ダーク・ファンタジー小説

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【リメイク版】カラミティ・ハーツ 心の魔物
日時: 2018/08/20 10:38
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。

「……どうして」
 大召喚師は悲嘆に暮れる。
 大切だったのに、とても大切だったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう?
 その心は、絶望の底に突き落とされて。
 その日、一体の魔物が誕生した。

「私は、お兄ちゃんを元に戻すの、戻したいの」
 少女魔導士は決意を固める。
 大切だから、とても大切だから。どうしてもまた、大好きな兄と再会したいから。
 その心は、強い思いに燃えて。
 その日、一人の旅人が誕生した。

 絡み合う思い、ぶつかりあって。運命の手は兄妹を引き裂く。
 魔物になった兄と、兄を元に戻さんと世界の法則を探る少女。
 これは、大召喚師の妹たる少女の、長い長い旅の物語である。

*****

 去年の八月頃にここでこの作品を書いておりました、流沢藍蓮と申します。それから約一年。書きかけで挫折しましたこの作品をあらためて読みなおしてみましたところ、設定やキャラクターなどが良かったですし折角十一万文字も書いたものをそのまま捨てるのも、未完のまま終わらせるのももったいないなと思いまして、リメイクに至った次第にございます。
 あの頃に比べて少しは文章を書くの上達したかなと、あの頃の自分に挑戦するような気持ちです。興味がある方はこの板で「カラミティ・ハーツ」と検索してみてください。私の黒歴史の作品が出るはずです。ただし「カラミティ・ハーツ」を読むのが初めての方は検索するのをお勧めしません。内容はほとんど変わらないため、先に前の話を知ってしまうと面白くなくなるからです。
 前の話をご存知の方は、前と比べてどう変わったのかなどを見て頂けると幸いです。
 そんなわけで、開始します。

*****

 目次(一話ごと)


一気読み用! >>1-


プロローグ 心の魔物 >>1

第一章 始まりの戻し旅 >>2-6
 Ep2 大召喚師の遺した少女 >>2
 Ep3 天使と悪魔 >>3
 Ep4 古城に立つ影 >>4
 Ep5 醜いままで、悪魔のままで >>5
 Ep6 悔恨の白い羽根 >>6

第二章 訣別の果てに >>7-11
 Ep7 ひとりのみちゆき >>7
 Ep8 戦いの傷跡 >>8
 Ep9 フェロウズ・リリース >>9
 Ep10 英雄がいなくても…… >>10
 Ep11 取り戻した絆 >>11

第三章 リュクシオン=モンスター >>12-14
 Ep12 迫る再会の時 >>12
 Ep13 なカナいデほしいから >>13
 Ep14 天魔物語 >>14

第四章 王族の使命 >>15-
 Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」>>15 
 Ep16 亡国の王女 >>16
 Ep17 正義は変わる、人それぞれ >>17
 Ep18 ひとつの不安 >>
 Ep19 照らせ「満月」皓々と >>
 Ep20 常闇の忌み子 >>
 Ep21 信仰災厄 >>
 Ep22 明るいお別れ >>

第五章 花の都 >>
 Ep23 際限なき狂気 >>
 Ep24 赤と青の救い主 >>
 Ep25 極北の天使たち >>
 Ep26 ハーフエンジェル >>
 Ep27 存在しない町 >>
 Ep28 善意と掟と思惑と >>
 Ep29 剣を取るのは守るため >>
 Ep30 青藍の悪夢 >>
 Ep31 極北の地に、天使よ眠れ >>
 Ep32 黄金きんの光の空の下 >>

第六章 動乱のローヴァンディア >>
 Ep34 予想外の大捕り物 >>
 Ep35 緋色の逃亡者 >>
 Ep36 帝国の魔の手 >>
 Ep37 絡み合う思惑 >>
 Ep38 再会は暗い家で >>
 Ep39 悪辣な罠に絡む意図 >>
 Ep40 鏡写しの赤と青 >>
 Ep41 進むべき道 >>
 Ep42 想い宿すは純黒の >>
 Ep43 それぞれの戦い >>
 Ep44 魔物使いのゲーム >>
 Ep45 作戦完了 >>

第七章 心の夜 >>
 Ep46 反戦と戦乱 >>
 Ep47 強制徴兵令 >>
 Ep48 二人が抜けても >>
 Ep49 嵐の予感 >>
 Ep50 Calamity Hearts >>
 Ep51 明けの見えぬ夜 >>

第八章 時戻しのオ=クロック >>
 Ep52 巻き戻しの秘儀 >>
 Ep53 好きだから >>
 Ep54

(To Be Continued.Coming Soon!)

