ダーク・ファンタジー小説
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- メロディの無い歌を (完結。)
- 日時: 2018/09/15 23:21
- 名前: Garnet (ID: 9MGH2cfM)
閲覧・クリック有難うございます。こんにちは。またははじめまして。Garnetと申します。
この物語はコメディライト板の『COSMOS』(現在、執筆停止中)に続く話ですので、その点をご了承ください。
時間軸は、主人公の奈苗が生まれる数年前から、数か月前までです。
自分で読み返してみても、決して面白い作品とは言えない出来です。
今から読み始めようとしている方がいるのなら、やめておきましょう、とだけ。
感想を戴くのも恥ずかしくなってしまったくらいなので、スレッドはロックを掛けたままにさせていただきます。申し訳ありません。
♪
あとがき 兼 まえがき
三年以上かかって、ようやく執筆が終了しました。昔の文体や書き方に似せるのは、もう大分、辛いです(笑)
このスレッドが、SSや詩を除いて、Garnetとしての初完結作品になりました。随分無理矢理な終わらせ方になりましたし、自分でも思うところはかなりありますが、もうこの物語はこれで良いんじゃないかと考えています。
これでも、人生で初めて書いた小説よりはだいぶ、まし、なのです。
何はともあれ、スレッドを立てた当時の「何でもいいからとりあえず完結させてみる」という目標は達成できたわけですし。
だらだらと、ただ自己満足的に、はっきりしたテーマもなく、簡単なプロットすら立てず、展開もしっかり考えず。読者への配慮もなく、小説もどきの文章を書いていた情けない自分とは、これでもうさようならと、いうことで(なんて言ってもしばらくついてきそうな気がしますが)。
これからも懲りず、カキコでの執筆は続けますので、どうぞよろしくお願いします。もしわたしを見かけたら、お気軽に声をかけていただけると嬉しいです。
この作品を読んでくださった方に、感謝を込めて。
Garnet
こいつ、見違えるくらい上手くなったなーと、いつか誰かに思ってもらえるくらい、素敵な小説を書けるようになりたい。
執筆開始 2015年6月18日?
執筆終了 2018年9月14日
完結(投稿終了) 2018年9月15日
【目次】
この手で >>2-6
麻痺した心に >>7-11
貴方と >>12-16
あの場所で >>17-21
永久に >>22-26
- 貴方と ( No.12 )
- 日時: 2015/10/31 13:53
- 名前: Garnet (ID: xV3zxjLd)
私の名前は、マーガレット・セスナ。
日本人の父と英吉利人の母の娘……になる。如何してこう曖昧な言い方なのかは自分でも解らないけど、何か…私は、他の人と違うような気がしてる。
根拠はないけれど、初めて違和感を覚えたのは、自分の瞳の色を知ったとき。
あれは、10歳頃だっただろうか。其以前の記憶は靄が掛かって思い出せないから、多分そうだと思う。
多分。
……ふと鏡を見て、何処か人間味が無いと感じた。
オッドアイ───先天性の虹彩異色症は、人間の場合、10000分の1の確率でしか発生しないと言われている。
しかも、そんな低確率のなかでも大抵は、両方青いけど左目が少し薄いとかいう程度なのに、私は碧とアンバー。
体も弱いし、思えば、何度も検査を受けているし、胸には憶えの無い手術跡まである。
其に気付いてしまった時から、鏡を見るのが何となく怖くなってしまった。
まあ、今は殆ど割り切って"歌姫"に専念しているのだけど。
時々、自分が何者なのか、判らなくなる。
今も、そんな馬鹿馬鹿しい瞑想の最中だ。
