ダーク・ファンタジー小説

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メロディの無い歌を (完結。)
日時: 2018/09/15 23:21
名前: Garnet (ID: 9MGH2cfM)

 閲覧・クリック有難うございます。こんにちは。またははじめまして。Garnetと申します。
 この物語はコメディライト板の『COSMOS』(現在、執筆停止中)に続く話ですので、その点をご了承ください。
 時間軸は、主人公の奈苗が生まれる数年前から、数か月前までです。

 自分で読み返してみても、決して面白い作品とは言えない出来です。
 今から読み始めようとしている方がいるのなら、やめておきましょう、とだけ。
 感想を戴くのも恥ずかしくなってしまったくらいなので、スレッドはロックを掛けたままにさせていただきます。申し訳ありません。





 あとがき 兼 まえがき

 三年以上かかって、ようやく執筆が終了しました。昔の文体や書き方に似せるのは、もう大分、辛いです(笑)
 このスレッドが、SSや詩を除いて、Garnetとしての初完結作品になりました。随分無理矢理な終わらせ方になりましたし、自分でも思うところはかなりありますが、もうこの物語はこれで良いんじゃないかと考えています。
 これでも、人生で初めて書いた小説よりはだいぶ、まし、なのです。
 何はともあれ、スレッドを立てた当時の「何でもいいからとりあえず完結させてみる」という目標は達成できたわけですし。
 だらだらと、ただ自己満足的に、はっきりしたテーマもなく、簡単なプロットすら立てず、展開もしっかり考えず。読者への配慮もなく、小説もどきの文章を書いていた情けない自分とは、これでもうさようならと、いうことで(なんて言ってもしばらくついてきそうな気がしますが)。
 これからも懲りず、カキコでの執筆は続けますので、どうぞよろしくお願いします。もしわたしを見かけたら、お気軽に声をかけていただけると嬉しいです。

 この作品を読んでくださった方に、感謝を込めて。
 Garnet


 こいつ、見違えるくらい上手くなったなーと、いつか誰かに思ってもらえるくらい、素敵な小説を書けるようになりたい。


執筆開始 2015年6月18日?
執筆終了 2018年9月14日

完結(投稿終了) 2018年9月15日



【目次】


この手で >>2-6

麻痺した心に >>7-11

貴方と >>12-16

あの場所で >>17-21

永久に >>22-26

あの場所で ( No.17 )
日時: 2016/08/09 23:17
名前: Garnet (ID: y36L2xkt)


♪+♪+♪



「うそ、嘘だよ……そんなの」

真っ白なベッドの上で、顔を覆った。

「キャロライン、お前も本当はわかっていたんだろう。どうしてもっと早く、父さんに言わなかった」
「だって…………」

嫌な予感は、的中していた。病魔が、わたしの中を蝕んでいると。
無意識に首を振る。何に対して否定の意を示しているんだろう。これが現実だってことに?もう歌えないかもしれないってことに?みんなに伝えなきゃいけないってことに?………………もう、先は長くないんだってことに?

「キャロル。残酷なことを言うが、お前なら受け入れてくれるだろうと信じて伝える。聞いて、くれるか?」

手のひらを、指先を、濡らしながら、上ずる声で頷いた。
お父さんが静かに近づいてくる。そっと、私の小さな頭に手を添える。

「キャロルの病状から100パーセントの確率で完治させられるような技術は、今のところ、見つかっていないんだ。ただ───最後までうまく付き合える方法なら、我々でサポートしながら実践できる」

そっか。もう、このまま死んでいくしか、選択肢は無いようなものなんだね。
言葉の反芻しかできない自分に、苛立ちを通り越して呆れさえ感じた。所詮わたしはどうしようもない子供なんだ。

