ダーク・ファンタジー小説

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【リメイク版】カラミティ・ハーツ 心の魔物
日時: 2018/08/20 10:38
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。

「……どうして」
 大召喚師は悲嘆に暮れる。
 大切だったのに、とても大切だったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう?
 その心は、絶望の底に突き落とされて。
 その日、一体の魔物が誕生した。

「私は、お兄ちゃんを元に戻すの、戻したいの」
 少女魔導士は決意を固める。
 大切だから、とても大切だから。どうしてもまた、大好きな兄と再会したいから。
 その心は、強い思いに燃えて。
 その日、一人の旅人が誕生した。

 絡み合う思い、ぶつかりあって。運命の手は兄妹を引き裂く。
 魔物になった兄と、兄を元に戻さんと世界の法則を探る少女。
 これは、大召喚師の妹たる少女の、長い長い旅の物語である。

*****

 去年の八月頃にここでこの作品を書いておりました、流沢藍蓮と申します。それから約一年。書きかけで挫折しましたこの作品をあらためて読みなおしてみましたところ、設定やキャラクターなどが良かったですし折角十一万文字も書いたものをそのまま捨てるのも、未完のまま終わらせるのももったいないなと思いまして、リメイクに至った次第にございます。
 あの頃に比べて少しは文章を書くの上達したかなと、あの頃の自分に挑戦するような気持ちです。興味がある方はこの板で「カラミティ・ハーツ」と検索してみてください。私の黒歴史の作品が出るはずです。ただし「カラミティ・ハーツ」を読むのが初めての方は検索するのをお勧めしません。内容はほとんど変わらないため、先に前の話を知ってしまうと面白くなくなるからです。
 前の話をご存知の方は、前と比べてどう変わったのかなどを見て頂けると幸いです。
 そんなわけで、開始します。

*****

 目次(一話ごと)


一気読み用! >>1-


プロローグ 心の魔物 >>1

第一章 始まりの戻し旅 >>2-6
 Ep2 大召喚師の遺した少女 >>2
 Ep3 天使と悪魔 >>3
 Ep4 古城に立つ影 >>4
 Ep5 醜いままで、悪魔のままで >>5
 Ep6 悔恨の白い羽根 >>6

第二章 訣別の果てに >>7-11
 Ep7 ひとりのみちゆき >>7
 Ep8 戦いの傷跡 >>8
 Ep9 フェロウズ・リリース >>9
 Ep10 英雄がいなくても…… >>10
 Ep11 取り戻した絆 >>11

第三章 リュクシオン=モンスター >>12-14
 Ep12 迫る再会の時 >>12
 Ep13 なカナいデほしいから >>13
 Ep14 天魔物語 >>14

第四章 王族の使命 >>15-
 Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」>>15 
 Ep16 亡国の王女 >>16
 Ep17 正義は変わる、人それぞれ >>17
 Ep18 ひとつの不安 >>
 Ep19 照らせ「満月」皓々と >>
 Ep20 常闇の忌み子 >>
 Ep21 信仰災厄 >>
 Ep22 明るいお別れ >>

第五章 花の都 >>
 Ep23 際限なき狂気 >>
 Ep24 赤と青の救い主 >>
 Ep25 極北の天使たち >>
 Ep26 ハーフエンジェル >>
 Ep27 存在しない町 >>
 Ep28 善意と掟と思惑と >>
 Ep29 剣を取るのは守るため >>
 Ep30 青藍の悪夢 >>
 Ep31 極北の地に、天使よ眠れ >>
 Ep32 黄金きんの光の空の下 >>

第六章 動乱のローヴァンディア >>
 Ep34 予想外の大捕り物 >>
 Ep35 緋色の逃亡者 >>
 Ep36 帝国の魔の手 >>
 Ep37 絡み合う思惑 >>
 Ep38 再会は暗い家で >>
 Ep39 悪辣な罠に絡む意図 >>
 Ep40 鏡写しの赤と青 >>
 Ep41 進むべき道 >>
 Ep42 想い宿すは純黒の >>
 Ep43 それぞれの戦い >>
 Ep44 魔物使いのゲーム >>
 Ep45 作戦完了 >>

第七章 心の夜 >>
 Ep46 反戦と戦乱 >>
 Ep47 強制徴兵令 >>
 Ep48 二人が抜けても >>
 Ep49 嵐の予感 >>
 Ep50 Calamity Hearts >>
 Ep51 明けの見えぬ夜 >>

第八章 時戻しのオ=クロック >>
 Ep52 巻き戻しの秘儀 >>
 Ep53 好きだから >>
 Ep54

(To Be Continued.Coming Soon!)