「ばちゃひーりーづ、ばちゃしーそうず」
不意に、日本語訛りの英語が口から飛び出した。
「戯け」
「だーってえ、最近全然キャロルに会えないんだもの。自棄にならせてよ」
口を尖らせて文句を言えば、否定はしない、と、向かいのベッドに座るアーロンが腕を組む。
私は、椅子に横を向いて腰掛け、背凭れに小さい顎を乗せてみせた。
本当に、つまらない。
幹部内同ランクにも女性は一人居るけれど、話が合わないんだもの。
やっぱりキャロルが良い。
「だからと言って、人の万年筆でペン回しをして良いとは言ってねーが」
「すんません」
アーロンが私の手元と顔を睨み付ける。
其の視線が呆れに満ちていたので、仕方なく、デスクにペンを返した。
彼とは時々、こんな風にふざけている。其が最低限の、"普通"だから。
因みに、今更ではあるものの、組織内の共通語は英語だ。
私達幹部内Sランクでなら殆ど通じる日本語で他愛もない話は済ませるが、何しろ、下級のメンバーは世界各国から集められた多民族。
北から南から、東から西から。
イギリス英語で縛ってしまうと、後々面倒なことになりかねないので、その辺りは制限が緩い。
「でも……何かあったのかしらね」
私の言葉に、アーロンは眉を顰めた。思い当たる節が有るのだろうか。
部屋が薄暗いので、前髪のかかる、顔の左側の表情が見え悪い。
「何でもないだろう。彼方は彼方で多忙だろうからな」
「…」
確かに其も有るだろうけど。
胸の奥がざわついている。
彼は面倒臭そうに立ち上がり、上着から煙草とライターを取り出した。
引き摺るように進む足は、窓際に向かっている。
「まさかとは思うが───」
窓が開き、間もなく煙草に赤い光が点った。
苦い煙は素直に青い空へ流れていく。
あんな有害物質が雨の日に纏めて落ちてくるのだと思うと、全身に寒気が走った。
何ならずっと晴れていて欲しいものだけど、そういう訳にもいかないのが現実。
まあ、日本の公害に比べれば、こんなものはどうってこと無いんだろうけど。
「何?」
陰になった弱々しくも見える背中に、問いかける。
少し伸びてきた栗毛が僅かに揺れた。
予想は付くし、きっと、答えてもくれないだろう。そんなことは最初から解ってる。初めて言葉を交わした日から、私達は─────
「……何でもねぇよ」
互いに依存し合ってるのだから。
「ふぅん」
…嫌でも波長がシンクロして、繋がってしまう。身体も心も。
ああ、今私、物凄く冷たい目をしたかも。
悪足掻きしたって、貴方の叫びは聞こえるのにーって。
弱虫。
ヨワムシ。
よわむし。
ばーか。
ばーか。
心の声が聞こえたのか、彼は手近の灰皿に吸い殻を押し付け、ちらりと此方を見やった。
その瞳は、私とは違って"普通"の色。陽を受けて七変化する、ヘーゼルの目。
「何か言ったか」
案の定、そうやって重みの無い言葉を放り投げてる。
取り繕っている積りなんだろうね。
だから私は、決まっていつも、こう返す。
「なんでもないよ」
だって、訊く迄もないじゃない。
嘘つき。
- 貴方と ( No.13 )
- 日時: 2015/11/27 20:26
- 名前: Garnet (ID: 9nuUP99I)
♪+♪+♪
目に浮かぶ、何処かのまち。……アイルランドのダブリン。
屋根は赤くなくて、黒なの。
お父さんは家に中々帰って来なくて、お兄ちゃんが毎日のようにキッチンに立ち続けていた。
夜には、熱々の美味しいシェパーズパイを、二人で静かに食べて。
夜にはベッドで、本を読み聞かせてくれた。
琥珀色の透明な瞳。
そっとわたしの髪を撫でる、骨張った大きな手。
良い夢を見ろよ、と瞼に落としてくれる優しいキス。
わたしは、そんなお兄ちゃんが大好きだった。
でも、何時からだろう?