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep9 フェロウズ・リリース ( No.9 )
日時: 2018/08/02 09:08
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep9 フェロウズ・リリース〉

 その次の日の昼。
「リクシアとフェロン、という人はいるか?」
 ルードの宿に、一人の少年が現れた。
 銀色の髪に藍色の瞳。
 ゼロだった。

 コンコン。ドアがノックされる。
「はぁい、ただいま」
 誰だろうと思ったリクシアが不用心に扉を開ける、と。
「——開けるなァッ!」
 びゅんッ! 勢いよく飛んだ片手剣が、今まさにリクシアに振り下ろされようとした剣を防いだ。
「え? ……ええっ!?」
 リクシアが戸口を見ると、そこに無表情のゼロが立っていた。
「リア! こいつは!」
 フェロンの、緊迫した調子の声。
 リクシアはへたりこんだ。
「うそ……。嘘だぁ……。こいつ、ゼロだよぅ……」
 アーヴェイを傷つけて、リクシアたちが訣別する原因を作った相手。
 リクシアが、最も会いたくない相手。
「フェロン、この人は敵、敵! 私の仲間を傷つけた敵だよぅ!」
 リクシアは叫びを上げる。そんな彼女にゼロは、表情のない声で言うのだ。
「選べ。自分の自由か、仲間の命か」
 言って、彼は銀色の剣を構えた。月の光を宿したような、神聖な輝き満ちる銀色の髪、夜になる直前の空のような、暗く青い藍色の瞳。最初、彼に対峙した時は綺麗だなとリクシアは思っただけだったけれど、
 気づいた。
——その姿に、思い当たるものがある。
 リクシアは思い出した。この人は、「ゼロ」なんかじゃないと。
 彼女は一回だけ、見たことがある。リュクシオンに呼ばれて王宮に来た日に、寂しそうに佇んでいた一人の王子を。
「この子はできそこないだ」父王に言われ、殴られ蹴られていた王子を。その髪と瞳を、綺麗な色だと思ったことを。
 彼は傷だらけの顔に、憎しみを浮かべていた——。
 リクシアははっとなり、叫んだ。
「ゼロ!」
 「ゼロ」が表情のない顔でそちらを向いた。リクシアは叫ぶ。
「あなたは『ゼロ』なんかじゃない! 辛いことかもしれないわ! でも思い出して! あなたの本当の名前を!」
 リクシアの言葉に、「ゼロ」は虚ろな瞳を向けて返す。
「……僕は、ゼロ。それ以外の、何者でもない」
「違う!」
 思い出した、思い出せたから。リクシアはその名前を、口にする。

「エルヴァイン・ウィンチェバル! 目を覚ましてッ!」

「……エルヴァイン・ウィンチェバル?」
 虚ろな声が、問いかけるような響きを宿す。その瞳が一瞬、揺れた。何かを思い出そうとするように、彼は何度も目を瞬かせる。しかし、
それはすぐに消えてしまった。「ゼロ」は感情のない声で言う。
「惑わしは無効。任務を遂行する」
 言って、彼はその剣を振り上げた。

