ダーク・ファンタジー小説
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- 死んで花実が咲くものか
- 日時: 2022/03/05 12:06
- 名前: わらび餅 (ID: 5Zruy792)
神様が、憎かった。
願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。
生きたい。
生きたい。
まだ、生きていたいのに。
死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。
***
死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。
──goo国語辞書より引用
※読む前に
・流血、暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題
元題「いつか花を。」です。
以上のことをふまえ、お進みください。
*目次
・序章 >>1-14
・一輪目 『勿忘草』 >>16-32
・二輪目 『アイビー』 >>33-37
*お客様
・ゼロ様
・祝福の仮面屋様
・nam様
*2018年5月27日 参照1000突破
*2019年6月11日 参照2000突破
*2020年6月11日 参照3000突破
*小説大会2020年冬にて銀賞をいただきました
*2021年1月29日 参照4000突破
*小説大会2021年夏にて金賞をいただきました
*小説大会2021年冬にて金賞をいただきました
*2022年1月29日 参照5000突破
- Re: いつか花を。 ( No.4 )
- 日時: 2016/10/20 19:03
- 名前: わらび餅 (ID: hfyy9HQn)
ゼロさん
はじめまして!! 読んでくださってありがとうございます......!!
うわああありがたいお言葉......!! 嬉しいです!!
ダークのほうは初めてで、ちゃんと書けるかどうか不安だったのでそう言っていただけてほんとに嬉しいです。
更新頑張ります!!
コメントありがとうございました!!
- Re: いつか花を。 ( No.5 )
- 日時: 2016/10/25 19:23
- 名前: ゼロ (ID: /YdTLzNI)
頑張ってください(^^)
読んでます。
- Re: いつか花を。 ( No.6 )
- 日時: 2022/01/16 01:00
- 名前: わらび餅 (ID: GYxyzZq9)
空の色が、徐々に白んでいく。隠れていた太陽が顔を出し、朝を告げる。可愛らしい小鳥のさえずりが鼓膜を優しく震わせる。
カーテンの隙間から差し込む陽の光に、小さくうめき声を上げた。あたたかい微睡みに誘惑されながらも、重い瞼をなんとか押し上げる。もう朝か。いつもならまだ陽が出ていない頃に目を覚ますのに、随分と寝こけてしまっていたみたいだ。ベッドなんてはじめて使ったけれど、町の人はみんなこれで寝ているんだろうか。やわらかくてふわふわで、起きるのが一苦労だ。
あの後、結局ヒガンのお兄さんは言っていたとおりに宿のお金を私の分だけ払い、夜もそこそこに部屋を出ていった。帰る場所はあるのかと聞いたら、住んでいる場所はないけれど寝泊まりさせてくれるあてならあると言っていた。まさかの家無し人だった。
そういえば出て行く際、妙にしつこく心配をしていたな。やれ暗いのは平気かとか、やれ一人は寂しくないかとか。一体人のことを何歳だと思っているんだと問いかけたら、案の定実際より一回りも小さい答えがかえってきた。私はもう十五だ。確かに背は低いし細いし童顔だけれども。逆に彼は何歳なのだろうと思ったら、十八だといわれて驚いた。もっと離れているものだと思っていたが。
「明日の朝、迎えにいくから待っていて」
そう言われていたのを思い出し、かといって準備するものもなにもないから、洗面所で顔を洗ったあとベッドに腰掛けてお兄さんが来るのを待つ。ぼんやりと天井を仰ぎながら、昨日の出来事を思い出した。
