ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- Stories of Andalsia 頼まれ屋アリア
- 日時: 2017/09/30 15:51
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=590.png
※ 貼ってあるURLは世界地図です。
参考にでも、ご覧ください。
。。。☆
今か昔かそれとも未来か!? 時も場所もわからぬ世界に。不思議な不思議な「店」がある。
その名も「頼まれ屋アリア」と——。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
依頼ノート
・一番目の依頼 王都までお使いを >>1-2
・Another Request 死霊術師は月に嗤う >>3
・二番目の依頼 『風の司』を探しています >>4-7
・三番目の依頼 暴動発生!? 冷やせよ頭 >>9-10
・四番目の依頼 働きますから私に居場所を >>11-13
・五番目の依頼 魔道具って知ってるかい? >>14-
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
どーも、藍蓮です。前から構想だけあった話を、形にしてしまいました。
私がこれまでカキコで書いてきた作品は、完結作品、更新止まって久しい作品、複ファの短編集含め、合計で6つ。この作品で7つ目になります。藍蓮はいくつ作品を書いたら気が済むのか。しかも頭の中には、「カラミティ・ハーツ」の続編案までありますし……。うわあ!
今回は、特にこれといった目的の定まっていない、ある「店」の話です。「夜明けの演者」と世界観は一緒ですが、こちらの方が二年ほど時代をさかのぼっております。
この作品は、主人公たちが「店」に持ち込まれる様々な依頼を解決していく話です。ですので、皆さまからも「依頼」内容のリクエストを受け付けております。内容がそこそこ進んで話が理解できるようになりましたら、良かったらアイデアをくださいな。
ではでは。
メインメンバーが少なすぎるので、今回はキャラクター紹介をします。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
アリア・ティレイト(17)
リノールにある「店」、基本どんな依頼でも受け付けるなんでも屋、『頼まれ屋アリア』の若き女店主。全属性魔法使いだからこそ、そんな真似ができる。
明るく素直で直情傾向だが、しっかり者で面倒見が良い一面も。
炎のような赤い髪と、明るい赤の瞳が特徴。
弟に対しては過度な心配症。
家事も裁縫も得意な、家庭的な女の子。
『アリア』では主に、接客担当。
ヴェルゼ・ティレイト(15)
アリアの二つ下の弟。死霊術師兼血の魔導士。
クールでダークな皮肉屋さんで、ひねくれ者。基本的な能力は高く、万事そつなくこなす。
たいそうな強がりかつ自己犠牲的で、「自分なんてどうでもいい」とどこかで思っている節があり、よく大怪我をして帰ってくる。
死霊や血液を利用した「裏の依頼」も、姉に内緒で行っているらしい……。
笛の名手で、故郷から持って来た『エルナスの笛』を奏で、死者や怨念を鎮める。
髪も瞳も衣装も漆黒。マントを羽織っている。
武器は黒曜石でできた大鎌。死神みたいな印象を与える。
『アリア』では主に、会計を担当。
頭がいいし、頭の回転も速い。
ソーティア・レイ(15)
白い髪に赤い瞳と、通常は目に見えない魔法素(マナ)を読み取る力を持つ異種族、「イデュールの民」の少女。「頼まれ屋アリア」に居場所を探して流れついた。今は立派な店のメンバー。
物質に残った「魔法の記憶」を読み取り「直前に放たれた魔法」を完全再現できるが本人は魔力が少ないため、連発は不可能。そもそも魔導士ですらない。
内気なように見えて芯が強く、逆境にめげない力強さを持つ。口調はいつも敬語調。
故郷を異種族を嫌う人々に焼き払われ、今は帰る場所がこの「店」しかない。
『アリア』では接客も会計も担当。どれも平均的にできるので、アリア達から便利使いされている。
目立つ白い髪を隠すため、普段は「あの人からもらった」純白のフード付きローブを被っている。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
*注意事項
・荒らし、宣伝はお控えください。遠慮なく削除依頼出しますよ?
・一つの「依頼」が進行中の時は、完了するまでコメントをお控えいただけると嬉しいです。目次を作る関係上、そうして下さると非常に助かります。
・更新は不定期ですが、3〜5日に一話くらいは更新していきたいです。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
2017/9/1 本編開始
- 頼まれ屋アリア 3-b 白の双子、謀略の双子 ( No.10 )
- 日時: 2017/09/24 03:09
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
6900文字……って、過去最高記録1000文字も超えた!?
……余裕をもって読みましょう。
書くのにかかった時間は四時間。7000文字として計算すると、一時間に1750文字書いていることになる。これは執筆ペースとしては早いのか遅いのか。
まあ、良かったら続きへどうぞ。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
b 白の双子、謀略の双子
。。。☆
遠い昔、裏切られた。失った故郷で。
信じていたのに。
だからヴェルゼは復讐を誓った。
だってその相手は。アリアたち姉弟の心をずたぼろにしたから。
そのシドラが、ファイの町にいるかもしれないと、いう。
「はぁっ!」
馬に当てられる鞭。揺れる馬上で。アリアはヴェルゼにつかまっているのが精一杯だった。
そもそも故郷のエルナスには馬なんていなかったし。どこで乗馬術を覚えたのか、アリアは不思議だった。
それはとにかく。
走り続けて数時間。ようやくファイの大きなドームが見えてくる。
——闘技場の町、ファイ。
あのドームが、目印であった。
「着くぞッ!」
馬は町の入り口まで来て。ようやく止まる。
アリアは腰が痛くてたまらなかった。だって時々休憩を挟んだとはいえ。数時間も馬で走ったのだし。対するヴェルゼはすました顔をしているが……。
「何者ですか」
町の入り口で誰何される。大きな町だから門番くらいはいる。
しかも今は、暴動が起きているらしい。
ヴェルゼは努めて冷静な口調で答えた。
「リノールの町のヴェルゼ・ティレイトとアリア・ティレイト。暴動を鎮めてほしいとの依頼を受けてきた」
門番は、それを聞いて首をかしげた。
「何か作戦でもおありで?」
「姉貴が知っているんじゃないか。おおい、姉貴?」
ヴェルゼの呼びかけに、アリアはうなずいた。
「簡単よ! しっかり確実に鎮めてみせるから! 待っていて!」
その、あまりにも自信たっぷりな姿に。
安心したのか、門番はうなずいた。
「わかりました、お通り下さい」
「感謝する」
言って、町の門を通り抜けた。
その先で見たのは。
「税金を下げろ!」
「この冷酷人でなし領主め!」
「他のところはこんなに高くないだろボケー!」
……完全に暴徒と化した、怒れる烏合の衆であった。
そんな群衆がしきりに城内に侵入しようとしているから、城の前の防御はガチガチだ。
アリアは呆れたような溜息をついた。
「……領主さまも大変ねぇ」
「同感だ」
ヴェルゼもうなずきで同意する。
気になることを、姉に問うた。
「ところで奴は?」
シドラの姿が見えないなと指摘する。
彼の白い髪は遠目でも良く目立つのだが。
アリアは首を振って答えた。
「そう簡単に現れるとも思えないわね。ひとまずこれを鎮めましょう。そうしたら出てくるかも」
「解った。で、どうするんだ?」
「沸騰した頭を冷やすには?」
「……? どういうことだ?」
アリアは大きく杖を掲げて。
城ばっかり見てこちらを全然見ていない人々を、見て。
笑ったのだった。
「簡単よ! 沸騰したら、冷やすだけ! 水よ!」
杖を掲げ。空気中の水蒸気を一気に冷やして大量の水を作り出し。
……それを。
混乱する人々の頭に、思い切りぶちまけた。
「って、おい、姉貴!」
「大丈夫、見ていなさい!」
バッシャァァアアアアン!