 ベッドに横たわる、フェロンのほうに。

「————ッッッ!」
 リクシアは瞠目した。
(まずい、このままじゃフェロンがやられる!)
 フェロンのあの片手剣はリクシアを守るために投げられ、もう手が届かない場所にある。
 リクシアは獣のように唸り、叫んだ。
「私は決めたんだよッ! だれも死なせないってッ!」
 その紅い瞳が、決意を宿す。
「だから——私の大切な人に近づくなバカヤローッ!」
 威厳も格好良さもへったくれもなく。ただ純粋に、幼馴染のためを思って、
 リクシアはフェロンと「ゼロ」の間に、割って入った。
「リア!?」
 フェロンの驚いたような声。
 リクシアの身体が切り裂かれる。血しぶきが飛ぶ。焼けるような痛みが彼女を襲い、リクシアは慣れぬ激痛に涙をこぼした。
 それでも、リクシアにはさがれない理由があった。
(——でもッ! あたしの後ろには友がいる! 守らなきゃならない人がいるッ!)
 理由はそれだけで、十分だった。後ろにフェロンを庇い、一歩も引けなくなった状況下、リクシアは己の中に新たな力が芽生えたのを感じた。その力は莫大だった。そしてそれは緊急時にしか使えない類のものだった。これまでのリクシアは緊急事態とは程遠かったけれど、今こうして「ゼロ」と対峙し、フェロンを後ろに庇ったことによって彼女の新たな力が目覚めたのだ。
 リクシアはニヤリと笑い、唱える。
 大召喚師の妹たる、その名を賭けて、一つの、呪文を。
 彼女の声が朗朗と響き渡る。驚いた「ゼロ」は警戒したまま動かない。リクシアにとっては好都合である。
「天の彼方なる不死鳥よ、我呼ぶもとへ、舞い来たれ! 互いの尾を噛む円環の蛇、続く輪廻を解き放て! 我に仇なす究極の敵! 我は呼ばん、我は呼ばん!」
 あふれかえる力が渦を巻き、やがて天空に大きな魔法陣が描かれる。
「すべて巻き込み千切り裂け! 次元の彼方へ放り出せ!」
 風もないのに揺れる髪、炎を宿したその瞳。
「——フェロウズ・リリース!」
 途端、天上より光が降ってきて、「ゼロ」に勢いよく突き刺さった。
「ぐあッ……!」
 うめく「ゼロ」に、もう一撃。
 漆黒の衝撃波が、彼を弾き飛ばし、反対の壁に衝突させた。
「あぐぅッ……!」
 そして目に見えぬ風が、その肌を幾重にも切り裂いた。
 リクシアは唸るように叫ぶ。
「仲間を傷つける者は、許さないッ!」
 動かなくなった「ゼロ」の身体が、現れる闇に飲み込まれた。
 気が付いたら、「ゼロ」の姿はどこにもなかった。当然だ、リクシアがまったく別の所に放逐したのだから。仲間を傷つけたとはいえ、彼は最初から「ゼロ」であったわけではない。リクシアにとって、殺す理由は存在しなかった。あんな状況にあったのに、なぜかリクシアの心は理性を保てていた。
 後ろに守るべき人がいるから。
 リクシアは知っている。「ゼロ」になる前の、エルヴァイン・ウィンチェバルを、暗い目をした少年を。自分よりも年上だった彼をあの日、哀れに思ったことを覚えている。そんな彼はリュクシオンの引き起こした「大災厄」を生き延びたみたいだが、どういうわけか心を失っているみたいである。そんな彼を、殺すことなんてできようはずも無い。それもまた、リクシアの嫌う「理不尽」なことだから。
 リクシアはフェロンを見た。大丈夫だ、新しい怪我はない、と確認すると、彼女は安堵の息をついた。
 その身体が、ゆっくりと倒れていく。
「リア!」
 フェロンの緊迫した声。
 リクシアの斬られた傷口から血が流れ、辺りを赤黒く染めていく。それでもリクシアはうっすらと微笑み、安心させるようにフェロンに言った。
「大丈夫だよ……フェロン。私は……これくらい」
 リクシアはひどく疲弊していた。あんな大きな魔法を使うのは初めてだ。
 フェロンの声がボリュームを増す。
「リア! リア! 誰か、医者を! ルードさん、来て!」
 その声をぼんやりと聞きながらも、リクシアは小さくつぶやいた。
「私……大丈夫だから……」
 そして意識を手放した。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep10 英雄がいなくても…… ( No.10 )
日時: 2018/08/05 10:18
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep10 英雄がいなくても……〉

「……まだ目を覚まさないのか」
 フェロンがリクシアのベッドを覗き込んだ。
 あれから一週間。力を使い果たしたリクシアは、いまだに目を覚まさない。
フェロンは思う。
「高名な魔導士に頼めば、もしかして——?」
 目覚めるかもしれない。しかしそれには金がいる。そして町を転々と旅するだけの彼に、そんな金があるはずもない。それに、傷の癒えきっていない彼に、長い旅ができるはずもない。
 しかし、このまま彼女が目覚めない可能性だってある。ある、のに——フェロンは何もできない自分をもどかしく感じた。
「詰んだ、ね」
 完全に手詰まりだ、どうしようもない。フェロンは考える。リクシアを助けるために、ひたすら。
「古い知り合いでも訪ねてみようかな……」
 叶わぬ夢だ。どこにいるかもわからないのに。それに皆、リュクシオン=モンスターにやられて死んでしまっている可能性が高い。
フェロンはリクシアに呼び掛ける。
「……ねぇ、リア」
 起きて。目覚めて。
 大切な人のためになりたいのなら。眠ってないで、起きてきてほしい。
フェロンは願うように呟いた。
「君のことを、みんな、必要としているぞ……」

