ダーク・ファンタジー小説
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- 死んで花実が咲くものか
- 日時: 2022/03/05 12:06
- 名前: わらび餅 (ID: 5Zruy792)
神様が、憎かった。
願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。
生きたい。
生きたい。
まだ、生きていたいのに。
死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。
***
死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。
──goo国語辞書より引用
※読む前に
・流血、暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題
元題「いつか花を。」です。
以上のことをふまえ、お進みください。
*目次
・序章 >>1-14
・一輪目 『勿忘草』 >>16-32
・二輪目 『アイビー』 >>33-37
*お客様
・ゼロ様
・祝福の仮面屋様
・nam様
*2018年5月27日 参照1000突破
*2019年6月11日 参照2000突破
*2020年6月11日 参照3000突破
*小説大会2020年冬にて銀賞をいただきました
*2021年1月29日 参照4000突破
*小説大会2021年夏にて金賞をいただきました
*小説大会2021年冬にて金賞をいただきました
*2022年1月29日 参照5000突破
- Re: いつか花を。 ( No.1 )
- 日時: 2022/01/16 00:57
- 名前: わらび餅 (ID: GYxyzZq9)
花咲き病。
そう呼ばれた病気が広まったのは、つい最近のことではない。ある日突然、体のどこからか花の茎が生え始める。それは全身を覆い、やがてこの世のものとは思えないほどの美しい花を咲かせる。一つの命と、ひきかえに。
原因不明、どんな薬でも治らないそれは現代の科学では治す事は不可能。つまり、不治の病だった。
そんな花咲き病患者は、その異形な姿から見た者には畏れられ、疎まれた。しかし、一部の人々からは世界一美しい花と称えられ、死んだあとに咲いた花が高値で取り引きされることも少なくはなかった。
その花は、『死花』と呼ばれた。
そしてたった一人、その死花の手入れを専門とする『花師』という職業を生業とする男がいた──
***
痛い。
裸足で走ることがこんなにつらいなんて、いまのいままで知らなかった。石や草で足は傷だらけで、私の体をすっぽり覆うローブもぼろぼろだった。なにせ慣れない森を抜けてきたのだから、仕方のないことだけれど。
痛い。
ああ、痛い。
足が、頭が、腕が、
心が。
必死に走ってたどり着いたのは、ちいさな町だった。夜も遅いから、あまり人はいない。けれど、そんな数少ない人達は私の格好をみて顔を歪ませた。こんなに汚い姿だし、無理もない。
息を整えて、ゆっくりと歩き出す。行くあてはない。ただ、あの場所ではないどこかへ行きたかった。一歩踏みだす事に、足の裏がじんじんと痺れる。これじゃあ長くは歩けない。どこか人気のないところで野宿を──
「そこのお嬢さん」
一瞬だけ固まってしまった体を慌てて動かす。
聞こえない。なにも聞こえない。後ろからの声に知らないふりをして、ふらふらと震える足を動かした。
「......お嬢さん?」
だけど、無視してもその声は追ってくる。しつこいな。
そんなことを考えた瞬間、腕を、掴まれた。そう考えるや否や、頭の中でガンガンと警報が鳴り響く。だめだ、だめだ、だめだ、触られてしまったら。
「っはなせ!」
咄嗟に相手の手を振り払いながら振り向く。そこには少しだけ困ったような顔をした男の人が立っていた。
バレた? バレたか? まだ腕にはまわってないはずたけど、もしバレていたら? どうしよう、どうしよう、逃げる? 逃げるってどこに?
自問自答を繰り返しながらぐるぐると様々な感情が頭の中を忙しなくめぐり、嫌な汗が全身からじわりとしみだすのを感じた。そんな私の様子に気づいたのか、男の人は両手を少しあげて手のひらをみせた。なにもしない、という意味だろう。
「あー......驚かせてごめんね、俺はその......怪しいものじゃないから!」
どうみても怪しいのは私のほうだろう。けれど彼は私を安心させるように優しく笑った。
「お嬢さん、あんまり見ない顔だけど......こんな夜更けに君みたいな小さい子が歩いてたら危ないよ。お父さんかお母さんは?」
私の目線まで屈み、心配そうに尋ねてくる男の人。こんな小汚い子供に、この人はどうして優しくしてくれるのだろうか。
「......関係、ないだろ」
これは、この人はきっと善人なんだ。善人だから薄汚れた小さな子供は放っておけない。いうなれば、善人の義務みたいなものだ。しなければならないことであって、したいことではない。
私たちは、他人を信じてはいけない。例えどんなに善人であろうとも。
だからこの人も、信じてはいけないのだ。
自分に言い聞かせるように繰り返しそう考えて、構うなと男の人を精一杯睨みつける。