何も言わずに逃げてきてしまって、あの子は心配しているだろうか。村の人たちは、私を探しているだろうか。どこぞで野垂れ死にするか誰かに殺されるか、そんなことを考えているのかもしれない。恐らくお兄さんに会っていなかったら、慣れない場所をさ迷い、茨持ちをよく思っていない連中にみつかって殺されていただろう。花咲き病はまだ未知だ。わからないことがほとんどで、それは人々にとって恐怖の対象でしかない。もし病にかかっていたのが私ではなく、あの子だったら。私は彼女のように、最後まで庇ってあげられただろうか。
そんなことばかり、考えている。
「お客さん、起きてるかい? お連れ様がきてるよ」
私の思考は、受付にいたおばあさんの声により遮られた。
扉を開ける。私がこれからみるものは、一体なんだろう。ただの絶望かもしれない。人々の冷たい眼差しかもしれない。それでも。
私はこの一歩を踏み出すと決めたのだから。
「そういえばサイズ、大丈夫だったかい?」
新品のブーツにこれまた新品でふわふわのローブを身にまとい、昨夜はゆっくりみれなかった町をお兄さんの隣で練り歩く。迎えに来たお兄さんは私を見るや否や、その手に持っていた新しい着替えを押しつけてきた。もしかして私のためにわざわざ買ってきてくれたのだろうか。そんなの聞くまでもなく、是だ。たとえそこに私への情はなくとも、どうしようもなく嬉しいと思ってしまう。私は、こんなにも弱かっただろうか。
「大丈夫、丁度いい」
そっか、とお兄さんは笑った。この人の笑顔は本当に、綺麗だ。まるで人形のように。まだ出会って一日とたっていないが、みていればすぐにわかる。この人は、綺麗な笑顔しか作れないんだ。
「......これから、どこに行くんだ?」
ああ、そうだ、余計なことを考えてはいけない。私とこの人の関係に、そんなものはいらないのだから。
「仕事をしに、ある人のとこへ行くんだ」
──『世界一美しい死体』って、知っているかい?
***
それは、一言でいうと『異常』だった。
「ヒガンか。いらっしゃい、よく来てくれたね」
お兄さんに連れられてやって来たのは、こんな小さな町に似合わないほど大きなお屋敷だった。執事のような人に案内されて入った部屋には、そう言って嬉しそうに微笑む、車椅子に乗った可愛らしい少女がいた。みたところ、私と同い年のように感じる。
異常なのは、服で隠れきれないほどその体にところ狭しと這う茎が、地面にまで伸びていたこと。そして、美しい紫色の花が、狂ったようにその花弁をひらいていたこと。いくつも、いくつも。
「お久しぶりです、モネさん。具合はいかがですか?」
「今日はすこし調子がいいみたいだ。つい最近咲いたばかりだから」
これは、目の前のこれは、一体なんだ。どうしてひとつの死にひとつしか咲かない死花が、こんなにもたくさん咲いているんだ。
「その子は......」
「俺の助手で、ロゼといいます。モネさんと同じですよ」
どうやら私はお兄さんの助手という立場らしい。そんなの初耳だが。
「......そう。まだこんなに小さいのに、大変だっただろう」
眉をきゅっとひそめたモネさんと呼ばれた少女は、本当に私を心から案じてくれているのだと、その痛ましい姿をみて思わずにいられなかった。
ただただ目を見開いて見入ってしまっている私に、少女は苦笑いを浮かべた。
「申し訳ないね、こんな姿で」
「あ......いえ......」
「ロゼ、彼女はモネさん。モネさん、この子にあなたのことを話しても?」
「もちろん」
「ありがとうございます。......ロゼ、不老不死って知ってるかい?」
こくり、とひとつ頷く。決して歳を取ることも、死ぬこともない、それが不老不死。
はっとして、モネさんの顔を見る。
それじゃあ、この人は。
ただただ目を見開く私に、モネさんはゆっくりと頷いた。
そんな私たちをみて、お兄さんは話を続ける。
「不死といっても、死なない訳じゃない。ちゃんと死ぬんだ、ただし終わりのない死だけれど」
「終わりのない、死?」
「死んでも生き返る。何度でも。そんな不老不死が花咲き病にかかったら......」
「私のようになる。ただそれだけの話だよ、ロゼちゃん」
モネさんはなんてことのないように言う。これは至極当然のことだと。
