ダーク・ファンタジー小説
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- 【リメイク版】カラミティ・ハーツ 心の魔物
- 日時: 2018/08/20 10:38
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
「……どうして」
大召喚師は悲嘆に暮れる。
大切だったのに、とても大切だったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう?
その心は、絶望の底に突き落とされて。
その日、一体の魔物が誕生した。
「私は、お兄ちゃんを元に戻すの、戻したいの」
少女魔導士は決意を固める。
大切だから、とても大切だから。どうしてもまた、大好きな兄と再会したいから。
その心は、強い思いに燃えて。
その日、一人の旅人が誕生した。
絡み合う思い、ぶつかりあって。運命の手は兄妹を引き裂く。
魔物になった兄と、兄を元に戻さんと世界の法則を探る少女。
これは、大召喚師の妹たる少女の、長い長い旅の物語である。
*****
去年の八月頃にここでこの作品を書いておりました、流沢藍蓮と申します。それから約一年。書きかけで挫折しましたこの作品をあらためて読みなおしてみましたところ、設定やキャラクターなどが良かったですし折角十一万文字も書いたものをそのまま捨てるのも、未完のまま終わらせるのももったいないなと思いまして、リメイクに至った次第にございます。
あの頃に比べて少しは文章を書くの上達したかなと、あの頃の自分に挑戦するような気持ちです。興味がある方はこの板で「カラミティ・ハーツ」と検索してみてください。私の黒歴史の作品が出るはずです。ただし「カラミティ・ハーツ」を読むのが初めての方は検索するのをお勧めしません。内容はほとんど変わらないため、先に前の話を知ってしまうと面白くなくなるからです。
前の話をご存知の方は、前と比べてどう変わったのかなどを見て頂けると幸いです。
そんなわけで、開始します。
*****
目次(一話ごと)
一気読み用! >>1-
プロローグ 心の魔物 >>1
第一章 始まりの戻し旅 >>2-6
Ep2 大召喚師の遺した少女 >>2
Ep3 天使と悪魔 >>3
Ep4 古城に立つ影 >>4
Ep5 醜いままで、悪魔のままで >>5
Ep6 悔恨の白い羽根 >>6
第二章 訣別の果てに >>7-11
Ep7 ひとりのみちゆき >>7
Ep8 戦いの傷跡 >>8
Ep9 フェロウズ・リリース >>9
Ep10 英雄がいなくても…… >>10
Ep11 取り戻した絆 >>11
第三章 リュクシオン=モンスター >>12-14
Ep12 迫る再会の時 >>12
Ep13 なカナいデほしいから >>13
Ep14 天魔物語 >>14
第四章 王族の使命 >>15-
Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」>>15
Ep16 亡国の王女 >>16
Ep17 正義は変わる、人それぞれ >>17
Ep18 ひとつの不安 >>
Ep19 照らせ「満月」皓々と >>
Ep20 常闇の忌み子 >>
Ep21 信仰災厄 >>
Ep22 明るいお別れ >>
第五章 花の都 >>
Ep23 際限なき狂気 >>
Ep24 赤と青の救い主 >>
Ep25 極北の天使たち >>
Ep26 ハーフエンジェル >>
Ep27 存在しない町 >>
Ep28 善意と掟と思惑と >>
Ep29 剣を取るのは守るため >>
Ep30 青藍の悪夢 >>
Ep31 極北の地に、天使よ眠れ >>
Ep32 黄金の光の空の下 >>
第六章 動乱のローヴァンディア >>
Ep34 予想外の大捕り物 >>
Ep35 緋色の逃亡者 >>
Ep36 帝国の魔の手 >>
Ep37 絡み合う思惑 >>
Ep38 再会は暗い家で >>
Ep39 悪辣な罠に絡む意図 >>
Ep40 鏡写しの赤と青 >>
Ep41 進むべき道 >>
Ep42 想い宿すは純黒の >>
Ep43 それぞれの戦い >>
Ep44 魔物使いのゲーム >>
Ep45 作戦完了 >>
第七章 心の夜 >>
Ep46 反戦と戦乱 >>
Ep47 強制徴兵令 >>
Ep48 二人が抜けても >>
Ep49 嵐の予感 >>
Ep50 Calamity Hearts >>
Ep51 明けの見えぬ夜 >>
第八章 時戻しのオ=クロック >>
Ep52 巻き戻しの秘儀 >>
Ep53 好きだから >>
Ep54
(To Be Continued.Coming Soon!)
