ダーク・ファンタジー小説

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殺す事がお仕事なんです
日時: 2013/03/14 14:22
名前: トレモロ (ID: NXpyFAIT)
参照: http://blog.goo.ne.jp/roki000

どうも、コメディ・ライトで「萩原さんは今日も不機嫌」を書いてる感じなトレモロです。
この物語は【エグイ・シリアス・痛い設定・更新不定期】を含みます。
「それ…無理…」という方は今すぐ引き返す事をお勧めします。

【目次】
序章 【>>1
第一話前半 Ⅰ【>>4】 Ⅱ【>>14-15】 
余章 【>>21
第一話後半 Ⅰ【>>32】 Ⅱ【>>48
接章 【>>60
第二話前半 Ⅰ【>>74-75】 Ⅱ【>>84-85
余章 【>>98
第二話後半 Ⅰ【>>137-141】 Ⅱ【>>151
接章 【>>154
第三話前半 Ⅰ【>>155】 Ⅱ【>>156
余章 【>>157
第三話後半 Ⅰ【>>158-159】 Ⅱ【>>168-169



【番外編—ブログにて更新中】
Ⅰ【>>161



【基本登場人物】
祠堂 鍵谷(シドウ カギヤ)・呑気な便利屋

木地見 輪禍(キジミ リンカ)・快楽を求める殺し屋

霧島 終夜(キリシマ シュウヤ)・大人びた少年

【補足】
物語は多少「萩原さんは今日も不機嫌」のスピンオフとなっております。
知らなくても問題は無いですが、見ておくとさらに楽しめますよ?(宣伝です)

【他の作品】
『萩原さんは今日も不機嫌』>>20
『結末を破壊する救済者達』>>153
『』>>

【挿絵】
『私はあなた方の絵を求めている!!Ⅱ』>>40

【アトガキ】
『とあるトレモロの雑記帳』
——《カテゴリー》にて >>41

それでは、この物語があなたに影響を与えない事を祈って、作品紹介を終わらせて頂きます(ペコリ

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.156 )
日時: 2011/05/04 01:08
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

第三章『霞み堕ちていく優しき想い』———《選択肢は無限大・辿り着く先は一つのみ》


「こいつは困ったなァ〜」
祠堂鍵谷は途方に暮れていた。
周りに黒服の惨殺死体が転がっている、人が歩くには狭い路地に突っ立っている。そんな状況で祠堂は珍しく本気で困っていた。
彼の雰囲気や態度からはそんな様子は一切感じられないが、事実彼は非常に切迫した状況に置かれている事は間違いない事だ。
切迫した状況。というのは、護衛任務の【対象】。
【殺し屋】である木地見輪禍が、独断で独走という状況の事だ。
これは木地見が突如現れた【イルミナティ】の男に、彼女が嬉々として戦闘行為に走った所為なのだが。
そんな事は【仕事】には関係ない。寧ろその男を排除するのが、【便利屋】としての祠堂の任務なのだ。
どんな突拍子の無い事象が起きても、それを上手く切り抜け【依頼】を達成する。それが【便利屋】の使命。それは報酬をもらうからには至極当然の事である。
だが、今回は彼ばかりを責めるのも酷だろう。
木地見という【依頼人】は、大人しく【護衛対象】としていてくれる程、正常な神経と常識は持ち合わせていない女性であり、非は彼女にもある。
「う〜ん。今から走っても追いつけないだろうし……。どうすっかなぁ〜」
自分が制止の言葉を掛ける前に、路地から走りだしてしまった木地見と【襲撃者】の二人を思い出して、のんびりと呟く祠堂。
突然の【襲撃者】。その人物は【便利屋】の祠堂にとっては常連客だ。
【襲撃者】の所属する組織、【イルミナティ】からの依頼はかなり多い。その中で、依頼人として直接祠堂に交渉をしてくる男が、何を隠そう先ほどの【襲撃者】なのである。
その依頼人兼襲撃者。桜島 雁麻(さくらじま かりま)と祠堂との付き合いはそれなりに長い。
桜島はこの地区の【イルミナティ】の重要幹部の一人であり、現場で行動する実力派の一人だ。
特に戦闘面ではかなりの【イルミナティ】の中でも随一である。
最近外国の本部から何人か新人が来たらしく、その中には桜島を超える逸材も要るらしいが、それについては祠堂は詳しくは知らない。
知る手段は持ち合わせて要るのだが、【依頼】でも無いのにそんな事を調べたとしても特に利益は無いので、ほったらかしている状況だ。
祠堂は【情報屋】では無く、【便利屋】だ。
情報を集める依頼などは受けるが、情報を常に欲して売っている【情報屋】等とは少し違うのである。