すると彼は、ゆっくりとその整った顔を私の耳によせた。そして放たれた言葉に、私は頭が真っ白になるのがわかった。
「花咲き病、だよね?」
ああ、ああ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ、殺される。
「っいやだ......!」
慌てて体を引こうとした時、ぎゅっと片手を掴まれた。振り払おうにも、力が強くてこれじゃあ逃げられない。
彼は私の耳に顔を寄せたまま、優しい声音でまたぽつりと囁いた。
「大丈夫、落ち着いて。俺は君の味方だよ。殺したりしないし、誰にも言わない」
でも、と、彼は顔を離してにっこりと笑った。
「この近くに宿があるんだ。今夜はそこに泊まるといい。お金なら俺がだすから心配しないで」
振り払って逃げればいい。隙をつければきっと、この体格差でも。
けれど、他の誰かに私のことを教えるかもしれない。そうしたら私は、この命は。
そこまで考えて、拒否権など最初からなかったのだと気づく。
酷い喪失感に襲われながら、私はそっと手を引かれた。
連れてこられたのは、木造のこじんまりとした宿だった。言っていたとおり、お金は払ってくれた。まあ、例えそれが嘘で払えと言われても、私が持っているのはこの身一つだからどうしようもないのだが。
受付のおばあさんに部屋の鍵をもらった彼は、いまだに掴んだままの私の手を引っ張り、目的の部屋へと歩を進めた。
ギィ、と音をたてながら部屋のドアが開かれる。どうぞ? と笑顔で促され、恐る恐る踏み入れた。フローリングの床にあまり大きくはない白いベッド、タンスや収納ケースなどが置いてある、普通の部屋。それでも不安で思わずきょろきょろしていると、ベッドに腰掛けるよう言われた。ギシ......と二人分の体重でスプリングが軋む。もう隠す必要もないだろうと、私の頭をおおっていたフードをとった。
「さて、どこから話そうか」
「......どうして、私が花咲き病だって」
「ん? ああ......簡単なことだよ。たいして寒くもないのにそんなブカブカなローブを着てるし、あとちょっと足から茎がみえた」
「......!」
「俺以外は気づいてないよ、暗かったし。俺は少し……そうだな、目がいいんだ」
「嘘だろ? あんな暗闇でみえるわけがない。それに私は、まだ足までまわってない」
「へえ、そうだったんだ。ということは、君はまだかかったばかりだね?」
「……それが聞きたくて、わざと嘘を?」
「まさか! 偶然だよ。茎に関しては俺の見間違いだったみたいだ、ごめんね? ……でも、普通の花咲き病でしかもまだかかったばかりなら、誰かに掴まれてもあそこまで怖がる必要はないんじゃないかな? 腕にも足にもまわっていないということは、君の発症箇所は体の中心だろ? それなら……って、ああ! もしかして、俺がやつらの仲間だと疑って? 大丈夫だよ、やつらはいまこの町にはいない……あれ、おかしいな。そのことは有名なはずだけど。患者である君が知らないわけがないよね?」
心臓が、うるさいくらいに跳ねている。この人は、もう全てわかっている。どうして、なぜ、出会ったばかりなのに、そこまで。
「ではなぜ怯えるのか? 答えは簡単、普通じゃないからだ」
──君、『茨持ち』だろう?
確信を持った問いかけに、喉が震えた。
希に、茨のついた茎が生えてくる花咲き病患者がいる。
その茨には毒があり、それを体内に入れてしまうとものの数分で死に至る。その患者達は『茨持ち』と呼ばれ、害のあるものとみなされ、発見しだい殺される。
そして私は、その『茨持ち』だった。
- Re: いつか花を。 ( No.2 )
- 日時: 2022/01/16 00:58
- 名前: わらび餅 (ID: GYxyzZq9)
国の端にある、小さな村。村人たちは皆手を取り合って助け合い支え合い、決して裕福とは言えないが、平和でぬるま湯のような生活を送っていた。それが私の育った場所。
私の両親は、私がまだ赤ん坊のときに行方を眩ませた。理由は未だに分からないし、生きているのか死んでいるのかも分からない。そんな私を育ててくれたのが村のとある優しい夫婦。その人達にはすでに子供がいて、私とあまり歳の変わらないその女の子と親友になるのに、そう時間はかからなかった。生きる為に食べる物をかき集め、うすい布にくるまって朝を待つ。そんな生活も彼女や村の皆がいれば苦ではなかった。幸せだったのだ。
『......ねえロゼ、それ』
私が、花咲き病にかかるまでは。
『ロゼ、他の人に言っちゃだめ。これはアタシ達の秘密。絶対よ? 大丈夫、アタシが必ず守るから』
こんな端の村でも花咲き病は有名で、かかった者がいたら国に引き渡す、茨持ちは排除するのが暗黙の了解だった。
彼女は私を隠してくれた。それでも病の進行は進み、とても隠しきれるものではなくなった。ついに彼女の両親__私の育ての親に気づかれてしまったのだ。それからははやかった。あっという間に村中に伝わり、そして、
彼らは、私を殺そうとした。
私に向けられた目は、仲間に向けるものでも、家族に向けるものでも、ましてや人間に向けるものでもなく。
恐ろしいなにかに、向けるものだった。
彼女はそれでも必死に庇ってくれた。人気者だった彼女の言葉を一時は受け入れた村人達。しかし、そんな中で聞いてしまった両親の言葉が、私の足を動かした。