そんな、世界一のお兄ちゃんから少しずつ笑顔が薄らいでいってしまったのは。顔を合わせなくなってしまったのは。
……気がつけば、わたしまで、黒い屋根の下に帰らなくなっていた。
自分でも気付かなかった生まれつきの絶対音感と、目を付けられた歌声。
何も知らなかったわたしはテストに掛けられ、組織の幹部"ファミリー"の人材候補に挙げられた。
褒められるのが嬉しくて、問題を解いていくのが楽しくて……4歳になったばかりの頃、5歳にはキーステージ3に余裕で飛び級出来るのではないかと、専属家庭教師の先生が仰っていた。
キーステージ3というのは、日本で言えば中学生位。
もしかしたら、組織内での大学院卒業最年少記録を更新するのではないか……講演を開きにやって来た教授が、冗談混じりに言っていたのを思い出す。
しかし、今のところ、最年少記録は12歳だ。やはり無理に決まっている。
「キャロル」
後ろから、メグの声がした。
でもわたしは、赤くなった目を見られたくなくて、ベッドに座り、大きなテディベアを抱き締めながら背を向けていた。
拗ねている白兎みたいに。
「最近、あまり会えなかったでしょう。どうしてるかなって、気になって」
気付い…ちゃったのかな。
わたしは、頭脳も歌声も、人並み以上だとは自覚している。……正確に言えば、"させられている"。
でも、大人たちのようなライアーじゃ、ないんだ。
経験は、知識には敵わない。
「ごめんなさい、レギュラーテストと単位試験が重なっちゃって。コンサートも近いから、練習に集中できるように、警備さんに来客を拒否して頂いてたの」
「……そう」
嘘を、吐いてしまった。
ふわふわの毛を掴む指が、冷たく、固くなる。
「ねえ、国外に歌いに行ったんだけどさ、子供の頃の講師だった人が、チョコレートをくれたのよ!是非キャロラインに、って!」
「うん」
かさかさと、音がする。
紙袋に入れてきたらしい。
「ほらこれ!カイエよ、カイエ!スイスのチョコは美味しいんだ……から……」
「うん」
「ねえ……如何したの?」
「…」
あ、そうか。わたしがチョコレート好きなの、メグは知ってたんだっけ。
如何言っても振り向かないことに違和感を覚えたのか、彼女はゆっくりと、此方に向かって歩みを進めてくる。
「……ごめんなさい、今日は疲れてるの。帰って欲しい」
「え?」
「帰って!」
銀髪が、声に波打つ。
叫んだあとで、後悔してしまった。何イラついてるんだろう。思春期の男子じゃあるまいし。
「…………わかった」
ぱさり、と、紙袋がテーブルに置かれる。
去っていく足音は、何だかヨロヨロと平衡感覚の乱れているように聞こえた。
「め…ぐ……?」
腕の力が抜けて、振り向いたときには、彼女はもうドアの向こうだった。
広い、広い部屋に、ひとりきり。
……ひとりぼっち。
本棚に詰まった数えきれないほどの本も、ソファも、今さっきまで握り締めていたテディベアも、何だか、自分のものでないように見えてきてしまう。
頭が痛い。吐き気までしてきた気がする。
最低だ、最低だ、サイテーだサイテーだ。
疲れているのは、紛れもない事実だった。
微熱が続いて、身体も怠い。
其の所為で集中力も持たないから、勉強も歌も、思いきり打ち込めない。
病気に関しては本にざっと目を通した限りだけど、記憶の中で、確実に、可能性が絞り出されている。
今出来ることは、沢山睡眠をとって、滋養のあるものを食べて、神さまにお祈りすること位だ。
もう此れ以上、誰かを悲しませたくない。
───窓の外では、真っ黒な雲が空一面を埋め尽くしていた。
♪+♪+♪
- 貴方と ( No.14 )
- 日時: 2015/12/09 04:23
- 名前: Garnet (ID: w4lZuq26)
頭がくらくらする。
目眩とも似た感じだけど、もっとこう、体の芯をぶん殴られるような。奥深くを揺さぶられる感じ。
船にも車にも酔ったことが無いから、乗り物に酔うってこんな感じなのかなあと、頭の隅で考えた。
「大丈夫、ハル?」
化粧室のパウダーエリアに力なく座り、青くなっていた処へ、顔馴染みの女性がやって来た。
レディッシュヘアに翡翠の瞳。人を手折る時の眼力はアーロンに次ぐ、幹部内同ランクのメンバー、『Luv(ラヴ)』。