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep4 古城に立つ影 ( No.4 )
- 日時: 2018/07/20 14:32
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep4 古城に立つ影〉
「リュクシオン=モンスター……」
すべて滅びた国の廃墟に、立つ影が一つ。銀色の、月の光を宿したかのような美しい髪とどこまでも凍りついた、冴えわたる青の瞳。彼は青いマントを羽織り、腰には銀色の剣を差していた。漆黒のブーツが大地を踏み、土の大地はわずかに音を立てた。
その冷たい瞳が見据えるは、異形となったかつての大召喚師。魔物となった、かつての英雄。
見る影もなくなった国に、見る影もなくなった英雄の姿。ウィンチェバル王国の千年の栄光も、たった一回の召喚ミスで完全に滅び、なくなってしまった。
「諸行無常、か……」
呟く声は、闇に吸いこまれていった。
永遠なんて存在しない。いくら栄えている国でも、どんなに素晴らしい王様の統治する国でも、いつかは必ず滅びるものだ。滅びないものなんてない、終わらぬ存在なんて、終わらぬ事象なんて、ない。それは彼にもわかりきっていたことだけれど、いざその廃墟の前に立つと、彼にも色々と思うところがある。彼はその国の中でも、国の中枢にかかわる特殊な立場の人間だったから。
その国も、今やない。
彼はしばらくそこに佇んでいたが、やがて静かにその歩を進める。
「今の僕では奴を狩れないな。駄目だ、力量の差が……」
月夜に光るつるぎを抱き、決意を秘めて、踵を返す。
彼はそれを何としてでも狩らなければならなかった。彼は、何に代えてもその使命だけは守らなければならなかった。
「それを、復讐としたいんだ。だから」
強く強く、剣を抱く。
「力が、欲しい。あの魔物を狩れるだけの力が。そうしてこそ初めて、僕は奴らを見返せる」
かつて、闇の魔力を持っていたというだけで、自分を捨てた国に。弱かったという理由だけで、自分を嘲り、蔑んだ故郷に。
彼は復讐をしたかった。見返してやりたかった。
今はもう、何もないけれど。何もかもが滅びてしまったけれど。彼にはそうするだけの理由があった。
「けじめを、つけよう。弱かっただけの自分なんて、もうお別れだ」
歩き去っていくその胸元には、王族の証たる紋章があった。
◆
「次は、どうするの?」
フィオルとアーヴェイとの出会いから一日。思ったよりもフィオルの回復が早かったので、リクシアたちは町を出ることにした。
それにはフィオルが答える。
「……一回だけ、実例があるんだ。魔物を元に戻したという、正真正銘真実の、実例が。そこに行けば、何かわかるかもしれない。ほとんど知られてない話だから、詳細は現地に行かないとわからない」
フィオルの言葉をアーヴェイが引き継ぐ。
「でも、遠い。果てしなく遠い。オレたちはハーティに元に戻ってもらいたいとは思っているが、そこに行って何か得られる可能性は限りなく低いだろう。なにぶん相当に昔の話だから、失われた部分も多い」
「実例……ある……」
リクシアはその話を聞き、呆けたように呟いた。彼女は思う。その方法について詳しく知れば、いつか兄は戻るのだろうかと。それを世界に広めれば、悲しみは減るのだろうかと。
何もわからない、何一つわからない。けれど、あやふやな物語でも「実例がある」のならば、リクシアは希望を抱かずにはいられない。
リクシアは、赤の瞳に炎を宿してアーヴェイを見た。
「私、どんなに厳しい道行きでも頑張るから。私はこの理不尽が許せない。だから」
アーヴェイは笑う。
「その意気だ。それくらいの闘志がないと面白くない」
リクシアは、思いを固める。
夢物語かもしれないけれど、立ち上がるから、立ち向かうから。
——待っていてね、お兄ちゃん。
- カラミティ・ハーツ心の魔物 EP5 醜いままで、悪魔のままで ( No.5 )
- 日時: 2018/07/22 09:29
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep5 醜いままで、悪魔のままで〉
◆
「リュクシオン=モンスターッ! 貴様の命をこの僕が頂くッ!」
閃る、銀色の剣光。月を宿した銀の髪、凍てつき澄みわたる青の瞳。
「彼」はまだ力を手に入れてはいなかったけれど。大召喚師のなれの果て、リュクシオン=モンスターに見つかって攻撃を仕掛けられた。ならば受けるしかないだろうと銀色の彼は思い、これまでの想いを全て力に変えて剣を振る。月の光に照らされる大地の中、彼の銀の髪は美しく照り映えた。その中で冴えわたる剣の腕。
「僕は、僕は、僕はッ!」
一撃ごとに溢れ返る感情。それは彼の全身から闇として滲みだして、彼にさらなる力を与える。彼はかつて、王国で一番の剣の腕を持つと言われていた。夜を切り裂く剣光は苛烈で、その素早さたるや、まるで何本もの銀の光が躍っているかのようでもあった。