「まあ、あの人なら大丈夫そうだからとりあえずほっといていいか……」
彼女の強さは下っ端とはいえ、【イルミナティ】を一方的な虐殺に持ち込むほどの実力だ。
おそらく桜島よりは実力は上であると、祠堂は予測する。
「それにちょっと彼女と離れた方が都合がいいこともあるしな……」
祠堂は服の内ポケットから携帯を取り出す。
桜島の所為で確認できなかった着信履歴と、メールを確認する。
「ん〜? 終夜からかとお蔵ちゃんからか」
大量の着信履歴の発信元は、彼の部下である霧島終夜のものだった。
何か急ぎの用事だろうか?
メールの方は情報屋の男——というか限りなく女に近い男のモノだった。

(ちょうどいい、お蔵ちゃんには聞きたいことかなりあるし。終夜の用事はしばらく待ってもらうか)

祠堂はそう結論付け、今この【市】で起こっている様々な事柄の情報を得ることにした。
今この【市】は明らかにおかしい所が多すぎる。
何か嫌な予感が祠堂の中にわだかまって溜まっていた。
そして、彼がこういう感情を抱くときは、大抵嫌なことが発生する。
ならば、情報は絶対的に必要だ。
祠堂は携帯の登録番号から、【情報屋】という登録名を選び、電話をかける。
部下の事を気にかけつつ、とりあえず【依頼】の不確定要素の排除を優先する為に……。











もし。
もしこの時彼が仕事より、仲間を大事にする男だったら。
依頼をこなすことより、部下の心配をする男だったら。
未来は変っていたかもしれない。
それが良い方向か悪い方向かは、人それぞれの立場で変わるだろうが。
少なくとも【彼】は。
彼の命は。


失われなくても済んだかもしれない。


自分の信念を通し生きていた【彼】は、死ななくても済んだかもしれない。
そして同時に【彼女】の未来はもっと単純なものになったかもしれない。
彼がその力を発揮すれば、【彼】の命が狙われる前にすべての事を終えることが出来たかもしれない。
彼がその力を行使すれば、【彼女】は真実を見失う代わりに、諦めが付いたかもしれない。
祠堂鍵也という男にはそれだけの力があった。
だがそれは仮定の話だ。
未来は様々な選択により決定する。
決定には間違いも正解もない。
運命というのは、人の決定により様々な分岐点が存在するものなのだ。
そして【彼】のこのほんの些細な行動は、余りに大きすぎる【選択】だった。


物語は続く。
役者達が選択を放棄しない限り、続いていく。
物語が堕ちる速度は加速していく。
誰も止められない速度に。
役者の意思など関係なく。




加速していく。

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.157 )
日時: 2011/06/26 12:50
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

