのだ。
あの装甲では、まず間違いなく生半可な攻撃じゃ歯が立たない。火力がある武器が必要だ。そして、一馬はそれに覚えがあった。
「おっ、もいわあァアアアアアホかぁあああぁあ!」
鼻から空気を噴き出しながら、全力で持ち上げる。
ロケットランチャーであった。
正式名称Ruchnoj Protivotankovyj Granatomjot-7、つまり携帯対戦車擲弾発射器。平たく言えば、戦車のドテっ腹に風穴を空ける為の兵器である。
あろうことかそれを持ち出して、巌に狙いを定めて。何の躊躇いもなく引き金を引いた。
身体が丸ごと振り回されそうな振動。運が良いことに、弾頭は一直線に巌へ目掛けて飛び。
爆破音。漫画みたいな爆炎が上がった。
鋼鉄の武装すら撃ち抜く一撃。一馬には軍事に関する教養などないが、それでもこれを浴びて立っていられる訳がない。そう思ったのに。
もうもうと上がる黒煙の中から、巨人。
「——は、っ」
一馬は、モロに巌の突撃を喰らった。
悲鳴を上げる間もなく、くるくる回って宙を舞う。
巌の追撃は終わらない。岩石の腕に力を込めて振り抜く。ジャストミート。ぼきぼきと何かが折れる音。巨人の暴腕が、少年を場外ホームラン。壁に叩き付けられて、ずり落ちる。
——悟堂巌は強い。スペルビアをやらせれば、持ち前のイグニスで負け知らず。そして巌が岩石を纏う巨人と化した姿、これを破った者は今までにただ一人だけだった。
「——まだ気ぃ失ってねえな?」
観客席の、一番奥までブッ飛ばされた一馬に言う巌。まだ声から怒気は消えない。
一馬は答えない。答えることすら、出来ない。意識はあるが、声が出ない。視界が定まらない。
朦朧とする一馬を、男が抱き上げた。
「ザイツェフゥ……」
「もう、勝負は着いたと思うが」
獣が唸るようにその名を呼ぶ巌、静かに巌を見下ろすザイツェフ。一馬はザイツェフの腕の中からその顔を見上げたが、その瞳には剣呑な光が宿っていた。
「まだだ、まだ足りねえよ。屈辱を晴らしてねえ。まだ溜飲は下がってねえ! 殴り足りねえ! 殴り足りねえんだよクソが!」
咆哮。憤怒を露にする巌。ゴーレムとでも呼ぶべき容貌の男は、殺意を剥き出しにして吠える。
そして、
「——ガキ相手にみっともないぜ、オッサン」
ひとつ、声が聴こえた。
- Re: 【紫電スパイダー】 ( No.23 )
- 日時: 2014/03/06 19:39
- 名前: Be92F ◆hHHUdkqDJ6 (ID: tkwGoBUC)
支援あげ
- Re: 【紫電スパイダー】 ( No.24 )
- 日時: 2014/03/09 16:25
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: LHB2R4qF)
申し訳ありません、
支援上げはご遠慮いただければと思います(´・ω・`)
お気持ちはすごーく嬉しいのですが、
他の書き手さんの迷惑になってしまうので……。
- Re: 【紫電スパイダー】 ( No.25 )
- 日時: 2014/03/09 16:42
- 名前: う (ID: sekKWeQr)
凄く面白いです。
最近カキコ板に来たので、前章を知らないのが凄く残念に思います。
正直、シリアス板では面白いと言うほどの小説が無くて面白みを感じられなかったのですが、
この小説は何か違いますね。
文才が凄い、と言うか、本当に小説家のような......