「痛いのは、やだ」
「痛くないよ」
「ひとりぼっちは、いやだ」
「独りになんてさせない」
「さいごまで歌える?」
「努力するよ」

わたしはまだ、生きている。髪をといて、手を握ってくれている父がいる。その胸に顔をうずめたら、何も言えなくなってしまった。
まさか、お母さんと同じ運命を辿ることになるなんて、思いもしなかった。そんなこと、理解したくもなかった。
いっぱい勉強して、たくさん失敗して、メグと同じステージに立って、同じ地球にいる人々を、この歌で笑顔にしたかった。それがこの黒い世界に対する唯一の反抗であり、願いだ。だから、役割を終えたその時には、アーロンの手で殺されても構わないとさえ考えていた。それくらい、わたしの生きる時間なんて安いものだと思っていた。
それなのに、今あふれでていくのは、掬い切れぬ死への恐怖だ。

「余命はどれくらいなの、ねえ」

自分の呼吸で吹き消されてしまいそうな問い。
こんなにも配慮をしてくれたのに随分な質問だとは、百も承知だ。現に彼は絶句している。
でも、数字にして突きつけてくれなきゃ、私は認められないから。現実逃避も甚だしいなんて、別におかしくもなんともないでしょう。高笑いできるほうが気持ち悪い。

「…………数字にすることは簡単だがな。そうすることで、お前は命の価値を易々と弾き出してしまいそうで心配だよ。明日死ぬ人間と、10年後に死ぬ人間の命の価値は、違ってはならないだろう」
「おとー、さん」
「少し、頭を冷やしなさい。無理のない程度なら、歌っても構わないから」
「わかった……」

不思議なくらいに、彼の言葉は心に染み込んだ。
これが父親というものなのか。
彼らには申し訳ないけど、どんなに信用している他のドクターより、メグより、アルにいより。聞く耳を持っていられる。その言葉に安心できる。
ぽんぽんっ、と、リズムをつけて、けれども雲に触れるみたいに、彼は私の背中を撫でてくれた。
どちらともなく抱擁をとく。温もりが手に届かなくなる寂しさを押し殺して、部屋の外で待っている別の女性ドクターと"わたしの場所"へ帰ることにした。
微笑みかけてくる彼女のほうに腕を上げて、優しく手を繋いでもらった。さっきの話を必然的に聞いてしまっているのだ。互いに無言が続いて気まずい。
……彼女には、ずっと前から良くしてもらっていた。お父さんが仕事に手こずって上がりが遅くなったとき、拗ねて泣きそうになるわたしに声をかけてくれたり、たまに勉強を教えてくれたり、わたしの歌を聴いてくれたり。

「…セリア……、わたし……」

そんな彼女は、この運命をどう思っているんだろうか。
早いうちに訊いておきたかった。年月が生んだ綺麗事なんて抜きに、本音を聞いておきたかった。
でも、そんな勇気は芽を出してくれなくて。小さな歩幅の足元を見詰めることしかできない。
ちっぽけな早回しの歩みと、ゆったり鳴る靴の音。
わたしは、彼女の身長にも、歩幅にも、経験値にも、指先さえ届かないんだ。

「あのね、キャロル……私、あなたに謝らなくちゃならない」

こつん、と靴の音が廊下に響いて、突然セリアの足が止まる。
強く握られた手に、前のめりになりながらも振り向いた。

「え?」




「キャロルがこの組織で歌を武器にできるんじゃないか、って、最初にミスター・マサイアスに言ったのは、私なのよ」



♪+♪+♪



残念ながら、私はアーロンと違って射殺の趣味も死体を片付けられる技量も体力も精神も無い為、練習室に籠って、この腹から余計なものを吐き出してきた。
そうしてまっさらな状態になって───いや、元から黒いけど、もう私は、この情けない顔から幹部の顔に戻ることにする。余計なことを考えていても仕方がない。
それはそれとて、ここ最近、組織の微細な動きが頬に感じられる。まさに、ほんの少しの風が立つほどの。
IQも低いし、体も強くはない私だけれど、この立場と空いた時間を利用させてもらって、違和感に確信を持つことができた。その原因が幾つかに分裂していることにも勘づいた。
そのうちの1つを、これからじっくり、調べあげるつもりだ。
プライベートルームへ帰る道すがら、髪で隠れる程度のインカムを左耳に装着し、手のひらに収まる小さな機器の電源を入れる。
…………さあ、どこから炙り出そうか。
 
 
 