  ◆

 時は、待ってはくれない。
「またですかぁ!?」
 ルードのすっとんきょうな声が響いた。
「お客さん、お客さん! また来ました! 魔物です!」
 隠れていろと、フェロンは叫ぶ。彼はゆらりと立ち上がった。
「……フェロン、さん?」
 ルードの声に、心配が混じる。
「フェロンさんはまだ完調じゃないんですから、やめたほうがいいですよ!」
「……でも、行かなきゃ」
 言って、腰の片手剣に触れる。手を開き、閉じ、足を動かし、感覚を確かめる。
 大丈夫だ、戦える。
 今は、こんなことには真っ先に飛んでいく、元気で明るい英雄はいない。正義感の塊みたいな少女はいない。 英雄は、眠ったままだから。でも、英雄が不在でも、英雄が必要なときだってある。
 だから、彼は立ち上がる。
 英雄がいなくても。その目を覚まさなくても。
「……君がくれた命だろう?」
 あのとき。彼女が割って入らなかったら、彼は絶対に死んでいた。
「僕は、行くよ、ルード」
 「フェロンさん!」その目に決意を込めてフェロンが店を出ようとすると、その背に声が追いすがる。彼はその声を無視して、しっかりと言葉を紡いだ。
「英雄がいないなら、僕がその代わりをすればいいんだ」
 彼女がいるなら、絶対にそうする。正義感の塊みたいな子だから。
(それを、恩返しとしたいんだ)
 彼は広場にその足を踏み出した。

  ◆

「いやぁ! やめてぇっ!」
 現れた魔物は全部で三体。そのうちの一体が、幼い女の子を襲おうとしていた。フェロンはその場へ駆け出し、稲妻のような速さで抜刀する。
 大丈夫、戦える。傷はそれなりに癒えた。
「きゃぁぁぁああああああっ!」
 悲鳴を上げる女の子を背にかばい、その片手剣は魔物を一閃した。

「……何とかなったみたいだ」
 魔物を一体、斬り捨てると、驚く女の子はそのままに、フェロンは同い年くらいの少年に襲いかかっていた魔物へと走る。
 大丈夫だ、戦える。この程度でへたるような体力じゃない。
「わおっ! お前……!」
「そこをどけッ!」
 紫電一閃。斬りかかった刃は確実に、怪物の喉元をしかととらえた。
 英雄がいないなら。英雄がいないなら。力を尽くして代わりとなろう。
フェロンは剣の露を払う。
「……二体目」

 三体目の魔物は、なんとルードの宿の前にいた。
「……馴染みの宿だ、やらせるか」
 フェロンはそう吐き捨てながらも、自分の心を叱咤した。
大丈夫、戦える。まだまだ剣は鈍っちゃいない。
「フェロンさんー!」
 泣きつくルードに優しく笑いかけ、彼は英雄の代わりに剣を振るった。それはあっさり魔物を斬った。くずおれた魔物は人に戻る。魔物は美しい、美しい、娘だった。それを見、泣き伏す家族たち。フェロンは知っている。これが摂理だ。
「…………」
フェロンは振り向かずに、宿に戻った。

  ◆ 

 宿の部屋で、フェロンは膝をつく。剣を支えにして何とか倒れずにしている。
——彼は、限界だった。
 ちっとも余裕じゃなかった。大きな傷がないのが不思議なくらいだ。
「……三体も相手にすればぁね」
 荒い息をつき、呼吸を鎮める。
「……リア」
 フェロンはそっと呼びかけた。
「君は、いつまで目覚めないわけ?」
 あんな大きなことがあったのに、英雄はいまだ眠ったままで。
「……目覚めろよ」
 呼びかけても、何一つ反応はないままだ。
 英雄はいない、英雄はいない。英雄の代役ももう戦えない。
「誰がみんなを守るのさ……」
 リクシアは、目覚めない。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep11 取り戻した絆  ( No.11 )
日時: 2018/08/07 09:57
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep11 取り戻した絆〉
 
 リクシアは、夢を見ていた。
「お兄ちゃん」
 遠い昔。兄が魔物になる前の日々を。
「お兄ちゃん、あそぼ」
 幼いころの思い出を。
 今はない、今はあり得ない。心のどこかで解っているけど。
「お兄ちゃん、だぁいすき」
 認めたくない、そういった思いが。彼女を夢へと縛り付けた。