思い切り水をぶちまけられて。混乱する人々。
アリアは一気に走りだす。全ての見える、高台へ!
追いかけるヴェルゼ、走るアリア。やがて彼女は、町にあった物見やぐらに登って。
自分の喉に杖を当てて、よく声が通るようにしてから、呆然とする民に言った。
「いい加減に頭冷やしなさい! 自分たちがどれほど恵まれた環境にあるか、わかっているの!」
ずぶ濡れにされて。そんな言葉を急に言われて。
群衆は、黙るしかない。
アリアは、続ける。
「税金が高い、ですって? ええ、あたしは余所者だけれども、確かに知っているわ! でもね、税金が高い代わりに。あなたの町にしかないものがある! 他の町を見てごらんなさいよ?」
鉄の入った建物、完全整備された上下水道、治安の良さ。指折り次々と挙げていく。
「あなたたちが当たり前だと思っているそれらは。実は他の町にはないものなのよ? そんなに素晴らしい生活を維持するのに、お金がかかったって当然じゃない? それに町は、闘技場で得た収入を、年に一回みんなに配っているっていうじゃない! それでも満足しないってわけ? 馬鹿なの? 守銭奴なの?」
その言い分に。流石にヴェルゼが止めに入った。
「姉貴。言いすぎだ」
「だっておかしいんですもん!」
……アリアは一度「スイッチ」が入ると。なかなか止まることができない。
彼女はどこまでも真っすぐで。正義に溢れた少女だった。
群衆は沈黙したまま。何も答えなかったが。
やがて。
「……他のところは、違うのか?」
群衆の一人が。恐る恐る問うた。
そうよとアリアはうなずく。
「あたしは余所者。ここから少し北に行った、リノールという町に住んでいるの。そこでは木造建築が当たり前。鉄の入った建物? そんなの見られるのは、アンディルーヴ広しといえど、ここと王都だけだと思うわ。上下水道? こっちは井戸から水を汲むのよ? 治安だって、ここみたいによくはないし」
そうなのか、とその人はうなずいた。
「税金が高いのは……我々が、恵まれた生活をしていたからなのか」
「そう。だからそれに文句を言うのは筋違いなの」
「よくわかった」
その領民が、皆の方を向くと。
皆、なるほどとうなずいた。馬鹿だった、と頭を叩く者だっている。
通常。何もしないで説得だけしようとしたって。こうもうまくはいかない。逆上する者が現れたっておかしくはないのだが。
アリアが水をぶちまけて。物理的に「落ち着かせ」たから、うまく説得ができたのだ。
アリアは単純馬鹿かもしれないが。その素直さが、時に問題解決の鍵にもなり得る。
鎮まった群衆は、領主の城を恥ずかしそうに見た。
「……お城、傷つけちゃったよ」
「謝ろう、弁償しよう」
……そういった流れで。
群衆が困ったようにしていると。
突如、城の門が開いて、そこから初老の男性が現れた。
直接会ったことはないけれど。アリアもヴェルゼも、彼が何者なのか直感した。
——有能とうたわれた、領主さまだ。
彼はざわつく群衆に向かって、声を放った。
直前。近くに魔導士らしき人影が現れて、拡声の魔法をかけたのがわかった。
「ファイの民よ!」
その声は意外にも若い。
「とんだ誤解を招いてしまったようで、私は申し訳なく思っている。すべては余所者の世迷言。だからそれに踊らされた皆に罪はない」
その余所者さえ来なければ。町に暴動は起きなかったはずだから。
領主は、言うのだ。
「だから、弁償は無用だ。皆にはいつも通りの生活を送っていてもらいたいのだ。大丈夫である、我が城には闘技場で得た資金がまだそれなりにあるし、受けた損害も微々たるもの。これにて暴動は終わったのだな? ならば解散! いつも通りに過ごしてくれたまえ!」
その言葉に、感激して。
民衆の一人が叫びだした。
「領主さま万歳!」
すると。他の民も叫びだした。
「領主さま万歳! ファイの町万歳!」
その声は次第に大きくなっていって。
ああ、暴動は終わったのだと、アリアたちは理解した。
しかし。暴動を起こした当人がいない。まあ、こんな状況で出てきても、袋叩きにあうだけか。
だが。見つけられるものなら見つけたいという気持ちは変わらない。
アリアとヴェルゼがシドラを探して。物見やぐらから町を見渡した時。
「! ヴェルゼ」
「何だ?」
アリアは、見た。町から逃げるように走る、黒に近い灰色のフードをかぶった、影を。
そう言えば。シドラは目立つ髪を隠すため、よくフードをかぶっていた。
それを確認し、アリアは物見やぐらから飛び降りる。
「ちょ、姉貴!?」
「風魔法で空気抵抗少なくして降りるから、ヴェルゼもさっさと飛び降りなさい!」
「そんな無茶苦茶な……」
ぼやきつつも素直に飛び降りるあたり。ヴェルゼは余程、姉を信頼しているらしい。
飛び降りてからすぐに。暖かい風が身体を包んだのを二人は感じた。
そうして二人は、ゆっくりと着地する。
「どこだ!」
「こっちよ!」
見つけたフードを追いかけて。姉弟は町をひた走る。
やがて。フード姿の人影は、ある袋小路にまで追い詰められた。
ついにやったか、とヴェルゼが瞳を復讐にぎらつかせ、追い詰められた人影に近づいて行く。
アリアがその様子を、はらはらと心配げに見つめていた。
だってヴェルゼは。敵には一切容赦はしない人だから。
アリアだって、確かにシドラは憎いけれど。でも、多少の情けはあるから。
——暴走したら、止めよう。
そう思って、杖を握りしめた。
フードの人影に近づくヴェルゼ。その手には大鎌。
フードの人影は何も言わない。しかし。彼とヴェルゼの距離が、3メートルくらいになった時。
言葉を、発した。
「……何を勘違いしているのか知らないけれど。僕、シドラじゃないよ?」
言って、静かにフードを取った。その髪は白、瞳は赤。
シドラとまったく同じ。異種族「イデュールの民」の証の髪と瞳の色。
顔立ちもまるで、変わらないのに。記憶にあるシドラよりも。この人影は弱々しい。
ティレイト姉弟は思い出した。余所者シドラが、あの町に来た時。隣にいた、もう一人の少年を。
病気がちだった彼は、シドラの双子の兄で。
あの日の事件には無関係な人物だったと記憶している。
アリアは恐る恐る、彼に問うた。
「あなたは……もしかして、フィドラ?」
「正解だよ」
白い少年は、淡く微笑んだ。
ヴェルゼは戦う気持ちが失せて、鎌を背中に仕舞った。
「じゃあ逆に訊くけどな。何であんたがここにいるんだ? あんたが民をそそのかしたのか?」
フィドラはううんと首を振る。
民衆を恐れて再びフードをかぶりながらも、否定の言葉を発する。