しかしリュクシオン=モンスターも、当然ながらただやられるに任せているわけではない。
咆哮。至近距離で放たれた音の衝撃波は銀色の彼の聴力を奪い、彼の頭に殴られたような衝撃を与えた。
「く……ッ!?」
呻く銀色。生まれる致命的な隙。その隙に魔物は迫り、その腕が銀色の彼の脇腹を貫いた。飛び散る赤い液体。それは大地に広がっていき、触れるものを赤に染め上げた。銀色の彼はくずおれる。
「……リュクシオン=モンスター……ッ!」
脇腹を貫かれた痛みに顔をゆがめながらも、彼は憎悪に満ちた目で魔物を睨む。魔物はしばらくそんな彼を見つめていたが、やがて何も手出しをせずにその場を去った。銀色の彼は呻きながらもその背に声を投げる。
「殺せよ、化け物。僕を、殺せよ……!」
こんな惨めな生を送るくらいならば、殺された方がましだと彼は叫んだ。しかしその声は魔物には届かない。彼は自らの流した血の海に倒れながらも、怨嗟の言葉を吐き続けた。
そんな彼を嘲笑うように、月に影がかかっていった。
「あなたをたすけてあげる」
甘いささやきが、彼の心を満たす。
「ほら、わたしがほしいでしょう? 大丈夫、すぐにあげるからね」
どうしてだろう、と彼は思った。どうして自分はこんなところにいるのだろう。
強くなりたいと思った彼は、大召喚師のなれの果てに弱いままで戦って敗北して、それで。
大怪我を負い、助けられて。今は女性の胸に抱かれている。
女性の濡れて上気した肌が、蟲惑的な香りを放つ。その甘ったるい香りが彼の思考力を奪う。これまでの目的も、何もかも。
「あなたのなまえはなんて言うの? だいじょうぶ、こわくないから」
「……******・*******」
彼は問われるがままに、名を答えた。言ってはならなかったはずなのに。言ったらお終いって、わかっていたはずなのに。
彼は逆らえなかった。催眠に掛けられたような心地が、彼の心を支配した。
彼女は彼を抱き、言うのだ。
「なら、すべてわすれてしまいなさい。つらいことがあったのでしょう。わたしがなまえをあげるから」
彼女は彼の唇を優しくついばみ、甘い声で言う。
「あなたの名はゼロよ。そして、わたし以外の人を知らない」
催眠術にかかったように、彼はうなずいて。
そして、全てを失った。
——僕は、だれ? 名前は、ゼロ。あの人は、だれ? お母さん。
忘れちゃいけないことがあった。なのに。
わずかに残った記憶が彼に訊ねる。
お母さん、お母さん。
——リュクシオン=モンスターって、一体なに……?
◆
「花の都フロイラインという町が、ずっとずっと北にある。そこに例の話が眠っているんだ」
翌日。回復したフィオルが、リクシアにそう説明した。
「僕は文献でしか読んだことがないし、花の都の正確な位置もわからない。ただ、北へ。そんな曖昧な情報しかないけれど、それでも行くの? 花の都そのものだって、そもそも夢物語みたいな存在なんだ」
「ちなみにそれでも正真正銘の実例と言えるのは、そこに行って帰ってきた旅人の証言があるからだ。その旅人はたくさんの手記を残していて、そこには旅してまわった各地の話が書かれている。その話のどれもが非常に正確だったから、花の都についての情報も信憑性があると言える」
フィオルの言葉をアーヴェイが補足した。
当然よとリクシアは頷く。
「言ったでしょ、夢物語でも構わないって。夢物語上等よ。ならば私が直接その町を訪れて、夢じゃないって証明してやるんだから。私は決めたの。もう下がらない、退かないわ」
そんなわけで、一同は北へ向かうことになった。
花の都フロイラインに向かって、旅を始めて一週間。リクシアが新しい仲間に慣れ、旅のノウハウを少しずつ吸収してきた頃、それは起きた。
一行がちょうど、両側が崖になった道を通っている時のことだった。
「いたぞ! あの娘だ!」
声がして、崖から人が降ってきた。
「殺さず捕らえよ! 他の者の生死は知らず。あの娘のみを捕らえよ!」
アーヴェイは軽く舌打ちした。すかさず魔法の用意を始めたリクシアに、叫ぶ。
「貴様は逃げろ! フィオルもだ!」
その言葉に、両者が反論する。
「私だって戦える!」
「……アーヴェイ。もしもアレをやるつもりなら……もう、やめてほしい。一緒にいる」
「……アレって?」
リクシアの疑問は、剣を抜く音によって相殺される。
アーヴェイが、剣を抜いていた。
二本。禍々しい装飾の、赤と黒の剣。
それが、敵にではなく、リクシアとフィオルに突き付けられていた。
「アーヴェイ!」
リクシアが驚いて叫ぶと、アーヴェイは鋭い口調で返してきた。
「魔物よりも、生きている人間のほうが厄介なことがある。リクシア、貴様はこの狭い道で、味方に当てず敵のみに魔法を当てられるのかッ! あとフィオル! 気遣いは無用、オレはこれでやってきた!」
その、有無を言わさぬ空気に。
「……わかったわ。でも、必ず後で合流するから!」
「無理しないでね」
何を言っても無駄だと悟り、二人は来た道を引き返す。
二人は願わずにはいられない。
——どうか、無事でいて——!
