ダーク・ファンタジー小説

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メロディの無い歌を (完結。)
日時: 2018/09/15 23:21
名前: Garnet (ID: 9MGH2cfM)

 閲覧・クリック有難うございます。こんにちは。またははじめまして。Garnetと申します。
 この物語はコメディライト板の『COSMOS』(現在、執筆停止中)に続く話ですので、その点をご了承ください。
 時間軸は、主人公の奈苗が生まれる数年前から、数か月前までです。

 自分で読み返してみても、決して面白い作品とは言えない出来です。
 今から読み始めようとしている方がいるのなら、やめておきましょう、とだけ。
 感想を戴くのも恥ずかしくなってしまったくらいなので、スレッドはロックを掛けたままにさせていただきます。申し訳ありません。





 あとがき 兼 まえがき

 三年以上かかって、ようやく執筆が終了しました。昔の文体や書き方に似せるのは、もう大分、辛いです(笑)
 このスレッドが、SSや詩を除いて、Garnetとしての初完結作品になりました。随分無理矢理な終わらせ方になりましたし、自分でも思うところはかなりありますが、もうこの物語はこれで良いんじゃないかと考えています。
 これでも、人生で初めて書いた小説よりはだいぶ、まし、なのです。
 何はともあれ、スレッドを立てた当時の「何でもいいからとりあえず完結させてみる」という目標は達成できたわけですし。
 だらだらと、ただ自己満足的に、はっきりしたテーマもなく、簡単なプロットすら立てず、展開もしっかり考えず。読者への配慮もなく、小説もどきの文章を書いていた情けない自分とは、これでもうさようならと、いうことで(なんて言ってもしばらくついてきそうな気がしますが)。
 これからも懲りず、カキコでの執筆は続けますので、どうぞよろしくお願いします。もしわたしを見かけたら、お気軽に声をかけていただけると嬉しいです。

 この作品を読んでくださった方に、感謝を込めて。
 Garnet


 こいつ、見違えるくらい上手くなったなーと、いつか誰かに思ってもらえるくらい、素敵な小説を書けるようになりたい。


執筆開始 2015年6月18日?
執筆終了 2018年9月14日

完結(投稿終了) 2018年9月15日



【目次】


この手で >>2-6

麻痺した心に >>7-11

貴方と >>12-16

あの場所で >>17-21

永久に >>22-26

この手で ( No.2 )
日時: 2015/08/22 01:05
名前: Garnet (ID: mJV9X4jr)

ファミリー、という言葉を、聞いたことがあるだろうか。
勿論のように挙げられる、家族という意味とは、かなり違う。
…しかし、表向きは"家族"のようなものなのかもしれない。
金と薬と殺意と、異常な愛で繋がれた、"家族"だ。
陰で動き続ける、ある巨大な組織の幹部に、彼等は位置する。
…この説明で、解った方もいるかもしれない。
ほとんどの者が一度は耳にしたことがあるだろう。
彼等が属する組織…

───その名を、マフィアという。



「お疲れ様」
「ああ」

薄暗い地下通路を進む俺の隣を、女が歩いてついてくる。
簡単に言ってしまえば、恋人のようなものだ。
緩くウェーブを描く黒髪が、歩く度にふわりと浮いて、花の香りを漂わせる。

「日本でコンサートをやって来たって?
 やはり、お前に勝てる輩なんぞ、居やしないだろうよ」

そう言うと、女は微笑した。
何時ものように、上着から煙草とライターを取り出す。
口にくわえライターに指を掛けた途端、女は少し背伸びをして、俺の口から煙草を抜き取った。

「このエリアは禁煙の筈だけど。
 其れに、世界を駆け回る歌姫の肺を汚したいの?」

女は歩くのを止め、此方をじっと見つめた。
生まれつきの、碧とアンバーのオッドアイで。
俺も脚を止め、彼女から煙草を奪い返して上着に仕舞った。
ライターも然り。

「お前の歌声よりかは、プリンセスに興味があるんだが」
「あー、何言ってるのかわかんなーい」
「バカモン」

パチン、と指で額を弾くと、女は「いったーい」と言いながら大袈裟に手で擦った。

「冗談よ冗談。あれでしょ?何処かの狗だとか貴方が言ってた、あの男の妹。
 テストに受かって、ボスの目にも掛かったそうじゃない」
「そうだ。そして、お前の好敵手になろうとしている。」
「嘘?!」