「違う。僕じゃないよ。僕はただの囮なだけ。シドラがまた『ゲーム』を始めたいって言ったんだ。でも一人じゃできないから、協力してくれってさ……」
要は、とヴェルゼの言葉が再び鋭くなる。
「共犯か?」
「認めるけれど」
でも、僕だって悪いよ? と儚く笑った。
「だって僕らは双子、一心同体さ。『ゲーム』をしたいと言ったのはシドラ、乗ったのは僕。僕はこの町の情報を集めて、シドラに教えた。だから僕だってこの事件に、大きく関与しているのさ」
シドラは彼ほどの情報収集能力を持ってはいない。
そうだ、あのエルナスの事件だって。
フィドラが情報をシドラに渡したから。成立した事件なのかもしれなかった。
「……貴様は、あの事件にも」
「完全なる無関係じゃないね」
彼は、否定しなかった。
そうか、とうなずいたヴェルゼの顔には。冷たい殺意が宿っていた。
背中に戻した鎌を、再び構えた。
それを見て、待って待ってとアリアが止める。
「ちょっとヴェルゼ、落ち着こう!? 彼に悪気はないでしょうってば!」
「でも、事実がある。あの日オレたちの居場所がすぐに割れたのはこいつのせいだ」
「でもね、シドラ当人じゃないし!」
「双子なら。殺せば奴もやってくるか」
「破滅思考やめて!」
その様を見て。
フィドラはどこまでも冷静に返した。
「言っておくけれど」
水面(みなも)の様に静かな声に。姉弟は言い争いをやめた。
フードの奥から垣間見える赤い瞳。シドラとは似て非なる、優しく穏やかな瞳。
しかし彼を侮ってはいけない。その瞳の奥には蛇がいる。
優しく見えて、狡猾で。人を裏切ることにためらいがない。
それが、フィドラ・アフェンスクの本性なのだ。
彼は静かに言った。
「あの日居場所が割れたのは僕のせいじゃないよ。シドラがその場にいたんだよ」
「なら、貴様は何をした」
簡単さ、と笑う彼は。宿す悪魔をちらりと見せる。
「シドラが楽しく『ゲーム』をできるように。少し場を整えただけさ」
「貴様ァッ!」
怒りを制御できなくなったヴェルゼが。勢いよくその大鎌を振りかぶる。
白い少年は。言葉こそ巧みだが、自らを守るすべを持っていなかった。
彼にとって、言葉こそ武器。相手を怒らせたら、対応できないのに。
先ほどの走りに疲れた彼は。弱々しく、咳を一つした。
そんな彼に、迫る大鎌——。
「やめなさいッ!」
——は。
アリアの呼びだした風の魔法で、大きく軌道を変えられた。
ヴェルゼが憤りをあらわに姉を怒鳴る。
「何故止めるッ!」
「だって見なさいよ! 彼、咳してる」
「病気だからって知ったことか! 邪魔するなッ!」
「いいえ、するわ」
アリアはフィドラを守るようにして、立った。
ヴェルゼの目が、驚愕に見開かれる。
「姉……貴……?」
だっておかしいもの、とアリアは言う。
「あたしたちみたいに強い人が。こんなに弱い人を殺すなんて、傷つけるなんて。こんなのおかしい!」
しかしアリアは知らなかった。これこそが、自己防衛手段を持たないフィドラの、自己防衛方法だということを。あえて自分を弱々しく見せかけて、それで相手の戦意をそぎ落とす。そもそも病気がちな彼だ。演技は容易いし、今現在、彼の体調はそこまで良好ではないのも事実であるし。
彼はさらに、苦しそうに咳こんだ。アリアはその演技を、本気と信じて。
「こんなの、あたしの求めてる復讐じゃない! しかも相手はシドラですらない!」
素直に信じる甘い「正義」を、これでもかとばかりにぶちまけた。
ヴェルゼはしばらく黙っていたが、やがて。
「……仕方ない。ああ、復讐すべきはこいつじゃないな。わかった、報酬受け取って帰ろうぜ」
諦めたように言って、大鎌を再び背中に戻した。
フィドラは不思議そうに首をかしげる。
「僕を……見逃してくれるのかい」
「弱い奴を斬り捨てるような残酷人間じゃない」
君、今さっきそうしようとしたよね? という言葉を、呑み込んで。
どこまでも策士で嘘つきなフィドラは、満面の笑顔で言ったのだ。
「ありがとう」
その笑顔に、ヴェルゼは毒気を抜かれたようだった。
彼は姉を急かして、急ぎ足でその場を去っていった。
彼らが完全に見えなくなったのを見届けると。フィドラもまた、ゆっくりと歩き出す。
自分の後ろに、振り返らずに一言。
「……見ているなら、助けてくれたって良かったんじゃない?」
「あの甘すぎアリアが、兄さんを見逃してくれるって踏んでいたさ」
その後ろに。どこかに隠れていたフードが、もう一人。
「でも、君も甘いね。僕を囮にしておいて、結局助けてくれるんだから」
「当たり前さ、双子だろう? あ、つらいなら背負ってもいいけど」
「あれは演技だよ。完調じゃないのは確かだけど、歩けないほどじゃない」
「そっか。具合悪くなったら言ってほしいな」
「ま、無理しないように頑張るさ」
彼は後ろを振り返る。振り返った先には、一対の赤い目。
彼とは似て非なる、鋭く苛烈な赤い瞳。
彼は双子の弟に、問うた。
「『ゲーム』は楽しかったかい?」
シドラはその顔に、獰猛な笑みを浮かべるのだった。
「ああ、楽しかったさ。ついでにあの馬鹿姉弟も引っ張りだせたしな。兄さんには感謝だね」
「そりゃどうも。次はどうしたい?」
「兄さんはどうなのさ? いつも僕ばっかりじゃ悪いし」
「そうだね……。ならば……」
……新たなる悪だくみが、囁かれていた。
。。。☆
「頼まれ屋アリア、依頼、完了しました!」
あの後。アリアたちは5000ルーヴもの報酬を受け取って帰った。
実際、あまり大したことはしていない。水をぶっかけて、演説もどきをして。ただそれだけ。
しかし領主は心から感謝をしていて。アリアが断ったにもかかわらず。大金をお礼に寄越したのだった。これくらいはしないと気が済まない、と。
正直。今回の事件に関しては、アリアもヴェルゼも納得しないものが多いが。
本命を取り逃がした上に。その双子の兄に情けをかけた。
確かにフィドラはそこまで悪そうな人ではなかった、が。どうにも釈然としないものが胸の奥にわだかまる。
ヴェルゼは、姉に呼びかけた。
「姉貴」
「何?」
「……次に会ったら、フィドラといえど、殺す」
「…………」
アリアはその言葉に、しばし黙った。
が、やがて。
「……なら、その時は敵になるんだね」
「何だと?」
だってあたしには、彼が敵には思えないもの、とアリアは弁解した。
「そんな、無防備な彼を殺すのはあたしは反対。どうしても殺したいって言うのならば……あたしは魔法で、あなたを止めるから」
「……そうか」
ヴェルゼは理解したようにうなずいた。
「だがな、オレだってこの復讐は譲れないんだ。その時は姉弟対決か?」