『余章』


選択。
一つの道筋。
つまり未来への繋がり。
【便利屋】が繋ぐ細い糸。
その繋がる先は……。



つまりどういう事なんですか?
『あらぁ〜、今の説明で分からなかったかしら? 抽象的すぎた?』
ええ、まあ。
『もぅ〜、仕様がないわねぇ〜。じゃあ、もっと分かりやすく教えて、ア・ゲ・ル・♪』
……ありがとうございます。
『要するにね、今この【井出見市】では【町】も【街】もいい男たちが、いい感じに、いい汗を流してるのよ。あ、良い女も居るわよ。癪だけど……』
あの、ですからもっとわかりやすく……。
『はいはい、わかってるわよん。あ、勿論いい男にはしーちゃんも含まれてるわぁ〜』
……ありがとうございます。
『あら、さっきと反応が一緒よ? 同じ動きをする男はあまり女性に好かれないわぁ〜。変化がマンネリ化を防ぐ、第一歩よ?』
何の話をしてるんですか……。
『あら、分からなかった? ふふっ、じゃあ、今度私がお相手してあげ——』
もういいですから、さっさと情報をお教え願いたいんですが? 今日はちょっと時間が無いようなので。
メールで大事な話があると連絡してきたのは、そちらの筈ですよ。
『あらぁ〜、つれないわね〜。まあ、いいわぁ。いい加減しーちゃんで遊ぶのはやめましょう』
……遊んでたんですか。
『ふふっ、まあいいじゃない。きっとあなたは今、私に聞きたい事があると思って、わざわざメールしてあげたのよ〜?』
確かに、聞きたい事は有りますが。
思考を読まれるというのは、少々恐怖を感じますね。
『伊達にあなたと一緒に仕事をして来て無いわよん。欲しいのは、今の【市】の状態についての情報よね?』
ええ。金は情報の精度に応じて、何時もの様に払わせていただきます。
『はいな。え〜と、今入ってきてるネタで分かる事はね……。ちょっと、あなたにとって都合が悪い事が多いかしらね』
どういう意味です?
『どうやら、あなたの部下。終夜ちゃんが、厄介な案件に首を突っ込んでるようね』
え?
『そして、あなたも相当面倒な護衛の依頼を請け負っているじゃない』
依頼の事は、私と依頼主位しか知らない筈なんですがね。流石です。それで、終夜がどうかしたんですか?
『あの子ね、どうやら一人で依頼を受けているらしいのよ。余りに個人的な依頼で、詳細は解らないんだけどね』
は? それだけでどうして厄介だと?
『その依頼人の名前は、進藤麻衣。それだけは解ったわ。どう? 聞き覚えある名前じゃないかしら?』
進藤……。
【イルミナティ】の幹部の一人ですよね?
『やっぱり知ってたか。進藤麻衣はね、彼の娘なのよ』
娘……。
『そして、進藤卓也。彼はつい最近【暗殺】されたわ』
暗殺?
誰にですか?
『木地見輪禍』
なっ、それって……。
『あなたの護衛対象が、あなたの部下の依頼主の、憎い憎い仇って事になるわね』
……成程。
あの着信履歴はそういう事か……。
俺に依頼を受けた事を、話したかったのか。
『さて、これからどうするの? 終夜君が受けた依頼は、恐らく進藤麻衣からの父親捜索の依頼だと思うわよ?』
何の連絡も無く家に帰ってこなかったら、心配するでしょうしね。
恐らく死体は回収されただろうし。
『恐らく木地見輪禍に【暗殺】を依頼した個人だが、組織だかが処理したんでしょう』
その組織への目星は?
って、まあ、あそこでしょうね……。
『【志島・井出見組】。【組織】の連中よ』
志島の旦那が言っていた、【仕事】ってのはこういう事か。
これは急いで木地見さんを探さないと。
『そう上手くいくかしらね?』
え? どういう事です?
『私は基本恋する乙女の味方って事よ』
いえ、意味不明ですが?
『あなたを探してる乙女がいたから、情報売っちゃった。テヘ♪ だからちょっとそっちのお相手してあげて頂戴』
えぇ!?
誰ですか! その乙女とやらはっ!!
『あなたの良く知っている【幼馴染】よ。じゃ、また何か用が合ったらよんでねぇ〜。バイバァ〜イ♪』
あ、ちょ、まだ話は終わってな……。

切られたか……。
しかし、俺の良く知っている幼馴染?
探している?
……オイオイ。嘘だろ。もしかして。
だけど、あいつが俺を探す意味なんて。もう無いはずなのに。
俺達は、もう会わない方がいいと……。