「私が不老不死になったのは確か......十六の時だったかな。人魚って言ったらわかるかな? その肉を食べたら不老不死を手に入れられる、そんな伝説を聞いたことはある?」
私はまた首を縦に振った。随分と昔にそういう噂が広まったらしいと、村のおじいさんに教えてもらったことがある。
「その伝説にご執心だった私のお父様は、血眼になって人魚を探し捕らえ、その肉を私に食べさせたんだ。めでたくも伝説は嘘なんかじゃなく、私はこうして不老不死になったけれど、残念なことに同じように肉を食べた彼は死んでしまってね。恐らくあの人の体が耐えきれなかったんだ」
淡々と、酷く静かに遠い物語を語る少女の顔には、美しい微笑みが浮かんでいた。
「そうして生き続けて、もう幾つ年を重ねたかわからなくなってしまった。いつの間にか花咲き病にかかっていて、私は花が咲く度に死んだ。この茎も花も増えすぎて、自力では動けなくなってしまったけれど、この屋敷にはたくさん人がいるからね、不便はないよ。それにこの病で死ぬ時は痛みも苦しみもない。眠る様に、死んでいく」
きっとそれは、幸せなことなのだ。
そう語る彼女の姿は、まるで夢を見ているかのようだった。この世のものとは思えないほどの美しい花が、数え切れないほど咲いている。それは、彼女のいう「幸せなこと」が何度も何度も重なって作り上げられた、彼女が人ではないという証拠だった。
「でもねロゼちゃん、あなたは違う。茨持ちの死花はいまだに咲いた例がないから、あなたの花がよくない連中の手に渡る可能性は大いにある。あるいは咲く前に殺されるか......ヒガンがいれば大丈夫だとは思うけれど、それが嫌だったら自分で命をたつことだってできる。けれどあなたの命はひとつしかない。だからどうか、どうか──」
「......どうして」
言いかけて、口を噤む。どうして、笑って生きていられるのか、赤の他人である私の心配なんてできるのか。そんな残酷な問いかけを、彼女にしてしまいそうになった。それを悟ったのか、彼女は微笑んだまま目を伏せた。
「長く生きていれば、いろんな人に会う。その人にとっての私がどんなものであれ、私にとってのその人はかけがえのないたったひとりなんだ。そんな人の幸せを願うことは、当たり前のことだよ」
たったひとつの命しかもたない、たったひとり。
愛しいのだと、彼女は言う。私のように生きようとする人間は等しく愛しくて、眩しいのだと。
「生きたいと、私も思っているんだよ。......花咲き病にかかろうがかからまいが、私は結局死んで生きてを繰り返す。そこに意味なんてないんだ。けれども、そんな私にも大事な人っていうのがいてね。そのひとが『迎えにいく』と言ってくれたから。だから『待つ』んだ。この世界が終わろうと、私は彼を待っている。そのためにこうして生きていられるんだよ。ああ、でも......」
──『世界一美しい死体』だなんて呼ばれているから、私はもう死んでいるのかもしれないね。
「君の目に、モネさんはどううつった?」
お兄さんが丁寧に時間をかけてモネさんの死花の手入れをしたあと、私達はあの屋敷をあとにした。日はもう傾きかけており、私達が歩く道を夕日が赤く染め上げている。
その道中、お兄さんがそんなことを問いかけてきた。
「......こわいひとだと、思った。悲しいひとだとも、思った」
けど、優しいひとだ。どうしようもなく。
なにも憎まず、ただひたすら誰かを待っている。そのために生きている、悲しい人。
「病気を、治す方法をみつけたい。そうしたらモネさんだって、きっと自由に動けるようになるんだ。私だってもっと長生きできる」
まだ、死にたくない。まだあの子に恩返しのひとつもできていないのだから。
私はまた決意をひとつ心にためて、歩みを進めた。
お兄さんが立ち止まったことに、気づかずに。
「......あれをみて、まだ、生きたいと思うのか。
──それじゃあ、君にこの病を治すことは、一生無理だ」
小さく呟かれた言葉は、私の耳に届く前に、風に流され消えていった。
- Re: 死んで花実が咲くものか ( No.7 )
- 日時: 2022/01/16 01:02
- 名前: わらび餅 (ID: GYxyzZq9)