Re: メロディの無い歌を ( No.18 )
日時: 2016/10/15 20:11
名前: Garnet (ID: qXcl.o9e)

♪+♪+♪



"彼女"が黒に染まり上がる前、その白さを羨んだ女がいた。
女には、幼少期の記憶がどうしても思い出せなかったからだ。きっと、生まれ落ちたときからこの世界に存在したのだろうと思っていた。

「セリアー。301番の幼児、根っからのアイリッシュなんだって?」
「ええ、幹部のメンバーの妹だそうよ。それがどうかした?」

適性検査や健康診断を任された医療部のひとりであるセリアは、偶然にも、そこで"彼女"と出会う。きっかけは、同僚のひとこと。

「いや、他の子どもより音に敏感なもので、一寸気になったんだよ」
「そう」

最初は何の興味もなかった筈だった。
私は仕事をこなすだけ、所詮は組織の中でも端くれの構成員だもの。対象の人間を人間として見ていないこともあったくらいだ。
そんなある日、ふと同僚の言葉を思い出した私は、対象者についての情報が纏めてあるファイルを開いていた。
…………301番、キャロライン・マーフィー。
純粋なアイルランド人で、血縁者の欄には、ココの構成員が何名も並んでいる。幹部の兄は勿論のこと、父親は医療チームの上層部。死んだ母親は、音楽の道で優秀な成績を修めている。キャロラインの叔母に当たる、母親の妹もだ。
それを知ったとき、心というものが揺り動かされた気がした。背筋を疼きが走った。
───他の子どもより音に敏感なもので、一寸気になったんだよ
その言葉が乾きかけの蜂蜜のように粘着して、離れなくなっていた。

「301番の女児を、詳しく検査させてください」

気がついたときには、噛みつかんばかりの勢いで、班長に申し出をしに行っていた。
彼はしばらく驚いた様子だったが、私にしては珍しいその行動力に、班長も快く承諾してくださった。余程この目が輝いてでもいたんだろうか。そして、結果がどうであれ後始末は自分がするからと、彼は必要な書類を私に持たせすぐにキャロラインに対面させてくれた。とは言っても、ミラーガラス越しで、しかも部下にマイクで指示を送るだけだが。
それでもよかった、可能性に賭けてみたかっただけだ。この段階で良い種を見つけられれば、昇級も夢ではない。この道以外に取り柄がない劣等感の塊な人生から抜け出す、第一歩になるかもしれない。
ノートとペンを片手にマイク付きのヘッドホンを被り、ガラスにかじりついて彼女とのご対面を待つ間、興奮で頭の血管が切れるかと思ったことをよく覚えている。

「Hi,Carol.今日は元気かな?」
「元気よ、とっても」

そして。
プレイルームと偽られたそこで簡易椅子を広げて待ち構えていた部下が立ち上がり、銀髪を丁寧に切り揃えた幼い子どもが、漸く入室してきた。
ありあまる程の余裕を漂わせる彼女は、初めて会うはずの部下と握手まで交わしている。

「ルシアンナ・チャーチルよ。アンナでいいわ」
「わかったわアンナ、わたしのことは知ってるみたいね」
「ええ。それで…今日はあなたの"乳母さん"に他のお仕事が入ってね。帰ってくるまで、キャロルはわたしと一緒にいることになったの。ねえ、ボールは好き?」

フランクに話しかけながら、部屋の隅のカゴから柔らかいボールを取り上げ、最後にその手をふらりと揺らして訊ねるルシアンナ。私の角度からその表情は見えないけれど、キャロラインなら瞳を輝かせて頷いている。このような仕事が初めてだとは思えない部下の要領の良さに、情けないけど軽く感動した。
私の演技力なんて圏外も同然な程度だし、子供と接するのも得意じゃない。ここにいて大正解だ。

「オーケー、そのまま、打ち合わせ通りに進めて」

マイクに声を吹き込む。すると"打ち合わせ通り"に、ガラスの向こうの彼女は左耳からイヤホンを外し無線機からそのコードを抜いて、棚の上へ壁に立て掛けるように置いた。
私もマイクの電源を一旦切る。

