ダーク・ファンタジー小説
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- 【紫電スパイダー】
- 日時: 2014/02/20 22:57
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: 1T0V/L.3)
- Re: 紫電スパイダー ( No.1 )
- 日時: 2014/05/23 15:11
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: 3dpbYiWo)
#序【鉄風雷火】
閃光が爆ぜた。
体勢を崩した黄河一馬に、追撃。
迫る足払い。裏拳。上段蹴り。踵落とし。膝蹴り。
息を呑んで避ける。避ける。避ける。
反撃。右手に掴んだ「草薙ノ剣」を突き出す。
切っ先が掠めたのは、藤堂紫苑の髪。
伸びきった腕を絡めて。紫苑が一馬を投げ飛ばす。
宙を舞う一馬は左手のリボルバーを構え。
銃声。銃声。銃声。着弾した場所から煌々と爆炎。
駆けて反って跳ねて。紫苑は爆炎を掻い潜り。
一馬の着地。紫苑の到着。ほぼ同時。
寸前。
片や金色の火炎を剣に纏わせ。
片や紫色の雷電を掌に掴んで。
極端に時の流れが遅くなったような錯覚。
直後。再び閃光が炸裂する。
——君は「イグニス」を知っているだろうか。
照明が照らすスタジアムの中、二人は交錯する。
鉄風雷火を撒き散らし、その瞳に互いだけを捉え。
体躯を、戦略を、武器を、イグニスを。
惜しむことなく叩き付ける。披露する。魅せ付ける。放つ。
全ては眼前のターゲットを仕留める為。全ては黄河一馬を、藤堂紫苑を打ち倒す為。
彼らの一挙手一投足に、観衆が沸き上がる。
——それは超能力であり、魔法であり、力である。
紫苑の腕が空を切り、指先が空を叩いた。
一馬はそれに合わせ駆けて転がり跳ねる。
まるで見えない何かを避けるように。
更に紫苑は指を鳴らして。
響く乾いた音。縦横無尽に奔走する紫の雷光。
これを読んでいたのか無意識か。一馬は潜り抜け。
また目と鼻の先に対峙。
迎撃。一馬の腹部を、紫苑の蹴りが撃ち抜いた。
吹き飛ぶ一馬。
観客席が一際強く波打つ。
——そして、身体を、頭脳を、イグニスを懸け。
一馬は何事もなく立ち上がり、唾を吐き捨てる。
標的を見据え、視線を外さない。
紫苑もまた一馬を見やり、不敵に笑む。
「少しはデキるようになったんじゃないか?」
「はんッ……嫌味にしか聴こえねぇな」
——富を、命を、誇りを、存在意義を賭けて闘う。
「さて、それじゃ」
「続けようか」
白黒つけるために、と呟いて。
——その賭け事の名は「スペルビア」。
二人は駆け出す。互いの首を求め。
煌炎と紫電がぶつかる刹那に、
「今を楽しめ」
誰かが、そう言った気がした。
——これは、イグニスという力がある世界の話。
陽射しが当たらぬ裏の社会に生き、スペルビアに興じ殉じる命知らず共と——
——後にその世界で、伝説として名を馳せる男・藤堂紫苑の物語。
- Re: 紫電スパイダー ( No.2 )
- 日時: 2014/03/09 19:21
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: LHB2R4qF)
#1【パンドラ】
1
雑踏が、遠い。
狭い夜空、並び立つ摩天楼、頭上を飛んで行く車、淡く発光する街路樹、スクランブル交差点を行き交う人々。ここはトーキョー。ここは眠らない街シブヤ。
一馬はハチコーオブジェの前でしゃがみこみ、人混みをぼんやり眺めていた。特に誰かを待っている訳でもなく、タバコくわえた口を半開きにして、只のアホみたいに。
くだらねぇと思う。
何のために生まれ、何のために死ぬ?