「……ほう、仲間を逃がすか。美しいものだな」
それを見つつも、額に禍々しい烙印のある少年が、前の道からやってきた。
アーヴェイは無言で双剣を薙ぐ。少年はひらりとよけると、言った。
「戦闘開始だ」
途端、アーヴェイの中で力が膨れ上がり、心の中で声がする。
『ぎゃははははは! やっとのお呼び!』
『今夜は挽肉パーティーだ!』
アーヴェイの双剣、『アバ=ドン』には、人格があった。快楽的で、享楽的な、狂ったような双子の人格が。普段、アーヴェイはその剣を抜かない。なぜなら。
——抜いたその時点で双子が目覚め、身体を乗っ取られることだって少なくはないからだ——。
今、アーヴェイは戦っている。襲い来る人と双子の意思に。
彼の身に宿した悪魔の血が、血の匂いに狂喜する。
狂いそうな思考の中、意思を保つのは至難の業で。彼の身体は今、悪魔のような異形と化していた。
アーヴェイは、人と悪魔のハーフなのだ。
アバ=ドンが血を求める。悪魔の血脈が彼の思考力を奪う。
彼はこうなるとわかってはいた。けれど、こうでもしないと守れないのだ。
——フィオルとリクシアが戦うには、この敵は強すぎる。
だから。異形と呼ばれたって、化け物と呼ばれたって。
彼には守るべきものがあったから。弟みたいなフィオルと、偶然出会ったリクシア。
アーヴェイは、呟く。
「——オレは、これで、いい」
それを聞いて、烙印の少年は嘲笑を浮かべる。
「悪魔だ! 悪魔が本性を見せた!」
その言葉になんて一切構わず、アーヴェイは烙印の少年に斬りかかる!
悪魔のままで、怪物のままで、醜いままで、異形のままで。
魔物と化した大切な人。悪魔になれば、助けられたのに。
嫌われるのを恐れ、何もできなかった。結局彼の大切な人は、魔物となって人々を襲う。
でも、今は違うから。
「——オレはッ! これでッ! いいッッッ!!」
思いを込めて、振り上げた刃。双の剣がブゥンとうなる。
しかしその刃は、少年の命には届かなかった。
「私のゼロに、なんてことしてくれるの」
彼は熱い感触を腹に感じた。死角から突きだされた剣が、彼の腹を貫いていた。
「貴……様……」
くずおれるアーヴェイ。
美しい女性が烙印の少年を抱き、アーヴェイを貫いた剣を引き戻す。剣に内蔵が掻き回されて、アーヴィは苦悶の声を上げる。
「ぐ……ああ……あ……!」
そんな彼を、汚いものでも見るかのような顔で、女が顔をゆがめていた。
「醜いこと。悪魔のくせして私のゼロを傷つけようとするなんて」
アーヴェイの視界がゆがむ。その身体が崩れ落ちる。
「これはもらっていくわね」
女の、声。奪われた『アバ=ドン』。アーヴェイは悔しさにその身を震わせた。
またしても勝てなかった。守ろうとして傷ついて、奪われて。
「さようなら」
烙印の少年を伴い、去っていく女性。
暗転する視界。
旅はまだ始まったばかりなのに。
——フィオル、済まない——。
零れていく血液が、大地を赤く赤く染め上げる。
彼は意識を手放した。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep6 悔恨の白い羽根 ( No.6 )
- 日時: 2018/07/23 22:39
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep6 悔恨の白い羽根〉
「……帰ってこない」
フィオルがそっと、つぶやいた。
あれからもう、三時間が過ぎている。あまりに、遅い。
「気遣いは無用、とか言っておいて……」
フィオルの顔に、心配げな影が宿る。青の瞳に、不安の影がちらついた。
「見に行こうか」
リクシアが問えば、「一緒に行く」とフィオルが返す。
戦闘は終わったはずなのに、帰ってこないアーヴェイ。
あんな、あんな強そうな人が帰ってこないなんておかしいとリクシアは思う。出会ってからまだあまり時は経っていないけれど、リクシアは彼の姿に、態度に、歴戦の戦士のような何かを感じていたのだった。
そんな彼が、三時間も帰ってこない。三時間もあれば戦闘なんて決着がつくだろう。戦闘というのはそこまで時間がかからない。つまり、何かあったに違いない。
「……無事で、いて。お願い」
リクシアもフィオルも祈るように呟き、元来た道を走りだす。
◆
彼は切り立った道に仰向けに倒れていた。
彼の腹からはどす黒い血が流れ、
その身体は、異形と化していた。
「兄さん!」
駆け寄ったフィオル。アーヴェイの胸は弱々しいながらも上下している。大丈夫だ、まだ生きているとリクシアは安堵の息をついた、
が。
彼女は横たわるアーヴェイを見て、凍りついたように固まった。そんな彼女を、フィオルの緊迫した声が叩く。
「リクシア、至急町に行って薬を持ってきて。血止めの強力なやつ! 早く!」
しかしリクシアは、動けなかった。
横たわるのは、異形の悪魔。アーヴェイじゃない。そうは見えない。なのにフィオルはそれを「兄さん」と呼ぶ。
リクシアはわからなかった。
——この人は、だれ?