「アンナ、それは何?」
「無線機よ。私も急に呼び出されることがあったりするから。急にその辺の電波を拾ったりするけど、気にしなくて大丈夫」
「ふぅん」

そんなやりとりを聞いていると早速外の声を拾ったようで、キャロラインが、驚いたのか少し肩をひきつらせて機器を見やっている。
そして、次の瞬間。
ミラーガラスを挟んで真っ直ぐに、キャロラインの青い目が私を捉えたような気がした。あの家系の者たちと、同じ目が。
……気づかれ、たのか。

「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」

子供相手に、息まで止めてしまったけれど。それから私がまばたきも忘れて見入っていた、警戒心がはみ出る無邪気な笑顔はとても私の本能をそそってきた。

「……上等だわ」

しばらく身体を動かす遊びをさせ、一寸した興奮状態をつくってから、今度はピース数の多めなパズルを与える。
ルシアンナには、どうしても片付けておきたいタスクがあると彼女に声をかけさせ、一旦部屋を出てから仕事道具を持ち込み、部屋の隅で簡単な作業をするように言ってあるが、現在も順調なよう。無線機を身につけ直したルシアンナの向こうで、子供らしくひょいひょいとピースを繋げていく彼女を、完全に"当り"だと確信した。
銀髪の彼女は、その20分後に、私が待ちに待った本命の試験が始まることなど知るよしもなく、鼻歌まじりにパズルを作り上げていく。
知力、知能などの検査のほかに、どうしても音感のテストを試したかったのだ。





それから公式に私の立ち位置が安定するまで、さほど時間はかからなかった。
あの検査からきっかり1週間後、キャロライン・マーフィーが、幹部候補生……実質の未来を約束された幹部メンバーとして、本格的に教育されはじめたのだ。当時の班長には勿論、形だけの報告書は上げておいたが、幹部、つまりファミリー内Sランクの長アーロン・マサイアス氏をつかまえて、真っ先に歌声の可能性を伝えたことは大正解だった。
彼女が5歳を目前とする今、私は、彼女の父親のそばにまで這い上がっているほどなのだから。

「お前さんには感謝してるぜ、セリア・クロフツ」

喫煙が許されるエリアだということを承知してか、隣を悠々と歩くミスター・マサイアスは煙草を噛み潰しながら、持ち前の気味悪げな笑みを浮かべて言った。彼の表情に関する評判は耳のタコが腐りそうなほど聞いてきたけど、実際に目の前で見ると少々寒気がする。
周囲の様子を窺いながら歩いても、構成員から浴びる視線は派手な色合いで。ファミリー内外の人間が並んで立つのは、この世界じゃあ異様な光景だから無理もない。
私だって、こんな時のためにと相当身なりに気をつかうようになったんだ。しゃんとしなくては。
キャロラインに出会う前までは、完全に白衣で服装を誤魔化していたし、ハニーブロンドヘアも宝の持ち腐れという言葉が似合うほど適当に括っていただけだし、長年地味な黒縁眼鏡で生活してきた。それが今では、古い服は思いきって処分して買い替えたし、美容院に通うようにもなったし、コンタクトにだって乗り変えた。例の班長に久しく会ったときには、別人と思われたものだ。

「貴方にそう仰っていただけて、私も光栄だわ。…そういえば、近いうちに開かれるコンサートと、内輪のパーティーであの子の歌が聴けるらしいじゃない?私は混じれないかしら」
「俺のほうから取り合ってやっても構わんが……そのガキとの正式な面識はあるのか」
「あるわ、彼女の父親の紹介でね。あの子、大人の機嫌取るのも上手いのよ」
「フッ、そりゃあ益々楽しみだ。お前さんのコンサートチケットは、今日中にでも取り寄せるとしよう」
「ありがとう…貴方も早く面会できるといいわね。もうすぐなんでしょう?ミス・セスナと、あの子の部屋に行くの」
「……」
「あ、違ったかしら」