どいつもこいつも、何でも知ってるような顔をして、何にも考えちゃいない。どうせいつかは皆死ぬのに、何ですたこらせっせとバカみたいに汗水流して朝から晩まで働いてんだか。流行りだ仲良しだなんだと、何をバカみたいに騒ぎ立てているのか。
一馬にとっては、人々の足音や声が、酷くどうでもいいものに感じられた。
彼には友達がいない訳ではない。しかし、それすらもがくだらない。ただ話を合わせて互いのご機嫌を伺って、そうして神経をすり減らしてまで他人と付き合うことに、意味があるとは到底思えない。だから、高校も途中で辞めたのだ。
「くだらねえでやんの」
黄河一馬、17歳。悩める金髪の少年は、星ひとつ見えない夜空に煙を吹かす。
さて、どうすっか。バイト代はさっきパチスロで粗方スッちまったし、家に戻れば面倒臭いのが酒かっくらって寝転んでるだけ。ダチを呼ぶ気分にも、今はなれない。嗚呼つまらねえの。
どっこらせと腰を上げて、ハチコーオブジェを後にしながら思考をさまよわせる。どこをどう歩いても、人が多くて嫌になる。ヘッドフォン忘れたのが悔やまれる、などと考えながらあっちをぶらぶら、こっちをぶらぶら。
していたら、人気のない、暗い路地へ出た。
どうやら無意識のうちに人混みを避けていたら、こんなところまで辿り着いたらしい。
つか、どこだここ。
携帯のGPSを使って居場所を調べようしたら、ウンともスンとも言わない。充電切れてんじゃねぇか。
落胆。溜め息。肩を落とす。そういや充電器家に忘れた上、3日くらい帰宅してないので、その間丸々充電していないことになる。
コンビニで充電器でも買うか、なんて考えた矢先。
路地の奥から、声が聴こえた。
ちょうどいい。誰か居るのならコンビニの場所でも訊こうと思い、一馬は路地を進む。
そして角を曲がり、陽気に声を張り上げ。
「すんません、そこ誰か居る?」
目に飛び込んできた光景は、衣服の肩らへんを破られている少女と、それを取り囲む4人の男。
「……あ? 何だ、お前」
男の1人が、一馬を怪訝な目で睨みながら言う。髪は短めで、極めて目付きの悪い大男だ。
クッソ面倒臭い現場に遭遇してしまったと、一馬はげんなりした。充電切れるしパチスロじゃ大負けするし、挙げ句は痴情のもつれ的な現場に遭遇するし。ついてないわ。今日絶対かに座12位だわ。
「や、俺は只の通りすがり的なそれでして……」
面倒臭い、嗚呼面倒臭い。め・ん・ど・く・せ、めんどくせ。適当に誤魔化して逃げちまおうと算段を立てる。構ってられるかっての。
——だが、その時横目にちらりと見えたのは、少女の動揺と混乱が入り交じったような、しかし何かにすがるような表情。よくよく見れば、顔は涙に濡れていた。
それを見て、深く溜め息。それから、いかにもお楽しみ中を邪魔されて不機嫌といった感じの大男を、真っ向から見据える。
ああ、マジでめんどくせぇ。——自分の性格が。
そんな顔で見られて、放っておけるかっての。
「焼き尽くせッ!【エルドラド】!」
直後、路地裏を黄色い火柱が照らした。
ああ、畜生め。またやらかしちまった。これで断罪者(レークス)との追いかけっこ確定だバカヤロウ。内心で悪態をつく。
そして目付きの悪い大男は、浅黒く丸焼きになっていた。
気を失って倒れる大男。
3人の男たちは、驚きに目を見開いていた。酸素が足りない金魚のように、口をパクパクさせている。
「コイツ! イグニス使いやがった!
街中で! 人に向かって!
イグニスを使いやがった!」
「あぁ!? 犯罪者はお互い様だろうが!
テメェらが今そこの女に何しようとしてたか
言ってみろ! ボケが!
今更チキッてんじゃねぇよ! あぁ!?」
叫ぶ男たちに、一馬は怒号で応じる。溜まりに溜まったフラストレーションのせいか、それは17歳のガキとは思えぬ気迫であった。大の男が3人雁首並べても、気圧されている。
立て続けに、遠くからざわめきとサイレンの音。爆音を聞き付けて野次馬と断罪者が来たのだろう。
「や、ヤバいよアボやん! 断罪者が来るよ!」
「とにかく逃げろ! 早く!