  ◆

「兄さん、何でまた……」
「仕方ないだろう、落盤事故だ。遠回りせざるを得ない」
「じゃあ、何でこの町を通るのさ」
「ルードさんとは懇意だからな」
「懇意の店主ならほかにもいるでしょ?」
「ここが一番近いんだ」
「あんなにひどいことされて言われて、兄さんはお人よしだねぇ」
「もう過ぎたことだろう」
「……心配とか、言わないんだね?」
「オレは素直じゃないからな」
「自分で言う!?」

 天使と、悪魔。真逆の見た目に見える一対が、再びこの町を訪れていた。

  ◆

 リクシアは、目覚めない。
「……疲労はとうに、回復してるはずなんだけどなぁ……」
 彼女は夢を見ているようだった。その顔は穏やかで、幸せそうだった。
「——起きてって、言ってんの」
 軽く小突いてみても何も反応がない。
 フェロンはため息をついた。
「外部からだれか来ないかなぁ……」

  ◆

「いらっしゃーせー……って、フィオルさんにアーヴィーさん!? どうしたんすか!」
 ルードが素っ頓狂な声を上げた。それに応えるは純白のフィオル。
「やぁ、どうも。落盤事故で遠回りだよ」
「だからアーヴィーじゃないって言っているだろう……」
 例の宿にて。天使と悪魔——フィオルとアーヴェイは、ルードに再会していた。
 しかしルードはどこかソワソワしていて、落ち着きがなかった。
「……ルード。何かあったな?」
 アーヴェイがつとその目を細める。
 胸の奥に感じる胸騒ぎ。何か、あった。
 ルードはうなずき、いきなり土下座した。
「フィオルさんッ! アーヴェイさんッ! どうか、どうか客の眠り姫を、起こして下さぃぃぃぃいいいいいッ!」
「……ちょっと待て。今、こいつ『アーヴェイ』って言ったな? しっかり発音したな?」
「兄さん、突っ込みどころ違う……」
 突っ込んでくれたフィオルは無視し。
「具体的に説明してくれ。だれが眠り姫だって?」
「だから、あなたたちが連れてきた——」
 リクシアさんですよ」

  ◆

 ルードの案内でフェロンに会った。彼は状況をしっかり説明した。アーヴェイは頷き、確認のための一言を放る。
「要は、何かの夢にとらわれて、自ら目覚めないと?」
「おそらく……。そういった認識で合っている」
「でも、オレたちで目覚めさせられるかだな……」
「誰でもいい。リアにかかわった人なら」
「理解した。まぁ、やってみるか」
 フェロンの案内でベッドに近づく。そこに、やせ細った少女の姿があった。当然だ。一週間も眠っていればそんなになる。
 その頬を、アーヴェイは思い切り張った。
「兄さ……っ!」
「おい!?」
 驚くフィオルとフェロンは無視して。

「——貴様、いつまで眠っているッ!」

 悪魔の瞳が、カッと見開かれていた。
 彼は、叫んだ。
「かつて貴様は、オレを仲間だと言ったな? だがな、それは違う! 貴様はオレたちを裏切った! だから、オレは貴様にもう一度言おう!」
 その一言を言われ、傷ついたリクシアは、危うく魔物になりかけた。
 その言葉が、再び。彼の口から発せられる。