カラミティ・ハーツ 心の魔物 プロローグ ( No.1 )
日時: 2018/07/16 10:38
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


〈プロローグ 心の魔物〉

 
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
 それでも、だからこそ。
 この厳しい世界で、手を取り合って笑い合いながら、
——生きていくんだ。

  ◆

「魔導士部隊、位置に着け!」
高らかに響くラッパの音。リュクシオン・エルフェゴールは隣を見た。
「ついに来ましたね、この時が」
「ついに来たな、総力戦が」
 彼の隣に立っているのは、この国の王。王は難しい顔をして、リュクシオンに言った。
「リューク、いけるな?」
「はい、あと少しで準備ができます。しばしお待ち下さい」
「頼りにしてる」
 戦が始まった。国を懸けた戦いが、始まった。逃れられない戦いが、大切なものを守るための防衛戦が、始まった。始まってしまった。一方的に。防衛側のことなんて露ほども考えられずに。——侵略する側というのはそういうものだ。
 この国、ウィンチェバル王国は小さい割には資源が豊富である。そのためこれまで多くの国々から狙われ、侵略されてきた。それをすべて退けられたのは、ひとえにこの国の魔導士部隊のおかげである。それなりの侵略ならこれまで何度かあったが、今回のは規模が違う。攻めてきたのはローヴァンディア、ウィンチェバル王国の西に位置する大帝国で、その武力は世界の中でも随一を誇る。
 リュクシオン・エルフェゴールは目を細める。自軍は四千、敵軍は一万。あまりにも圧倒的すぎる戦力差に、思わず膝を屈したくなる。それでも彼はぐっとこらえ、己の中で、三日三晩不眠不休で練り上げてきた魔力の蓮度をさらに高める。敵が来るのはわかっていた。だから彼は、この日のために——。
 風が吹き、彼の茶色の髪を揺らす。その下で、空色の瞳が、疲れたような色を見せながらも力強く輝いた。彼の髪を揺らした風は、彼の羽織った薄青の外套によって、服の中への侵入を阻まれる。空から雪がはらりと落ちて、彼の茶の革靴の上に落ちて融け消えた。今は冬、寒い季節だ。彼の細いその首には、藍色のマフラーが巻かれていた。
 彼ことリュクシオン・エルフェゴールは召喚師だ。この世とは違う世界に呼び掛けて、その世界の存在を言葉によって縛りつけ、使役する。それが召喚師の御業。召喚師というのは才能で、生まれつき「違う世界」を認識できる者の中でもごく一握り、「縛りの言葉」を感覚によって体得し、呼び出した対象によって臨機応変に「言葉」を使い分けられる者だけが召喚師になれる。それなりの魔力を持っていることも召喚師であることの必須条件である。召喚師は魔力を消費して「違う世界」に呼び掛けるのだ。彼らはこの国ウィンチェバル王国にはほとんどいないが、最も召喚師の排出率が高いとされる国でもその割合は全人口の零点一パーセント程度と、絶対数は非常に少ない。
 リュクシオン・エルフェゴールは、そんな召喚師の一員だ。しかし彼の場合は生まれつき召喚師ではなかった非常に稀有な例である。彼の召喚の才能は後天的だ。後天的召喚師なんて、歴史書に二人しか見つからない。彼はそれほど希少な存在だった。