「そんな日が来ないことを望むわ……」
仲のいい姉弟だから。対決なんて、したくない。
アリアは憂いに満ちた溜め息をついた。
空はどんよりと曇っていた。
〈三番目の依頼、達成!〉
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
- 頼まれ屋アリア 4-a 行きだおれの白い少女 ( No.11 )
- 日時: 2017/09/24 18:23
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
※ 時系列は四月の終わりとなりました。そろそろ暑くなる季節です。
二週間に一回依頼が入る、という仕組みですからこうなります。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
今か昔かそれとも未来か!? 時も場所もわからぬ世界に。不思議な不思議な「店」がある。
その名も「頼まれ屋アリア」と——。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
その木造の「店」には。「開店」の板の横に、上のようなことが書かれていた。
。。。☆
4番目の依頼 働きますから私に居場所を
a 行きだおれの白い少女
。。。☆
カランコロン。ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始ま——
「……って、ええっ!?」
——らなかった。
ドアを開けて入ってきた少女は。入ってくるなりぶっ倒れてしまったのだから。
アリアは慌てて少女に駆け寄って、助け起こした。
「だ、大丈夫ですか!?」
助け起こした少女は。暖かそうな、真っ白なフード付きローブを着ていた。
フード。嫌な記憶がよみがえる。
そこからこぼれおちたのは、純白な髪。
「う……」
うめいて開けられた瞳は、色素のない赤。
彼女は、シドラらと同じ。
イデュールの民だった。
。。。☆
「断じて認めない」
ヴェルゼはそう、吐き捨てた。
「イデュールだぜ? シドラと同じ異種族なんだぜ? 何でわざわざ匿う。そこらに適当に捨てておけばいいだろう」
その言葉に、アリアは憤慨した。
「ひどい! ひどいよヴェルゼ! だって彼女は、シドラとは何の関わりもないじゃない! なのに捨てろだって? あたし、あんたのことを見損なったわ!」
「オレがそんな人間だって、姉貴も解っていたろうに」
まあいいか、と彼は話を打ち切ろうとする。
「ひとまず、目覚めるのを待ってみよう。全てはそれからだな」
。。。☆
それから数時間。倒れていたイデュールの少女は、店にあった緊急用ベッドで目を覚ました。
腰まである長い白髪。開かれた赤い瞳は何か怯えていた。
「調子はどう?」
アリアが尋ねると。少女はお恐る恐るベッドから身を起こした。
彼女は、問う。
「……ここ、頼まれ屋アリアで、合ってますか?」
「? そうよ?」
「そうですか、私、道、間違っていなかったんですね」
少女は安堵したように胸に手をあてた。
アリアは首をかしげる。
「何? 依頼? この店に何か用が——」
「そうなんです!」
少女は大きくうなずいて。
少しふらつきながらも。ベッドから立ち上がって、思い切り頭を下げた。その際、右手の指を二本立てて、それを左胸にあてた。イデュールの挨拶なのだろうか。
彼女は、声を上げて言うのだ。
「お願いですから、私に居場所を下さぁい!」
……一瞬、空気が固まった。
アリアは訊き返す。
「……あのー? わかりやすく説明してくれるかしら……?」
その言葉に、はっとなったように少女はうなずいた。
その赤い瞳に宿るのは、深い悲しみと憂い。
「あのですね、えっと……。私、故郷を滅ぼされて居場所を失って放浪中なんですよ。そこであるとき、この店の話を聞いたんです。この店はなんでも屋、ですからこんなわがままでも聞いてくれるかと……。要は」
働きますから代わりに居場所を。ということらしい。
彼女は必死に弁解した。
「私、家事とか会計とかもできますし! 私、ここを断られたら野垂れ死ぬしかないんですよ! ……イデュールは異民族。ただでさえ迫害が激しいのですから……。お願いです、私に居場所を下さい!」
こんな依頼は初めてだ。困惑したアリアは、とりあえず訊かねばならぬことを訊く。
「えーと、ちょっと待ってね? まずは、あなたの名前を聞かせてもらえるかしら」
「ソーティアです。ソーティア・イデュール・レイ。ソーティア・レイと通常は名乗ります。えっと、そちらは知っています。アリアさんとヴェルゼさんですよね?」
「……何であたしたちのこと知ってんの」
「リノールの町で聞きました」
状況は理解した。彼女はこの店に居候したいらしい。
アリアは別に構わない。実は、いつか幼馴染である友人が来たときのために、開けておいている部屋が一つある。その人は基本アリアたちの故郷を離れられないし、そもそも来ること自体が夢物語に等しい人物なので……。その部屋を使ってもらっても構わないだろう。アリア自身、こんな悲しそうな女の子を野ざらし放置するほど人間やめていない。居場所? それくらい。頼まれ屋アリアが作ってやれる。
ただし、問題は。
アリアは殺意のようなものが少女——ソーティアに向けられているのを感じて、内心冷や冷やしていた。店の奥にいつもこもっている人間など一人しかいない。そう、ヴェルゼだ。
双子の裏切りを、何よりも強く気に病んでいたヴェルゼ。その影響から、彼は相手がどんな人間だろうと、イデュールの民だけは許せないと思うようになってしまった。
アリアは顔に笑みを張り付けて、店の奥に問いかけた。
「あの〜、ヴェル……」
「却下」
「……言うと思ったわ」
彼に許可を得ようと思ったところ。案の定の返答が来た。
アリアは困ったように、ソーティアを見た。
「……えっとね? あたしは貴方に居場所を作ることに賛成よ? でもね、弟が」
「却下と言ったら却下だ」
アリアが説明している最中に。
店の奥からヴェルゼが出てきた。
その瞳は、冷たい。
彼はソーティアの前にずんずん近づくと、彼女を睨みつけた。
「……出て行ってくれないか」
「…………」
その言葉に。ソーティアはうつむいて唇を噛んだ。
ヴェルゼは容赦しない。
「悪いがな? 生憎とオレはイデュールを信用できないんだ。ただの依頼ならまあ許せた。どうせ二度と会うこともないしな。だがな、居候だと? ハッ、誰が貴様なんかに居場所をやるか。だから出て行って」
「——やめなさいヴェルゼッ!」
バチーン!