「鍵谷」


……嘘だろ。
何で。
何でお前がこんなところに。
こんなところに居るんだよ……。


「……。再会。歓喜感涙。私は心の底から嬉しいわ」


……。


「久しぶり。鍵谷。会いたかった……」


……。
本当に。
本当に久しぶりだな。
会えて悲しくなるくらい嬉しいよ。



【光加】……。









選択。
一つの道筋。
つまり未来への繋がり。
【便利屋】が繋ぐ細い糸。
その繋がる先は。


途轍もなく強靭で儚い。
【光】だった……。

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.158 )
日時: 2011/07/10 00:58
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

第三章『霞み堕ちていく優しき想い』———《辿りつく少年少女》1/2


豪華な椅子。
豪華な机。
豪華な壁紙。
豪華な置物。
総合すると豪華な部屋と言う事になる。
その空間は、【便利屋】の少年にとっては余りに煌びやか過ぎる空間の為、居心地の悪い場所であった。
それもそうだろう。
普段彼が過ごしている【事務所】は、お世辞にも豪華絢爛とは言い難い場所なのだから。
「まあ、そんなに堅くならないでください終夜さん」
「え、あ、はい。すみません」
そんなゴージャスなオーラを放つ、終夜にとっての異空間で、目の前に座る男が優しげな声を少年にかけてくる。
【志島・井出見組】の組長。つまり【組織】のナンバーワン。荒くれ者の頂上。外道共の纏め役。

志島健吾(しじま けんご)。

この男に睨まれたら、終夜などいくら【便利屋】とはいえ、一瞬で首と胴体がオサラバする事だろう。
それほどまでの力と、権力を持った男。それが健吾だ。
最も、彼が自分をその様な攻撃対象に定められる事は、ほぼ無いと終夜は思っている。
【便利屋】とは、依頼主の絶対的な味方だ。
しかし依頼主の味方でも、依頼主の敵は【便利屋】にとっての敵……という訳ではない。
その【敵】である相手も、彼らの【依頼主】になる可能性は十分存在するし、実際そうなる事は今まで何度もあった。
誰にとっても味方であり、誰にとっても邪魔者となる可能性がある、そういう矛盾した【仕事】なのだ。
つまり始めから【仲間】とは思われていない。
適当なときに頼り、適当なときに排除する。
そういう一つの【形】。
それを保っているのが【便利屋】。つまり、祠堂鍵谷と霧島終夜の【生き方】だ。

「ははは。謝られても困るのですが。あなたには祠堂さんと同様、何時もお世話になっていますし。私ども一同、感謝しているのです。ですので、そう畏まらないで頂きたい」
「善処します」
二コリと笑いながら終夜は健吾の気遣いに応える。
最も心の中では。

(緊張しない様に出来る訳ないだろう!? 怖すぎるわこの人! なんで顔にでっかい傷あるんだよ! 直視できねえよ!)

と失礼な事を考えていたのだが、心の内の声など一切表情に出すことなく、少年はにこやかな笑顔を浮かべる。
内面と外面の使い分けが同時にできなければ、【便利屋】という仕事をこなす事は出来ない。
正確には、彼の様なグレーゾーンか、完璧にブラックな領分にも手を突っ込んでいる人間にとっては。なのだが……。
「えーと、それで。今回こちらに尋ねてきたのは、何か聞きたい事があるからでしたかな?」
対する健吾も、柔和な笑みを浮かべつつ、話を進める。
最も笑みを浮かべているといっても。目は鋭く、何もかもを視線だけで威圧するような錯覚さえも思わせるので、全く柔和な雰囲気にはならないのだが……。
そんな生粋のヤクザに、終夜はなるだけ平静を保ちつつ、質問したい事を並べ立てる事にした。

一つ、最近この【市】で警察の目に触れない殺人は起こらなかったか?
二つ、進藤卓也という人間を知らないか?
三つ、祠堂鍵谷がどこにいるか知らないか?