昔、無力だった彼は「力を」と願った。状況すべてを打破する力が欲しいと。彼は弱すぎる魔法の才能しか持っていなくて、そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。当時王国は内乱によって疲弊し、一刻も早くそれを収める優秀な人間が必要だった。彼は強い愛国心の持ち主で、何の役にも立たない我が身が大嫌いだった。その思いは日増しに強くなり、内側から彼を苛み続けた。
 そしてその願いは、ある時叶った。理由はわからない。ただ、その時から急に、彼は召喚術が使えるようになったのだ。消えたのはちっぽけな魔法の才。それと引き換えに彼は、これまで己の知覚できなかった「別の世界」をはじめて知覚することができるようになり、それを自覚すると同時に、彼の頭の中に沢山の「縛りの言葉」が浮かんできたのだ。ここに新しい召喚師は誕生した。その後の彼は召喚師として一気に成長して目覚ましい功績を上げるようになり、自分のコンプレックスとなっていた劣等感から解放された。彼は国のために役に立てるという喜びを、全身で味わうようになった。それは彼が最も理想とする未来。そんな未来への切符をその日、彼は手にしたのだった。そして彼は国のために粉骨砕身し、自分のことをまるで省みないようになった。
 リュクシオンは神を信じない。信じても無駄、助けは来ない、そんな世界に生きてきた。しかし彼に起きた奇跡は、何もできなかった彼が急に「力」を手に入れた理由は。神の御業であるとしか、彼は考えられなかった。歴史書の二人も「奇跡によって」「神によって」、後天的な召喚師の力を手にしたという発言があった、との記録がある。神はいない、いるとしても童話の中だけだ、そう信じられている世界だけれども、彼の全てが変わったあの日、彼は明らかにこの世のものではない不思議な声を聞いたのだ。
 リュクシオン・エルフェゴールはその力を使って、今まさに彼の愛する国を奪おうとしている侵略者たちから国を守ろうとしている最中だ。そのためにずっと魔力を練って、「ある存在」を召還した際に、「それ」がこの世界へ来るときの道を作っているのだ。道がなくては応じたくても応じられない。彼が呼び出すのは相当に強い力の存在だから、その分道を大きく強くしなければならず、だから三日三晩も寝ずに作業をしているのである。
 そして今、彼はここにいる。その力を見初められ、王の側近として、ここにいる。力がなければ、決して昇りえぬ地位に。望んでこそいなかったが、決して悪くは無い地位に。
 リュクシオンは、疲れた顔の上に不敵な笑みを浮かべた。
——だから、利用させてもらうよ。
 この状況を打破できる、唯一無二の召喚術。国を守るために過去の文献をあさり、そして見つけた、とある天使の召喚呪文。リュクシオンしか見つけられず、リュクシオンにしか「縛りの言葉」がわからなかった。それの発動には、長い長い準備が要った。
やがてリュクシオンが寝る間も惜しんで準備し続けた術の完成が、迫る。リュクシオンは強く思った。
——国を守りたい。思いはただ、それだけなんだ。
 そして。
 太陽が、月に食われた。
 日食だ。しかも皆既日食だ。昼の雪原はあっという間に闇に閉ざされ、凍える寒さが人々を打つ。不安げな声がざわめきとなって雪原を揺らしていく。
「——今だ!」
 リュクシオンは声を上げた。突き出した手に、集まる魔力。皆の視線が、彼に集中する。
「光の彼方、天空の向こう、万物に公平なる平等の母! ここに我、リュクシオン・エルフェゴールはあなたを呼ぶ。我に力を貸したまえ。現れよ——日食の熾天使、ヴヴェルテューレ!」
 神の域にさえ達したとされる究極の天使が今、リュクシオンの「仕掛け」に導かれ、彼の敵を滅ぼすため、外へと飛び出す。
 が。