彼の言葉を遮るように。アリアの平手が飛んだ。
所詮女の細腕では。彼を吹っ飛ばすほどの威力は出ないが。
ヴェルゼは呆然とした顔をしていた。
「……何故……姉貴……」
「あんたは人でなしなのッ!」
アリアの赤い瞳は。怒りの炎に燃えていた。
「ええそうよ、彼女はイデュールよ! だけれどね、それがどうかしたの? 何がどうなって彼女みたいな子が非人道的扱いを受けなきゃならないのッ! 迫害されて、放浪して。ここはようやく見つけたい場所なんだって言うのよ!? あなたはそんな彼女の努力を踏みにじるのッ!」
「……あの過去を、忘れたわけではあるまい」
「もちろんよ! でも、彼女とシドラは別じゃない!」
「…………」
ヴェルゼはしばらく姉をじっと睨んでいたが、姉が折れないとわかると。
これまで誰にもきかせたことがないくらい底冷えのする声で、告げた。
それは、訣別の一言。
「……世話になったな」
言って。
彼は店のドアを開けた。
「どこへ行くのッ!」
思わずアリアが問えば。
彼は最後に一度、振り返って言ったのだ。
「どこへなりと。こっちの行動に文句つけるなよ姉貴」
もう二度と関わりを持たない。
そんな、冷たい決意が垣間見えた。
アリアはその場にへたり込んだ。
——こんなはずじゃ、なかった。
そうさ。彼女を匿って。時間をかけて、ヴェルゼに理解してもらうつもりだったのに。
そのヴェルゼは。訣別の一言を投げ、そのままいなくなってしまった。
遠ざかる足音。黒い衣が見えなくなっていく。
アリアは泣き出したい気持ちだった。
その肩を。
「……ごめんなさい。私の、所為で」
ソーティアが、優しく包んだ。
彼女は、謝っていた。
「……私が来なければ、こんな、ことには」
「……いいえ、あなたのせいじゃない」
アリアはううんと首を振った。
ゆっくりと立ち上がり、開けっぱなしだったドアを閉めて。
悲しくとも強気に、微笑んだ。
「ヴェルゼは昔からあんな子だったから……。仕方ないの。でもいずれは。頭が冷えたら絶対に、戻ってくるわ!」
「……そうなの?」
「ええ」
だからあなたも、気にしなくていいのよ、と。笑った。
「でもね、あたしが仕事をするには。ある『魔法の言葉』が必要なのよ」
「……例えば、どんな?」
「簡単よ」
アリアはいつものように、勝ち気な笑みを浮かべた。
「言って頂戴。あたしに、直接の言葉で依頼して頂戴」
「……わかりました」
ソーティアは、神妙な顔でうなずいて。
アリアに、依頼をする。
「私に居場所を下さい!」
「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」
あとは。
ヴェルゼの動き次第かな。
アリアはそんなことを想った。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
- 頼まれ屋アリア 4-b 助けることが ( No.12 )
- 日時: 2017/09/27 01:23
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
5300文字。どうやらこの作品は、長くなる傾向が強いらしいです。
時間ある時に読みましょうねー。
所要時間は二時間です。5000文字を二時間なら、>>10よりも早いです。
今回は割とサクサク書けました。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
b 助けることが
。。。☆
「……イデュールなんて、大ッ嫌いだ」
ヴェルゼは小さく吐き捨てた。
本当は。本当は、こんなこと。思っちゃいけないんだ。
だってイデュールの少女ソーティアは、自分たちに何もしていないから。
ヴェルゼ・ティレイトは馬鹿ではない。理性でそうとわかってはいるが。
しかし。まだあの過去を乗り越えられない自分がいた。
嵌められて、陥れられて。怒りのあまり暴走して姉を傷つけ、姉を元に戻す代償に五年の命を失ったあの日。闇の神と戦の神に、復讐を誓ったあの忌まわしき日。
笑うシドラの顔。狂ったように、頭の中に焼き付けられて離れない。
だから嫌った。イデュールの民そのものを——。
「……どうでもいい。オレの私情か」
何も考えず、ただ歩く。春が終わり、夏に向かいつつあるリノールの町を。
勢いで出て行ってしまったから。簡単に戻るわけにはいかなかった。そんな無様晒せるものかと、彼は思っていたから。
知っている。彼は己を理解している。
無駄に高い矜持。それが時に、人間関係の枷になると。
——性格を簡単に変えられたら、世話ないさ。
自己嫌悪すら覚えつつも。彼は春の町を歩く。
しかし彼は、気が立っていたから。いつもの彼ならば気づくことに、全くもって気付けなかった。
歩く漆黒の死霊術師。その背を。
——とある一人の魔導士が、狙っていた。
心当たりが、ないわけじゃないんだ。
だって彼は死霊術師。「裏」の依頼では殺しすら請け負う。
そんな彼を恨む者がいたって。憎む者がいたって。おかしくはないのに。
動揺し、気が立っていた彼は。常の警戒心を失っていた。
。。。☆
「ヴェルゼを探そう。これでもあたしの弟なんだから」
「……アリアさん、待つみたいなこと言っていませんでしたか……?」
「ごめん。やっぱ、待っているなんて性に合わないの」
「アリアさん……」
頼まれ屋アリアで。残された少女二人は、今後の展開について話し合っていた。
ソーティアは首をかしげる。
「私はイデュール。だから嫌われ、迫害される。それはわかってはいるのですが。実際、過去に何回もひどい目に遭いましたしね。ですが、ヴェルゼさんの嫌い方は、それ以外にも何かあるような気がしてならないのです」
その言葉を聞いて、アリアは苦笑した。
「鋭いわねぇ。簡単に言えば、かつてあたしたちはあなたと同じイデュールの民に嵌められて、それで大好きだった故郷を追放されちゃったのよ。あたしは乗り越えたけれど、あたしにはあずかり知らぬところでヴェルゼはさらに傷ついた。だからヴェルゼはその人が許せない。ひいてはイデュール全体が、ね……」
「そうなんですか……」
ソーティアは神妙な顔でうなずいた。
彼女はそのまま会話を続けようとしたが、何を感じたのか不意に立ち上がった。
「!」
その赤い瞳には。イデュールの民にしか見えないあるものが。そう、魔導士たちの魔法の源、通常は目に見えない魔法素(マナ)が——映っていた。
その異能のお陰で。イデュールの民は魔法攻撃の察知が早い。
そう、今だって。
「……急にどうしたのよ?」
アリアが不審そうに訊けば。
ソーティアは、叫んだのだった。
「大きな魔法の気配! まずい、ヴェルゼさんの向かった方向です!」
「何だって! あの子、攻撃受けてるわけッ!?」
アリアはあわてて店の扉を開け放ち、ソーティアの手を強引に引きずって外へ出た。
「どこ!」
「こっちです!」
場所がわからずに苛立たしげに叫んだアリアを。追い越して、白い少女が先へ進んで案内する。
彼女は焦り、急いでいた。
「間に合って下さい!」
その先で見たのは——。
。。。☆
「……灰色の混沌ッ!」
無詠唱。全くの不意打ち。背後からかかった声に。
「何だとッ!?」
考え事をしていたヴェルゼは、反応が遅れた。
「ぐは……ッ!」
飛んできた衝撃波。それは容赦なくヴェルゼを打って、近くにあった大木へと勢い良く衝突させた。彼の息が一瞬、止まった。
しかもその衝撃波には、風の刃まで装備されていた。
とっさに腕で守ったはいいものの。その腕はもうずたずたで、背中の大鎌を抜くことはできなくなっていた。腹がやられていたらと思うとぞっとする。もしそうなっていたとしたら……いま頃辺りは、彼自身の血と臓物で真紅に染まっていたことだろう。
彼は両腕から激しく血を流しながらも。彼を襲った人影を見た。
それは、20代くらいの若い男だった。片手に大きな杖を持って。それをヴェルゼに向けていた。
その杖に彼は見覚えがあった。前に依頼で頼まれて暗殺した相手の、遺品の杖だった。
そして目の前にいる男は。殺した相手よりも若い印象があった。
ヴェルゼは何者なのかを推測する。
「……お前は……あいつの、弟か……?」
「正解だ。お土産をやろう」
男は薄く笑って。その杖をさらに高く掲げる。
途端、生まれた灰色のつむじ風が。動けない彼に迫った。
しかし彼は微笑んで、小さく呟いた。
「……デュナミス」
昔に死んだ友人の霊。呼べば答えてくれるから。
彼の呼びかけに応えて現れた小さな霊が、つむじ風を蹴散らした。
男は驚いたように目を瞠る。
「子供だと思っていたが……あんた、弱くはないんだな」
「15だが、何か? 舐められてもらっちゃ……困るぜ」
「その怪我で余裕かますのかい。まあいい。その小さな死霊くんだって、できることには限りがあるだろう。だから喰らえ。兄上の命を奪った代償だッ!」
呼び出された灰色の刃は。数十を下らない。
そんな数を捌いたら、霊体であるデュナミスだってただでは済まないかもしれない。
通常攻撃は霊には効かない。通常攻撃ならばすり抜けられる。
しかし、魔法攻撃は。物理的攻撃よりも霊に近いため、喰らい続ければ霊だって消える。
ヴェルゼは決断した。
「戻れデュナミスッ!」
叫び。身体を横に転がして風の刃を避ける。
だが、迫りくる刃の数は、圧倒的で。吹っ飛ばされて立てないヴェルゼには、とても不利な状況だった。このままでは死んでしまう。
しかし彼には切り札がある。それは、己の血を媒体として発動する、禁忌の邪法——!