そんなリクシアにフィオルが叫ぶ。
「リクシア! 何呆けてんのさ! アーヴェイが死んじゃう! 早く助けて!」
アーヴェイ。悪魔。目の前に倒れて。血を流して。
「……そっか」
リクシアの中でつながる物語。
「……そっか、アーヴェイは悪魔だったんだ」
どこか悪魔っぽい見た目だったけど、本当に悪魔だったんだ——。
それを知られたくないから、私たちを逃がしたんだ。フィオルの言った「アレ」とは、これのことだったのか。
真実を知って、リクシアは呆然と固まったまま動けなくなった。
悪魔。この世界にいる異形の一族。悪魔は黒い身体に赤い目を持ち、その心は悪意と嗜虐心と衝動に満ちているという。その背には蝙蝠のような漆黒の翼が生え、禍々しい尻尾を持つという。
悪魔とは、魔物と同じように人を害する邪悪な存在。ゆえに忌み嫌われ、遠ざけられるべき定めの一族。誰が最初に彼らを迫害したのかはわからないけれど。悪魔とは、悪魔というのは、そんな一族なのだ。悪魔に対する差別意識は、この世界のどこに行っても同じだ。
アーヴェイが、悪魔。リクシアが助け、興味から旅への同行を申し出たアーヴェイが、悪魔。忌み嫌われる禍々しい邪悪、悪意の塊で優しさなんて欠片も存在しない。
——アーヴェイが、悪魔。
リクシアは動けなかった。そうこうしている内に、アーヴェイの身体からはどんどん血が失われていく。それでもリクシアは動けなかった。仲間だと思っていたのに、裏切られたような気がして。リクシアは凍りつくことしかできなかった。
フィオルが悲鳴を上げる。
「リクシア——!」
「無駄だ。こいつは仲間じゃない」
と、不意に、そんな冷たい声がした。
倒れた悪魔——アーヴェイが、冷たい目で彼女を見ていた。先程までリクシアに見せていた、興味に満ちた、どこか面白がるような目ではなくて、まるで物でも見るかのような、どこまでも冷たく凍てついた瞳。
地獄の底のように冷え切った声が、その喉から発せられる。
「人間はみんなそうだ……。悪魔だと分かった時点で、助けることを放棄する……」
リクシアは、呆然と呟く。
「……違う」
するとアーヴェイの目に、冷え切り凍えきった赤の瞳に、嘲るような色が浮かんだ。
「どこが違う? 貴様は……倒れたオレを、見ても……薬一つ、取りに行こう、とは、しなかった……。それを、貴様、が……悪魔に対し、て、含みが……あると、言って……おかしい、か……?」
「違う!」
リクシアは、全力でそれを否定しようとした。しかし心の奥底には、悪魔を恐れ、蔑む気持ちもあるにはあった。アーヴェイのその言葉を否定しきれない自分がいるということに、染みついた、悪魔への差別意識があるということにリクシアは気づいた。——気づいてしまった。
リクシアは死に瀕した仲間を前にして動けなかったのだ。仲間が悪魔だと分かった瞬間に、子追い付いたように動けなくなった。助けなければならないのに、動くことすらできなかった。相手が悪魔だとわかったから!