 崩壊は、一瞬だった。

「あれ……嘘だろ……?」
 白い、白い光が視界を埋め尽くした。天使はこの世に顕現した。そこまでは構わない。だとしても。
 光が晴れたとき、リュクシオンは天使のもたらした結果に身も心も凍りついた。
 辺りに転がるは死屍累々。光に貫かれて焼き焦がされて。死んでいるのは敵ばかりではなくて、リュクシオンのよく知った顔も紛れている。見知った顔。あれは魔道師のアミーだ。あっちは同僚であり、友人であるルーク。そして彼は、さらに驚くべき人物の死体を見る。その人物とは、
——さっきまで隣にいた、リュクシオンの王様。
 敵味方の区別なく、みんなみんな死んでいた。リュクシオン以外皆殺しだった。死んだその目には恐怖の色があった。恐怖を感じる暇はあったということだ。
 リュクシオンは、動かない、動けない。ただただ呆然として、己のもたらした惨状を眺めていた。彼の全ての思考が停止した。先程まで一万四千もの人間が戦っていた戦場で、立っているのはリュクシオンだけだった。
 中に浮かぶ日食の熾天使が、これで良かったのだろうとリュクシオンに笑いかける。
「……違うよ、ヴヴェルテューレ」
 リュクシオンは、放心したままで呟いた。
「僕が望んだのは、僕があなたに願ったのは、こんな、こんな結末じゃないッ!」
 国が、滅んだ。守ろうと、彼があれほど力を尽くした国が。リュクシオンの王国が。守りたかった全てが。王様が、友人が、死んだ。滅び、壊れ、崩れ落ちた。
 リュクシオンの、積み重ねてきたすべてが。
 存在意義が。
「……あ……嗚呼……ぁぁぁぁ嗚呼ああ嗚呼あ!」
 リュクシオンは地にくずおれ、獣のように咆哮を上げる。
天使は、破壊神だった。
 確かに相手も全滅したが、彼が望んだのはこんなことじゃない。こんなことなんかじゃ、ない。
 平和を。愛する国に平和を。そう、彼は心から思っていた。だからこそ、力を望んだ。愛するものを、国を、守る力を。力があれば、大切なものが傷付くさまを見ないで済むからと。
——コンナコトジャナカッタ。
 絶望に染まる召喚師の頬を、涙が伝った。赤い、紅い、あかい。血の色をした、絶望の涙が。暗い、くらい、くらい、原初の無よりもなお深い色の絶望が、彼の胸の内を吹き荒れる。
「ア……アア……ァァァアアアアアアアアアア!」
 壊れた機械のような声とともに、彼の世界は崩壊した。
「ァ……ァぁ……ァぁァぁァぁァぁァぁァ…………」
 その身体が、闇色の光とともに、変化していく。
「ァ……ぁ……」
 背は、こぶのように盛り上がり、体中から毛を生やしたそれは、もはや人間ではなかった。
「……ァ……」
 幽鬼のようにのっそりと動き出したそれは、魔物そのものだった。
 その瞳に、意思は無い。理性も無い、何も無い。人間らしさなんてたった一欠片も無い。
 その虚ろな姿は、大召喚師と呼ばれた男ののなれの果て……。

——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。

 王も貴族も召喚師も。なんびとたりとも例外は無い。
 ひとたび心が闇に落ちれば、一瞬にして、魔の手は伸びる。
 そして魔物となった者は、己の死以外ではその状態を解除できない。
 これまでもそんな悲劇はたくさんあった。魔物となった大切な人を、自ら手に掛ける人たちの物語が。
 悲劇でしかない、ただ悲劇でしかない、この世界の絶対法則。それを端的に人はこう言い表す。
 いわく、

——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep2 大召喚師の遺した少女 ( No.2 )
日時: 2018/07/17 16:54
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep2 大召喚師の遺した少女〉