これは初耳だったのか。
驚きの余りに、彼女は固まった。
もう一度額を弾いたら、ヒビが入って砕けそうだ。

「安心しろ。奴が狗だと解れば、ガキ諸ともあの世行きだ」

この言葉に、女は石から人間に戻った。
そして、重そうな脚を動かし始める。
大分人通りが増してきた処で、彼女は間抜けた声をあげた。

「うーわ最低、四歳児を撃ち殺すですって。
 皆さん聞きましたかーっ?」

この野郎。
確かに、子供を殺った処で、評判はガタ落ちする一方だが。
何しろ、プリンセスはファミリーでのアイドル的存在…って、何馬鹿なことを。
怒りを片付けようと舌打ちすると、偶然目が合った下っ端構成員が冷や汗を垂らした。

「あーあ、また怖がられちゃったね。
 そんなんで、子供に興味が有るなんて思えなーい」
「調子に乗るな。脳天ぶちまけるぞ」
「あらやだ、後始末出来ない癖に」
「…今夜たっぷり再教育してやろうか?」
「うわ〜お」

女はヒューヒューと、下手くそな口笛を吹いた。
此れでも、IQは俺より高い。しかし、人殺しの能は無い。

そうこうしている内に、例の部屋の前に辿り着いた。
扉の両隣には、警備員が床に刺さったように立っている。
左の警備員が一礼して扉を開けた。
重く分厚い扉の奥。
さぞかし重苦しい部屋なのだろうと身構えたが、見事にその期待は裏切られた。
小鳥のさえずりでも聞こえてきそうな、吹き抜けの天井からの自然光。
温もりというやつを感じる、木の床。
壁には、淡い風景画が掛けられている。

「凄い…」

女も、溜め息のような声を漏らした。

「余程期待されているということか」

上着をハンガーに掛け、幅の広い階段をゆっくりと上った。
すると、微かに歌声が聴こえてきて、思わず足が止まる。


「(自主規制※1番Aメロ)」


『アニー』の劇中歌、『Maybe』だ。


「(自主規制※1番Bメロ)」


少しも音を立てぬように、そっと部屋に向かった。
この歌声を汚したくない。そう思った。

「(自主規制※サビ)」

軽く霞みがかったドアの前に立ち、

「「(自主規制※サビ続き)...」」

彼女と、初めて声を重ねた。

「誰?」

歌声の主───プリンセスが、ドアの向こうから澄んだ声を発した。

この手で ( No.3 )
日時: 2015/06/28 15:32
名前: Garnet (ID: WcUrm8Fd)

用心深さが、手に取るように解る。
しかし、そんな感情の中に、好奇心も少々。やはりそこは子供か。
女は、少し高い声でプリンセスに話し掛けた。

「私達よ。ボスから漸く、顔合わせの許可を頂いたの」
「…と、言うわけだ。嫌なら出てこなくても構わん。
 残念ながら、子供の部屋にずかずかと上がり込む趣味は持ち合わせて無いんでね」

俺達がそう言って、暫くドアの前に立っていると、軽やかな足音が寄ってくる。
霞み硝子の向こう側に、小さな影が揺れた。
まだ、迷っているのか。

「お兄ちゃんは、一緒じゃないの…?」

恐れと不安の入り雑じる、微かに震える声が聞こえた。

「すまんな。一緒じゃないんだ。今日は…今日は、仕事だ」

すると、そうっとドアが開かれた。
隙間から、青い青い、綺麗な瞳が此方を見つめる。
眉下と背中辺りで切り揃えられた髪は、青みのある銀髪だった。

「まあ」

女が、母親のような声をあげる。
その瞬間、ドアは勢いよく開けられ、自分の脚に小さな温もりを覚えた。

「うわあっ、アルにいだっ!」

は…?アル、にい?
頭が混乱する。

「ぶはっ」

女は、吃驚している俺を見て吹き出した。
そんなに滑稽か。

「お前、何故俺の名を知っている…」
「ラボの人が教えてくれたの!
 "ふぁみりー"の偉い人で、凄く狙撃が上手いって!
 お兄さんは、アーロン・マサイアスでしょう?
 だから、アルにい、って呼ぶことにしたんだ!ねえねえ、いいよね?」