「——お前なんて、最初から、仲間じゃなかった」

「違う!」
 リクシアは跳ね起きて、叫んでいた。
「あなたは仲間だった! 私が最初に出会ったあの時から! 別れた日は、混乱していただけで!  
 最初から——仲間だったんだッ!」
「……起きたじゃないか」
 アーヴェイが、にやりと笑った。
「アーヴェイ、すごい……」
「見直した」
 フィオルとフェロンが、呆然とした顔でつぶやいた。
 リクシアは、はっとなる。
「わ……わた……わた……し……」
 叶わぬ夢にとらわれて。現実を見ようとしなかった。
 力は回復したのに。待ってくれる人がいるのに。
 夢に、おぼれて。悲しみに、おぼれて、現実を、見ようともしなかった。
「ごめん……ごめんな……さい……!」
 なんて愚かだったのだろう。また、フィオルとアーヴェイに笑われる。
——フィオルと、アーヴェイ……?
 リクシアは何度も瞬きした。あれれ? おかしい。フィオルとアーヴェイとは、決別したはずだ。なのになぜ、ここにいるの?
「……目、おかしくなっちゃったのかな……」
「おかしくはないぜ」
 言葉を声が否定した。
「アー……ヴェイ……」
「落盤事故があって道が通れなくてな。引き返すついでにここに寄った」
 そんなアーヴェイに、呆れた顔でフィオルが突っ込みを入れる。
「兄さん素直じゃない……」
「素直だが?」
「今度は否定するわけね……」
 そのやり取りを、微笑んで聞きながらリクシアは呟いた。
「戻って……くれたんだ……」
「ああ。フェロンから話は聞いた。少しは成長したと思ったが、その様子じゃまだまだだな」
「……わかってるもん」
 フィオルに会い、アーヴェイに会い。フェロンと再開し、「ゼロ」と戦って。そのたびに、己の甘さを突き付けられて。
「……わかってる……わかってる……けど……」
 今なら受け入れてくれる。そんな甘い考えは捨てたけど。
 リクシアはこの人たちが好きだから。仲間として、友人として。好き、だから。
「お願い……私と……また、仲間になって……!」
「前置きせずにそう言え」
 アーヴェイが、微笑んでいた。
「いいだろう。武器を奪われて、戦力が不足していたところなんだ。お前を仲間として、受け入れる」
「僕も忘れないでね」
「了解だ、フェロン」
 ただし、と彼は、いたずらっぽく笑った。
「足手まといにだけは、なるなよ」
「————はいっ!」
 リクシアは、強くうなずいた。
 また、彼らと一緒に旅ができることが心から嬉しかった。わだかまりもなく、話せることが。
 あの日。あの、別れの日以来。心にくすぶっていた黒い後悔。それが今溶けだして、春の清流となってリクシアの心を下っていく。
——よかった。
 ほっとして微笑めば、落ちてきた瞼。
「リア!? 」
 驚いたようなフェロンの声。今度はそれに、しっかりと返す。
「疲れたの。今度はちゃんと、起きるから、さ……。あとでご飯、持ってきて?」
 今はちょっと眠たいだけ。大丈夫、すぐに起きるからと彼女は安心させるように言った。
「……つくづく、兄さんもお人よしだよねぇ」
「困っている人をほっとけないだけだ」
「それをお人よしというんだよ!?」
 コントみたいな掛け合いを聞きながらも、リクシアは微笑みながら眠りに落ちる。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep12 迫る再会の時 ( No.12 )
日時: 2018/08/09 11:02
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

【第三章 リュクシオン=モンスター】
〈Ep12 迫る再会の時〉

「じゃ、また、フロイラインに行くの?」
 目覚めてから一週間。ようやく身体の機能を取り戻したリクシアは、戻ってくれた仲間たちにそう訊いた。今回はフィオルとアーヴェイだけでなくフェロンもいる。
 その問いに、フィオルがうなずいた。
「うん。落盤事故があったから遠回りして目指すんだけど、その前に」
 アーヴェイが言葉を引き継ぐ。