 
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。

「……いったいどうして、こんなこと」
 リクシアはぽつりとつぶやいた。白の髪が不安げに揺れる。赤の瞳は混乱を湛え、小さなその全身は震えていた。その顔にはどこか、あの大召喚師リュクシオンの面影がある。彼女はリュクシオンの妹だった。彼女は戦争が始まった際に「危険だから」と国外に逃がされた。故に破滅を免れた。
 リュクシオン・エルフェゴールは召喚した天使を制御しきれずに暴走させ、あれほど大切に思っていたウィンチェバル王国を破滅させたという。直接その目で見たわけではないけれど。人々から話を聞いて、リクシアはその情報を知った。
 リクシアはそれを聞いて、運命のあまりの理不尽さに嘆く。
「おかしいよ……。何で、何で、こうなるの……? 兄さんは、ただ国のためを思って……! こんなの理不尽だよ……!」
 リクシア・エルフェゴール。彼女は、あのリュクシオンの妹。 あの日、あの時。ウィンチェバル王国内にいた人々は皆、死に絶えた。リュクシオンの呼びだした天使によって、敵味方の区別なく皆殺しにされた。
 国を守るために、神に願って得た力。しかし彼はその力で、国を滅ぼしてしまった。そして、絶望のあまり、心を闇に食われて、魔物と化してしまったのだ。
「こんなの、おかしいよ……」
 リクシアの口から言葉が漏れる。
「兄さんは、兄さんはただ、国を守れればそれでよかったのよ! こんなこと誰が望んだの? 誰も望んではいない結末に、最悪の結末にどうしてなるのッ!」
 リクシアの両の瞳から流れだしたのは熱い雫。
 彼女は思う。理不尽だ、兄に起こったことは、あまりにも理不尽だと。だから、探そうと思った。魔物と化した大切な兄を、元に戻す方法を。
 魔物と化した人間は元に戻らない、それがこの世界の法則だ。過去の文献を漁れば元に戻った人間の話もあることにはあるが、それは童話や物語のようになって語られていて、真偽は確かではない。そして歴史書や正確性の高い文献に、そんな話は一切出てこない。魔物と化した人間の話は出てくるにもかかわらず。
 リクシアは呟いた。
「魔物は二度と戻らない? そんな法則……なら、私が変えてみせるわ」
 心が闇に食われたら魔物になるのならば。心を光で満たしたら、人間に戻れるのだろうか。
「……生き残ったのは私だけじゃないはず。だから、探すわ。探して兄さんの前に連れてきて、言うんだから」
 あなたはすべてを滅ぼしたわけじゃない。見てみて、ほら。私たちは、生きているよ——と。
 そのためにはまず、情報をもっと集めなければならないなとリクシアは思った。
 と。
 リクシアの耳は悲鳴を捉える。
「わぁぁああああ! 魔物だ、魔物が来た!」
 突如上がった悲鳴に、リクシアははっとなった。光と風の魔導士である彼女は、懐に忍ばせた杖を握りしめる。彼女に召喚師の才こそないが、代わりに彼女はそこそこ優秀な魔導士だった。
 やがて彼女は見つけた。街の真ん中で、狂ったように暴れだしている人ならぬ異形を。
「本当は、魔物すべてを元に戻せればいいんだけどっ!」
 しかしそもそも方法がないし、もしもそんな方法があったとしても、そこまでの慈愛は持ち合わせがない。彼女は兄を救うだけで精一杯なのだ。魔物化した人間なんて、この世界には限りなくいる。それだけ、人を狂わせる原因は各地に広がっているのだ。この世界はそんな世界だ。
 逃げ惑う人々の波をかき分け、リクシアは見た。腕に意識を失った白い少年を抱き、座り込んだまま迫りくる魔物を迎え撃たんとする、鋭い目をした黒い少年を。
 全てを救おうなんてリクシアは思わない。それでも、目の前にいる人くらいは救いたいと思った。そのための力だ、そのための魔法だ。
「光よ来たれ、敵を撃て!」
 とっさに叫び、放たれる呪文。それは魔物の目を灼いた。
 目のくらんだ魔物は怒りの咆哮を上げ、魔法の来た方向にその体の向きを変えて闇雲に突進しようとする。そんな魔物に対して、挑発するようにリクシアは叫んだ。