彼女が、上目遣いで訊いてきた。
これで駄目だなどと、言えるほうがおかしい。

「彼奴…余計な事を吹き込みやがったな…」
「いいでしょ?いいでしょ?」
「ハイハイ、分かったから。いい加減離れろ。
 それに、俺の名前を覚える前に、コイツの名前を覚えるべきだと思うんだが」
「こいつ…?」

無邪気なプリンセスはやっと脚から離れ、歌姫と視線を合わせた。
彼女の着るワンピースがふわりと揺れ、
頭の天辺から爪先まで、スキャナーで読み取るように観察する。
そして、スキャンが終わると、とんでもない事を口走った。

「お姉さん…」
「ん?」
「凄くキレイだねっ!」

予想外の言葉に、今度は此方が吹き出した。
何よ、と言わんばかりに、女はギロリと睨み付けてくる。
しかし、彼女の顔はプリンセスに向けられると、一変してデレデレになった。

「もーう、キレイだなんてっ!さすがあの人の妹!
 何か欲しいモンあるかー?」
「えへへ。…お姉さんは、マーガレット・セスナでしょう?
 歌が凄く上手くて、色んな国に、歌いに行ってるんだよね!」
「あらぁ、よく知ってるのね!
 いい子だいい子だ!メグでも何でも、好きに呼べ!」
「ほんと?じゃあメグがいい!」

折角の綺麗な銀髪が、彼女の手で、わしゃわしゃと乱されていく。
汚ない手で触るなー。

俺がジト目でマーガレットを見ていると、プリンセスはハッとして、気を付けした。

「改めまして、キャロライン・マーフィーです。
 アルにい、メグ、宜しくね!」

プリンセス───キャロラインが、ワンピースの裾を摘まんで軽くお辞儀した。
なかなか、様になっている。

この手で ( No.4 )
日時: 2016/05/04 14:49
名前: Garnet (ID: v2BiiJyf)

キャロライン…か。
マーガレットを見れば、俺と同じことを考えているらしい。
遠く昔の自分を見つめるように、目を細めていた。

「愛されているのね」

寂しげな、きっと独り言であろうその言葉に、キャロラインは首を傾げる。
何時だったか、日本で見たことのある川の流れのような、銀髪を垂らして。
あいってなーに?と、彼女は訊ねた。
注がれた事しかないのか、自分から与える事を知らないらしい。
そんな彼女に、俺はこう答えた。

「汚ねえモンと、綺麗なモンだ」

…と。
キャロラインはパチパチと瞬きをして、更に首を傾げる。
ちょいと頭をつつけば、こてん、と倒れそうだ。

「ま、いいや。二人とも入って!」
「ああ…そうだな」
「ほいほい」

阿呆な女のことは、置いておいて。取り敢えずお邪魔する。
少し暗い廊下を進み、ドアの代わりになっているレースを、そっと捲った。
ふわりと、風と光が頬を撫ぜた。
言葉が、出ない。

「あ、ごめんなさい、音楽掛けっ放しだった」

キャロラインの言葉と同時に音楽が切れ、風の音だけになる。
音源は、ベッドの隣の棚の上にあった。
ソファとベッドには同じ花柄のクッションが添えてあり、本棚には絵本から専門書まで、ぎっしりと詰まっていた。
南向きの大きな窓は開け放たれ、風が流れて、陽溜まりが出来ている。
その隅で、細く纏められたカーテンがゆらゆらと揺れていた。
…広い。

「キャロルー、この本全部読んでるの?ボスから貰ったんでしょう?」
「そうだよ。両方とも、正解」

マーガレットの問いに、いつの間にかお茶を運んできたキャロラインが答える。
許可も無しに勝手にあだ名で呼ぶとは、なんて馴れ馴れしい奴だ。
殆ど黒髪で覆われた背中に視線を突き刺してやると、何っ、と逆に睨み返される。
何、は此方の台詞だ。何なのだ、女というやつは。