何時だったか、私が"話が合わない"とか何とか言った人だ、うん。
話が合わないというのは、音楽に関してだけだ。普段なら、普通に女同士、仲良くやっている。うん、"普通に"。
因みに、『ハル』というのは、幹部内での私の呼び名だ。花のマーガレットの和名が木春菊なので、其処から取ったのが由来。
レディッシュヘアの彼女『Luv』は、本名(偽名なんだろうけど)のRubyからのもじり。
最初、アーロンがふざけて『Rub』にしろ、なんて言うから、私も彼女も流石にキレていた。
……そんな彼女も、出逢ったときより随分髪が伸びた。確か最初はショートヘアーだったんだけど、今じゃ胸辺りまで伸びている。
目元に似合わぬ童顔さは、5年は経った今も健在。
正直、此処に居るべきではないと思ってしまう程、可愛すぎた。
艶のある癖っ毛が、照明を取り込んで金色に輝く。
「大丈夫じゃないわよ……っ。何か、可愛い歌姫を怒らせちゃったみたいでさぁ」
「そ、そうなの?」
「ええ、なんか疲れが溜まってたらしくて」
「彼女も大変なのね。ジェームズにも面会出来ないし……」
ジェームズ。
聞きたくない単語が鼓膜を震わせる。
「何よ、貴女はあの汚ない狗を信じてるの?」
「私は彼を信じ抜くわ。でも、其と此とは話が違うでしょう?」
「……ふぅ」
瞳の奥に、何かが宿った。
ラヴは……ルビーは、あまり公にはしていないけれど、ジェームズとデキている。
最初から何となく、そんな予感はしていた。
止めておいたほうが良いだろうと思ってはいたのだけど、其を言ってしまっては、私とアーロンの関係まで危ぶまれる。
今「悪かったな」って、アーロンの声がした。あはは。
「それにしても、随分具合が悪そうだけど。貴女こそ疲れてるんじゃない?つい最近、ドイツから帰ってきたばかりだし」
「そんなんで疲れてたら、やってらんないわよ。……キャロラインの声が頭にキンキン来ちゃって」
「そんなに怒られたの?」
「うーん……子供特有の煩さとは、また違うのよねえ」
「そう」
「声でやられたーっていうか。そんな感じ」
「其はキツいわね」
ははは、と彼女が苦笑する。
「あの子、此処に来てから直ぐに上り詰めたものね。歌声に超音波でも入ってるんじゃないの?」
「冗談になってないわよソレ……マジッポイシ」
「あっ、ごめんなさい」
ぴとり。
細い彼女の肩に、身体を預けてみる。
鏡に映ったルビーの表情が、驚きに満ちていた。
緊張感が無いときなんて、今くらいしかないもの、少し位ふざけたって良いでしょう?
そう、目で訴えれば、仕方ないなあと言うように、彼女は其の儘お色直しを始めた。
「なーに子供みたいなことしてるのよ、世界を股に掛ける歌姫が」
「おえっ、吐くかも」
「無視しないの!」
「すんませーん」
てへ、と舌を出してみる。
あほっ、と軽くデコピンされた。女版アーロンだ。ぼーりょくはんたい。
「何か言ったかしら」
「言ってないわよ、貴女が女版アーロンだなんて」
「撃っても良い?」
左手で、黒く冷たい銃口を向けられる。疑う視線に気が付いたのか「私、両利きなの」と彼女はトリガーに指を掛けた。
ほんとに、彼にそっくりだ。
「物騒なもの出してくれるのね。悪いけど、鞘に収めて頂戴」
「……」
やっぱり『Rub』の件を根に持っているらしい。
影のある目元が、湿り気を帯びる。
けれども、ふっ、と鼻を鳴らし、セーフティを掛け直して、渋々言うことを聞いてくれた。
「ハルみたいに、彼奴に抱き込まれたくは無いわ。私と運命共同体なのは、ジェームズだもの」
言ってくれるじゃない。
ああ、今滅茶苦茶にこの子を殺したくなった。赤い血が噴くか、黒い血が噴くか。見物だ。
頬を預けているルビーの肩が、冷たくなっていく。
鏡の中で、真っ黒な視線が纏わり付いた。
- 貴方と ( No.15 )
- 日時: 2016/01/04 20:36
- 名前: Garnet (ID: m9NLROFC)
♪◇♪◇♪
「ママ、ママ」
「なーに?マーガレット」
舌足らずな声で呼び続けて、鼠の握力で彼女の袖口を掴み、離さなかった。
……遠い日の記憶。
アカシア色のベールを、そっと指で触れて退かしてみる。
あの日が"最後"だった。
「いっちゃやーや」
「如何したの、ママは何処にも行かないよ」