「あなたの相手はこの私よ! 馳せ来たれ、心の底なる、風の狼!」
 続いて唱えられた呪文。どこからともなく、風でできた半透明の狼が現れ、魔物に勢いよくぶつかって押し倒した。
 悲鳴。視力を奪われた魔物は必死に抵抗するが。その身体を魔物の爪で牙で裂かれても、風の狼は魔物を攻撃し続けた。そもそも風に実体なんてない。風の狼を倒すには、相手も魔法を使わなければならない。
「彼方を駆けよ!」
 叫べば、狼の力が強くなる。
「さぁ、とどめよ! あなたは元は人間だった、それはわかっているけれど……仕方がないでしょ、魔物になっちゃったんだから!」
 風が魔物の喉を切り裂き、そして魔物は息絶えた。すると、魔物の遺体は男の遺体に変化する。。
 魔物になっても、心が消えても。死んだら元の、人間になる。魔物は最初から魔物だったわけではない。彼らは心を闇に喰われただけで、そうなる前は人間だったのだ。
 だから、リクシアは魔物になった人間を殺すことを辛く思う。殺したら、人間だった元の姿が現れる。それを見るとリクシアは、自分が人殺しをしたような、何とも言えない重い罪の意識を感じるのだ。
 リクシアは遺体から目を上げた。結果として助けることになった先ほどの少年たちに近づいていく。彼女は優しく声を掛けた。
「大丈夫? どこか、怪我とかない?」
 近寄ってみると、黒い少年が足に怪我をしていることがわかった。心配げな彼女に彼は冷静に返す。その声は低めだ。彼は漆黒の髪と赤い目をしていた。歳はリクシアよりも上だろうか。
「……大事ない、この程度。フィオを守るために、動けなかっただけだ」
言って、彼は腕に抱いた白い少年のことを意味ありげに見つめた。フィオというのは、彼が腕に抱いた白い少年のことらしい。
「とりあえず、助かった。オレだけじゃ、フィオを守りながらだと正直きつかったかもな。あんたは魔導士か?」
 黒い少年の問いに、ええ、とリクシアは返す。
「はじめまして、私はリクシア・エルフェゴール。光と風の魔法を使うわ。あなたは?」
「アーヴェイ。こっちはフィオルだ。ん? エルフェゴール? 聞いた名前だな……」
 リクシアはうなずいた。
「大召喚師、リュクシオン・エルフェゴールのこと、聞いたことある? 私は彼の妹よ。国外にいたから、災厄から逃れられた。国外に逃がされたから、私は今生きていられるの」
 アーヴェイと名乗った少年は皮肉げにその口元を歪めた。
「……あの元英雄の妹か」
 その口調は、リュクシオンを知っているようだった。
 リクシアは訊ねる。
「兄さんをご存知なの?」
「ああ」
 アーヴェイと名乗った黒い少年は頷いた。
「オレはウィンチェバルの者ではないが……。ウィンチェバルをふらりと旅した折、一度だけ、力を得る前の奴に会ったことがある。とにかく必死でちっぽけな魔法の才を磨こうとしていて、少しでも国のために、国のためにって……そこには狂気じみた盲信のようなものを感じたが、人となりや印象は悪くなかった」
「そっか……」
 それを聞いて、リクシアは複雑な気持ちを抱いた。
 リュクシオンはリクシアにとって、優しく格好良いお兄ちゃんだった。リクシアが泣きだせば優しくその頭を撫でてくれ、リクシアが不機嫌な時は根気強くその理由を聞いて原因を解決しようとしてくれた。しかし彼は「国のために」を掲げてそれにひたすら突き進み、滅多に家に帰ってくることはなかった。だからリクシアは兄が好きだけれど、同時に滅多に帰ってこない兄に対して、寂しさのようなものを感じていたのだ。リクシアにとっては国のことなんて正直言ってどうでもよかった。 彼女はただ、家族で平和な日々を送りたかっただけなのだ。
 そんな彼も、全て報われずに魔物になった。
「アーヴェイ、さん」
「アーヴェイでいい。何だ」
 リクシアは、一つ訊いてみた。
「……魔物になった人って、元に戻るって思ってる?」
 途端、アーヴェイの表情が一気に暗くなる。リクシアは、彼の触れてはならないものに触れてしまったと知った。
 アーヴェイの赤い瞳が地獄を宿して、静かに言う。
「……戻したい人がいる。戻るわけがなくとも、諦められない人がいる」