助けなければならないのに、助けられなかった。助けたかったのに、心のどこかがそれを拒否した。その結果「仲間じゃない」と言われるのは当然のことだろう。当然のこと、これは当然のことだ。わかっているのにどうしてだろう、リクシアの目から涙があふれた。
——アーヴェイは、仲間なのに。
悪魔だというだけで、動きが止まった。
「それが貴様の答えだ……」
悪魔のような、否、悪魔の緋い、地獄の瞳で睨みつけてきた漆黒の邪悪。
喉が、乾く。眩暈が、する。たまらずリクシアは思わず大地に膝をつく。
そんな彼女に一切構わず、凍えきった声が真実を暴く。
「だからお前は……」
リクシアは耳を塞いで、違う違うとひたすらに首を振った。駄目、言わないで。聞きたくないの。そんなこと、そんな台詞。聞きたくないの! リクシアの心は叫んだけれど。
耳を塞いで目を閉じても、心に届いた低い声。
「——最初から、仲間じゃなかった」
「嫌ぁぁぁぁあああああああッッッ!」
リクシアの中で、感情が爆発した。
信じてた、信じてたのに。仲間だと、大切な仲間だと! 初めて出逢った昨日から。やっと仲間ができた、そう思った彼女は嬉しかった。そう、思っていたのに。蓋を開けてみれば、正体が悪魔だったというだけで動けなかった自分がいた。仲間を見捨てた自分がいた。
だから捨てられるんだ、とリクシアは理解した。ほんとうの、仲間じゃないから……。
リクシアの心を絶望が支配する。彼女は、叫んだ。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ——!」
絶望に打ちひしがれ、リクシアの心に魔物が生まれる。人は心を闇に食われたら、魔物になる。その原因は、いたるところに転がっている。 リクシアの心を急激に冒していく絶望。それは次第に大きく——。
——ならなかった。
なる寸前で、声がした。
今は魔物になり果てた兄の、リュクシオン・エルフェゴールの、
「自分を見失わないで」そんな、声が。
それは彼の口癖だった。
光が、はじけた。
数瞬後には、リクシアは元のリクシアになっていた。
そして、己の犯した過ちを知った。残酷なほどに明確に、意識した。
彼女が「助けない」選択をしてしまったことで、仲間になってくれると申し出てくれた人を傷つけたという事実は消えない。立場に惑い、仲間を救おうともしなかった事実は、消えない。
だから。
「……わかったわ」
リクシアは小さく呟いた。
「私はまだ甘い。だから、あなたたちとは一緒にいないほうがいいかもしれない」
そして精一杯、頭を下げた。
「——ごめんなさい」
その謝罪を聞いて、フィオルが柔らかく微笑んだ。
「謝罪は受け取っておく。でもこの事実は、消えないから。リクシア、あなたは会ったばかりの人の誠意を、粉々にしたんだよ」
リクシアは涙を流しながらも頷いた。
「わかっているわ。だからもう、別れることにする」
最善の選択なんて、わからない。それでもこうなってしまった以上、もう一緒にはいられないのだろうとリクシアは思った。
それは決定的な、断絶。
自分の過ちを素直に認めたリクシアに、フィオルは一つ、問い掛ける。
「本当に短い間だけれど、僕たちと出会えてよかったって、思ってる?」
そんなフィオルに、泣き笑いのような表情を浮かべながらもリクシアは返した。
「あなたたちとの出会いは、一生の宝物よ」
そっか、とフィオルは頷いた。
「なら、別れもいい別れにしよう。僕らはフロイラインを目指す。でも、君は進路を変えてね」
「ええ」
その答えを聞いたフィオルの背から、純白の翼が生えた。リクシアは驚きの声を上げる。
「え? ……ええっ!?」
真白な髪に青い瞳、背中から生えた純白の翼。
フィオルは天使だった。
悪魔とは違って人々から崇められ、神の使いともてはやされる、悪魔とは対極に位置する聖なる一族。天から来た、神の使い、救いの使徒、天使。
フィオルは、天使だったのだ。
「こんな姿にならないと、もうアーヴェイは治せないからね……。餞別に、あげるよ、リクシア」
言ってフィオルはその背から、純白の羽根を一枚抜き取りリクシアに渡す。
「ここで僕らの道は分かれるけれど、お幸せに、リクシア。大召喚師の妹さん。僕らはもうその先を見ない。あなたが夢物語を現実にできるのかはわからないけれど、まぁそんな人がいたということだけは、記憶の片隅に留めておくよ」
それは別れの言葉だった。
リクシアは羽根を受けとり、しかと前を見据えて言った。
「……さようなら。楽しかったわ」
リクシアは、来た道をまた、戻っていく。彼女は振り返らなかった。
その手には、悔恨の白い羽。
「フィオル……アーヴェイ……」
いくら後悔したところで、失われた絆は戻らない。
「ありがとう……」
重い気持ちを抱えながらも、リクシアは宿へと戻る。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物Ep7 ひとりのみちゆき ( No.7 )
- 日時: 2018/07/26 20:01
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