——唱えるしかないッ!
「血の(ブラッディ」
「——ヴェルゼッ!」
——唱えようとした、瞬間。
ヴェルゼは、自分の身体が誰かに抱きしめられたのを感じた。
ふわりと漂った香りは、彼女の愛したオレンジの爽やかな香り。
その顔にばさっとかかってきたのは、彼女の特徴たる炎の赤髪。
杖すら途中で投げ捨てて。ただ弟を守るために、その身体を抱きしめた。
「姉貴ッ! この馬鹿ッ!」
そんなことをしたら。アリアが傷ついてしまうのに。
つむじ風の刃は容赦がなかった。ヴェルゼを守るように抱きしめた彼女の肌を、二度三度と傷つけ、切り裂く。
「うああああッ!」
「この馬鹿姉貴がァッ!」
慣れぬ傷の痛みに思わず悲鳴をあげた彼女。ヴェルゼは痛みに慣れてはいるが。アリアはこんなこと、耐えられないはずなのに。
ヴェルゼは痛みに悲鳴を上げる姉を見て、自らの身体を滅ぼしかねないある呪法の発動を決意する。
「くそッ! 発動させてやるッ! 血の呪い(ブラッディ・カース)、呪い(カースド」
「——だからあなたはもういいんですってば!」
その時。
その場にいないはずの。
姉弟とは無関係なはずの、ある人物の声がした。
白い髪。赤い瞳。
イデュールの少女が、男に体当たりを決行していた。
バランスを崩した男は。魔法を中断せざるを得なくなって。
ソーティアはとっさにアリアが投げ捨てた杖を拾って、男に向けた。
ソーティア・レイ。魔導士ではなかったはずなのに。
しかし。それこそがイデュールの異能。
彼女はアリアの杖を抱き、祈った。
「魔法転写! 放たれよ!」
通常。魔導士以外の人間が魔法の杖を持ったって、魔法など放てようがないのに。
杖を抱いた白い少女は。杖に宿った「魔法素の記憶」を読み取って。
アリアが最後に発動させた魔法を、そのまま相手に放ったのだ!
その技は賭け要素が高い技だ。最後に発動させた魔法が攻撃魔法だったら味方に向けられないし、回復魔法だったら相手に向けられない。
しかし。その種類さえも読み取れるのが、イデュールがイデュールたる理由ッ!
ソーティアは最高の笑顔で、守り合う姉弟に言った。
「私だって、誰かを助けることができるんですッ!」
放たれた魔法は。体当たりでバランスを崩した男を包み込んだ。
それは、炎の魔法。
アリアが最も得意としている、炎の魔法!
「ぎゃぁぁぁああああああ!」
悲鳴を上げながらも男は崩れ落ちる。しかし自ら魔法で炎を消し、ソーティアをぎらつく瞳で睨みあげた。
「……貴様ァッ! 異種族のくせしてッ!」
「異種族のどこが悪いんですかッ!」
ソーティアは倒れたヴェルゼに近寄り、「お借りしますね」とその背から大鎌を抜き取った。
「イデュール! 何を……!」
驚いたヴェルゼに。
ソーティアは初めて武器を使うとは思えないほど洗練された動きで、大鎌を構えた。
怒った男が、つむじ風を放つが。
ソーティアはただ、笑うだけ。
「私は一通りの武器は扱えますので。ただの弱い女の子じゃないんです。そして今、この場にちょうどいい武器が見当たらないので。すみませんが、お借りしました次第なのです」
戦えない、訳じゃない。戦うのを恐れていただけ。「化け物」と呼ばれるのを恐怖していただけ!
だがな? 力があるなら。使いどころを誤っちゃいけない!