「…………!」
 それは半ば、彼にも魔物となった大切な人がいる、と言ったも同然だった。
 魔物になった大切な人がいる。そのつらさ、その悲しさは、魔物となった兄を持つリクシアにはよくわかる。
 これはデリケートな話題だった。それと気づかずに、リクシアは土足で踏み込んだ。
 この世の中だ、いつ、何があるかはわからない。ほんの些細な理由から、人は魔物になってしまう可能性を秘めている。偶然助けた見知らぬ人間が、魔物になった知り合いや大切な人がいないとは言い切れない。これはリクシアの失言だった。
「ご、ごめんなさい……。あのね、私ね、兄さんをどうしても元に戻したくって」
「戻せるわけがないだろう。今更下らん夢物語をオレに語るな」
 その言葉に、リクシアはカチンときた。アーヴェイの全てを切って捨てるような言葉は、彼女にとって、兄が魔物になってからの自分を全否定されたような気がしたからだ。自分の決意を、自分の思いを、自分の挑戦を、何もかも無かったことにされたような気がしたからだ。
「あのさ! 夢物語、夢物語ってさぁ、自分から何もしようとしないで最初から全否定しないでよッ!」
 返されたのは、冷静な、あまりに冷静な、言葉。
「ならば聞くが、人間は道具や魔法の助けなしで、空を飛ぶことができるのか? できないだろう。魔物を元に戻せないというのは、人間が空を飛べないのと同じくらい当たり前のこと。そんな下らんことにムキになるなんて人生無駄だぜ。そりゃあ全否定もするだろう」
 その声は、どこか彼女を嘲笑うような調子を帯びていた。
「馬鹿にしないでよッ!」
 怒ったリクシアの周囲で風が吹く。
「私のこの思いは、決意は、怒りは、全てすべて本物なんだから。だから私はこの世界の法則を変えてみせるわ、それがどんなに傲岸不遜な思い上がりだとしても。だから黙って見ていなさいよね!」
 リクシアは、燃える赤の瞳でアーヴェイを睨みつけた。
 アーヴェイは呆れた顔をした。その顔の奥には、面白いものでも見るような光がひらめいている。
「何だ、その傲岸不遜な言い方は? 大召喚師の妹だからって、自分が何様だと思っているんだ? その名称も、大召喚師なしでは得られなかったものだろうに。……だがな、面白いじゃないか、大召喚師の妹。オレはあんたの向かう先を見てみたくなった」
 アーヴェイは、笑った。おかしそうに、笑った。
「ハ、ハハ、ハハハ! いいじゃないか、やってみろよ、やってみせろよ。変えられるというのならば、法則を変えて見せろ。それができた暁には、ハーティも元に戻るかもしれないしな……」
 呟きの中に込められたのは、面白がる調子と一つの願い。
 小さく彼はうなずいた。
「オレはやることがなくて暇だった。だからなんだ、折角だから、あんたの夢物語にも付き合ってやろうか、と提案するが、どうだ。その先であんたがもしも魔物を人間に戻すなんて物語を夢ではなく現実にすることができたのならば、それが万人に通用する方法ならば、オレたちの大切な人もきっと元に戻れる。そんな身勝手な理由からだが、オレはあんたの旅について行きたくなった」
 リクシアの表情は複雑だ。
「私のすべてを否定した、いけすかない奴って思っているんだけれど……正直、一人きりの旅では不安なことも多いの。私、まるっきりの素人だから」
「それで旅に出ようとしていたのか?」
 アーヴェイは本当に呆れてしまったようだった。
「全く、見てられないな。そんなので世界に挑むなんて無謀にもほどがある。そんなわけで同行することになったアーヴェイだ。こっちはフィオル」
 アーヴェイは、目を覚まさないフィオルを心配げに見詰めながらもその手を差し出した。
「これからよろしくな」
 運命は、回り始める。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 EP3 天使と悪魔 ( No.3 )
日時: 2018/07/18 15:01
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep3 天使と悪魔〉