『あの子はああ言うけれど、もし花咲き病がうつったらどうするの......! それも茨持ちでしょう、“あれ”は! 私耐えられないわ......いままであんなのと一緒に暮らしてたなんて......』
『......あの子が寝ている間に、“あれ”を処分しよう。気づかれないように』
ああ、もう、名前も呼んでくれないのか。
私はもう、あなたたちの娘じゃないのか。
優しい過去などもう存在しない。彼らにとって私は害であり、もはや人と呼べるものでもない。
あの声は、あの笑顔は、こんなにもあっけなく崩れてしまうものなのか。
──ここにいれば、殺される。
気づけば村を抜け出し、ひたすら走っていた。
遠く、遠く、私の知らない町へ。私のことを知らないどこかへ。
「......私は、逃げてきた。死にたくなかったから」
彼の問いかけにただ答えるだけの人形と化していた私は、どうしてここに来たのかという質問の答えを口にしていた。話し終えて、なぜだかまた足が傷んだ。傷だらけのそれを、そっと撫でる。
いままで口を挟まず私の話を聞いていた彼は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「君は、すごいね。いままで茨持ちが生き残った例はないんだ。君が初めてになるかもしれない」
少し大きい手が、ぽんと私の頭に置かれた。
「頑張ったね」
優しい音色で奏でられるそれは、私の体にすっと染み込んだ。じんわりと広がる暖かさは、両親だと思っていた彼らがくれたものに、少し似ていた。
「......あなたは、なんのために私を? 花を咲かせて売るため? それとも……ただの、偽善者か」
そう聞くと、彼は私の頭から手を退けて大袈裟に肩をすくめてみせた。
「生憎、金には困っていなくてね。それに偽善でもない。俺は、俺が興味のあることにしか手を出さないよ。同情や偽善じゃお腹は膨れないだろう?」
彼は、まるでなんてことのないようにさらりと言ってのけた。隠す気なんてこれっぽちもないのか。言外に私を利用すると言われたようなものだ。
「君を連れてきた目的だけど......そうだなぁ。花師って知ってるかい?」
「聞いたことは......あるけど」
「花咲き病で咲いた死花を手入れする職業で、一人しかいないって言われてるんだけど......」
そう言いながらにこにこと自分を指さす彼に、少しだけ目を見張る。
「......あなたが?」
「そうそう。だから普通の人よりは君たちに詳しいし理解もできる。そこで、だ」
彼自身の顔に向けられていた指が、今度は手ごと私のほうをくるりと向いた。手を差し出されるという形になり、どういう意図かわからず恐る恐る彼の顔を伺う。
「俺と一緒に来ないかい?」
この人は本当に、なにを言っているのだろう。
私の表情からそう思っているのがわかったのか、彼はケタケタと笑い出した。
「あっはは! 君、結構顔に出るタイプだろ? おかしなことじゃあないさ。さっきも言った通り、茨持ちが生き残ったことはない。つまり、その死花を誰もみたことがない。俺は花師としてぜひそれをみたい」
まるで、小さな子供が新しいおもちゃをみつけたような、そんな顔で。
この人は、私に死ねと言った。
差し出されていない方の手が、私の髪をするりと撫でた。
「それだけじゃない。君は生きたいんだろう? だから逃げてきた。俺は色んな患者のもとへ行くから、その時になにか治す手がかりがみつかるかもしれない。俺はそっちでも構わない、死人が減るからね。仕事はなくなるけど、別に熱意を持ってるわけでもないから問題ない。茨持ちの死花をみたいのは......まあ単なる好奇心だね。悪い話じゃないだろ? で、どうだい?」
この手を、取る?
抗ってもがいて、それでも迫り来る死は止められない。私は一人で、美しい花が咲くのを待つしかない。
この人と、一緒にいかなければ、の話だ。
ついて行けば、なにかが変わるかもしれない。
でもこの人はきっと、私には興味がないのだ。興味があるのは、私が咲かせる花だけ。
でも、それでも。
私は生きたい。
逃げてしまった、なにもかもから。私を庇ってくれたあの子の勇気と、愛情から。
私はあの子に会いたい。会ってただ一言、一言だけでいい。伝えたい。そのために、この忌々しい病をどうにかしないといけない。
生きなければ、ならない。
少しでも可能性があるのなら。闇しかないこの世界でわずかでも光がさすのなら。
私はそっと、彼の手に自分の手を重ねた。
「......連れていって」
この人の手をとろう。
「......いい判断だ。お嬢さん、お名前は?」
誰にも呼ばれなくなった名前。もう呼ばれることはないだろうと思っていた名前。
きっとこの人は、お兄さんは、呼んでくれるだろう。私が死ぬまで。彼の興味がなくなるまで。
「ロゼ」
「ロゼ、俺はヒガン。これからよろしく」
にぎられた手はあたたかくて、どうしようもなく優しくて、なんだか泣きそうになった。
- Re: いつか花を。 ( No.3 )
- 日時: 2016/10/16 09:14
- 名前: ゼロ (ID: zbywwA5R)
すごくおもしろいです。
文章も物語の設定も好きです。
続きが気になる…。
更新楽しみにしています。