「メグ、アルにい、どうぞ」
「おっ、てんきゅー」
「頂こうか」

クリーム色のソファに3人で座って、アイスティーを飲んだ。
勿論、真ん中はキャロル…じゃない、キャロラインで。
…今この瞬間を写真に撮ってみたら、家族のように見えるだろうか。
人を殺して物を流して、金が入ってくる。そんな毎日に嫌気が差した訳ではない。
ただ、"コイツ"と歩む、ごく普通の日常も悪くないのではないかと、そう思ったのだ。
そんな事は、口が裂けても言えないが。
グラスに結露した雫が、乾いた手につうっと垂れる。
ああ、そういえば、誰かさんに言われたな。銃の手入れの前に、その荒れた手を何とかしろと。

「…でね、お兄ちゃんが…」

女二人の会話を、適当に聞き流す。それさえも、美しいメロディだ。
プリンセスがアイスティーを半分飲み終わった頃、俺のグラスは、空になっていた。
それに気が付いたのか、キャロラインは一気に茶を飲み干して、ソファからひょいと降りた。

「さっきの続き、歌おうよ!」

そう言って、とびきりの笑顔を見せながら。


「(自主規制※2番*Bメロ*)」

ほら、一緒に歌おう。アルにい。

「「(自主規制※サビ)」」

メグも。

「「「Maybe...」」」

この手で ( No.5 )
日時: 2017/01/19 22:04
名前: Garnet (ID: ru6kJfJs)

(自主規制※メイビー、日本語訳)



 ♪*♪*♪



ドォン、と銃声が響き渡る。
少年は、汗で首筋に貼り付いた、栗色の髪を掻き乱した。

「調子はどうだい」

低く太い声に、少年がゴーグルと耳栓を外し振り向くと、真っ黒な男が立っていた。
夏だというのに、冬物の黒いロングコートを着ている。
肌こそ白いが、髪から靴まで全て黒ずくめだ。
当に「真っ黒な男」という表現がお似合いだろう。

「600ヤード、クリアしました」
「そうか。順調だな」
「貴方のお陰ですよ。貴方に拾って頂けなかったら…」

少年が其処まで言いかけたところで、男は口角を微かに上げた。
今までに何度も見たことのあるその表情に、寒気が走る。

「アーロン」
「はいッ!」

アーロン、と呼ばれた少年が、掠れて裏返った声を発した。
男は地面に足が着くのを確かめるように、ゆっくり、ゆっくりと、此方に歩いてくる。
そして、懐から白い包みを取り出すと、中腰になり、冷たい手で其れを少年の手に持たせた。

「お前も、今日から"家族"の一員だ」

また、背筋の凍り付くような笑みをうかべながら。



 ♪*♪*♪



「アーロン、アーロン…!」
「ああ、すまない」

マーガレットに揺すられて、重い瞼をゆっくりと開いた。
身体が怠い。
あの後、結局3人で寝泊まりし、ソファに追いやられた俺は、タオルケット一枚で夜を過ごした。
人を何だと思っているんだ、まったく。
立ち上がって、はだけたバスローブを鏡で見ながら直した。背中が湿って気分が悪い。
その一方で、窓からは昨日と同じように、明るい光が差し込んでいた。

「今何時だと思っているのかしら」

マーガレットが、明らかに不機嫌そうな顔をして、タオルケットを引っ剥がした。

「知るか。…そういや、キャロラインは?」
「とっくに出掛けたわよ。此方は遊ぶ気満々だったのに」
「ああ、今日は平日だったな…。
 神に魅入られた子とでも言うべきか。何処ぞの作家を抜く、知能指数も持っていることだしな」
「あ、じゃあ、IQ250は余裕で超えているのね?」
「らしいな」
「うっわー、キャロルに負けてるう」
「黙れ143」
「棒読みですねー200」

ピーチクパーチクと煩い小鳥め。五十歩百歩ということか。
手近にあったクッションを投げつけるも、いとも容易く受け止められた。
そして、彼女の口からはポロリと言葉が落ちた。

「そういえばアーロン、貴方随分魘されていたけど、どうしたの?」

この手で ( No.6 )
日時: 2015/08/22 01:21
名前: Garnet (ID: mJV9X4jr)