そうした内容の質問を、彼は一気に並びたてた。
「そう、ですねぇ。成程。あなたが来た理由はそうでしたか……」
と、終夜の話を黙って聞いていた健吾は、話を聞き終わった後。
小さなため息の後、ポツリと少年に聞こえるか聞こえないかの音量で呟いた。
その表情から笑みは消え、何か考え事をしている——というよりは困った状況になった。と言った様な表情を作った。
「何か知っているんですか? 差し支えなければお教えいただきたいのですが」
「ふむ……。ああ、そうそう。祠堂さんには今こちらから依頼をしているので、連絡が取り辛いだけだと思います」
「そうなんですか……」
聞きたい情報の内、最も優先度の低い情報だけ手に入る。
だが、今本当に欲しいのはその情報じゃない。
終夜の勘だが、恐らく健吾は彼が最も必要とする情報を【知っている】。
質問した事の全てではないだろうが、何かをつかんでいる可能性が高い。
【市】の状況が全く分からない現在の状況で、無償で頼れる存在は、祠堂の協力が得られないとはっきり分かった今、この恐怖の権化のような男しかいない。
ならばどんな些細な事でも、聞いておきたいのが彼の心情だった。
だが同時に、思う。
彼の口から発せられる【情報】。
それについて、どこか胸の奥に暗い感情が渦巻く。

(嫌な予感がする……。何か、聞いちゃいけないような、聞いたら何かが壊れてしまうような、そんな気が……)

目の前の、自分たちには色々良くしてくれる人間が、自分の質問に応えるのを渋っている。
そこに何か言いようのない【不安】が、少年の心を侵し始めていた。
そして、その感情は全くもって——



——正しいものである事を、終夜は理解してしまう事になる。

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.159 )
日時: 2011/07/10 00:58
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

第三章『霞み堕ちていく優しき想い』———《辿りつく少年少女》2/2


「遅いなー、終夜さん」
少女は一人呟きながら、傍の電柱に寄りかかる。
「何か解ったのかな……」
物憂げに独り言を紡ぎながら、麻衣は終夜が入って行ったビルを眺める。
外観は普通の会社などのビルと何の差異もない。
白い外観に、いくつかの窓が規則性を持って並んでいる。
一番上には大きな白い看板に、青字で『株式会社井出見工業』と書いてある。
これだけなら、なんら違和感はない。
だが、終夜は言っていた。

ここは【暴力団】の本拠地だと。

彼女にはよくわからないが、どうやらこの工業ビルは表向きは一般的なモノだが、中身は【黒い仕事】ばかりする所なのだという。
その為、【市】の情報がわんさか入ってくるのだそうだ。
終夜はその情報網の網から、麻衣の依頼の為に必要なモノを手に入れようとしている。
と、そう言う事だ。
だが、その行動には危険が伴うかもしれないので、終夜は軽い笑顔を麻衣に対して浮かべながら。

『すいません麻衣さん。ちょっとここで待っていてください。直ぐ戻ります』

と言って、彼女を置いて、ビルの中に入っていってしまった。
「私の事なのに、何もできないなんて……。はぁー」
自らの不甲斐無さに麻衣はため息をつく。
そのままずるずると、電柱を背に座り込んでしまう。
服が汚れるがそんな事は気にせず、顔を上に上げ青空に目を向ける。
「綺麗な空……」
と、若干現実逃避ぎみに言う。
雲もなく、空には純粋な蒼が広がっている。
心地の良い世界。
「お父さん……」
探し求める父の顔を、その蒼い空に思い浮かべる。
無骨だが、優しい顔がよく似合う父。
ごくごく一般的な父親。娘に対する対応に一々困惑したりする、普通の父。
でも、自分の事を一番に考えてくれる。家族の事を一番に考えてくれる。
そういう父親だった。
そして、彼女はそんな父親が好きだった。
将来は父の様な男の人と結婚したい。
そんな願いを、こんな年になっても抱けるほどには好きだった。
「私。会えるのかな。また、ちゃんと会えるのかな。一緒に家に帰れるのかな……」
呟く。
誰もいないからこそ。
終夜も誰も、傍にいないからこそ吐ける【弱音】。
こんな自分の姿は、一生懸命自分の為に動いてくれる彼には見せられない。
彼は自分の為に命を投げうってくれる、自分を安心させるために笑ってくれる。
でも、その笑いは歪だった。
彼女は気付いていた、霧島終夜という人物の抱えている暗い部分を。
恐らく彼は演技。いや、最早演技なんて呼べない程自然に嘘の【笑み】を浮かべる事が出来る人だ。
でもそれでもよかった、自分を安心させるための演技とは言え。
進藤麻衣と言う人物を、安心させたいという意思は【本物】なのだから。