シャブさん抱えて逃げろ!」
男たちはあわてふためきながら、シャブさんと呼んだ男を肩に担いで逃げ去る。一度躓いて転んでから。
一馬は後を追わず、その間抜けな後ろ姿を指差して爆笑していた。どのみち、シャブさんとやらも殺してはいない。男たちが逃げ去れば充分だった。
「うっし、じゃあ俺も逃げるか」
「え、あの……」
一頻り笑い転げた後言い放った一馬に、少女はおずおずと声をかけた。一馬は少女の方へ振り返る。
「……助けてくれて、ありがとう……」
それを聞いた一馬は、
「どういたしまして!」
とだけ笑顔で返し、夜の街へと繰り出した。
眠らないトーキョーの街へと。
- Re: 紫電スパイダー ( No.3 )
- 日時: 2019/08/27 09:36
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: xEKpdEI2)
一馬はフェンスを乗り越え、塀の上を走り、屋根に飛び乗り、まるで野良猫のように逃げる。我ながら身体能力はかなりのものだと思う。小さい頃から、こういうのは得意だ。
さしあたっては、さっき【エルドラド】で火柱を出した場所から離れるのが先決。現場から離れて人混みにでも紛れてしまえば、いくらでも誤魔化せる。
——あいつに見られたりしていない限りは。
ああ、なんで俺は逃げる羽目になってんだ。本当、誰かに関わろうとするとロクなことにならない。そもそも俺はあの女の子を救い出しただけで、特に逃げなきゃいけないような悪事は働いてない訳で。
……何だか冷静に考えたら無性に腹が立ってきた。
そもそも「人に向かってイグニスを使ってはいけない」なんて法律がおかしい。
断罪者や医者などの資格を持つ人間以外は、イグニスの対人使用が禁じられている。理由は言わずもがな、「危険だから」だ。
さっきのシャブさんとやらにしたって、俺が本気を出せば消し炭になっていただろう。それは比喩や例えでなく、本気で。
……あれ、そう考えると禁止はむしろ正しい事なのか?
まあ、ひとまず。ここまで逃げれば安心だろうか。
そう思って別の路地裏に降り立つが——どうやら、その見通しは甘かったらしい。
少し遠くから、こちらに歩いてくる影。暗くてよくは見えないが、足音をたてて間違いなくこちらに近付いてくる。
断罪者か? わからない。
わからないなら、警戒するに越したことはない。
足音を立てずに、足音から遠ざかるように歩く。何も、断罪者とは限らない。いくら人気のない路地ったって、たまにゃ誰か通るだろう。
——それも、楽観的過ぎたようだ。
先程とは反対側にも、人影。しかもこちらへ歩いてくる。暗い中、迷うことなく。
「……マジか……」
思わず言葉をもらす。
挟まれた。
……まだそれが断罪者かどうかはわからない。だけどさて、どうする。素知らぬ振りをしてどちらかの隣を通るか、バレていること前提で突っ切るか。……断罪者相手ならば、どちらも止めた方が良いだろう。
歩こうが走ろうが、向こうはプロだ。せいぜい容易く捕縛されるのが関の山。
だったら、こうだ。
隣の塀に手をかけ、ジャンプした反動で飛び越える。挟まれたならば、横に逃げればいい。
さあ、あとは道なき道を縫って撒いてやれ。
そう、思ったら。
視界を、鋭い光が埋め尽くした。
一馬は目がくらみ、手元のバランスも崩して落ちる。フェンスは越えたものの腰をしこたま打つ。
混乱しながら悶絶する。尾てい骨折れたんじゃねこれ? 折れたんじゃねこれ?
「〜〜ッ、クッ、ソ痛ってぇえぇええぇよバカ!」
痛みのあまり、誰に対するでもなく罵倒。
芋虫のように転げ回る一馬。
彼を見下ろし、手に懐中電灯を持った男が言う。
「やっぱりまたお前か、一馬」
硬直する。
一馬はその声に聞き覚えがあった。
ぎぎぎ、とブリキのロボットのように、その声の方へゆっくりと振り向く。
視線の先に居るのは、黒いコートに袖を通した男。目鼻立ちはくっきりとし、黒いあご髭をたくわえたダンディな出で立ち。コートの下にはスーツを着込み、右手には懐中電灯を握っている。
そして左手には断罪者の証たる、紋章が刻印された手帳をかざしていた。
一馬はひきつった笑顔を浮かべる。
「……ザイツェフさん、これ王手スかね?」
「チェックメイトだな。
イグニス法違犯の現行犯で逮捕する」
黄河一馬、人生で通算12回目の留置所送りである。
- Re: 紫電スパイダー ( No.4 )
- 日時: 2014/03/10 10:40
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: OSct4JfX)
2
「随分とご機嫌斜めだな」
話しかけてきたザイツェフを、一馬はブスッとした表情で睨み付ける。元から目付きが悪い一馬の顔は、そのお陰で尚一層悪人面に見えた。この歳でここまで鉄格子が似合う少年も中々いないだろう。