『......なん、で』
目の前の、大切ななにもかもが崩れ去っていく。
充満する酷い血の匂いに、顔をしかめる余裕すらなかった。
ひらり、ひらり、と。
消えた町に、赤い花びらが降り落ちる。
それは悲しいほどに美しく、俺達はただそれを呆然と見つめることしかできなかった。
『......なあ、どうして』
震える問いかけに、答えはない。
やがて、ゆっくり、ゆっくりとこちらを振り返って。
『......ごめん、な......』
ひらり、ひらり。
あかいはなびらが、頬を伝った。
「──っ!」
声にならない叫び声をあげながら、勢いよく体を起こした。ばさりと掛け布団が床に落ちる。
飛び出さんばかりに跳ねる心臓を押さえつけながら、あたりを見回す。ここは......確か、そう、宿だ。町なんかじゃない。
また、あの夢か。
寝間着が汗でべたつく。いい加減慣れてもいいほど見ているんだが。
自分の両手をみつめる。暗くてよくみえないが、赤く染まってはいない。
ふと、すぐ隣にあたたかいなにかがあるのに気づく。決して綺麗とは言えない、肩まであるブロンドの髪を枕に広げて、触れれば壊れてしまいそうな小さな体を丸め、微かな寝息をたてている少女。現実に戻ってきたという確信を得て、小さく息を漏らす。
モネさんの家を出たあと、もう用はないし長居する必要もないからと、あの町からお暇した。次に向かうのは大都市だ。かといって急ぎの用というわけではないし、ロゼをつれて野宿するなんて出来るわけがなく、適当なところで宿をとった。
残念なことに部屋がひとつしか空いておらず、彼女には悪いが同じ部屋で朝を待つことになった。俺は床で寝るから、と最初はベッドを譲ったのだが、どうしてだか頑なに首を縦に振ることはなかった。埒が明かないので、同じベッドの端と端で寝ることになった。
そんなこんなで俺の隣には彼女がいる。寝返りをうったのだろう、最初背を向けていたのに顔がこっちを向いている。だんだんと暗闇にもなれてきて、じっとその顔をみつめる。閉じられた目の下には、ひどいクマができていた。起こさないように、そっと指を這わせた。ひと目でわかる、この子はあまりいい暮らしをしてこなかったのだろう。
あの日偶然、本当に偶然、夜の町でこの子をみつけた。ふらふらと覚束無い足取りで、お世辞には綺麗といえない格好で、燃えるような赤い瞳を鈍く光らせながら歩いていた、この子を。
あの時、足から茎が見えたなんてことを言ったが、彼女の言う通り真っ赤な嘘だ。花咲き病の茎は肌にぴったり沿うように伸びる。靴も靴下もはいていなかった彼女の足には茎はなかった。腕を掴んだ時にも茎の感触はない。ということはおそらく、彼女の発症源は胸からふとももにかけてのどこかだろう。もちろん彼女はその時ぶかぶかのズボンをはいていたから、外から茎がみえるはずがない。
ではなぜ彼女が花咲き病患者だとわかったのか。答えは簡単、俺は患者の見分けがつくからだ。なぜだか、そういう能力が俺にはあった。まあ、原因はなんとなくわかっているが。
茨持ちというのがわかったのも、その能力のせいだ。名探偵でもあるまいし、彼女の一挙一動でそんなことがわかるわけがない。
ふわり、と彼女の頭に手を乗せる。
あの時、この子を見つけた時。絶望や怒り、様々な感情をないまぜにした深い深い赤を見た時、俺の体は引き寄せられるように動いた。ああ、この子は患者だ、そう気づいた時にはもうその細い腕を掴んでいた。
彼女は馬鹿じゃない。幼いながらも頭の回転ははやいし、きっと俺が彼女になんの情も抱いていないと気づいているだろう。それでも彼女はこの手をとった。
ただ、生きたいという理由で。
世界一美しい死体と呼ばれているモネさんに会わせ、この数の花が咲いている間も治療法は見つかっていない、そう暗に教えた。それでもロゼは、告げた。病気を治すのだと。その赤い瞳には、生きたいという欲が静かに燃えていた。
おそらく、この子の病は治らないだろう。それを知ったら彼女は、騙した俺を憎むだろうか。この世に絶望するだろうか。そうか、そうなったら、
もしかしたら、彼女が『彼ら』に会わせてくれるかもしれない。
それは、とても楽しみだ。