彼の恋人でもあり、仕事上のパートナーでもあると聞く、マーガレット・セスナ女史にはお会いしたことがない。彼女は世界のどこでも生きていけるくらいの歌姫らしいと有名で、この施設内も気軽に行き来しているようなのだけど。
もしかしたら、本当は何度も見掛けているのに、私のほうが彼女を認識できていないだけなのかもしれない。人間関係には相変わらず疎いのだ。

「違うこたぁねえさ」
「は、はあ…」

けれども勘違いではなかったらしく、煙を吐き出しては、また暗く笑ってみせた。
そのあとに一段と低く、小さな声で呟いた言葉は、私には拾いきれなかったが。

「互いに、同じ穴の狢だとは思わんでいただきたいがな」

マーガレットも、キャロラインと同じく絶対音感持ちだということを知ったのは、それから間もない日の話だ。



♪+♪+♪

あの場所で ( No.19 )
日時: 2017/01/12 22:58
名前: Garnet (ID: a0p/ia.h)

「あなたのところにも連絡は来ないの?」
「ああ……どうやら俺達は、ご主人様に見捨てられる運命らしい。カンパニーじゃあるまいし、もっと手厚い連携で守り守られが続くだろう、なんて考えていたのが馬鹿だった。うちの組織も、戦後からは落ちたもんだ」
「……そうね」

はあ、と溜め息の塊を吐き出したジェームズは、私のとは違う機種の携帯電話をベッドの上に放り投げ、その流れで懐に手を突っ込みかけて苦笑を漏らした。
"No messages"の画面がなんの前触れもなくブラックアウトして、

「いけないな、止めたつもりなのに、つい口寂しくなる」
「もう、私は構わないって言ったのに」
「俺の気が済まないんだよ」
「ハイハイ……ありがと」

不器用でまっすぐな恋人に小鳥の挨拶のようなキスを繋げ、キッチンへと向かった私は、電気ケトルの電源を入れてかららしくもなくぼうっとしてしまった。
そもそも私がこの道を選んだのは、祖父母やお母さんが悲しい思いをしなければならなくなった理由を、この目で、この耳で、知りたかったからだ。あわよくばその根っこを壊滅させられる一翼を担えたらとも、わずかながらに思っていた。
そのヒントがこの国にあると知ってから、何度も家族を泣かせて。
この長く果てしない道の先に、笑顔の彼らはいるのだろうか。
何度も何度も考える。
そのたびに、そんなことを思い悩む暇があるのなら少しずつでも成長しなければと、射撃場やジムに籠ったりする。

「ルビー……俺はそんなに頼りないか」

ほの暗い視界を黒く塗りつぶそうとしたそのとき、耳元で愛しい人のささやく声とともに、左肩に彼の重みが滲みてきた。呆れも不甲斐なさも素直に降ってきて、余計に胸が締め付けられるよう。
伸びた髪が頬をくすぐって、油断なんてしたからには涙さえ溢れてきそうだ。

「そんなこと、ないわよ」
「申し訳ないが、そうは見えないな」
「ジェームズ」

思わず振り返ると、琥珀色の瞳からこぼれた光に絡まって、何も言えなくなってしまった。

「俺たちはあくまで人間なのだということを忘れるな。見捨てる者を振り切る権利も、人を愛する権利も、自らの信ずる道を歩む権利もある。それはこの世界の中でもだ。綺麗事を言っているつもりは微塵もない……。"そういうとき"が来たら、MI6なんて辞めてやるくらいのつもりでいるんだからな」

それから私たちは、長く長く、抱き合っていた。互いに融けてくっついてしまいそうなくらいに。
限りなく白に近い灰色の意識の遠くで、お湯の沸騰する細い音がきこえる。涙の味がする接吻の合間に、いつか遠目に眺めていた、彼とは似ても似つかぬ、夜空を泳ぐ流れ星のように美しい銀色の姿を思い出していた。

あの場所で ( No.20 )
日時: 2017/01/19 19:53
名前: Garnet (ID: idqv/Y0h)

♪+♪+♪



ねえ、キャロル。音楽は好き?
…その言葉で、突然アンナの表情に変化が表れたのを覚えている。
違和感は、あの部屋に入ったときからあった。不自然な大きさに張られた窓のような鏡、その近くに手すりのようなものが張られてあるわけでもないから、どう見てもダンスの練習室なわけでもない。これは、誰かに見られているのだろうと、自分の中の何かが感じ取っていたのだ。
…………それを、セリアが?
あれ、よく、わからない。色んな声が、音楽が、光景が、感情が、荒波を立て始めている。

───あなたには、一生のうちに、たくさんの美しい音楽と触れあってほしい。あなただけの音楽をみつけてほしい

───それがキャロルの幸せに決まってるだろう!
───勝手なこと言わないで!!