「ん〜ん〜」
真っ白な部屋の、窓際。
さっきまで身体中に繋がれていた管やコードは外され、酸素マスクのみという、比較的楽な身になれた。
母親に抱かれて、私も生きているんだなあ実感する。
マスクの息苦しさには、随分前に慣れた。でも、長く話し続けることは出来ないし、細く伸びる管が邪魔で、うまく抱きつけない。
UVカットガラスを張り巡らせた小さなサンルームの中で、優しい太陽の光に髪を撫ぜて貰うよりも、小鳥たちの可愛らしい歌声に耳を澄ませるよりも、ママの温かい腕のなかで、ずーっと、思い切り甘えていたかった。
玩具も綺麗な服も要らない。ずっと、ママと一緒に居られれば、他には何も望むものなんて無かった。
「ごめんね。ママ、一寸疲れちゃったから降ろすよ」
「……ん」
もといたベッドへ降ろして貰う。
そっと、酸素マスクが外された。
心に染み渡る体温が離れる空しさ。シーツに残る自らの残り香。乾いた空気。目蓋を下ろしてそれらを感じた瞬間、嫌な予感が頭の中を駆け回った。
「ごめんなさい、メグ。わたしは、貴方の傍には居られないみたい」
ママの声が、して。
布を当てがわれた。
きつい臭いがする。
「愛してるわ、マーガレット」
遠退いていく意識に藻掻いて、手を伸ばしてみたけど、何にもふれることはなかった。
空気だけが、指の間をすり抜けていった。
額に落とされる幾つものキス。
ねえ、力が……入らな…………い……よ。
♪◆♪◆♪
あれから何れ程眠り続けただろうか。
灰色の微睡みに身体が浮かんで、胸部にチリチリと、鋭くも鈍い痛みが走った。
口から体内に太いパイプが通されているらしく、何度されても慣れぬ感覚に、軽く吐き気がする。反射的に、頬に留められたテープに手が伸びてしまった。
「目が覚めたか、マーガレット」
しかし、聞き覚えのある声の主に確りと手を掴まれ、抗うことも出来なくなる。重たい目蓋を持ち上げ、ぐらぐらするピントを合わせた。
黒いコートを着て、黒い毛の帽子を被っている日本人っぽい顔つきの男性───ベッドに寝ているから上半身しか見えないけれど、恐らく、上から下まで真っ黒な筈。
帽子の影に見えた目と視線が絡み合って、彼が誰だか確信がついた。
降参です、と掴まれた手の指を揃えると、何事もなかったように手を離してくれた。
「Leader...?」
「今はそう呼ばなくても構わんよ。何たって、お前は私の可愛い姪なんだからなあ……」
「伯父さま…っ」
冷たい掌で髪を撫でられる。何故だか涙が溢れてきた。
視界の外で部屋の扉が開いて、お医者さま達がやって来た。
話し悪そうにしている私を見ていたのか、あまり喋らせないようにお願いします、と声を掛けている。
看護婦さんが近付いてきた。管を外しますよ、という言葉に、全身から力が抜けた。
「お前は10年後、世界一の歌姫になる。……ぶっ飛んだ両親の娘ではあるが、彼等にも取り柄ってやつはあるからねぇ。此の手を使ったことを、後悔はしていないよ」
独り言なのかは知らないけど、彼は目を細めながら、機械との繋がりを断つ私を見詰め、呟いていた。
無意識に体力を消耗してしまったようで、眠気が視界を蝕み始める。
「只一つ、計算外だったのは」
あれ、そういえば私、今何歳?
「彼奴等と同じ目をしていることだ」
♪◆♪◆♪
- 貴方と ( No.16 )
- 日時: 2016/03/04 21:37
- 名前: Garnet (ID: FpNTyiBw)
幼い頃のことは、ロンドンスモッグの靄が掛かったように、とても見通しが悪い。
しかし、そんな中でも、アーロンとの出会いからは、彼との思い出だけきちんと其の儘袋詰めされていて、鮮明に記憶していた。周りの景色以外は。
勿論、10歳くらいからは沢山のことを覚えているけど。
……痩せ細った腕で、冷たく重いライフルを抱え、辺りに硝煙の臭いを撒き散らしていた彼。意志の強そうな瞳の奥には、不安と悲しみがぐちゃぐちゃと、澱んだり浮遊したりしていて、同じ色の何かを感じた覚えがある。まあ、黒は何を混ぜても黒にしてしまうんだけどね。
そんな彼を見て、私は伯父さまのコートの袖を、ぎゅうと握り締めた。
「彼奴が良いか」
伯父さまの言葉に、私は素直に頷いて。