「——リュクシオン=モンスターが、出たぞ」

「えぇっ!?」
リクシアは思わず驚愕の声をあげた。
「……ッ!」
 そんな彼女の隣では、フェロンもまた、盛大に驚いていた。
 己の犯した過ちにより、魔物と化した、リクシアの兄。取り戻そうとして、リクシアはその方法を、探していた。
——そのリュクシオンが、魔物と化した大召喚師が、現れた。
リクシアは息せき切ってアーヴェイに問う。
「ど、どこにっ!」
答えたのはフィオル。
「この近辺らしいよ。ウィンチェバルの王宮魔道師の徽章をつけてたって。狂ったようにローヴァンディアを攻めていたのに、不意に戻ってきたらしい」
 ローヴァンディア。それは、あの戦いの日にウィンチェバルに攻め入っていた国の名前。かつてリュクシオンはそこにいた。そこを狂ったように攻めていた。彼の中にわずかに残った残留思念が、「ローヴァンディアは敵」と思い込ませ、そんな行動をとらせる。
——なのに。
「……その兄さんが、この近辺に現れた!? 回復そこそこに何なのよもう!」
 ただでさえ、「ゼロ」との問題があるのにこの事態。リクシアは頭が痛くなってきた。
「兄さんには会いたいけど……まだ、何の準備も整ってないよ!」
 魔物を元に戻す手掛かりすらないのに。こんな状況で再会したって、何ができるというのだろう。
そんな彼女に、フィオルが冷めた口調で問い掛ける。
「殺しちゃいけないんだよね?」
「おい、フィオル、それは当然だろ——」
「いいから。……殺しちゃいけないんだよね?」
 アーヴェイの言葉をさえぎって。天使の瞳がリクシアを射抜く。
 リクシアはその視線をしかと受け止めて、うなずいた。
「殺さないで。兄さんなの」
「わかった」
 フィオルは首肯する。
「じゃ、今回は兄さんは下がってて」
「……フィオ?」
アーヴェイは首をかしげてフィオルを見た。フィオルは淡々と答え、
「兄さんばっかりが傷つく必要なんてないんだ。僕だって戦える。それに——」
 現実を、突き付けた。
「『アバ=ドン』のないままで戦うなら、兄さんは悪魔になるしかない。でも、悪魔になったとして。相手を殺さずに戦えるかな?」
アーヴェイの赤い瞳に理解の色が浮かぶ。
「……そういうことか。承知した」
 あと、フェロンさんも駄目だから、とフィオルは言う。フェロンは心外だという顔をした。
「……なんで僕まで」
「あなたは剣士だ。剣士は完調でないときに強敵と戦うべきではないよ。それじゃあ命取りだって、解ってる?」
フェロンは口を尖らせて反論した。
「じゃあそっちはどうなんだ」
「僕? 僕は完調だよ。それに僕だって近接武器は扱えるさ。遠方攻撃はシア、近場は僕。リュクシオン=モンスターがこの町を襲わないようにかつ殺さないように、ギリギリで撃退する」
 言って彼は、どこからか三つ又の銀色の槍を取り出した。
「これが僕の武器。聖槍『シャングリ=ラ』だよ」
 楽園を意味する名をもつそれは、確かに天使によく似合っていた。
——ということは。
 リクシアははっとなる。
「兄さんと戦うの、私とフィオルしか、いないの……?」
「不満?」
「いえ、そうじゃなくって……」
 災厄と化した兄さんに、たった二人で挑むのかとリクシアは思う。そんな彼女を、透徹した青の視線が射抜いた。
「不安なの?」
 フィオルの言葉に、リクシアはうなずいた。
 そんなこと、と彼は苦笑いして、優しく言った。
「自分を信じれば、済む話じゃないか」

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep13 なカナいデほしいから ( No.13 )
日時: 2018/08/12 09:55
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


〈Ep13 なカナいデほしいから〉

 この町を北に少し行ったところに、小さな丘がある。
 そこに、「それ」がいた。
 リュクシオン=モンスター。大召喚師のなれの果て。
 胸元にあるボロボロの徽章は、確かに彼のものだった。
「……お兄ちゃん」
 リクシアが呟いてみても、何も言わない。怪物はただ、その場にたたずんでいるだけだった。
「追い払う。でもね、シア」
 フィオルが真剣なまなざしで彼女を見た。
「追い払う、のはいいけど……。元は君の兄さんだったとしても、こいつは怪物なんだ。そのままにしたらまた誰かが死に、怪物がどんどん増えて行くんだよ」
 君は一人だけのために、多くの命を犠牲にしてる、と、彼は現実を突き付ける。
「まぁ、僕らだって人のことは言えないんだけど、さ……。殺さず生かすということは、他の誰かを殺すこと。僕らは変わり果てたあの人を撃退するたびに、そのことを胸に刻んでる。それに……彼は魔物だから。君じゃない他の人に倒される可能性だって、あるんだ」
 魔物になったら、元に戻せないのが当たり前。それをゆがめようとしているリクシアは、他の人の思いを踏みつけにしてまで自分の思いに忠実な、リクシアは。
「知ってる……。咎人、なんだ」
 それを意識し、リクシアは前を見据えた。
 変わり果てた彼女の兄は、悲しげに突っ立っていた。