正に私の理想の小説です。......なんか上から目線ですみません。
更新楽しみにしています。
応援してます、頑張って下さい。
- Re: 【紫電スパイダー】 ( No.26 )
- 日時: 2014/03/10 07:54
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: LHB2R4qF)
4
目が覚めてまず真っ先に視界へ飛び込んだのは、白い天井。一馬はベッドの上に寝かされていた。
思えば公園のベンチだとか電車やバスの中だとか、ここ最近ロクな場所で寝ていなかった気がする。家に帰っても一馬の毛布は穴が空いてるし、布団ないし。やったぜ、ちゃんとしたベッドだ。極楽極楽、さあ二度寝しよう。
……いや、違うから。どこだよここ。
そもそもなんでこんな所に居るんだと、一馬は記憶を手繰る。確かザイツェフに捕まって、釈放のすぐ後「パンドラ」に連れて行かれて、そこで悟堂巌と「スペルビア」をやることになって、勝ったと思ったら一方的にやられて——。
「……ここもしかして天国?」
「開口一番何なんだお前は」
横から聞こえた声に振り向いてみれば、タバコくわえたヒゲのおっさんが怪訝な顔でそこに居た。
「え何? 天使ってザイツェフみたいなオッサン顔してるもんなの? 凄く嫌なんだけど」
「俺もそれは見たくねえな。天使は尻の綺麗な女だ。金髪の若い女に限る。それ以外は認めねえ」
なんでオッサンはこぞってケツに拘るんだ、女はうなじか足首だろ。そう一馬は内心で思った。
「第一、てめえも俺も行くとしたら地獄だろうがよ」
「違い無え。それで、ここはどこだ?」
「病院だよ。警察病院」
「……オイ、タバコ」
「シガレットだ」
ぱきん、と乾いた音を立ててココア味のシガレットが折れた。
あの後、一馬はここまで担ぎ込まれたのだと言う。肋骨を何本かと左腕の骨を折り、内臓にまでダメージを受けているという重傷だったらしい。観客席までブッ飛ばされる程の一撃を喰らったのだから当然と言えば当然、むしろ軽い方なのかもしれないが。
目を見張るべきは、昨今の医療技術だろう。腕は既にほぼ治っているらしく、若干の痛みを残すばかり。肋骨の辺りや身体の中にも、特に異常を感じない。警察病院と言うだけあって、医療系イグニスの使い手でも居るのだろうか。
感心しながら、一馬は自分の手を眺めた。まだ少し疼く左腕、そしてここに居るという事実。つまり、昨日のことは現実。夢や幻や妄想ではない。
複雑な気分だった。
「悔しかったか?」
ザイツェフは、一馬に言う。
「……わかんね。色々ありすぎ」
一馬は、素っ気なく応えた。
時刻は昼過ぎを回った頃だ。開いた窓から、初夏の風が入り込んでカーテンを揺らす。外にはビル群があった。下の方から、雑踏の音も遠く聴こえてくる。どこかでクラクションを鳴らす音がした。
ここはトーキョー。いつもと同じく五月蝿いだけの、退屈な街。その筈だったのに、一馬は新たな世界を見た。スペルビアという名の世界を。
「ザイツェフ」
「ん?」
悔しさもそうだ、確かにある。同時に嬉しさもあった。悟堂巌を追い詰めたという嬉しさも。だがそれ以上に、一馬の胸に去来した感情があった。
「また、パンドラに連れていってくれよ」
それは一馬の退屈な日常を変える、という確信がある。それでしか一馬は満たされない。これこそずっとずっと探していた何かの正体だと、一馬は思った。
そしてもうひとつ、何よりも単純な話。
「この借りを返してやらねえ事には、気が済まねえ」
ここではないどこかを、きっと今ここには居ない巌を見据えて、一馬は獰猛に犬歯を剥いて笑んだ。
ザイツェフは呆気を取られて口を半開きにした後、額に手を当てて盛大に溜め息を吐く。
「一馬、謝っておくことがある」
「何だよ、ザイツェフ」
さっきの獣じみた表情が嘘のよう、アホ面みたいな普通の顔でザイツェフの方へ向く一馬。
「その、何だ……実は最初から、勝てるわけがねえと思っててパンドラに連れていった」
「……あ?」
眉を寄せ、不機嫌を表す一馬。声も刺々しさを帯びた。だが、ザイツェフはそれを遮って続ける。
「落ち着け。いいか、あそこに居たのはスペルビアで飯を食ってる奴が殆ど。謂わばプロだ。戦闘のプロだ。むしろ、手も足も出ず負けるのが普通」
しかも、負ければ何もかもを根こそぎ失う。それがスペルビアだ。それは財産のみならず、自らのプライドまでも。どんな富も戦略も見栄も、敗北の烙印だけで全て台無しになる。だからスペルビアという場に立つ者で、半端な覚悟で立っている奴は居ない。
そこに「半端な覚悟」で一馬が立てば、どうなるか。ザイツェフの中では、いいように遊ばれてから手加減を加えた一撃でノックアウト。世界の広さを知らしめることが出来る。そんな算段だった。
誤算が多すぎた。
「正直ド肝抜かれたぜ。まさかあの巌相手にあそこまでやるとは。——だが、次は無い」
誰だって負けたくはない。況してや一般人のガキになんて負けたら、それこそ名折れだ。
黄河一馬はガキだ。しかし悟堂巌をも追い詰める程のガキだと知られた以上、最早油断は期待出来まい。もし次にパンドラへ行くようなことがあれば、歴戦の猛者達が全力で一馬を仕留めにかかるだろう。
「また行けば、今度は本当に命の保証なんてない。俺だって立場上、昨日みたいにお前を庇うことはそう何度も出来ない。連れていった俺の責任ではあるが、やめておけ。本当に死ぬぞ」