「とりあえず、このままもなんだし、どこかに行って話そう?」
 リクシアはそうアーヴェイに提案した。アーヴェイはうなずき、まだ目を覚まさないフィオルを背負い、立ち上がる。が。
「……ッ!」
 彼の怪我をした足に痛みが走り、激しくよろめいた。
「だ、大丈夫?」
 駆け寄るリクシアを、何でもないと手で追い払う。
「宿くらいはある。そこで手当てするさ」
 アーヴェイは放浪者だが、この町には何度か訪れたことがあり、それなりに土地勘がある。
 アーヴェイの案内に従って、リクシアは宿を目指した。

「やぁ、アーヴィーさん。……って、フィオルさん!? というかアーヴィーさん、その怪我どうしたんすか」
「アーヴィーじゃない、アーヴェイだ。何回言えばわかるんだ全く……。ところで部屋は空いているか?」
「空いてまっせー。そこのお譲ちゃんはお仲間で?」
「そうだ」
「なら、二部屋空いてるんで、鍵渡すからそちらにどうぞー」
「助かる」
 顔見知りらしい宿の主と簡単な会話をすると、アーヴェイは階段を慎重に上って行った。リクシアがそのあとをついていく。
「さて」
 あてがわれた部屋には机と椅子があった。アーヴェイはそこにリクシアを招く。
「とりあえず、当分はここにいる。フィオが良くならなきゃ話にならん」
 言いながら、彼は足の傷の手当てをする。リクシアは訊いてみた。
「あのー。フィオルさんはどこか悪いの?」
「生まれつき病弱なんだよ。でも今回は違うぜ。あの魔物にぶんなぐられた」
 その答えを聞いて、リクシアの顔が心配に曇った。
「大丈夫なのかな」
 さあな、とアーヴェイは首をかしげる。
「オレが間に割って入ったから、そこまでひどくはないだろうが……。前にも、こういうことがあった」
「そうなの……」
 と、ベッドに寝かせていたフィオルが、身じろぎをした。それに反応し、アーヴェイがフィオルのベッドに駆け寄る。
「フィオル、無事かッ!」
「大丈夫だよ、兄さん……。いつも冷静なのに、僕のことになると心配しすぎ……」
 彼はだるそうにしながらも、そんな言葉をアーヴェイに返した。
 その言葉に、リクシアは固まった。フィオルとアーヴェイを見比べる。
 真白な髪に青い瞳のフィオルに、漆黒の髪に赤い瞳のアーヴェイ。天使みたいなフィオルに、悪魔みたいなアーヴェイ。
 全然似ていない。
「……あの、あなたたちは、本当に兄弟……?」
 リクシアが訊ねてしまうのも、むべなるかなである。兄弟、つまり同じ遺伝子を持つ者同士ならば、外見のどこかに似ている部分があって当然だろう。しかしこの二人の顔には、全くと言っていいほど共通点が見つからなかった。
 フィオルはベッドから身を起こし、リクシアを見ていぶかしそうにする。彼は首をかしげてアーヴェイを見た。
「アーヴェイ。この人、誰?」
 ああ、とアーヴェイは答える。
「彼女はリクシア。命の恩人だ」
「命の恩人? 珍しいね、アーヴェイが後れを取るなんて」
「お前を守りながらだったんだ、仕方ないだろう。その時、お前は気絶していた。……リクシア、オレたちは義兄弟だ。普通にアーヴェイと呼べばいいものを、こいつは時々兄さんと呼ぶ。義兄弟の契りを交わしたって、呼び名まで変える必要はなかろうに」
 なるほど、そういうことかとリクシアは理解した。
 義兄弟ならば外見が似る必要はない。この二人の過去に何があったのかはわからないが、そういうわけで時々フィオルはアーヴェイを「兄さん」と呼ぶらしい。
 アーヴェイは身を起こしたフィオルを支えてやりながらも、紹介した。フィオルは心配しすぎるアーヴェイの手を鬱陶しそうに振り払った。
「こいつは大召喚師リュクシオンの妹。オレたちと同じ、大切な人が魔物化した人間だ。大切な人、つまり兄のリュクシオンを元に戻すために旅をしているそうだ。オレたちと同じだよ。——運命の被害者」
「……運命の被害者、ね」
 何か思うところがあるのだろう。フィオルはふっと黙り込んでしまった。
 リクシアは考えていた。
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
 理不尽な、あまりにも理不尽な、理不尽すぎる絶対法則。その法則のおかげで、全てを失った兄は魔物化し、世界を揺るがす災厄の一つになり果てた。なぜ、なぜ、何のために。こんな法則が存在するのか。こんな、害悪にしかならない、悲しみを振りまくだけの法則が。
(旅をすれば、いつかわかるかな)
 魔物化した大切な人を、泣く泣く手に掛けたたくさんの人々。魔物化が解けて人間に戻った物言わぬ遺体を見て、空も裂かんとばかりに上がる悲痛な慟哭どうこくの声。兄に守られる平和な日々の中でも、リクシアはそれを何度も目にしたことがある。人は簡単に魔物になるのだ。そして魔物に殺された人の遺族が、深い悲しみにとらわれて魔物化する。こうして悲しみは連鎖する。
 戦があれば、魔物は増える。増えた魔物によって絶望を味わった人が、さらに魔物になり、その大切な人もまた絶望し、魔物になる。魔物になった大切な人を見た人もまた、魔物になる。一家全体が魔物になった例も数多くある。それは、終わりなき負の連鎖。
 リクシアが兄を戻したいのはもちろんだし、それが非常に難しいことも分かっているけれど。
「それじゃあ、根本的な解決にならない……」
 神様なんていない。けれど、神様ならなんとかできるだろうか? そんな夢物語にだって、縋りたくなる時がリクシアにはある。それを言うならばこの旅は、魔物となった兄を元に戻すための旅は、夢物語を追いかけるようなものだけれど。それでもリクシアは信じたかった。今から自分がやろうとしていることは、ただの夢物語ではないと。
(私は英雄じゃないけれど。変えたいの、この世の摂理を)
 それぞれ物思いにふける三人の間を、心地よい沈黙が流れていった。


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