【第二章 訣別の果てに】
〈Ep7 ひとりのみちゆき〉
ひとりに、なった。
あれから一週間。リクシアはずっと「魔物を元に戻す方法」を模索しているが、いまだに何の手がかりもない。当然だ、彼女はアーヴェイたちの言う「花の都フロイライン」以外、何も知らないのだから。北へ行くとしても、どこへ行けばいいというのだろう。世界は広い。「北へ」だけではあまりに漠然としすぎている。
そして今、フロイラインに行くという選択肢も潰えた。案内してくれるはずの二人と、訣別のような別れ方をしてしまったから。
リクシアの心に無力感が忍び寄る。
——もぅ、どうでもいいかぁ。
あれだけリクシアを駆り立てた炎も、いつの間にか消えていた。そんなに弱い決意だったのだろうか。「夢物語なんかじゃない。この思いは、この怒りは、すべて本物だったんだから」二人に対してそんな啖呵を切ったのに、初めての仲間と訣別しただけでこんなになるなんて、とリクシアの心はさらに沈んでいき、無力感を加速させる。
リクシアはフィオルのくれた白い羽根を、見るともなしに眺めた。悔恨の白い羽根、フィオルのくれた、二人のいた証。それをリクシアはぽいと投げ捨てた。羽根はひらりひらりと宙を舞い、リクシアの抱えた膝の上に音も無く着地する。
「どーでもいい……」
憂鬱に日々が過ぎていった。
リクシアはとりあえず歩くことにした。先に何があるのかわからないけれど、何もせずに無気力に時を過ごすよりはよいと思って。花の都なんて名前と方角しかわからない。だから彼女はぼんやりと、北を目指すことにした。
そして気が付いたら彼女は、あの、消え去ったウィンチェバル王国の廃墟に立っていた。
それに気がつき、彼女は自分に呆れたような声を出した。
「……私ったら」
もう二度と復活しない国だ。それなのにまだ、忘れられないのだろうか。
「…………」
リクシアは唇を噛んで首を振る。こんな幻想にとらわれていてはいけないと、自分を叱咤し歩き出す。
ひとりきりのみちゆきは、まだ始まったばかりだ。
リクシアはその地を後にした。
◆
「フェロンが……生きてる……!?」
いつぞやの宿に買ってきたリクシアは、情報を一つ入手した。
それは、彼女の幼馴染フェロンの、生存の噂。リクシアとリュクシオンとフェロン、三人でよく一緒に遊んでいた日々が、彼女の頭の中に去来する。それはとても懐かしく、遠く、もう二度と戻らない眩しい記憶。
リクシアとフェロンは生きていても。
リュクシオンは魔物になってしまったから。
宿の主は言う。
「確か、片手剣使ってたみたいッスよー。茶色の髪で、緑の瞳で……。とても印象的な顔立ちの剣士さんだったって。あ、その反応、もしかしたら知りあいだったりします?」
例の店主の問いに、リクシアは強くうなずいた。思わず身を乗り出して質問する。
「幼馴染なんです! 彼は今、どこに?」
さぁねぇ、と主は首をかしげた。
「こっちはまた聞きしただけなんで……。よかったら、その情報仕入れてきた商人にまた訊くっすけど、どうすか?」
「お願いします!」
リクシアの心は大いに高鳴った。
フェロンに会えれば、フェロンに会えれば!
——ようやく、一人じゃなくなる。
◆
「リアがいるって聞いたけど……どこかな」
その日、町を訪れる人影があった。
「まったく。今までどこ行ってたんだよ。さんざん探したんだからな。ここで見つからなかったらいい加減怒るぞ?」
彼の外見は茶髪に緑の瞳、右の腰には片手剣。左利きのようだ。茶色の上着に緑のシャツ、足には灰色のズボンと茶色のブーツ。
しかしその端正な顔の半分は、醜い傷跡で覆われていた。
「あの子なら、兄さんを戻すとか無謀なこと、言いそうだしなぁ……」
歩くその身体は、今にも倒れそうなくらいボロボロだった。彼は数歩歩くと痛みに顔をゆがめ、呼吸を少し乱れさせた。
「……ッ! ……まずは休息を取らなきゃ、死ぬな」
そして、とある宿を訪れる。
そこには彼のよく見知った、懐かしい顔があった。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep8 戦いの傷跡 ( No.8 )
- 日時: 2018/07/30 13:17
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep8 戦いの傷跡〉
宿の扉が音を立てて軋んだ。リクシアは何となくそちらに目をやって、驚きのあまり固まってしまった。
「……泊めてくれない?」
入ってきたのは、茶髪に緑の瞳をもった、片手剣を右に差した少年。少年はリクシアを見て、驚いたような声を上げた。
「この頃戦闘続きでボロボロだよ……って、あれ!? リ、ア……?」
「——フェロン!」
リクシアの中で喜びと懐かしさが吹き荒れる。
リクシアは彼に飛びつくようにしてしがみついた。しかし彼の身体は、リクシアを支えきれずに倒れ込む。
リクシアは不思議そうな顔をした。
「……フェロン?」
彼は勘弁してくれ、と苦笑いを返す。その顔には深い疲労の色。
「魔物、魔物、魔物……。さんざん襲撃に遭ってくたくたなんだ」