「何考えているんだろ私……」
麻衣は、父の事を考えていたはずなのに、いつの間にか終夜の事を考えている事に気付く。

(それだけ大きくなっちゃったのかな。あの子の存在が)

そんな事を考えると、不思議と【不安】が取り除かれる。
その事実に、麻衣は顔を笑みの形に、優しく変えた。


そして、次の瞬間表情を【凍らせた】。


「ハハハッ! 笑えるのか少女! まだ君は笑えるっていうのかい!? まだ真実を知らないからこそだねぇ少女!!」

立っていた。
立っていた。
【立っていた】。
彼が、つい先ほど、まだ数時間も立っていない程の前に、血の惨劇を創り上げた男が。
眼鏡の男が。
フード付きの服を着て、目を輝かせて、純粋な笑顔を顔に貼り付けた。
【刹羅】が立っていた。

「あ、ああ、あああああ、ああああ」

麻衣は言葉にならない悲鳴を上げる。
考え事をしていたとはいえ、麻衣に気配を悟られることなく。
電柱を背に座り込んでいた彼女の前に、彼は堂々と立っていた。
助けを呼ばなければ、終夜を呼ばなければ。
だが、声が出ない足が動かない体が震える。
「た、たた、助け……て」
危険だ。
この男は危険だ。
殺される。
確実に、確定的に、絶対的に、絶望的に。

殺される。

(嫌だ。嫌だ嫌だ。終夜さん。終夜さんッ! 助けて!!)

叫ぶ。
心の内で願い叫ぶ。
だがその声が終夜に届くはずもない。彼は今麻衣の為に【情報収集】している最中だ。
絶望的な感情に支配される麻衣。
逃げなければならないのに、硬直してしまって微動だに出来ない。
視線も【刹羅】に見つめ返されて、そらす事も出来ず縫いとめられてしまう。
そんな彼女の様子を見ながら、口の端を歪めて、【刹羅】は楽しそうに笑った。

「なあ、少女。真実を知りたいかい? 君のお父さん事なんだけどさ?」

「ッ!?」
【刹羅】の言葉に、今の今まで抱えていた【恐怖】が一切合切消え去る。
そして、逆に麻衣は勢いよく立ちあがって、【刹羅】の方へ詰め寄る。
「ち、父の行方を知っているのですか!?」
「ん? ああ、知っているよぉ? といってもついさっきあのふざけたバカップルから離れた後に、ちょっと気になって調べただけなんだけどねぇ」
余りの麻衣の変貌に若干驚きながらも、相も変わらない楽しそうな顔で【刹羅】は語る。
麻衣には彼の言っている言葉の意味が良くわからなかったが、何か重要な事を知っている事だけは理解した。
「お願いします! どんな小さなことでもいいですから、教えてください!!」
無意識だろうが、【刹羅】の服を掴みながら懇願する少女。
そんな彼女を見て、【刹羅】は笑みを更に濃くする。
心底楽しいと。
これから起こる事すべてが楽しいと。
【物語】が動き出す事が、とてもとても愉快だというかのように。


子供の様な笑顔で、殺戮者は語り始めた……。

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.160 )
日時: 2011/07/10 12:45
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

あ、あれぇ!?
下がっちゃった!?
流石に不憫なので上げ。


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