「や、止めてくれ……せめて、生命だけでも…」

埃まみれになったジジイが、手を擦り合わせて命乞いする。
その様子が可笑しくて、俺はわざと、セーフティを掛けたままトリガーをガチガチと鳴らした。
其奴は身体をビクビクと痙攣させ、言葉にならぬ声を発する。

「アーロン、やっちまおうぜ」

一人の男の提案に、そうだな、と賛同した。
老人一人を玩具にしても、面白味の欠片も無い。
呆けて身内から棄てられ、藁にもすがる思いで入団するも、大金を懸けられた取引に失敗したクズだ。
生かしておく価値なんざ、爪の先程も有りはしない。

「フン…せいぜい、そうして足掻いていることだな。
 テメエが消えた処で、はてさて、誰が泣いてくれるかねえ?」
「う…あぁ…」

ゆっくりと、セーフティを解除した。
皺だらけの肌から、汗が滝の如く吹き出す。

「.........Die」

次の瞬間、大輪の赤い華が咲いた事は、言うまでもない。



「アーロン。今日も、やったんでしょう?」
「ああ」

マーガレットの瞳が濡れていく。
毎度毎度こうだ。

「どうして貴方は、いつもそうなの」
「そういう世界だからだ」
「だからって───」
「黙れ」

出来るだけ力を緩めて、彼女の頬を打った。
信じられないといったような顔をされ、その瞳から涙が迸る。
…俺だって、やりたくてやっている訳ではない。
ボスから目を掛けられてから、多大なストレスとプレッシャーを与えられ、科学班には、薬物による洗脳をされる。
一時は、ダメージが大き過ぎて、昏睡状態に陥った事だって有る。
此れは、決してほどくことの出来ない支配だ。
抜け出そうとすればするほど、重く冷たい鎖で縛り上げられる。

「だから、お前には歌い続けて欲しい」

マーガレットは幸い、マインドコントロールにかけられる事はなかった。
但し、成人するまでは、24時間365日監視付きの生活。
しかし、この程度で済んだのは、彼女はボスの、"御気に入り"だからだ。
下手にマーガレットに手を出せば、其奴はこの世から消し飛ぶ。

「何でよお…何で私、こんな処に生まれちゃったのよ…っ!」

マーガレットが顔を埋めた胸に、涙が染みた。

「本当に、すまない」

細い身体を引き寄せると、彼女は濡れた顔を此方に向けた。
メイクなど、最初から必要の無い顔だ。何れだけ泣いても、酷くはならない。

「此方こそ、ごめんなさい…。私だって、やってることは一緒だもの」
「そんな事は無いだろう。お前はその歌声で、何人もの人間を───」

其処まで言いかけたところで、言葉を飲み込んだ。
何馬鹿なことを言っているんだ。
だからこそ、マーガレットは、此処までズタズタにされているんじゃないか。
とんだ失言を悔やんでも、もう後の祭りだ。
此奴に、またひとつ、傷を刻ませてしまった。

「…そんな顔しないでよ」
「マーガレット……俺は……」

素の感情を、言葉にしようとする。
けれども、脳は其れを拒む。
何かがぶつりと切れ、自分で自分を思いきり殴ろうとした、その時。


「Amazing grace... How sweet the sound...
 That saved a wretch like me...
 I once was lost, but now I am found
 Was blind, but now I see...」


世界一の美声が、響いた。


「Twas grace that taught my heart to fear,
 And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear
 The hour I first believed...」
(Amazing grace は、著作権は既に切れているとのことなので、歌詞掲載をさせていただきます。
もし削除しなければいけない場合には、御一報ください。)



Amazing grace...
此れは、赦しの歌だ。
マーガレットはいつも、この歌を誰かに捧げる。
俺達が犯してしまった、決して償えない罪を、神という存在に委ねるかのように。
…俺は今まで、彼女との永遠を、密かに願ってきた。
例え其れが、地獄での永遠であろうとも。
しかし、少しだけ、此の思考を改めても良いのではないかと、思ってしまった。
彼女が歪みに呑まれぬ内に、何とかして、彼女への赦しを叶えたい。
そして、最終的に、俺が永久の罪を償う事になろうが、そんなことはどうでも良いのだ………と。

兎に角、此の歌声を、地球上から消したくなかった。


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