俺をみて、あいつらはどんな顔をするだろう。
ああ、なんて待ち遠しい、再会の日。
鳥の囀る声が、外から聞こえる。
朝日がもう、その顔をのぞかせていた。
***
朝、刺すような日の光で目が覚めると、開いた瞼の先にはお兄さんの顔がまつ毛の本数が数えられそうなほど近くにあった。「おはよう、よく眠れた?」なんてたずねてくるその整った顔を呆然とみつめながら、まだ働かない頭で寝る前の記憶を探る。ああそういえば、一緒のベッドで寝たんだった、と思い出す。それにしてもお兄さんはいつ起きたのだろうか。
おはよう、と答えたあと、小さく欠伸をこぼした。まだ眠い、やっぱりふかふかのベッドは朝の敵だ。襲い来る眠気と戦っていると、お兄さんが起き上がり、出かける支度を、と促された。お兄さんと出会って二日目、今日はどこへ行くのだろう。
そして連れてこられたのは、この国で有名な大都市のど真ん中だった。
慣れない人の多さに圧倒されながら、はぐれないようにと繋がれた手をちらりとみる。この人の手は、とても暖かい。大きいそれは、私のをすっぽりと覆ってしまうほどだ。
しばらく歩いていると、路地裏の隅に隠れる様にしてたつ、小さな建物の前までやってきた。あまり入りたいとは思わない、どんよりとした空気に思わず顔をしかめる。
「少し用事を済ませて来るから、ロゼはここで待っていて」
そうにっこりと笑って建物の中へ入っていったお兄さんの背を、私は呆然と見送るしかなかった。
無情にもパタンと閉じられた扉をみて、どうしようかとあたりを見回そうとして、諦めた。どうせ、お兄さんがいなければどこにもいけないのだ、ここは大人しくしておいたほうが身のためである。せっかくもらったローブが汚れてしまうので少し躊躇ったが、ずっと立っているのも疲れるので、扉の前の小さな段差に腰を下ろした。
息をついて、なんとなしに自分の手のひらをみつめる。まだ、普通の手だ。お世辞には綺麗とはいえないが、ただの子供の手。
きっといつか、この手にも死は巻きついてくるのだろう。私には決して刺さらない、毒の茨をひきつれて。怖くないわけがない。私はまだ死にたくない、例えどれだけ恨まれようと憎まれようと、この死の花を一生背負うことになろうとも、今は生きてさえいれば構わない。だって、あんまりじゃないか。一番大切だったあの子を置いて、私をこんなふうにしたこの世を恨みながら死ぬなんて。
長生きがしたいわけじゃない。ただ、あの子に言いたいのだ。言葉で言い表せるものではないけれど、それでも、そばにいてくれてありがとう、幸せをくれて、ありがとう、と。そうして笑って死ねたら、私はそれでいい。だからそれまでは、なにがなんでも生きなければならないのだ。
ただの花咲き病なら、まだあの子のそばにいられたかもしれない。こんな、こんな茨さえなかったら、私は......
「っ!?」
どす黒いなにかが胸の内をのたまわりはじめた、その時。
背後からやってきた影に私は気づくことが出来ず、突如がつん、と頭が揺れた。痛い、なんて感じる暇もなく、
私の意識は、ゆっくりと遠ざかっていった。
- Re: 死んで花実が咲くものか ( No.8 )
- 日時: 2021/05/06 02:25
- 名前: わらび餅 (ID: Jf2bTTLH)
一体どれほど眠っていたのだろう。
ぼんやりと目を開ける。まだ霞む視界にうつる天井。ここは、どこだ。私は、なにをしていたんだっけ。
覚醒しきっていない頭で、記憶の引き出しを片っ端から開ける。そう、そうだ、お兄さんと一緒に大都市に来て、それから......
今の状況を思い出した私は、がばり、と勢いよく体を起こした。が、途端に頭に鋭い痛み走り思わず唸る。私は殴られた。この傷みが確かな証拠だ。服の乱れはない、ローブもちゃんと着ている。
痛む頭をおさえつつ、あたりを見回す。廃れたコンクリートでできた、ひび割れが目立つ壁と床。家具らしい家具らしいは置いておらず、随分と殺風景だ。窓はなく、外をみることはできない。扉は正面に一つだけ。両手は後ろで縛られている。みたところ柱に鎖で繋がれた手錠のようだ。足は動かせるが、このままじゃ歩けない。どうしたものか。というか、犯人はどこへ?