イデュールの少女の赤い瞳には。全ての魔法攻撃が見えていたから。
アリアの杖で炎を起こして風の流れを変えて散らし、一歩前進してヴェルゼの大鎌で相手を薙ぎ払いにかかる。
間、わずか1秒。
近接戦闘に不慣れな魔導士の男は、突如現れたアルビノの死神に驚いて。
何も対応できなかった。魔法発動するほどの時間はなかった。
「……お命頂きます」
あまりにも一直線に振るわれた大鎌は。容赦なく男の首を断ち切った。
しかしその直後。ソーティアはくずおれた。
「ソーティア!?」
悲鳴を上げて、アリアは駆け寄ろうとするが。
痛んだ自身の傷と、抱きしめた腕の中、ぐったりとなっているヴェルゼを見て。
困ったような顔をした。
私は別にいいんです、とソーティアはアリアに力なく笑って見せた。
「だって……魔法が使えない身体で魔法を使ったんですから、ぶっ倒れるのは当然じゃないですか……。それに私は確かにたくさんの武器を使えますけれどね? それに見合うだけの体力があるかはまた、別問題なんですよ……」
戦える。
そう、彼女は戦えるんだ。
しかし、その戦いは。そもそも戦い自体、彼女には全く合わないもので。
戦えなくはないけれど。決して長くは戦えない。
それが、ソーティア・レイという少女だったのだ。
「……でも、あたしたち……どうしようか?」
アリアは困惑した顔になる。
アリア自身の傷はそこまで深くはないからまだ我慢できるし何とかなるとして。
問題は、ヴェルゼとソーティアだった。
ずたぼろになった両の腕から絶えず血を流し、それ以外にも身体のあちこちに傷を負っているヴェルゼ。
早めに処置しなければならないのに。救急道具は店の中にしかなくて。
疲労困憊で動けないソーティアは論外として。アリアは立ち上がらなければならないのに。
なぜか膝が笑って、立ち上がることはできなかった。
目の前には。瀕死のヴェルゼがいるのに——。
「ヴェルゼ? 生きてるよね? あの程度で死んでないわよね!?」
「……生き……て……る……ぜ……?」
こんな時でも強気に笑った彼。しかしその顔には血の気がなくて。
アリアは怪我がひどくはないのに立てない自分が、心底嫌いになった。
「ああっ! もうっ!」
苛立ち、叫んだ。
その時。
ザッ。乾いた土を、歩く音。
「……良かったら、助けてあげなくもないけれど?」
どこか人を馬鹿にしたような、声。
その声にアリアは嫌というほど聞き覚えがある。しかしヴェルゼは反応しなかった。意識を失ってしまったらしい。
キッと目を上げたアリアの視界に映るのは、ソーティアではないもう一つの白。
前に再会した「兄」とは違う、鋭く苛烈で狂気的な瞳が、きらりと輝いた。
「なんで……助けてくれるの……」
その問いに。
相手を馬鹿にし腐った口調で、シドラ・アフェンスクはこう答えた。
「だって、幼馴染だから」
どの口が言うんだ。罠にはめた張本人のくせに。
アリアの鋭い睨みはしかし。かえりみられず黙殺された。
人形使たる彼は、魂を吹き込んだ人形たちに三人を運ばせ。
仇敵の手によって、アリアたちは帰還する。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
- 頼まれ屋アリア 4-c ようこそ、新しい店員さん ( No.13 )
- 日時: 2017/09/30 14:12
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
c ようこそ、新しい店員さん
。。。☆
もともとシドラには、アリアたちを助けるつもりなんて端からなかった。
だって彼女らは彼に恨みを持っている。彼が出て行ったって、誰も彼を歓迎してはくれない。
そう思っていた。
しかし。このまま放っておいたら、誰かが死んでしまうのも事実のような気がしたから。
揺れる思いを断ち切って、彼はあの瞬間、姿を現した。
今、アリアたちは眠っている。当然だ、あんな激闘を起こしたのだから。
あの後アリアは色々と彼に詮索したが、彼はねむり薬をかがせて黙らせた。
正直言って面倒くさいし、それに——らしくもなく、心が痛んだから。
シドラは店の外に出、空を見上げて内心で自問ずる。
——ボクらのやったことは、間違っていたのだろうか——。
だがしかし。イデュールに生まれ落ちた彼らは、人をだますことでしか世を渡るすべを持たなかった。だから騙し、だからもてあそんだ。最初のうちは生きるつもりの騙しだったけれど、いつしかそれは「快楽」にすり替わっていって。
そんな時期に起こしたのが、あの裏切り追放事件だった。
今、シドラの傍にフィドラはいない。彼はシドラのさらなる『ゲーム』のために、新たなる舞台を整えているのだ。彼の情報収集能力は折り紙つきだ。緊急時用に「意思を持つ人形」も渡したことだし、おそらくあっちは大丈夫だろう。
兄のことを考え、揺れる思いを断ち切った。
アリアたちの応急措置を終えた彼は、そのまま歩きだしていなくなる。
人を騙し、自分を騙し、生きてきた彼ら双子は。
アリアやヴェルゼみたいに、「居場所」と言えるものがないから。新しくやってきたらしいイデュールの少女みたいに、「居場所」を見つけてはいないから。
「……羨ましくないって言ったら、嘘になるんだよなぁ」
少し寂しげにつぶやいて。
「じゃ、またね。……次会うときは、敵だから」
グレイのフード付きローブを羽織って、兄の待つ地へ歩き出す。
ヴェルゼに見つかったら面倒だ。
。。。☆
「う……ん」
明るい朝の光に、アリアは目を覚ます。
「はっ、もう朝……って、シドラッ!」
叫び飛び起きそして気づく。あんなに傷を負っていたのに。
「……痛みが……ない……?」
シドラが治してくれたのだろうか、とアリアは首をかしげた。
そこで思い出したのは。
「ヴェルゼ! ソーティア!」
大怪我をした弟と、消耗しきった白の少女を思い出し、アリアは二人の様子を見るべく走った。
。。。☆
二人はそろって居間(兼客人用ロビー)にいた。
ヴェルゼはイデュールの民を嫌っているはずなのに。会話こそなかったが、昨日よりは距離が空いていなかった。
ヴェルゼは彼女に命を救われたに等しい。無下にすることはできないのだろう。
その仏頂面がおかしくて、アリアは思わず笑ってしまった。
「おはよう、みんな」
その声に、二人は同時に彼女の方を向いた。
少しは打ち解けられたようだし。アリアはヴェルゼに言わなくてはならない。
「ねぇヴェルゼ。……ソーティアのこと、まだ受け入れられないの?」
「…………」
返答に少し間があった。彼の漆黒の瞳は、不安げな顔のソーティアを見ている。
やがて彼は、しぶしぶといった様子で、溜め息をついた。
「……仕方ない。命の恩人だしな。それに俺の抱いていた第一印象が最悪であったというだけで、ソーティア個人はそこまで悪くはない」
……ということは。
ソーティアが、期待に目を輝かせた。
「……受け入れて、下さるのですか?」
「ああ。下らん色眼鏡で物事を見た。反省しよう。そして、あんたを歓迎する」
「——ありがとうございますッ!」
その返事を聞いて。ソーティアは思い切り飛び跳ね、その目から涙さえ浮かべている。
困るのはヴェルゼである。
「おいおい泣くなよ……。オレが悪人みたいに見えるぜ?」
「嬉しいのです……。ようやく、居場所ができたってことが……!」
彼女は感動に身を打ちふるわせていた。
アリアはその様子を見ながらもこの依頼が完了したことを悟り、高らかに宣言した。
「頼まれ屋アリア、依頼、完了しました!」
色々と悶着はあったけれど。まさかのシドラと対面もしたけれど。
アリアはソーティアに、明るく笑った。
「ようこそ頼まれ屋アリアへ! 貴女を歓迎するわ!」
新しい仲間が、加入した。
〈4番目の依頼、達成!〉
〈新メンバー加入!〉
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
- 頼まれ屋アリア 5-a 光の杖と不思議な青年 ( No.14 )
- 日時: 2017/09/30 18:55
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
今か昔かそれとも未来か!? 時も場所もわからぬ世界に。不思議な不思議な「店」がある。
その名も「頼まれ屋アリア」と——。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
その木造の「店」には。「開店」の板の横に、上のようなことが書かれていた。
。。。☆
5番目の依頼 魔道具って知ってるかい?