───お父さんはいつもお仕事なんだね?
───俺はあいつを、独りで死なせてしまったんだ。死ぬべきは俺だった

───お前だけは悲しい思いをさせたくない…。キャロライン、今日から兄ちゃんが、美味しいご飯を作って、一緒に遊んで、毎晩絵本を読むからな

───きみには才能がある

───どうして?どうしてお兄ちゃんに会っちゃいけないの?

───あのお方が、近い将来、世界一の歌姫になるのよ。名前はマーガレット・セスナ。覚えておきなさい

───今日は…今日は、仕事だ

───あのね、アルにいとお兄ちゃんが、殺し合う夢、見たの

耳の奥で流れていく大好きなオルゴールも、レコードも、カセットも、音階を歪ませていくばかり。
わたしは、きっと、数えきれないほどの大切なものを壊してきたんだ。目先の楽しさや自分の欲求に、とらわれたばっかりに。
幼さを理由になんてできるはずがない。この世界が暗い場所だってことくらいは、わかってたんだから。

「キャロル、ごめんなさい、大丈夫?」

手を握った先のほうで、セリアの表情がぼやけていく。

「キャロル?!」

何だか、脚に力が入らなくなってきた。頭がぼんやりとしてきた。
これも、病気の、せい……?








わたしが正式に組織に入る、少し前に、お母さんはわたしと同じ病気で亡くなった。わたしと同じように、発見が遅れたのが原因で。
強い薬の副作用で、青みのある銀髪はみるみるうちに抜け落ち、お父さんもお兄ちゃんも、それから二度と、自慢のロングヘアを見ることはなかった。
彼女はプロのハープ奏者で、一卵性の双子の妹であるわたしの叔母とともに、舞台の上でそれを生業にしていて。お母さんが亡くなってから、何度か、その映像を録ったテープを回したことがある。でも映像だけでは足りなくて、直接叔母さんに会って、演奏してもらったりもした。
"星に願いを"、"Over the rainbow"、わたしの大好きな"Maybe"や"tomorrow"。

───あなたの歌声と、重ねてみたい

そう、やさしい声で言われて、わたしはすぐに頷いた。
たくさんの弦の上を滑るきれいな手指。流れる銀の髪。睫毛に透けて潤む、青い瞳。すべてがどうしてもお母さんに重なってしまうし、透明感が心を磨きあげてくれそうな彼女の音には、うっとりする。
あれがきっかけで内輪のコンサートのときには共演もできたし、我儘を言ってでも会わせてもらったことは、間違いじゃなかった。

───あなたのお母さんも、きっと聴いてくれていたと思うわ。天国にもまっすぐ届くくらい、澄んだ歌声だから。キャロライン…どうか、これからもうたい続けて。この星がいつか、柔らかな光に包まれますように…………

コンサートのあと、淡い青が輝くドレスを纏った彼女から、涙ながらに手の甲へキスを落とされたのを、よく覚えている。目の前で、クリスタルの耳飾りの揺れるのが、はっきり見えるほどに。
初めて会ったときとは違い、髪を後ろで巻き込んで留めていたから余計だった。
あのときは、なぜ彼女が泣きそうになりながら、人目を忍ぶように小声であんなことを言ったのか解らなかったけど、今のわたしならそれがわかる。今度お会いするときには、その返事もきちんとしなくては。
記憶の中の白い頬に手を伸ばす。
しかし、それをいけないとでも言うように、遠くで誰かがわたしの名前を呼ぶ声が段々と大きくなりはじめ、世界が真っ暗になった。
どういう、こと?
わたしは目の前の叔母さんに触れようとする格好のまま、動けずに焦っていた。……すると。