 と。

 突然、リュクシオン=モンスターは咆哮を上げた。狂ったように、こっちに向かってくる。フィオルが鋭く警告の声を発する。
「来る!」
「わかってる!」
 リクシアは呪文を早口に唱える。フィオルが「シャングリ=ラ」を取り出し、リクシアを守るように前に立つ。
リクシアは、叫んだ。
「出てって、お兄ちゃん! ここは私の居場所なの! 壊そうとしないで!」
 風が、辺りに巻き起こる。リクシアの白い髪がざわざわと揺れた。
「彼方吹きゆく空の風! 今舞い降りよ。彼の烈風!」
——傷つけ、たくはなかったのに。
「仇なすものを斬り断ちて、めぐりめぐれよ、渦を巻け!」
 すさまじい勢いで振りかぶられた爪を、
「くうッ……!」
 フィオルの細い身体が受け止める。
 途端、巻きあがった烈風は、
「テアー・ウィンド!」
 叫ぶ魔物に襲いかかり、その皮膚を幾重にも切り裂いた。
 魔物の目が、リクシアをとらえる。怒っている。自分を傷つけた相手に対して。
 意思もない、理性もない、何もない。暗くよどんだ青の瞳が、怒りを宿してリクシアを見る。
リクシアはそんな魔物に対して叫ぶ。声の限りに叫びをあげる。思いのたけを叫びに変える。
「出て行って! 出て行きなさい、お兄ちゃん! 出て——」
そんな、時。
「シア、危ない!」
「グァァアァルルルルル!」
「——えっ?」
 リクシアは、包まれていた。温かく、がさがさした、腕に。
——魔物の、腕に。
「うぐぅッ!」
 フィオルの苦しそうな声。何があったかはわからない。
 声が、した。
「あらいやだ。魔物のくせして。他の誰かを守るなんて、ねぇ」
 それは、「ゼロ」を飼っていた、妖艶な女の声。
「出して!」
 魔物に叫べば。腕はあっさりとリクシアを開放していた。
 そして見たのは、
 脇腹から血を流し、うずくまるフィオルと、
 二本の剣を、リュクシオン=モンスターとフィオル、両方に向けていた女の姿だった。
「フィオル!」
 リクシアは叫んで近寄ろうとするが、リュクシオン=モンスターが引き戻す。
「放して、放してえっ! お兄ちゃん、フィオルが死んじゃう! 放してようっ!」
 魔物となり果てた兄は女を睨み、暴れる妹を抱いたまま、動かない。女を警戒しているようだ。
 それを見、女はつぶやいた。
「両方とも、ひと思いに殺してやろうと思ったのに。天使は反応素早すぎるし、魔導士ちゃんは魔物が守るし……。魔物には、意思なんてないって思っていたのに……。見当違いかしら、ねぇ」
 薄く笑って、
「じゃぁ天使ちゃん。これ、貰って行くわねぇ」
 投げ出された「シャングリ=ラ」を拾おうと手を伸ばした。
「やめ……ろ……!」
 フィオルの苦しそうな声。
「やめてぇぇっ!」
 リクシアの叫び。
 すると。
「ガァァァアアアアアッッッ!」
 リクシアを放り出した怪物の腕が、女を一直線に薙いだ。
「お兄……ちゃん……?」
 意思も、理性も、何もかも。無くなったはずなのに。
 壊れたような、声が言うのだ。

「いモウとの……タいセツなモの……キずツケさセなイ……!」

「お兄ちゃん!」 
「ダかラ……なカナいデ……おクレよ……!」
 召喚、された。もう大召喚師ではなくなったリュクシオンから。
 天使が、精霊が。たくさんの妖精たちが。
 どうして、とリクシアは疑問に思う。魔物になり果てて、意思も想いも、なくしたはずなのに。
 わずかに残された残留思念が、奇跡を起こした。
「魔物の……くせにッ!」
 叫ぶ女。人外に追われ、あわてて逃げだす。
 リクシアはそのさまを、呆然と見ていた。
「お兄……ちゃん」
 リュクシオン=モンスターは、首をかしげて妹を見て。
「サヨうナら」
 それだけ言い残し、女を追って、歩き出した。
 腕。あのとき、守ってくれた、腕。
 リュクシオン=モンスターは、怪我をしていた。その大きな腕に。
 リクシアを、守ったから。守って代わりに、怪我をした。
(どうして……?)
 もしも兄さんに意思が残されているのなら、純粋な敵として、戦えないじゃないか。
 守ってくれた、腕。
 魔物になっても。
 兄さんは兄さんだったのだと、知って。
(私は……どう、すれば……?)
リクシアは混乱するばかり。
 その時、フィオルの姿が目に入った。
「フィオル!」
 あわてて駆け寄ると、少年は苦い笑みを見せた。
「油断した……」
「そんなのどうでもいいから! 傷は!? 大丈夫? 歩ける!?」
 白い天使は脇腹を押えながらも、片手だけで「シャングリ=ラ」をつかみ、それを支えに立ち上がる。
 リクシアは衣を引き裂いて、即席の包帯にして、そっと傷に巻きつけた。
「私じゃこれくらいしか……」
「……構わない。ありがとう。……肩、貸してくれる?」
「ええ、もちろん」
 言ってリクシアは、フィオルの怪我をしてない側の肩を支えた。フィオルが手をさっと振ると、「シャングリ=ラ」は、一枚の白い羽根となって、その手に収まった。
「……便利」
 思わずつぶやくと。少年は、優しくほほ笑んだのだった。

 さあ、帰ろう。


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