彼の顔の左半分には、前にはなかった醜い傷跡があった。本来ならば目があったであろう場所にはぽっかりと空いた虚ろな空間があるだけで、彼の左目の視力は完全に失われていることを示している。傷跡はその左目の辺りを中心として、顔の左半分全体に広がっていた。見るからに痛々しい傷跡である。
リクシアは思わず声を漏らした。
「その傷……」
「あぁ、これか? 敵が多すぎたんだよ。おかげで左目の視力は無くなったが、戦闘に支障はないさ。……隻眼にも、慣れた」
久しぶりに再会した幼馴染は、ボロボロで、つらそうで、苦しそうで。
自分だけが幸せだったのかと、リクシアは思い知らされた。
そんな彼女をぼんやりと眺めていたフェロンが、口を開く。
「あのさ、リア」
「何?」
フェロンは苦い顔をする。
「……そこ、どいてくれる?」
「あ! ごめん!」
フェロンの上に乗ったままだと気付いたリクシアは赤面し、あわててその上からどいた。
リクシアが覚えているのは猫のように俊敏だったフェロン。しかし今の彼の起き上がる動作はひどく緩慢で、身体の至る所に傷があることを感じさせた。
「せっかく再会したことだし、情報交換、といきたいけど……。悪い、リア。手、引っ張ってくれるか?」
フェロンが少し辛そうに、リクシアにそんなことを頼んだ。リクシアはその手を引っ張り、なんとかフェロンを立たせる。彼のその身体がふらついている。リクシアの顔に深い心配が浮かんだ。
「フェロン、私、薬持ってくる!」
どう見ても普通の身体ではない。
「え、これくらい平気……って、ちょっと待て!」
フェロンの制止も聞かず、リクシアは走り出した。
大切な人を、今度こそ守るために。
「いい幼馴染じゃないっすかー。うらやましいっすねー」
走り出したリクシアを呆れた目で見送っているフェロンに、宿の主の声が掛けられる。フェロンは何の用不だと目で問うた。すると宿の主はフェロンの近くに寄ってきて、
「あとお客さん、無理はいけないっすよー。その身体でよく立っていられますねぇ。やせ我慢しても何にもなりませんし、ここで倒れられても困るんですよ。空いてる部屋があるんで、そこで休みません?」
一目で、フェロンの体調を看破してのけた。
実際、そうである。
繰り返される魔物の襲撃。腕に自信のある彼だって、繰り返し戦えば疲弊する。リュクシオンが暴走して魔物化してから半年。国外に逃がされた人々は己の国の滅亡を知って魔物化し、それを知った彼らの親しい人々が魔物化し、魔物に襲われて大切な人を失った人たちが魔物化し……負の連鎖は、ずっと続いている。
その中でフェロンは戦って、闘って、ただ勝って。勝つので精一杯になって。国が滅んだあと、何をするともなしに放浪し、意味もなく生きていた。そんな日々を送っていたなら、ボロボロでないはずがない。
「自分にも兄さんがいてね、戦いの果てに死んじまったんすけどー。お嬢さん見てると思いだしまっさー」
しみじみと、宿の主が言った。そんな彼に、フェロンは問う。
「あなたの……名前は」
その問いに、宿の主は明るく答えた。
「自分? 自分っすか? ルードってぇ言います。これからもどうぞごひいきにー」
「フェロンだ。改めてよろしく」
「フェロンさん、りょーかいっすー。なーんか、アーヴィーさんといい、フィオルさんといい、フェロンさんにリクシアさんといい……。ウチは普通じゃないお客さんばっかりが集まるみたいで……。まぁ、面白い話が聞けるし、金さえくれりゃ、ウチとして文句はありませんがねー」
ルードはそんなことを言った。のんきに見える彼にも、何か思うところはあるのだろう。
アーヴィーやフィオルなんて人は知らないけれど、魔物が何か関係する人物なのかなとフェロンは思った。
しばらくして、リクシアが戻ってきた。
「フェロン、ハイこれ!」
山ほどの薬草の束を背負って。フェロンはそれを見て呆れた声を出す。
「……いったいどこから持ってきたの」
その問いに、リクシアは元気よく答えた。
「町の人が分けてくれたのー! だからもう、大丈夫!」
「……ありがとう」
フェロンはそっと動き出す。大丈夫、まだ動ける。——まだ、戦える。
「じゃぁ、部屋に行こう。治療しなくちゃ」
一歩一歩。確かめるようにフェロンは歩く。
リクシアは言う。
「色々あったの、いろいろ、ね。あとで聞いてくれる?」
フィオルとアーヴェイとの出会い。そしてその別れの物語を。
大好きな幼馴染に、知ってほしいから。
——時間は、動いた。
悔恨の白い羽根。首から下げたそれを、リクシアはそっと握りしめる。そして
今はどこかでまた生きているあろうかつての友に向かって、祈りをささげた。
——私は平気。だから、そっちも。
無事に目的を果たせるように、いつか大切な人を救えるように。旅に幸あれと、彼女は祈った。
◆
「ここにあのコがいるみたい……。ねぇ、ゼロ。今はあのコは宿の中。守らなきゃいけない人もいるわ。だから……行ってくれる?」
「はい、お母さん」
どこかわからぬ暗い部屋の中でそんな会話が交わされる。部屋の中には妖艶な美女と、銀髪の少年がいた。
何かが、起ころうとしていた。