内心そう首をかしげていた時、ただ一つしかない扉がガチャリと音を立てて開いた。
「......ああ、起きたのか」
入ってきたのは、背の高い男性だった。浅葱色の短い髪をさらさらと揺らし、ズボンのポケットに両手を突っ込んだままこちらに大股で近寄ってきた。長めの前髪からちらりと覗く鋭い翡翠の瞳。この人が、私をここへ? うわ目つき悪い、なんて心の中で呟いている場合ではないのは重々承知なのだけれど。
床に座り込んでいる私を冷めた目で見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。
「お前の連れ......名前は、ヒガンであってるな?」
そう問われ、頭の中で様々な憶測が飛び交う。
なぜお兄さんの名を? この人は誰だ? 私がお兄さんの連れになったのは昨日だ、一体いつから、どこから見ていたというのだろう。モネさんのところへ行った後か前か、もしくは出会った時からか。そうなれば、この人は随分前からお兄さんに目をつけていた可能性が高い。もしかしてこの人の目的は、私ではなくお兄さんなのだろうか。
「......あんた誰?」
この人は私がお兄さんの連れだという確信を持っている。私に投げかけたものは質問ではなく確認だった。おそらくなにを言ってもデタラメだと流されるだろう。
けれど私はお兄さんに迷惑をかけるわけにはいかない。あの人は私のことをせいぜい玩具としか思っていないだろうけど、私にとっては生きるために必要な人だ。ここで失うわけにはいかない。
だが、お兄さんはどうだろうか。
私なんて、いなくたって構わないだろう。ただの興味の対象だ、下手したら荷物ですらある。
このまま、見捨てられてしまったら。
そこまで考えて、頭を振った。
ああ、私は、こんなに弱かっただろうか。
嫌いだ。一人になるあの瞬間、なにもかもから忌み嫌われたあの時のようなあんな気持ちは、もう二度と味わいたくない、そう思ってしまう弱い自分が。暖かい手を知ってしまった卑しい自分が、大嫌いだ。
ずっと一人だったら、きっと楽だった。
「お前がヒガンって男の仲間だってのはもう割れてんだ、しらばっくれたって無駄だぜ。あいつは何者だ?」
「知らないし知ってたとしても教えない。……そんなことを聞くために、わざわざこんな人攫いみたいな真似を?」
「ハッ、まさか」
馬鹿にするような言葉とともに、突然こちらに伸びてきた手。骨ばった大きなそれに思わず体が竦む。
その手は躊躇いなく私のローブを掴んだ。まさか、この人。
冷や汗が吹き出す。咄嗟に体を捩るが私の抵抗などお構い無し、力任せに無理矢理脱がされただの布と化したローブは遠くに放り投げられる。そのまま中に着ていたの長袖のシャツを捲りあげられ、私のお腹が冷たい空気に晒された。
そこに巻きつく、死の茨。
目にした瞬間、頭が真っ白になる。
嫌だ、見たくない、見たくない見たくない見たくない! 私を殺そうとする、こんなもの!
「......本当に、茨持ちだったのか」
ぽつりとこぼされた言葉。静寂に響く、乾いた笑い声。
「俺はなぁ。お前と同じ茨持ちになにもかも奪われたんだよ」
憎いのだと、確かにそう言った。
「......どうして、そんなに。茨持ちが嫌われなくちゃ」
「どうして? どうしてだって? お前がそれを言うのか茨持ち! あの日。ああそうさ、忘れもしない『赤い町』の日だ。あの茨持ちが暴走したあの日」
赤い町。茨持ちの暴走。
誰だったか、村の人たちもそんなことを言っていたような気がする。
一夜にして、ひとつの町が消えたのだと。
「なにもかも手遅れだった。着いた時にはもう、全てが消えていた。なにもかもが! 茨持ちのせいで! お前らのせいで! 殺す......全員、殺してやる......!」
憎悪に染まった瞳が、私を睨んでいる。
疑問と恐怖が私のなかで渦を巻く。どうして私が、こんなにも憎まれているのか。
花咲き病を目の敵にしている団体がいるのは知っている。もしかしたらこの人はその一人なのかもしれない。そうだったら、私は殺されるだろう。
怖い、けれど。