「あのひと、ね、わたしとおなじとこをみてるの。あのひとはきっと、わたしのてのひらをはなさないでいてくれる」
無口な私が珍しく、掠れた声を心から溢れさせているのを見て、伯父さまは呆れるように唇の端を上げていた。
見上げてくる碧と金色の瞳を、どんな思いで見ていたんだろう。
「……そうか」
ただひとこと、それだけ。
伯父さまは、何事もなかったかのように目を逸らし、私の手を引いて……というより、強く摘まれた袖を静かに揺らして、再び歩くよう、促してきた。此処では少し、少しだけ、アーロンと話すには遠いから。
ゆっくり両足を交互に引き摺っていって。ずっと瞬きせずに彼を見詰めていたから、眼が乾いて痛くなってきた。其処で漸く目蓋を下ろす。
涙がじわりと、鼻の奥まで温い感触を伝わせた。
そんなことをしていると、丁度目を開いたところで、伯父さまが歩みを止めた。
真っ黒な腕に頭突きしてしまいそうになりながら、俯きがちに、私も停止する。
「アーロン」
彼が、何時も私に向けるのとは少し違う声色で、彼の名前を呼ぶ。芯のある、世間的には、ドスの効いた声とでも言えるものか。
それでも、幹部の者に発する声よりは、落ち着いていて、穏やかだった。
「何でしょうか、ボス」
さっきからずっと地面を見ているから、顔はわからないけど。綺麗な声───
「ああ。今日はお前に、パートナーを紹介しようと思ってな」
「パート、ナー…」
ああ、そうだ。そうだった。此れから先、もしかしたら死ぬ迄行動を共にするかもしれない人なんだ。
何か、ひとこと。ひとことだけでも、言わなくちゃ。
でも、何か言葉にしようとしても、唇はぱくぱくと空気を取り込むだけ。手が震えてくる。
「あの…」
硝子細工に触れるかのような声。
身体がびくりと震えた。
ああ、まただ……。
「此奴と話すことは、少々難しいんだ」
「え?」
「……大人の悪戯で生まれた子だからな」
大人の悪戯。
その言葉の意味を、私はもう知っている。
しかし、アーロンには意味が解らなかったようで、沈黙する彼に、伯父さまは苦笑する。"まだまだ、白いんだな"って。
そして伯父さまが、ふわりと離れた私の手を、隙をみてとった。
離れられないものかと大きな手のひらから逃れようとしたのだけど、手首の骨がこきりと鳴るだけ。潔く諦めることにした。
でも。
「此奴の名前は───」
私にだって、意思はある。
「言う、よ…」
短い髪が風に吹かれて揺れる。
その風に押されるように、精一杯、今にも空気に消え入ってしまいそうな声を振り絞った。
「わたし…言う、から」
きっと、アーロンには、此の声は届いていない。
伯父さまには私の声が聞こえたようで、小さく頷く動きが、手のひらに伝わってきた。
「アーロン、屈んで、目線を合わせてやってくれ」
「あ、ハイ」
揺れる髪の向こうに、彼が静かに現れた。背の低い私を気遣って、伯父さまの言う通り、腰を落としてくれている。
ぼやけているピントを合わせて、じっとその顔を見詰めてみた。さっき遠くで見たときより、幼い表情をしていた。
「わたし…マーガレット。マーガレット・セスナ。日本人の父と、イギリス人の母の子供です。
この目は、生まれつきです」
きっと、この目の色に何かを感じたのだろうと思い、生まれつきの付属品……欠陥なのだと、最初に伝えておくことにした。
大抵、彼くらいの歳なら、私の顔を一目見れば眉を顰めるものなのに、そんな感情を抱いたような気配は、微塵も滲み出ていなかった。
「あ…俺は、アーロン・マサイアス。よろしく」
「よろ、しく」
痛み出した頭を、軋ませながら、私は……、初めてアーロンと言葉を交わした。
…………私、この人なら愛せるかもしれない。
だって、もう、私と貴方は。
真っ黒に溶け合ってしまったもの。
其れからの進展は、あっという間だった。
何も言わずとも、私達は指を絡め合って、数え切れない程キスをして、抱き合って、暗闇の中で延々と肌を重ね合うこともあった。
─────白は呆気なく黒に染まるけど、黒は白に戻れない。其の黒に勝る程、白い色を流し込まない限りは。
私は、白には戻らない。戻りたくない。戻りたいと思う奴の神経が解らない。
なのに、なのになのに、何故か赦しを乞うて、歌ってしまう。
だから、私は。
貴方と、この不協和音を奏でているの。