「ザイツェフさんよ、早く出してくれよ。暇でしょうがねぇよ」
「暇てお前……全く反省してないな?」
「だって俺悪いことなんもしてないもんよ。ああもう、タバコ吸いてぇ!」
格子の向こうから猛抗議。まるで駄々をこねる子供のようだと評したいが、正直まだ子供の方がクソガキより可愛いげがあるとザイツェフは頭を抱える。てか未成年の喫煙もダメだ、ボケナスが。
確かにこいつは悪気があってやったわけじゃない。現場で保護した少女の証言と、その近くで身柄を確保した4名(内、1人は火傷を負って気絶していた。無論一馬の仕業だろう)の自白からも裏は取れている。一馬はただ単純に、通りすがりの少女を助けようとしただけだ。
だが、それとこれとは話が別。
「一馬、お前のイグニスは?」
「あ? 【エルドラド】だけど?」
「その能力は?」
「黄色い火を出す」
いきなり何だと眉をひそめる一馬に、ひとつため息を吐いてから。
「……例えばどっかに引火して、火事にでもなったらどうする?」
う、と一馬は呻く。それから弱気な顔で弁明、いや、言い訳を取り繕おうとする。
「で、でもよ……今日びイグニスに対策していない家なんてほとんどねぇよ」
「だがそういう家もあるのは知ってるよな? 特に、ああいう簡素な住宅街チックな所は」
痛いところを突かれたように、もうひとつ呻き声。今度は、反論の術すら思い付かない。
「お前のイグニスは特に危険なんだからもうちょっと頭を使え、あ・た・ま・を!」
ザイツェフは一馬の目の前まで顔を近付けると、4回一馬の額を小突く。「ふがっ」と間抜けな声をあげ、ダメ押しを食らった一馬はすっかりしょぼくれる。全く、これだから想像力のないガキは。
ともあれ、これで少しは大人しくしているだろう。 パイプ椅子を引っ張り出してきて、深く腰掛ける。それからトントン、と小さな箱を叩いて口先でタバコを取り出した。火を点し、深く息を吸って、頭上に吐く。それを一馬が羨ましそうに見ている事には、勿論気付いている。知っててわざとやっている。
「全く、断罪者に無駄な時間を取らせるなよ」
断罪者(レークス)。それは、イグニスによる犯罪を取り締まる者たちの通称だ。正式名称は警視庁特殊犯罪対策課。警察に所属しながら、独立した指揮系統を持つ一課。
黒い口ひげを蓄えたこの伊達男、ザイツェフ・エストランデルはその一員である。
一馬がどこかで問題を起こす度、ザイツェフは必ずどこからか嗅ぎ付けては彼を捕まえる。そんなことを10回ほども繰り返しているうち、二人は顔見知りになった。捕まる側と、捕まえる側の関係だが。
「にしても、毎回よく飽きねぇな。この街にいる限りお前が何やったってお見通しなんだよ、一馬」
「……っとに毎度ムカつくなこのヒゲガンマン……」
舌を出して白目を剥き、両手の指をチロチロさせて一馬をおちょくるザイツェフ。一馬の顔には分かりやすく青筋が浮かんでいる。
「大体、17そこらのガキが真夜中のシブヤセントラルシティを闊歩してんじゃねぇよ。タバコの味も、お前にゃまだ早ぇ」
「……だって、つまんねぇんだもんよ」
一馬が視線を落とし、ぽつりとこぼす。何を察したのか、ザイツェフもおちょくる手を止めた。
「家に帰ったってつまんねぇし、高校はやめちまったし、友達だって、最近よそよそしいし……」
らしくなく塩らしくなる一馬を、ザイツェフはただ見ていた。
何度かやり取りする中で、彼の生活背景はある程度まで知っている。
一馬に両親はいない。現在、名目上彼の保護者になっているのは遠縁の親戚だ。聞けばその男も、どうやらあまり褒められた人間ではないらしい。
高校を辞めた理由も、本人は「つまらないから」と言っていたが、本当は「お金が無いから」だということぐらい察しはつく。保護者は支援するつもりもなく、本人も誰かの手を借りるつもりもない。バイトをしても追い付かないので、高校を辞めた。……その分浮いたお金でパチスロってのもどうかと思うけど。
「で、只でさえイライラしてるところに……あいつらがつまんねぇことしてやがったんだ。だから、頭がカーッてなって……」
そして今回に至る、と。
ザイツェフは、黙って一馬の話に耳を傾けていた。
一馬は、根は悪い奴じゃない。彼が騒ぎを起こすときも、それは彼が何らかの筋を通している時だ。やりすぎなのは否めないが、今回のようにそれで度々救われる人が居るのも事実。
だからザイツェフは、あまり強く言えずにいた。只でさえ追い詰められているのに自分まで強く当たってしまえば、それこそ歪めてしまいかねないから。
きっとどこかに、自分は一馬の支えになっているという自負があった。失態を見せているからこそ心を許せるというのは、よくあることだ。
だけど、危険なのは変わらない。
さてどうしたものかと思索するザイツェフは、予てより考えていたアイデアを伝えることにした。
「……なあ一馬」
「んだよザイツェフ」
「——スペルビアって、知ってるか?」