「キャロライン、あなたはまだ、私と居てはいけない。帰るべき場所へ、帰るのよ」

耳飾りが揺れ、その言葉とともに、顔が上がった。
まっすぐな青い色と、少し強めの口調。
もしかして、あなたは。
そう勘付いた瞬間、彼女の髪が勢いよく魔法のようにほどかれて、懐かしい銀の波が辺りに広がった。
どんな世界にいようと、いくつになろうと、わたしが世界でいちばん、愛している人。

「お母さん────!」

あの場所で ( No.21 )
日時: 2017/03/22 23:17
名前: Garnet (ID: HbGGbHNh)






暗闇にぼんやりと浮かび上がる、白い天井に向かって右手を伸ばしたまま、夢から醒めた。ころり、頬へ涙が弾ける。

「……あ、れ」

痰の絡んだ声がこぼれたあと、毛布の下にある左手が、だれかに握られているような感覚がすることに気がついた。しかし、周囲は真っ暗で、わたしの部屋のベッドに寝ていることくらいしかわからない。セリアの告白の直後から今の今まで夢を見ていたのだと理解するのにも、少し時間を要してしまった。
もしや、もう真夜中になってしまったのだろうか。
重い身体を引っ張り起こして、近くにある夜光灯のスイッチを指先で叩くと、ベッドの脇で、オレンジ色の光を浴びるセリアが丸くなっている。手を握っていたのは彼女だった。こんなにぐっすり眠っているということは、夢の中で聞いた誰かの呼ぶ声も、幻だったのだろう。本当に、自分がどんどんおかしくなっていっているのが、よくわかる。
いつのまにか寝汗を沢山かいていたようで、ひたいに張り付く伸びた前髪をはがすと、冷えて少し気持ちが楽になったような気がした。

「……だれ」

馬鹿みたい。そんな気持ちを込めて息をついたら、部屋の扉の開く音が聞こえてきた。
セリアを起こしてしまわぬよう、出来る限りの小声で、廊下のほうを見やる。

「俺だ」
「あ、アルにい?」

そっと、廊下とこの部屋の仕切りのレースが退かされ、薄灯りを浴びる黒い姿が近づいてきた。
てっきり、見廻りの者かセリアの部下だろうとみていたので、ノックもせずに入ってきた無礼を論ってやろうとでも思っていたのに。予想外の訪問者に、一気に力が抜けてしまった。

「そんなに驚くことでもないだろう。…どうだ、具合は」
「わかん、ない」
「そうか。……まあ、こいつは見ればわかるだろうが、ずっとお前の看病をしていたらしいから、後で礼を言っとけよ」

セリアを見やりながら言うと、そのあと彼は目も合わせずに辺りを見回しはじめたので、わたしも余計なことは言わず「そっち」とソファを指差した。

「マーガレットがいつにも増して暗い顔なもんだから、あいつやセリアから、何があったか聞いたぞ」
「…」
「お前、何故黙っていた」

ソファの上に畳んであった、気休め程度のブランケットをセリアの肩に掛けながら、アルにいがやっとわたしと視線を合わせてくれた。しかし、その目には何か暗いものが宿っている。夢に見た"彼女"のそれとは随分かけ離れている。

「何故だと、訊いているんだ」

オレンジが差し込む彼の瞳は、狼のように光っていて、背中がひやりとした。

「…………死ぬんだよ、わたし。次の誕生日を迎えられるかどうかも、本当のところはわからないんだよ」
「理由になっていない」

怒りがあらわれはじめた声で、昔のお父さんを思い出した。彼とよく似た表情に、しつこく涙があふれてくる。

「わからないの?わたしが今までどんな気持ちでいたか、わからないの……?寂しい、悔しい、悲しい、そんな言葉じゃ足りないくらい、いっぱいいっぱいだったんだよ?もうこれ以上、背負えるわけがないじゃない!自分のことで精一杯なのにっ。死ぬときくらい、好きにさせなさいよ!!」