「......私が、あんたに何かした?」
この人は、勘違いをしている。
「っまだそんなことを! お前らが──」
「私は、何もしてない。したのは他の茨持ちの人でしょ」
「同じだ! お前もいつか」
「いつかの話なんてしてない。私は何もしてないからあんたに恨まれる筋合いなんてない。......けど」
他の茨持ちがなにをしたかなんて知らない。この人が何を奪われたかなんて知らない。
でも、それでも、何かを恨みたい気持ちは、それだけはわかるから。
「私を殺せば、あんたは幸せになれるの?」
目の前で、息を呑んだ音が聞こえた。
ガラガラと崩壊するように、彼の膝が崩れ落ちた。私のシャツを掴んでいた手がゆっくりと離れ、彼の顔を覆う。
「......お前に、お前になにがわかる。ひとり残された俺の気持ちが。傍にいてやれなかった、なにも守れなかった俺の気持ちがわかるか!? 俺は、俺は、あいつの最期すら見届けられなかった!」
劈くような叫び声のなか。置いていかないでと、弱々しい泣き声が聞こえた気がした。
「憎い、憎いんだよ。俺は! だって約束したんだ、すぐ帰るって。帰ったら、祝言を挙げようって! あいつは、笑ってて! なのに!」
縋りつくように、また手が伸びて来る。そこに恐怖など、もはや存在しなかった。がしりと肩をつかまれ、体が揺れる。
「なあ、頼む。頼むよ、恨ませてくれ。わかってる、わかってるんだよお前が悪いんじゃない。どうしようもなく理不尽で傲慢だって、俺が一番わかってるんだ。それでもなにかを恨まなくちゃ、俺は、もうおかしくなる。俺じゃなくなる。なあ恨ませてくれ。俺を恨んでいい、祟ってもいい、だから」
──殺させてくれ。
悲痛な叫び。頬をつたう涙。
ああ、そうか。この人は、私が辿るかもしれなかった末路だ。絶望に駆られてどうしようもなくなって、なにもかもを恨まなくちゃ壊れてしまう。普通の人が憎い。私を殺そうとした人たちが、家族と思っていた人たちが、憎い。
殺してしまいたいほどに。
でも私にはあの子がいた。私を想ってくれる人がいた。だからこうしていまここに立っている。
この人には、誰もいなかった。いや、いたのだろう。けれど、いなくなってしまった。
「……可哀想」
「……え?」
「......いいよ、殺しても。それであんたの気が晴れるなら」
彼の目が驚きで見開かれた。
さっきまで怖がっていたのが嘘みたいだ、いまはなんだか笑えてくる。
「でも、今じゃない。私にはやらなくちゃいけないことがある。病気を治す方法をみつけて、会わなきゃいけない人に会って、全部終わったらその時は、殺されてあげるよ」
「……自分が何を言ってるのか、わかってんのか? 死ぬのが、怖くないのかよ」
「は? あんたが殺させてって言ったんじゃん。……私だってこの病気が憎いんだ。私からなにもかも奪って、その上命までなんて冗談じゃない。全部こいつにくれてなんてやるもんか。だったら私の最期はおじさんにやる」
ぽかん、と口を開けていたおじさんは、はっと我に返り、心底分からないとでも言うように呟いた。
「…………お前は頭がおかしいのか……」
「殺させてくれ、なんて頼んでくるおじさんよりはまだ正常のつもりだけど」
「……はは。そう、そうだな。俺達はきっと、どっちも頭がおかしいんだろうな……」
可哀想な私達。病に全てを奪われた、憐れな私達。辿る道はきっと同じだろう。
だったら、少しでも幸せな方へ。気が晴れる方へ。それが最善で、それが正しいのだ。
気が狂っている。
殺される約束をするなんて、どうかしている。
けれどどこか、清々しい気分だ。
私はなにも、背負わなくていい。私は私を殺さなくていい。
ふと、モネさんの顔が頭に浮かぶ。私の身を案じてくれた彼女がこの会話を聞いたらどう思うだろう。怒るだろうか、必死に止めてくれるだろうか。
何もかもが終わったら、私はこの人に殺される。痛いだろう。苦しいだろう。けれどそれは、私が生きていた証拠だ。私がこの人に必要とされた証拠だ。そしてこの人も幸せになれる。
きっとこれが、私の「幸せな終わり」なのだ。