a 光の杖と不思議な青年
。。。☆
カランコロン。ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。
季節は五月。暖かくなり、晴れた日も多くなってきた時期である。
あれから二週間が過ぎた。みんなの傷も、回復している。
「ようこそ、頼まれ屋アリアへ」
いつもは客の応対はアリアがするけれど。生憎、今彼女は町へ買い物に行ってしまっていた。
これまではそういった場合はヴェルゼが客の応対をしていたが、ソーティアがやってきたことをいいことに、彼はまた店の奥にこもってしまった。
よって必然的に、応対はソーティアの役割にもなったのだが……。ここで問題が発生する。
ソーティアは異種族だ、イデュールの民だ。イデュールの民は昔からひどい迫害に遭っている。イデュールの民は特徴的な見た目をしているため、そのまま出て行ったら確実に不審がられる。かといってフードをかぶっていたら、さらにおかしくなる。髪を染める提案も出たが、真っ白で染めやすそうな髪は実際、どんな染料にも染まらなかった。
そこで出た折衷案は、彼女が単なるアルビノだということにすること。
どこにだってアルビノはいる。だから彼女はそんな、アルビノの一人だということにすればよい。
そんなこんなで居場所を手に入れたソーティアは、やってきた客に声をかけた。
「今日は何の御用でしょうか?」
やってきた客は、頭に帽子をかぶった若い青年。その服装は全体的にくたびれていて、これまでどこかを旅していたのであろうことが想像できる。
しかしソーティアはイデュールの目で、彼が魔法に関係する何かを持っていることを看破していた。
青年は店を見渡して、言った。
「あ〜、君が店主?」
「違いますよ。私はここの店員なのです」
「なら、店主を呼んでくれないかな。ちょっと……難しいことなんだけど」
青年は困ったような顔をした。ソーティアはうなずき、「少し待っていて下さい」と彼にい残して店を出る。買い物に行ったアリアを呼び戻すためだ。
彼女が店を出ていくと、代わりのようにヴェルゼがカウンターに立った。
「ようこそ、我らが店へ。オレは店主の弟、ヴェルゼ・ティレイト。良かったら話を聞かせてもらいたい。あんたからは魔道具の匂いがするが……。違うか?」
ヴェルゼは青年が持っている魔法の気配の正体を瞬時で看破した。青年は驚いた顔をする。
「すごいなぁ。これ、魔道具ってわかるの」
青年は懐から何かを取り出した。それは光り輝く杖。
その光の強さに。思わずヴェルゼは一歩、後退した。
「これをある人のところまで運んでほしいんだけど……って、ヴェルゼだっけ? どうしたの、大丈夫かい?」
「……大丈夫だ」
低い声で答えたが。この魔道具の放つ光は、ヴェルゼのように闇を操る者にとっては強すぎる。
光は闇を払うもの。近くに居続ければいろいろとまずい。
青年は彼の様子から何かを察して、その杖を懐にしまった。
「ああ、君は闇魔導士なんだ。気付かなくてごめんよ。一応聞いておくけれど、店主さんは?」
「……気遣い、感謝する。姉貴は全属性使いだ。その杖の影響は露ほども受けまいよ」
「そっか、それは良かった」
青年は満足そうにうなずいた。
しばらくして、やってきた足音が二つ。
「おっまたせー。店主のアリア・ティレイトよ。……ってヴェルゼ!?」
「連れてきました。遅くなって済みま……って、ヴェルゼさん!?」
戻ってきた彼女たちは、カウンターにいるヴェルゼを見て同時に素っ頓狂な声を上げた。
ヴェルゼは苦笑いして返す。
「……そんなにオレがここにいるのが珍しいか?」
◆
閑話休題。
アリアは青年の口から、依頼内容について聞いていた。
「魔道具の運搬、ねぇ……」
通常の依頼ならば一も二もなく快諾するところなのだが。今回のは危険が伴う。
魔道具というのは「魔法装具師」と呼ばれる特殊な人々の作る道具の総称である。これを作るには物作りの職人的な才能と、魔法を物質に込める才能の二つが要求される。この二つのうち片方だけを持っている人ならばそれなりにいることにはいるが、両方の才能を併せ持っている人間は稀有である。よって、魔道具はそれ一つでなかなかの貴重品なのである。
魔道具はものによって様々な特徴を持つが、何よりも特筆すべきは「魔法の才がなくても魔法が使える」その一点である。これは全ての魔道具に共通する特徴だ。
魔法装具師は物に魔法を込める。込められた魔法は、誰にだって使えるようになる。だから優れた魔法装具師は魔道具を魔道書の代わりとして、自分が死んでも自分の魔法だけは死なないように工夫することがある。
そうやって作られた魔道具は希少にして貴重。故に魔道具を狙う者は後を絶たない。しかも魔道具は常に魔法の気を発し、魔導士ならば気を辿って魔道具の在処を探知することくらい容易い。
要は。魔道具の運搬任務というものは、常に多くの魔導士から襲撃を受ける可能性があることを示唆しているのだった。
アリアが困った顔をして考え込むと、青年は言った。
「実は僕、魔法装具師なんだ」
「「!」」
その言葉に、アリアとヴェルゼは弾かれたように目を上げる。
魔法装具師は貴重な存在である。そんな人間が目の前にいる!?
だから、と青年は穏やかに微笑んだ。
「難しい依頼だってことは分かっているさ。だから僕は、先に報酬を提示しよう。依頼が終わったってわかったら僕はまたここに来る。その際に僕の工房に案内するから、そこで好きなものを持っていっても構わない。この杖は幼馴染の女の子へのプレゼントなんだけど、その子は遠い場所にいるし、僕は魔道具を持ったまま長距離移動して生きて帰れる自信がないから。ねぇ、この報酬なら受けてくれるかい?」
魔道具。物によっては1万ルーヴを超えるものすらある。依頼達成したら、それをただでもらえる……? しかも魔道具は非常に強力なものが多い。手に入れたら、いかにして「気」を遮断するかが問題だけれど。
アリアは思った。この依頼は、受けるべきだと。
ヴェルゼの方をちらりと見れば、彼も目線でうなずいた。
アリアはにっこり微笑んだ。
「わかったわ。その依頼、受ける!」
「それは良かった」
青年は嬉しそうな顔をした。
ところで、とアリアは尋ねる。
「それ、どこまで運べばいいの?」
その問いを聞いて、ああ言ってなかったかと青年は頭を掻いた。
「この国アンディルーヴの西の方の町、フェリオまでさ。そこにヴィオラという茶髪の女の子がいるんだけど、彼女に届けてほしいんだよね。彼女はつい最近、魔導士として認められたばかりなんだ。だからその、お祝いに」
行く場所と渡す人。情報はそろった!
アリアは高らかに宣言する。
「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」
確かに危険な任務ではあるが。
達成した際の利益も大きいし、青年の願いが純朴で好感が持てた。
アリアは手を伸ばしてその杖を受け取り、ヴェルゼに悪影響が出ないようにすぐに仕舞った。
ヴェルゼは姉を遠巻きにして睨む。
「……迂闊に出すなよ」
「わかってるってそれくらい。そうそう、善は急げよね? じゃあしゅっぱ……」
「急いては事をし損ずる、だ。一応聞いておくが、これは魔法を放てるのか?」
青年はうなずいた。
「その杖には持ち主の魔法を増幅する魔法が掛けられているんだ。でもこの杖自体で光の魔法は放てるんだよ。だからまぁ、何か緊急事態があったら遠慮なく使ってくれても構わない。ただし君は」
「わかってる。オレは緊急事態になっても、絶対にあれには触れない」
「その方が身のためだね」
必要事項は聞き終わった。
いまだ、日は高い。今歩いていっても、日没までには次の町にたどり着けるだろう。
ヴェルゼは聞き残したことがないかを確認し、ようやく言った。
「じゃあ、出発だ」
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