思わずあげてしまった大きな声のせいか、セリアがいつのまにか、目を真ん丸にしてわたしを見つめていた。

「死ぬ死ぬって、お前」
「誤魔化したって治るわけじゃない!あなた以上にわたしはわかってるの、馬鹿にしないで!!」
「キャロルっ、」

伸びてきたセリアの手を、反射的にはねのけてしまった。彼女はやけに傷ついたような顔をして、皮が剥けて血の滲んでしまった手の甲に、黙って視線を落としていた。

「歌声で、いつか世界を笑顔でいっぱいにするのが夢だった…叶うって信じてた…。でも、結局上の人たちには、お金を稼ぐ手のひとつだとしか思われてない、所詮子供だとしか思われてない。例えわたしがいなくなったとしても、代わりは星の数ほどいるってことも解ってる……こんな組織、入るんじゃなかったあ、生まれてこなければよかったぁ……、っうぅぁぁあああぁぁぁあっ!!!」

たかぶって、張り詰めた感情は、針で突かれた風船のように、ふたりのことなど構わず爆発して、飛び散っていった。こんなに壊れたみたいに、餓えた赤ん坊みたいに泣き叫んだのは初めてで、人間がここまで泣けるのだと驚いて、余計に頭の混乱も止まらなかった。
ひとりだ、ひとりだ、ひとりっきりだ。最後までわたしはひとりぼっちなんだ。……お兄ちゃんに会いたい、会いたい、お父さんに会いたい今すぐに、すぐに!でも会えない、会えないのは、誰の所為?わたしの、自分自身のせいだよね?!この馬鹿が、馬鹿が。死んでしまえ!!

「キャロライン」

もう何も冷静になど考えられなくなっていたわたしを、前触れもなく、誰かが抱き上げ、包み込んだ。
この低い声は、硝煙と煙草のにおいは……。

「独りにさせて、すまなかった」

くぐもる声と、微かに聴こえる心臓の音で、沸騰していた全身がすっと冷えていく。それはとても、心地好いものだった。
生きた時間の長さの違いが教えてくれる、わたしに足りないものは、きっとこういうものなのだろうと、思えるくらいに。
わたしは、こうやって何もかもを受け止めてくれる人を、少しでも支えてくれる人を、ずっとずっと、探していたのかもしれない。けれど、それは単なる我儘だと、無意識に心の奥に押し込んでいたのだ。

「アル、にい?」

アルにいの向こうで、セリアが息を呑むような音を立てているのがわかった。
これは後で聞いた話だけど、彼は元々酷い子供嫌いで、お兄ちゃんが組織の裏切り者なのだという証拠を掴んだときには兄妹纏めて自らの手で銃殺するつもりだと、ファミリーのメンバーやセリアにまでも宣言していたらしい。それが、そんな彼が、本当の家族のようにわたしを抱き締めて、宥めたのだ。気でも狂ったのかと、目を疑うのが筋だろう。
隙間にぴったりと収まって動けなくなってしまったけど、初めて感じたこの温もりに、今までで一番あたたかくて透明な涙が、止まらなくなった。

「アルにい、セリア、ごめんね…ごめんなさい……」
「キャロル」
「ごめんなさい…っ!」
「泣くなよ、キャロル。謝る必要もねぇんだから」
「そうよ。思ってることを話してくれて、私も気が引き締まったわ」
「セ、セリアァッ」
「もう、変な声になってるわよ」

同時に、大変なことをしてしまったのだと気がついて、ひたすらに謝り始めたわたしの震える背中を、ふたりは大きな手でずっとさすり続けてくれた。
わたしは、独りなんかじゃ、なかったんだ。


*


泣き疲れて眠ってしまっていたキャロラインの傍で、アーロンは彼女の銀色の小さな頭を包み込み、目をそっと伏せて何かを呟いていた。
言葉を聞き取ることは不可能だったが、その表情はいつか見た悪魔のようなそれとは似ても似つかない、愛に満ちあふれた、しかしどこか哀しげな微笑みにみえた。
後にも先にも彼がそんな顔を他人に向けたのは、私が知る限り、キャロラインだけだ。

「こいつを苦しめるものは、俺が全部、引き受けるのに」
 
 
 


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